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博士学位論文審査報告書

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2012年 1月6日

博士学位論文審査報告書

大学名 早稲田大学

研究科名 スポーツ科学研究科 申請者氏名 武藤 泰明

学位の種類 博士(スポーツ科学)

論文題目 大相撲における「元力士」によるマネジメント

Management of Grand Sumo by former wrestlers

論文審査員 主査 早稲田大学教授 中村 好男 教育学博士(東京大学)

副査 早稲田大学教授 原田 宗彦 Ph.D.(ペンシルバニア州立大学)

副査 早稲田大学教授 平田 竹男 博士(工学)(東京大学)

本論文は、財団法人日本相撲協会(以下、「相撲協会」と略記)を対象として、「元力士(年 寄り)だけの競技者自治によって安定的な経営が実現しているのは何故か」という疑問への 解を得ようとしたものである。

特に本論文で注目したのは、安定的な経営が、年寄という、学校教育を受けた年限が短く (その多くの最終学歴は中学卒業である)、また組織経営について OJT ないし Off-JT での教 育を受ける機会のほとんどない人々によって担われているという点であった。当該競技の元 選手が競技団体の経営者となるという事例は、他の競技にも見られ、かならずしも相撲協会 に特異なものではない。しかしながら、他の競技においては、「職業経験を持つ競技経験者 による自治」が一般的であり、同じ競技者自治でも、相撲協会のそれは年寄が力士として以 外の職業経験を持たないという点において例外に属する。年寄は内部昇進者ではあるが、一 般的な組織に属する内部昇進者は、昇進の過程で、経営管理についての実務的経験を持つ。

これに対して年寄は、競技者(力士)としての経験を積むが、その間、経営管理には携わらな い。したがって、年寄による安定的な経営が実現されていることの理由や背景をその一部に ついてでも解明することは、スポーツ経営だけでなく、経営学全体に対して、あらたな知見 を提供することになることが期待された。

本研究の目的は、このような問題意識に基づき、相撲協会の財務が安定していることを検 証するとともに、これを可能にした要因を明らかにすることである。主たる資料は、相撲協 会の事業報告書と決算書(平成 9~18 年)、そして相撲協会の寄附行為と付属文書等、相撲協 会が公表している文書である。また相撲協会は定期刊行物を持たないので、相撲協会が監修 する『月刊相撲』(ベースボール・マガジン社)を、相撲協会の文書に準じる資料として利用 した。

本論文は、7つの観点から大相撲のマネジメントを検討している。方法は一般的な経営分 析である。構成と各章の概要については以下のとおりである。

まず第 1 章で、上記の研究課題と目的が記された上で、第 2 章では、中卒者でありかつ相

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撲以外の職業経験を持たない年寄が相撲協会の経営ならびに事業運営の主体となっている ことを確認した。

第 3 章では、決算書の財務分析から、相撲協会の財務が安定しており、健全なものである ことが示された。まずフローの面では、年度によっては収支差額、キャッシュフローのマイ ナスがみられるものの、収支差額、正味財産増減について、中期的な安定を実現している。

またストックについては、相撲協会が保有する金融資産額、あるいは特定資産の残高は十分 に大きく、健全性が高いことが確認された。

第 4 章では、財務の健全性の理由を探るために、収入変動の大きい事業である巡業と、相 撲協会の主たる収入源である本場所とに区分して、その財務構造を分析した。まず巡業につ いては、収入の変動(減少)が興行方法(ビジネスモデル)の変更によるものであること、そし てこの変更が財務リスクの回避を実現していることが示された。つぎに本場所については、

その事業収入の分析から、入場料を主たる収入源としていること、換言すれば協賛金にほと んど依存していないことが、財務の安定性に貢献していることを示した。またあわせて、損 益分岐点の推定から、入場者がそれほど多くなくても、相撲協会の収支が健全な状態に保た れることが示された。

第 5 章では相撲協会のコスト構造が分析された。大相撲は十両以上の力士や行司等、そし て年寄には規程に定められた給与が支払われ、幕下以下については養成費が相撲協会から相 撲部屋へ支給される。すなわち、他のプロ競技にみられるような年俸の高騰がない。これが 大相撲のコスト管理を容易にしていることが分かった。また費用の多くは固定費としての性 格を持つものだが、前章で指摘したとおり損益分岐点はそれほど高くないので、実質的な固 定比率が高いことが、少なくとも現時点では財務リスクにつながっていない原因であると推 察された。

第 6 章では年寄名跡、特にその承継がとりあげられた。年寄名跡は力士経験者が協会経営 に参画するために不可欠のものだが、それが個人の相対で取引されるという点が、他に例を みない特異なところである。この章では、名跡の性格を分析するとともに、その承継の原理 と運用の実態が明らかにされた。

第 7 章では新弟子の獲得が検討された。日本のスポーツの多くは高校や大学の運動部で競 技者が育成されるが、中卒者中心の大相撲では原理が異なる。高学歴化がすすみ、中卒者が 減少している中で、大相撲はどのようにして新弟子を確保しているのか、またその方法が有 効なものであり続けるかどうかが主な論点であった。新弟子の学歴、競技経験ならびに、「わ んぱく相撲」の共催や各地の大会への寄付・寄贈を事業報告書等から、相撲協会が新弟子候 補の発見「経路」を開拓していることが明らかにされた。

以上の知見を踏まえて、第 8 章「総合論議」では、「元力士(年寄)だけの競技者自治に よって安定的な経営が実現しているのは何故か」という疑問への解として、以下の諸点が提 示された。

(1)財務の安定性と健全性

(2)入場料による安定的な事業収入 (3)給料制による人件費の安定

(4)リスク回避型ビジネスモデルの選択 (5)事業の変化が少ないこと

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(6)年寄の資質と育成 (7)制度・原理の柔軟性

最後の柔軟性については、見方によっては「いい加減」だととらえられる可能性も有るが、

一方で、組織経営とは環境適応行動であるという観点に立つなら、協会の柔軟性は環境適応 行動そのものであり、この適応能力によって、規則・原理と実態との間に生まれた齟齬にう まく対処しているということになるのだろうと推察された。その結果、組織としての協会の 経営能力が「意外に高い」ということにつながったというのが、本論文の結論であった。

大相撲ないし相撲協会について、経営学の観点から取り上げた研究はきわめて少ない。本 来マネジメント研究が取扱うテーマは広範であり、本論文が取り扱ったのはその一部に過ぎ ない。また、本論文が取り上げたのは相撲協会だけであり、相撲部屋という重要な主体を研 究対象としていない。このような限界はあるものの、本論文は大相撲のマネジメント研究の 最初の一歩を踏み出した成果として価値が高い。また、本論文に含まれる研究の一部は、末 尾記載のように学術誌上で刊行されており、当該分野において、すでに一定の評価を受けて いるとみなすことができる。

以上のことから、本論文は、スポーツビジネスに関連するスポーツ科学分野の発展に寄与 するものと判断し、博士(スポーツ科学)の学位を授与するに十分値するものと認める。

【関連論文】

武藤泰明:2007 Jクラブの株式上場について: Jリーグ規約による上場制約と上場要件の両立の可能性,早稲田大学スポ ーツ科学研究2007 28-50頁

武藤泰明:2008 スポーツ組織の持株会の評価:Jリーグを例に,早稲田大学スポーツ科学研究2008 147-162頁

武藤泰明:2009 大相撲の巡業におけるビジネスモデルの変容 日本スポーツ産業学会 スポーツ産業学研究 19巻1号, 17-23頁

武藤泰明:2010 年寄名跡の承継 早稲田大学スポーツ科学研究2010 82-97頁

武藤泰明:2011 大相撲のファイナンス:その安定性と健全性について 日本スポーツマネジメント学会 スポーツマネジ メント研究 3巻1号 1-16頁(印刷中)

以 上

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