出し
︑
Xの左目に当たって視力障害を生ぜしめたとして︑Xよ 最高裁昭和五八年一
0
月二
0
日判決︵昭和五四年
5
第一 ︱
︱
1
0
九号 損害賠償請求事件︶民集三七巻八号一︱四八頁︹要旨︺税関長が関税法八四条一項の規定により公売に付した 貨物︵ラケット︶に構造上の瑕疵が存した結果︑その最終消費 者に損害が生じた場合に︑税関長が右貨物の製造業者又は輸入 業者と同一の注意義務を負うことを前提として︑その過失を認
定することは違法である︒
︹事実︺本件は昭和四八年︱二月一五日︑小学生
Xがその兄と
バドミントンの遊戯中︑ラケットの柄が握り手から抜けて飛び
瑕 疵 あ る 貨 物 の 公 売 と 税 関 長 の 過 失 の 有 無
九 九
り販売業者
( Y l )
並びに国
( L )
の責任を追及した事件である︒
本件バドミントンセットは香港製で︑昭和四六年︱二月一八日 神戸港に陸揚げされ︑輸入者不明の故に関税法七九条一項一号 に基いて翌年六月一三日に収容処分に付された上︑性状・数量 の検査を経て︱一月二七日に関税法八四条一項に基いて公売処 分に付された︒これを
Aが買い受け
Y I
に転売
︑
Y I
はこれを昭和四八
年一
0
月二八日のボーイスカウト・チャリティーバザーに出品
販売
︑
Xの叔母であるBが購入して同日Xに与えたもので
高
橋
慎
5‑3‑455 (香法'85)
その性質は私法上の売買契約である︒また一般に日本国内で玩 一審判決︵神戸地裁昭和五三年八月三
0
日判決︶は︑本件バ ドミントンセットには構造上柄が抜け易い欠陥があり︑この欠 陥から本件事故が発生した︑また右欠陥はラケットの柄と握り手を両手に持って引っ張れば容易に発見できた︑と認定した︒
その上で︑売買契約上売主が買主︵並びに信義則上その家族・
同居者・受贈者︶に対して負う安全配慮義務に違反したが故に︑
y l には本件事故につき売主としての契約責任がある︑とした︒
また
Y z
の責任については︑関税法八四条の公売処分は買受人に対する関係では私法上の売買であるとの前提の下に︑
Y Z
は売主として商品を流通に置く者であって︑商品がその欠陥によって
消費者の生命・身体・財産上の法益を侵害しないように配慮す
べき注意義務があったにもかかわらず︑税関職員が握り手と柄
の接合状態に注意せず漫然と本件バドミントンセットを公売に
付したが故に︑民法七一五条により不法行為責任を負う︑とし
て請求の一部を認容した︒この判決は︑
Y I
については確定した︒二審判決︵大阪高裁昭和五四年九月ニ︱日判決︶も以下の理
由で
Y z
の責任を認めた︒すなわち︑関税法八四条一項に基く公 売は︑強制的に行なわれる行政処分ではあるが︑公売により買受人となるべき者との間で税関長が行なう﹁契約﹂であって︑ あ
る︒
税関長は公売処分に当って︑私法上の売買契約に 具を製造する者は︑その設計・製造にあたり︑使用者等の安全を配慮すべき注意義務があるというべきところ︑外国において設計・製造された玩具を輸入し日本国内で販売する者は︑日本国内における玩具の流通の開始者という点で国内の製造者と同じ立場にあり︑玩具の販売に当って同様の前記安全配慮義務を負う︒神戸税関長はこの意味における輸入業者に準ずる地位をも併有していると認めるべく︑従って右安全配慮義務を負う︒認定事実によると同税関長は︑公売に先立つ性状等の検査によって本件の如き事故の発生を予見しえたから︑自ら補強工作を加え︑もしくはこれを公売に付することを差し控えるべき注意義務があったところ︑これに反し漫然と本件バドミントンセットを公売に付し︑Aに売り渡す過失を犯したものである︒以上
のように述べて︑国家賠償法一条一項による損害賠償責任を認
めた︒\上告︒
︹上
告理
由︺
おける売主と同一の地位にはない︒何故ならば︑保税地域の能 第一点
率的な運用に対する障害を除き︑または関税の徴収を確保する
という外国貨物の収容・公売制度の趣旨から見て︑その際の税
関長の権限及び義務は︑収容物の保管管理︑法定の方法による
公売の執行︑及び輸入許可に伴う審査にとどまるものであり︑
1 0 0
5 ‑3‑456 (香法'85)
また税関長は最終的にも公売代金を取得する権能を持たないか らである︒売買の当事者たる地位に基く問題︑例えば担保責任 の問題は︑貨物の本来の所有者と買受人について生じ︑公売処 分を行う税関長の地位は︑民訴法上の競売手続︵民訴訓四九七 条以下︶における執行官︑国税徴収法上の公売手続︵国徴九四
条以下︶における税務署長と同一である︒
関税法七
0
条の関係で輸入に関し所管行政機関による許 可︑承認︑検査等を要する貨物として他の関係法令に規定され た対象貨物以外の貨物につき︑その物品の性状が国内の流通に 適さないという理由で輸入を規制することは︑法による税関長 の権限の範囲外のことに属する︒従って神戸税関長には︑本件 バドミントンセットの公売に当って関税法上右のような安全性
に関する瑕疵の有無を審査すべき注意義務はなかった︒
三税関長は︑公売する収容物件をそのままの状態で換価し︑
右換価金を費用•関税等に充当等する権限を有するのみであっ
て︑これを修理・補強する権限はない︵これは競売処分におけ
る執行官︑公売処分における税務署長と同じである︶︒また収容
期間を徒過した貨物についてとりうる措置は︑関税法によれば
山公売︵同法八四条一項︶ヽ②随意契約による売却︵同条三項︶︑
③廃棄︵同条五項︶のみである︒随意契約により売却しうるの
は︑当該貨物が公売に付することができないものであるとき︑
1 0
又は公売において買受人がないときであるが︑﹁公売に付するこ
とができないもの﹂とは︑国内での自由取引が規制されていて︑
公売に付しても一般人が買い受けることができないものであ る︒また廃棄できる収容貨物は︑田人の生命もしくは財産を害 する急迫した危険を生ずる虞があるもの︑②腐敗︑変質その他 やむをえない理由により著しく価値が減少したもので買受人が ないもの︑のいずれかであり︑右①に該当するのは︑収容貨物 の性質上一見して人の生命もしくは財産を害することが明白で
あっ
て︑
かつ︑急迫した危険を生ずる虞があるものである︒本 件バドミントンセットは①②のいずれにも該当しない︒以上の 理由により︑神戸税関長には︑本件バドミントンセットを補強
し︑あるいは公売を差し控える権限はなかった︒
四税関長は公売処分に当って︑製造者ないし輸入業者と同一 の安全配慮義務を負うものではない︒まず関税法の解釈によれ ば︑原判決にいう﹁日本国内での流通を開始せしめたもの﹂は 買受人である︒次に︑いわゆる製造物責任が認められる要件を 充たさない︒すなわち本件バドミントンセットは性質上危険な ものではなく︑社会通念上一見して消費者の生命・身体に直接 危険を及ぼすことを予見しうるものでもない︒また原判決の認 める不法行為の責任主体は︑原則として当該商品の生産に関す る重要事項について事実上の支配力を持つ者でなければならな
5‑3‑457 (香法'85)
いが︑税関長はその地位にない︒また公売処分はその性質上国
の経済的利益を目的とするものではない︒従って公売における
税関長の立場を製造物責任を問わるべき製造者の立場と同視す
るのは不当である︒
以上のように︑税関長には原判決判示のような注意義務は
存せず︑原判決には関税法の諸規定の解釈適用を誤ったため国
家賠償法一条の責任を肯定した誤りがある︒
第二点原判決が︑神戸税関長において行なった本件バドミン
トンセットの性状等の検査の際に本件ラケットの使用による事
故の発生を予見しえたものと判断したのは︑経験則違背ないし
理由不備の違法がある︒原判決は本件ラケットの欠陥につき︑
事故発生後における検査の結果とポリエチレンの一般的性質に
基いて認定している︒しかし神戸税関での検査はそれよりも一
むしろその時にはひびがなかったことが推年四ヶ月前であり︑
認される︒しかも本件バドミントンセットはポリエチレン袋に
納められ︑事実上︑外見上からのみ検査せざるをえなかったこ
とも看過されてはならない︒
︹判旨︺破棄差戻﹁税関長が︑法七九条の規定により収容した
貨物で︑法七
0
条所定の他の法令の規定により輸入に関して必
要な許可︑承認又は検査の完了等を必要としないものにつき︑
法八四条五項の規定による廃棄ができないため︑同条一項の規
五
定により公売に付した場合に︑その買受人等を経由して当該貨
物を取得した最終消費者においてこれを使用したところ︑その
貨物に存した瑕疵により右最終消費者又はその他の者の生命︑
身体又は財産に損害が生じたとき︵以下﹁最終消費者等の損害﹂
という︒︶︑被害者が︑右貨物を公売に付したことにつき税関長
に過失があるとして︑国に対しその損害の賠償を請求すること
ができるためには︑日右税関長が︑法八四条五項の規定により︑
当該貨物につき廃棄可能なものであるかどうか等を検査する過
程で
こ :
︑t
ヵ その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知っ又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知ることができたと認められる場合であって︑右貨物を公
売に付するときには︑これが最終消費者によって︑右瑕疵の存
するままの状態で取得される可能性があり︑
内において通常の用法に従って使用されても︑右瑕疵により最
終消費者等の損害の発生することを予見し︑又は予見すべきで
あったと認められ︑口さらにまた︑税関長において︑最終消費
者等の損害の発生を未然に防止しうる措置をとることができ︑
かつ
︑
そうすべき義務があったにもかかわらず︑これを解怠し
たと認められることが必要であると解すべきである︒けだし︑
H
税関長は︑多種多様であり︑れぞれにつき︑
しかも合理的期間
かつ︑大量に及ぶ収容貨物のそ
その各製造業者又は輸入業者が有し︑
1 0
又は有す
5 ‑ 3 ‑458 (香法'85)
べき当該貨物についての構造︑材質︑性能等に関する専門的知
識を有するわけではなく︑また︑かかる知識を有することが要
求されていると認めるべき法律上の根拠はないから︑税関長を
当該貨物の製造業者又は輸入業者と同視し︑税関長が︑右のよ
うな専門的知識を有することを前提として︑当該貨物につき法
八四条五項に該当するか等の検査をする過程において︑その貨
物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを知るべきであるとする
ことはできないものというべきであり︑したがって︑税関長が︑
地はないのであり︑ 右検査の過程において︑当該貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知り︑又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知りえたと認められる場合にのみ︑注意義務違反の責任を問う余地があるものと解するのが相当であり︑また︑口税関長は︑前示のように最終消費者等の損害の発生を予見し︑又は予見すべき場合であっても︑当該貨物が法八四条五項の規定により廃棄しうるものに該当しないときには︑保税地域の利用についてその障害を除き︑又は関税の徴収を確保するため︵法七九条一項本文︶︑右貨物を︑原則として︑まず公売に付すべきであって︵法八四条一項︑三項︶︑これを差し控える余
そのうえ︑税関長は︑当該貨物の所有権を
有するわけでなく︑他に右貨物に存する構造上の欠陥等の瑕疵
を補修するについての権限又は義務を有していると認めるべき 法律上の根拠はなく︑したがって︑税関長において右瑕疵を補修すべきであるということもできないのであって︑税関長としては︑公売に付した貨物の買受人との売買契約において︑買受人に右瑕疵を補修すべき義務を負わせ︑その履行の確保を図ること等をしうるのみであり︑税関長がかかる措置を講じたときには︑当該事故につき結果回避義務を尽くしたものと解するのが相当だからである︒﹂原判決のうち税関長における本件事故発生の予見可能性に関する判断については審理不尽︑理由不備の違法が︑税関長の法的地位及び貨物の補強工作・公売差控の義務違反に関する判断については法の解釈適用を誤った違法があるとして破棄︑原審に差戻した︒︹ 批 評 ︺本件は︑欠陥ある商品の流通に︑関税法に基く公売という
(l )
形で関与した国の責任の有無が問題となった事件である︒
本件の事案は︑流通する商品の安全性が問題となった点で︑
製造物責任に引付けた考察が可能であり︑また公売という行政
処分に関連して国が注意を尽くしたか否かが問題となった点
で︑国の不作為の違法の問題に引付けた考察も可能であるよう
に思われる︒しかし植木教授が指摘されるように︑本件は﹁純
粋の製造物責任問題とは異なり︑さりとて形式的には国の不作
(2 )
為の違法を直接問うものでもない﹂︒
1 0
三
5‑3‑459 (香法'85)
本稿は︑最高裁が本件をいかなる理論によって処理したかを 解明することを目的とする︒従ってまず︑原判決と本判決の論
理の立て方を比較し︑これを検討する︒
日原判決が立てた論理は︑第一に︑玩具の輸入・販売者は︑
日本国内における玩具の流通の開始者という意味で国内の製造 者と同じ立場にあり︑従って製造者と同様の安全配慮義務を負 うということ︑第二に右のことを前提した上で︑税関長は輸入 業者に準ずる地位をも有しているが故に︑公売に際して玩具の 使用者等に対する安全配慮義務を負うということである︒
これに対して本判決は︑税関長において①通常の知識経験を 前提としたとき︑貨物の欠陥の認識可能性と損害発生の予見可 能性があり︑②損害発生の防止可能性とその義務があったにも かかわらずこれを悌怠した場合に︑税関長に過失ありとして国 に対する賠償請求権が根拠づけられるものと判示し︑また瑕疵 の認識可能性︑結果回避のためにとるべき措置について︑税関 長を製造業者・輸入業者と同視することはできないとした︒
右のように原判決と本判決とでは︑理論構成上かなりの違い がある︒そこでまず原判決の理論構成を検討するとき︑二つの 点が問題となりうる︒第一に︑現行法の解釈として︑輸入業者 が 製 造 業 者 と 同 じ 注 意 義 務 を 負 う も の と 解 す る こ と が で き る か︑であり︑第二に︑税関長の地位を輸入業者に準ずるものと
することによって︑輸入業者と同様の税関長の注意義務を基礎
であ
る︒
づけることができるか︑
売者は日本国内における玩具の流通の開始者という意味で国内 の製造者と同じ立場にあり︑従って右輸入・販売者は製造者と 同様の安全配慮義務を負うとする︒しかし一方は製造の過程で 欠陥を作り出した者であり︑他方は欠陥ある物を流通に置いた 者である︒この両者を﹁国内における流通開始者﹂として同視 する原判決は︑推測するところ︑昭和五
0
年に発表された製造 物責任研究会の﹁製造物責任要網試案﹂に依拠しているものと
(3 )
思われる︒同試案一一条二項では︑無過失責任︵三条︶を負う﹁製
造者﹂として︑第一に﹁製造物の生産を業とする者﹂︑第二に﹁製
造物に商標その他の標章又は商号その他自己を表示する名称を
付して業としてこれを流通させる者﹂︑第三に﹁製造物の輸入を
業とする者﹂を挙げている︒そこにおいて提案者は︑﹁欠陥を創
出して流通に置いたこと﹂を製造物責任の厳格な責任の根拠と
(5 )
した上で︑第一の者を﹁欠陥を創出し流通に置いた本来的な責
任者﹂とする︒また第一一の者︵例えばデパートが自己のブラン
ドをつけて販売するような場合︶は︑﹁欠陥の創出をする者を事
実上支配している﹂者として無過失責任を負うべきものとする︒
更に第三の者は︑﹁輸入品については︑製造者が外国にいるため︑
口 ま ず 第 一 の 問 題 を 検 討 す る
︒ 原 判 決 は
︑ 玩 具 の 輸 入
・ 販
1 0
四
5 ‑ 3 ‑460 (香法'85)
事故があっても製造者の責任を問うことがきわめて困難である という問題があるので︑これを製造者とみなす﹂ものとしてい る︒これに対して製造物の販売業者は︑製造物の流通を媒介す る点では輸入業者に類似しているが︑自分が欠陥を創出してお らず︑また欠陥を看過したことについて過失がないことを証明
‑6 したときには責任を免れるものとされる
( ‑ 0
条一項
一号
︶︒
右のように﹁試案﹂においても︑製造業者と輸入業者とは︑
政策判断に基いており︑製造業者と輸入業者とが本来その性質 上同じ立場に立つものとはされていない︒まして﹁試案﹂のよ うに﹁欠陥を創出して流通に置いたこと﹂それ自体を責任根拠 とするのでなく︑義務違反ないし過失を責任根拠とする現行法 の下では︑製造業者の責任の類比を以て輸入業者の責任を論ず ることはできないというべきである︒前者は欠陥を作り出した
ことについて︑後者は欠陥ある物を流通に置いたことについて︑
それぞれ義務違反ないし過失が問題とされる︒そして売買契約 上の保護義務の第三者効として構成するにせよ︑不法行為とし て構成するにせよ︑過失の前提としては︑輸入業者として事故 回避のために何を為しえ︑また何を為すべきであったか︑のみ が問題であって︑製造業者の責任根拠を援用する意味はないか
らで
ある
︒
同じく無過失責任を負うとされつつもその理由づけは異なった
1 0
五
その内容︑根拠において同様に考えることができるか︑の問題 がある︒原判決は︑公売により
A
に本件貨物を売渡した税関長 は︑外国貨物の日本国内での流通を開始せしめた者として通常 の輸入手続の場合における輸人業者の地位を併有している︑と する︒ここでも輸入業者と税関長を︑国内の流通開始者として 類比している︒これに対して本判決は︑税関長が製造業者・輸 入業者の有すべき専門的知識を有することを前提として︑当該 貨物の瑕疵を知るべきであるとする法律的根拠はないとし︑ま た当該貨物の瑕疵を補修する権限または義務を有していると認
めるべき法律上の根拠はないとする︒
この問題についても︑欠陥ある物を流通に置くこと自体でな く︑過失が責任根拠であるとの立場をとる限り︑輸入業者との 類比により︑税関長が国内の流通開始者としての性格を有する ことを指摘するだけでは足りない︒流通させるにあたり︑税関 長ないし国として︑いかなる法的根拠に基き何を為すべきであ
ったかが更に明らかにされる必要がある︒
四以上のように︑国内における流通開始者という抽象的把 握に基き︑製造者の注意義務を輸入業者︑更に税関長へとその まま類比する原判決の理論構成は︑注意義務の法的根拠及び内 容の説明としては不十分であり︑税関長の当該貨物に関する検
口第二に︑税関長の注意義務と輸入業者の注意義務とを︑
5 ‑ 3‑461 (香法'85)
る検査が為されるべきであったか︑その検査によって瑕疵の認
識が可能であったか否かがまず問題とされる︒
(7 )
まず公売でなく︑通常の通関の場合︑課税価格・税率確定の
ために数量・価格等が調査され、更に関税法•関税定率法以外
の﹁他法令﹂の規律対象にあたる場合には︑安全性・国内産業
保護等の各法規の政策目的に従って審査が為される︒この場合︑
前者における検査と後者における検査とが目的を異にすること
は言うまでもない︒そして﹁他法令﹂に基く検究の場合は︑当 置をとりえたことが前提とされる︒従って本件の場合︑
いか
な
本判決は︑税関長の注意義務について︑瑕疵の認識・結果の かくして検討すべき問題は︑国における義務違反ないし過
失︑すなわち国において何を為すべきであったか︑に移る︒
予見の問題と結果回避義務の問題を分けて論じている︒そこで︑
瑕疵の認識︑結果回避措置︑その他の理由による国の責任︑の
三点に分けて検討する︒日瑕疵の認識の問題ー~検査義務の存否
事故の結果について過失責任を問う場合︑事故原因たる瑕疵 を認識できたこと︑結果の発生が予見できたこと︑結果回避措
しかし本件では右の各検査とは別に︑収容貨物の公売等の前
提として︑当該貨物が廃棄可能なものか等を判断するための検
査が問題となっている︒そして前述の﹁他法令﹂による規律の
その検査の際に瑕疵が発見された貨物に対象に入らない場合︑
関しては︑﹁人の生命若しくは財産を害する急迫した危険を生ず
る虞があるもの﹂︵関税法八四条五項︶が廃棄されうることにな
るのみである︒問題は︑この過程で︑廃棄するにはあたらない
が︑用法上危険を生じさせるような物の瑕疵をも発見すべく︑
積極的に特別な注意を払う︵検査を行なう︶義務があるか否か
であ
る︒
本判決は︑収容貨物が廃棄可能か否かを検査する場合︑当該
貨物の瑕疵を現に知り︑あるいは税関長の通常有すべき知識経
験に照らすと容易にこれを知りえた場合にはじめて責任が問題
になりうるものとしている︒従って製造業者・輸入業者と同程
度の特別な注意義務を課するものではない︒思うに︑危険な輸
入貨物についての規制は︑前述の﹁他法令﹂に基いて為され︑
必要があれば貨物の種類毎に法令の整備が為さるべきである 法一条が適用されることがあろう︒ 決の論理の立て方は適切であると思われる︒でなく所管行政機関における公務員の過失の問題として︑国賠
査義務・結果回避義務の法的根拠と内容を︑税関長の地位に即 して明らかにすることが必要とされる︒この意味で本最高裁判
該法令によって検査の権限︑更に義務が根拠づけられうるであ
ろうし︑右検査の不完全により事故が生じた場合には︑税関長
1 0
六
5 ‑ 3‑462 (香法'85)
が︑解釈論としては規定がなければその権限・義務が法律上直
接に基礎づけられないこと︑また公売が関税の徴収を目的とす
る処分であって︑代金が最終的に国に帰属するものでなく︑従
って国は売主としてのリスクを負う地位にないことを考慮する
ならば︑特別な注意義務を観念しないことは適切である︒
結 果 回 避 措 置 の 問 題 本 判 決 の 論 理
以上のように︑特別な規定がなければ瑕疵を発見するための
検査をする義務はないとしても︑税関長において現に右瑕疵を
認識しえた場合︑どう対処すべきかが次に問題となる︒
本判決はこの場合につき︑関税法に基く税関長の権限からは︑
当該貨物の公売を差控え︑あるいは瑕疵を補修すべきものとは
なしえない︑とする︒公売差控が輸入の不許可と同じ意味を持
つならば︑輸入規制の根拠規定なくしてこれを差控えることは
できないであろうし︑また補修も︑権限上その基礎がないばか
りでなく︑濫りに行なえば所有権侵害になるが故に︑本判決が
これを否定することは首肯しうる︒
ただ本判決も︑右のような瑕疵を知りえたときは︑何らの措
置をも講ずることなく買受人に当該貨物を交付して良いとする
のではなく︑公売の際の売買契約において買受人に右瑕疵を補
修すべき義務を負わせ︑その履行の確保等を図ることができる
とし︑これをしない場合には結果回避義務違反として責任の問
(
二)
1 0
七
考えると︑税関長が右補修義務の履行の確保を図る方法とその(8 )
根拠は︑長尾教授の指摘されるように確かにはっきりしない︒
しかしこれまでのことから考えると︑本件において最高裁判
所は次のように考えているものと思われる︒すなわち︑関税法
に基く公売の目的からすれば︑特別の規定がない限り︑積極的
に検査を行ない︑補修等を行なう義務はない︒しかし︑通常の
︵すなわち製造業者・輸入業者の持つ専門知識を前提としない︶
注意を払えば事故が予見できたにもかかわらず︑何らの措置を
とることもなく漫然と当該貨物を買受人に交付した場合には︑
危険な物を渡したという作為に着目し︑過失による権利侵害と
して不法行為責任を負う︒その際︑関税法の規定によれば公売
を差控えること等はできないが︑事故を予見した以上︑可能な
範囲において防止措置をとらないまま危険な物を渡せば︑その
行為が過失ある不法行為と評価されるというものであろう︒そ
の限りでは不法行為における一般的不可侵義務が問題になって
いるのみであり︑特別な義務は問題となっていない︒従って︑
原則として行政法上の権限・義務を前提する行政の不作為の違
法の問題や︑特別の地位ないし関係に基く作為義務としての安
全配慮義務の問題とは性格が異なるものと思われる︒ 題が生じうるとするもののようである︒もっとも権限の面から
5‑3‑463 (香法'85)
本判決は︑税関長・輸入業者・製造業者を﹁国内における流
通開始者﹂という上位概念で捉えて同様の責任を課するという
考え方を斥け︑過失責任主義の原則に立って︑税関長の地位に
即してその過失の存否を判断するという立場をとる︒
その過失については︑税関業務の性質︑税関長の権限によれ
ば︑本件貨物に関する特別の検査と措置についての法律上の義 まとめ
れる
︒
ここでは検討しえないが︑いずれにせよ輸入貨物の安全性の問 その他の理由による国の責任
本件で扱われ︑また以上で検討してきたのは税関長の過失に
基く国の責任であった︒貨物の瑕疵を認識し︑事故を予見して
防止措置をとる点につき︑税関業務の性質︑権限に照らして税
関長の過失を問いえない場合であっても︑他の点で国の責任を
問いうる場合も考えられる︒第一に︑生活の安全を確保するに
ついて︑国に何らかの活動が期待されているにもかかわらず︑
そのための法的︑制度的整備が為されていない場合︑第二に︑
そのための法的︑制度的措置はとられているが︑それが機能す
るための人員配置等が不十分ないし不適切である場合である︒
これについては行政法上の問題︑あるいは政策的要素も入り︑
題を税関長の過失だけで考えることには限界があるように思わ
(三)
務は認められない︑として︑危険な物を渡したという作為につ
き︑通常の知識経験を基礎として過失があったか否かを検討し
たものである︒従って︑本判決は一般的不法行為理論の一適用
であり︑特別な地位ないし関係を基礎とする安全配慮義務︑あ
るいは法律上の権限を基礎とする公務員の不作為の違法の問題
とは︑理論上性格が異なるものであると思われる︒
現行法規範を前提とし︑その解釈論として論ずる限り︑本判
決のように︑税関長の地位に即してその責任を判断しなければ
ならないであろう︒そして製造物責任論の現在の到達点から見
ても︑国を製造業者・流通業者と同一に見ることはできず︑ま
た薬害事故において製薬会社に対し監督・規制権限を行使する
国の立場とも異なるが故に︑本件において税関長に特別の注意
義務を課することはできないであろう︒以上の意味で︑最高裁
が︑税関長の通常有すべき知識経験を基準にしてその過失の有
無を判断すべきものとしたのは適切であると思われる︒
製造物責任論の成果については︑まずそれが現行法の枠内で
どのように確立し︑解釈論に反映しているかを確認し︑その上
で更にいかなる法的・制度的整備が必要かを明らかにするとい
う作業が常に必要となろう︒
(l )
本件
に関
する
判例
批評
とし
て次
のも
のが
ある
︒一
審に
つき
︑
1 0
八
5 ‑ 3‑464 (香法'85)
宮本健蔵・法学志林七八巻一二号一〇七頁︑神田孝夫・判例タイムズ三九
0
号一
五号七六頁︑長尾治助・民商法雑誌九一巻四号五七四頁︒ 卜七八二号一四九頁︑上告審につき植木哲・ジュリスト八一 四
0
頁︑二審につき道垣内正人・ジュリス( 2
)
植木
・前
掲七
七頁
︒
(3)長尾•前掲五八六頁も同様に解する。
( 4
)
﹁私
法﹂
三八
号七
四頁
︒
( 5
)
同右
九三
頁︵
森島
昭夫
報告
︶︒
( 6
)
同右
九四
頁︵
同右
︶︒
( 7
)
本件貨物に引取り手があり︑通常の通関手続が行なわれたのみの場合にも︑同様に国の責任追及の問題が生ずるか︒その場合には検査・規制の権限規定がない故に︑﹁不作為の違法﹂による責任問題は生じえなかったものと思われる︒本件は︑公売という形をとったが故に︑国が中間売主類似の地位にあるものとして争われたものと思われる︒
( 8
)
長尾
・前
掲五
八八
頁︒
︹ 追
記 ︺
本最高裁判決による差戻を受けて︑大阪高裁昭和五九年九月
ニ八日判決︵判例時報︱︱四三号八八頁︶はXの請求を棄却し︑
本件は確定した︒右判決は︑収容貨物を廃棄すべきか否かを検 査する際︑当該貨物の商品価値を毀損しないため︑特に不審を 抱くべき事情がない限り︑外観上検査を行なうという慣行が妥 当なものとし︑税関長等は右慣行に従って為された検査に際し て本件ラケットの欠陥を容易に知ることができなかったとし
局︑税関長の故意過失なしとし︑国の責任を否定した︒ 右欠陥を容易に知りえたかも疑問である︑
1 0
九
とした︒その上で結
て︑事故発生の予見可能性を否定した︒また仮に握り手と柄の 接合状況を検査すべきであったとしても︑公売時において税関
長もしくは担当官が手で柄を握り手から引張る等しただけで︑
5‑3‑465 (香法'85)