博 士 ( 歯 学 ) 井 上 則 子
学 位 論 文 題 名
顎関節症患者における噛みしめ負荷試験による 安静時咬筋筋活動の治療前後での比較
学位論文内容の要旨
I. 緒言
顎 関 節 症 患 者 ( 以 下 、TMD患 者 とす る ) に認 め ら れる 咀 嚼 筋の 異 常 は 、歯 ぎ し りや く い しば り 、 精神 的 ス トレ ス 、 口腔から の刺激な どによ り誘発さ れる過 剰な筋収 縮が原 因と 考えら れてい る。咀嚼 筋の. 中でも咬 筋は臨床 症状を 起こしや すい筋のーつで、このような 過 剰な 筋 収 縮に よ っ て生 じ た 圧痛や自 発痛など の筋症 状を訴え 、治療 を希望し て来院 する TMD患 者が多 い。
咀 嚼 筋 に 異 常 を 認 め る こ の様 なTMD患 者 では 、 正 常者 に 比 ベ安 静 状 態 にお け る 筋活 動 が 亢進 し て いる こ と がLousらやReubenらな ど に より 報 告 され て い る。 軽 度 の 負荷 後の 状 態 に つ い て は 、JARABAKが 筋 電 図 波 形 の 観 察 か ら 、TMD患 者 の 噛 みし め 後 、会 話 後 で過 剰 な筋 活 動 を認 め た とし 、 ス プリント 治療によ り消失 したと報 告して いる。し かし、 この よ うな 負 荷 後の 安 静 時筋 活 動 に 関す る 報 告は 少 な く、 彼 の 研究 も 定 性的 な 観 察に と どま り、定 量的な 評価はな されて いない。
今 回 の 研 究 の 目 的 はTMD患 者 の 咬筋 全 域 の安 静 時 筋活 動 を 計測 対 象 と し、 軽 度 な負 荷 と して 噛 み しめ 負 荷 試験 を 行 わせ、噛 みしめ負 荷前後 における 安静時 筋活動の 定量的 な評 価 を行 い 、(1)負 荷前 の 安 静 時咬筋筋 活動量に 亢進を 認めるか どうか 、(2)負 荷後で はどう か 、(3)亢進 が あ ると す れ ぱ 、咬筋の 部位によ る違い があるか どうか 、(4)筋 活動の 亢進と 臨床症 状との 問に関連 性があ るかどう かを調ぺ ること であった 。
II. 研 究対 象
被 験 者 は 、 北 海 道 大 学 歯学 部 附 属病 院 を 来院 し たTMD患 者の 中 か ら、 咬 筋 の 臨床 症 状 の 強 い 側 と 習 慣 性 咀 嚼 側 ( 以下 、 習 慣性 咀 嚼 側をPCS、 そ の 反対 側 をNPCSと する ) と が 一 致 し て い るTMD患 者8名 ( 男 子4名 、 女 子4名 、 初 診 時 平 均 年 齢21歳10カ 月 、 以 下TMD 群と す る )を 選 択 した 。 す ぺて の被験者 の両側ま たは片 側の咬筋 に疼痛 や疲労感 などの 自 覚 症 状 と 圧 痛 な ど の 他 覚 症 状を 認 め た。 被 験 者のPCSは 問 診 とガ ム 咀 嚼を 行 わ せ て確 認 し、 筋 症 状の 強 い 側とPCSと が 一 致 して い る 者を 選 択 した 。 そ のほ か の 症状 と し て7名に 関節 雑 音 、4名 に 開口 時 痛 を認 め た 。
TMD患 者 に 対 し て 薬 物 療 法 や 理学 療 法 を併 用 し たス プ リ ント に よ る保 存 療 法 が3〜8ケ 月間 行 わ れ、 全 て の患 者 に 筋症 状 の 消 失を 認 め た。
対 照 とし て 、 顎口 腔 系 に異 常 を 認 めな い 正 常咬 合 者8名 (男子4名、 女子4名、平均 年齢 24歳4力月 、 以 下健 常 群 とす る ) を 用い た 。
III.研究方法
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l.筋電図の記録方法
被験筋は両側咬筋とし、篠田らによる多チヤンネル筋電図分析システムを用いて筋電図 の記 録を行った 。電極は 直径8mmの銀 ー塩化銀電極を用い、咬筋全域を縦3,横3の9チ ヤンネルとして、電極板の前方を咬筋前縁に、上方を頬骨弓に一致するように貼付し、両 側同 時記録した 。不関電極は前額部に設定した。TMD群の筋電図の測定時期は初診時と 症状改善時の2時点とした。測定した筋電図は下顎安静位における筋活動とし、実験的な 噛みしめ負荷試験の前後それそれ5分間を記録した。なお、下顎安静位への誘導および唾 液分泌による影響を最小限にするため、記録時間中は被験者に1分毎の嚥下を指示した。
噛みしめ負荷試験ではできるだけ多数歯に咬合カを分散させるために、咬合挙上量が第 一大 臼歯部で10mmに なるよう な即時重 合レジン製のバイトプレートを上下顎歯列に介 在させた。負荷試験時の咬合カは咬合力計(日本光電工業社製MPM‑3000)を用いて、左 右側それそれの第一大臼歯部で5kg、10kg、20kg、最大咬合カの4種類とし、それそれの 咬合カを5〜8秒間維持させた。
2.分析方法
筋電図波形は磁気テープに記録し、15Hzから500Hzまでのバンドノ1スフィルタを通過 させ、サンプリング周波数lkHz、精度12bitで量子化した。噛みしめ負荷試験の前後5分 間に行わせた1分毎の嚥下終了20秒後から13秒間の筋電図波形を合計10回計測し、その平 均振幅値を求め、安静時筋活動量とした。
統計 分析として 健常群とTMD群の比較 にはMann‑WhitneyのU検定、同一郡内の比較に はWilcoxonの符号付順位和検定を用いた。
IV.結果
1.咬筋の部位による違い
両側咬筋18部位において、負荷試験前に比べ試験後に安静時筋活動が増加した者にっい て検討した。その結果、健常群では4名、9部位で、1人平均3.3部位において負荷試験後 に 安静時筋活 動の増加を認めた。TMD群の初診時では7名、18部位の全てで、1人平均14 部位と多くの部位で増加を認めたのに対し、症状改善時では4名、7部位で1人平均1.8部 位と初診時に比ペ著しく減少し、健常者に類似した。両群での咬筋全域内の部位による違 い、およびPCSとNPCSとの間での差は認められなかった。
2,噛みしめ負荷試験前後の安静時筋活動量とその変化
咬筋全域内の部位による違いを認めなかったため、それそれ9部位の安静時筋活動を総 和して平均値を求め、これを安静時咬筋筋活動量とし、負荷試験前後の安静時咬筋筋活動 量を比較した。健常群において、負荷試験前5分時に比ペPCSでは負荷試験後2分時から、
NPCSで は負荷試験 後3分時か ら5%水準 で有意な 減少が認 められた 。TMD群の初診時で は、負荷試験前5分時に比ベ、負荷試験後1分時にPCS、NPCSとも5%水準で有意な増加が 認められ、その後は徐々に減少し、有意差を認めなくなった。TMD群の症状改善時では、
負 荷 試験 前5分 時 に比 ベ、PCSでは 負荷試験 後1分時か ら、NPCSでは3分時から 有意な 安静時咬筋筋活動量の低下を認め、健常群と類似していた。
3.健常者と顎関節症患者との違い
負 荷試験前後 のそれそ れの5分間 の安静時 咬筋筋活 動量を総 和してその 平均値を求 め 、これを平 均咬筋筋活動量として、健常群とTMD群の間の平均咬筋筋活動量を比較し た。負荷試験前では、健常群とTMD群の初診時との平均咬筋筋活動量に有意差はなかった が、負荷試験後では、健常群に比ベTMD群の初診時の方が有意に高い平均咬筋筋活動量を 示した。健常群とTMD群の症状改善時とでは負荷試験前後ともに有意差を認めなかった。
4.顎関節症の治療前後での変化
TMD群 の初診時と 症状改善時との闇での平均咬筋筋活動量を比較した。その結果、負
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荷試験 前のNPCS、および負荷試験後のPCSとNPCSで症状改善時の平均咬筋筋活動量は有 意に低 下していた 。
5.症状 による側差 間の違い
TMD群の噛 みしめ負荷 試験後の 左側およ び右側咬 筋の安静 時筋活動の亢進に差はな く 、 さ ら に 臨 床 症 状 の 強 さ と の 間 に も 関 連 性 は 認 め ら れ な か っ た 。
V.考察
本研 究で導かれたTMD患者の安静時筋活動における噛みしめ負荷試験後の増大の原因 については、次の様に考察した。CaillietはTMD患者では疲労、不安、緊張などが神経筋 のメカニズムに悪影響を与え、中枢神経系の協調中枢を介して筋紡錘システムに異常を起 こす と報告している。また、田上らはTMD患者では筋緊張抑制機能が低下している傾向 があると報告している。さらに、実験下という状況での心理的ストレスについても、TMD 患者と正常者とで心理的ストレスに対する反応性に違いがあると報告されている。これら のこ とから、今回のTMD群の噛みしめ負荷直後の安静時筋活動の亢進とその後の筋活動 の低下の遅延は、筋収縮を支配する中枢性の制御機構の異常が関与しているものと考えら れる。
咬筋の筋活動量の左右差がなかったことの理由としては、咬筋は左右が協調して働く特 異性 を持っており、そのためにPCSとNPCSとの差が非常に現れにくかったものと考えら れる。また、今回の実験は表面筋電図による計測で記録される筋活動が主に咬筋浅部の領 域であったことも、その理由のーっと考えられる。
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学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
顎関節症患者における噛みしめ負荷試験による 安静時咬筋筋活動の治療前後での比較
審査は 、提出論 文とそ蘊 に関連し た学科目 について、申請者に対して各審査員が 口 頭 試 問 に よ り 行 い 、 各 審 査 員 の 報 告 を 下 に 主 査 が そ の 結 果 を ま と め た 。 顎関節 症患者に 認められ る咀嚼筋 の異常は 、歯ぎし りやくいしばり、精神的スト レスな どにより 過剰な筋 収縮が誘 発され、 その結果 として圧痛や自発痛を生じるも のとさ れている 。顎関節 症患者で は、一般 に正常者 に比べて安静状態における筋活 動が亢 進してい るとされ ているが 、これら に関する 報告は少なく、詳細は明らかで はない 。
本研究 は、顎関 節症患者 における 安静時の 咬筋筋活 動の状態を明らかにする目的 で、顎 関節症患 者を対象 として日 常生活で 経験する 軽度な噛みしめ負荷試験前後で の安静 時筋活動 における 筋電図学 的変化を 定量的に 調ベ、顎関節症の治療前後、及 び健常 者のそれ と比較し たもので ある。
【 対象及び 方法】
被 験者とし て、本院 を受診し た顎関節 症患者の中 から、咬 筋の臨床 症状の強 い側 と 習 慣 性咀 嚼 側 (以 下 、習 慣 性 咀嚼 側をPCS、その 反対側をNPCSとする) とが一致 し て い る 患 者8名( 男 子4名 、女 子4名 、初 診 時 平均 年 齢21歳10カ 月 、以 下 患者 群 と す る)を 選択した 。すべて の被験者 の咬筋に疼 痛や圧痛 、疲労感 などの症 状を認 め た。これ らの患者 に、スプ リント等によ゛る保存療法を行い、全ての患者で筋症状 の 消 失 を認 め た 。対 照 とし て 、 顎口 腔 系に 異 常 を認 め ない 正 常咬 合者8名( 男子4 名 、 女 子 4名 、 平 均 年 齢 24歳 4力 月 、 以 下 健 常 群 と す る ) を 用 い た 。 被 験筋は両 側咬筋と し、多チ ャンネル 筋電図分析 システム を用いて 筋電図の 記録 を 行 っ た。 電 極 は直 径8 nunの 銀‐ 塩化銀 電極を用い 、咬筋全 域を3x3の9チ ャンネ ル に 分割し 、両側同 時に記録 した。患 者群におい て、筋電 図は初診 時と症状 改善時 の2時 点 で 測定 し 、実 験 的 な噛 み し め負 荷 試験 前 後 それ そ れ5分間を 記録した 。な お 、・噛み しめ負荷 試験では 、咬合挙上量が第一大臼歯部で10mmになるような即時重 合 レ ジン製 のバイト プレート を上下顎 歯列に介在 させ、負 荷試験時 の咬合カ は左右 側 それそれ の第一大 臼歯部で5 kg、10kg、20kg、最 大咬合カの4種類とし、それそれ の 咬合カで5〜8秒間維 持させた 。
筋 電図 波 形 は磁 気 テー プ に 記録 し 、15Hか ら500Hzま での バ ンドバ スフイル タを 通 過 させ、 サンプリ ング周波 数1 kHz、精度12bitで量子化し た。噛み しめ負荷 試験 の 前 後5分 間に 行 わせ た1分 毎 の嚥 下 終了20秒後 か ら13秒 間の 筋 電図波形 を合計10 回 計 測し、 その平均 振幅値を 求め、安 静時筋活動 量とした 。統計分 析として 健常群