• 検索結果がありません。

第 5 章 ヘテロエピタキシャル成長を利用した

5.2 実験方法

5.2.1 作製方法

図5.1にヘテロエピタキシャル成長を利用した単結晶Agナノアレイ構造の作製手順を

示す。Ag薄膜は、図5.1(a)に示すようにRFマグネトロンスパッタリング装置によって、

大気劈開したNaCl(001)基板上に成膜した。スパッタリングターゲットには、純度

99.99%の直径1インチAg板(高純度化学研究所製)を用いた。到達真空度は1.2×10-4 Pa

以下とし、Arガス(純度99.999%)を導入後、ターゲット浄化のため、30秒間のプレ スパッタを行った。その後、成膜圧力0.7 Paにて、基板温度(Tsub. = 20~500ºC)、膜厚

(100~300 nm)、投入電力50 W(成膜速度5.5 Å/s)の条件下で成膜した。基板-ター ゲット間距離は60 mmとした。次に、上記条件で最も結晶性が良かった条件(Tsub. = 200ºC、膜厚200 nm)のAg薄膜/NaCl(001)基板構成を、超純水中(電気伝導率: < 0.06 µS/cm)に浸漬し、NaCl基板を溶解した(図4.1(b))。その後、図4.1(c)に示すように、

水面に浮遊したAg薄膜を別の任意基板へ転写し、水中から取り出し、超純水でAg薄膜 表面を洗浄後十分に乾燥し、FIB加工前のAg薄膜/任意基板構成を作製した。任意基板 には、SiO2基板(屈折率1.521、膜厚1 mm、松浪硝子製)とPETフィルム(屈折率1.600、

膜厚100 m、東レ製)を使用した。次に、作製したAg薄膜内に加速電圧30 kV、照射 電流49 pAで単結晶ナノアレイ構造を加工した。基本的な単結晶ナノアレイ構造は、図

4.1(d)に示すように、160×160×200 nm3(縦×横×高さ)のナノロッドを8×8 µm2

のエリアに200個作製した。ナノロッド間の距離は40 nmとした。加工終盤には、加速 電圧を2.0 kVに落とし、イオンビームによる試料への影響を緩和し、位置ズレを補正し ながら加工した。単結晶ナノアレイ構造の比較対象として、SiO2基板上に直接成膜した 多結晶薄膜を用い、成膜・加工条件ともに単結晶ナノアレイ構造の作製と同一とした。

図5.1 単結晶Agナノアレイ構造の作製手順

(a) RFスパッタによるヘテロエピタキシャル成長、(b) NaCl(001)基板の溶解、

(c) 任意基板への転写、(d) FIBによる加工イメージ

※詳しくは付録参照のこと

- 61 -

5.2.2 原子間力顕微鏡(AFM)

原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)は、試料表面のある特定の物理 量を検出するために、機械的探針を試料に接近させ操作することで、試料表面の形状、

物性を高分解能で画像化する走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:

SPM)の一種である。探針・試料間に働く力(原子間力)をカンチレバーのたわみ量 へ変換し、そのたわみ量を一定に制御しながら試料表面を操作することで表面形状を観 察する[1]。試料が有機材料や生体試料などの場合、接触動作による観察では試料の変形 や破壊などの問題が生じることもあるが、試料の導電性の有無に関わらず観察が可能と いう利点がある。具体的な原理として以下に説明する。図5.2に示すように、カンチレ バーと呼ばれる探針に力Fが加わると、ばね定数kのカンチレバーはたわんで、先端部 はF/kだけ変位する。この変位を測定することにより、局所的な力を求めることが可能 となる。このカンチレバーの静的変位による力検出は、探針を試料表面に接触させた状 態での動作(接触モード)に用いられることが多い。このような接触モードでは、力(カ ンチレバーの変位)を一定にするように、試料位置が制御され、この制御信号が表面形 状に対応する画像信号となる[1]

本研究では、日立ハイテクサイエンス(旧SIIナノテクノロジー)製の走査型プロー ブ顕微鏡システムE-sweep/NanoNaviを用いた。AFMモードによって得られる画像信 号には、主として形状像(試料高さzの変化)と誤差信号像(カンチレバーの変位)が ある。本研究では、表面の細かい形状が観察可能な誤差信号像によって、表面構造の評 価を行った。また、表面粗さを表す指標として、平均線から測定曲線までの偏差の二乗 を平均した値の平方根である二乗平均面粗さ(Root Mean Square: RMS)を使用した。

図5.2 AFMの動作原理図

- 62 -

5.2.3 X線回折(XRD)法

結晶にX線を当てると、結晶中の各原子からの散乱X線が加え合わされる。X線が単色 の場合、各原子による散乱X線が干渉し、特定の方向に強い回折X線を生じる現象をX 線回折(X-ray diffraction: XRD)という[2]。多数の格子面からの散乱X線の干渉では、

第1面と第2面の行路差が2𝑑𝑠𝑖𝑛𝜃となり、波長の整数倍のときに強め合う。これが式(5-1) に示すブラッグの公式であり、この式から少なくとも𝜆2𝑑なければ回折は起こらない ことが分かる。これが可視光線を用いることのできない理由である。

2𝑑𝑠𝑖𝑛𝜃 = 𝑛𝜆

XRD装置は、特性X線を分光器の中心に取り付けた試料に入射させ、試料を中心とし てX線検出器を入射X線と回折X線を含む平面内で回折角2𝜃方向へスキャンすることに より、回折線の回折角と強度を測定することができる。回折パターンに現れるピークの 位置や強度、ピークの角度広がり、ピークの形などから物質についての様々な情報を得 ることができる[2]。本研究では、リガク製全自動水平型多目的X線回折装置(Smart Lab)

を用いて、図5.3に示すような光学系を用いて測定を行った。測定は、2𝜃/𝜃スキャンの 対称反射測定とし、入射X線には多層膜ミラーを利用した平行X線ビームを使用した。

平行ビーム法は、平行な成分のみを抽出するため強度損失はあるが、角度発散も小さく、

誤差のない測定が可能で、サイズが小さく、凹凸のあるような試料でも精度良く測定が できる。得られたデータは、細かい測定ノイズを除去するために、Smart Lab付属のリ ガク製データ解析ソフトウェアPDXL2を使用して、B-Splineによる平滑化(χ閾値1.5)

を行った。

図5.3 XRD装置構成(光学系)

(5-1) 𝑑: 格子面間隔

𝜃: ブラッグ角

𝜆: 使用したX線波長 𝑛: 反射次数

Sample X-ray

Dielectric

multi-layer mirror

Soller slit Scintillation

counter

Soller slit Receiving slit

Incident slit

Direct beam stopper

Kbfilter

Attenuator PSA

Stage

- 63 -

5.2.4 ラマン分光法

光が物質に入射して分子と衝突すると、その一部は散乱される。この散乱光の波長は、

大部分の成分は入射光と同じ波長のレイリー散乱光だが、極わずかな成分として、入射 光と異なった波長の光が含まれる。ラマン分光法とは、この入射光と異なった波長をも つ光、すなわちラマン散乱光の性質を調べることにより、物質の分子構造や結晶構造な どを知る手法である。レイリー散乱光より短波長側に検出されるラマン散乱光をアンチ ストークス線、長波長側に検出されるものをストークス線と呼ぶ。一般的にはより強度 の大きいストークス線が解析に用いる。また、ラマン散乱光の強度は、レイリー散乱光 の強度に対してわずか10-6程度と極めて微弱なため、実用的にはレーザーのような高強 度光源を用いる必要がある。基本的な装置の構成は、図5.4に示すように、試料に光を 照射するための光源、散乱光を分光する分光器および分光した散乱光を検出する検出器 から構成される[3]。また、顕微ラマン分光装置では、顕微鏡を組み合わせることで1 m を切る微小な領域の情報を取り出すことができる。本研究で用いた顕微ラマン分光装置 は、日本分光製NRS-3100で、光源は532 nmレーザーを使用した。5倍、20倍、100倍 の3種類の対物レンズによって顕微分光することが可能で、約700 nm径までレーザーを 集光することが可能である。

図5.4 顕微ラマン分光光度計 Laser source

Shatter

Neutral density filter

Half-wavelength plate

CCD for viewing

Aperture Notch filter

Beam splitter Beam splitter Spectroscope

Detector

Object lens Sample

- 64 -

5.2.5 表面増強ラマン散乱(SERS)

ラマン散乱光の微弱な信号を増幅する方法の一つに、金属表面に吸着した分子が、自 由電子の散乱断面積から予想される値の 102~106倍の大きなラマン散乱強度を示す表 面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering: SERS)という現象がある[4]。 SERSの増強メカニズムは、化学的増強と物理的増強の二つがある。前者は、金属表面 に分子が化学吸着することで電荷移動が起こり、分子の振動バンドの散乱断面積が大き くなる機構をいう。後者は、金属にレーザー光が照射されたときに局在プラズモンが励 起され、金属表面近傍の電場が増強する。このとき、金属間に数十nmオーダーの凹凸 や隙間があると、それぞれの金属表面の増強電場の重なることで、より大きな電場増強 が起こる。ラマン分光は2光子過程であるので、その信号強度𝐼は入射光電場𝐼𝑖𝑛(𝜔1)を 用いて次式のように表すことができる[4]

𝐼(𝜔2) = 𝐴|𝐿(𝜔1)|2|𝐿(𝜔2)|2𝐼𝑖𝑛(𝜔1)

ここで、Aはラマン散乱の散乱断面積、𝐿(𝜔1)は励起光の局所場因子、𝐿(𝜔2)はラマン光 の局所場因子であり、外部励起光電場𝐸𝑖𝑛(𝜔1)と吸着分子周辺の局所電場𝐸𝑚(𝜔1)の間に は、式(5-3)の関係がある。

𝐸𝑚(𝜔1) = 𝐿(𝜔1)𝐸𝑖𝑛(𝜔1)

ストークスシフトが小さく、励起光とラマン光の光電場の増強度が同じであるとすると、

𝐿(𝜔1) = 𝐿(𝜔2) = 10倍とした場合に、強度に直せば104倍の増強効果になる。その結果、

化学的な増強度を含んだ全体として得られるSERS増強度は105~106になる。この値は 単一分子のラマン散乱を観察するには足りないが、単分子膜レベルの超薄膜のラマン散 乱の観察を可能とする[5]

本研究では、FIBによって作製した単結晶ナノアレイ構造を有するAg薄膜基板によ るSERS効果に関して評価を行った。作製したAgナノアレイ構造の SERS用基板と しての性能と結晶性との関係を確認するために、検出分子をAgナノアレイ構造表面に 吸着させる必要がある。本研究では、図5.5 に示す Biphenyl-4-thiol(BPT)を検出分子 として採用した。

(5-2)

(5-3)

- 65 -

BPTは、2つのベンゼン環と末端に存在するチオール基から成る。このチオール基が、

Agとチオレート結合するため、Ag構造の表面に固定することができる。また、ベンゼ ン環を形成する C=C 結合は、伸縮する対称伸縮運動を示すことからラマンスペクトル の選択律により、強いラマン強度を示す。BPT 吸着液は、1 mMエタノール溶液(エ タノール 10 ml、BPT 1.8×10-3 g)に調製し、吸着させたい基板を24時間浸漬した。