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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2022

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(1)博士(文学)学位請求論文審査報告要旨 論文提出者氏名. 洪 性珉. 論 文 題 目. 遼宋増幣交渉における「漢人」の研究. 審査要旨. 本論文は、1042 年の遼宋増幣交渉の具体相を解明し、10~13 世紀の東アジアに出現した国際秩 序についての新たな歴史像を描き出すことを目指す。中国史は、北方勢力との抗争・融合の歴史 でもあるが、10 世紀以降、その様相は大きく変化した。金、元、清という「中国本土」を統治し た非漢族王朝は、多民族・多文化複合「国家」としての中国史像を求めるが、遼はその起点に位 置する。本論文は、序論と 2 部に分けられた本論 5 章、付論、結論から構成される。 序論は、近年のこの時代の呼称である「東アジアの多国並存体制(Multistate System) 」につ いて、先行研究を批判的に検討しつつ、遼宋関係史においては、題目とした遼宋増幣交渉が、澶 淵の盟と同じく特に重要な歴史的意義をもつことを述べる。一部一章「遼宋増幣交渉から見た遊 牧国家の発展における「移行期」 :遼」では、その増幣交渉について、遼が宋に対し、後周に奪回 されたままになっている「関南の地」の返還を要求するに至る遼朝内部の権力抗争を明らかにし つつ、要求に直面した宋朝側が割譲ではなく増幣によって対応した経緯を検証する。すなわち、 遼の開戦を辞せずという動き、割地から宋公主の降嫁要求への変化、 「遼の国書の漏洩」や両国使 節の劉六符と富弼の言動などを分析し、最終的に増幣で落着するに至る経緯を考証する。遼は当 初から増幣を考えていたという通説を退けるのみならず、議論は遊牧国家論に及び、遊牧国家財 政論である「略奪」・ 「貢納」 ・「徴税」理論を援用して、この時期の遼朝は遊牧国家の「移行期」 にあたると、その歴史的位置づけを行う。続く第二章「劉六符一族の動向から見た燕雲地域漢人 の帰属意識―遼の中後期を中心に―」は、増幣での決着を主張し、交渉の鍵となる人物と考える 遼側担当者劉六符についての検討である。漢人有力者となるまでの系譜の考察から始まり、対宋 政策に関する遼主への働きかけ、増幣交渉時における宋側との折衝、劉六符の遼と宋への帰属意 識の複雑さを兄弟の行動を交えながら分析し、幽燕地域漢人社会の動向と劉六符の提言する増幣 を当該地域の税収分に振り替える減税政策が、漢人社会に与えた影響を論ずる。 本論文の核である第三章「税役賦課から見た遼宋両属民」は、雄州を中心に遼宋接壌地帯に出 現した遼と宋両王朝に属する両属地域、具体的には両朝に税と役を負担する両属民についての研 究である。澶淵の盟によって、五代以来続いてきた遼と中原王朝の燕雲十六州をめぐる軍事衝突 は終息する。それは同時に両属地・両属民の固定化であった。本論文は、両属民の存在に、この 時代の遊牧型国家と定住農耕国家の関係の典型を見出す。その関係の本質が増幣交渉で浮き彫り になるという見立てが、本論文の原点であろう。具体的には、両属地の出現や範囲の確定の検証 から始め、その特質、両朝への課賦の変動を考察し、最終的に宋へは雑税(科率)と差役、遼へ は賦税と差役の負担で落ち着くとする。そして重要なことは、劉六符の増幣交渉とセットとなる 両属地域の減税策が、当地の漢人社会の両朝への帰属意識と遊牧国家遼の農耕地統治に影響を与 えたという事実である。遼と宋は、課税と賑恤の割合を量りながら両属民を自らに引き寄せる政 策をとらざるを得なかった。 第二部は、増幣交渉を従来の宋側の動きを中心に論ずるばかりではなく、遼側の動向の分析が 必須であるとの問題意識から史料論を展開する。遼側の動向を分析すると言っても、実際に残さ れた史料は圧倒的に宋側の人間の記録であり、書かれた遼側の動向を無批判に利用することはで きない。そこで先ず問題になるのが、宋側の記録の情報源である。第四章「宋の対遼諜報活動と 史料源との関係」は、諜報者からの情報が宋側の記録の重要な史料源であるという観点から、多.

(2) 氏名. 洪 性珉. 面的な考察を行う。まず現代の「諜報学」を紹介し、そこでの用語や概念を整理し、それらがこ の時代の諜報活動にどう利用できるかを検討する。次に宋代の諜報組織の先行研究をふまえて河 北沿辺安撫司下の諜報組織を復元し、活動の具体的状況を明らかにする。その上で宋人の上奏文 を分析し、それが諜報活動による情報を利用していること、さらに遼側の史料とのつき合わせに よりそれら情報の信憑性が高いことを確認した。第五章「陸佃『使遼録』の佚文とその史料価値 について―陸游の筆記史料を中心に―」は、本論文の核心である劉六符の減税策を伝える記事の 真偽をめぐる問題に決着をつけることを目指す。南宋陸游の執筆である「減税記事」を考証し、 それは祖父陸佃が遼に使者として赴いたときの記録であり、その逸話の伝え手は劉六符の孫にあ たる人物であることを立証した。こうした状況から判断すれば、 「減税記事」が史実を伝えた確立 は非常に高いとの結論に達した。 最後の付論「 『御定宋史筌』「遼傳」から見た『宋史』改修の歴史的意義-中国史書の編纂に見 る朝鮮型中華主義―」は、朝鮮王朝正祖の 1791 年に完成した『宋史筌』150 巻の史学史的意義を 検討し、 「遼傳」の分析から中華の伝統と朝鮮の関係を重層的に明らかにした。 以上、本論文は、遼宋関係史に新たな研究分野、すなわち 1042(遼 重煕 11、宋 慶暦 2)年の 増幣交渉の考察から両属地・両属民研究の重要性を提起し、遊牧国家と農業国家の関係史という 広い視野から、従来の近代国家観が色濃く滲み出る「東アジアの多国並存体制」論に、当該時代 固有の歴史像を対峙させる独自の見解を提示したこと、さらに、それらが漢文史料の網羅的集収 を基礎とした緻密で周到な史料批判に基づくことによって、実証段階で新たな知見や創見を打ち 出すことに成功している。ただし本論文でも言及されているように、漢文史料以外の例えば契丹 文字史料は参照されていないし、 「多国並存体制」といっても高麗や西夏など当該時代の他の国家 との関係に触れることもなされていない。またしばしば引用される歴史理論と実証レベルでの考 察との関係性に曖昧さも垣間見える。しかし、これらは申請者の今後の課題というべきであろう。 近年の中国史研究に大きな影響を与えている大元ウルス論や大清グルン論という中央アジア国家 としての「中国」王朝論にも一石を投ずることになる本論文は、早稲田大学博士学位授与に相応 しいと判断する。. 公開審査会開催日. 2017 年 1 月 30 日. 審査委員資格. 所属機関名称・資格. 氏名. 専門分野. 博士学位名称. 主任審査委員. 早稲田大学文学学術院 教授. 近藤 一成. 中国宋代史. 博士(文学)早稲田大学. 審査委員. 早稲田大学文学学術院 教授. 李. 朝鮮史. 博士(文学)早稲田大学. 審査委員. 早稲田大学文学学術院 教授. 柳澤 明. 清朝史. 審査委員. 早稲田大学教育・総合科学学術院 教授. 石見 清裕. 中国唐代史. 審査委員. 成市. 博士(文学)早稲田大学.

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