民族主義 の倫理的一考察
‑ K・ R
・ポパーの民族問題 に関す る発言 を手掛 か りとして‑立 花 希
‑
AnEthi ca一Ref l ecti ononNati onal i sm thr oughCr i ti ci sm ofPopper ' sVi ew
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Nat i o nal i s m a swe l la sl i be r al i s m ands o ci al i s m i samai nf ac t o ri nmode r npol i t i c s . I n hi swor k" TheOpe nSo ci e t ya ndl t sEne mi e s , " whi c hi shi sware f f or ta gai ns tNaz i s m , K. R.
Poppe rr e f e r st ot henat i o nalp r o bl e msi nc l udi ngt heJ e wi s hpr obl e msan di st o t al l yoppo s e d t ona t i o nal i s m i nge ne r a
l. Hei sac o s mopo l i t a nl i be r al i s ti nde e d. I nt hi spape rIc r i t i cal l y e xa mi nePoppe r ' Svi e w o n na t i o nal i s m a nd c o nc l udet ha tt he r eca nbeamor el i be r a l na t i o nal i s m t hatPoppe ro ve r l ookswhi c hi sc o mpa t i bl ewi t hhi smo r ege ne r alphi l os ophi c al po s i t i o n.
Ⅰ. は じめに
私 は1 9 80 年 8月か ら 1 9 83 年 7 月までの 3 年 間,イスラエルに滞在 した。その間の研究 テーマは, 今世紀最大の哲学者の 1人 と目され る K. R. ポパーの 「 批判的合理主義」の思想 を研究す るこ とで あった。 その研究 を進めてい く中で, ポパーが 自らの思想 を形成 してい くうえで,民族主義 が大 きな役割 を果た しているこ とに気付 くよ うになった。
本稿 は, コスモ ポ リタン的 な自由主義者であるポパーの民族主義 に関す る見解 を批判的に検討 す るこ とによって,彼の看過 した民族主義 を指摘 し, さらに健全 な民族主義 の行方 を考察 した も のである。
ⅠⅠ.ポパー とヒ トラー
「 民族主義」が現代の政治 を動か している大 きな要 因の 1 つであるこ とには恐 ら く異論 はない であろ うC この他 の要 因 として , 「自由主義」 , 「 社会主義」が考 え られ るO それ ぞれの設定す る目 的,価値 ば , 「 民族」 ( 1 ) , 「自由」 , 「 平等」とい う具合 に異 なってお り, この 3 つの価値の どれ を第 一義的 な もの とみ なすか,優先順位 をどうつ けるかによって各人の政治的態度 はか な りの程度決 定 され るであろ う。 しか し, ここでは主 として 「自由」 と 「 民族」の 2 つの価値 をめ ぐって考察 す るこ とに したい( 2 ) 0
先程, ポパーの思想形成 に民族主義 が大 きな役割 を果 た した と述べ たが, それは 「 民族主義
」がネガティブな意味 を もって影響 した とい うこ とである。す なわ ち, ポパーに とって , 「 民族」は
優先順位 が低 い とい うよ りむ しろ全 く価値 をもっていないのであ り , 「 平等」 を別 とすれば, 「自
由」のみが価値 を もっている とい うこ とである。 この こ とを, ポパー とは全 く対照的に , 「 民族」
のみ に価値 が あ る とみ な し,他の価値 を顧 りみ ない ヒ トラー と対比 させ なが ら具体 的 に考察 して み たい。
ポパ ーは , 『 開かれた社会 とその敵』お よび『 歴 史法則主義 の貧 困』の執筆動機 を次の よ うに語 っ て い る
(3)0
1 93 8 年 3 月に, ヒ トラーの オー ス トリア 占領 のニ ュー スが入 ったO今や オー ス トリア人の脱 出 を助 け るこ とが緊急 の必要事 で あった。 か くなる うえは,政治問題 につ いて私 が1 91 9 年 この かた得 た どん な知識 も,もはや 公表せ ず に控 えてお くこ とはで きない,と私 は思 い もした
。‑・
『 貧 困』 と 『 開かれ た社 会』 とは私 の闘争の書 で あった。
それでは ポパー に とって, 闘争‑ といって も思 想闘争で あるが‑ は,何 に対す る, あ るい は誰 に対す る闘争 だ ったので あろ うか。 F 貧 困』 の開巻 冒頭 にあ る献辞‑ 「フ ァシス トとコ ミュ ニ ス トの犠牲 となった,‑ ・ 無数 の男女‑ の追憶 に ささげ る」 とい うもの‑ か らわか るよ うに, いわゆ る左右 の全体 主義 に対 す る批判, 闘争 だ ったので あるが , 『 開かれ た社会』の第 2 巻 の大半 がマル クス及びマ ル クス主義批判 にあて られ てい るため, ヒ トラーや フ ァシズム
(4)に対 す る批判 の部分 が見逃 され, ポパー は反マ ル クス主義, 反共主義, さらには反社会主義 の哲学者 とみ な さ れが ちで あ るo Lか し, ポパーが オー ス トリア社会民主党‑ オー ス トロ ・マ ル クス主義 と呼 ば れ るマ ル クス主義 を標梼 していた政党‑ に反対す る最大 の理 由の 1 つ が,社 会民主党 がナ チス の権 力掌握 に対 して徹底的 に抵抗 しなか った点 にあった
(5)とい うこ とか らわか るよ うに, ポパー に とって最 大の敵 は,マ ル クス主義 ではな く, フ ァシズムだ ったので ある。
フ ァシズムは,ユ ダヤ 人 を 「スケープ ゴー ト」に仕立 て上 げ, 反ユ ダヤ主義 の政策 を実行 した。
ユ ダヤ 人 と共 に生活 した こ との ないわれわれ 日本 人 には,西欧‑ ばか りでは な くユ ダヤ 人の居 住 して いたあ らゆ る地域‑ にお いて,「 ユ ダヤ人問題」が いか に歴史的 に大 きな問題‑ 宗教 的, 民族的,文 化的,社 会的,政 治的,経 済的問題‑ であ ったか とい うこ とを実感 し,理 解す るこ
とは難 しい。確 か に反ユ ダヤ主義 は非合理 で あ り, 馬鹿げた こ とで あ る。 しか し ,1 9 世 紀末 か ら 2 0 世紀半 ば まで, い くつかの有 力 な政 党が反ユ ダヤ主義 を綱 領の 1つ に掲 げ る ことに よって, 多 くの票 を獲得 す るこ とが で き, 国 内政 治お よび国際 関係 に大 きな影響 を及ぼ して きた とい う事実 は消 し去 るこ とがで きないので あ る
(6)0
「 民 族 主 義」‑ 反ユ ダヤ 主義 は アー リア 人種 至 上 主 義 的 ドイツ民族 主 義 の ‑ ‑帰 結 で あ る
‑ は,非合理 で はあ るが, この非 合理 な ものが現実政治 を動 か した とい う事実 を無視せ ず, そ の原因 を解 明 しよ うとす るこ とこそ合理 的 なアプ ロー チ といえるのでは なか ろ うか。
現代 の政治的反ユ ダヤ主義 の発祥 の地 は ウ ィー ンであ った,といわれ てい る
(7)。そ こは キ リス ト 教 社会党の カール ・ルエー ガ ‑ ( Ka r lLue ge r ) と汎 ドイツ覚 のゲ オル ク ・フ ォン ・シェ‑ ネ ラー
( Geo r gvo nSc h6 ne r e r ) を生 んだ ところで あ り,若 きヒ トラー は, ウィー ンに滞在 した時, こ の 2 人の政 治理論家 か ら政治的教訓 を学 んだのであ る( 8 ) 。
ヒ トラー は , 「ドイツ ・オー ス トリアは,母 国大 ドイツに復帰 しなければ な らない 」 ( 9 )
と『 わが闘 争』の最初 に書 いて いる。 同 じ ドイツ民族 が, ドイツ とオー ス トリア に分 かれて住 んで いるこ と は,彼 には理解 で きない こ とで あ り,許 しが たいこ とだ ったので ある 。K ・ロー レンツ ( K. Lo r e nz ) の動物心理 学 に , 「 刻 印づ け」 ( I mpr i nt i ng) とい う理論 が あ る。例 えば,新 たにか えったガチ ョウ の子 は,黄初 に眼 につ いた動 くもの を 自分 の 「 母親」 として選 び とるが, それ は修正 の きか ない 学習過程 で あ る。ヒ トラー に とって , 「ドイツ民族 は同一 の国家 に属 すべ きだ」とい う思 い込 み は,
まさにそれ だ った
(10)。 ヒ トラー に とって,単一民族 国家 の原理 は修正や訂正 の受 けつ けない もの
となっていたので あ る。
オー ス トリア を ドイツに合併 させ るこ とが, ヒ トラ‑ に とって最 大 の 目的, 課題 となった。 そ れ以降の あ らゆ る政 治政策 は, この 目的 を実現 す るこ と一本 に絞 られ たので あ る。
ドイツ統一 国家 の夢 はナ ポ レオ ン戦争の時代 に まで遡 るが, その実現 に向 けて大 きな成功 を収 め たのが, ビスマ ル クで ある。 プ ロシアの ビスマ ル クは, あ らゆ る政策 を用 いて ドイツの統 一 を 妨 げ る もの を除 くこ とに よって ,1 8 71 年, プ ロシア を中心 とす る ドイツ帝 国の統一 を樹立 した。
しか し, これで夢 が実現 したわ けでは なか ったo小 ドイツ主義‑ オー ス トリア ・‑ ンガ リー帝 国の ドイツ民族 圏 を ドイツ帝 国 に吸収 しよ うとす る考 え‑ を奉 ず るプ ロシア と,大 ドイツ主義
‑ ドイツ帝 寅 を併合 して, 強大 な‑ ブ スブル ク帝 国 を実現 しよ うとす る考 え‑ を奉 ず るオー ス トリアの対 立 は,解決 され ない まま残 って いた。
ビスマル クに よる ドイツ帝 国の統一 とその拡張政策 に よって, その後 の西欧お よび世 界の紛争 の タネ‑ それ は第 1 次, 第 2 次世 界大戦 にお いて クライマ ックスを迎 えるが‑ は播 かれ てい たので あ る。 ドイツ民族 の さ らな る統一 を 目ぎ し, 第
2次世 界大戦 を引 き起 こ した ヒ トラー は, ヒスマル クに よってプ ログラム化 され た機械 人間 とみ なす こ ともで きるか もしれ ない。 目的や そ の 目的 を実現す るための手段 の良 し悪 Lを批判的 に検討す るこ とな く, イ ンプ ッ トされ たプ ログ ラム に従 って, その 目的 を実現 す るための手段 のみ を考 察す るこ とは計算機械 に もで きるか らで ある。
その ヒ トラー で あるが,彼の心情,思想 は ポパーの それ と鮮 か な対照 をな してい る。 それ らを い くつか対 比 してみ るこ とに しよ う
(ll)0
ヒ トラー
〔 第 1 次世 界大戦〕
わが民族 とその具体 化 され た ドイツ帝 国の ため にはいつ で も死ぬ覚悟 が あった。
〔 ウ ィー ン〕
多民族 の都 市 ウ ィー ンを嫌悪。
〔 国家 と個 人〕
国家至上主義。単一 民族 国家 が理 想。
〔 歴史観〕
歴 史か ら学ぶ とい うこ とは,歴 史的事件 を 実際 に引 き起 こ した原因 としての力 を発見 し, 〔 成功 の道 を兄 い出す〕 こ とで あ る。
〔 政治形態〕
一党独裁,全体 主義 を標 梓。
〔 社 会構 造〕
画一的で権 威主義 的 な社 会。
〔 大衆〕
大衆 は支配す る もの をいっそ う好み, 自由
ポ パ ー
オー ス トリア と ドイツの信条 は誤 った信条 であ り, われわれ は戦争 に敗 けて当然で あ る。
リベ ラルで コスモ ポ リタン的 な雰 囲気 を愛 す。
国家 は必要悪。個 人の 自由 を保証 し,保護 す るのが国家の役 目。 多民族 の連 邦 国家 が 現実 的 な国家形態 で あ る。
自分 のおかれ た歴史的,社 会的状 況 の中で よ り善 い と思 われ る道 を失敗 を恐 れず に選 択すべ きで あ る。
複数政党主義,議 会制 民主主義 を標傍。
多元的で リベ ラル な平 等社 会。
エ リー ト,大衆 の区別 な く, われ われ人間
主義 的 な 自由 を是認す るよ りも,他の教 説 の並有 を許容 しない教説 に内心 い っそ う満 足 を感ず る もので あ る。
〔 言葉〕
人 を説得 しうるのは書 かれた言葉 よ りも話 された言葉 に よる もので あるO
〔 音楽〕
R.ワー グナー の賛 美者o
は 自分 の責 任 を他 の者 に肩代 わ りして もら いたい とい う弱 きを持 ってい るが, それ を 克服 し自分 の行為 の選 択 とそれ に対 す る責 任 を負 うのは 自分 だけだ とい う自覚 を もた なければ な らない。
言葉 は人 を説得 す るための道具 ではな く, 真理探究 のための批判 の道具 で ある。批判 的検 討 を行 うには,話 し言葉 よ り書 き言葉 の方が望 ましい。
ワ‑ グナ‑ は大嫌 いで あるO
この よ うにい くつ か例 を挙 げただけで も, ホバ‑ とヒ トラーが著 しい対照 をな してい るこ とは 容 易 にわか るで あろ う。 ポパーの唱 える政治哲学,政治形態 は, フ ァシズムの指頭 を防 ぎ,排除 す るため に考案 され,練 り上 げ られた もの とみ なす こ とがで きる。例 えば, 民主制 を多数決制 と してで はな く,流 血 な しに政権 を交代 しうる制 度 とみ な し, もしその制 度 を破壊 しよ うとす るグ ループが た とえ 多数 派で あった として もそれ を許 してほ な らない と考 えて い るこ と
ば 12) ,議 会制 民主主義 を否定 す るナチ スが, 多数 派工 作 に よって政権 を掌握 して しまった こ とに対 す る歴 史的 反省か ら生 まれ た もの と解釈 す るこ とがで きよ う。
ここまでは よ くわか る。 ヒ トラー流 の民族 主義 は悪で あるo Lか し,民族 主義 はすべ て良 くな い もの なので あろ うか。 「自由主義」 と 「 民族 主義 」は相 互 に矛盾 し, 一万 を とれば 自動 的 に他方 を排 除 しなけれ ばな らない もの なので あろ うかo
ところが ポパー は断定す る。「 すべ ての民族 主義 または人種 主義 は悪 で あ り,ユ ダヤ民族 主義 と て けっ して例外 では ない
」(13)と。ポパーの この見解 は誤 って い る と私 は考 える。一般 に否定的 な意 味 を もつ 人種 主義 を民族 主義 と同列 に並べ るこ とに よって,民族 主義 一般 を も否定 しさる とい う のは実 に巧妙 な論 法 では あるが,合理 的 な批 判 とは呼 びが たい代物 で あ る。端 的 にい って , 「人種 主義」 と 「民族 主義 」 は別個 の概 念で ある し, 民族 主義 の一形態が悪 だか らとい って, すべ ての 民族主義 が悪 で あ る とい う結論 を導 くこ とはで きないか らで ある。
ポパーの あ らゆ る民族 主義 の否定 は偏見 で あ り, これ はポパーが同化主義的ユ ダヤ 人で あ るこ とに拠 る もの と思 われ る。次節 では この こ とを具体 的 に考察 しなが ら , 「 個 人の 自由」と両立 しう る, あるいは 「 個 人の 自由」 を増大 させ うるよ うな 「 民族 主義」 の あ り方 を探 るこ とに しよ う。
ⅠⅠⅠ.ポパーの看過 した民族主義
ポパ ー は, ドイツにお ける ヒ トラー の躍進, それ に続 くオー ス トリアの併合 を予想 し, この よ うな事 件 が起 きる前 にオー ス トl )ア を去 ろ う と決 心 した
(14)o もしウィー ン を去 って い なか った ら, ポパー はユ ダヤ人
(15)とみ なされ, ヒ トラー に よって虐殺 されて いたであ ろ うO この ポパーの 予 想 に基づ く決 断が彼 の生命 を放 ったので あ る。
それでは,ポパー は なぜ この よ うに適切 な情勢 判断 を行 うこ とがで きたので あろ うか.「この よ
うな予 想 をす る うえで, ユ ダヤ 人問題 に対 す る私 の評価 が大 きな役割 を演 じた
」(16)と述べ て い る
こ とか ら もわか るよ うに,反ユ ダヤ主義 の度合 が判 断の 目安 にな ったので ある. ポパー は同化主
義 者で はあ るが, 自分 がユ ダヤ 人 とみ な されて い るこ とを自覚 して いた。 ナチ ス政権 に反対 し,
倫理 的判断 に基づ いて ドイツか ら亡命 した非ユ ダヤ系 ドイツ人
も,知識 人の中には 多 くい るこ と は確 かで あ るが,ポパー は選択 の余地 な く亡命 したので ある。この こ とは
,「 私 はユ ダヤ 人の生 ま れで あ ったか ら,移住 を決意 したので ある
」(17)と述べ てい るこ とか らわか るで あろ う。 ポパー は, ユ ダヤ的状 況, いわばユ ダヤ 人の 「 運命共 同体 」( Sc hi c ks a l s ge me i ns c ha f t ) の中に投 げ込 まれて いたので あ る
(18)。
ナチ ズムの悪夢 は去 った。現在 ポパーが住 んで い るイギ リスでは,下 層の労働 者階層の間 には 依 然ユ ダヤ 人に対す る偏 見が根 強 い けれ ど も,政 治的反ユ ダヤ主義 の傾 向はみ られ ない。しか し,
いつ反ユ ダヤ主義 の嵐が襲 って くるか わか らないの であ る。 そこで, 社会や政治 の微妙 な変化 を 敏 感 に察知 して,社 会が悪 い方 向 に向か っていか ない よ う絶 えず警戒 して いなけれ ばな らないの で あ る. ポパー の社 会分 析や批判 が鋭 いの も,ユ ダヤ人のおかれて い る不安定 な状況 か らきてい るのか もしれ ない。
また, イスラエル建 国以後 も世 界各国 に馳散 して住 んで い る圧倒 的 多数 のユ ダヤ 人は, イスラ エル国の出現 に よって新 たに 「 二重の忠誠」 の問題 に直面 した。 そ こで, 自分 の住 んで い る国 に 同化 しよ う とす るユ ダヤ 人は, イスラエ ルやユ ダヤ教 な ど, あ りとあ らゆ るユ ダヤ的 なる ものか ら手 を切 ろ うとす る傾 向 にな る。 しか し, ユ ダヤ的 なる もの を排 除 しよ うとすればす るほ ど, 自 分 がユ ダヤ 人で あるこ とを意識 して しま うとい う逆説 に直面 す る。 ポパー も自分 の好 む と好 まざ る とにかか わ らず,離散ユ ダヤ 人 ( Di as por a) としての運命 を背 負 ってい るこ とを自覚 してお り, ユ ダヤ 人で あるこ とに対 して 「わだか ま り」 を もって い る
(19)O
た また まユ ダヤ 人に生 まれ たばか りに差 別や迫害 を受 け, それか ら逃 れ るため に完全 に同化 し よ うとして い るポパーの意 に反 して, ど うして ポパーのユ ダヤ性 を強調す るのか と反問 され るか もしれ ない。 それは,離散 ユ ダヤ 人の 同化主義 者 に よ くみ られ るよ うに, ポパー に よるユ ダヤ教 やユ ダヤ民族 に対す る評価 が 公正 さを欠いてい るか らで ある。 ポパーのユ ダヤ 人につ いての発言 は,ユ ダヤ 人の 同化主義者 に典 型的 な発言で あ り,ユ ダヤ 人に対 す る嫌悪 に基づ いてお り
(20),ユ ダヤ 人に対 す る偏 見 を助 長す る もので あるか ら,それ は適切 に批判 が な され る必要 が あるO以下, その批判 を試 み なが ら,健全 な民族主義 の行方 を模 索 してみ るこ とに したい。
ポパー の哲学 を特徴づ け る もの に,多元主義 ( Pl ur a li s m) が ある。この 多元主義 は,三世 界説
(21)や 仮説の 多元主義 ( 複数 主義 )
(22) にあ らわれて いるが, そればか りで はな く,ポパー は社 会に も適 用 して い る。 ポパー は, 人間の社 会 を, 多 くの蚊 が集 まって作 られ る蚊 の社会‑ 蚊柱‑ と対 比 させ て次 の よ うに述べ て い る
(23)。
〔 蚊 の 中に哲学者 が い る として, その〕哲学者の蚊 は,蚊 の社 会は想像 しうる もっ とも平等 主義 的 で 自由 な, 民主的 な社会で あ るか ら,偉 大 な社 会で あ り,少 な くとも良 き社 会で あ る と 主張す るか もしれ ない, と私 は考 える。 しか しなが ら , 『 開かれた社 会封二つ いての書物 の著者 として,私 は蚊 の社 会が開かれ た社 会で あ るこ とを否定す るで あろ う。 なぜ な ら開かれた社会 の特徴 の 1つ は,民主的統 治形態 を別 にすれ ば,結社 の 自由 を大切 にす るこ と, それ どころか 異 なった意 見 と信 念 とを保持 す る 自由 な部分 社会 を保護 し奨励 しさえす る こ とで あ る。 しか し, すべ ての道理 をわ きまえた蚊 な ら, 自分 た ちの社 会 に この種 の 多元主義 が欠 けて い るこ と を認 め ざるをえないで あろ う。
ポ パー は コ ス モ ポ リ タ ン ( Cos mopol i t e ) で あ る が,一 元 主 義 的 普 遍 主 義 ( Mo ni s t i c
Uni ve r s a l i s m) ‑ 例 えば, あ らゆ る人が キ リス ト教徒 に改宗 して い るキ リス ト教社 会 を理 想 と
す るよ うな考 え‑ で はな く, 多元主義 的普遍主義 ( Pl ur al i s t i cUni ve r s al i s m) を唱 えて い る。
ポパー は, 民族 自決 ( Nat i o nalSe l f ‑ de t e r mi na t i o n) に基づ く民族 国家の 原理 は現実 には実行不 可能 で ある として排 除す るが, その代 わ りとして民族 「 保護 主義 」( Pr o t e c t i oni s m) を提 唱 して い る。ポパー はい う。「人種 的少数 集団は どこにで もい る。目ざすべ き妥 当 な 目的 は,かれ らのす べ て を「 解放」す るこ とではあ りえず,かれ らのすべ て を保護 す るこ とで な ければ な らない
」(24)と。
ところが, ポパー は この民族保護 原理 をユ ダヤ 人には適 用 しよ うとしないので あ る
(25)Oそれ ど ころか,ユ ダヤ民族 を「開かれた社会の敵」, 歴 史法則主義者, 人種 主義者 ときめつ け,非難 す る ので ある。
ポパーの保護 主義 が首 尾一貫 していない こ とを, テルア ビブ大学 のマ ルセ ロ ・ダスカルは次 の よ うに指摘 して いる
(26)。
ユ ダヤ 人の場合 を考察 してみ るこ とに しよ う。何世 代 に もわた って世 界の諸民族 の 中に離散 して きたユ ダヤ 人の一部 は
,「 部族 的」つ なが りを解消 し
,「 一般社 会」 の中に統合 され る よ う に試みたが, 多 くのユ ダヤ 人は,民族 的,文化的 きず なに基づ く民族 国家樹 立のみが,かれ ら の個 人 としての 自由 を保護 す る とい う要件 を保証 しうる とい う結論 に到達 したので あ る。・‑
部族 主義や民族主義 の, あ る種 の正 当性 はポパー の保護主義 か ら引 き出 され る。 少 な くとも, イスラエル国がユ ダヤ 人の保護 に貢献 して いるか ど うか とい う問題 は, 合理 的 に議論可能 であ る。 ところが,ポパー は トインビー と結託 して , 「 特 にパ レスチナ において古代語 を再 生 しよ う とす る民族 主義者 の試 み」 を一方的 に弾劾す るので あ る。
ポパー は知識 人で あ り,西 欧社会で成功 した少数 の幸運 なユ ダヤ 人の 1 人で あ る。 われわれ 日 本 人は,ユ ダヤ 人 とい うとア インシュ タイン, フ ロイ ト, フ ッサー ル,ベ ル グソンな どを思 い浮 かべ るが, かれ らは一握 りの成功者 であ り, その優 秀 な頭脳 に よって, い うなれば どこにで も暮 らしていける人々なので ある。 ポパー は, ニ ュー ジー ラン ドか ら もイギ リスか らも講師 として招 曙 され たO もしポパーが 中学校 の平 凡な‑教 師だ った とした ら,果 た して うま く亡命 で きたか ど うか, はなはだ疑 問で あ る。 ナチの犠牲 に なったか, あ るいは九死 に一生 をえて,パ レスチナ に 向か ったかで あろ う。圧倒的 多数 のユ ダヤ 人は, 危機 が迫 りつつ あ るこ とを感知 しつつ も, どこ に も行 き場 が なか ったので あ る
(27)。かれ らに とっては,事態 は今 に きっ と良 くな る と楽 観的 な期 待 をす る しか なか ったので あ る。 ポパーが述べ る理 想は高遠で あ る。 しか し,彼の言動 は一般 民 衆 に対 す る配慮が 欠 けてい るのではない
が 28)O
個 々人が, あ る民族,階級 に属 して いるこ とは端 的 に事 実 で ある
(29)。 ポパー は コスモ ポ リタン のつ も りで いるよ うで あ るが,普遍言語 を話す とか, どの民族 に も階級 に も属 さない,抽 象的 な 人間 とい うもの は存在 しないので あ る。 ただ, 民族至上主義や階級 闘争至 上主義 が,個 々人の 自 由 を奪 う危険性 をは らんでい るか ら, それ らには警戒 しなければ な らないので ある。民族保護 問 題
も,経済上 の平等 の問題 も,個 々人の 自由 を公平 に最適 度 にす るため には ど うい う政策 を とっ た らよいか とい う観点 か ら問 わなけれ ばな らないで あろ う。 そ こでわれわれは, 民族 主義 に区別 を設 ける必要 が あ る。ヒ トラーの ドイツ民族 主義 を典 型 とす る民族 主義 は , 「 全体 主義的民族 主義」
( To t a l i t ar i anNat i o na l i s m) と呼 ぶ こ とに し,個 人の 自由 を保護 す るため に唱 え られ る民族主義 は
,「 個 人主義 的民族主義 」 ( I ndi vi dual i s t i cNa t i o nal i s m) と呼ぶ こ とに しよ う。
ポパー は あ らV 5 )る民族主義 を‑ ま とめ に し,しか も人種 主義 と並 置 して,悪 だ と決めつ け るが,
ポパーの哲学か らは, ダスカルの指摘 の通 r ), この結論 は生 じえない。 ポパーの反対 す る民族 主
義 は前者 で あって, 後者 では あ りえない。民族 主義 を一切否定す るこ とに よって,民族 間題 に 目
を塞 いで い るポパー には, あ らゆ る問題 につ いて批判的検討,議論 を行 お うとす る 「 批 判的合理
主義」 の態度が, この問題 に関 しては欠如 してい るよ うに思 われ る( 3 0 ) 0
「 民族」 とい う概 念は,集 団 を表 わす もので あ り,民族 主義 が個 人か ら自由や権利 を奪 い,義 務や服従のみ を押 しつ け る方 向 に傾 きやす いこ とは歴 史をみれば明 らかで あるよ うに思 われ る。
先 に,民族主義 を全体 主義 的民族 主義 と個 人主義 的民族 主義 に分 けたが, 言葉 の上 で は分 けるこ とがで きて も,実際 の民族集 団 を観察 した場合 には,純粋 な全体 主義 的民族集 団 も純粋 を個 人主 義 的民族集 団 も存在せ ず,存在す るのは, よ り全体 主義 的か あるいは よ り個 人主義 的 な民族集 団 であ る。
現在 もなお,世 界 にお いて民族 間の対立,闘争 は絶 え るこ とな く続 いてい る。ポパーの よ うに,
「あ らゆ る民族主義 は悪 で あ る」 と弾劾 す るだ けでは, 何の解決 に もな りえない。諸民族 が, そ の民族 主義 を全体 主義 的 な ものか ら個 人主義 的 な もの‑ と, 内部 にお いて改革 して い くこ とが必 要 で あろ う。
それでは,一 民族 の中で ど うい う政策 を とれば,全体 主義化 を防 ぐこ とがで き,しか もよ りいっ そ う個 人主義 的 な民族集 団 を形成 す る こ とがで きるで あろ うかO これ は重要 な問 いで あ り, 各民 族の成 員が それ ぞれ の大義 名分 を一方 的 に支持 す るこ とな く, 「 批 判 的合理 主義」 の精 神 にの っ とって取 り組 むべ き問題 で あ る。 その解決策か 見つ かれば, それ を制 度化 す るこ とに よって,個 人主義 的民族主義 を確 固た る現実 の もの とす るこ とがで きるで あろ う。 この問題 を十分 に検討 す るこ とは今後の課題 として残 され るこ とになるが,現在 な しうる範 囲で, その暫定 的提案 をい く つか述べ るこ とに よって本稿 の しめ くくりとしたい。
(1)
基本的 人権,特 に生 存権 の絶対 的保証 で あ る。個 人の生死 を国家 に預 け るこ とにな って しま う徴兵制 は断 固排 除 し,志願兵制 にのみ限定すべ きで あ る。 イスラエルでは,男女共 に徴兵制
ナ ソ ヨ十 リス テ イ /
ク
が適 用 されてい るが, これが イス ラエル を国家主義 的 を傾 向 にす る原因 となって いる。 この点 では,現在徴兵制 を採 用 していない 日本 は, よ り個 人主義 的で ある とい えよ う。
(2)
民族 に属 す る成員が, その民族集 団の外 で も生活 で きるよ うな教育 をすべ きで あ る。最適 応 の条件 は,好都合 な状況 にのみ適応す るよ うに個体 の もつ可変性 を限定す るこ とに よってでは な く,逆 に外 界の変化,不都合 な状 況 に も適 応で きるよ うに,個体 にで きる限 り可変性 を具 え させ てお くこ とに よって満 た され る。 この観点 か らみ る と, 日本 の外 国語教育 は再考 の余地が ある0万 ‑, 国が な くなった ら, 多 くの 日本 人に とっては海外 で暮 らしてい くこ とは非常 に困 難で あろ う。 そ うい う人々 は当然, 国家主義 的 になるで あろ う。 その他 に選 択 の余地 が ないか らで ある。 日本語 しか操 れ ない よ うに教 育 され てい る 日本 人は, 日本で しか生 きていけない よ うに仕上 げ られて い る。 自己の生存 を大幅 に国家 に頼 らせ るよ うに し向 け る教育 は,全体 主義 化 の危険性 をは らんで い る といえよ う。 その よ うな社 会で は, ひ とたび戦争 が起 きた場合,批 判や 異議 の 申 し立 てが, 反逆者, 国賊 とと り違 え られ る可能性 が大 き くなる。 したが って,坐 体 主義 的民族 主義 の国家 は, 防衛戦争で はな く, 国防の名 を借 りた侵略戦争 を行 う危険性 が高 い といえ よ う。
ほ とん ど死語 だ った‑ プ ライ語 をイス ラエ ル建 国後再 生 し,‑ プ ライ喜 吾教育 に国 をあげて力 を注 いで いるイス ラエルは,他 方,外国語教育 の重要性 も看過 してお らず,小学校 2 年生 か ら, しか も話 し言葉 を中心 とす る外 国語教育 を導 入 してい る。
( 3) ポパー リア ンの 1人であ る
G.ラ ドニ ッキー は,次 の よ うな興味深 い発言 を してい る
(31)
0「 理 想的 なの は, 各国家 が それ ぞれ国民獲得 の競 争 をす るこ とで しょう。 それは西側 にあ って も役 に立つ こ とで しょう。 なぜ な らそ うす る と国 々が もっ と努 力 して, 人々が それ ぞれ勝手 に故郷
として選 ぶ国の魅 力 を高め よ うと努 力す るか らです」 と。
各人に国 を選択 す る自由 を保証 し,奨励せ よ とい うラ ドニ ッキー の案 は, 民族 主義 を個 人圭
一 2 9‑
義 的 にす る こ とに も役 に立つ で あ ろ う。
(4) 多民族 国家 は い うまで もな く, どん な民族 国家 に も少数 民族 は存在 す る。 その 少数 民族 の処 遇 の仕 方 は, その 国家 が全 体 主義 的 か 個 人主 義 的 か を測 る うえで の お お きな 目安 とな り うる。
したが って, 少数 者 や 弱者 の意 見 に耳 を傾 け, 絶 えず 自戒 す る こ とは有 意義 で あ ろ う(32)。
注
(1
)
「民族」とい う言葉 は 多義的で暖昧で あるが, ここでは初めか ら定義 をす るとい う方法は とらず, 考察 を進めてい く中で, で きるだけ明確 に してい きたい と思 うQ(2) 「自由」と 「平等」とい う価値 の相互 の関係の考察については,拙稿 「寸さパー と社会主義」, 『哲学 ・ 思想論叢i"第
3
号,1 9 85
年1
月, (筑波大学哲学 ・思想学 会)を参照 されたい。( 3 )
K.R. Poppe r , I nt e l l e c t ualAut o bi ogr aphy. i nTZ l ePJ u ' l o s o ph 3 .0 fKar lPo p Pe 7 ' , e d. byP. A. Sc hi l pp
,LaSal
le , I l l i noi s ,1 97 4,p. 9 0.
傍点筆者。(4) ヒ トラーの率 いる民族社会主義 ドイツ労働党の思想は,ナチ ズム と呼 ばれ,イタ リアのフ ァシズム と区別 され るが,ここではその蕨密 な区別 を行わず,民族かすべ てであ り.個 人は それに全面的に奉 仕すべ きで ある と考 える全体主義 を意味す る もの として,十チ ズム,フ ァシズムを相互 に変換可能 な 概 念 として用いてい る。
( 5 ) K. R. Poppe r ,TheOpe nSo c i e t . yaj 〜 dI t sEj l e 7 m' e s ,Rout l e dge& Ke ga nPaul .Lo ndo n,1 9 7 3,Vol .
II,Chaps . 1 8‑ 2 0
. この具体 的 な分析は注( 2 )
にあげた拙稿 で行 ったo(6)現在,西欧の主要 な政党で,反ユ ダヤ主義 を綱領に盛 り込 んでいる政党はか 、し, もしそれ を掲げ た として も,それに よって得票か増 える とい うこ ともないであろ うO政治的 な反ユ タ、ヤ主義 は去 った といえよう。 しか し最近 の ネオ ・ナチ ズムの動 きか らもわか るよ うに, けっして消滅 したわけではな い。ただ潜 んでいるだけか もしれない。ジャ‑ ヴ ィか指摘す るように
,
「合理的批判的議論 の伝統は失 われやす いのに対 し,人種差別の伝統 は,それ らを破壊 しようとしているのに存続す る」か らである。I . C.J a r vi e,Conc e pt sandSo c i e t
,V ,Rout l e dge&Ke ga nPaul .Lo ndon,1 9
72,p. 1 5 5.
( 7 ) Jos e phFr ae nke l ,I nt r o duc t i on,i n Th
e Jelt・
SO f Au s t 7
7‑a:Es s a ̲ v son t he i rLi f e ,Hi s t
ory and De s t r uc t i on.Lo ndon,1 96 7,p, xi .
( 8 )
ア ド)i,7・ヒ トラー,Fわが闘争Jl,平野一
郎,将積 茂共訳,角 11T文 庫,上,1 4 9‑1 8 7
頁。ルエーガー とシェ‑ ネラー につ いては,シ ョー スキが,‑ ルツル とも対比 させ なが ら,詳細 二分析 している。Ca r l E.Sc hor s ke,Fl ' n‑ de ‑ s i e c l eVz ‑ e nna:Pol i t l ' c sand CI L l t z l r e ,Vi nt ageBooks ,Ne w Yor k、1 9 81,pp.
11 6 ‑1 80
.(9) ヒ トラー, 『わが闘争』,上, 22頁O
(10) この観月か らみ ると,ユ ダヤ 人が ドイツ民族 国家実現 を妨 げ る敵 に映 ったのである。多民族 の帝国 とい う‑ブ スブル クの理 念 を奉 じた唯一の民族集 団がユ ダヤ 人であったか らであるOユ ダヤ民族集団 の中には,宗教的なユ ダヤ人,民族主義的 なユ ダヤ 人,同化主義 的なユ タ、ヤ 人な ど多種 多様 な主義主 張 を もつユ ダヤ 人が存在す るが,かれ らに とって もっ とも生活 しやすい社会が,自由主義的で,コス モポ リタン的 な多民族国家 なのである。
(ll) ヒ トラー につ いては, ?わが闘争』か ら, ポパーにつ いては
,At t t ob i o gr a ph y
とOpe nSo c i e
tyか ら 引用 した。アモス・エ ロンは,『‑ ルツル』の中て.‑ ルツル とヒ トラ‑ をまさに対照的 な人物 として 取 り上げているO‑ ルツルはシオニ ス トで,ポパ‑は反 シオニ ス トであるが,その点 を除 けば両者の 政治 に関す る思想は類似 している。AmosEt o n,He r z l ,Londo n,1 9 7 5,p. 8.
(1
2 ) Po ppe r
,(奉enSoc i e t y ,p. 1 51.
(13)
Poppe r ,Aut o b i o g7 1 a Ph y,p. 8 3
傍点筆者。(14)
I bi d. ,p. 83.
(15) ア ラン・ウンタ‑マ ンはユ ダヤ 人 とい う概 念 を作 り上 げて いるカテゴ リー として,(1)生物学 的出 自, (2)宗教 的帰属, (3)コ ミュニ テ ィ・文 化集 団へ の帰属, (4)人種 約, E]家 的帰属 と使用言語, の4つ を挙 げて いるが,私 は(5)として,社会学的 カテ ゴ リー を付 け加 えるべ きだ と考 えて いる。なぜ な ら,ユ ダ ヤ教 に もユ ダヤ的文化 に も関心 が な く,イスラエ ル国 に も共 感 しないに もかか わ らず,他 人か ら自分 はユ ダヤ 人であ る とみ な され てお り,万一悲劇 的 な事 態の際 にはユ ダヤ 人 と運 命 を共 にす るこ とを余 儀 な くされ るで あろ うとい うこ とを意識 して いるユ ダヤ 人が存在す るか らで あ る。一般 に 「同化主義 者
」( As s i mi l at i o ni s t s )
と呼 ばれ る人々が. この カテ ゴ リー に属す るで あろ う。 二の社 会学的 カテ ゴ リー は,ウン タ‑マ ンの い う(1)生物学的 出 自 とは意味 を異にす るこ とに注意すべ きで あるOとい うの は,全 くユ ダヤ 人で はなか ったに もかかわ らず,ユ ダヤ 人 とみな され たため にユ ダヤ 人 と運 命 を共 に した非ユ ダヤ人が存在 したか らで あ る。 ア ラン・ウ ンターマ ン. Fユ ダヤ 人‑ その信仰 と生活』, 石 川耕一郎 ・市 川裕訳,筑蜜書房,1 9 ‑ 27
頁.(16)
Poppe r . Aut ob i o g7 1 a Ph y,p. 83.
(17
) K. R.Poppe r ,OnReas on
&t heOpe nSoc i e t y,i nEnc o l t nt e 7 一 ,3 8,No.5.1 9
72,p. 1 4,
(18) 同化主義 者のユ ダヤ 人は,改宗や非ユ ダヤ 人 との結婚 な どに よって,何代か たてばユ ダヤ 人意識 は全 くな くな り,あ えて歴 史や家 系 をた どるこ とを しない限 り,同化 して しま うて あろ う。 しか し,同 化主義者 と同化 した者 とは違 うので あ る。ポパー は,ユ ダヤ教 に も,ユ ダヤ民族主義‑ イスラエ ル 建 国以前 にはユ ダヤ民族 国家 の建 設 を目標 に措 け,建 国 後はそれ を支持 す る 「シオニ ズム」と, 多民 族 国家 内でユ ダヤ民族 の 自治権 獲得 を目さす 「離散 民族 主義」とに分かれ る‑ に も反対 してい るが,
自分 自身がユ ダヤ人で あ るこ とは 自他共 に認め てい るOそ して,西欧社 会にお いて,ユ ダヤ 人で ある とい うこ とはその 人に非常 に大 きな影響 を及ぼすので あ る。
(19)
B.
マ ギーが著書, ?カー ル ・ポパー』の草稿 で, ポパー を 「ユ ダヤ 人哲学者」 と述べ た こ とに対 し, ポパー に.害 は あって も利 な し といわれて,「ユ ダヤ 人」を削除 した とい う経緯 を,テルア ビブ大学の 哲学科講 師の メナ‑ ム ・7 イ ソシュか ら聞 いたO また, イスラエ ル,ウ ァン・リー ル研究 所のナ タン・ロー テン シュ トライ ヒ教授 による と,再三再 四の招待 に もかか わ らず,ポパー は イスラエ ル訪 問 を拒 否 し続 けてい る とい う。もしこれか別の国か らの招待 で あった ら喜 んで 応 じるので はなか ろ うか。日 本 に来 た よ うに。
(20) クル ト レヴ ィンは,「ユ ダヤ 人の間 に 自己嫌悪が あるこ とは,非ユ ダヤ 人には信 じ難 いで あろ うが, ユ ダヤ 人 自身の間では よ く知 られ た事 実 であ る」と指摘 して,ユ ダヤ 人の 自己嫌悪 の原因 とその解決 法 を考察 して いる
。Hur tLe wi n,Sel f ‑ hat r e dAmo ngJ e ws ,i n Cont e mpo 7 ・ ar l ,Je t t . i s hRe c or d,Vol .
ⅠⅤ
,No. 3.1 9 41,pp. 21 9‑ 2 3 2.
(21)
K. R.Poppe r ,Ob j e c t i 乙 , eKno L t T l e d ge ,Oxf or d,1 97 2,pp. 1 5 3‑ 1 61.
(22)
I bi d. ,pp. 2 4ト2 4 4.
(2
3 ) I bi d. ,p. 2 0 9.
(24)
K, R.Poppe r ,Co n j e c t l L r e SandRe f l l t af i o ns ,Rout l e dge
&Ke ganPaul ,1 9 6 3,p. 3 6 8.
原文 イタ リック。(25) 同化主義 者のユ ダヤ 人が,ユ ダヤ 人か民族集 団で あるこ とを認め よ うとはせ ず,民族 自治権 を与 え よ うとしない態度 は,よ く見 られ るこ となので あ る。マ ル クス主義 の立場 か ら初め て民族 問題 に取 り 組み, 『民族 問題 と社会民主主義
i( Di eNat i onal t at e nf r a geunddi eSoz i al de mokr at i e, Wi e n, 1 90 7)
を著 わ した オ 、ノトー ・バ ウア一 に よる と,民族 は共通 の領土 に住 む 人々 とい うよ り,「運 命共 同体」
( Sc hi c ks al s ge me i ns c ha
ft)か ら生ず る 「性格 共同体」 ( Char akt e r ge me i ns c haf t )
の成 員 として定義され る とい う。す なわ ち,共通 の運 命か ら特殊 な性格 か形成 され た共同体 に結 びつ け られて い る人々 の集 団が民族 で あ るOもしこれが民族 の定義 ならば,ユ ダヤ 人ほ ど民族 と呼 ばれ るにふ さわ しい民族 は他 にい ないで あろ う。お よそ
2 0 0 0
年 前 に祖 国 を失 い,艶散 した後 も世 界 各地 で,民族 的,宗教的共 同体 として存続 して きたのがユ ダヤ 人だか らで あ る。 ところがバ ウ7‑ は,ユ ダヤ 人の場 合 には,共 通 の定住地 を もっていない として その民族性 を否定 し,民族 自治権 を与 えよ うとしないの である。こ れは まさに 自己矛盾で あ る とい えよ う。 この分析 につ いては,Robe r tWi s t r i c h ,So c i al i s m a ndt h e J e ws ,Lo ndo n,1 9 82,pp. 3 3 2 ‑ 3 4 8
を参照 した。(26
) Mar c e l oDas cal , E ! ? e s teyd‑ s O o EE e
nt y 一% . b c s i t e r t a
yC t ,i n wt t t
gen s l e
l' n,t heVz ‑ e nnaCi r c l eandCr
l't i c a l Rat i o nal i s m,Vi e nna,1 97 9,p. 3 67.
( 2
7) このユ ダヤ 人の危機 的状況が実際 に訪 れ る前 にそれ を察知 して,ユ ダヤ 人国家 の建 設 を訴 えたのが‑ ル ツルで あった。
(28)症 (24)で言及 した
So c i al i s mandt h e
Jeu.Sの著 者であ る‑ プ ライ大学ユ ダヤ 史学科 の ロバー ト ウィ ス トリッチは,筆者 との私 的 な会話 の 中で, ポパーの 「ユ ダヤ 人問題」の見 方には,一般 のユ ダヤ 人 の行動 は なるほ ど理解 で きない こ とは ないが,私 はそれ を とらない とい う,一段 高 い所か ら見お ろす 態度がみ られ, エ リー ト意識が あ らわれてい る と分析 した。(29) この言明は, マル クス主義 の 「階級」闘争理 論 を支持 している とい うわ けでは な く, もし個 人 を「階 級」 的 見地 か らみた ら, どこか に所属 す るで あろ うとい う事実 を指摘 して いるだけで ある。
(30) ポパー は, F伝統 の合理 的理論 に向 けて』とい う論文 を書 いて いるか, 同 じ精 神で, F民族 の合理 的 理論 に向 けて』とい う論文 が書 かれ る必要 か あ るのて は なか ろ うか。ポパー は
.1 8
世紀 の啓蒙主義者, 合理 主義者 が伝統 を無視 して いる と批判 して いるが,民族 問題 を無視 す るポパー は,この点 で は1 8
世 紀流の コスモポ 1)タ二 ズム に近 い といえよ う。( 3
1) F クロイツ ァー編, 」F未来は開かれて いる.A,辻瑠訳,思 秦社,1 7 7
頁O(32)春稿 は, 日本 イスラエ ル大使館主催の Fェ L'セ ィ.コンテ ス 上