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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名 常松 幹雄
論 文 題 目 青銅の武器と弥生人 ―弥生文化の図像学的研究―
審査要旨
本論は、水稲耕作の導入と金属器の出現を画期とする弥生時代のなかで、土器と青銅器をとりあげ、弥生時代の 精神的な枠組みを提示し、弥生社会の展開を論じた意欲的な論文である。
弥生時代を特色づける金属器の出現と受容が、北部九州で開始され、青銅器が弥生文化に及ぼした影響につ いて述べる。埋葬用の大型甕棺に絵画を描きはじめる時期と、青銅武器の甕棺への副葬開始時期とがほぼ重なる と指摘する。また甕棺に施された絵画や記号は、弥生時代人の死生観と関連付けられるとみなして、図像学的な解 釈を試みている。甕棺に描かれた鹿や鉤状文は、やがて青銅の武器や木製祭祀具にも記されるようになり、時間の 経過とともに北部九州から瀬戸内以東の地域へも拡散する。こうした図像の系譜や意味の検討、施文される材質や 部位の弁別、施文方法や工具、伝播の過程や経路を分析し、それらを総合することによって、弥生時代の精神構 造を追及している。
第1章は、「墓制と土器の変遷」というタイトルで、まず大型甕棺の分布と編年をあつかい、地域と時間の分析基準 を設定している。ついで墓地の階層構成をみるために、区画墓と標石の関係を検討し、副葬品の差異を論じる。さ らに弥生後期から古墳時代にかけての集落動向を検討し、武器形青銅器の終焉と連合体制の顕在化とが連動す ると指摘した。この基礎作業は資料収集と分析とを綿密におこない、編年に新たな視点をくわえるなど評価できる内 容である。
第2章は「青銅器の需要と展開」をテーマとし、青銅器の出現から副葬、武器から祭器への変質、青銅器生産と図 像の関係などをとりあげ、初期の細形段階から広形段階にいたる青銅器とその背景について論じている。資料を直 接検討し緻密にあとづけている点を評価できる。しかし宝器、祭器、威信財、年齢階梯、階層などの用語について、
自明のこととして記述し、定義や相互関連について個別具体的な説明がやや不足している。この点は自身の言葉 による明確な定義と記述を望みたい。
第3章は、「図像からみた弥生文化」で、土器、甕棺、青銅器に記された鹿、鉤状文、人面、鳥文、高倉と条線、記 号などを対象にして、精神的な枠組みがどのように展開し共有されたかを検証している。ここは常松氏の最も得意と する分野であり、多くの事例をあげ他の追随をゆるさない独創的で深みのある記述内容となっている。弥生時代の 祭祀について、土器や青銅器の具体例をあげながら民俗例なども参考にして、図像に辟邪、豊饒などの願望を想 定する点は、新たな試みとして評価できる。これら武器形祭器が種類や地域性の枠をこえて共有されることから、西 日本の地域統合やより広範な同盟関係を追及する点にも新たな発想の転換を読み取ることができる。
第 4 章は、「銅鐸の製作と展開」である。まず小銅鐸を朝鮮半島の例と比較し、朝鮮半島での副葬品としての使用 と、わが国での農耕祭祀具としての違いを指摘する。つまりわが国では集落や水辺遺構で出土し、水利灌漑施設 を共有する集団の祭祀具となっている事実を示し、独自の使い方にかわっていると指摘する。また銅鐸を模倣した 鐸形土製品に記された戈や人物、記号などは、豊饒や辟邪にかかわる精神世界を共有していた証拠とみなしてい る。従来の小銅鐸や鐸形土製品についての考えをさらに深め前進させたと評価できる。
第5章は、「弥生文化のなかの漢文化」で、前漢との関連を論じている。三雲南小路甕棺出土の青銅剣は、北部 九州で中国の尺度をもちいて高度な技術で精密に作られ、中国との友好な外交関係をはかるために製作したとす る。これについては、高い鋳造技術や研磨方法などは認められるが、なお基準尺の単位の測り方について、鋳型 や研磨した製品などとの関係が問題として残されている。
また弥生時代中期後半に出現する長頸の袋状口縁壺は、中原一帯に分布する蒜頭壺と関連があり、漢代の文
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物や思想の影響を想定している。なるほど中国や朝鮮半島でも同類の蒜頭壺が出土している。しかし資料数が少 なくさらなる資料の増加をまって検討し、影響関係をより確実に論証する余地があろう。また建武中元二(57)年の 光武帝による「漢委奴国王」金印下賜は、周縁の外臣として冊封体制に組み込まれた大きな画期と捉えている。
最後に、土器や青銅器に刻まれた絵画や記号を図像学的視点から比較研究をおこない、土器様式や墓制をこえ て共有された精神的な枠組みが北部九州から中・四国、近畿、さらに中部地方に広く存在したと結論づけている。
以上のように本論文は、弥生時代中期から青銅器が伝来し、やがて西日本一帯で農耕にともなう辟邪、破魔、豊 饒の祭祀をおこない、鹿や鉤状文などの同じ文様モチーフを共有したとする。その背景に地域文化の成立と統合、
より広い視点でみれば朝鮮半島や中国など東アジア史の一環として展開していった弥生社会と文化の様子を、考 古学資料をもちいて丹念に提示している。
報告文で示したようにいくつか論述をふかめてほしい点や未発見の資料不足などがみられるが、本論文の主旨を 損なうものではない。むしろ土器や青銅器の絵画や記号をとりあげて、新しい視点と方法で弥生社会の展開にせま り、その一端を解明した点は、高く評価される内容である。図像学的研究などをふくめた新たな研究方法の提示や 弥生農耕祭祀の独創的な研究開発の意義はきわめて高く、おおいに学界に寄与するものと評価できる。
上述のような論文の審査と公開審査による質疑応答などをも勘案して、常松幹雄氏は博士(文学)の学位を受け るに足るものと審査員一同は判定する。
公開審査会開催日 2010年 4月 17日
審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名 主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 岡内 三眞 審査委員 早稲田大学文学学術院・名誉教授 文学博士(早稲田大学) 菊池 徹夫 審査委員 早稲田大学文学学術院・客員教授 博士(文学)東京大学 後藤 直
審査委員
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