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学級集団の形成に関する研究 : 中学校におけるグループワークを通して

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(1)学 位 論 文. 学級集団の形成に関する研究 一中学校におけるグループワークを通して一. 学校教育専攻. 生徒指導コース. 学籍番号 M94166C 中木寸 豊.

(2) 目. 次 へ㌧ジ. はじめに. 1. 第1章 個と集団 第1節 学級集団の必要性 1 子どもにとっての集団の必要性. 2. 2 日本における第一次集団の現状. 3. 3 学級集団の機能. 5. 4 かかわりの場としての学級集団. 7. 第2節 学級集団と社会的自我の形成 1 「1」と「me」による社会的自我の形成. 9. 2 主体としての「1」. 11. 3 「1」の機能. 14. 第3節 学級集団と学級内小集団 1 学級集団内の小集団 2 中学校の学級における小集団. 15 16. 第4節 望ましい学級集団. 3 コミュニケーションの自由が保障されていること. 19 20 20. 4 一人一人の子どもの成長が尊重されていること. 21. 5 学級としてのまとまりがあること. 22. 1 開放されていること 2 協働の活動があること. 第5回忌集団の凝集性と学級集団の凝集性測定尺度 1 凝集性の概念 2 凝集性測定尺度 3 学級集団の凝集性測定尺度. 23 25 26. 第6節 学級集団形成とグループワーク 1 準拠集団・リーダーシップ・グループワークの定義 2 教育課程内活動(授業)としてのグループワーク. 27 28. 第2章グループワークの実践 第1節グループワークのプログラム計画 1 グループワークと体験学習の先行研究 2 体験学習としての基礎理論 3 本研究でのグループワークの目的およびプログラム計画. 34 36 38. 第2節 プログラム実践 1 プログラムの概要 2 グループワーク実施内容. 第3節 グループワーク体験生徒のふりかえり. 第4節 考察. 39 40 40 46.

(3) ペーヅ. 第3章 生徒の学級意識 1 学級凝集性尺度の作成 (1)方法. 49. (2)結果. 51. (3)考察. 53. 2 グループワーク実施学級における生徒の学級意識の変化. 54 55 58. (1)方法 (2)結果. 3 考察. 第4章 生徒の個人特性の変化 1 個人長所測定のための尺度作成 (1)方法. 60. (2)結果. 61. (3)考察. 64. 2 個々の生徒特性の変化. 64 65 73. (1)方法 (2)結果. 3 考察. 第5章 総合考察 1 グループワーク実践の意義と課題 2 学級集団の形成過程と凝集性 3 中学校における学級と生徒の成長 おわりに一今後の課題と展望一. 付記 引用・参考文献 要約 APPEND l X. 1 グループワークプログラム. (第1回∼第12回). 2 グループワークのふりかえり表(第1回∼第12回). 3 学級凝集性尺度 4 学級凝集性尺度の対人魅力・帰属性因子分散分析表 5 学級凝集性尺度の課題遂行・積極性因子分散分析表 6 個人長所測定尺度 7 個人長所測定尺度の各因子における平均値・標準偏差および分散分析表 (積極性因子、思いやり因子、責任・正義因子、社会性因子、情緒安定性因子). 75 78 82 84.

(4) はじめに 現代社会は、急激に変動しており価値観が多様化している。子ども達が置かれて いる状況は複雑である。本研究では、このような社会の中に生きる子ども達にとっ て集団とは何か、人間関係のあり方とは何かを中心課題として考えてゆきたい。. 人間関係は、集団の中で個と他者との関わりにおいて成立するものであるが、子 ども達の成長に重要な意味をもつ遊び仲間集団が近年激減していることが問題にな っている。子どもにとって、日常生活における人間関係は、希薄になり他者と関わ る機会は減少している。このよう‘ ネ状況の中で、学校の果たす役割は、集団との関. わりの場として大きな意義がある。特に、学校生活の中心的な場となる学級に焦点 を当て、学級集団の形成についてみていくことは子どもにとって学校がどのような 意味をもつのかを考察するのに有効な方法であると考える。. 学級集団には多くの構造要素があり複雑に有機的に関連しながら集団としての特 徴をつくりあげている。学級集団の構造要素は、集団規範、集団圧力、リーダーシ ップ、役割関係、コミュニケーション、個人的動機、凝集性など様々な要因がある。 本研究では、現在の社会で希薄になりつつある集団としてのまとまりを問題として、 集団の凝集性を鍵概念としながら実証的に研究してゆくことが目的である。 第1章ではクーリー〈Cooley, C. H.)の「鏡映的自己」、 「第一次集団」を手がかりと. しながら、子どもたちの成長にとっての集団の意義と、デュー一一一イ (」:Dewey)の民主. 主義社会の概念を手がかりとして、子どもたちにとって望ましい集団とはどのよう なものであるかを考察する。そして、ミード(G.H.Mead)の社会的自我の概念を取り. 入れながら、コミュニケーションが果たす機能が集団形成と個の成長に欠かせない ものであることを明らかにし、コミュニケーションは、対人関係や集団形成過程に おいて一番の基礎作業という観点から、グループワークの意義について述べてゆく。. 第2章では、筆者が学級で実施したグループワーク、ならびに「体験的な学習」 についての先行研究について整理し、中学校の学級で実践したグループワークの位 置づけとプログラム計画の手続きについて述べる。そして、グループワーク実施手 順と個々のグループワークについて、その目的を示す。また、グループワーク実施 後に生徒が記入したふりかえり表をまとめ、その結果について考察をする。. 第3章および第「4章では、実施したグループワークの効果について、本研究で筆 者が作成した尺度にもとづきながら、統計的に処理したデータをもとに分析をする。. 尺度の作成にあたっては、平成7年の3月に予備調査を行い、その妥当性・信頼性 を検証した。調査は、学級集団の構造要素として凝集性尺度を、生徒個人について. は個人長所測定尺度により4月から7月までの間4回実施した。 第5章では、グループワーク実施学級における実践の意義と、学級集団における 人間関係および、学級集団の形成について総合的に考察をする。. 1.

(5) 第1章 個と集団 第1節 学級集団の必要性 1 子どもにとっての集団の必要性 子どもの成長には集団が必要である。成長とは心身の発達を意味するが、心(精 神)の成長は集団のなかで生活することによりなされるものである。子どもは、集 団のなかで、他者とはちがう自分らしさに気づくことで個性化を図り、他者との相 互作用により、集団にふさわしい生活様式・知識を習得しながら内面化することで 社会化を図ってゆくのである。これらは子どもの基本的な集団のなかで育成される。. 基本的な集団とは、家族、遊び仲間、近隣・地域集団を指すが、クーリー (Coo1鋤CH) はこれを第一次集団(1)とよん’だ。第一次集団は、子どもにとって. の「人間性の養成所」(2)であり、社会に関する最初の経験を与える場である。また、. 子どもが将来、複雑な社会関係に入っていくために、第一次集団は「比較的永続性 を持った源泉をかたちづくる」(3)集団であり、そこで形成される子どもの自我は、. 他者の存在や考え方・行動を意識することのできる社会意識である。このように第 一次集団ほ、社会生活を成立させる基本的要素を含み、子どもの人間性の発達にと って、最も基本的な場としての意味をもつ。. 子どもは、第一次集団の中で生活することにより、自分らしさ、自己意識を形成 してゆく。子どもにとって、かかわる他者の反応は、自分が他者にどのように映っ ているかを想像させるとともに、他者からの判断が自分に返ることになる。他者と のかかわりから引き起こされる自己感情は、子どものなかに自分らしさ・自己意識 を形成してゆく。. このように、子どもが社会的な相互作用の中で自己を確立するには、他者とのか かわりを通して自己への気づきがあり、他者の気づきは自己の確立に欠かせないも. のである。このことをクーリーは「鏡映的自己」㈲という概念で説明した。鏡映的 自己やミード (G.HLMeOd)の役割取得を通しての「社会的自我」(5)に示されるよ. うに、個の確立と社会化は、集団内における他者とのかかわりを通して行われるも のである。それゆえに、集団は子どもにとって不可欠である。. 2.

(6) 2 日本における第一次集団の現状 日本では、1960年代の高度経済成長によって家族形態、近隣・地域社会集団が大 きく変容してきた。それにともなって、子どもの成長にとっての基本的な集団が大 きく変わってきている。この問題を第一次集団の視点、家族、遊びなかま、近隣・ 地域社会の3つの集団より考察してゆく。 (1)家族集団. 現在「、日本の多くの家族では、核家族化、少子化、共働きによる保護者の育児時. 間の減少がみられる。多くの子どもたちは、乳幼児期に家族集団内における生活を 十分に経験していない状況がある。また、保護者の養育態度における過保護・過干 渉・放任傾向が強まっている。これらのことは、職住分離にともなう産業構造の変 化による保護者不在傾向の増加、母子関係の変化、父親の影響力不足、しつけ不足 などに原因があると考えられ、家庭での教育機能の低下をきたしている。 家庭の機能について、アーレント (IEIArendt)が「子どもは世界から保護されなけ. ればならない以上、彼らの伝統的な場所は家族のうちにある」(g)と示したように、. 家庭は子どもにとって欠くことのできない基本的な集団である。しかし、現在みら れる一般的な家庭での生活は、子どもの将来を保護者が先取りした、受験の過熱化 の影響による高学歴志向の早期教育が行われている。換言すれば、子どもたちは就 学以前から学校教育的な管理を家庭内で受けている。このことは、家庭が、子ども にとっての生活の場としてではなく、保護者によって先取りされた将来への準備期 間・訓練の場になっていることを意味する。 (2)遊びなかま集団. 次に遊びなかまについてみてみよう。全国的な都市化は、子どもを取り巻く遊び 場所としての空間を減少させた。また、子どもたちの遊びに必要な仲間、遊び時間 が極端に減少している。これらのことは、子どもの遊びなかま集団を弱体化させる とともに、子どもの人間形成に大きな影響を与えている。深谷は、子どもの「群れ 遊び」(、0}がみられなくなった状況をあげ、 「現代っ子の誕生」(、、)という視点か. ら子どもたちの特徴をとらえた。そして、現在の環境における子どもの生活は、子 どもの人間形成における無気力化に象徴されるような新しい問題状況を生じさせて いることを指摘している。この指摘は子どもにとって必要な集団が失われている弊 害を示しているといえよう。子どもの生活の変化や集団とのかかわりの変容は、千 石らの調査(6)や筆者らの行った「子どもの遊びに関する調査」σ)からも明らかで. ある。これらの調査から、子どもたちの遊びは、屋外の集団遊びの減少、室内での. 3.

(7) 一人遊びや少人黎による遊びの増加という遊びの質的な変化がみられる。. 遊びの質の変化は、子どもの遊び仲間集団のあり方が変わってきたことと関連が 深い。現在、子どもの遊び仲間集団は、個人的な、気の合う、同年齢の限られた少 人数の閉鎖的集団ということが特徴である。 (3)近隣・地域集団. 最後に、近隣・地域集団についてみてみよう。都市部においては、急速な都市化 と都市への人口集中によって、アパートやマンションなどの集合住宅に居住する家 族が増えたが、職住分離にともなう核家族化、少子化、女性の社会進出などにより 濃密な地域集団の形成がなされにくい状況がある。一方、地方においても都市への 人口流出による深刻な過疎化が進行しており、ここでも正常な地域集団が形成・維 持しがたい状況がある。. また、自動販売機の普及や交通機関の無人化にみられるように、機械の導入は、. 生活における人と人との接触を減少させている。このような、機械導入による効率 化、スピード化、人件費節約が第一に求められる社会状況は、生活における対人関 係の希薄化を強めているといえよう。. これらのことが、地域集団の解体と日常的な近所とのつきあいを減少させる原因 になっている。さらに、また、近隣とのつきあいをさほど気にかけない保護者の増 加は、子どもの生活にも反映している。現代の都市での生活は、近隣づきあいの煩 わしさを避けることはできるが、このことが逆に近所での共同作業を極端に減少さ せており、隣人関係の希薄化、地域連帯感の喪失、さらには、近隣・地域集団のも つ教育力の機能を低下、弱化させている。. 以上みてきたように、現代日本における地域集団の状況は、子どもが人とのかか わり方を社会生活の中で学んでゆく機会の場が減少していることを示している。。 (1)から(3)まで考察してきたように、現代の日本におけう子どもは、義務教育就 学以前に第一次集団内での生活を十分に経験していない状況(8)がある。. 子どもに必要な第一次集団が機能しでいないことは、子どもが生活の中で自分と いうものを形成できなくなることである。子どもにとって、かかわる人が少ないこ とは、他者から引き起こされる自己感情が少なくなることを意味する。そして、地 域集団が社会的な関係が営まれる場でなくなることは、子どもの人間形成に影響を 与えているといってよいだろう。子どもが生きる「生活世界」(、2)が大きな変容を 遂げてきていることを高橋は「子どもの自己形成空間」(・3)の衰弱化という面から. 指摘している。このことについては、後述する「4 かかわりの場としての学級集 団」の項目のなかで考察する。. 4.

(8) 3 学級集団の機能 子どもが、最初に第一次集団とは異なる社会的な集団に導かれるのは学校である。 アーレントが、 「学校はそもそも家族から世界への移行を可能にするため、われわ れが家庭の私的領域と世界との問に挿入した制度である」(、4)というように、学校. は社会(共同体)における制度である。学校は、家庭と社会との中間的な位置を占 めており、両者を媒介する役割を果たさなければならない。. 学校集団の一員となった子どもは、学校生活を送ることにより、多くの異なる他 者や事物とかかわることで、第一次集団から他のより大きな集団の一員となってゆ く。そして、子どもは、学校生活を終えるとともに社会諸組織の一員となるのであ る。このように、義務教育における学校は、子どもを第一次集団から第二次集団へ と橋渡しする役割を果たす。. ところで、子どもの学校における主な生活の場は学級である。学級は、教師と児 童・生徒からなる学校の基本的な単位であり、次に示す3つの特徴がある。 (1)学級は、同年齢の児童・生徒で組織される。. (2)学級は、誰もが共通して所属を経験する集団である。 (3)児童・生徒が所属する学級集団内での人間関係や諸活動のあり方が、児童・’. カ徒. の個性化や社会化に影響を及ぼす。. すでに述べたように現・代の日本の子どもたちは、第一次集団での生活を十分に体. 験しないまま学校へ入学してくる。したがって、学級もまた子どもを第一次集団か ら第二次集団へと橋渡しする重要な役割を担っている。学級は、第一次集団の機能 も果たしつつ、子どもの生活体験の不足を補うような場所にならなければならない。 これらの意味において、学級も重要視しなければならない集団である。. つまりこれは、小学校低学年では、年齢・発達段階を考慮しながら子どもの家庭 生活と学級が結びつけられるようにしなければならず、中学校では、社会に入る直 前の場として第2次集団へと結びつけられなければならない。 次に、学級の性格と教師の役割を、小学校低学年・中学年・高学年、および中学 校と4段階に区分しながら、さらに細かくみてみよう。. 第1段階・小学校低学年 子どもは、教師を中心とする第一次集団的な学級生活を送る。級友は、遊び仲間 である。教師は、家庭での保護者や地域の身近な大人としての役割が求められる。. 第2段階・小学校中学年 子どもは、 ‘ギャング・エイジ’とよばれるようになり、親や教師の庇護から離. 5.

(9) れて自分らだけの集団を形成しようとする志向が強まる。このことは、子どもが第 一次集団から離脱していくこと、すなわち、子どもの自立の始まりである。. この段階においては、教師は、学級の子どもの発達段階を考慮しながら、子ども らが自分だけの集団に固執することがないように、社会性を育てていくことが大切 である。. 第3段階・小学校高学年 子どもは、自治的な集団を目指ざすようになり、クラブ活動や児童会活動、委員 会活動など学級を越えた集団に所属してゆくことになる。. この段階においては、教師は、子どものより広い、多様な集団での活動を支援・ 援助し、子どもが、学級を越えた集団で活動していけるようにすることが大切であ り、集団内における子どもの対人関係に気を配ることが重要である。. 第4段階・中学校 中学校は、子どもが複数の小学校から進学してくることが多く、小学校よりも規 模が大きい。また、小学校で最高学年であった子どもは、最低学年になり、小学校 での経験を生かしながら生徒会活動、部活動、委員会活動など、小学校よりも大き な集団に所属し、より専門化した活動に参加するようになる。. 他方、子どもは青年期前期に属し、身体的には第二次性徴期になる。この時期の 特徴から子どもは、大人よりも身近な友人が重要な意味をもつようになり、異性へ の関心が高まることから、意識的に同性同士で固まる傾向が顕著になる。さらに、 卒業後に控えている進路選択の問題もあり、情緒的に不安定である。. この段階においては、子どもの特徴を配慮しながら担任が中心となり、子どもに かかわる教師全員で、子どもの自立性を育てていくことが大切である。教師は、教 科担任制とることから小学校の学級担任のように常に子どものそばにいられないが、 複数の教師が子どもに接するので、子どもを多面的にとらえることが可能になる。. また、個への配慮とともに、学級は、子どもが心理的に安心して生活できる場と なることが必要である。子どもが、学級の枠を越えた活動集団に所属するにしても、 すべての教育活動の基盤となる集団は、やはり学級であるということができる。. 以上みてきたように、子どもが所属する学級は、小学校から中学校において、よ り大きな集団へ移行するための機関となっていることが分かる。. 6.

(10) 4 「かかわりの場」としての学級集団. 前述のごとく第一次集団の機能低下を反映して、学級は集団としての機能や役割 を果たせない可能性がある。子どもは、他者とかかわる機会が奪われているので、. 第一次集団での生活が十分目なく、他者とかかわる経験が不足している。このこと は、年々、深刻化している「いじめ問題」や「不登校問題」をみ七も明らかである。. これらの問題は、人間関係の希薄化による子どもの社会性の未発達と関連が深いと いえよう。. 子どもにとっては、他者とのかかわりを学校の外に求めることは難しいので、学 級集団のなかで、他者とのかかわりをもっことは重要なことである。子どもにとっ ての学級集団は、他者とのかかわりの場としてとらえたとき、欠くことのできない 集団となる。. そこで、学級集団が、かかわりの場となるためにはどのようにすればよいかを、. 高橋の3つの課題を手がかりとして考えてみよう。高橋は「子どもの自己形成空間」 再生のために3つの課題(、5)、すなわち、第1に「子どものなかに多様な経験を回. 復する」、第2に「子どもの生活・学習を心身一元的にとらえ直す」、第3に「子 どものなかにある共同性・共存的意識を育てる」ことを挙げている。 (1)「子どものなかに多様な経験を回復する」. このためには、子どもたちが、何か‘経験”できる場を設けることが必要である。 教育としての経験の再構成は、デューイ (」.Dwey)によれば、生活体と環境との. 相互作用による自己の改造のことである。教育は、環境に働きかけると同時に環境 から働きかけられて自己自身を改造していく社会的活動であるといえよう。この社 会的活動・相互作用を通して経験を拡大し、改変していくために学級集団という場 が必要になってくるのである。. このことは、 「個人のある種の能力は、他の人々と共同することから生ずる刺激 の下で、はじめて発揮されるのである」(、6)とデューイが述べたことにも関連する。. 子どもたちが、他の人々と共同することができる最も身近な場は学級集団なのであ る。そのために、子どもの学習が、教科教育に偏らないことや、個人学習だけにな らないような授業のあり方・見直しが求められることになる。そして、領域分野の 授業の工夫・改善とともに、子どもが積極的に活動に参加できることが必要である。 (2)「子どもの生活・学習を心身一元的にとらえ直す」. 現在の子どもたちは、直接的な体験をしないまま、机上の知識と視覚的な間接体 験ばかりが先行して頭と体が分離している現状があり、このことを変える必要があ. 7.

(11) る。1高橋は「現代の子どもは生きた自然や事物との直接の“かかわり”から切り離. され、既成の“もの”文化の中に取り込まれつつある。そしてそれと平行して、子 どもは映像、活字メディアなどの‘視覚的経験”(間接体験)の世界に吸収されつつあ. る。」(17)と述べ、子どもを心身一元的にとらえることの大切さを指摘した。子ど. もの生活・学習が中心的におこなわれる学級集団のなかでこそ、生きた人との直接 のかかわりが可能になるのである。 (3>「子どものなかにある共同性・共存的意識を育てる」. 特に重要な課題である。第一次集団の教育機能が低下していることは、他者との かかわりによる社会性がうまく育成されていないことにもつながる問題である。こ のことは、社会性の欠如による他者とのトラブルが多い子どもや、他者とのかかわ りが不得手なために孤立気味な子どもの存在、表面的なつきあいに終始する子ども の人間関係などみることができよう。. これらのことは、内面的には孤独を感じる子どもの増加、他者がいるだけで、自 分とかかわりがない、かかわらないという「他者の喪失」(18)現象のようなものが. みられるという大きな問題に発展することである。子どもたちが、生活のなかで様 々な他者どのかかわりをもっことができない現在の状況において、学級集団が、子 どもの共同性・共存的意識を育てる一役を担うことが求められる。. しかし、現在の学校教育では、子どもたち同士や子どもと教師の間での人間関係 が深まらず、信頼関係が薄いものとなっている。このことは、かかわりの場として 学級が機能していないということである。子どものために、学校の「教育環境の人 間化」(1g)という視点から、学級での相互作用である子ども相互、教師と子どもの. 人間関係づくりが重要であり、他者とのかかわりの場として学級集団が成立するこ とが求められる。. 8.

(12) 第2節 学級集団と社会的自我の形成 1. 「1」と「me」による社会的自我の形成. 学級集団は、子どもにとって他者とのかかわりの場であり、そこは、子どもの社 会性や自我が育まれる場でもある。中村は「アイデンティティにはすべて、他者が 必要である。誰か他者との関係において、また、関係を通して、自己というアイデ ンティティは現実化されるのである。この考え方によって、アイデンティティの問 題は役割の問題にも結びつくのである」(2・》と示した。. 学級集団は、このことからも第一次集団に代わる自我形成という重要な機能があ る。そこで、学級集団のなかで、どのように子どもたちが社会化され自我が育成さ れてゆくかをミードの社会的自我の概念を手がかりにしながら述べてゆく。. ミードは、自我は孤立して存在するのではなく、自我は他者とのかかわりのなか で形成されるととらえた。ミードの社会的自我によれば、子どもの自我は「意味あ るシンボル」(2・)を介して他者とのコミュニケーションのなかで形成される。子ど. もは、コミュニケーションを通じて他者からの役割期待の取得が可能になり、自我 はコミュニケーションによって社会的に形成されるのである。この自我の社会性と「. いう意味は、クーリーの鏡映的自己という概念でも表されてきた。ミードは、自我 の社会性を基本的前提としながら、さらに、・自我の主体性に関しても述べている。. 自我の社会性と主体性は同時に、相互に関連した形でとらえられている。つまり、 子どもの自我には二つの側面があり、ひとつは1(22)で表され、他方はme(23)で. 表される。1が主体性を意味するのに対して、meは社会性を意味するものである。 他者の期待を受け入れるmeに対する反応が1であるという関係が両者にある。 子どもの皿eにあたる自我は、第一次集団の身近な他者から第二次集団の他者へ と拡大されるが、他者の範囲が拡大するにしたがい、他者からの期待は異なり複数 化してゆく。時には、矛盾を起こしズレが生じる。このような状態を個々の子ども が同時に受け入れてゆくことは困難である。そのために、こどもは複数の期待をま とめて組織化することにより「一般化された他者」(24)の期待を形成するのである。. この「一般化された他者」は、第一次集団での遊びやゲームを通して、徐々に形. 成されてゆくものである。子どもは、皿eを形成する他者からの期待を、身近な人 間関係から受けることになる。そして、子どもの限られた範囲の他者からの期待. meに対する反応として、1が自我の積極的側面として表れ、子どもの個性や自分. 9.

(13) らしさを形成してゆくことになる。このように考えてゆくと、子どもの社会的自我 とは、集団のなかで変化するダイナミックなものであり、社会的なものであると同 時に主体的なものであることが分かる。. ミードは自我と他者との関連をコミュニケーション過程において明らかにしてい. る。コミュニケーションは、他者との問でおこなわれるが、1とmeという二つの 自我が一人の人間の内にあるとすれば、個人の内においてコミュニケーションがお こなわれていることになる。このことを表したものが図1(25)である。A・Bの文 字は二人の人間を表している。Sは有意味シンボル(Significant synbol)を表し、 この図では言語活動によるコミュニケーションを表す。. A. B ぐ. 1. A 11. o一一. B1. 画. Bl. Al. 皿. bl. a. ttg. B2. Al 「一一丁一一. {壷]一 一・・. o一@. W :. :. :. :. v. n. 図 1 コミュニケーション過程とmeの変化. IO.

(14) 初期の段階で、A, B二人の間にはかかわりがなく、コミュニケーションもおこ. なわれていない(1)。AがBに話しかけた状態が(■)である。この状態ではB のなかにAから送られたaという有意味シンボルが取り込まれ、b・と相互作用しな がらb1がうまれる。 Bの内部でこのような活動がおこなわれた結果BはB1になる。. B1は話し手として、 Aに有意味シンボルS2を送る。その結果として、 Aの内部に b1が取り込まれ、 aと相互作用することによって、 a1がうまれてくる。この状態が (皿)である。このとき、AはA1になっている。次には、 A1が話し手として、 B1に. S3を送ることによって、 B1はB2になってゆく。このような連続したコミュニケー. ション過程は、A・Bやa・bを無限に変化させてゆくのである。このことを内的 コミュニケーションとすれば、子どもは、自分のなかに取り込まれた他者の態度を 解釈し、新たな意味の再構成をおこなうために「内省的思考」!26)をおこなう。こ. の内省的思考も他者とのかかわりにより生じる社会的な過程である。これらのこと より、子どもは他者を自分の内部に取り組むことを繰り返しながら、社会的自我を 形成してゆくことが分かる。. 2 主体としての「1」 図1において、子どもが、他者とのかかわり(コミュニケーション過程)の中で、 meを変化させながら、 “一般化された他者”を形成することを示した。これは、 さらに広い意味でとらえるならば、個への「社会組織の移入」(27)を表しているこ. とにもなる.。個の社会化という面においては図1の説明で不足はないが、これだけ では、個性化の面、つまり、子どもの主体性や独自性について説明が十分でない。. そこで、子どもの主体性としての1について、さらに論じることにする。. ミードによれば、自我の発生は、3つの移行過程を経て説明されている。すなわ ち、(1)準備的前殻階から遊戯(play)段階、(2)遊戯段階からゲーム(game)段階、. (3)ゲーム段階から“一般化された他者”の獲得の段階という過程である、。. 図1では、(3)“一般化された他者”の獲得の段階について説明したにすぎないの で、(1)から(3)の段階についてみてゆこう。. (1)準備的前段階. この段階は、ミードの理論の中では、子どもは誕生の当初から、基本的な生命体 の衝動をもつとされている。 「この“衝動”が、適切な“反応”を触発されるべき “刺激”を求める」(28)のである。子どもの嬰児期(0∼3歳)では、反応に対する. 11.

(15) 「外部刺激をいまだ決定していない本能的な反作用が存在」…)していて、これが. 適応性を説明している。この段階では、嬰児の「“態度”は不定型な“行為への衝 動”からなっている」(3・)。この不定型な“行為への衝動”が、自我の未分化な状. 態であり、それから1が出てくるものと考える。. しかしながら、生後間もない嬰児においても、他者の“身振り”は、何らかの反 作用を引き起こすと考えられる(3・)。通常では、母親と嬰児の関係がこれにあたる ものである。この母親と嬰児の相互作用に、 “社会的刺激の場”が成立するとみて. 良い。すなわち、母親の“身振り”態度に対して、嬰児の‘‘不定型”な態度(未組 織な行為への衝動)が、母親の“身振り”態度を取り込み、このことにより“衝動” を触発する適切な“態度”を習得して、 “反応”するべき“刺激”が決まるのであ. る。他方、嬰児は、自分の“身振り”が、母親に影響を与えることに気づき、その 意味をつかんでゆく過程の中で、自分の“社会的刺激”に反応することを覚えてゆ くということができる。. このように、母親の“態度”を取り入れた嬰児は、母親が嬰児の“態度”に影響 されるのと同じように影響され、反応できるようになるのである。この般階では、. 安定的な自我は生じておらず}図示すれば図2のようになる。. ゐ龍r日「.. “:一:一:一:.:.::. 1一 :::: 窺覇開想曇鼎聴田. 醇翻繋鼎群 直菓塗能菓塗薫鞭 丸型龍暇龍慾馨慰瓢. 莚襲灘i. 嬉龍磨転鼎龍嵩罷凸. 鞘購踊 型華距票距離弐韻. 箪輿藩瀦聴. 箱ま欄諺. 矧購:. 図2 嬰児と母親の相互作用. 図2に示したように、母親と嬰児の相互作用は、お互いの“態度”の取り合いで あり、 “身振り”の相互のやりとりという形で進行するのである。特に、生後問も. ない時期は、母子一体的な関係にあり、両者の関係は未分離である。. この準備的前段階は、嬰児の衝動に支えられた自我の“不定形な態度”をある程. 度安定させるために方向づけているということができる。換言すれば、1の確立期 である。. 12.

(16) (2)遊戯段階. この段階では、子どもの自我が成立し始める時期である。この時期において子ど もは、 「他人によびおこすのと同じ種類の反応を自分自身によびおこす刺激のセッ ト」をもち、 「そういう一群の反応を、一つの全体に組織化していく」(32)のであ る。この段階から、子どもは“身振り”に変わって、 “有意味シンボル”が、 “態. 度”形成に重要な役割を果たすようになってくる。.ここでいう“刺激のセット”と. は、1とmeを意味するものである。 この時期に、 “不定形”で未分化だった1が分化して、図1で示したlneが形成. される。そして、形成されたmeは、もはや1の部分ではなく、社会的機能を果た す自我の一つとなり、1とセットとなったものになる。このことを図示すれば、次 のようになる。 ノ. ノ. 、. ノ/. (1)準備的前段階. (2)遊戯段階. 図3 自我の成立と「1」と「me」の分化 図3で示したように、子どもの自我が成立するものと考えられるが、ここで重要 なことは、子どもの“他者の態度”取得が、嬰児期における母親との“身振り”の 相互のやりとに代わって、 “有意味シンボル”によって可能になることである。. このことは、 “有意味シンボル”が子どもの属する集団成員すべてにとって同一 の共通の意味をもつものであることから、子どもは母親を含む家族集団を離れて、 より広い集団との相互作用が可能になるということである。 (3)ゲーム段階. この段階では、子どもは、ゲームを通して“複数の他者の役割の組織化”をおこ なうが、このことは、 “一般化された他者”の獲得によって完成する。これ以降の. 子どもの自我の形成については、図1に示したとおりである。. ここまでみてきたように、1とmeは相互作用するものであるが、 Ineが態度を. 意味するのに対して、1はmeへの反応というだけでは、その主体性が説明できな. い。1はmeに対しての主体であり、meへの「反応である1」(33)とmeに「反 応する1」(34)という二つの機能を果たしているのである。. 13.

(17) 3 rl」の機能 ミードにおける1は、常にmeの外部に含意されているが、ジェイムズav.;anes). の主我(1)とは異なるものである。ジェイムズは「意識は絶えず変化している」 (35!としてとらえ、 “意識の流れ”に関連して自衰を主我(1)と客我(Me)に 分けているが(36)、主我(1)は“霊魂”として説明されているにすぎない。. ミードにおける1は、 “生体=行為するもの”という規定のもとに置かれ、1は “行為”に含意されるものとしてとらえられている。. このことから、1(主体)は、me(客体)の中には含まれないが、me (態度). が“行為”に移行したときには、その“行為”に、meとともに1が含意されるこ とになるということである’。これは、1(主体)は、meが与えられる以前から、 生体の‘‘行為”の中にあるということであり、先に述べた「“不定型”な態度(未 組織な行為への衝動)」を意味する。. 以上述べたことから、1に関する2つの機能、 “反応”と“主体”をあげること ができる。次にこの2つの1が、どのように個の中で結びつくかについて述べる。. 2つの1が結びつくのは、デューイおよびミードにおける機能主義的心理学の発 想(37)において理解されるものである。デューイは、 “刺激”と“反応”は別個の. 独立した実態ではなく機能であることを示している(38)が、これは、全体としての 行為の中で、 “刺激”と“反応”が、環境への適応に向けて機能する共同的な過程. であることを意味する。また、ミードは「行為とは、生命過程が必要とする種類の 刺激を選択することにより、その生命過程を維持する衝動である。刺激は衝動を表 出させるキッカケである」(3g)と示している。. これら、デューイおよびミードにより示されたことから、1の2つの機能、 “反 応”・“主体”は、環境に対する二様の現れであることが分かる。 このように、1は、 “行為”への“衝動”として機能する側面と、 “刺激”を選. 択する“反応”として機能する側面をもつことになる。. この1の機能は、子どもの未組織だった衝動を、行為を導く習慣へと組織して me部分を生じさせることである。 “衝動”の未組織の部分は、個人の適応性を保. 証する1部分として存在し続ける。そして、1とmeは、個体の内的会話において 絶えず相互作用し、変化していくものである。このことが、子どもの社会的自我を 形成してゆく過程である。. 14.

(18) 第3節 学級集団と学級内小集団 1 学級集団内の小集団 学級集団は、子どもの個性化・社会化に深くかかわる集団であることを前節まで に述べた。個々の子どもは、学級で行われる諸活動で他者と接することにより自分 らしさを自覚して個性化を図ってゆき、 「学級は中核的な社会化担当機関」(4。}と. して、子どもたちを社会化してゆく。子どもたちは、社会化されてゆくなかで自我 を形成してゆくのである。学級集団は、教師と個々の子どもで構成されているが、. 成員全体の集合体としての意味と、学級内で個々の子どもたちが構成する小集団の 集合体という意味に加え、クラブ仲間や児童・生徒会活動にみられるような学級を 越えて、はみ出す小集団が存在するので三つの側面がある。. このように学級集団をとらえるならば、学級集団を構成する子どもたちは、2つ の集団に所属していることになる。ひとつは、制度によって明確な教育目標をもっ た意図的な教育を受ける公式的集団で、他方は、気の合うあそび仲間、同じクラブ 員としての仲間、塾友だちなど非公式的集団である。. 公式的集団としての学級集団形成では、構成員である子どもたちが他者の名前を 覚え、徐々に友人をつくってゆき、学級として・の雰囲気が形成されてゆく。このよ うな学級の形成過程は、岡部・沢田(1965)(4・)により祉会一般の集団と同様の7. 段階で次のように説明された。さぐり→同一化→集団目標の出現→集団基準の形成 →内集団・外集団という態度→集団雰囲気の発生(社会的風土、学級のモラール). →地位や役割の分化。この7段階は、小学校の学級を観察することにより見出され たものである。. ここでは、中学校のような教科担任制による学級の形成過程は示されていない。. また、公式的集団を外集団、非公式的集団を内集団として第5段階に現れるとして いることから、学級を公式的集団の面からとらえていることが分かる。 しがし、実際の学級では、学級の外の生活を、個々の生徒が持ち込んできている。 学級集団の形成以前にいくつもの小集団が存在していると考える方が自然である。 特に、中学校では、子どもたちがいくつかの小学模から進学してくることもあり、. 非公式的集団を視点に入れた学級経営が求められるのである。子どもたちは、中学 校に進学するまでに、複数の小集団に属している。. 例えば、近所の幼友達、遊び仲間、習い事や学習塾、スポーツクラブでの仲間、. 15.

(19) 小学校高学年で同じ学級澤つた仲間などをあげることができる。子どもたちが、複 数の小集団に所属していることが、学級集団の形成に影響を与える。そのため、中. 学校の学級集団を考えるために、公式的集団と非公式的集団という2つの集団の調 整をどのようにしてゆくかが学級担任として課題になる。このように、中学校の学 級集団では、特に小集団と非公式的集団を考慮していかなければならない特質があ る。そこで、中学校における学級集団に視点をあてながら述べることにする。. 2 中学校の学級における小集団 中学校における学級集団は、全体としては公式的集団という側面がある。しかし ながら学級集団は、その内部をみれば以下の四つの小集団で構成されていることが 分かる。‘. (1)学校の外で結ばれている小集団. 子どもは、学校だけで生活しているわけではないので、外より持ち込む小集団に も所属している。. (2)学校内だが、学級外で結ばれている小集団. 生徒会や委員会活動など学級を越えての小集団がある。また、子どもに強い影響 力をもつ部活動にかかわる小集団も見落とすことができない。 (3)学級内で形成された個人的な小集団. 学級集団は、生徒相互間で相互依存関係があり、相互作用の過程で感情の対立や 結合の関係を個々の内部に形成しながら小集団を生み出し、その小集団に固有の規 範や目標をもつ非公式的集団を形成する。思春期である中学生は、気の合う仲間と いう非公式な小集団をつくりやすいという特徴があり(42)、その集団は閉鎖的であ. る。この集団は、学級の内部で形成されたものであり、学級以外で形成された小集 団とは異なる。. (4)係りや生活班、学習斑などによる小集団. 学級での活動基盤をなす小集団である。. 之れらは、(4)のみが、教育的意図により形成された公式的集団としての性質をも ち、(1)∼(3)までが非公式的集団である。このことを図示すれば図4のようになる。. また、一人一人の子どもは、学級以外の人間関係をもっていて複数の小集団に所 属している状況がある(図5)。子どもが所属する小集団の数は平均すると5−6つ程 度(43)になる。. 16.

(20) 地域・社会集団. ①:学校の外で結臨る蝶団. 学校一一一一一一「. ②学校内で刎喋団 (生徒会、委員会、部活動など). / I. Nx. / t /1 _学級寒. ③:学綴内の小難. /. t \. 1. ∼. く私的な非公式的小集団). 学級内の小集団 1④:. 2 ノ. /. 〆. // ///. 地 域. 社 ぐ\・)◎ 五. 三 :・(∵慮/ 団. 、 社 \\. v.一一i /K.YX一.L..N〈i. ヘム. 、. 1. 2 s. x. x. 質 集. /. ノ団. 図4学級内の小集団. 図5 子どもの所属する小集団. 17. (生活班、係り・当番).

(21) 非公式的集団の結びつきは非常に強く、子どもにとって学級集団以上に意味をも っことも珍しくない。このようにみてみると、学級というものは、いくつかの小集 団に分かれており、まとまりにくいものであることが分かる。それ故に、教師は、. このような小集団の独自性を認め、非公式的集団をつぶすのではなく、そこでの子 どもがもつ人間関係を生かしながら学級集団形成の阻害とならないように調整して ゆくことが必要になる。. 中学校の学級は、公式的.集団としての側面と非公式的な側面があることを明らか にしてきたが、この特質のために、一般の集団とは異なる集団形成の過程がある。. 一般に中学校の学級集団は、4月に成立して翌年の3月には解散する1年間という 期限付きの集団である。集団としての特殊性は、次に示す5点である。 (1)集団形成にあたる学級編成は、教師により意図的に決定される。学級集団は、. 子どもの出身小学校、住所、交友関係などとともに、子どもの学力、運動能力、リ ーダー的資質をもつ子どもの人数、ピアノ・書道・絵画などの特技がある子どもの 人数など、学級間に格差がないように考慮されている。 (2)学級目標は、学級の成立と同時に教師が子どもに働きかけることで決められる。 (3)学級における個々の子どもの役割は、あらか「 カめ予定された役割の人数にした. がって決められてゆく。このとき、学級内の小集団として生活班も形成されるが、. この小集団は学級集団の基礎的単位となり、教育的意図にもとつく活動が求められ る。また、小集団は、学級活動を支えるものであり、絶えず教師からの指導がみら れ、教育活動を中心にして集団が維持されてゆく。. (4)子どもたちの間で自然に形成された、非公式的小集団は教育的意図をもった活. 動に直接関与することはない。しかし、学級集団に対して、時には対抗できうるよ うな強い影響力をもっている。 (5)(3)で述べた小集団と(4)で述べた小集団の二つの小集団が、どのように個と学. 級集団にかかわるかにより学級の質が決定される。このような理由から、学級集団 では、教師という実質的なリーダーの存在により公式的集団と非公式的集団の統合 が目指される。しかし、いつもうまく集団が形成されるとは限らない。時には、二 つの集団が乖離して、学級集団がいくつもの非公式的な小集団に分離してしまうこ ともある。この状態は、まとまりのない学級とよばれるものである。 以上のような特殊性がある中学校の学級集団は、・子どもたちにとって望ましい集. 団であることが求められるが、それがどのようなものであるかを次節で述べること にする。. 18.

(22) 第4節 望ましい学級集団 学級集団は子どもの学校生活の基礎集団となっているとともに、子どもの人間形 成のための基礎集団である。その集団は民主的であることが求められる。民主的と は、一人一人の子どもの基本的人権・自由権・平等権が保障されていることを基礎 として、学級集団において教師だけに権力が集中しているのではなく、子どもにも 集団成員として行使できる力があることを意味する。子どもにとって望ましい学級 集団とは民主的集団として、開放されていること、協働の活動があること、コミュ ニケーションの自由が保障されていること、個々の子どもの成長が尊重されている こと、学級としてのまとまりがあることである。以下5つの条件を示すことにする。. 1 開放されていること 学級内には、公式的集団と非公式的集団がある。望ましい学級集団は、排他性の ない集団である。小集団がそれぞれ内向的であり、自分らだけでまとまり、他者を 寄せつけないことは望ましくない。それぞれの小集団が外へ向かって、互いに相互 作用を求め、全体の発展を志向することが必要である。学級は、いくつかの小集団 から成立しているので、学級内の小集団が他の小集団と十分に、自由に相互作用し ていることが、子どもたちの創造性・協力性・学習性を育てることになる。小集団 がそれぞれ開放されていること、外に開かれていることが、子どもが他者とかかわ る機会を保障し、子どもの人間形成に寄与するのである。. 小集団が、それぞれ開かれるとともに、学級集団で閉じてしまうのではなく、さ らに外に開かれていることが必要である。このことに関してデューイは「孤立や排 他性は、その反社会的気風を浮き彫りにする」(44)として相互作用の面から批判的 に考えた。. 集団が孤立して、他の集団と十分に相互作用しないということは、集団の自己改 革を放棄し、すでに獲得しているものの防衛にとどまり、進歩することができない ので、反社会的気風として批判されるのである。このことを蜂屋は、1「解放集団」 (45)という概念で述べている。蜂屋は、学級集団の解放性を高めるために「集団を. 開く」(46》ことを原理として示した。排他性がなく、開放されている集団となるた. めには、小集団における開放性と蜂屋が示した学級集団における開放性がともに必 要になる。このことが民主的集団の1つ目の条件である。. 19.

(23) 2 協働の活動があること 協働とは、複数の人間が協力して何らかの目標を達成するために働くことである。. この働くということは、仕事だけでなく子どもの非生産的な活動も含んでいる。学 級集団内に協働の活動があることは、子どもの成長にとって大切なことである。他 者と共同の活動をすることにより相互作用が生じ、他者との相互作用そのものが教 育的な意味をもつ。協働活動による他者との相互作用は、子どもたちの内に“一般 化された他者”を形成するとともに、他者からの期待は子どもの“役割取得”に結 びつくのである。協働活動をさせることは、子どもの個性化・社会化のためにも、. 具体的な働きかけとなる。このことは、集団の開放性を高めることを原理として集 団を指導する場合に、共通の目的(仕事と集団保持)に対して、仕事の優位(47)を. 原則としている蜂屋の考えにも示されている。他者との相互作用によって個が成長 するために、学級集団には多様な協働の場が必要である。. 子どもが、学級集団で協働の活動をする場は2つある。第1に、小集団内での係 り活動・当番活動、学習活動などで、第2に、学級集団としての活動である。学級 集団としての活動は、主に行事にかかわるものである。行事にかかわる活動内容は、. 体育的行事や学芸的行事として、合唱にみられるような音楽的行事、文化祭などの ように学級集団が一体となるものと、勤労生産・奉仕的行事のように啓発的な体験 をもたせるものが挙げられる。この協働活動は、小集団での活動が基礎となってお り、小集団の数人での活動から、よ.り大人数での活動に発展してゆくものである。. これらのことから、学級集団に協働の場があることが2つ目の条件である。 3 コミュニケーションの自由が保障されていること. 学級集団内にコミュニケーションの自由が保障されていることが必要である。相 互作用を行う場には、集団内のすべての子どもたちが、他の子どもたちとコミュニ ケーションをもつ均等な機会をもっていなければならない。限定された、狭いコミ ュニケーションは、子どもが直接相互作用する範囲を狭めてしまうことになる。. 子どもの成長が、自分を取りまく集団の一部門限定されてしまい、より多くの他 者とかかわる中での新しい発見や、自己への気づきを見出す機会が失われることに なる。このことは、デューイが「人は他人が考えたり感じたりしたことを共に考え たり感じたりする。そしてその限りにおいて、多かれ少なかれ、その人自身の態度 は修正される。そして通信を送る側の人もまたもとのままでいはしない」(48)と述. 20.

(24) べていることにも示される。. 以上の理由から、相互作用を拡大・深化するためには、コミュニケーションの自 由が必要である。コミュニケーションの自由が果たす機能は、個々の子どもたちの 経験の共有を可能にし、子どもたちは学級集団の中で、協働の活動を通して共通の 決まりにもとづき生活をすることができるようになるのである。このことが3つ目 の条件である。. 4 一人一人の子どもの成長が尊重されていること デューイは、成長の可能性という観点から、子どもの未成熟は力の欠如という消 極的な意味でなく成長するための積極的な発達能力として、依存性と可塑性をもつ と考えた。依存性については「社会的観点から見れば、依存性は弱さよりむしろカ を意味するのであり、それは相互依存を伴うのである」(4g》として、成長にとって. 他者が必要であることを示した。可塑性については「本質的には、経験から学ぶ能 力、すなわち、ある経験からそれ以後の状況の諸困難に対処するのに役立つものを 得て保持する力」(5。)とした。このように依存性と可塑性は一体のものであり、子. どもは、依存する他者がいることにより成長することができるのである。. デューイが示した依存性と可塑性は、嬰児に関する成長の視点から述べられてい るが、嬰児に限らず中学生においても依存性と可塑性を保証することが大切である。. 長期的に教育を必要とする人の成長には時間がかかるので、中学生の場合にもなお 考えなければならないといえよう。成長を一人一人に保証するために、生徒には依 存できる他者が必要である。この他者とは教師だけでなく、頼れる友人としての級 友、係り・当番を含む教育活動場面において相互扶助する関係の級友も意味する。. このように生徒が他者との相互作用してゆくなかで、依存性と可塑性は一体のも のとして表れるが、生徒がもつ依存性と可塑性は一人一人異なっている。このため に、学級には一人一人を大切にする雰囲気が必要であり、このことが個々の成長を 尊重することにも関連するのである。. 一人一人置大切にする雰囲気とは、個が集団に埋没することなく、個々の子ども が尊重されている状態を表す。これは、子どもの能力の差異が、その子どもの価値 に結びつかないことであり、子どもの人格を全面的に肯定できる教師と子どもによ り形成された学級においてのみ実現可能な理想的状態である。. このような学級を形成するために、すべての子どもは、かけがえのない存在とし て認められ、学級は、子どもの個性が発揮される場となっていることが必要である。. 21.

(25) その基礎として、学級において、教師・子どもが、お互いを認めあえるような暖か な人間関係に支えられていることが4つめの条件である。. 5 学級としてのまとまりがあること. 先の4つの条件に支えられた、まとまりがあることが5つ目の条件である。 このまとまりとは、集団形成過程における目標でもあり、1から4までの条件を 満たしている理想の状態でもある。学級集団が形成されると、その集団らしさ・特 徴をもつようになり、学級集団内に子どもたちをとどまらせようとする心理的な力 が作用するようになる。. 学級集団に作用するこの力は集団凝集性とよばれるものである。凝集性について は、次節で詳しく述べることにするが、凝集性が高まると、学級集団の規範や集団 から逸脱した個々の子どもの意見・態度や行動に対して、集団からの心理的な押さ えようとする力が作用するようになる。. この力は、個々の子どもに対して集団への同調を促すことになる。子どもが同調 しない場合には、相互作用やコミュニケーションがなされなくなってしまい、集団 から拒否されたり集団の一員として見なされなくなる傾向があるので、ここでいう まとまりには、排他性がなく外に開かれていること、協働の仕事による子ども相互 の結びつき、コミュニケーションの自由があることが求められるのである。. 学級集団のまとまりは、子どもたちを集団内に埋没させるのではなく、個々の子 どもは一つの人格として見なされ尊重されるような、ゆるやかなまとまりである。. このことは、個々の子どもの満たされた所属感により成り立つ理想的な状態を意 味するのである。. 22.

(26) 第5節 集団の凝集性と学級集団の凝集性測定尺度 1 凝集性の概念 前節で、望ましい学級集団の5番目の条件としてまとまりを挙げたが、まとまり は目標であるとともに集団の状態を表す。このまとまりとは、個々の子どもが心理 的にくっつき合っていることを表し、集団凝集性ということができる。 凝集性(cohesive)とは、いっしょにくっついている(sticking.together)ことを意. 味する。広辞苑によれば「【凝集】こり固まって集まること。 【凝集力】物体を構. 成する分子或いは原子の間に働く引力。物体が一定の体積・形状を保持するのはこ の力による。←→付着力」(5、}、英和大:事典によれば「【cohesive】a.結合力の ある。 ;《理》凝集性の・∼・ness n.【cohesion】n.密着、粘着;結合(力);. 《理》 〔分子の〕凝集(力);」(52)等みることができる。この言葉を社会心理学. 者が社会的集団の質的な特性に適用する専門用語として使うようになったのである。 凝集性の類義語としては、連帯、団結、友情、チーム精神、集団の雰囲気、一体性、. 同一性、われわれ性、集団らしさ、所属性などがあり、非常に多くの言い方で表さ れている。凝集性は、すべての集団が持つ特性であり、集団の状態を表す。. しかし、凝集性は集団の複合的な要因ではあるが、集団すべての複合性を明らか にすることはできない。凝集性は、集団内におけるコミュニケーション過程の前提 条件であり、結果である。そして、凝集性は、多くの異なった集団構造の要因が最 終的な集団らしさを形成する結果に寄与するものである。. 集団凝集性という概念を、最初に学術用語として公式な声明を出したフェスティ ンガーら(Festinger, Schachter&Bαck, 1 9 5 O)は、 「われわれは、メンバーが集団に留ま. るように働きかける場全体を集団の‘擬集性”と呼ぶことにする」(53)と定義した。. この定義にもとづいて、図示すると次のようになる。. 場一. 行 動“’一一’一一一一・’1. 0成員性の継続. 要因1 集団・集団成員の魅力 →庭:璽函→. 要因2 目標の媒介(共通の課題) ○社会的相互作用 ○相互依存を必要とする個人の目標. ○集団規範の 厳守. Fig.1−1」Festinger, Schachter&Backの集団凝茱性理論(1950)(54). 23.

(27) Fig.1−1に示したモデルについて説明をしておく。凝集性は大きく2つの要因に分. けているが、要因1は、コミュニケーションによるところが大きく、要因2として 目標の媒介を挙げていることに着目しておくことが大切である。目標の媒介とは、. 集団の成員が共通の課題をもっていることであり、共通の仕事を介しての相互作用. がおこなわれることが示されている。この2つの要因が凝集性として、集団を形成 ・維持・強化してゆく力となっていることが示されている。このモデルでは、凝集 性は目標というよりも、集団の状態の結果を表すものである。このことは、集団の 成員が集団を維持しようとする行動から分かる。. このモデルによるならば、凝集力の強い学級の生徒は、その学級の一員であると いう自覚を強く持ち、相互に援助し合い友好的な関係を保とうとする肯定的な意識 を持つようになる。このことは、学級モラール(学級成員が集団目標に向かってと もに行動する傾向を表す)とも関連する。モラールが高い学級は凝集力も高く、学 業やそれ以外の学級活動における達成も高いことが学校現場では知られている。. このように、凝集性は集団の質ともかかわりが深い。他者と個の問に何らかの関 連があり、お互いに相互作用をもっている集団は、個に及ぼす影響が違ってくるが、. これは集団の影響を受けているからである。学級集団を形成する個々の生徒が集団 の質を決め、集団の質が個々の生徒に影響を与えるという相互作用と凝集性との問 には関連がある。このことを、以下、示すことにする。. 学級集団を構成している生徒には、学級集団が何らかの形で魅力となっているこ とが必要である。フェスティンガーは、集団凝集性とは成員を集団にとどめようと するすべての力の合成力であるとしたが、すべてのカの合成力では漠然としている。. 集団凝集性がどんな要因からなり、凝集性の高まりの結果、集団にどのような影響 を及ぼすか、合成力について、カートライトとザンダー (Cαπ癖9勉&Z如伽) は、 Fig.1−2に示したようにダイナミズムでとらえ直した。. 集団凝集性 メンバーを集団にとどめようとする すべての力の合成. 集団凝集性の決定因 集団の誘因的特性 メンバーの動機的基盤 成果に対する期待 比較水準 Fig.1−2 集団凝集性分析図式. 集団凝集性の結果 メンバーシップの維持 メンバーに及ぼす集団の力 参加と忠誠 個人的安定、自己評価 (Cartwright&Ztn2der 1968)(55). 24.

(28) このモデルは、凝集性の原因と凝集性が高まった結果とに分けている。Fig.1.1に. 示したフェスティンガーのモデルを発展させたものである。フェスティンガーは、 集団が成員に影響を与えるものは「成員性の帰結としてのみ手に入る満足感」(56). と考えた。満足を与えるものとして友情・仲間意識・親密な情緒的絆の暖かさと喜 び・威信・社会的地位・他者の承認・そして集団の魅力となる集団目標をあげた。. カートライトとザンダーにおける原因は、集団成員の持つ魅力・類似性・相互依存 性・集団目標の魅力・集団加入による特典(行動)・雰囲気・コミュニケーション 構造・地位・構造・権力構造・り一ダーシップ・意志決定への参加の程度など様々 である。凝集性が高まると結果として、成員はその集団の一員でありたいと望む・ 成員に及ぼす集団の力が強くなる・成員は集団活動に積極的に参加する・集団への 忠誠心が強まる・個々の成員の適応性を高める、などがあげられる。. カートライトは集団凝集性の総括的なレビューをしたうえで「ほとんどの研究者 は、凝集性という用語を集団の魅力と同一視している」(57)と結論づけた。このレ. ビューは、集団レベルでの凝集性指標の作成において、集団成員の総和あるいは平 均が、有効な手続きであることを確認している。集団への魅力としての集団凝集性 は、集団が個人目標の達成を仲介する程度によって髭響されるが、中心となるもの は対人魅力・人間関係である。このことに関しては、ロット(Lott,1961)(58)、 ショー(、Shew,1974)(5g)、ホッグ(Hogg,1992)(6。)の研究においても支持されて いる。. 2 凝集性測定尺度 次に、凝集性をどのように測定してゆくかについて述べてゆく。集団凝集性の測 定方法については多くの凝集性尺度がある。しかし、凝集性尺度の多くは、スポー ツ集団(バスケットチーム)か「セラピー」集団を対象に開発されている。エバン ス(Evans&」伽鵡1986)は、より広範囲の異なる集団で使用することのできる凝集 性の測定尺度を作成する目的で、20項目からなる「集団への態度」尺度(6、)を開発. した。集団凝集性の概念と、集団と同一化し集団に受容されたメンバーになりたい という個人の願望としての集団魅力を基礎として、 9ポイントのリッカート法によ. る40項目の尺度を構成した。これは26の能力開発集団と、セラピー集団の178名に実. 施され、最終的に20項目となった尺度である。この尺度は7つの能力開発集団の56 名のメンバーに集団生活の最初と申問と終わりにおいて実施され(クロンバックの α係数.93,.92,.90が得られた)、6つの課題志向の教育集団の27名でも(α係数. 25.

(29) .96)、また8つの能力開発集団の47名のメンバーに、集団生活の4時点でも(α係 数.94,.92,,96,.97)実施された。この尺度は高い内的整合性を持っており、凝集性 尺度として適切であると考えられる。具体的な質問項目をTable・1・・1に示す。. Table・1−1 エバンスの集団凝集性尺度. (1)私はこの集団のメンバーとしてとどまりたい。 (2)私は自分の集団が好きである。 (3)私は集団に行くことを楽しみにしている。 (4)この集団に何が起ころうと私は気にならない。 (5)私は私の集団に起こっていることに巻き込まれていると感じる。 (6)もし、この集団から離れることができるのなら、私はそうしたい。 (7)私はこの集団に来るのは嫌だ。 (8)この集団を今解散することができればと思う。 (9)私はこの集団に満足していない。 (10)今、他の集団に移ることが可能だったとしたら、私は移っただろう。 (11)私はこの集団にかかわっていると感じる。 (12)個人的相違にもかかわらず、私の集団には統一感が存在する。 (13)私の知っている他の集団に比べて、私の集団は最高以上のものであると思う。 (14)私はこの集団の活動の一部であるとは感じない。 (15)もし私がここにいなかったとしたなら、この集団は違ったものになったと思う。 (16)もし私の集団が時代に合っていないといわれたなら、私は悲しむだろう。 (17)この集団からは関係が遠いと感じる。 (18)この集団がどうなるかによって私自身が変わることになると思う。 (19)私の欠席はこの集団にとって何の問題にもならないと思う。 (20)この集団のミーティングを欠席しなければならなかったとしても、私は残念に は思わないだろう。 ( Evans & Jaryis, 1986). 3 学級集団の凝集性測定尺度 エバンスらは、上記のような凝集性測定尺度を開発したが、これを日本の中学校 の学級凝集性尺度としてあてはめるには、質問項目の内容が具体性に欠けること、. 日本の中学生に分かりにくい表現があること、日本の中学校の学級で実施するのに 不適切な表現(担任批判になってしまうもの)があることなど考えなければならな い点があるため、このまま使用することができない。. そのために、日本の申学生用の凝集性尺度を作成する必要がある。 筆者は、凝集性の要因で.ある‘対人欲求’と‘対人魅力’の2つを重要な要素とし. て、エバンスらの凝集性尺度を手がかりとしながら学級凝集性尺度を作成した。. 作成された尺度は、学級集団の凝集性を測り、個々の生徒と集団との関わりを考 察する有力な手がかりになるものである。このことは、第3章で述べることにする。. 26.

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