【学位論文審査の要旨】
提出された学位論文「放射線誘発ラット乳癌の病理学的および分子生物学的特徴」は、
放射線による発がん感受性が高いことが知られている乳癌を対象に、γ線や中性子線を用 いて放射線により発生した乳癌の病理学的特徴および発がんメカニズムの解明に資する知 見を得ることを目的とし研究である。
は じ め に 、 約 0.5 Gy の 中 性 子 線 ま た は γ 線 を 7 週 齢 の ス プ ラ - グ ド リ ー
(Sprague-Dawley)雌ラットに照射し、発生した乳癌のサブタイプおよびゲノム変異につ いて非照射群に発生したラット乳癌と比較し、腫瘍の免疫組織化学染色を行い、ヒト乳癌 の標準分類基準に従ってルミナル型と非ルミナル型に分類した。また、アレイ比較ゲノム ハイブリダイゼーション法(aCGH)を用いて、それらの乳癌細胞におけるデオキシリボ核 酸(DNA)のコピー数異常について解析した。
その結果、中性子線とγ線はルミナル型の発生を有意に増加させた。ヒト乳癌で変異が 報告されている46の遺伝子のDNAコピー数異常を含んでいることを明らかとした。この ように、中性子線とγ線は、ヒト乳癌患者で見られる遺伝子異常と同様の遺伝的異常を介 して、ラットのルミナル型乳癌の発生率を増加させていることが推察され、中性子線照射 群に特異的ながんを誘発するのではないことを示した。
次に、従来のaCGHによるDNAコピー数異常の検出は、全染色体を網羅的にスクリー ニングできるという利点がある一方で、DNAコピー数異常を検出するプローブ間の間隔が 長いため、その間にあるDNAコピー数異常や、小さい変異は観察できないという欠点があ った。そこで、近年発展してきた次世代シークエンス技術を用いて、網羅的に一塩基レベ ルの遺伝子変異を検出することにより、中性子線およびγ線誘発ラット乳癌のゲノム変異 を詳細に観察し、発がんメカニズムの全容の解明を試みた。
その結果、中性子線照射群およびγ線照射群において、非照射群よりルミナル型乳癌の リスクが高いことが分かった。一方、非ルミナル型に分類された乳癌は、ルミナル型に比 べ、その発生率が低かったが、中性子線照射群においてのみ非ルミナル型乳癌の有意なリ スク上昇が見られた。
次に、全エクソームシークエンスによる解析の結果、各群の乳癌において平均80個前後 の遺伝子変異が検出され、非照射群のみで、腫瘍の成長期間と一塩基置換の発生数につい て有意な相関が観察された。また、検出された変異を持つ遺伝子について、その機能が細 胞のがん化への関与に矛盾していない遺伝子を調査した。
その結果、どの群においても約半数のサンプルで、細胞のがん化に関係し得る遺伝子変 異が観察され、細胞増殖や転写に関する遺伝子が多いことが分かった。また、DNAコピー 数解析の結果、ラット乳癌において高頻度にDNAコピー数の増幅が観察される領域が存在 することが分かった。この領域には、転写因子やWntシグナル伝達経路、PI3K/AKTシグ ナル伝達経路に関係する遺伝子が存在しており、がん化への関与が推測されたが、この異
常は、非照射群と照射群に発生した乳癌において、共通していると考えられた。
中性子線およびγ線被ばくではルミナル型に分類される性質を持った乳癌が発生しやす いこと、発がんに至るメカニズムとして、細胞周期や細胞増殖の調節機能を持つ遺伝子の 機能欠損が重要な働きをしている可能性を明らかとした。
以上の結果から、中性子線およびγ線誘発ラット乳癌はルミナル型の特徴を持つ傾向に あること、また放射線誘発ラット乳癌に特徴的なゲノム変異による発がんメカニズムが存 在する可能性が示唆された。本研究は中性子線誘発乳癌における病理学的特徴およびゲノ ム変異を示した最初の報告である。
令和2年02月04日に行った最終試験での口述試験および口頭試問では、研究成果につ いて明快なプレゼンテーションを行い、また質疑に対しては的確な応答を行った。
以上から、試験担当者は一致して、森山ひとみさんは首都大学東京大学院 人間健康科 学研究科放射線科学域 博士後期課程の論文審査および所定の最終試験に合格したと判定 し、博士(放射線学)の学位を授与することが適当であることを報告する。