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博士学位申請論文審査報告書

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Academic year: 2022

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早稲田大学大学院日本語教育研究科

2011年8月

博士学位申請論文審査報告書

論文題目:漢字学習の「気づき」に関する考察 ―日本の韓国学校の高校生を対象にした

誤表記研究から―

申請者氏名:崔 延珉

主査 川口 義一 (大学院日本語教育研究科教授)

副査 鈴木 義昭 (大学院日本語教育研究科教授)

副査 吉岡 英幸(大学院日本語教育研究科教授)

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【本論の特徴と意義】

本論文は、日本の「韓国学校」の高校生である韓国人日本語学習者の「漢字の誤表 記」を研究したものである。このテーマを議論することの意味は、中国人学習者とも 非漢字圏学習者とも異なる漢字の表記の誤りを犯すことが報告されている韓国人学習 者に関して、そもそもかれらの日本語漢字の誤表記はどのような特徴があるのかを調 べてその類型を確定することが、よりよい漢字表記指導につながるということである。

しかし、現状では韓国人一般について漢字の誤表記がどのような形で起きているかに ついて、体系的な研究はほとんどないと言ってよい。そこで、申請者は、自身の勤務 する日本の韓国学校において自身の教えた生徒を調査協力者として日本語の漢字の誤 表記に関する調査を行った。このことは、韓国国内で外国語として日本語を学習して いる高校生とは、滞日日数の相違に応じて異なる誤表記のあり方を示すであろう、滞 日韓国人高校生の漢字学習のあり方を調査することになり、特定の学習環境にある「移 動する年少者」の漢字学習上の問題点、特に漢字の誤表記の実態を明らかにすること となる。この点で、本論文は、類似の研究が他に皆無と言える韓国語母語話者の年少 者漢字学習の研究分野に大きな貢献をなす可能性があるものと言える。さらに、本論 文は、正しい漢字表記を身につけるためには、教師が添削するだけの指導では不十分 で効果的でなく、学習者が自ら犯している誤表記に気づく必要があり、そのような「気 づき」を起こさせるにはどのような学習環境作りを行えばよいのかについても、一章 を設けて、自身の指導実践をもとに論じている。この点で、本論文は、単なる外国語・

第二言語習得過程の基礎研究ではなく、日本語教育の論文としての目的意識を持つも のと言えよう。

【本論の内容】

上記のような問題意識に基づき、申請者は、次の4点を本論で解決すべき課題とし て提起し、それぞれ括弧内で示す章で論じている。

1)日本にある韓国学校の年少日本語学習者のレベル別に現れる誤表記の特徴とその 原因(第3章・第4章)

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2)上記学習者のレベル別に現れる誤表記への「気づき」の特徴(第5章)

3)上記学習者の「知覚学習スタイル」の特徴と「誤表記への気づき」の関係(第6章)

4)漢字誤表記への「気づき」を促す学習環境作りと漢字指導の提案(第7章)

1)においては、先行研究から、第一言語学習者による誤表記および第二言語学習者 の誤表記の諸研究を批判的に検討し、それらの知見を踏まえて 11 項目の誤表記の類型 を設定した。その誤表記認定の基準をもって、日本に在住する韓国学校の韓国人高校 生学習者 60 名の漢字書き取りテストにおける誤表記を前述の 11 項目別に分類した。

また、学習者の日本語レベル別に、それぞれの誤表記の起こる原因を推測した。その 結果、この韓国学校の学習者の漢字誤表記は、滞日日数・既習漢字数の少ない初級の 間は非漢字圏学習者と同様の特徴を有するが、滞日日数・既習漢字数が増えて学習が 進むにつれ、日本語の既習漢字からの干渉が働くようになり、漢字圏学習者の特徴を 持つ傾向が強まるということが判明した。このことは、ハングル専用の言語生活と初 等・中等教育課程における漢字教育の制限という背景を背負って来日しているため、

その部分では非漢字圏学習者に似ていると思われる韓国人年少学習者の漢字習得のあ りかたが、滞日日数が増え、学習が進んだ段階ではやはり漢字圏学習者のそれと類似 してくるという点で、日本語学習者の中では特異な位置を占めるものであることが示 されたことになる。この点は、年少者の日本語習得研究の進展に大きな貢献のできる ものとして高く評価できる。

2)においては、誤表記の中には、学習者のレベルによって、それと認識されやすい ものとされにくいもの、すなわち「誤表記への気づき」が起こりやすいものとそうでな いものとがあることを論じ、後者がどの類型項目のものかを知ることが、教師にとっ ても学習者にとっても、正しい表記を指導・学習する上で必要な認識になることを説 いている。このように、誤表記への「気づき」が漢字表記指導のクリティカル・ポイ ントになると考え、初級から中級への学習過程において「気づき」の起きにくい誤表 記が存在することを、豊富なデータから導き出してみせたことは、前章の誤表記項目 の認定とともに、本論文の独創性の高い部分である。

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3)においては、それまでの議論を踏まえて、表記の指導・学習に必要な誤表記への

「気づき」を促す漢字指導の効率化のために、韓国学校の高校生学習者の知覚学習ス タイルを同定する作業を行い、さらにそれを日本語母語話者の高校生に対する調査結 果とも比較した。妥当性と信頼性が高いと報告されているアンケートを用いた調査に より、韓国学校の学習者は、「視覚型」と「聴覚型」の相関関係が強い知覚学習スタ イルを持つことが明らかとなり、この特徴を生かして「誤表記への気づき」を促すべ きであるという主張がなされた。なお、同校の中学生学習者に対する調査でも同様の 傾向が出ており、これを「移動する韓国人年少学習者」の共通特徴と見ることができ る。この知見は、今後韓国国内で日本語を学習する中等教育機関の年少学習者の学習 スタイルを調査する際に有効な比較資料を提供することになろう。

4)については、漢字指導の方法として従来行われてきた、教師による添削中心の授 業を批判し、誤表記への「気づき」を促す「協働的な学習」の励行を提案している。

この提案は、申請者が直接担当した漢字授業の実践データの分析を通して導き出され たものであり、近年議論の盛んになっている「学習者の協働による学びの促進」を志 向する教育理念の実践例として、しかも従来行われることのほとんどなかった表記指 導への協働的学習理念の反映として、現代的な意義を持つものと評価できる。また、

学習者同士が話し合い、お互いの筆記行為を観察するという協働作業が、韓国学校の 学習者に顕著な「視覚+聴覚」型の知覚学習スタイルに合致するという指摘は、「協働 的な学習」の採用を支持する議論になっている。このような学習理論とそれに基づく 教授法は、非漢字圏年少学習者の漢字教育に対しても益するところ大であろうと考え られる。

【本論の評価すべき点】

以上見てきたように、本論は、韓国学校の高校生を対象に漢字の誤表記の調査を行 って、誤表記を学習レベル別に分析・分類し、同時に学習者がその誤表記をどのよう に意識しているか、つまり学習者の「気づき」がどのようなものであるかという観点 からその実態、特徴を明らかにしたものである。その上で、学習者の知覚学習スタイ ルを調査し、初級・中級学習者とも視覚型が最も多いこと、また聴覚型との相関関係

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効果を検証するため、添削授業と「気づき」授業を試みて、後者のほうがより効果が あることを実証したものである。

本論は、漢字学習を学習者の誤表記の「気づき」の視点から問題点を把握したこと、

また学習スタイルの特徴を生かした「気づき」の観点から実践の指導法を提案してい ることが先行研究に見られないユニークな点であり、評価できる点である。また、誤 表記の丁寧で細かい分類は、韓国学校の高校生だけではなく、他の日本語学習者が誤 りであると気づいていない漢字表記の実態を把握し、自覚を促すなどの指導を行う際 などに利用できるものであると思われる。

以上、日本語教育における重要課題の一つである「漢字教育」おいて、学習者、特 に生活実態上・教育政策上両面で非漢字圏化が著しいとされる韓国人年少学習者に見 受けられる誤表記の特徴に関して明らかにできたことの意義は大きく、その知見を漢 字指導の改善へと結び付けようとする提案にも実践に裏打ちされた妥当性が認められ る。よって、本論の内容は、日本語教育学の論考として優れた学術研究であると評価 でき、この論文をもって日本語教育学の博士号授与に値するものと判断する。

なお、今後は、本来個人によって異なる学習スタイルに応じて、協働学習以外にも、

それぞれに適したどのような教室活動実践が考えられるか、検討してほしい。また、

漢字学習の環境の上で、韓国学校の学習者の持つ特質が、一般の韓国語母語話者とど う異なるのかを明確にした上で、後者の漢字誤表記指導についても「気づき」の視点 から見た問題点を把握し、それに適した教室活動を検討してもらいたい。

以 上

参照

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