【学位論文審査の要旨】
2017 年 7 月に受理された首記標題の博士(工学)の学位申請論文に対して、本学の 学位規則に従い最終試験を行った。上記4名の論文審査委員により本論文及び関連分 野に関する試問を行った結果、専門科目について十分な学力があるものと認めた。さ らに公開の席上で論文発表を行い質疑応答を行った。本論文は学術的並びに工学的に 社会に資することを確認し、これらの結果を総合的に審査した結果、合格と判定した。
以下に審査内容の要約を記す。
交通事故やスポーツ中の事故による頭部への衝撃で脳が変形して発症するびまん性 軸索損傷(DAI)は、高次脳機能障害の大きな要因であり早期診断が急務であるが、CT や MRI で直接観察可能な病態を示さず、有効な診断方法が存在しない。現在、計算力 学の発展により事故時の脳内の力学応答が詳細に求められるようになり、衝撃的な力 学刺激に対する神経細胞の耐性の把握は DAI の発症を予測する上で非常に重要である。
さらに近年、これまで軽視されてきた軽度の DAI である脳震盪を繰り返すと重症化す ることが問題視されており、繰り返し弱衝撃に対する神経損傷に関しても新たな知見 が求められている。
本論文ではこのような背景から、様々なひずみとひずみ速度の組合せによる衝撃負 荷に対する神経細胞の損傷耐性を詳細に調査し、以下の研究成果をあげている。
(1)ひずみとひずみ速度を独立に制御できる一軸衝撃引張試験装置を開発し、様々 なひずみとひずみ速度の組合せからなる衝撃荷重を、分化したマウス神経幹細胞に負 荷して神経細胞を損傷させ、β-APP および tau タンパク質の免疫染色により軸索輸送 障害を示す機能不全、およびより重症の軸索切断を示す機能遮断とひずみ、ひずみ速 度との関係を詳細に求めた。
(2)一度の衝撃では形態学的な変化の痕跡を残さないが、衝撃の繰り返しにより 損傷が顕在化する“繰り返し弱衝撃”負荷試験法を提案し、ラットの副腎髄質由来の 褐色細胞腫で、神経細胞分化のモデルとして用いられる PC12 細胞を用いて繰り返し弱 衝撃負荷試験を実施した。その結果、1度の衝撃負荷では損傷が観測されないひずみ 0.1、ひずみ速度 15/s の負荷において 1h 後に同様の衝撃を繰り返し負荷したところ、
軸索の機能不全を示す軸索瘤が多数観察された。
(3)繰り返し衝撃負荷前後での同一神経細胞の継続的観察をより正確にするため に、通常の培養ではランダムな方向に伸長する神経軸索を直線的に培養する軸索方向 制御培養法を提案し、繰り返し衝撃負荷における同一細胞の長時間観察においてその 有効性を示した。
本論文で得られた成果は、軽度から重度までの DAI の損傷予測に対して貴重な知 見やデータを与えるばかりでなく、今後の新たな神経細胞の培養や衝撃試験法の開発、
および実験精度の向上に大いに貢献することが期待される。