倫理 と資本主義の精神」
捕笠 原 俊 彦
Abstract
AccordingtoWeber,Pietism emergedwithinCalvinism andstayedthereinseparablyfora while.ItstimulatedCalvinism andrevivedthedoctrineof̀selectiveblessing whiI chhadbeen
underminedtemporarilyinCalvinism itself,thoughPietism showedindifferenceto,oreven neglectionof,thedoctrinalstudyanddiscriminatoryappreciationfor̀thereligiouspracticeof asceticism'called ̀practiceofpiety'・
Pietism,then,begantohold ̀thesecretmeeting whiI chwasbelievedtobe ̀thechurchof
thesaved'madevisibleonearthof̀theinvisiblechurch'inheaven.Andthere,apartfromthe worldlylife,theyexercisedtheirreligiouspracticeinordertogetfeelingof̀thecoexistencewith God'‑ thefeelingsimilartothatof̀uniomystica'(̀themysticalunificationofbeliverwith God')ofLutheranism.
ThisfeelingofcoexistenceisoneofthecharacteristicsofPietism considerabllylmpOrtant from Weber'sviewpoint.Because,contrarytotheCalvinists'coolness,itgavereligiousemotion toPietists,andallthemore,withthis,madethemseeknottheasceticbattleinthisworldlylifeto gettheconfidenceintheireternallivesthereinheaven,buttheasceticismtogettheblessalready hereonearth;this,togetherwiththeirdesplSementOftheworldlylifeas ̀creature',diminished thepowerintheoccupationallabourandproducedtheorganzationscalled ̀sects'remotefrom theworldandneartothemonkery.
OfcoursetherewasanotherdirectioninPietism‑ theextraordinarilyseverepractice (severerbyfarthanthatofaverageCalvinists)ofasceticisminworldlylife,togetconfidencein theirownblessedstate.This,however,wecannotdistinguishfromCalvinism,sofarasWeber's observationsconcern.
GermanPietismisknownwiththenamesofitsleadersノー Spener,FranckeandZinzendorf. ItwasbasedonthegroundofLutheranismandaccordinglywentawayfromtheCalvinisticdoc‑ trineof̀predetermination'.ItcouldbesaidtobetheresultoftheinvasionoftheCalvinistic asceticism intoLutheranism,andthisbroughtdisorderintothelogicofGermanPietism, ‑ or morecorrectly,WithitslackofdeliberationinintroducingCalvinisticasceticism,GermanPietism couldnotformulateanyloglCallyconsistentdoctrine.
AIsoinGermanPietism therewasastreamwithconsiderableresemblancetoCalvinism.It wasthestreammadebyFranckewhoweakenedtheloglCOfthedoctrineofselectiveblesslngby setting,inthisplace,thedoctrineofblessingby ̀BuRkampf' ‑ doctrineslightlybutseriously mixedwithemotionalmoment.Thismomentofemotionwasthemainfactorwhichweakenedand destroyedtheironlogicoftheCalvinisticdoctrine;itbecameconsiderblylarge,whenonestrolls fromFrancketoSpener,andfinallyenormous,whenonereachesthestrangeconfusionofZinzen‑
dorf.
Pietismwasheldmainlybythepeoplewithtraditionalwayoflife,suchasofficialsandwor‑ kersofdomesticindustry.Inaword,itwas ̀thereligiouspleasureoftheleisureclass'・
Keywords:Indifferencetothedoctrinalstudy,
Appreciationofthereligiouspracticeofasceticism, FeelingofthecoexistencewithGod,
Religiouspleasureoftheleisurecalss
教義の研究への無関心 宗教的禁欲の実践の尊重 神 との共存の感情 有閑階級の宗教的遊戯
1‑3.敬慶主義
113‑1.1神 との共存の感情 と現世軽視 ト 3‑2.「純良な」信徒の強固な現世内禁欲 卜 3‑3.ドイツの敬慶主義
1‑3‑3‑1.シュペナ‑
ー ルター主義へのカルヴ ィニズム的禁欲の侵入 と教義の混 乱 ‑
1‑313‑2.フラン/ケ
ー 「購罪のための苦闘」による恩寵 と禁欲的生活態度 ‑ 1‑3‑3‑3.ツインツ ェソ ドルフ
ー 教義の著 しい混乱 ‑ 1‑3‑3‑4.カルヴ ィニスムの不確かな混在 1‑3‑4.敬慶主義の実践的帰結
卜 3.敬虐主義
1‑3‑1.神 との共存の感情 と現世軽視 禁欲的プロテスタンテ ィズムの源泉の一 つ として カル ヴ ィ二 ズム を論 じたヴ ェ‑バ ー は,つぎに,その他の諸源泉に移 ることにな る。ヴ ェ‑バーは, これ ら諸源泉をいずれ も カルヴ ィニズム と対比 し,この ことによって, それぞれの特質を明 らかに しようとす る。 か れがまず とりあげ るものは,敬慶主義 (der Pietismus)であ る。
ヴ ェ‑バー古土与れば,敬慶主義は,カルヴ ィニズムない し改革主義の「恩寵 による選び」
とい う思惟 か ら出発 している。 しか もこの場 合,ヴ ェ‑バーによれば,敬虎主義は,カル
● ヴ ィニズムの外部 にではな く,まさにその内
●
部 に発生 した ことが注意 されなければな らな い。そ して,それは,その後 しば ら くの間は, カル ヴ ィテ ズムの 内部 に留 った ままであ っ た。そ こで, この時期 についてみ る とき,敬 慶 主義 を カル ヴ ィニズム か ら区別 す る こ と は,著 し く困難であ り,または不可能である
とさえいえるのであ る。
ヴ ェ‑バーは, この時期 における敬慶主義 について,つぎの ようにい う。
●●●●
「いずれにせ よ,歴史的にみれば,恩寵 に
●●●●
よる選 び とい う思惟 が,『敬慶主義』 の名で 呼び習わされている禁欲的方 向 (Richtung) の出発点であ った。 こ0.)運動 (Bewegung) が改革主義教会 の 内部 に留 って いた限 りで は,敬度主義のカルヴ ィニズム信徒 と非敬度 主義のカルヴ ィニズム信徒 との間に明確な境 界を設定す ることは,ほ とん ど不可能である。
清教主義 の著名 な代表者 の ほ とん どすべて が,時折,敬慶主義者のなかに教 え られてい るのであ り,すでに述べた,予定 (とい う思 惟 一 笠原) と救 いの実証 とい う思惟 とのあ の諸関連のすべて,および, この諸関連の基 礎 に存在 す る主 観 的 な 『救 いの確信 (cer‑ titudosalutis)』を得 たい とい う関心が,す
でに して,カルヴ ィソの真の教説 を敬慶主義 的 に展開 した もの (Fortsetzung)だ, と考 えて も,まった く無理 ではないのであ る。」
(SS.128‑ 130.)
この ように,ヴ ェ‑バーによれば,われわ れがすでに述べた, 自らが救われていること
●●
に何の疑 いを も有 しなかったカルヴ ィン 自身
●●●●
の行 き方ではな く, 自らが救われていること に必ず しも確信 を有 しえなかったカルヴ ィニ
●●
ズム信徒 にみ られ ることとなった行 き方,す なわち予定説 を信 じ自らが救われていること を確信 したい と願 って, 自らが救われている ことを実証 しようとす る行 き方 についていえ ば, この行 き方 これ 自体が,すでに 「カルヴ ィンの真 の教説 を敬慶 主義 的 に展 開 した も の」だ, と考 え られ うるのである。 この よう にいわれる とき,われわれには,少な くとも この時期 について,カルヴ ィニズム と敬慶主 義 とを区別す ることはで きないであろう。
ヴ ェ‑バーによれば,敬慶主義は,最初の 問は,カルヴ ィニズムにおいて一時的 に弱ま っていた恩寵 による救 いの教説 をカルヴ ィニ
●●●●●●
ズムの内部 において再燃 させ,禁欲主義 を復 興 させたのであ り,そのため, この ような敬
慶主義 については,「敬度主義」 とい う言葉 が とくに用い られない場合 さえある。
ヴ ェ一一バーはい う。
「改 革主 義 教 団 (diereformierten Gemeinschaften)の 内部 での禁欲主義 の復 輿 (asketischerevivals)は, (この教団にお いて 一 一笠原)一時的に忘れ られ,または弱 くなっていた,恩寵 による選びの教説の再燃 と,常 に結び付いて現れている。この事態は, とくにオランダにおいて顕著なのであ るが, イギ リスについていえば, この ことが, この 国で,大 ていの場合,『敬慶主義』 とい う概 念がまった く用い られないことの理 由 とな っ ている0̲)である。そ して,また,大陸 (ネ‑
デル ラン ドーライン下流)の改革主義のなか の敬慶主義 についてみて も,少な くともその 主た るものについていえば,例 えばベ イ リー (Bailey)の宗教心 にみ られ るの とまった く 同 じように,それは,最初は,たんに改革主 義 的 な禁欲 の高揚 に他 な らな か ったの であ
る」 (S.130.)
この ように して,ヴ ェ‑バーによれば,敬 慶主義は,最初の うちは,改革主義教団ない しカルヴ ィニズム教団の内部 において一時的 に弱体化 していた恩寵 による選びの教説 と禁 欲主義 とを復興 させた ものに他な らない とみ られ うるのであ り, この時期 について敬慶主 義 とカルヴ ィニズム とを区別することは著 し
く困難 と.い うよ り,む しろ不可能なのである。
ヴ ェレバーによれば,敬慶主義がカルヴィ
ニズム¢)内部 に留 まっていた時期 におけるカ ルヴ ィニズム と敬慶主義 との区別の この よう な困難性 または不可能性は, とりわけ両者の
●●
教義 についていわれ うる。 この時期 における 両者の教義 には,明確な区別がみ られないの である。
この場合,われわれは,両者の教義が,敬 慶主義0)初期 についてのみな らず,敬慶主義
のその後の展開において も,結局は,必ず し も明確に区別 され うるもの とはな らなかった ことを,ここで予め述べてお くべ きであろう。
ヴ ェ‑バーによれば,敬慶主義がカルヴ ィ ニズムか らその教義において明確 に区別 され えない理 由の一つは,敬慶主義が教義に重 き
●●
を置かず,宗教的実践を著 しく重視 した とこ ろに求め られ うる。敬慶主義は 「敬慶の実践」
とよばれる宗教的実践を重視 して教義を軽視 し, このため,教義について論 じることが少 なかったのであ り,この ことが,敬慶主義の 教義をカルヴ ィニズムのそれか ら区別するこ とを不可能 としてい る理 由の一 つなのであ る。
敬慶主義 におけるこの宗教的実践の重視 と その理 由 とについて,ヴ ェ‑バーはいう。
「『敬慶の実践 (praxispietatis)』 にあま りにも力が入れ られたため,教義上いかなる 信仰が正統であるか (diedogmatischeRecht‑ glaubigkeit)(の問題 一 笠原)が背後 に退 いて しまい,時にはまった く関心をもたれな いこととさえなった。救いを予定 されている 人 々が時 として教義上の誤 りに陥 ることは, かれ らが他の罪に陥 ることと同様 に,あ りう ることであるとされた し,そ して,経験 か ら して も,学校 で教 え られ て い る神学 (die Schultheologie)をまった く知 らない多 くの キ リス ト者が信仰によって極めて明白な成果 をあげているのに対 して,他方,たんに神学 の知識を身につけているだけでは, 日々の生 宿 (Wandel)における信仰の実証 が確 かな もの とな らないことは,明 らかだ とされたの である。要するに,神学の知識をもっている ことは,けっして選ばれていることを実証 し うるものではない とされたのである。」(SS.
130‑ 132.)
この ように,ヴ ェ‑バーによれば,敬慶主 義は,教義に重 きを置かず,宗教的実践 に重
きを置いたのであ り, この ような敬度主義が さきに述べ られたように 「恩寵による選びの 教説の再燃 と,常に結びついて現れ」た とす れば, この 「恩寵 による選びの教説の再燃」
は,敬慶主義の意図によるものではな く,た だ,敬慶主義が宗教的実践に重 きを置いた こ とか ら生 じた間接的結果であった と,われわ れは考 えざるをえないであろう。
さて,ヴ ェ‑バーによれば,この ように敬 慶の実践 を著 しく重視する考 えをもつ敬慶主 義者たちは,依然 としてカルヴ ィニズム教会
○●
の内部 に留まったまま,やがて,実践のため
●●●○●
の秘密の集会を開 きは じめることとなった。
●●●●●●●●●●●●●●
この集会は,世俗的生活その もの とは別個に, 日々,「敬慶の実践」をなそ うとす るもので あって,かれ らは,神に選ばれた者の 目に見 えない教会を地上 において 目に見えるものに 具体化 し,この ことによって, 自分たちが選 ばれた者であることを自らの生活態度におい て, 日々,外面的に表す ことによって も確信
しようとしたのである。
ヴ ェ‑バーはいう。
「この ように して,神学 を重視 す る教会 (dieTheologenkirche)に対 して深い不信 の念を懐 いていた敬慶主義は,公式 にはまだ 依然 としてこの教会に属 していたのであるが
‑ この ことが敬慶主義の標識の一つである
‑ ,現世 か ら区別 された場 での (inAb‑
sonderungYonderWelt)『敬慶 の実践 (praxispietatis)』を信奉する者たちを 『秘 密の集会 (Konventikel)』 に集め始めた。敬 慶主義は,聖徒の 目に見えない教会を地上 に 引 き下 ろして 目に見えるものにしたい, と考 えたのである。ただ,この場合,敬慶主義は, まだ,小教団の形成にまでは至 らなかった。
そ れ は ,上 記 の秘 密 の 集 会 とい う共 同体 (Gemeinschaft)のなかに隠れて,現世 の 影響には無感覚だが神の意志にはあ らゆる些
事 にまで従 う生活を送 りたい と思い, この こ とによって 自らが再生者であることを,生活 態度の 日々の外面的諸標識 について も確信 し
ようと思 ったのである。」 (SS.132‑133.) われわれは, ここで,上記引用文 に述べ ら れている 「秘密の集会」 に集 まることとなっ た信徒の 「敬慶の実践」が,現世の 日常生活 における実践その もの とは区別 されるもので あ ることに注意 しなければな らない。 この よ うな敬慶主義信徒は,公式 には,神学 を重視 す るカルヴ ィニズム教会 に属 したまま, しか も秘密の集会 を形成 し, ここにおいて, 日常 生活における実践 とは別個の 「敬慶の実践」
をなそ うとしたのであ る。
それでは,秘密の集会 における 「敬度の実 践」 において,敬慶主義信徒は何 を意図 した のであろうか。
ヴ ェ‑バーはい う。
「この よ う に して , 真 の 改 宗 者 (Be‑ kehrte)の 『教会 (ecclesiola)』 は, ‑ こ の ことは諸 々の特殊な敬慶主義のすべてに共 通だ ったのであるが ‑ ,禁欲 を強化するこ
とによって, この世 にいなが らも至福 を与 え られて神 とともに在 る状態 (Gemeinschaft) を享受 しようとしたのである。」 (S.133.)
すなわち,ヴ ェ‑バーによれば,秘密の集 会 におけ る敬慶の実践 によって意図 された も のは, この世 にいなが らも救われて神 と共存 する状態 を享受すること, これだったのであ
る。
われわれは, ここで,敬慶主義 におけ るこ の 「神 とともに在 る状態」ない し 「神 との共 存 」 の状態 が,ル ター主義 におけ る神 との
「神秘的合一」 と似ていることに,直ちに気 付かざるをえないであろう。
ヴ ェ‑バーはい う。
「さて, この最後 に述べた努力 (‑禁欲 を 強化す ることによって, この世 にいなが らも
至福 を与 え られて神 とともに在 る状態 を享受 しようとす る敬慶主義者の努カ ー 笠原)は, い く分 か は , ル ター 主 義 の 『神 秘 的 合 一
(uniomystica)』 と内面的 に類似 した もの を もっていた。それは,平均的な改革主義キ リス ト者 が通常有 して いた もの と比 べ る と
●●●
き, しば しば,宗教の感情的側面を強 く育成 することとなったのであ る。」 (S.133.)
この ように,ル ター主義の 「神秘的合一」
●●●
と同 じく,宗教の感情的側面 を育成 した こと
●●●●●●●●
は,ヴ ェ‑バーによれば,かれの研究か らみ
●●●●
て重要な敬度主義の特徴である。なぜな ら, それは,カルヴ ィニズムにみ られた冷静 さ と は異なるものであって, この ことによって, 敬慶主義信徒 に,カルヴ ィニズムがその信徒 に もた らした もの とは異なる実践的帰結を も た らした ものだか らである。
かれは, この特徴 についてい う。
●●●●●
「この場合,われわれの観点か らす るな ら
●●●●
ば, この ことこそは,改革主義の土台の うえ に立 つ 『敬慶主義』の決定的標識である とい われ うるであろ う。なぜな ら, もともとカル ヴ ィニスムの信仰心 とは全体 としてそ ぐわ ず, これ と異なる中世の宗教心の特定の諸形 態に内面的に類似 している,あの感情 の要因 (Geftih】smoment) が,実践的宗教心 を, あの世で17)未来を確信す るための禁欲的闘争 へ と導 く代 りに, この世で至福 を享受す る方 向へ と,導 くことにな ったか らである。」 (S.
133.)
この ように して,ヴ ェ‑バーによれば,敬 慶主義がその秘密の集会においてなそ うとし
●●●●●●●●●●●●
た実践は,あの世での未来を確信するための
●●●●●
現世ない し俗世 における禁欲的闘争 とい うカ
● ルヴ ィニズムの実践 とは異なる。それは, こ
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
の世で神 とともにある という至福を感情的に
●●●● ●●●●●
享受す るための敬慶の実践, これであ る。 ま さに, ここに,われわれは,カルヴ ィニズム
と敬慶主義 との相違 をみることがで きるであ ろうd
そ して,ヴ ェ‑バーに よれば,敬慶主義の この ような行 き方は,それが昂進する とき,
●●●●●●
カルヴ ィニスム信徒 にみ られ る冷静 で厳格な
●
族 とは,まった く異なるものを生み出す こと にもなった。
ヴ ェ‑バーはい う。
「そ して, この場合, この感情は,著 し く 高揚 して,宗教心 をまさにヒステ リックな性
●●●
格その ものに して しまうことがあ りえた。そ してその結果,それは,数多 くの例か ら知 ら れてお り,また神経症 によるものである とい われている,宗教的悦惚 とい う半覚醒状態 と
『神か ら遠 い』 と感 じられていた神経的虚脱
●●
状態 とのあの交互現 出によって,結局は,清 教主義信徒の体系的で神聖 な生活が人間に与 えた冷静 で厳格 な妖 (Zucht)とは,まった く反対 の もの を生 み 出 して しま ったのであ る。 この ことは,カルヴ ィニズム信徒の合理 的人格が 『熱情 (Affekte)』 を防 ぐために用 いていた抑制 を弱体化 した ことを意味す るも のに他な らない。」 (S.133.)
この ように して,ヴ ェ‑バーによれば,敬 慶主義 における感情的要因は,著 し く高揚 し て,宗教的悦惚 と神経的虚脱 との交互現 出 と い う神経症的状態へ と信徒 を導 きえたのであ り, この ことは,冷静で厳格かつ合理的なカ ルヴ ィニズムの朕 とは,まさに反対の ものだ ったのである。
ヴ ェ‑バーによれば,敬慶主義の感情的要 因は,さ らにまた,現世 ない し俗世の生活を
●●
軽蔑 し, この世 にいなが らしか も俗世の生活
●●●●
か ら離れ ようとする行 き方 を生み出す ことが あ った。
かれはい う。
「この場合,また,被造物は極悪であ る と
●●
い うカルヴ ィニズムの思惟 が,感情的に ‑
例 えばいわゆる 『虫け らに対す る感情』の形 態で ‑ 理解 され ることがあった。そ して, この ことによって,職業生活 における行動力
●●●
(Tatkraft)が死滅 させ られ るこ ともあ りえ
●
た。そ して,また,予定 とい う思惟 は, これ が ‑ カルヴ ィニズムの合理的宗教心 とい う
●●
真の傾 向 とは反対 に ‑ 気分的かつ感情的な
● ものにな る とき,宿命論 (Fatalismus)にな
●●●
りえた。そ して最後 に,聖徒たちが 自らを現
●●
世 か ら引 き離そ うとす る衝動が感情的に強力 に高め られ る場合 には,半ば共産主義的性格 を もつ修道院に も似た一種の共 同体組織が形
●●○●
成 され ることがあ りえたのであ る。 この よう な共 同体組織は,敬慶主義が絶 えず繰 り返 し て生み出 した ものであ り,敬慶主義は,また, 改革主義教会の内部 においてさえ, この よう な共 同体組織 を形成することがあ ったのであ る。」 (SS.133‑134.)
この ように して,ヴ ェ‑バーによれば,敬 慶主義は,一万 において,現世の生活におい て救いを確信 しようとす るのではな く,逆 に 現世の生活 を軽蔑 しこれか ら離れて,特殊な 宗教生活 を営 もうとす るもの となることがあ
●○●●●●●
ったのであ.り, このために,修道院 にも似た
●●●●●
共 同体組織を作 ることがあったのである。
われわれは, この ような共同体組織は, こ れが改革主義教会の外部 に形成 される とき,
●●●
ヴ ェ‑バーのい う小教団の一種 としてみ られ うるものである と考 えることがで きるであろ う。 この ような共 同体組織, とりわけ小教団
●○●●
が形成 され る とき,敬慶主義は,外面的には, カル ヴ ィニズ ムか ら区別 され うる もの とな る。だが,それに もかかわ らず,敬慶主義は,
●●● ●●
内面的 にみ る とき,カルヴ ィニズムの教義 を
●●
変革 し,明確な教義 を樹立 したわけではけ っ
●●
してない。それは,すでに述べ られた ように, そ もそ も教義 には,さほ どの関心 を示 さなか ったのであ る。われわれは, ここでは,それ
●●●
が,内面的には,ただ, この世 において神 と ともに在 る とい う感情 を享受 しようとし,こ
●●●
の点においてカルヴ ィニズムの宗教心 と異な
●●●
る宗教心 を有するものであ った こと,そ して, この宗教心によって,カルヴ ィニズムの宗教
●●●●
心が生み出 した生活態度 とは異なる 「敬度の
●●
実践」なるものを生み出す こととな った こと に,注意 しなければな らないのである。
1‑3‑2.「純良 な」信徒 の強固な現世 内 禁欲
ヴ ェ‑バーによれば,敬慶主義は,以上の ように,神 とともに共 同体にある とい う感情 を享受 しようとして,現世 ない し俗世の生活 態度 か ら区別 される 「敬慶の実践」をなそ う とす る行 き方 を生み出 したのであ り, この行 き方は,ついには現世の生活を軽蔑 し,修道 院に も似た共 同体組織 を形成 しさえす る行 き 方 に連な りえたのであ るが, しか し, この こ とは,敬慶主義が この ような行 き方のみを生 み出 した ことを意味す るわけではない。 かれ によれば,敬慶主義は,他方 において, この ような行 き方 とは別 の行 き方 を も生 み 出 し
●●●●●●
た。 この後者の行 き方 とは,著 し く厳 しくま
●●● ●●●●●●●●●●●●●●
た強固な,現世の生活における禁欲の実践 , これである。
ヴ ェ‑バーはいう。
●●
「だが,まさに上記の ような感情的な もの の育成 によるこの極端な効果が意図されなか った場合には, したがって改革主義的な敬慶
●●
主義が現世の天職生活の内部でその至福 を確 信 しようと努力 した場合には,敬慶主義的諸 原則 (pietistischeGrundsatze)が実践 され ることによって,ただ,天職 における生活態
●○●
度 を著 し く厳 し く禁欲的に審査 (Kontrolle) し,天職 におけ る道徳原理 を宗教 と著 しく強 固に結びつける とい う効果が生 じることにな った。そ して, この場合の,天職 における生
活態度¢)禁欲的審査 と天職 における道徳原理 の宗教への結び付 き とは,『純 良な る』敬慶
主義信徒 によって第二級のキ リス ト者 とみな されていた,普通の改革主義キ リス ト者の, たんなる現世的 『名誉 (Ehrbarkeit)』 に よ って展開 させ られえたそれ よ りも,ず っ と厳 し く,またず っ と強固だ ったのである。」 (S.
134.)
この引用文 にい う 「敬慶主義的諸原則」 と は,実践 を重視する諸原則 に他な らないであ ろう。この場合,われわれは,この諸原則が, 現世の生活か ら区別 される場での 「敬慶の実
●●
践」の諸原則を意味す るものではな く,現世
●●●●●
の生活の場その ものにおける諸原則 を意味す るものであることに, とくに注意 しなければ な らない。
いずれにせ よ,ヴ ェ‑バーによれば,敬慶 主義の うちには,感情的な ものを育成 し神 と の共存 とい う感情 を享受 しようとす る方向に 向 うものだけではな く, 自らが救われている ことを確信するために現世の天職生活の内部 において著 し く厳 しい禁欲 をなそ うとする方 向へ と向 うものが存在 した。 この方向は, こ の信徒 に対 して,カルヴ ィニズムの普通の信 徒のそれ よりも格段 に厳 しい禁欲的生活態度 を とらせ たのである。敬慶主義が この ような 方向に向 う限 り, これまでのヴ ェ‑バーの論 述か らすれば,われわれは,これを少な くと
●●●●
も内面的にカルヴ ィニズムか ら区別す ること がほ とん ど不可能である。
もっ とも,ヴ ェ‑バーによれば, この よう な敬慶主義 も,秘密集会を組織 し,さ らには 小教団を形成することがあ ったのであ・り, こ の ときには,われわれには,この敬慶主義が,
●●●●
外面的 に,カルヴ ィニズムか ら区別 され うる ように もみえるであろう。
ヴ ェ‑バーはい う。
「聖徒たちの宗教的貴族制は,実に,すべ
ての改革主義的禁欲の発展において,禁欲が 真面 目に考 えられれば考 えられるほど,それ だけ確実に現れることとなった。 この宗教的 貴族制は,のちには, ‑ オランダで生 じた ように 一 教会の内部で 自発的に組織 された 秘密の集会の形を とるようになった。 これに 対 して,イギ リスの清教主義においては,宗
●●
教的貴族制は,一部は教会の体制内部 におけ る積極的キ リス ト者 と消極的キ リス ト者 との 形式的区別を生み出し,一部は ‑ すでに述 べた ようにして 一 小教団を形成 させ ること
となったのである。」(S.134.)
ここにヴ ェ‑バーのいう小教団が,さきに 述べ られた,神 との共存 を意図 した敬慶主義 者 たちの 「修道院 に も似 た一種 の共 同体組 織」, とりわけ改革派教会の外部 に形成 され
●●●●●●●●●
たそれ と,外形的には似ていることが認め ら れなければな らないであろう。 しかし,この 二つが内面的に同 じでないことは,いうまで
もない。
しかしなが ら,われわれは, ここで,一つ の疑問を提起せざるをえない。それは,この 引用文 にいう秘密の集会 さらには小教団が, カルヴ ィニズムの秘密の集会で もカルヴ ィニ
●●
ズムの小教団で もな く,敬慶主義のそれであ ると,ヴ ェ‑バーはいかにしていうことがで きるのであろうか,これである。
この点について,われわれは,さきに,ヴ ェ‑バーが,初期の敬慶主義について,カル
●● ●
ヴ ィソ 自身か ら区別 されるカルヴ ィニズム信
○
徒が とった行 き方,すなわち予定説を信 じ自 らが救われていることを確信 したい と願 って 自らが救われていることを実証 しようとした 行 き方, したがってカルヴ ィニズムその もの が,すでに 「カルヴ ィンの其の教説を敬慶主 義的に展開 した もの」 として考 えられ うる, と述 べていた こ とを想起 しなければな らな
○●●●●
い。ヴ ェ‑バーは,この ような初期の敬度主
義か ら発展 した敬慶主義 として,一万におい て, この世 にあ りなが らすでに救われて神 と ともに在 るとい う感情を享受 しようとし, こ のために現世ない し俗世の生活か ら区別され るところにおいて 「敬慶の実践」をなそ うと する行 き方を述べた。そ して,他方において, かれは, この行 き方か ら, 自らが救われてい ることを確信するために現世の天職生活その ものにおいて著 しく厳 しい禁欲的生活態度を 実践 しようとする,ここで とりあげている行
き方を,区別 したのであった。
●●
この二つの うちの前者 については,われわ れは,これを,た しかに,カルヴ ィニズム と は異なるもの として理解することがで きるで あろう。ヴ ェ‑バーによれば,この行 き方は, かれの観点か らして決定的 ともい うべ き敬慶 主義の標識を示す行 き方だったのである。
●●
だが,以上二つの行 き方の うちの後者 につ いては,われわれは,ヴ ェ‑バーの これまで の論述か らみる限 り,これをカルヴ ィニズム か ら区別 しうるだけの根拠を見出す ことがで きない。われわれは,ヴ ェ‑バーの論述か ら, この行 き方が現世の生活における実践を とり わけ重視するものであることを,た しかに知 ることがで きる。 しか し,われわれには, こ の点は,この行 き方をカルヴ ィニズムか ら区 別 しうるほ どの特徴 であ る とは思 われ えな い。なぜな ら, この行 き方は,カルヴ ィニズ ムの内部 において, この特質の一つである現 世の生活における禁欲的実践を, とりわけ顕 著に為す もの以外の何 もので もない とみえる か らである。われわれには,この方向は,む しろ,カルヴ ィニズムか ら区別 されえなかっ
●●●● ●●○
た初期の敬慶主義その もののあるいはそのま
●●
まの展開であ・り, この意味において,まさに カルヴ ィニズムの展開その ものである, とみ えるのである。
この ようにして,われわれは,ヴ ェ‑バー