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第 5 章 ヘテロエピタキシャル成長を利用した

5.3 単結晶 Ag 薄膜の物性評価

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BPTは、2つのベンゼン環と末端に存在するチオール基から成る。このチオール基が、

Agとチオレート結合するため、Ag構造の表面に固定することができる。また、ベンゼ ン環を形成する C=C 結合は、伸縮する対称伸縮運動を示すことからラマンスペクトル の選択律により、強いラマン強度を示す。BPT 吸着液は、1 mMエタノール溶液(エ タノール 10 ml、BPT 1.8×10-3 g)に調製し、吸着させたい基板を24時間浸漬した。

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図5.6(a)に示すAg/SiO2より、細かい結晶粒を有する多結晶薄膜の形成を確認した。

一方で、図5.6(b)に示すAg/NaCl(001)は、Ag/SiO2に比べて非常に平坦な表面形状を確 認した。さらに詳しく評価するために、AFMによる測定結果(誤差信号像)を図5.6(c)(d) に示す。Ag/SiO2のAFM像(図5.6(c))は、SEM像と同様な結果が得られ、結晶粒表面 の細かな模様までも精細に観察した。一方で、Ag/NaCl(001)のAFM像(図5.6(d))は、

平坦な表面の中に、SEM観察では分かり難かった格子状の模様を確認した。この原因 としては、積層欠陥に起因すると推察する。fcc構造では、最密面である{111}面で積層 欠陥が生じやすく、例えば(111)面の積層層欠陥は(001)面に投影され、[11̅0]方向への線 が現れる。その結果、格子状の模様として観察したと考える。次に、AFMによる測定 結果から二乗平均面粗さ(Root Mean Square: RMS)を評価したところ、Ag/SiO2が 3.228 nmを示したのに対して、Ag/NaCl(001)は0.814 nmと約1/4のRMSであった。こ のことから、多結晶薄膜に比べて、格子欠陥が少ないエピタキシャル膜では、より平坦 な薄膜を形成することが分かった。本研究で扱う転写方法では、転写前後でAg薄膜の 表裏は変わらないため、任意基板に転写後もNaCl(001)基板上のAg薄膜と同じ面が空気 面となる。

図5.6 Ag薄膜の表面構造

(a) Ag/SiO2のSEM像、(b) Ag/NaCl(001)のSEM像、

(c) Ag/SiO2のAFM像、(d) Ag/NaCl(001)のAFM像

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5.3.2 基板結晶方位と薄膜結晶方位の関係性

本項では、薄膜の結晶性について詳述する。まず、始めにAg/SiO2とAg/NaCl(001) について、XRD測定による結晶性評価結果を示す。いずれもTsub. = 200ºC、膜厚200 nm の条件下でAgを成膜した。図5.7に、2𝜃/𝜃スキャンの対称反射測定から得られたAg/SiO2

とAg/NaCl(001)のXRDパターンを示す(走査速度:3 deg/min、サンプリング間隔:0.01 deg)。

Ag/SiO2は、Ag(111)、Ag(200)、Ag(220)のピークを検出し、ランダムな方位を有す

る多結晶薄膜の特徴を示した。ここで、低角側のスペクトルの浮きは、SiO2基板による ハローに由来する。Ag(111)を高強度で検出した理由は、4章でも詳述したように、Ag の最密充填面の(111)面において、スパッタ原子が基板に付着したときに表面・界面自 由エネルギーの総和が最も小さく安定するためである。その結果として、(111)面が優 先方位となったと考える。一方で、Ag/NaCl(001)は、NaCl単結晶に起因して、NaCl(002) とNaCl(004)のピークは検出するものの、Agのピークは、Ag(002)のみを検出した。す なわち、今回作製したAg薄膜が、基板と同じ面方位(001)を有するエピタキシャル成長 膜と言える。この結果は、Ag薄膜が単結晶構造を形成したことを示唆する。

次に、Ag/NaCl(001)のNaCl(001)基板を超純水に溶解し、Ag薄膜を任意基板へ転写 した構成について述べる。ここで、転写前後のAg/SiO2表記の混乱を避けるために、SiO2

基板に直接成膜した多結晶Ag薄膜/SiO2基板構成を『PC-Ag/SiO2』、NaCl(001)基板上 図5.7 SiO2基板上とNaCl(001)基板上のAg薄膜のXRDパターン

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のAg薄膜を、SiO2基板に転写した単結晶Ag薄膜/SiO2基板構成を『SC-Ag/SiO2』と表 記する。PCはPolycrystal、SCはSingle crystalの略とした。図5.8にPC-Ag/SiO2のEBSD 測定による結晶方位像、図5.9にSC-Ag/SiO2のEBSD測定による結晶方位像を示す。ま た、図5.10にはSC-Ag/SiO2のXRDパターンを示す。

図5.9 SiO2基板上における単結晶Ag薄膜の結晶方位像

(a) SC-Ag/SiO2(成膜方向)、(b) SC-Ag/SiO2(y方向)

図5.8 SiO2基板上における多結晶Ag薄膜の結晶方位像(成膜方向)

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図5.8は、PC-Ag/SiO2の成膜(z)方向の結晶方位像を示すが、XRDの結果と同じように、

ランダムな方位で形成しながらも、(111)面(図中青色)の結晶粒が数多く存在し、(111) 面が優先的であることを確認した。一方で、図5.9に示すSC-Ag/SiO2は、z方向(図5.9(a))

とy方向(図5.9(b))の結晶方位像より、いずれも(001)面(図中赤色)のみを検出した。

つまり、Ag薄膜が単結晶薄膜であり、Ag(001)とNaCl(001)の間で平行の方位配列であ ることを示した。Agの格子間隔(4.0862 Å)とNaClの格子間隔(5.628 Å)とでは、例 えばAg(011)とNaCl(001)が平行に方位配列すれば、ミスフィットはわずか3%にも関わ らず、前述のように、ミスフィットは-27%もあるAg(001)とNaCl(001)が平行の方位 配列が生じる。この成長形式を取る理由に関しては、井野らを始め、複数の研究グルー プによっても議論されており、エピタキシャル温度[6]、基板結晶の劈開時の環境(残留 ガスの影響など)[7, 8]、スパッタ時の圧力などが関係しているとされているが、現在も 十分に理解されていない。しかしながら、図5.10のXRDの測定結果からも、SC-Ag/SiO2

は、Ag(001)のみを検出しており、単結晶構造であることは明確であり、成膜中の基板 温度やスパッタ圧力等を制御することで、大面積(今回の結果では10×10 mm)かつ 平滑な単結晶Ag薄膜の作製を実現した。

図5.10 SiO2基板上における単結晶Ag薄膜のXRDパターン

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