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薬物免責条項の解釈と適用

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薬物免責条項の解釈と適用

永 松 裕 幹

■アブストラクト

危険ドラッグの氾濫や向精神薬の乱用が社会問題になっている。これらの 薬物を服用した状態で車の運転をした場合には,事故発生の危険性が高く,

社会的非難も大きい。自動車保険約款の人身傷害条項や車両条項中の薬物免 責条項には,これらの薬物は明記されていないが,被保険者がこれらの薬物 を服用した状態で運転して事故が発生した場合,保険者は免責とすることが できるのであろうか。

約款文言や道路交通法の規定との平仄から,これらの薬物を服用した状態 で運転したときに発生した事故につき,同条項は適用できないと考える。も っとも,危険ドラッグのうち,所持や使用が違法である指定薬物については,

約款を改訂することで,免責の対象とすることができる。

このように解しても,被保険者が危険ドラッグや向精神薬を服用した状態 で運転して事故が発生した場合には,別途重過失免責の規定を適用する余地 がある。この点,危険ドラッグについては,重過失免責が比較的容易に認め られる可能性が高い一方,向精神薬については,重過失免責が認められる場 合は,相当程度限定される可能性がある。

■キーワード

薬物免責条項,危険ドラッグ,向精神薬

*平成27年10月24日の日本保険学会全国大会(慶應義塾大学)報告による。

/ 平成28年4月1日原稿受領。

(2)

1.はじめに

自動車保険約款の人身傷害条項及び車両条項等には,免責事由として「麻 薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー等の影響により正常な運転ができな いおそれがある状態で運転している場合」が定められている(以下「薬物免 責条項」という)。上記の列挙薬物(以下「麻薬等」という)は,所持や使 用に処罰規定があり,発覚すれば刑事処分となり,保険金を請求すること自 体稀であり,請求されても多くは免責扱いで処理されるのが実情である1)

近時,危険ドラッグ2)の氾濫や向精神薬依存が社会的問題となっており,

被保険者が医師から処方された向精神薬を服用した状態で運転して発生した 自動車事故について,薬物免責条項の適用を認めた裁判例3)が現れた。

しかし,薬物免責条項には,危険ドラッグや向精神薬が明示されておらず,

これらの薬物を服用した状態で運転して事故が発生した場合に,保険者が同 条項を適用できるかについては,検討を要するが,この点に関する議論は,

これまで殆どなされてこなかった4)

そこで,本稿では,薬物免責条項の解釈論を概観し(後記2),危険ドラ ッグ及び向精神薬依存の危険性を検討した上(後記3及び4),これらにつ いて薬物免責条項を適用できるかについて考察する(後記5)。

1) 米塚茂樹「車両保険」塩崎勤編・現代裁判法体系25〔生命保険・損害保険〕

386頁(新日本法規出版株式会社,1998)。

2 ) 平 成 26 年 7 月 22 日 厚 生 労 働 省 医 薬 食 品 局 監 視 指 導・麻 薬 対 策 課( http : //www. mhlw. go. jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/140729-01. pdf )平 成 28 年3月27日最終アクセス。厚労省は,いわゆる脱法ドラッグについて,新呼称 として「危険ドラッグ」を選定した。

3) 後記 5 ⑶裁判例④岐阜地判平成25年2月15日判時2181号152頁及び同⑤名古 屋高判平成25年7月25日判事2234号115頁。

4) 先行研究として,𡈽岐孝宏「麻薬等運転免責条項の解釈」中京法学50巻1号 1頁(2015)がある。

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保険学雑誌 第 633 号

2.薬物免責条項の解釈

⑴ 薬物免責条項の趣旨

薬物免責条項が定められた趣旨は,麻薬等の禁止薬物を体内に保有しなが ら運転すると,事故発生の危険性が高い上,非難可能性が高いことにある5) この趣旨は,薬物の影響による運転行為が,酒酔い運転や無免許運転と同様 に極めて悪質なものであるとして,昭和53年の道路交通法(以下「道交法」

という)改正で量刑が重くされたことから,昭和56年8月の約款改訂で,自 損事故保険,無保険車傷害保険,搭乗者傷害保険及び車両保険に薬物免責条 項が導入されたという導入経緯にも合致する6)

⑵ 道交法の規定に基づく解釈

ⅰ 道交法第66条

道交法第66条は,「何人も前条第1項7)に規定する場合のほか,疲労,病 気,薬物の影響その他の事由により,正常な運転ができないおそれがある状 態で車両等を運転してはならない。」と定める。

ここでいう「薬物」とは,いわゆる薬剤又はこれに類するものを言い,医 薬品に限らず,摂取,吸引することにより「正常な運転ができないおそれが ある状態」を生じさせる性状のある薬品的な物質一般のことである8)。また,

「薬物の影響」とは,たとえば覚せい剤等の注射,睡眠薬等の引用,シンナ ー等の吸引等により,正常な身体又は精神の状態に変化を生じ,運転に際し 5) 鴻常夫編集代表・注釈自動車保険約款(上)227頁,293頁,335頁,391頁〔西 島梅治〕(有斐閣,1995)。𡈽岐・前掲注4)16頁は,「麻薬等吸引運転免責は,

当該運転行為が,不正行為であることを免責の根拠として」いるとする。

6) 自動車保険料率算定会編・自動車保険論第10版152頁(損害保険事業研究所,

1995)。𡈽岐・前掲注4)2頁~5頁は,免責条項の起源について詳細に論じる。

7) 道交法第65条1項は,「何人も,酒気を帯びて車両等を運転してはならない」

と規定する。

8) 道路交通執務研究会編著=野下文生原著・執務資料道路交通法解説16-2訂 版712頁(東京法令出版株式会社,2015)。

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注意力の集中,距離感の確保等ができないため,運転者に課せられた注意義 務を果たすことができないおそれのある状態をいう9)

ⅱ 道交法の刑罰規定

道交法第117条の2第3号は,「第66条(過労運転等の禁止)の規定に違反 した者(麻薬,大麻,あへん,覚せい剤又は毒物及び劇物取締法第3条の3 の規定に基づく政令で定める物の影響により正常な運転ができないおそれが ある状態で車両等を運転した者に限る。)」を「5年以下の懲役又は100万円 以下の罰金に処する」とする。ここでいう「麻薬」とは,麻薬及び向精神薬 取締法(以下「麻向法」という)第2条1号の麻薬,「大麻」とは,大麻取 締法第1条の大麻,「あへん」とは,あへん法第3条2号のあへん,「覚せい 剤」とは,覚せい剤取締法第2条1項の覚せい剤のことである10)。また,

「毒物及び劇物取締法第3条の3の規定11)に基づく政令で定めるもの」とは,

興奮,幻覚又は麻酔の作用を有するもののことであり,トルエン並びに酢酸 エチル,トルエン又はメタノールを含有するシンナー(塗料の粘度を減少さ せるために使用される有機溶剤をいう。),接着剤,塗料及び閉そく用又はシ ーリング用の充てん料のことである12)

一方,道交法第117条の2の2第7号は,「第66条(過労運転等の禁止)の 規定に違反した者(前条第3号の規定に該当する者を除く。)」を「3年以下 の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」としている。

このように,道交法の刑罰規定は,「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤又は 毒物及び劇物取締法の第3条の3の規定に基づく政令で定める物」と,その 他の薬物との間に,明確な差を設けている。

9) 道路交通執務研究会・前掲注8)712頁。

10) 道路交通執務研究会・前掲注8)713頁。

11) 毒物及び劇物取締法第3条の3は,「興奮,幻覚又は麻酔の作用を有する毒 物又は劇物(これらを含有する物を含む。)であつて政令で定めるものは,み だりに摂取し,若しくは吸入し,又はこれらの目的で所持してはならない」と 規定する。

12) 毒物及び劇物取締法施行令第32条の2。

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保険学雑誌 第 633 号

ⅲ 薬物免責条項の文言

薬物免責条項は,「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー等の影響に より正常な運転ができないおそれがある状態で運転している場合」という文 言を用いており,道交法第117条の2第3号の文言を援用している。

このことから,薬物免責条項における「シンナー等」とは,道交法第117 の2第3号の定める「毒物及び劇物取締法第3条の3の規定に基づく政令で 定める物」のことであると考えられる13)

⑶ 飲酒運転免責規定改訂との対比に基づく解釈

平成16年に改訂される前の自動車保険約款は,刑罰法規の道交法第117条 の2第1号(いわゆる酒酔い運転条項)の規定を援用し,「酒に酔った状態

(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)」で被保 険自動車を運転していた場合を保険免責としていた。

しかし,車両保険単独のケースで,飲酒が疑われても人身損害が発生して いない場合は,酒酔いまでの証拠を入手するのが困難であり,リサーチ会社 の裏づけ調査でも明確な結果が得られることは少ないという問題があった14)

そこで,約款が改訂され,「道交法第65条1項の酒気帯び運転またはこれ に相当する状態での運転」が免責対象とされ,「アルコールの影響により正 常な運転ができないおそれ」の有無は,問題とされなくなった。

このように,飲酒運転に関する免責条項は,道交法第117の2第1号を援

13) 川井健=宮原守男=小川正二郎=塩崎勤=伊藤文夫編・注解交通損害賠償法

〔新版〕第③巻87頁〔吉川真一〕,150頁〔大森利夫〕(青林書院,1996)「自動 車保険の解説」編集委員・自動車保険の解説2012 97頁(保険毎日新聞

社,

2012)。

14) 米塚・前掲注1)386頁は,「あくまでも『正常な運転ができないおそれがあ る状態での運転』の場合が免責であり,『正常な運転ができない状態での運転』

ではないから,保険会社側が一定の事実関係のもとに支払いを否定する例が意 外と多い」と指摘する。

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用する規定から,同法第65条1項を援用する規定となった15)。他方,薬物 免責条項は,同法第117条の2第3号の援用が維持されたままで,同法第66 条又は同法117条の2の2第7号を援用する規定になっていない。

⑷ 小 括

以上より,薬物免責条項における「シンナー等」は,道交法117条の2第 3号の定める「毒物及び劇物取締法第3条の3の規定に基づく政令で定める 物」を指していると解するのが,整合的であると思われる。なお,薬物免責 条項の解釈については,上記と異なる解釈もあるが16),これについては後述 する(5⑵ ⅳ)。

3.危険ドラッグ

⑴ 定義及びその危険性

危険ドラッグの多くは,麻薬や覚せい剤によく似た合成薬物を植物片に混 ぜたり,液体や粉末にしたものであって,麻薬や覚せい剤の化学構造のほん の一部を変えることで,「麻薬や覚せい剤ではない」とされてきたが,実際

15) 岡山地判平成24年5月31日自保ジャーナル1877号164頁は,次のように判示 し,約款文言の道交法規定の援用の仕方に着目して,飲酒免責規定を解釈した。

「道路交通法65条1項は,アルコールの影響により正常な運転ができないある 状態での運転などと禁止範囲を限定する文言は置かれておらず,酒気帯び運転 それ自体を禁止するものである。他方,薬物等の服用下の運転については,道 路交通法上,それ自体を禁止する規定はなく,そのうち薬物の影響その他の理 由により,正常な運転ができないおそれがある状態での運転が禁止されている にとどまる。また,道路交通法は,無免許運転については,それ自体を禁止し ている。これらの道路交通法の規定と本件免責条項の規定を対比すると,本件 免責条項が,道路交通法の禁止内容に対応して免責事由を定める趣旨であるこ とは明確である。そうすると,本件免責条項は,酒気帯び運転につき,道路交 通法上,それ自体が禁止されていることにかんがみ,罰則の適用を受けるか否 かあるいは正常な運転ができないおそれがある状態であったか否かを問わず,

免責事由とすることを定めたものと解するのが相当である。」

16) 𡈽岐・前掲注4)28頁~31頁参照。詳細は,後述する。

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保険学雑誌 第 633 号

はこれらと同様の作用をもたらす非常に危険な成分が含まれており,化学構 造を変えたことで,更に危険になっている場合もある17)。また,薬理作用や 臨床症状は様々だが,幻覚妄想,全身痙攣,異常行動・多動及び不安感など の臨床症例が報告され,強い依存性があることも指摘される18)。したがって,

危険ドラッグを服用した状態で運転した場合の事故発生の危険性は,麻薬や 覚せい剤を服用した状態で運転する場合と同程度に高いものといえる。

⑵ 法規制

ⅰ 麻向法による規制

麻向法に基づく麻薬指定19)を受けた成分は,使用や単純所持も規制される。

しかし,規制範囲は,指定対象となった物質を含有する製品に限定され,化 学構造の類似した新たな物質等が次々と出現し,それらを含有する製品が目 まぐるしく交代して流通している危険ドラッグを迅速かつ広範に規制するこ とは難しい。また,最終的に麻薬指定がされるまでには,少なくとも1~2 年の時間を要するという問題がある20)。このため,近年の危険ドラッグに対 する規制強化の高まりとともに麻薬指定を受けるに至った物質は,合成カン ビノイド系やカチノン系の物質のうち数種類にとどまる21)

17) 平成17年11月25日厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課「違法ドラッ グ(いわゆる脱法ドラッグ)対策のあり方について(提言)」(http : //www.

mhlw.go.jp/shingi/2005/11/s1125-21.html)平成28年3月27日最終アクセス,政 府 広 報 オ ン ラ イ ン( http : //www. gov-online. go. jp/tokusyu/drug/gohotoitte/in dex.html)平成28年3月27日最終アクセス。

18) 井出文子「脱法ハーブによる中毒症例の臨床的特徴」中毒研究26巻1号35頁

(2013),成瀬暢也「精神科臨床からみた危険ドラッグ濫用の現状と課題」公衆 衛生79巻4号228頁(2015)。

19) 麻薬,麻薬原料植物,向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令第1条。

20) 厚生労働省・前掲注17)。

21) 高野博徳=黒木由美子=波多野弥生=荒木浩之=遠藤容子「脱法ハーブの法律 による規制と現状」中毒研究26巻1号22頁(2013),沼澤聡「乱用薬物の最前 線-違法ドラッグのトレンド-」昭和大学薬学雑誌4巻1号13頁(2013)参照。

なお,平成27年10月2日に,指定薬物の4物質が麻薬に指定された。厚生労働

(8)

ⅱ 薬事法(医薬品医療機器等法)22)による規制

平成18年に薬事法が改正され,中枢神経の興奮もしくは幻覚の作用を有す る蓋然性が高く,かつ人体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生する おそれがある薬物や植物を「指定薬物」に指定し,輸入,製造,販売,授与,

貯蔵,陳列等を原則禁止し,流通段階における規制・取締りが強化された

(指定薬物制度)23)。指定薬物は,麻薬指定の場合と異なり,有害性が確認さ れない段階でも指定することを可能にしたことで,新たな薬物に迅速に対処 することが可能になった24)。もっとも,同制度制定当初は,使用や所持の罰 則規定がなく,指定薬物を含む危険ドラッグを安易に入手し使用する事例が 数多く報告され,急性毒性や「依存症候群」等の精神症状を発現した事例や 交通事故等による他者への危害事例が頻発した25)

そこで,平成26年4月1日に,改正薬事法が施行され,指定薬物の所持,

使用,購入,譲り受けについても禁止され,違反した場合には3年以下の懲 役又は300万円以下の罰金又はこれらが併科されることとなった26)

指定薬物の指定方法としては,特定の置換基を有する化合物群を包括して 指定する「包括指定」と個別の化合物ごとに指定する「個別指定」があり27)

省・薬物乱用防止に関する情報(http : //www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite /bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/yakubuturanyou/)平成28年3月27日最終アク セス。

22) 平成26年11月25日の薬事法等の一部を改正する法律の施行により,薬事法は,

「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(医薬 品医療機器等法)となった。

23) 医薬品医療機器等法第2条15項,第76条の4,第83条の9。和田清「日本にお ける薬物乱用問題の変遷とその背景『危険ドラッグ』問題に焦点をあてて」公 衆衛生79巻4号222頁(2015)。

24) 薬事法規研究会・逐条解説薬事法[第5訂版]第1部246頁(ぎょうせい,

2012)。

25) 厚生労働省・前掲注21)。

26) 医薬品医療機器等法第76条の4,第84条26号。厚生労働省・前掲注21)参照。

27) 花尻(木倉)瑠理「危険ドラッグの流通実態の把握と流通予測」公衆衛生79 巻4号255頁(2015)参照。

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平成28年3月27日現在,指定薬物の種類は,2300物質以上に及ぶ28) また,国内の危険ドラッグの販売店舗は,平成26年3月時点で,全国に 215店舗あったが,次々と廃業に追い込まれ,平成27年7月10日時点で,ゼ ロになった29)。ただし,インターネット等で注文を受けて宅配をする業者は 未だに残っており,厚生労働省や各都道府県警を中心に,危険ドラッグの撲 滅に向けた対策が取られている30)

4.向精神薬

⑴ 向精神薬依存問題

近時,医師から処方されたベンゾジアゼピン系睡眠薬や抗不安薬(向精神 薬)によって,身体的・精神的依存が形成されることが問題となっており,

これらの向精神薬が覚せい剤に次ぐ乱用薬物になっているとの指摘がある31) ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬は,一般に副作用が少ないのが特 徴とされるが,記憶障害,眠気,行動が少なくなりおとなしくなる,運動失 調等の副作用があるとされる32)。そして,これらの過量服薬は,酩酊感をも たらし,衝動性を高めて,しらふではとても考えられないような行動を引き 起こす一方,死に対する恐怖感を弱らせ,致死的行動を引き起こされる可能 性が指摘されている33)

また,非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は,筋弛緩作用が弱いという特徴を もっているが,すでに海外では離脱けいれんやせん妄,重篤な健忘など,ベ ンゾジアゼピン系睡眠薬と同様の副作用が報告されている34)

28) 厚生労働省・前掲注21)参照。

29) 毎日新聞平成27年7月10日夕刊4版11面。

30) 毎日新聞・前掲注29),厚生労働省・前掲注21)参照。

31) 松本俊彦「処方薬依存」精神看護17巻1号12頁(2014)。

32) 西勝英・本当に怖い!薬物依存がわかる本164頁(西村書店,2014)。

33) 松本・前掲注31)14頁,15頁。

34) 松本・前掲注31)14頁。

(10)

⑵ 自動車運転に関する注意喚起

医薬品を服用することにより,自動車運転等に従事している最中に意識レ ベルの低下,意識消失等の副作用が発現し事故が発生する危険性がある。そ こで,このような副作用が報告されている医薬品には,添付文書に自動車運 転等に関する注意等の記載がなされている35)

5.考 察

⑴ 問題の所在

薬物免責条項における「シンナー等」とは,道交法117条の2第3号の定 める「毒物及び劇物取締法第三条の三の規定に基づく政令で定める物」36) ことであると考えられることは,2⑷で述べたとおりである。

しかし,上記3及び4のとおり,危険ドラッグや向精神薬を服用した状態 で車を運転した場合には,事故発生の危険性が高まる。また,危険ドラッグ 服用者に対する社会的非難は大きく,向精神薬を服用した状態で車を運転す ることにも,一定の社会的非難が妥当する。

更に,危険運転致死傷罪における「薬物」(自動車運転死傷行為等処罰法 2条1号37)又は3条1項38))は,規制薬物に限られず,睡眠薬等の医薬品等 も含まれる39)。したがって,これらの薬物を服用した状態で車を運転し,人 35) 厚生労働省医薬食品局「医療用医薬品の自動車運転等の注意等の記載に関す る見直し等について」医薬品・医療機器等安全性情報308号3頁(2013)参照。

36) 毒物及び劇物取締法施行令第32条の2における「トルエン並びに酢酸エチル,

トルエン又はエタノールを含有するシンナー,接着剤,塗料及び閉そく用又は シーリング用の充てん料」。

37) 「薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為」を 行い,よって,人を死傷させた場合に成立する。

38) 「薬物の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある 状態で自動車を運転し,よって,その薬物の影響により正常な運転が困難な状 態に陥り」,人を死傷させた場合に成立する。

39) 危険運転致死傷罪(改正前刑法第208条の2第1項)における「薬物」の意 義につき,前田雅英編集代表・条解刑法[第3版]600頁(弘文堂,2013)は,

「アルコール以外のものであって,運転者の精神的又は身体的能力に影響を及

(11)

保険学雑誌 第 633 号

身事故が発生した場合には,上記犯罪が成立する可能性がある。

以上より,被保険者が危険ドラッグや向精神薬を服用した状態で車を運転 した場合に薬物免責条項が適用されるべきとの価値判断があることも,否定 しがたいと考えられる。以下では,これらの薬物を服用した状態で発生した 事故について,薬物免責条項を適用することができるのかを検討する。

⑵ 危険ドラッグへの適用可能性

ⅰ 裁判例

危険ドラッグを服用した者が惹起した事故につき薬物免責条項の適用可否 が争われた裁判例は,見当たらない40)

ⅱ 道交法上の取扱い

危険ドラッグは,「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤又は毒物及び劇物取締 法第3条の3の規定に基づく政令で定める物」41)に当たらない。

したがって,危険ドラッグの影響により正常な運転ができないおそれがあ る状態で車両等を運転した場合には,道交法第66条違反として,麻薬等運転

(道交法第117条の2第3号)ではなく,過労運転等(道交法第117条の2の 2第7号)の刑罰が科されることとなる。

このことから,前記2⑵のとおり,薬物免責条項と道交法の規定の平仄を 重視すれば,薬物免責条項中の薬物に危険ドラッグを含むとする解釈は採り 得ないといえる。

ぼす薬理作用を有するものである。ヘロイン,コカイン,合成麻薬,覚せい剤,

あへん等の規制薬物に限らず,睡眠薬等の医薬品,シンナー,ボンド等の類も これに含まれるとされる」とする。

40) なお,東京地判平成22年5月15日自保ジャーナル1833号150頁は,高速道路 流出路上にて貨物車に礫過されて死亡した被保険者の遺族が人身傷害補償保険 金を請求した事案で,被保険者が脱法ドラッグのトリプタミン系化合物を摂取 していたと推認することができるとした上,重過失免責の抗弁を認めた。

41) 道交法第117条の2第3号参照。

(12)

ⅲ 社会的非難の程度

所持又は使用が法律で刑罰をもって禁止され,強い社会的非難が妥当する 点では,指定薬物に指定された危険ドラッグも麻薬等と変わりはない。

そして,法定刑の重さは,社会的非難の大きさを反映するものであるとこ ろ,指定薬物の所持又は使用の法定刑は,3年以下の懲役である42)

一方,麻薬の所持又は施用の法定刑は,10年以下43)又は7年以下の懲役44) であり,大麻の所持の法定刑は,5年以下の懲役であり45),あへんの所持又 は吸食の法定刑は,7年以下の懲役であり46),覚せい剤の所持又は使用の法 定刑は,10年以下の懲役である47)。更に,毒物及び劇物取締法第3条の3の 規定に基づく政令で定める物(シンナー類)48)の所持又は吸入の法定刑は,

1年以下の懲役である49)

このように,指定薬物の所持や使用の法定刑は,シンナー類に関する法定 刑よりも重い。このことから,法定刑の重さという観点からは,指定薬物の 所持や使用に対する社会的非難は,シンナー類の所持や吸入に対する社会的 非難よりも大きいと評価できる。

ⅳ 目的論的解釈

公序の観点から不正行為による事故に保険救済を与えないという考え方か ら,薬物免責条項について目的論的解釈をして,危険ドラッグに適用する立

42) 医薬品医療機器等法第84条26号,第76条の4。

43) ジアセチルモルヒネ等の麻薬に対する規制。麻向法第64条の2第1項,第64 条の3第1項,第12条1項。

44) ジアセチルモルヒネ等以外の麻薬に対する規制。麻向法第66条1項,第27条 1項,第66条の2第1項,第28条1項。

45) 大麻取締法第24条の2第1項。

46) あへん法第52条1項,第8条,第52条の2第1項,第9条。

47) 覚せい剤取締法第41条の2第1項,第14条1項,第41条の3第1項第1号,

第19条。

48) 毒物及び劇物取締法施行令第32条の2。

49) 毒物及び劇物取締法第24条の3,第3条の3。

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保険学雑誌 第 633 号

場がある50)。これは,薬物免責条項につき,「公序の観点から不正行為によ る事故に保険救済を与えないとする立法趣旨・立法目的を実現させるため,

道交法117条の2第3号所定の状態をそのままの範囲でのみ免責対象とする にとどまらず,それと実質的に同様に社会的非難を加えることが可能でまた そこに保険救済を与えないことを相当ともする薬物使用状態の事故をも,免 責対象行為とするものである」という解釈である51)

同解釈は,薬物免責条項中の「等」という文言につき,「吸引が不正行為

(刑事罰の対象)になる違法薬物でなければならないという制度内在的制約

(本免責条項の立法趣旨による制約)の中,『毒物及び劇物取締法第3条の 3・同施行令32条の2で定める物』以外の『もの』として,約款作成当時に 具体的に想定できなかった(あるいはできない)違法薬物をもその免責範囲 に含める役割があると解」しており52),その射程については,「当然,違法 薬物使用中の事故に限定され,それ以外の薬物・薬剤を使用している場合に 生じた事故には適用できない条項である,と解する。」とする53)

ⅴ 私 見

危険ドラッグの薬理作用が事故発生の危険性を高め,これに対する社会的 非難も大きいことから,上記解釈にも一定の合理性があると思われる。

しかし,免責という被保険者に重大な不利益を与える条項については,制 限的に,すなわち約款作成者に不利益に解釈すべきであり,後記のとおり約 款改訂による対応も可能なため,2で述べた解釈を変更し,免責対象の薬物 の範囲を拡張することには,にわかには賛成しがたいと考える。

50) 𡈽岐・前掲注4)28頁~31頁参照。

51) 𡈽岐・前掲注4)28頁。

52) 𡈽岐・前掲注4)28頁。なお,𡈽岐孝弘・法学セミナー722号125頁(2015年)

は,薬物免責条項の「『等』という約款文言は,まさに危険ハーブの如く,法 規制は後追いとなるが,麻薬同様,吸引そのこと自体に社会的非難が向けられ る薬物が他にもありうることを想定し,将来の法改正に迅速に対応し,そこに 切れ目のない免責を行うための手段として設けられたものという解釈できる。」

とする。

53) 𡈽岐・前掲注4)31頁。

(14)

したがって,薬物免責条項の「シンナー等」という文言に付された「等」

は,あくまで「トルエン並びに酢酸エチル,トルエン又はメタノールを含有 するシンナー(塗料の粘度を減少させるために使用される有機溶剤をい う。)」と「接着剤,塗料及び閉そく用又はシーリング用の充てん料」を纏め る趣旨で付された文言であると解する。

そして,危険ドラッグを服用した被保険者が惹起した事故を免責とするに は,約款を改訂し,免責となる薬物に「指定薬物」54)を掲げる必要があると 考える55)。なお,平成27年10月1日に約款を改訂し,薬物免責条項の規定を 次のとおり改めた保険会社があり56),かかる約款の下であれば,危険ドラッ グを服用した被保険者が惹起した事故を免責とすることができる。

「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー,医薬品,医療機器等の品質,

有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号)第2条

(定義)第15項に定める指定薬物等の影響により正常な運転ができないお それがある状態でご契約のお車を運転している場合」

上記のとおり,約款改訂により危険ドラッグ(指定薬物)に対応できるた め,「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー等」を掲げる薬物免責条項 の下で,危険ドラッグを免責の対象とすることは,明確性に欠けると考える。

ⅵ 重過失免責の可能性

薬物免責条項が適用されなくとも,所持及び使用が違法である指定薬物で ある危険ドラッグを吸引して自動車を運転した被保険者には,重過失がある と評価することは十分に可能であり,重過失免責が成立する余地がある。

54) 医薬品医療機器等法第2条15項。

55) 𡈽岐・前掲注4)31頁(34)参照。

56) 三井住友海上保険株式会社・GK クルマの保険(2015年10月版)人身傷害条 項第3条2項2号,車両条項第4条3項等,あいおいニッセイ同和損害保険株 式会社・タフクルマの保険(2015年10月版)人身傷害条項第3条2項3号,車 両条項等第4条3項2号。なお,東京海上日動火災保険株式会社・トータルア シスト(2016年4月版)及び損害保険ジャパン日本興亜株式会社・THE クル マの保険(2015年10月版)は,従来の薬物免責条項の文言が維持されている。

(15)

保険学雑誌 第 633 号

この点,重過失免責における「重過失」の意義は,相当の注意をなすに及 ばず,容易に違法有害の結果を予見し,回避することができた場合に,漫然 とこれを看過して回避防止しないがごとき「ほとんど故意に近い著しい注意 欠如の状態」と解されている57)

また,薬物免責が,いわゆる状態免責であるのに対して,重過失免責は,

保険事故発生の原因に着目するいわゆる原因免責であり,これが成立するに は,重過失「によって」保険事故が発生したことが必要となり,重過失(原 因)と保険事故発生(結果)との間に相当因果関係があるという法的評価が されなければならない58)

そして,危険ドラッグは,所持や使用自体の違法性が強く,これを使用し て運転をすれば事故を惹起する危険性が高いため,被保険者がこれを使用し て自動車を運転したという事実のみから,重過失があるといえ59),後述の向 精神薬の場合と比較すれば,かかる重過失と事故発生との間の因果関係も,

57) 大判大正2年12月20日民録19輯1036頁,最判昭和57年7月15日民集36巻6号 1188頁参照。なお,山下友信・保険法368頁(有斐閣,2005)は,「重過失の意 義について,ほとんど故意に近い不注意を意味すると解する裁判例があるが,

一般人を基準とすれば甚だしい不注意であれば足りるのであり,故意が高度に 疑われる場合に限り重過失免責を適用するというような限定解釈をすべきでは ない」とする。また,𡈽岐・前掲注4)32頁以下は,違法でない薬物の使用中 の事故についての故意・重過失免責の成立可否を論じる中で,重過失に関する 多数の学説・判例を挙げる。

58) 𡈽岐・前掲注4)38頁(49)は,「もっとも,多くの場合は,故意重過失が認定 されれば,それと保険事故との因果関係も同時に認定されることになろうが,

必ずしもそうとはいえず,例えば,一方的に相手が悪いか,あるいは相当程度 に重過失があるいわゆるもらい事故のような場合には,時にその因果関係が切 断されることもありえよう。」とする。

59) 𡈽岐・前掲注4)44頁(55)は,「危険ドラッグ(指定前も含む)には,副作用 が強く,また,常習性があり,過去にも意識消失などの副作用を経験している 場合もままあるなど,一般の医薬品とは異なった性質ないし服用者の経験もあ るので,状態免責ではなく,保険事故に対する予見可能性を必要とする重過失 免責を適用するとしても,結果的に重過失を認定することは,比較的容易では ないかと考える」とする。

(16)

認められる場合が多いと思われる。

⑶ 向精神薬への適用可能性

ⅰ 裁判例

被保険者が向精神薬を服用して車を運転して発生した交通事故について薬 物免責条項の適用可否が争いとなった裁判例は,次のものがある。

①名古屋地判平成16年1月30日交通民集37巻1号149頁

不安神経症に罹患し,複数の睡眠薬や抗うつ剤の投与を受けていた被保険 者が,林道を走行中,崖から転落して死亡した事故につき,相続人が人身傷 害補償保険金,搭乗者傷害保険金及び車両保険金の支払いを求めた事案。

判決は,大要,a上記薬剤が,約款例示の麻薬等の薬物に該当せず,交通 法規上,服用して運転をすることが禁止された薬物でないこと,b警察署が,

被保険者の向精神薬の常用につき,事故との関連性がないと思われると回答 していること,c主治医が事故発生時の被保険者の運転に薬物が強く影響を 及ぼしたとは考えにくい等と回答していること及びd被保険者が本件事故現 場まで事故もなく運転してきたこと等から,薬物免責条項の適用を否定した。

②大阪地判平成22年3月25日交通民集43巻2号450頁

自律神経失調症に罹患して躁うつ病治療薬を服用していた原告(法人)の 代表者が,自損事故を起こし,車両保険金の支払いを請求した事案。

判決は,a躁うつ病治療薬は,認知能力や行動能力に直ちに影響を与える 蓋然性の高い禁制品薬物ではないこと,b躁うつ病の治療薬に副作用があり,

自動車運転等危険を伴う機械類の操作に従事させないよう注意すべきとの指 摘はあるものの,被保険者が特に主治医から自動車運転を控えるよう指示・

指導されていた形跡がないこと及び c 被保険者が事故当時に副作用の影響を 受けていたとは認められないことを認め,本件事故当時,被保険者が「薬物 等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運 転している場合」に該当していたとはいえないとして,請求を認容した。

(17)

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③東京地判平成23年3月16日金商1377号49頁60)

飲酒をして睡眠薬を服用した被保険者が,二輪車の自損事故を起こし,破 産管財人が,自損事故保険金及び年金払傷害保険金の支払いを求めた事案。

判決は,薬物免責の規定は,「道交法が,麻薬等を服用して自動車を運転 すること自体を禁止せず,その第66条で,『何人も,…薬物の影響その他の 理由により,正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転しては ならない。』と規定しているのに対応しており,麻薬等の影響により正常な 運転ができないおそれがある状態で自動車を運転している場合に生じた傷害 に限って免責事由とする趣旨のものと解される」とした上,「被保険者の事 故前の飲酒やハルシオンの服用による影響は,本件事故時まで約6時間が経 過したことにより相当緩和されていたことがうかがえ,本件事故が酒に酔い 薬物の影響により正常な運転ができないおそれがある状態での事故であるこ とを認めるに足りない」として,酒酔い運転免責条項及び薬物免責条項の適 用を否定し,年金払傷害保険金の支払請求を認容した。なお,判決は,酒気 帯び運転免責条項の適用を肯定し,自損事故保険金の支払請求は棄却した。

④岐阜地判平成25年2月15日判時2181号152頁61)

不眠症のため,睡眠導入剤を服用し,鎮痛剤を注射するなどしていた原告 が,事故により車両が全損したとして,車両保険金の支払いを求めた事案。

判決は,本件事故前後に原告に意識障害が生じており正常な意識水準にな かったこと及び原告に生じていた意識障害が本件事故の原因になったことが 推認されるとして,意識障害の原因について,「上記薬剤のいずれかを使用 したことにあると考えるほかない」と判示した。その上で,「『麻薬,大麻,

あへん,覚せい剤,シンナー等』とは,使用の影響により正常な運転ができ

60) 石田満編『保険判例2012』246頁〔出口正義〕(保険毎日新聞社,2012),山 野嘉朗「判批」・金商1386号30頁,𡈽岐孝弘「酒気帯び運転免責条項の解釈」

中京法学47巻1=2号37頁(2012),福島雄一「判批」・保険事例研究会レポー ト268号1頁(2013)参照。

61) 石田満編『保険判例の研究と動向2014』167頁〔遠山聡〕(文眞堂,2014),

古賀健郎「判批」・損害保険研究76巻3号343頁(2014),𡈽岐・前掲注52)。

(18)

ない恐れがある状態を生じさせる薬剤を例示したものと解される」として,

睡眠導入剤及び鎮痛剤も使用の影響により正常な運転ができないおそれがあ る状態を生じさせる薬剤であり,医師である原告がそのことを十分認識して いたとして,薬物免責条項の適用を認め,請求を棄却した。

⑤名古屋高判平成25年7月25日判時2234号115頁62)

④の控訴審判決で,原判決を引用して控訴を棄却した。

ⅱ 裁判例の検討

上記のとおり,免責が認められたのは,裁判例④及び⑤の1事案である。

裁判例①及び裁判例②は,向精神薬が「麻薬等」には当たらないことを前 提に,事故当時に被保険者への薬物の影響の有無も認定しており,2段階の 構成を取っている。また,裁判例③は,薬物免責条項が道交法第66条の規定 と対応しているとした上,薬物の影響の有無を判断した。

これに対し,裁判例④は,薬物の影響の有無を先に判断して「麻薬等」の 意義につき積極的な解釈を展開し,その範囲を大きく広げた。しかし,後述 のとおり,かかる解釈は採用し得ないと考える。

ⅲ 薬物免責条項適用の可能性

向精神薬をはじめとする副作用が懸念される医薬品は,副作用の影響によ り事故発生の蓋然性が高まり,自動車運転についての注意喚起がなされてい ることから,服用者は,運転を差し控えるべきである。また,向精神薬の乱 用者の場合は,更に危険性が高まっているということができる。

このことから,社会的非難があるとして,薬物免責の適用を検討する余地 があるとする立場もあり得る。この場合,「シンナー等」の「等」に,「正常 な運転ができない恐れがある状態」に影響を与える薬物一般が広く含まれる という解釈になろう63)

しかし,薬物免責条項に挙げられる麻薬等は,所持や使用が違法な薬物で あるから,標準的な契約者が,所持や使用が合法である処方を受けた向精神

62) 𡈽岐・前掲注52),清水太郎「判批」・共済と保険57巻7号23頁(2015)参照。

63) 清水・前掲注62)27頁,裁判例④岐阜地判及び同⑤名古屋高判参照。

(19)

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薬まで含まれると理解するのは,困難である64)

また,薬の添付文書に自動車運転に関する注意書が付され,医師や薬剤師 が患者に対し,運転を差し控えるべき注意喚起をすべきとはいえ65),実際に どの程度の注意喚起がなされ,被保険者の体質,服用量,服用歴及び副作用 の程度がどのようなものであり,事故発生時の被保険者の体調がどのような もので,運転の危険性がどの程度であったのかという具体的な事実関係は,

事案によって異なる。

すなわち,被保険者が向精神薬を服用しているにもかかわらず運転をする ことに対する社会的非難の程度には幅があるといえる。そうだとすると,合 法である向精神薬一般が「シンナー等」に含まれるとすることはできない。

したがって,処方を受けた向精神薬については,薬物免責条項の適用は想 定されないというべきである66)

ⅳ 重過失免責の可能性

被保険者が向精神薬を服用した状態で車を運転して事故が発生した場合,

重過失免責が成立する余地がある67)。ただし,⑵ ⅵで述べたとおり,原因免 責の重過失免責が成立するには,被保険者の重過失及びその重過失と事故発 生との間の相当因果関係が認められる必要がある。

まず,重過失については,医師から処方を受けた向精神薬を服用すること には違法性がなく,向精神薬を服用した状態で運転した場合に,一概に重過 失があるということはできない。ここでは,被保険者が向精神薬を服用した 状態では決して車を運転してはならないという注意義務を負っていたにもか かわらず,漫然と車を運転したといえる場合にのみ,重過失があるというこ とができると解される。そして,被保険者にそのような注意義務違反があっ

64) 𡈽岐・前掲注4)32頁,𡈽岐・前掲注52)参照。

65) 厚生労働省・前掲注35)参照。

66) 𡈽岐・前掲注4)32頁も同旨。

67) 𡈽岐・前掲注4)41頁は,「違法でない薬物については,一律に危険であると いう判断ができないからこそ,個々の被保険者の個別事情に応じた評価が可能 な判断枠組みとしての原因免責(故意・重過失免責)が適している」とする。

(20)

たというためには,被保険者の服用歴や服用頻度,副作用の発現状況(副作 用の発現歴の有無や頻度,副作用の程度),服用後に運転をしてはならない ことについての医師からの個別的な指示・指導の有無・程度,被保険者が向 精神薬を服用した状態で車の運転をしたときの事故歴の有無,当該事故発生 前に被保険者が服用した向精神薬の量及び服用した時間(事故発生時のどの くらい前に服用しており,事故発生時に向精神薬の影響がどの程度残ってい たのか)等様々な事情を明らかにしたうえで,総合的に判断する必要がある。

次に,重過失と事故発生との間の相当因果関係については,向精神薬の影 響によって事故が発生したことが立証されなければならない。

この点,事故の相手車両がセンターラインオーバーをするなど,相手車両 運転手に一方的過失があり,被保険者の重過失と事故発生との間に因果関係 がないとされる場合がある。また,被保険者が運転中に眠くなって事故を起 こしたという場合でも,その眠気が,向精神薬の影響ではなく,過労や単な る寝不足の影響で発生する場合もあり,そのような場合には,向精神薬を服 用して運転したという被保険者の重過失と事故発生との間に相当因果関係が あるとは評価されない可能性もある。

そこで,重過失と事故との相当因果関係があるというためには,具体的な 事故態様(事故態様の異常性や事故発生に至る被保険者車両の動きに不審な 点があるか否か等),被保険者が向精神薬を服用してから事故が発生するま でに経過した時間(半減期を越えているかどうか等)及び事故発生前後の被 保険者の言動等様々な事情から総合的に判断する必要がある。

以上より,向精神薬を服用した被保険者が惹起した事故も,重過失免責が 成立する余地はあるが,保険者の立証には困難な点が多く,同免責の成立が 認められる場合は,相当程度限られると思われる。

6.まとめ

薬物免責条項の「麻薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー等」は,限定 列挙であり,「シンナー等」とは,「トルエン並びに酢酸エチル,トルエン又

(21)

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はエタノールを含有するシンナー,接着剤,塗料及び閉そく用又はシーリン グ用の充てん料」のことと解釈すべきであり,危険ドラッグや処方を受けた 向精神薬を服用した者が惹起した事故について薬物免責条項を適用すること はできないと考える。そして,保険者が違法性の強い危険ドラッグについて 薬物免責条項を適用する必要があると考えるならば,約款改訂により,薬物 免責条項の列挙薬物の中に医薬品医療機器等法2条15項の「指定薬物」を明 示する必要があると考える。

もっとも,指定薬物の危険ドラッグは,所持や使用が刑罰により禁止され る違法薬物であり,その影響下の運転は,麻薬等に比肩する程事故発生の危 険性が高く,社会的非難も重大である。したがって,被保険者が危険ドラッ グを服用した状態で運転している場合に発生した事故については,比較的容 易に重過失免責が認められると思われる。

一方,処方された向精神薬の影響によって正常な運転ができないおそれが ある状態で運転している場合に発生した事故についても,重過失免責の適用 の余地がある。もっとも,処方された向精神薬の使用は違法ではないため,

当該事案の個別具体的な様々な事情から,被保険者の重過失の有無や重過失 と事故との間の因果関係が明らかにされねばならず,その立証には困難な点 があることは否めず,成立が認められる場合は相当程度限られると思われる。

この点に関する裁判例は多くなく,いかなる場合に重過失免責が肯定される かが今後の問題となると考える。

(筆者は弁護士)

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