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微視結晶組織を制御した金属ナノ構造とその表面プラズモンの光学特性に関する研究-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

「香川大学審査学位論文」

微視結晶組織を制御した金属ナノ構造と

その表面プラズモンの光学特性に関する研究

平成

29 年 3 月

工学研究科 材料創造工学専攻

森 智 博

(2)

i

目 次

1 章 序 論 ··· 1

1.1 研究背景 ··· 1 1.2 研究目的 ··· 3 1.3 本論文の構成と概要 ··· 3

2 章 基本原理··· 4

2.1 緒 言 ··· 4 2.2 表面プラズモン共鳴 ··· 4 2.3 有限差分時間領域(FDTD)法··· 6 2.3.1 離散型マクスウェル方程式の導出 ··· 6 2.3.2 吸収境界条件(PML)の設定方法 ··· 8 2.3.3 Ag 誘電率の表現方法 ··· 11 2.3.4 FDTD 法を用いた Ag ナノ構造の解析法 ··· 12 2.4 金属薄膜成長技術 ··· 14 2.4.1 スパッタリング法 ··· 14 2.4.2 Thornton のゾーンモデル ··· 17 2.4.3 エピタキシャル成長 ··· 18 2.5 集束イオンビーム(FIB)加工法 ··· 19 2.6 結 言 ··· 21

3 章 Ag ナノプリズムの光学特性評価 ··· 22

3.1 緒 言 ··· 22 3.2 シミュレーションに用いた Ag ナノプリズムモデル ··· 23 3.3 Ag ナノプリズムのエッジ形状依存特性 ··· 24

(3)

ii 3.4 二量体 Ag ナノプリズム構造のギャップ間距離依存特性 ··· 26 3.5 エッジ形状とギャップ間距離が LSP 特性に及ぼす影響 ··· 28 3.6 結 言 ··· 32

4 章 結晶粒成長を利用した単結晶 Ag ナノ構造の作製と評価 ··· 33

4.1 緒 言 ··· 33 4.2 実験方法 ··· 34 4.2.1 作製方法 ··· 34 4.2.2 電子線後方散乱回折(EBSD)法 ··· 35 4.2.3 粒径分布解析手法 ··· 37 4.2.4 散乱光測定方法 ··· 38 4.3 基板温度と結晶粒径の関連性 ··· 39 4.4 成長結晶粒の断面構造に関する考察 ··· 44 4.5 膜厚と結晶粒径の関連性 ··· 46 4.6 成膜速度と結晶粒径の関連性 ··· 49 4.7 FIB による単結晶 Ag ナノピラー構造の作製と評価 ··· 51 4.7.1 単結晶 Ag ナノピラー構造の結晶性評価 ··· 51 4.7.2 暗視野共焦点光学系による光学特性評価と共鳴波長の考察 ··· 52 4.8 走査型 He イオン顕微鏡(SHIM)による単結晶ナノ構造の検討 ··· 54 4.9 結 言 ··· 57

5 章 ヘテロエピタキシャル成長を利用した

単結晶 Ag ナノアレイ構造の作製と評価 ··· 59

5.1 緒 言 ··· 59 5.2 実験方法 ··· 60 5.2.1 作製方法 ··· 60 5.2.2 原子間力顕微鏡(AFM) ··· 61 5.2.3 X 線回折(XRD)法 ··· 62 5.2.4 ラマン分光法 ··· 63

(4)

iii 5.2.5 表面増強ラマン散乱(SERS) ··· 64 5.3 単結晶 Ag 薄膜の物性評価 ··· 65 5.3.1 単結晶 Ag 薄膜の成長機構と構造欠陥の考察 ··· 65 5.3.2 基板結晶方位と薄膜結晶方位の関係性 ··· 67 5.4 SiO2基板上の単結晶Ag ナノアレイ構造の光学特性評価 ··· 70 5.4.1 多結晶 Ag 薄膜と単結晶 Ag 薄膜に対する FIB 加工性の確認 ··· 70 5.4.2 Ag ナノアレイ構造の光学特性評価と光学顕微鏡観察 ··· 71 5.4.3 SERS 用基板としての性能検討 ··· 73 5.5 PET フィルム上の単結晶 Ag ナノアレイ構造の光学特性評価 ··· 74 5.5.1 FIB による単結晶 Ag ナノアレイ構造の加工結果 ··· 74 5.5.2 基板屈折率が LSP 特性に及ぼす影響 ··· 75 5.6 単結晶 Ag 薄膜の耐久性評価 ··· 76 5.7 FDTD 法を用いた Ag ナノアレイ構造の光学特性評価 ··· 77 5.7.1 シミュレーションに用いた Ag ナノアレイモデル ··· 77 5.7.2 Ag ナノアレイ構造の反射光特性 ··· 78 5.7.3 構造精度と基板への加工が LSP 特性に及ぼす影響 ··· 82 5.8 結 言 ··· 84

6 章 総 括 ··· 86

付 録 ··· 89 引用・参考文献 ··· 92 謝 辞 ··· 95 研究業績 ··· 97

(5)

- 1 -

1 章 序 論

1.1 研究背景

近年、光・電子デバイスのさらなる小型化や高効率化のために、光と物質の相互作用 に着目した光の有効利用に関する研究が盛んに進められている。例えば、光の波長に比 べて小さな金属ナノ微粒子に、ある特定の光を照射すると、光の振動電界に伴い、金属 ナノ微粒子内の自由電子の集団振動が誘起される。その結果、金属表面に電荷の疎密波 が形成され、金属ナノ微粒子表面に局所的な電界が生じ、近接場光が金属表面近傍に局 在する。これら一連の現象を表面プラズモン共鳴といい、回折限界以下の領域で光を取 り扱うことができる。表面プラズモンの共鳴波長やその電場増強は、材料やサイズ、形 状、周囲の屈折率に大きく依存するため、それぞれの条件に適した光素子や高感度セン サ、太陽電池などへの応用研究が活発に行われている[1]。その中でも形状が電場増強に 及ぼす影響は大きく、球や円柱よりもロッドやプリズムなどのエッジを持つ構造の方が、 エッジ部への電荷集中によって、電場増強が大きくなると報告されている[2, 3]。このた め、実際に作製することを想定した構造で、強い増強電場を有する最適な形状の設計が 求められている。 一方で、表面プラズモン共鳴において、金属の相互作用が非常に強いことは、同時に 光学的損失(吸収による内部損失や放射損失)も大きいことを意味しており、これが表 面プラズモンのフォトニクス応用への大きな障害となっている。例えば、光導波路にお ける伝搬距離やセンサの感度、太陽電池の光電変換効率に大きな影響を及ぼす。このよ うな光損失の具体的な要因は、可視光領域にあるバンド間遷移と自由電子の振動が金属 内の格子欠陥や結晶粒界によって妨げられることにある[4]。前者のバンド間遷移は、金 属の電子構造に起因するため、低減させることは難しい。しかし、後者の光損失は、内 部欠陥の少ない単結晶金属を用いることで低減できる[5, 6]。このことから、使用する金 属材料の結晶性を制御し、材料の内部からの抜本的な改善が必要と言える。 その他にも、金属ナノ構造体を保持する基板は、応用用途を考える上で重要な要素と して挙げられる。例えば、光導波路やセンサ用途に用いる基板は、小型化に対応するた め、可視光領域の利用から光吸収のない高い透過特性が求められる。また、今後のウェ アラブルデバイスの発展に呼応するためには、耐久性を始め、フレキシブル性や伸縮性、 生体適合性など、これまで以上に用いる基板の自由度が求められる。

(6)

- 2 - これらの観点から、表面プラズモンを扱うプラズモニクス分野の発展には、以下の3 点を留意した材料開発を進めなければならない。 ① 実験系に即した強い増強電場を有する最適な構造の模索 ② 光学性能の向上を目指した単結晶金属の積極利用 ③ 様々なアプリケーションに対応するための基板の自由度拡大 光学性能を左右する金属ナノ構造の作製には、大きく分けて2 種類のアプローチがあ る。1 つは、化学合成によるボトムアップ製法で、一般的には溶液中での金属イオンの 還元により合成される。還元法の最大な利点は量産性にあり、還元試薬や電気、光など が用いられ、還元量の操作によって、粒子径やアスペクト比などを制御できる。この他 にも、結晶性を制御したケースも報告されており、今日、様々な形状の単結晶金属が作 製されている[7-9]。しかしながら、いずれの場合にもおいても、生成物は溶液中に存在 するため、粒子の凝集は避けられない。このような凝集を防ぐ方法の1 つに、保護剤が よく用いられるが、保護剤で粒子表面を覆うと、官能基の表面付与が困難となり、表面 近傍の反応である表面プラズモン共鳴にも影響を与えてしまう。さらに、ボトムアップ 製法をオンチップデバイスとして用いる場合、粒子を基板上へ規則的に配列し、固定す ることが必須となり、位置制御が非常に難しい。 もう一つのアプローチであるトップダウン製法では、蒸着法やスパッタリング法によ り、基板上へ成膜した金属薄膜を用い、目的の構造を任意の位置に高精細に作製し、同 時に高精度な配列を実現できる。近年の微細加工技術の発展によって、金属ナノ構造の 作製方法として期待されている。このようなトップダウン製法には、電子線リソグラフ

ィ(Electron beam lithography: EBL)によるリフトオフ法[10]、ポリスチレン微粒子

を使ったコロイドリソグラフィー法[11]、集束イオンビーム(Focused ion beam: FIB)

を用い、微細パターンを金属薄膜に直接加工する FIB 法[12]などがある。リフトオフ法 は、トップダウン製法で最も高精度に大面積な微細構造が得られる手法であるが、作製 工程数は多く、金属の結晶性を考慮したナノ構造の作製には至っていない。その点、 FIB 法での作製工程数は少なく、単結晶薄膜内へ任意構造を直接加工できる唯一の作製 方法である。近年、化学的手法で合成した面積100 m2の薄片状単結晶Au 微粒子内に FIB で構造を加工する化学/物理ハイブリッド製法も報告されている。しかしながら、 既述したように、化学的手法における微粒子の凝集は解決されていない[13] FIB 法の特徴を活かすために、単結晶金属薄膜を成膜する方法として、単結晶基板上 へ異なる単結晶薄膜を直接成長させるエピタキシャル成長がある。例えば、プラズモニ クスでよく利用されるAg や Au は、Si、MgO、mica、アルカリハライドなどの結晶性 基板上でヘテロエピタキシャル成長する[14-16]。しかしながら、これらはいずれの例にお いても基板選択および成膜材料の制限を受ける。基板の自由度を考えた場合、透明な非

(7)

- 3 - 晶質基板への単結晶薄膜の直接成膜は非常に難しく、単結晶金属ナノ構造の有効な作製 法も報告されていない。このことから、任意基板上の単結晶金属ナノ構造を作製する本 研究の意義は非常に大きく、成功したときの波及効果は大いに期待できる。

1.2 研究目的

上述の研究背景、課題を解決し、①強い増強電場を有する最適な構造、②光学性能の 向上を目指した単結晶金属、③基板の自由度拡大、を満足するために、本研究の目的は 以下のように設定した。 『表面プラズモン共鳴を効率良く発生させるために、金属ナノ構造の形状と結晶性を制 御し、任意の基板上での単結晶ナノ構造の作製法の確立とその光物性を明らかにする』 最適な金属ナノ構造の形状は、有限差分時間領域(FDTD)法を用いて解析した。そ して、結晶性を制御した金属薄膜には、スパッタリング法を用いて、SiO2基板上での Ag 結晶粒成長および NaCl(001)基板上での Ag ヘテロエピタキシャル成長を利用した 薄膜形成法をそれぞれ検討した。最後に、透明な非晶質基板上のAg 薄膜内に、FIB を 用いて金属ナノ構造を作製し、光学特性評価を試みた。

1.3 本論文の構成と概要

本論文は、6 章構成としており、第 1 章で序論、第 2 章で基本原理、第 3~5 章で研究 結果を述べ、6 章が総括となる。第 3 章では、単量体や二量体構造の強い増強電場を持 つ最適な構造(形状)を見出すために、FDTD 法を用い、エッジ構造の形状と電界強度 の相関関係について検討した。第4 章では、SiO2基板上へのAg 結晶粒成長のメカニズ ム解明と、成長した単結晶粒内にFIB で加工した単結晶ナノ構造について評価を行い、 単結晶構造の有用性を検討した。第5 章では、NaCl(001)基板上における Ag ヘテロエ ピタキシャル成長と任意基板への薄膜転写技術による、単結晶領域の大面積化と使用基 板の自由度拡大について検討した。

(8)

- 4 -

2 章 基本原理

2.1 緒 言

本章では、本研究全般に共通する基本原理として、表面プラズモン共鳴、有限差分時 間領域法、金属薄膜成長技術、集束イオンビーム加工法について述べる。

2.2 表面プラズモン共鳴

表面プラズモン(Surface Plasmon: SP)共鳴は、金属表面に局在した電子の集団振 動と光の電磁界が結合したモードであり、金属表面に垂直方向に光が局在した状態が生 じる。これらは、自由電子の密度の高い金属や半導体で発生し、特に金属中の自由電子 によるSP は、電場増強と閉じ込め効果(光局在)の特性を有している。SP はその形 態により、伝搬型と局在型に分けられる[1]。通常、バルク金属での電子密度波は縦波で あるため、横波の電磁波と結合できない。伝搬型SP の場合、表面での境界条件を満た すような表面波(周波数と波数の分散関係を周りの媒質の誘電率や入射角によって制御) を用いて、金属表面あるいは金属誘電体界面や金属形状(エッジや溝)に沿って伝搬す る。伝搬距離は、数十~数百m 程度であるため、光ファイバーのような通信用途の長 距離伝搬デバイスには向かないが、ナノスケールの光回路であれば、十分な伝搬距離だ と言える[2] 一方、本研究で主に取り扱う局在型のSP、すなわち局在表面プラズモン(Localized Surface Plasmon:LSP)共鳴は、常に光と結合することができ、伝搬型 SP と大きく 性質が異なる。金属の誘電率が共鳴条件を満たすとき、入射光による金属ナノ構造への 誘起分極は非常に大きく、共鳴状態を生じる。この分極は、光の周波数で振動するため、 無限遠の距離まで届く伝搬光を放射する。これに加えて、金属ナノ構造近傍のみに存在 する強い近接場光を発生する。SP による電磁場は、伝搬型においては界面から波長程 度の範囲内、局在型においては界面から粒子径程度の範囲内のそれぞれの空間に局在す る[3] LSP 共鳴について、最も単純な構造である球形状の金属微粒子(球形状)について

(9)

- 5 - 具体的にみる[3-5]。図 2.1 に示すように、光の波(電場の波)の空間的な変化は、微粒 子のスケールで見ると無視できるようになり、微粒子にとっては波というよりも、時間 的に変化する一様な電場が作用していると考えられる。 外部電場の振動によって、金属ナノ微粒子内の自由電子の集団振動が誘起され、電気 的な分極を引き起こすことから金属表面に電荷の疎密波を形成する。その結果、金属ナ ノ微粒子表面に局所的な電界が生じ、近接場光が金属表面近傍に局在する。金属微粒子 を𝜀𝑚の誘電関数、周りの媒質を𝜀𝑎の誘電率とすると、外部電場の作用から分極するとき、 表面電荷の発生に伴い反電場𝑬が生じる。反電場𝑬は、正から負の表面電荷の方向を向 くので、電子の変位を押し戻す力が生じることになる。これが微粒子内での表面プラズ モンの振動数を決める大きな要因となる。実際に反電場𝑬も考慮すると、微粒子内部に 誘起される電気双極子𝑷は、式(2-1)で表される。また、分極率𝛼は、式(2-2)のようにな る。 

𝑷 = 𝜀

𝑎

𝛼𝑬

𝛼 = 4π𝑟

3

𝜀

𝑚

− 𝜀

𝑎

𝜀

𝑚

+ 2𝜀

𝑎  ここで、球状微粒子の半径は𝑟、反電場係数Lは1/3 である(微粒子の体積Vを反電場 係数Lで割ることから4π𝑟3が導き出される)。金属の誘電関数𝜀 𝑚は、周波数に依存して いるため、微粒子内の分極は入射する光の波長によって変化する。ここでは、𝜀𝑚を実 数とするが、現実の金属の誘電関数は損失を表す虚数部をもつので、完全に分母が0 に なることはない。しかし、式(2-3)が満たされる場合に限り、大きな分極が微粒子内に誘 起される。

𝜀

𝑎

= −2𝜀

𝑚 (2-2) 図2.1 金属微粒子の分極と反分極場 (2-1) (2-3)

(10)

- 6 - これがLSP の共鳴状態に対応しており、分極率の大きさに寄与する金属の誘電関数の 虚数部(損失)をいかに小さくできるかが、LSP 特性にとっての重要な点となる。 微粒子による散乱を特徴付ける指標として、散乱断面積𝐶𝑠𝑐𝑎がよく用いられる。散乱断 面積とは、散乱光の全パワーと等しくなる入射平面波の断面積をいう。微粒子からの全 放射(散乱光)強度を単位面積あたりの強度密度で割り算して得られる。周辺媒質中で の光の波数𝑘とすると、レイリー近似によって散乱断面積𝐶𝑠𝑐𝑎は以下のように示される。

𝐶

𝑠𝑐𝑎

=

𝑘

4

6𝜋

|𝛼|

2 式(2-4)より、分極率𝛼が求まれば、散乱断面積𝐶𝑠𝑐𝑎は容易に計算ができ、分極率𝛼が LSP 特性に大きく影響することが分かる。また、微粒子の金属を理想金属すなわち Drude モデルで表現できると仮定し、表面プラズモン共鳴波長λ𝐿𝑆𝑃を求めると、次式のように なる[5, 6]。

λ

𝐿𝑆𝑃

=

2𝜋𝑣√1 + 2𝑛

𝑎 2

𝜀

0

𝜔

𝑝

ここで、𝑣は金属中の光速すなわち位相速度、𝑛𝑎は周りの媒質の屈折率、𝜀0は真空中の 誘電率、𝜔𝑝は金属のプラズマ周波数で金属種固有の値である。式(2-5)より、周りの媒 質の屈折率が変わることで、共鳴波長も敏感に反応することが容易に理解できる。

2.3 有限差分時間領域(FDTD)法

2.3.1

離散型マクスウェル方程式の導出

有限差分時間領域(Finite Difference Time Domain Method: FDTD)法は、解析空 間を立体メッシュで埋め尽くし、離散化したマクスウェル方程式について、リープフロ ッグアルゴリズムを用いて時間的に電磁界情報を更新することで、時間応答を得る手法 である[7, 8]。複数の数値解析法が存在する中、FDTD 法は簡単なアルゴリズムで複雑な 構造を表現できることから、比較的容易に数値解析ができ、優れた解析精度を持ってい る。FDTD 法は、1966 年に開発した K. S. Yee に因んだ Yee メッシュを用い、マクス ウェル方程式を離散化した式で計算される。媒質内を伝搬する光の電磁場は、以下のマ (2-4) (2-5)

(11)

- 7 - クスウェル方程式で表される。

∇×𝑬 = −𝜇

𝜕𝑯

𝜕𝑡

∇×𝑯 = 𝜀

𝜕𝑬

𝜕𝑡

ただし、𝑬[V/m]は電界、𝑯[A/m]は磁界、𝜇は透磁率、𝜀は誘電率を示す。x、y、zの3次

元直交座標空間においてx方向にx、y方向にy、z方向にzの間隔で区切ったYeeメッ

シュを導入し、解析対象を3次元的に細分化する。そのYeeメッシュの一単位を図2.2に 示す。 網目の辺の中心に電界成分を、また面の中心に磁界成分をそれぞれ配置している。図 2.2のような配置をとることにより、マクスウェル方程式を式(2-8)、式(2-9)のように中 心差分近似することができる。tは差分を行う際に選択する微小時間である。ここでは、 𝐸𝑥成分と𝐻𝑥成分だけを記述したが、その他の成分においても同様に与えられる。 (2-6) (2-7) 図2.2 Yee メッシュの概念図

x

y

z

E

y

E

y

E

x

E

x

E

x

E

x

H

z

H

z

H

y

H

y

E

z

E

z

E

z

E

z

H

x

H

x

E

y

E

y

(12)

- 8 -

𝐸

𝑥𝑛+1

(𝑖 −

1

2

, 𝑗, 𝑘) = 𝐸

𝑥 𝑛

(𝑖 −

1

2

, 𝑗, 𝑘)

+

𝛿𝑡

𝜀

0

𝛿

[{𝐻

𝑧 𝑛+12

(𝑖 −

1

2

, 𝑗 +

1

2

, 𝑘) − 𝐻

𝑧 𝑛−12

(𝑖 −

1

2

, 𝑗 +

1

2

, 𝑘 + 1)}

− {𝐻

𝑦𝑛+ 1 2

(𝑖 −

1

2

, 𝑗, 𝑘 −

1

2

) − 𝐻

𝑦 𝑛−12

(𝑖 −

1

2

, 𝑗, 𝑘 +

1

2

)}]

𝐻

𝑥𝑛+ 1 2

(𝑖, 𝑗 +

1

2

, 𝑘 +

1

2

) = 𝐻

𝑥 𝑛−12

(𝑖, 𝑗 +

1

2

, 𝑘 +

1

2

)

𝛿𝑡

𝜇𝛿

[{𝐸

𝑧 𝑛

(𝑖, 𝑗 + 1, 𝑘 +

1

2

) − 𝐸

𝑧 𝑛

(𝑖, 𝑗, 𝑘 +

1

2

)}

+ {𝐸

𝑦𝑛

(𝑖, 𝑗 +

1

2

, 𝑘) − 𝐸

𝑦 𝑛

(𝑖, 𝑗 +

1

2

, 𝑘 + 1)}]

2.3.2 吸収境界条件(PML)の設定方法

解析を有限な大きさで打ち切るためには、解析空間の大きさを決め、外部との境界条 件を定めなくてはならない。解析空間は大きいほど正確な結果を得ることができる反面、 メモリと解析時間の制約を受ける。このため、適当な大きさで解析を打ち切ることが大 切となる。一般的には、対象となる物体から共振周波数の半波長の距離で解析を打ち切 る。場合によって、実際にもっと広く解析空間をとる場合もある。特に、誘電体材料を 含むアンテナを解析する時は、解析空間が十分に取らないと、収束せず発散する。解析 空間を変えると解析条件が異なるため、最適化には、解析空間を一定に保つ必要がある。 一般的な境界条件では、式(2-8)に𝜀が与えられていることから、境界条件を自動的に組 み込みながらマクスウェル方程式を解くことができる。しかし、電界が境界に接する場 合は、誘電率をどのように設定するべきか分からない。そこで、図2.3に示したような 境界において、アンペアの法則を適用する。アンペアの法則は、

∬𝜀𝑬

𝑠

∙ 𝑑𝑺 = ∮𝑯 ∙

𝒍

𝑑𝒍

(2-8) (2-9) (2-10)

(13)

- 9 - であるから、図2.3に適用すると、次のようになる。

∆𝑥

2

∆𝑦

2

𝜀

1

𝐸

𝑧

+

∆𝑥

2

∆𝑦

2

𝜀

2

𝐸

𝑧

+

∆𝑥

2

∆𝑦

2

𝜀

3

𝐸

𝑧

+

∆𝑥

2

∆𝑦

2

𝜀

4

𝐸

𝑧

= ∮𝑯 ∙

𝒍

𝑑𝒍

式(2-11)を変形すると、

∆𝑥∆𝑦 (

𝜀1+𝜀2+𝜀3+𝜀4 4

) 𝐸

𝑧

= ∮ 𝑯 ∙

𝒍

𝑑𝒍

となり、𝐸𝑧に掛ける誘電率は(𝜀1+ 𝜀2+ 𝜀3+ 𝜀4⁄ )とすればよい。一般的には、次式のよ4 うに表せる。

𝜀

𝑥

(𝑖, 𝑗, 𝑘) =

𝜀(𝑖, 𝑗, 𝑘) + 𝜀(𝑖, 𝑗, 𝑘 − 1) + 𝜀(𝑖, 𝑗 − 1, 𝑘) + 𝜀(𝑖, 𝑗 − 1, 𝑘 − 1)

4

𝜀

𝑦

(𝑖, 𝑗, 𝑘) =

𝜀(𝑖, 𝑗, 𝑘) + 𝜀(𝑖 − 1, 𝑗, 𝑘) + 𝜀(𝑖, 𝑗, 𝑘 − 1) + 𝜀(𝑖 − 1, 𝑗, 𝑘 − 1)

4

𝜀

𝑧

(𝑖, 𝑗, 𝑘) =

𝜀(𝑖, 𝑗, 𝑘) + 𝜀(𝑖 − 1, 𝑗, 𝑘) + 𝜀(𝑖, 𝑗 − 1, 𝑘) + 𝜀(𝑖 − 1, 𝑗 − 1, 𝑘)

4

(2-13) (2-14) (2-15) (2-11) (2-12) 図2.3 アンペアの法則

y

z

x

Hy Hx Hy Hx Ez

(14)

- 10 -

計算機のメモリは有限であるため、取り扱えるFDTDの計算構造も有限となる。その ため、計算構造の終端部分において何らかの処置を取らなければ、計算構造の終端部分 に達した光が反射することになり本来知りたい情報以外の不具合が生じる。そこで、計 算構造の終端部分には、到達した光を吸収する吸収境界条件を用いる。吸収境界条件に は、Murの吸収境界条件(Perfectly matched layer: PML)[7, 9]やBerengerのPML [7, 10]

が良く用いられるが、本研究では光吸収効果の点からBerengerのPMLを採用した。 図2.4のように、真空中から平面波がPML媒質に垂直に入射する場合を考える。真空 中の波動インピーダンス𝑍0とPML媒質中の波動インピーダンス𝑍は、式(2-16)、式(2-17) で与えられる。

𝑍

0

= √

𝜇

0

𝜀

0

𝑍 = √

𝜇 +

𝜎

𝑗𝜔

𝜀 +

𝑗𝜔

𝜎

ただし、𝜇0は真空の透磁率、𝜀0は真空の誘電率、𝜇はPML媒質の透磁率、𝜀はPML媒質 の誘電率、𝜔は入射波の角周波数である。また𝜎は導電率であり、𝜎∗はPML媒質を表現 する上で必要な導磁率である。インピーダンスマッチング条件𝑍0= 𝑍、すなわち、 (2-16) (2-17) 図2.4 PML 媒質構造

(15)

- 11 -

𝜎

𝜀

0

=

𝜎

𝜇

0 式(2-18)を満たせば、周波数に関係なく反射係数は0になり、電磁波は反射なしで媒質 へ浸透する。PML媒質は、真空中の波動ピーダンス𝑍0とPML媒質中の波動ピーダンス𝑍 が等しくなるようにした架空の媒質であり、PML媒質内の𝜎、𝜎∗を大きく設定すること で電磁波をすぐに減衰させることができる。ただし、急激に𝜎、𝜎∗を大きくすると不要 な反射が発生する危険性があるので、徐々にそれらの値を大きくしていく必要がある。 そこで、図2.4、及び、式(2-19)、式(2-20)のように空間メッシュ毎に導電率と導磁率 を大きくする。ここで、LはPML媒質層の総数、𝜎𝑚𝑎𝑥は最外壁での導電率、Mは導電率 の分布を与える次数である。

𝜎

𝑥

= 𝜎

𝑚𝑎𝑥

[

𝐿∆𝑥 − 𝑥

𝐿∆𝑥

]

𝑀

𝜎

𝑥

=

𝜇

0

𝜀

0

𝜎

𝑥

2.3.3 Ag誘電率の表現方法

金属の比誘電率は複素数をとるため、通常のFDTD法では、時間微分を実行する際の 解が不安定になる。そのため、FDTD法で複素誘電率を持つ材料を解析する場合、マク スウェル方程式を離散化する前に、複素誘電率に起因する周波数情報を時間領域の情報 に変換してから、マクスウェル方程式を離散化する必要がある。FDTD法でAgナノ構造 を解析する場合、Agの誘電率を式(2-21)に示すDrudeモデル、もしくは式(2-22)に示す Lorentzモデルと合わせたDrude-Lorentzモデルで表現する。

𝜀(𝜔) = 1.0 +

𝜔

𝑝 2

𝜔(𝑗𝜈

𝑐

− 𝜔)

𝜀(𝜔) = 𝜀

+

(𝜀

𝑠

− 𝜀

)𝜔

0 2

𝜔

02

+ 2𝑗𝜔𝛿 − 𝜔

2 (2-20) (2-19) 𝜔𝑝:プラズマ角周波数 𝜈𝑐:衝突周波数 (2-21) 𝜀∞:周波数が高い電界に対する比誘電率 𝜀𝑠:静電界に対する比誘電率 𝜔0:共振周波数 𝛿:減衰定数 (2-22) (2-18)

(16)

- 12 - 次に、実験的に求まっているプラズマ周波数や衝突周波数を採用し、誘電率の広域を Drudeモデルで表現し、さらに300 nm付近にあるバンド間遷移による急激な誘電率の 変化部分をLorentzモデルで表現することで、Agの誘電率をより正しく表現する。図 2.5(a)(b)に、実験的に求められた場合とDrude-Lorentzモデルで表現した場合のAgの誘 電率を示す[11]。図2.5(b)では、Lorentz項を1つのみの取り扱いのため、300 nmの誘電 率変化が不自然であるが、Lorentz項を5つ程度取り扱えば、Agの誘電率を広い波長域 でも実験値を再現することができる[12]

2.3.4 FDTD 法を用いた Ag ナノ構造の解析法

構造の近接場における光学特性評価には、電界強度増倍度の波長依存性と平均化した 光強度分布図を用いる。解析対象となるAgナノ構造に、半値幅4 fsのパルス光を、ボッ クスビーム形状で入射する。構造に近接する観測点において、Agナノプリズム表面の 電界強度の時間変化を記録して、解析終了後にそれぞれ離散フーリエ変換(Discrete Fourier Transform:DFT)を行い、電界強度の周波数特性に変換する。観測点におけ る電界強度増倍度を評価するため、Agナノ構造がない場合に対して同様な処理を行い、 構造の有無で規格化する。 規格化したスペクトルのピークからLSP共鳴波長を決定する。その共鳴波長に対する CW光(パルス光と同様にボックスビームの形状)を入射することで、定常状態におけ る光強度分布図(電界強度の2乗である光強度を時間変化におって記録したもの、場合 によっては電界強度分布図で評価する)が得られる。ここで、電界は振幅をしているの で、時間ステップ数の違いによって光強度分布図にも違いが生じる。これを解決するた 図2.5 Ag 誘電率 (a)実験値、(b) Drude-Lorentz モデル

(17)

- 13 - めに、図2.6のように光強度分布図の振幅の違いによる分布図の差(強弱の差)を平均 化することにより、相対的に光強度分布図を評価できる。上記に示した電界強度の波長 依存性を併せて評価することで、より有用な考察が可能になる。 構造の遠方場における光学特性評価には、任意平面を通過する光の電磁界成分につい て時間的な積算をする。任意平面を通過する任意角度に伝播する光だけを抜き出し得ら れた解を遠方界と呼ぶ[7]。ただし、任意方向の遠方界を時間積算により解析しているた め、計算機のメモリを必要とし、また計算時間が長くなる。そのため、計算機に搭載さ れたメモリ量と計算機の計算処理能力を考慮して、解析平面と任意角度を持った遠方界 を選択しなければならない。図2.7のように散乱体を囲むように閉曲面Sをとり、S上の 等価電磁流を式(2-23)、式(2-24)で表すと、遠方界における電磁界は、式(2-25)、式(2-26) で与えられる。

𝑱

𝑠

= 𝑛̂×𝑯

𝑴

𝑠

= 𝑬×𝑛̂

𝐸

𝜃

(𝜔) =

𝑗𝑘

0

4𝜋

𝑒

−𝑗𝑘0𝑅

𝑅

(−𝑍

0

𝑁

𝜃

− 𝐿

)

𝐸

(𝜔) =

𝑗𝑘

0

4𝜋

𝑒

−𝑗𝑘0𝑅

𝑅

(−𝑍

0

𝑁

− 𝐿

𝜃

)

Ave. of 0~10000 step (2-24) Ave. of 10000~20000 step Ave. of 20000~30000 step Ave. of 30000~40000 step Ave. of 40000~50000 step Ave. of 50000~60000 step 0 1000 |E2| 図2.6 平均化した光強度分布図の例 (10000 step(1 step = 5.77750×10-19 s)ごとに平均化) (2-25) (2-26) (2-23)

(18)

- 14 - ただし、

𝑵(𝜔) = ∫𝑱

𝒔

(𝜔, 𝑹

) exp(𝑗𝑘

0

𝑅̂ ∙ 𝑹

) 𝑑𝑆

′ 𝑆

𝑳(𝜔) = ∫𝑴

𝒔

(𝜔, 𝑹

) exp(𝑗𝑘

0

𝑅̂ ∙ 𝑹

) 𝑑𝑆

′ 𝑆 である。 式(2-27)、式(2-28)をFDTDの形式にするためには、まず閉空間Sを定義する必要がある。 閉空間は任意に取ることができるので、計算をしやすいように直方体の表面にして、セ ルの表面に設定する。この閉空間Sの表面における電磁界成分に対する等価電流・磁流 密度を求めてから、式(2-25)、式(2-26)より遠方界の放射強度を算出する。

2.4 金属薄膜成長技術

2.4.1 スパッタリング法

スパッタリング法による金属薄膜は、Ar などの希ガスのプラズマ生成をトリガとし て、その後の高エネルギー希ガスイオンの衝突、ターゲット原子の放出、放出原子の輸 送、輸送原子の堆積という過程を経て形成される。スパッタリングを用いた薄膜作製の 特徴は以下の通りである[13] 図2.7 遠方界の概念図 (2-27) (2-28)

(19)

- 15 - ① 真空蒸着法やCVD 法に比べると、高エネルギー粒子が基板に照射されるため、 基板との付着力が大きく、緻密な高密度薄膜が作製可能 ② 熱蒸着では困難な高融点材料での容易に薄膜化が可能 ③ 固体ターゲットがあれば、CVD 法などでは必須の原料ガス化過程が不要 ④ 大面積化が容易で、各種金属薄膜や光学薄膜の量産に適している ⑤ 数nm から数m まで、広いダイナミックレンジで膜厚制御が可能 本研究では、高周波(Radio-frequency: RF)マグネトロンスパッタリング法を採用 した。RF スパッタリング法は、高周波電源を用いて、高周波電力をターゲットに印加 し、スパッタリングする。放電プラズマは、ターゲットを電極とする容量結合により形 成する。マッチング回路およびコンデンサを介して電極であるターゲット表面の電位の 周期的変動によりプラズマを発生させる。RF スパッタリング法により作製された薄膜 は、直流スパッタリング法に比べてスパッタされた粒子のイオン化率が高くなるという 特徴がある。その結果として、基板に輸送されるエネルギーが大きくなる。しかしなが ら、入射フラックス中のイオン分率は数%から 10%程度と見積もられており、薄膜構造 を積極的に制御するには至らない[13]。スパッタリング法の欠点として、膜の析出速度が 真空蒸着よりも1 桁程度小さいという点があったが、これを改良したのがマグネトロン スパッタリング法で、今日最も多く使われている技術である。図2.8 のように、ターゲ ットの裏面に磁石を装着して、ターゲット表面中心から周辺に至る平行な漏洩磁界を発 生させる。この場合、ターゲット表面からたたき出された二次電子は、ローレンツ力に よって、E ×B方向に閉じた軌跡を描いてドリフト運動をする[13] 磁場の影響で電子の寿命が長くなり、低い圧力でも大電流密度放電が可能になり、ス パッタリング速度を大きくすることができる。したがって、比較的低い圧力(0.1 Pa) かつ低電圧(500 V)で、大電流密度(10~100 mA/cm2)の放電が可能であり、薄膜の 堆積速度は0.5~5 m/min と大きくすることができる[14]。しかし、この方法はターゲッ 図2.8 平板マグネトロン方式

Magnet

Magnetic field B

E

×

B drift

Sputtering region

(20)

- 16 - ト表面に平行な磁界成分の得られるところだけしかスパッタされないので、ターゲット 利用率が20~30%程度と悪い。 本研究で用いたRF スパッタリング装置は、ARIOS 製小型 3 源スパッタリング装置 で、図2.9 のように、マグネトロンカソードを 3 基搭載した装置となる。上下機構付き の基板加熱機構が付随しており、基板温度500ºC(±5ºC で制御可能)まで、昇温が可 能である。RF 電源の出力範囲は 5~100 W 可変式で、到達真空度は 1.0×10-4 Pa まで 可能である。 Heating system Chamber 1.0×10-4Pa MFC (50 sccm) Ar Capacitance gauge (F. S.:13.3 Pa) VSW Full-range gauge (5×10-7Pa ~ air) L-valve TMP 67L/s DP 15L/min N2 PV3 Conductance valve Stage M-Box M-Box M-Box RF RF RF Water-cooled chiller Viewport Shutter 図2.9 ARIOS 製小型 3 源スパッタリング装置

(21)

- 17 -

2.4.2 Thornton のゾーンモデル

スパッタリングにおける薄膜堆積において、薄膜・基板間の相互作用の影響は大きい。 基板の表面自由エネルギーを𝛾𝑠、薄膜物質の表面自由エネルギーを𝛾𝑓、薄膜・基板間の 界面自由エネルギーを𝛾𝑓𝑠とすると、基板にスパッタ原子が付着したときに、表面と界 面自由エネルギーの総和が最も小さくなるように薄膜が成長する。本研究で扱う非晶質 基板は、表面が安定しており、くっつき難い。つまり、表面自由エネルギー𝛾𝑠が小さく、 その成長様式を決める指標は、マクロ的な表記を用いて、次式で表される。

𝛾

𝑠

< 𝛾

𝑓𝑠

+ 𝛾

𝑓 この成長様式は、3 次元核成長方式(Volmer-Waver モード)と呼ばれ、3 次元の島が 成長過程で観察されることから、島状成長とも呼ばれる。代表的な組み合わせでいうと、 NaCl、MgO、KCl、NaF、LiF、Mica、Glass、Polymer 上の Au、Ag、Pt などがあ る[13] Thornton は、スパッタ薄膜に対して、従来の構造ゾーンモデルにスパッタリング圧 力の影響を加えて拡張したゾーンモデルを提唱した(図2.10)。このモデルは、基板温 度Tsub.(膜材料の融点Tmで規格化)とスパッタリング圧力の2 軸で構成される。4 つ

のゾーンが含まれ、Zone 1、Zone T、Zone 2、Zone 3 と呼ばれる。

図2.10 Thornton の構造ゾーンモデル [15] Zone 1 Zone T Zone 2 Zone 3 Substrate temperature Tsub. / Tm Argon pressure ×10-3Torr (2-29)

(22)

- 18 -

Zone 1(Tsub./Tm < 0.2)は、スパッタリング圧力が高く、基板温度が低い領域で、入射

原子の表面拡散は小さく、微小柱状で空隙や孔が多い多孔性の膜が形成される。Zone T(0.2 < Tsub./Tm < 0.4)は、Zone 1 から Zone 2 への遷移領域にあたり、基本的に繊維状

の柱状構造であるが、粒界の問の隙間が埋まる。結晶粒も消滅したりするため、柱状構 造の曖昧な緻密な膜が形成される。Zone 2(Tsub./Tm > 0.4)は、自己拡散・表面拡散が盛 んになり、粒界の移動も可能になって結晶粒の大きな柱状構造になる。最後に、Zone 3(Tsub./Tm > 0.75)では、膜内部での拡散も寄与して再結晶化が起こり、方位の揃った結 晶粒からなる欠陥の少ない多結晶膜となる[15, 16]

2.4.3 エピタキシャル成長

単結晶の薄膜を得るには、一般的には単結晶基板上に薄膜を成膜し、基板の結晶性の 影響下で単結晶を作製する。多結晶基板や SiO2(ガラスや溶融石英)のような非晶質 基板の上に単結晶薄膜を成膜することは極めて困難である。基板結晶上に他の結晶が成 長する現象をエピタキシャル成長、できた薄膜をエピタキシャル薄膜という[17] エピタキシャル成長は、基板結晶とエピタキシャル膜の材料の組み合わせにから大き く2 つに分類される。1 つは、エピタキシャル膜を同じ材料からなる基板結晶上に成長 させるホモエピタキシャル成長である。もう1 つは、エピタキシャル膜を異なる材料の 基板結晶に成長させるヘテロエピタキシャル成長である。異なる性質を持つものを組み 合わせることで新たな機能を持たせる場合やエピタキシャル膜と同じ材料からなる基 板結晶が存在しない、もしくは調達しにくい場合に用いられる。このような異種結晶が 組み合わされた構造をヘテロ構造という[13] エピタキシャル成長の重要なパラメータの1 つにミスフィット(格子不整合度)があ る。格子定数が一致している状態を格子整合、そうでない状態を格子不整合という。エ ピタキシャル膜の結晶品質は、基板結晶とエピタキシャル膜とのミスフィットの影響が 大きく、ミスフィット𝑓は、エピタキシャル膜結晶の格子定数を𝑎𝑓、基板結晶の格子定 数を𝑎𝑠としたときに、次式で表される。

𝑓 =

𝑎

𝑓

− 𝑎

𝑠

𝑎

s

×100 [%]

式(2-30)において、場合によってはエピタキシャル膜と基板結晶の格子定数が逆に定義 されることもある。基板結晶とエピタキシャル膜の間にミスフィットが存在する場合、 基板結晶とエピタキシャル膜とで結晶格子を連続的に繋げようとすると、結果的に結晶 (2-30)

(23)

- 19 - に弾性歪みが生じることになる。エピタキシャル膜が厚くなると、次第に弾性応力が蓄 積され、ある限界を超える膜厚になると、これらの応力を緩和するために、ヘテロ構造 にミスフィット転位(積層欠陥)が導入される。一般的にミスフィットが約±15%以内 であることが好ましいといわれているが、本研究で扱うNaCl(001)上の Ag(001)などは、 𝑓 = -27%(NaCl の格子間隔は𝑎𝑠=5.628 Å、Ag の格子間隔は𝑎𝑓=4.0862 Å)と大きな ミスフィットがあるにも関わらず単結晶薄膜が形成する場合もある[17]。エピタキシャル 成長は、ミスフィットの指標だけでなく、エピタキシャル温度、成膜ガス圧力、基板の 汚染度、残留ガス、成膜速度、基板表面の欠陥、イオンの影響、膜厚なども考慮すべき である[17]

2.5 集束イオンビーム(FIB)加工法

集束イオンビーム(Focused Ion Beam: FIB)を使った加工法は、nm オーダーに絞 った高電流密度の超微細なイオンビームを金属薄膜に照射し、微細加工によって、目的

の金属ナノ構造を作製する方法である[18]。イオン源には、高周波放電型イオン源、電子

衝撃型イオン源、液体金属イオン源(Liquid Metal Ion Source: LMIS)、表面電離型イ オン源などがあるが、電子顕微鏡の試料作製で実用化されたガリウム(Ga)をイオン 源としたLMIS が代表的である。イオン源となる Ga を保持するリザーバを有した先端 径数m のタングステン針に強電界を印加することで、先端形状数十 nm の Ga の微小 突起が形成される。その結果、電界は微小突起先端に集中するため、突起からGa が電 界蒸発し、電界によって加速され、イオンビームが発生する。Ga は、融点 29.8˚C、融 点における蒸気圧が7×10-36 Pa と低いためにイオン源として用いられる(図 2.11)。 図2.11 FIB 装置のイオン光学系 Sample Extractor Condenser lens

Final focus lens Aperture Detector Suppressor Secondary Electron Stage LMIS

(24)

- 20 -

FIB 装置では、Ga イオンビームを試料に照射すると、表面付近の試料内電子が励起 され、二次電子が放出される。イオンビームを走査し、得られた二次電子を結像するこ とにより、試料表面を観察することができる。この像を走査イオン顕微鏡(Scanning Ion Microscope: SIM)像という。一般的な走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: SEM)像と違って、SIM 像では観察中のスパッタリングの影響を考慮しなければいけ ない。10 pA 程度のイオン電流であっても、観察倍率を上げると、実効的な電流密度が 高くなり、表面からスパッタリングが顕著になり、凹凸を発生させてしまう。表面の形 状を忠実に観察したい場合には、電流密度を小さくするとともに、素早い観察が必要で ある。SIM 像の特徴としては、①試料表面の情報が多い、②チャネリングコントラス トが生じやすく結晶粒を識別しやすい、③チャージアップの影響が少ない、などがあり、 SEM では得られない貴重な情報が得られる[18]。特に②に関しては、本論文第4 章にお いて、柱状単結晶粒を選択する際に、非常に重要な現象である。さらに、上述のスパッ タリングをうまく利用すると、ナノオーダーの微細加工ができる。スパッタリング速度 は加工面積を小さくし、単位面積当たりの電流密度を上げることで速められる。特に、 FIB の場合、元素によるスパッタリング速度の差はそれほど大きくないため異種物質界 面の加工を得意とする。また、任意の構造をビットマップ画像で作製すると、デジタル スキャンで、丸形、三角形、四角形などの加工、くさび状の穴を加工など、自由自在に 微細加工ができる。さらに、FIB の優れた点は、試料の加工領域を観察しながら、1 m 以下の位置制御と100 nm 以下の極めて小さな加工ができることである。さらに、試料 取り付け、導電性、温度変化によって観察像が動くドリフト現象に対しても、その場観 察と加工によって、補正が可能である。加工時間は条件によって異なるが、10 m3 加工であれば、5~15 分程度で行える。 FIB 加工では高エネルギーの Ga イオンを試料表面に衝突させ、試料を構成する原子 をはじき出すことによりエッチングを行う。このため、加工された構造の側面などは、 Ga イオンの衝撃によりダメージを受け、非晶質化が起こる。ダメージ層を除去する方 法としては、①FIB 加工に補助ガスを用いる方法、②化学溶液による表面腐食法、③ド ライエッチング、④低加速 Ga イオンビームを用いる方法、⑤Ar イオンによるミリン グ法、などがある[19]。この中で、④[20]については、近年、低加速のFIB 装置が各社に よって開発されており、加速電圧に対してダメージ層の厚みが線形に変化することから、 低加速加工の有効性が確認されており、本研究においても実施している。

最後に走査型He イオン顕微鏡(Scanning Helium Ion Microscope: SHIM)を紹介

する。SHIM は、高精細 FIB 加工装置ともいえる装置で、高電圧印加かつ低温保持さ

れた高融点W 単結晶の先端にトライマーと呼ばれる 3 個の原子団を比較的安定に形成

することができ、ほぼトライマーにおいてのみ周辺雰囲気中のヘリウムガスが電界イオ ン化され、空間へ放出される。トライマーを構成する単一原子からイオン化放出される ヘリウムイオンビームのみをイオン光学系で集束し、試料表面で走査し、高精細な観察

(25)

- 21 -

および加工を行う[21]。本研究では、100 nm 以下の Ag ナノ構造の加工検討(4.8 節)

を、大阪大学産業科学研究所ナノテクノロジー設備供用拠点が所有するSHIM(Zeiss 製

ORION NanoFab)を使用した(図 2.12)。それ以外は、Ga-FIB/SEM(FEI 製 Quanta 3D 200i Dual Beam)を使用した(図 2.13)。

2.6 結 言

前章および本章までで、本研究の背景や目的、本研究全般に共通する基本原理として、 表面プラズモン共鳴、有限差分時間領域法、金属薄膜成長技術、集束イオンビーム加工 法について詳述した。これらのことを踏まえた上で、次章からは、形状や結晶性を考慮 に入れた金属ナノ構造の数値計算シミュレーションや作製実験の結果について述べる。 図2.13 Ga-FIB/SEM

(FEI 製 Quanta 3D 200i Dual Beam) 図2.12 SHIM

(26)

- 22 -

3 章 Ag ナノプリズムの光学特性評価

3.1 緒 言

LSP 共鳴は、材料やサイズ、形状、周囲の屈折率に依存し、その共鳴波長や電場増 強は敏感に反応するため、高感度センサなどへの利用が注目されている。特に、形状が 電場増強に及ぼす影響は大きく、球や円柱よりもロッドやプリズムなどのエッジを持つ 構造の方が、エッジ部に電荷が集中しやすく、電場増強が大きくなることが報告されて いる[1, 2]。実際にナノプリズムを作製する場合には、化学的、物理的作製手法にかかわ らず、エッジ部分に曲率を有する形状になることが多く、いかにエッジ部分を先鋭にで きるかが求められる。特に FIB を利用した物理加工では、イオンビームの影響を受け やすく、照射電流を下げるなどの対策が必要となってくる。しかしながら、このような 実際の系を想定し、あらかじめ曲率を考慮した構造の光学特性評価の報告例は少なく、 具体的なLSP 特性も明らかになっていない。 本章では、LSP 共鳴を効率良く発生させ、強い増強電場を有する最適な構造を探る ために、有限差分時間領域法を用いて、Ag ナノプリズムのエッジ形状と電界強度の相 関関係を明らかにすることを目的とした。また、単一(単量体)構造に比べ、構造が隣 接する二量体構造では、プラズモン励起により形成した双極子と隣接する構造の双極子 が相互作用した双極子-双極子相互作用のため、隣接する構造ギャップ間で、ギャップ モードと呼ばれるより強い増強電場を形成する[3]。このことは、エッジ部分の丸みによ る特性低下の補填に期待できるため、二量体Ag ナノプリズム構造の特性や単量体構造 におけるエッジ形状との関係性についても光学特性評価を行った。

(27)

- 23 -

3.2 シミュレーションに用いた Ag ナノプリズムモデル

Agナノプリズムに対する計算構造を図3.1に示す。実際の系に合わせるために、Agナ ノプリズムは、SiO2基板上に配置した。入射光は、電界強度増倍効果が大きいと確認さ れている頂点方向から、ボックスビーム形状で基板に対して平行に振動しているTE偏 光で入射した。Agナノプリズムの誘電率は、Drude-Lorentzモデルで表現し、SiO2基 板の屈折率は1.515、構造周辺の屈折率は1.000とした。解析空間における境界条件には、 Berengerの吸収境界(PML)条件を採用した。空間メッシュ間隔は、単量体構造(図 3.1(a)(b))の場合には、⊿x = ⊿y = ⊿z = 1 nm、二量体構造(図3.1(c))の場合には、 ⊿x = ⊿z = 1 nm, ⊿y = 2 nmとした。観測点は、基板から1 nm離し、単量体構造の場 合には、エッジ部頂点から1 nm離れたところ、二量体構造の場合には、ギャップ間の 中間に配置した。半値幅4 fsのパルス光(1×10-10 W/m2)を入射し、観測点において、 Agナノプリズム表面の電界強度の時間変化を記録し、解析終了後にDFTを行うことで 電界強度の周波数特性に変換した。観測点における電界強度増倍度を評価するため、 Agナノプリズムがない場合における上記DFTまでの処理を同様に行い、規格化した。 電界強度の2乗である光強度分布図は、規格化したスペクトルから共鳴波長を決定し、 その波長のCW光を入射し、定常状態における光強度分布を評価した。Agナノプリズム のサイズは、図3.1(a)(b)に示すように、高さ(H)が50 nm、辺長(L)が100 nmとし、エッ ジの形状は曲率半径(Curvature Radius: CR)で表現し、0~20 nmの範囲とした。比較対 象は、エッジの形状を持たないH = 50 nmの直径(R)75nmの円柱構造とした。また、図 3.1(c)に示すように、二量体構造の場合は、実験より得られたCR = 8.66 nm[7]を使って、 ギャップ間距離(Gap distance: G)を1~20 nmの範囲とした。 図3.1 Ag ナノプリズムの計算構造 (a) 解析空間、(b) 単量体構造、(c) 二量体構造

(28)

- 24 -

3.3 Agナノプリズムのエッジ形状依存特性

Agナノプリズムの作製には、化学的なボトムアップアプローチに比べて、位置制御 性に優れ、高精細な加工が可能なFIBを用い、金属薄膜からの直接加工する手法を採用 した。実際に作製する際には、イオンビームの影響によってエッジ部分が丸くなること を考慮する必要があり、このエッジ形状がLSP特性に大きく影響する。本節では、エッ ジを持たない円柱構造と単一のAgナノプリズムの曲率半径CRを0 nm、10 nm、20 nm と変化させた場合における電界強度増倍度の依存特性について評価した。 CR = 0 nm、10 nm、20 nmのAgナノプリズムとR = 75 nmの円柱構造における電界 強度増倍度の波長依存性を図3.2に示す。CRが小さいほど、電界強度増倍度が大きいこ とが確認でき、CR = 0 nmのときに電界強度増倍度が最大の237倍となった。しかし、 CRを大きくしていくと電界強度増倍度は減少し、エッジを持たない円柱構造になるこ とで、13倍まで電界強度増倍度が下がる結果となった。また、円柱構造では、LSP共鳴 波長がλ𝐿𝑆𝑃433.93 nmの1つであるのに対して、CR = 20 nmのAgナノプリズムの場 合は、λ𝐿𝑆𝑃380.02 nmに新たなピークが発生した。つまり、エッジ形状を持ったこと で、共鳴ピークが1つ増える結果となった。これは、双極子に由来する共鳴モードだけ でなく、四重極子に由来する共鳴モードが発生したことを意味する。さらに、CRが小 さくなり、エッジ部分が先鋭になってくることで、短波長側に共鳴ピークがもう1つ発 生した。これは、四重極子共鳴モードとは別に、さらに高次のモードが発生したことを 示唆している。 図3.2 曲率半径変化による電界強度増倍度の波長依存性

(29)

- 25 - 次に、共鳴状態を視覚的に捉えるために、各共鳴波長に対する光強度分布図を図3.3 に示す。図はx-z面の2次元の光強度分布図である。図3.3(a)-(d)は、CR = 0 nm、10 nm、 20 nmのAgナノプリズムとR = 75 nmの円柱構造における長波長側共鳴ピークの光強 度分布図である。入射光の振動方向と同じの左右(x)方向に分極が生じ、LSP共鳴の 基本となる双極子共鳴モードの局在の仕方を示した。Agナノプリズムに関しては、円 柱構造に比べて対称性が崩れたが、エッジ部分により強く光が局在した。先鋭なエッジ 部分には電荷が密に存在できることから、結果的に電界強度として高くなることを表し た結果と言える。それに対して、図3.3(e)は、CR = 20 nmのAgナノプリズムにおける 短波長側共鳴ピーク(λ𝐿𝑆𝑃390.02 nm)の光強度分布図になるが、2つの双極子の向きを 逆にして組み合わせたモードになっており、四重極子共鳴モードの特徴を顕著に示した。 エッジ部分がより先鋭なCR = 0 nmのAgナノプリズムでは、図3.4の電界強度増倍度の 波長依存性からも分かるように、短波長側共鳴ピークが2つ存在した。λ𝐿𝑆𝑃423.50 nm のピーク(図3.3(f))に関しては、CR = 20 nmのAgナノプリズムにおける短波長側共鳴 ピークと同様に、四重極子共鳴を示した。また、λ𝐿𝑆𝑃384.64 nmのピーク(図3.3(g)) に関しては、四重極子より複雑で、さらに高次の共鳴モードで発生した。

(a)

x

z

(b)

x

z

(c)

x

z

(d)

x

z

(30)

- 26 -

3.4 二量体Agナノプリズム構造のギャップ間距離依存特性

金属の二連球においては、ギャップモードと呼ばれるモードが形成され、隣接する球 間のギャップに非常に強い電場が発生することが知られている[2]。ギャップの間隔が狭 くなるほど、電場増強効果はより大きくなり、二連球のギャップモードは、孤立した単 一の微小球と比較して、はるかに大きな増倍度を示す。これは、微粒子間の双極子-双 極子相互作用が強く起こることを示している。最も簡単な二連球では、双極子-双極子 相互作用により、プラズモン共鳴が二つに分裂し、もともとのプラズモン共鳴の長波長 (a) ナノプリズム CR = 0 nm, = 520.67 nm (b) ナノプリズム CR = 10 nm, = 478.57 nm (c) ナノプリズム CR = 20 nm, = 436.94 nm (d) 円柱構造 R = 75 nm, = 433.93 nm (e) ナノプリズム CR = 20 nm, = 380.02 nm (f) ナノプリズム CR = 0 nm, = 423.50 nm (g) ナノプリズム CR = 0 nm, = 384.64 nm

0

|E|

2

5000

(e)

x

z

(f)

x

z

(g)

x

z

図3.3 曲率半径変化による光強度分布図(x-z 面)

(31)

- 27 - 側と短波長側に共鳴が現れる。微粒子間が小さくなるとともに、短波長側の共鳴は長波 長側へとシフトし、長波長側の共鳴もより長波長側へとシフトすることが導かれる[8] Agナノプリズムにおいても、その先端同士が向かい合うギャップ部分において強い双 極子-双極子相互作用が期待できる。したがって、前節で示した単一のAgナノプリズ ムよりも大きな電界増倍度を得ることができ、Agナノプリズムのエッジ部分の曲率半 径が大きくなることで電界強度増倍度が下がる課題を克服できる可能性がある。 図3.4にCRを0 nm、8.66 nmのAgナノプリズム、CR = 8.66 nmのAgナノプリズムを 使った二量体構造の電界強度増倍度の波長依存性を示す。CR = 8.66 nmは、実際にFIB でAgナノプリズムを加工した場合のCR = 8.66 nmを採用し、二量体構造のギャップ間 距離は、最小空間メッシュ間隔である1 nmとした。 CR = 8.66 nmのAgナノプリズムを使った二量体構造の電界強度増倍度は、最大360 倍となり、同じCRの単量体構造に比べると10倍以上の大きな電界強度増倍度を示した。 また、CR = 0 nmの理想的な単量体構造に比べても、1.5倍高い値を示し、二量体構造 によるギャップモードが、電場増強効果への影響が大きいことが分かった。次に、二量 体構造のギャップ間距離を1 nmから20 nmまで変化させ、ギャップ間隔距離に対する 電界強度増倍度の依存特性について図3.5に示す。 図3.4 単量体構造と二量体構造における電界強度増倍度の波長依存性

(32)

- 28 - 図3.5の結果より、ギャップ間隔が大きいほど電界強度増倍度も小さくなり、エッジ 部分の曲率と同様に、ギャップ間隔もまた電界強度増倍度に及ぼす影響が大きいことが 分かった。また、本節冒頭で説明したように、LSP共鳴が分裂し、もともとのLSP共鳴 の長波長側と短波長側に共鳴が現れることが確認できた。この原因としては、Agナノ プリズム間の相互作用にあると考える。つまり、ギャップ間隔が大きいときは相互作用 が弱く、小さいときは相互作用が強くなったので、結合モードと反結合モードの特性が 明瞭に確認でき、単量体と二量体構造の複合体としての振る舞いが波長依存性の違いと して見られたと考える。言い換えると、単一のAgナノプリズムが近づく際に、二つの Agナノプリズムが示すLSPの電磁的な相互作用が誘起されるために、双極子がカップ ルした共鳴ピークが大きく現れたと考える。上述したことは、二量体構造のLSP共鳴の 特徴を顕著に表した結果だと言える。

3.5 エッジ形状とギャップ間距離がLSP特性に及ぼす影響

前節の結果から、二量体構造のギャップ間距離が電界強度増倍度に及ぼす影響が大き いことが分かった。これは、単量体構造におけるエッジ部分の曲率と同様な挙動である 図3.5 ギャップ間隔距離変化による電界強度増倍度の波長依存性

(33)

- 29 - ことから、両者の関係性について評価した。単量体構造のエッジ部分の曲率と二量体構 造のギャップ間距離を変化させたときの電界強度増倍度をプロットした結果を図3.6に 示す。電界強度増倍度は、各条件における最大値を使用し、それぞれ累乗フィッティン グを行った近似曲線の結果も同図内に示す。 図3.6 最大電界強度増倍度の依存特性 (a) 単量体構造におけるエッジ部分の曲率半径(CR) (b) 二量体構造におけるギャップ間距離(G) ※累乗フィッティングのため、CR=0 nm のデータは除外

(34)

- 30 - 図3.6から分かるように、単量体構造のエッジ部分の曲率を大きく(エッジに丸みが 帯びる)、二量体構造のギャップ間距離を大きく(間隔が離れる)することで、両者と もに電界強度増倍度が累乗的に減少することが分かった。 一般的に導体表面の電界は、導体表面の電荷密度に比例するため、単量体構造のエッ ジ先端の電荷の量が少しであっても電荷密度は大きくなる。そのために、先端部分の電 界が非常に大きくなる。エッジ先端のように尖った導体の曲率と電界の関係は、図3.7 のような2つの導体球モデルを使って表現できる[9]2つの導体球は等電位にするために 導線で結ばれており、このモデルはエッジ部分を理想化したものである。ここで、半径 𝑟1の小さな導体球に𝑄1の電荷を与えたとすると、導体表面の電界𝐸1は、

𝐸

1

=

1

4𝜋𝜀

0

𝑄

1

𝑟

12 となる。同様に、半径𝑟2の導体球に電荷𝑄2を与えたとすると、導体表面の電界𝐸2は、

𝐸

2

=

1

4𝜋𝜀

0

𝑄

2

𝑟

22 となるが、導線で結んでいるため、等電位であり、𝑄1⁄𝑟1=𝑄2⁄ となる。したがって、𝑟2

𝐸

1

𝐸

2

=

𝑄

1

𝑟

12

𝑄

2

𝑟

22

=

𝑟

2

𝑟

1

≥ 1

となり、電界は半径に逆比例し、半径𝑟1の小球の電界の方が強くなる。つまり、導体表 面の曲率半径が小さいほどその表面の電界が強いことになる。 (3-1) (3-2) (3-3) + ++++ + + + + + + 図3.7 エッジ先端の簡易モデル

(35)

- 31 - 一方、二量体構造のギャップ間距離に関しては、簡単な系ではあるが、図3.8に示す ような距離𝑟離れた電荷𝑄1と電荷𝑄2を考える。クーロンの法則から、電荷𝑄1に働く力F は式(3-4)で与えられる[10]。𝒓は電荷𝑄2から電荷𝑄1の方向の単位ベクトルである。

𝑭 =

1

4𝜋𝜀

0

𝑄

1

𝑄

2

𝑟

2

𝒓

さらに、電場の定義式𝑭 = 𝑄1𝑬より、電場Eは式(3-5)で表される。

𝑬 =

1

4𝜋𝜀

0

𝑄

2

𝑟

2

𝒓

任意の電荷の受ける力は他の各電荷から受けるクーロン力のベクトル和であることか ら、重ね合わせの原理に従って求めることができる。電荷分布を表すために、電荷密度 𝜌(= ∆𝑞2/∆V)を導入し、電荷𝑞1を含む全空間に渡る積分で置き換えると次式が与えられ る。ここで、𝑑𝑉は、𝑑𝑥、𝑑𝑦、𝑑𝑧である。

𝑬 =

1

4𝜋𝜀

0

𝜌

𝑟

2

𝒓𝑑𝑉

ギャップ間距離は、距離𝑟に依存しており、距離が大きくなるほど、電界が小さくなる ことが理解できる。つまり、両者の因子は、電界に反比例的に影響を及ぼすことが分か った。結果的には、電界強度増倍度に対して同じ作用が働くと考える。実際にFIBなど での微細加工を想定した場合は、いかにエッジ部分の先鋭さを維持し、ギャップ間隔を (3-4) (3-5) (3-6) 図3.8 空間的に分布している電荷がつくる電場

2

1

(36)

- 32 - 小さく加工できるかが求められる。著者らのグループでは、FIBによる微細加工で、曲 率半径8.66 nmとギャップ間距離8 nmを達成(4.8節参照)しており、FIBによる作製 方法において、分野最高水準の結果が得られている。

3.6 結 言

LSP 共鳴を効率良く発生させ、強い増強電場を有する最適な構造を探るために、有 限差分時間領域法を用いて、Ag ナノプリズムの光学特性を解析した。電界強度増倍度 の波長依存性によって、共鳴波長とその強さを求め、光強度分布図から局在の様子を評 価した。また、曲率を考慮した単量体および二量体のAg ナノプリズムを評価し、それ ぞれの関係性を明らかにした。得られた結果を以下に列挙する。 1. Agナノプリズムの基本特性として、主に双極子共鳴と四重極子共鳴の2種類の 共鳴モードが存在することが挙げられる。エッジ部分を持つことで四重極子共 鳴モードが生じることが確認できた。また、曲率半径0 nmの単量体および二 量体のAgナノプリズムでは、高次の共鳴モードを確認した。 2. Agナノプリズムにおいて、理想的な形状の曲率半径0 nmで244倍と大きな電界 強度増倍度の確認ができたが、同時にエッジ効果の影響が大きく、曲率半径が 大きくなることにより、電界強度増倍度の急激な減少を観測した。 3. 曲率半径8.66 nmの二量体Agナノプリズム構造の電界強度増倍度は、最大360 倍となり、同じ曲率半径の単量体構造に比べると10倍以上の大きな電界強度増 倍度を示した。また、曲率半径0 nmの理想的な単量体構造に比べても、1.5倍 高い値を示し、二量体構造によるギャップモードの有用性を示した。 4. 単量体構造のエッジ部分の曲率と二量体構造のギャップ間距離は、電界強度に 対して、同じ作用が働くことを明らかにした。エッジ部分の先鋭さや隣接する 構造間のギャップ間隔など、FIBによる構造の加工精度が光学特性(LSP特性) に大きく影響した。

(37)

- 33 -

4 章 結晶粒成長を利用した単結晶 Ag ナノ

構造の作製と評価

4.1 緒 言

金属と誘電体界面に発生する自由電子のプラズマ振動である表面プラズモンは、金属 薄膜に微細加工を施すことにより、ナノ空間で光を取り扱うことが可能となる。序論で 述べたように、一般的な多結晶金属薄膜は、結晶粒界を代表する内部欠陥が多く存在す る。この欠陥が、自由電子の集団振動を妨げ、伝導電子の内部散乱を引き起こすことで 光損失の要因となる。このため、多結晶金属薄膜に替わって、格子欠陥の少ない単結晶 金属薄膜の積極的な利用が求められている。一方で、可視光領域における高い透明性を 持つ基板は、様々なアプリケーションへの応用が期待できる。したがって、透明性が高 く安定な非晶質基板上への単結晶金属薄膜の形成が重要な技術的要素とされる。これま でにも非晶質基板上への金属薄膜の成膜やその成長過程についての報告があるものの、 その後の展開を想定した成膜技術とその応用例の報告がない。そこで、本章では、非晶 質基板であるSiO(溶融石英)基板上における2 Ag 薄膜の結晶粒成長機構を明らかにし、 その制御を評価した。そして、成長した単結晶粒内にナノ構造を作製し、単結晶および 多結晶ナノ構造体における光学性能を評価した。本章の最後には、走査型He イオン顕 微鏡(SHIM)を使った当該分野における最小のナノ構造の作製結果について述べる。

図 2.10 Thornton の構造ゾーンモデル  [15]Zone 1Zone TZone 2 Zone 3 Substrate  temperatureTsub. / TmArgon pressure×10-3Torr (2-29)
図 4.7 SiO 2 基板上の Ag 薄膜の結晶方位像(成膜方向)
図 4.10  基板温度違いによる SiO 2 基板上 Ag 薄膜の最大粒径とモード粒径
図 4.14  膜厚違いによる SiO 2 基板上の Ag 薄膜の SEM 像  (a)  154 nm 、 (b)  482 nm、 (c)  620 nm 、 (d)  1017 nm
+7

参照

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