Vffl‑24 牧 VB 3 農 Vfl‑18手丁
VH‑13(田 原) vn‑13 日 VI‑23 (農 場〕
VI ‑27(小川原浦〕学 9
I I
Ⅶ・ 9 轟 11 VI 28 (新田原〕 13
I+.
圭邑
・14 新
Ⅵ・ 5 田 15
Ⅶ・ 9 新 層16 VI‑16 田 17 VI‑28 田 18 VB‑15 牧 19 VH‑ 6 轟
VI‑28 日 VB‑ 3 田 VB‑ 3 蚊 YD‑ 6 田 YD 14 (舟 津) YD‑11田 VI‑25 農・
VD 10 ft
43
成 53
A 55
74
層 90
〔話〕 1. A塾:致死日数1‑2日塾に属する患者.
B : ク 3‑4 C : ‑^ 5‑8 ク D : ク 9′一15 ク E ; ク 20く ク
2.地名‑宇は夫々( 〕内地名の頭文字である.
24 3 13 56 14 58
E B D E D E
w 16.6% 109
1了6 33.3プ左 10 Bl
D2
105 E3
50.0^ 42 BDE 6
8
早
早
早
早
早
YD 9枚
VD‑25 田
VI 2 農
Ⅵ・30 /JS
va‑10 日 VH‑17 新
志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺 853
表 29・ 症塾に関する考察並びに致死日数移動に関する考察 間
分
致死日数 性・年令 患者香草 初発‑
非初発 岡
〔1〕
Ⅵ 5‑・.20
〔Ⅱ〕
Ⅵ 21.‑30
cm]
Ⅶ
1一‑10
CIV] m
Ⅶ Ⅶ 1 1‑・20 21.‑31
〔Ⅵ〕
Ⅵ且
1 '"*‑'
A
ト」
i h3
1
33 153
*
* 苧4
28
1 2
♀3 甲2 134 104
芦E
B i
Jゝ
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C i
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く工)
D i
トー く.∩
上 同 上
3 4 84 苧7 苧11苧3 115 114 168 2
* * 3
84 124
*
4
?3 183
3
♀53 109
5
?16 70
* 5 6
813甲19′34 69 87 86 68 フ5
*
1 617 54
*
5 5 66 83 171 34
5 7 7 85 苧4 85 107 184 60
* *
jZE
E 完
12 12 13 1
6 1 8
2
同 上
14 苧13早5早53315
14 早18 2 1811381フ6 180 179
* * *
It!
平74 105
1 63
3フ
同 上
20 S3 110
*
21 56 84 955 129 10
串 *
24 843 SB
2435 36 38 58i 87?5 95 97?90 80 103 132 42
*
分期別 平 均 致死日数
年2‑7
令 2.‑15 ll.5 C28/望〕
ll.5
〔23/3)
6.0 (42/了)
5.6
(46/畠)
督 壁 節 属 患 者 百 分 率
A
B
C
D
E
14.2(12.5) 〔4.1〕
50f冒 42.8(50〕 〔12.5〕
28.5(25〕 〔8.3〕
50f望14.2(12.5〕〔4・l〕
1
6.8
〔ォ8/T〕
8.2
(T l/9) I
19.6 (サVサ〕
17.0 C^o/ieO
14.2 〔11.1) 〔4.1〕
14.2 〔11.1) 〔4.1〕
42.8 (33.3ノ〔12.‑5〕
28.5 〔44.4) 〔8.3〕
A‑B 55.5 〔60〕 〔20.8〕
5:9 6:10 5:24
26.6 〔21.0〕 〔16.6〕
4:15 4:19 :24
28.5 〔20〕 〔8.3〕
14.2 〔40〕 〔4.1〕
14.2 (20; 〔4.1〕
57.1 (40)〔16.6〕
C.I‑D.一E
44.4 4:9
(40) 〔16.6〕
4:10 4:24
73.3 (78.9) 〔45.8〕
ll:15 15:19 11:24
〔註〕 * :無符愚者は自己世帯に放ける初発患者.
有符患者は非初艶患者.
〔 ) 〔 〕 :各塾所鼠愚老百分率偶に放ける
■ヨ
無括弧‑ 2 ‑ 7才患者の分期別対応年令百分率.
( )⊥‑2‑15才 ク ク
〔 〕 ‑2・一丁才患者の対応年令百分率.
(2‑了才層死亡者は死亡者39例中24例. 〕
854 高 橋 藷に2. 'oサ項所見を要約すると次の様になる.
即ち絶括的に盛ると致死日数は年令と共に延長する 傾向が認められるがJ個別に追究すると年令とは無 関係に魯種の例が混在していることになる.是れは 臨淋経過に各様の型式が存在したかを恕還せしめる 所見であるが,山崎博士の要約中にも現われる処で ある.
4.爾れば裁に臨淋経過の大要を恕還してみると 次の様になる.
a.蓑29. A型列の患者は所謂劇症型疫痢として の転帰を探った愚者群と考えてよいであらうか.
No. 54 (617才〕のみは或は記録に誤謬無しとほ 断じ碍ないが,一両日にして死の転帰を探ることも 普通とされるコレラ様赤痢症もあることであればA 塾列に介在し碍ない例ではない.
B‑C型列患者の中,幼若者群は疫痢の経過 を探ったものと考えられる,前駆症期間の関係等も 考えられるのでJ此の中には所謂普通症塾の他に劇 症型も含まれてよいであらう.山崎博士の記述を参 照すると/J1学児童層の殆ど総べて並びに中学年令層 の一部も亦疫痢或は類似の経過を探ったものと解さ れる.稗長じて高校年令層に達したものは所謂重症 型赤痢経過を採ったと解すべきであらうか.
c. D型別の幼年者ほ疫痢の普通症型を経過した と考えてよいであろう.学童並びに高合着は赤痢症 の一般経過を採ったものと解される.
d. E塾列の幼年者・成年者は共にD塾列患者に 準ずるものと解してよいであらう.唯此の場合には 致死日数延長の因として,慢性経過・各種合併症等 が考えられるが詳細不明である.
5.因みに叙上の如く多様の症型に煤削されるの であるが,別に特異な例が認められたわけではな
l
く,上記は何れも志賀型赤痢菌症に遍く知られてい る症塾である.裁に本流行支配菌を単一性と想定し たことほ既述の通りで,亦是れをSh, dysenteriae typelと同還したことは壊朝の如くであるがJ叔上 症型の多元性ほ是れ等の想定と実績に呼応する所見 である.
B.発症期と致死日数並びに治療日数との関係に 就いて
赤痢流行に際してほJ不顕性に終る程度の感染の 下に或ほ亦軽症に終止した結果としてJ或る程度の 免疫を獲得する個体も有り得ると考えられる.従っ て流行経過の或る時期に是れに相応する頚斂が認め られる機会も全く期待し碍ないことではない.依つ
て流行期問を表29.の如く区分して是れと致死日数 の関係を考察してみた.勿論致死日数を支配する因 子は多種多様で上記の如くに単純に考え碍ないこと は明らかである.黙し乍ら他面に於いては原因菌が 生体通過に由ってJ其の菌力・毒力を増強し臨淋所 見・同経過の上にも関係を持つことが考えられるの である.従って流行初期の患者に此して其の鎮の患 者に致死日数延長等の環象が認められるならばJ条 件によっては敢えて赤痢病後免疫の成立如何に対す る一つの所産とすることも‑応許され処である.
蓑29.を要約すると次の様になる.
1.一般に乳幼児・学童年令期患者と成人瓢患者 とでほ致死日数に差が認められるので39),立でほ 死亡例の大部分を占めている2 ‑了才層児童を主賓 資料として論述する.
2. YI‑5‑20よりⅧ.1以降に至る魯6分期 (以下〔Ⅰ〕‑〔Ⅵ〕と略記〕に所属する患者の督致 死日数平均値を求めると'表示の如く〔1〕11.5 日・〔甘〕 6日.〔Ⅲ〕6.8日・〔Ⅳ〕19.6日でJ此の 際〔Ⅰ〕所見ほ〔I〕分期属死亡者甚少の故に暫く 措くとするとク致死日数は〔Ⅱ〕より〔Ⅳ〕に向け て順次延長しているかの所見を呈している.死亡者 の範囲を2 ‑15才7 2‑20才の如くに拡張した場合 も此の傾向ほ認められるのである.
3.次にA‑E塾所属督死亡者の〔l〕‑ 〔Vl〕
別に於ける位置的分布を分期別百分率にして執る と, 〔¶〕‑川〕‑〔Ⅳ〕の時間的経過とA‑D に於ける致死日数延長とほ大体平行する所見であ る.換言すれば,より違い流行期日に発症した患者 に於いて'より長い致死日数が認められる.此の関 係は資料の範囲を2 ‑15才とLた場合にも大体類似 の百分率を示して同債向が認められる.亦分期別死 亡者でなく全死亡者に対する百分率としても同値向 は認め得るのである.
4.猶概括的に分期別を〔l ・ Ⅰ〕:〔 IV‑V
・ Ⅵ〔の如くに,亦死亡日数を(A‑B):(C‑T1・E) の如くに夫々分割する縦・横番線を以って死亡者分 布を区画する場合にも叙上のことは言い得るのであ ち.即ち〔Ⅰ〕・〔[〕統合区画(VI.5‑30)の場 合ほA.B:C‑D‑E‑55.5^:44.4^; 〔Ⅲ〕・
〔Ⅳ〕・〔Ⅴ〕・〔Ⅵ〕統合区画(W.l‑30‑ 〕に 於いては‑26.6タ左:73.3^である.是れほⅦ.I 以前に於けるA‑ B型死亡者はC・D・一E塾死亡者 に棺優る百分率を京していたに拘らずJ Ⅶ・ 1以後 に至って率ほ殆ど半減し A‑B型に番ってC‑D‑
志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要卸こ関する考察並び忙原因菌の性状に関する知見補遺 855 E丑抽ミ顧著な昇率を示したことを意味するものであ
る.
5.叙上所見を免疫甥象とすればJ自己発症以前 に既に自己世手酌こ患者が居た場合にはJ黙らざる世:
帯患者に比して免疫獲得の機会に恵まれていたこと も考えられるのであるが,是れを実証す畠だけの資 料が存在しない.亦仮りに多少の資料があった軒チL ても繭く簡単に解説の出来る性質のものでもない訳 である.例えば免疫が成立するものとすれば'免疫 替待機会の有軌こ従って分別された患者群に就いて 治療所要員数にも或る程度の差が認められてもよい と考えられる.依って次の表30.に放ける患者104 名を表19. 20.に拠って(1)単発世帯所属患者並 びに魯笹集積発生世帯に於ける初発患者の第2病日 迄に発生した患者なる両群の合計をJ取り敢えず世 帯内での免疫機会所持者群 〔2)上記(1〕所属を除 外した穂べての患者を機会非保持者群として,其の 平均治癒員数を求めてみると次の様になる. (1)群 所嵐愚妻は60名,其の治癒日数は捻討2103臥従J) て平均35日と認められるのに対してJ (2〕群でほ所 属愚者44名絶討日数1519日J平均34.5日となり殆ど
全く差は認められないのである.
唯喪に,叙上患者群の類別に問題が残されてい る.即ち免疫の機会は家庭内に止どまる訳でほない
に拘らず家庭外の状況不明なまゝに無視されている のである.是れあるが故に未だ(1〕 ・ (2)間餌差の原 因を免疫とは無関係と断ずるわけにもゆかないので ある.患者群分別に際して流行分期なるものを考膚 に入れると,或ほ(1〕 ・ 〔2)間に差が発現するかも知 れないことが考えられるのである(次項6.参照〕.
6.他方亦2.‑4.項所見を免疫頚象と解すれ ば,治癒患者群に於いても是れに相応する所見が認 められてもよい訳である.以下蓑30.に於いて此の 関係を示すことにする.
表30.の資料は患者No.1‑184の*'死亡者 39例・治癒日数軒記入者41例計80名が除去された 104零に就いての所見である.治癒日数としてほ当 局記録に於ける発症日より転帰日附に至る日数(節 者を含む)を探ったのであるが'此の場合の後者と 謂うの忙ほ治癒退院日と解される場合も含まれてい
る様に考えられる.然し乍ら僅偵な日数差と考えら れるし亦治癒日なるものゝ決定は各様と考えられる
ので,是れを以って論を進めることにする.
先ず流行の期間が,可及的例数の分散を避ける意 味で死亡者の場合と異なってⅥ ・ 5‑30 (No. 1),
vfl l‑15(Nb.2〕, Vfi ‑ 16‑31〔No.3〕, Vffi ‑ 1‑
IX ‑ 10 (No.4〕の4期に分別される.年令は2‑了 表 30. 年令別・流行分期別平均治癒日数
年 令 区 分
2′‑7
\二ここ 要 項
表区画 流行琴区分
No. 1
Ⅵ 5.‑30 平 均 治 癒
治癒日数合計:
最短最長活 年令区分1‑3
日
癒日患者
: 4
敬 敬 敬
7
8‑‑15
平 均 治 癒
治癒日数合計:
最短最長治 年令区分8‑ll
患者日
癒日
=
● 12.・一
敬 敬 敬
15
No. 2 No. 3
Ⅶ
1‑‑15 16.‑31 34.5
138:4 28.‑42
0:4
No. 4 VI‑K 1 10 39.5
790 :20
15一‑69
3:17
26 78:3 19.‑32
1:2
(5TJ 57:1
‑57‑
0:1
2丁.3 164:6 9‑36
3:3
38.7 814:21
17.‑65 9:12
2臥4
284:10 7‑・.42 5:5
(41 ; 41:1
・.‑41.‑
0:1
平 均 治 癒 日
16・‑88 治癒日数合計:患
最短最長治療 者日 数 敬 敬 年令区分モ喜‑40:41‑65 6‑88
2‑8 紐 討
28 112:4
22.一37
3:0=土
36.5 841:23 15‑50 17:6:0
29 290:10 ll‑.52 4:4:2
(13) 13:1
∫‑13.‑
0:1:0 冨mg 111:3 29.5
414:14
38.2 2445:64
28.3 652:23
〔証〕患者No.l‑184の申次の1., 2.合計80名は本義資料中にほ包容されていない・
1.治癒日不明例:No. 3. ll. 12. 14‑17. 23. 24. 27. 35. 36. 41. 42. 45. 81.
85. 93. 94. 96. 100. 108. 116. 117. 121. 130. 135. 136.
140. 142. 149‑152,以上41例.
2.死 亡 者: 39刑(表19。等参照).
856 馬 橋
・ 8‑15‑16‑8才層の如く3分きれるがJ当才並 びに89才以上の愚者は本資料には含まれていない.
No. 4列に於ける例数ほ年令層別に観て単に0‑ 1 より認められないので資料となり碍ない.
a.年令的に観る時No.1 〔流行第1‑2期〕に 放ける2 r‑ 7才層愚者の平均日数が稗長期である外 魯区分の問に著差ほ認められない牒である.魯年令 層共に所属例数が数例に過ぎないので確言しにくい が常識的にほ年令的揖抗性差を一応考えてもよいこ
\
とである.
・ b.時間的にNo.1:No..2: No.3列を比較す ると各年令層を通してNo.2に於いて最も長期 の日数が認められる.敢えて単純に解するならば No.1 (第2間道)の頃ほ菌力も弱く,感染対象の 抵敵性も普通, No.2期(第3前半期〕に入ると薗 カの増強が認められるが〔此の解説を生かす場合は 本朝流行を水雫感染とは言い難い)対象の抵抗性に 宋だ前期との差ほ認められない. No.3に入ると菌 力はNo. 2同様萄カであるが部落居住者に部落とし ての集団免疫状態が次第に発頭して治癒日数ほ短縮 されて来る(前記の死亡者辞は治癒に至り碍なかつ たけれども此の免疫に由って病臼延長なる所見が発 環Lた〕のでないかとも一応は考えてみてよいこと
である.
c・黙し乍ら此の種の現象に対する条件は勿論複 雑である.死亡者の場合と共に叙上の如く簡単に断 じ得る性質の甥象でほない.裁には単に治癒者の場 合にも亦治癒日数に分期的な差が認められることを 記録するに止めておく.
7.更に亦赤痢の人工免疫効果に就いても現在の 処宋だ疑問の余地が残されているがJ病後免疫に関 しても‑応否定されている報告12)も認められる.
斯くて2. ‑4.項所見を以って遠かに発症前免疫獲 得の結果と断じ或は亦病後免疫の成否を論ずること は飛躍に過ぎることになる.唯類には此の開城に対 する考察の一端として敢えて附記する次第である.
8‥因みに2. ‑4.項所見に対してJ流行期の拒 掛こ伴なって人体累代経由の結果として願われた菌 力・毒力増強を其の1要素と解するならば,'本流行 を水釆感染と看るより食餌・介達感染と看る方が理 解し易いとも謂い得るわけである.少なくも流行の 或る時期以後の愚者は湖水・川水等の不良条件下に 在った病慮菌に由ったと解するより条件良好な食餌 汚染菌等に其の因を求める方が合理的な様に考えら れる.
(Ⅲ〕留意すべき患者に就いて fl. H.51‑No.HO (63才)
1.考察過程に於いてJ本流行の感染源的存在と して重要視され乍らもJ実在性が不明確なまゝに No. o患者が一応無視され,是れに番って必然的忙 No. 110が初発患者と看倣されるに至った経過に就 いては第Ⅰ朝(1)に於いて既述された処である.
此の際No.oとNo.110とほ本来同一患者であつ たものが何等かの事情から分別される結果になった と一応考えられないわけでもない.虫にNo.0と No.ユ10の関係は措くとして'とまれNo.110旺 赤痢患者としてほ記録に無かったもりである.亦詳 細な臨淋記録も映如している.更に其の致死日数も
疫痢・小児赤痢愚老としては一応長期に懐くもの でJ是れに関連しては嘗て本患者が赤痢菌由来か否 かに就いて触れた処である.斯く考えると,既往 に於いては諸種の考察よりLて一応感染源としての 立ち場を附与されて来たのであるがJ蕨密には是れ を赤痢患者と断ずることは或は無理と言い碍.るかも 知れない.
2.従って重宝にNo. 110が非赤痢患者であった 場合に就いて一考してみるとJ既往に於ける各種 考察様式並びに其の所産に対する変動が考慮されね ばならない.先ず考えられるのほク 前回報告Ⅵ I (I) c.に放ける水預感染成否に関する型式1‑
5考察理論に就いての多少の変動である.然し乍 ら,詳細は省略するがJ結局水素的解説ほ成立せず 従って亦決論に変更は無いのである.次にNo. 110 が非赤痢患者として除外される結果'愚者世帯80 ・ 患者数183となり既述の各種統計値に変化を生ずる 理であるが,其の変動ほ全く佳放で沃論を誤らしめ る程のものではない.従って虫にNo. 110を捨て No. 124を以って初発患者並びに感染源と看倣すに しても'水釆感染の否定'食餌・介達感染の捉唱, 更に是れ等に関連する各種所論の上には何等の変更・
も必要としないのである.
3.斂上で一応No. 110に対する感染源否定の 立ち場よりする吟味を終ったのセ再度看琵の立ち頓 に於いて言及する.本患者に関する病淋記掛ま存在 しない.黙し故人の母なる人との間に於ける問診に 由れば明らかに下痢を主徴とす串疾病でJ契掛こ発 症している.亦致死日数が3週日を要して3才の幼 児柾しては稗長期に属するかとも思われたのである がJ表29.に明らかな様により長期に及むだ例は砂 くないのである.且つ死亡している点等を考えると