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新 約 正 典 の 倫 理

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(1)

新 約 正 典 の 倫 理

持 田 行 雄

Di eEt hi kderneut e st ament l i chen Kanons

YUKIO MocHIDA

は じ め に

「 宗教倫理」 とい うのは一個 の矛盾慨念である。①宗教 は絶対者 ・超越者 と人間 とい う縦 の関 係で問われ るが,倫理 は他者 ・隣人 と自己とい う横の関係で問われ るか らであ り,@宗教 の関わ る死者の復活や神性の存在 などは日常性を突 き破 るところで初めて問題 になるが,倫理の関わる 徳や愛 などは常 に日常生活の中で問題 になるか らであ り,④宗教的人間は彼 自身の外 にあ る神的 権威 によって宗教的 になるが,倫理的人間は彼 自身の内にある意志力 によって倫理的になるか ら である。要するに,宗教 と倫理 との矛盾 は超越的な もの と内在的な もの との問の相違 による。従 っ て, この両概念を結合 した 「 宗教倫理」 は形容矛盾であるとい う外 はない。

しか し,宗教倫理が問われ るのは,単 に こうした両概念間の相違 とい う地平 においてばか りで はない。哲学的概念分析が どうあろうと,宗教倫理 は事実 としてある。 またそれを研究対象 にす る宗教倫理学 も学問 としてある。それ故,宗教倫理を問 うには, この両概念の相違 の認識か ら始 まって,更 にはその根本的に矛盾 し合 う両概念が結合 した 「 宗教倫理」の意味の内容分析 にまで 至 らなければな らない。それは宗教倫理学が学 と して成立す る根拠を問 うことに もなろう。

ところで,宗教 と倫理を結び付 ける中心概念 は 「 規範」であろう。例えば 「 宗教倫理学 は宗教 的規範に従 う倫理を問 う学問である」 とい うように,両者 はこの概念を媒介 として結び付 く。従 っ て, もし倫理学が一面 において 「 規範の学」であるな らば( 1 ) ,宗教が信徒 に課せた規範 に従 う人 間の特異な生 き方や死 に方 も当然倫理学 の研究対象にな らなければな らない。宗教倫理学の成立 す る所以である。

しか し,規範 とい う視点か ら見 ると,宗教 も倫理 も共 に

1

個の矛盾を示す。理念的には,宗教 は精神 の自由 ( 罪か らの救 い、苦か らの解脱 など)を求め,倫理 は行為の 自由 ( 束縛か らの解放, 人格形成の主体性 など)を求めるが, しか し,現実的には,両者 とも何かの規範を定めて 自 らの 自由をかえ って制約す る歴史を展開 して きたか らである。理念 と現実 との間の矛盾の問題で ある といってよい

(2)

0

教義的理念 と歴史的現実 との矛盾 とい う事態 に直面 して宗教倫理学が考 えなければな らない問 題 は次のよ うになる。①宗教が理念的に倫理規範を持つ ことは何を意味す るか。㊥ その規範 はど のように人間の行為を決定す るか。 また④その行為はどのよ うな歴史や文化を形成す るか。前‑

者 は理念 的な問いであ り,倫理学的探究の基礎 を成す。後二者 は優れて倫理的な問いであ り,宗

教倫理学 の中心課題 になる。無論 これを分けて別 々に論 じることはで きない。三者 は相互補完的

関係 にあるか らである。

(2)

本小論 は 「 宗教倫理」の中の 「 宗教」を 「キ リス ト教」に置 き換え、キ リス ト教倫理 について 上記の問題を考 えてみようとす るものである。理解 は常 によ く具体的な ものへの思考 によって助 けられ る。 それ故 ここで も聖書す なわちキ リス ト信徒の倫理規範 とい う最 も具体的なものを手掛 か りに,キ リス ト信 徒の生 活 と行動 及 び それが形成 した キ リス ト教文化 につ いて考 えて い く ことに しよう。

聖書の正典性を問 う問題

W.Huber

によ る と, キ リス ト教 倫理 学 は 「 生 に対す る自由」を取 り扱 うとい う。 このテーマ は自由の賜物が人間の生の根拠であるとい う点 にある。倫理学 は、 自由について語 るとき, これ を信仰 に付加 され る何かあるもの として扱いは しない。 キ リス ト教的にいえば, 自由は本質的 に 信仰 に属 して い るか ら, とい うのであ る。 そ して次のパ ウロの言葉を引用す る

(3)0

「 主 は霊であ

る。 しか し,主の霊があるところには 自由がある

」(

Ⅱコリ

3:

1 7) 。

しか し,キ リス ト教倫理学が理念的には生 に対す る自由を問 うとして も, この宗教 自体 は,覗 実的には極 めて強 く服従を求め る規範すなわち聖書を もって存在す る。今 日,聖書 は信仰 と生活 の唯一の基準であ り,絶対の尺度である. それはすで に一定の内容を持 ち,増減を許 さない 「閉 ざされた書物」であ る。キ リス ト教が 「 一冊の書物の宗教」 と言われ るの もこれによる

(4)

0

p.scha

f fも信候の権威 について 論 じなが ら次の よ うな聖書 観 を語 る

(5)

O‑ 聖書 はキ リス ト 教の信仰 と実践の絶対 に誤 りのない唯一 の規則であ り,信仰の価値 はそれが 「 聖書 に一致す る度 合」に依存 す る。聖書 は完 全 なま まに,絶対 に誤 りの ないまま にあ る。聖書 は規範 中の規範

(normanormans)であ り,人間 に対す る神の言葉であ って,生活 と事実 というpopular

な形で 真理を啓示す る。故 にそれは信 じられ従 われ るべ きものである。

無論 こうした聖書観 に対 しては様 々な批判が展開 されて きた。事実,1

8

世紀の啓蒙主義以来, 聖書 は今 も厳 しい批判の波の中にある。 しか し,キ リス ト教倫理の中心 は今 もなお原則的には正

輿 (Kanon)

としての聖書 に従 う倫理で ある。聖書はキ リス ト教 の信仰 と生活の基準 として現在 も正典性を も

。今後 もそ うだろう。従 って,聖書の正典性 に関す る理解 はキ リス ト教倫理の認 識の基礎である。

キ リス ト教倫理の研究 に聖書正典‑の考察が大切であるのは聖書研究史の面か らも言 えること で あ る。M.

Dibelius

R.Bultmann

な どが始めた様式史研究は,現在の形の聖書か らそれが文書 形態を とる以前 の伝承様式 にまで遡 る方向を とったが,その後 この方向は逆転 して,各書の記者 または編集者の思想 を研究す る編集史的研究‑ と進んだ。 この研究 は各書の個性的な ものに注 目 す る。 しか し,各書 の個性の把握 は当然 それ らが どのように して相互 に関連づけ られ るか とい う 問題をひき起 こす。 それ故,各書が神学 的統一的意味にまで もた らされ るためには, どうして も 正典的 な場 が考 え られなければな らない。「 各書の特徴 は この正典的な場 においてのみ相互緊張 関係」に立た しめ られ得 るか らである

(6)

0

編集史研究 は確か に各書の特徴を明 らかに したが、そのためにかえって聖書を統一体 として捉 える全体的な視点を見失 って きた。従 って,聖書正典性 とい う視点か ら聖書の全体的統一的意味 を捉えてい こうとい うのが聖書研究史の今 日的課題の 1 つである。 こうして, キ リス ト教倫理学 が聖書の正典性を問題 にす ることの正当 さは,聖書研究史の現代的状況か らも支持 され得 るので ある。

ところで,ある特定の規範 に従 うことは外的権威 に服従す ることを意味す るか ら,キ リス ト教

倫理学が聖書の正典性 について問 う場合 には, この服従の倫理 について考えることにもなる。 し

(3)

か し,キ リス ト教倫理学 のテーマは生 に対す る自由であ って,権威 に対す る服従で はない。事実, 哲学史的 にみれば 「自由」の反対概念 は 「 必然」で あ って 「 服従」で はない。 しか し,倫理学 的

にみると 「 服従 」が 「自由」の反対概念 でない と して も,少 な くともそれは 「自由」 に対立す る。

あ るいは,む しろその対立 し合 う点 に問題があ る

(7)

。 それ故, この両者 の関係 を どの よ うに理解 す るか。そ こに 「 規範 の学」 と しての倫理学が追求すべ き基本課題の 1つがあろ う。 こうして, 聖書 の正典性 を問 う問題 はキ リス ト教倫理学 のテーマの

1

つ にな り得 る し, また, な らなければ な らないので あ る。

正典成立史素描

聖書 は キ リス ト教 のKanon で ある。正典 と訳 され るこの語 はギ リシア語のk

an6n

に由来 し,本 来 の意味 は 「 葦の茎」で あ る。 そ して,葦 ( 寸法 を測 る棒) とい う意味か ら大工 の使 う物差 しや 定規 な どを指 し,やがて基準や規範 な どを も意味す るよ うにな った。

聖書 に関 して用 い られ るカノ ンには

2

つの意 味がある

。 1

つ は 「表,目録」 とい う意 味で あ る。

福音 書 対 観 のc

anones

やパ ウ ロ書 簡 のc

anones

な どの用例があ る。他 は 「 基準,規範」 とい う意 味 で あ る。 信仰 のc

anon

や 真理 のc

anon

な どの用例 があ る。教会 のカ ノンは最初 は個 々の教会 の 礼拝 な どで読 まれ るべ き諸文書 の 目録表で あ ったが,やがてそれ らが宗教会議 な どの権 威 によ っ て決定 されて全教会の規範 にな り、同時 に, カノ ンか らは目録 とい う意味が失われ,信仰 と生活 の基準 という意味が決定的 とな る。聖書が最高 ・最後 の権威 とい う意 味の カノ ン ( 正典 ) にな り, それ迄 になか った 「 閉鎖性,完全性,従 って,絶対性」 を帯 び るよ うにな ったので あ る ( 8 ) 。

無論 こう したカノ ン概念 の歴史性 には現実の正典成立史が対応す る。 1

,2

世紀の教会 に とっ て聖書 とは旧約書 の ことで あ った。原始教会 の聖書 はユ ダヤ教 のそれか ら区別 されて いない

(9)

。 但 し彼等 のそれ は七十人訳 ギ リシア語聖書

(Septuaginta, LXX)であ る。パ ウロの聖書 もそ う

であ ったa O ) 。 しか し, これ はユ ダヤ教が外典 とみなす文書 を多 く含 んで いたため に, ユ ダヤ教 当 局 は今 日の ‑ ブル語 聖書 の各書 を9

0

年頃のJamni

a

会議ですべて正典 と定 めて いる。 当時のキ リ ス ト者 達 がLXX によ って 正典 以 外 の文書 に も権威を認めて いた こと‑の対抗措置で あ った。 キ

リス ト信徒 も宗教 改革後 は このへ ブル語 の旧約文書 を正典 と して用 いるよ うにな る( l l ) 。

無 論,教会 は原初か らキ リス ト・イエスを旧約書以上 に権威 を もつ者 とみな して いた ( マタ

5:

21

,他) 。キ リス トにおける神 の行為 によ って 「 新 しい契約」が立て られ, もはや イス ラエル との 契 約 や その文 書 は, ただ 「 古 い契 約 」で あ ることがで きるのみであ った

(

Ⅱコリ

3:14)

。今 も旧 約書は 「 神の約束の書」のままに留 ま って い る(

12)

。 キ リス ト・イエスは この約束の成就で あ った。

従 って, カ ノ ンと して特 に問題 にな るの は5

0

年頃 (Ⅰテサ ロニケ) よ り

150

年 頃

(

Ⅱペ テ ロ) までの約

1

世紀間 に成立 した新約文書 の

27

書であ る

(13)

O無論,原始教 団 には文字 で書かれ た文書 を持 たない時代が あ った。 イエスの言葉 とわ ざについて メモまたはノー トに類す るものが あ った とい う推定 もあ るが,確認 されて はいない。少 な くとも彼等 には書 く必要が なか った。 それは, 彼等が①旧約書 を もって いたので, キ リス トの出来事 とい う現在 の事実 に関す る証拠 と して はそ れで充分で あ り,④終末論的希望 に支配 されて いたので,後世 にまで書 いた ものを残 そ うとす る 考 え もな く, また④大体 の人 々が文字 を知 らなか ったので, 口頭で福音 を伝 えざるを得 なか った ことに よ る。無 論

,

「 人 間 の 口か ら発せ られ るなまの言葉 によ らなければ完全な知識 は得 られな い」 と考 え るラビ的ユ ダヤ教 の言語観 も( 1 射,原始教団の人 々に受 け継 がれて いた ことで あ ろ う。

しか し,彼 等 が 文 書 を もつ必 要 を認 め なか ったの は何 よ り もまず キ リス ト ・イエ スが言葉

(logos)と して現れ た ことによ る。 キ リス トは言葉 によって①病人 を癒 し (

マタ

8‥5‑13,9‥20

(4)

〜22)

,㊥悪霊 を追 い出 し ( マタ

8:16)

,④死人を復活 させ ( マコ

5:41

,ヨ

‑ll:43)

,④福音を宣べ 伝 えた ( マコ

1:15

,マタ

4:23)

。彼の言葉を闘いで 悔い改めるとき,神の国の民 になるとい う終末 論的新生の出来事が起 こる。従 って,何 よ りも彼の言葉 をまず聞かなければな らない。 これが弟 子達の信仰で あった。だか らこそ使徒達 は主 キ リス トか らこれ らすべて ( ①〜④)の言葉の権能 に関 して特 別 な委任 を受 けて使徒 にな ったのである ( マタ

10:7,10:1,ll:5

) 。言葉の語 りかけ によって キ リス トの救 いの出来事をひき起 こす ことが彼等 の受 け取 った任務であった。無論 こう した新生の出来事が生 じるのは,語 りか ける言葉 自体がキ リス ト・イエスであることによる。彼 自身が神の語 る言葉であることによる。だか ら彼等 にはこの言葉 を文書 にす る必要 はなか った。

む しろ文書化 して単 に読 まれ るべ き記録 に してはな らなか ったのである。

我々は新約文書 中最初 に成立 した文書がパ ウロの手紙であった ことを思わなければな らない。

手紙は本来私信であ り,個人の他者‑の語 りか けである。記録文書のよ うに不特定多数が相手で はない。手紙は これを読む人々の範囲が常に限定されている。古代では一層そうであったろう。それ 紘,手紙が物理的に肉声の届かない所 に声を届 ける役 目を担 っていた ことによる。だか らこそパ ウロ自身が 自分の手紙を集会で朗読す るよ うに命 じているのである (Ⅰテサ

5:27

,コロ

4:16)

0

パ ウロの手紙 に限 らず,現行新約文書の多 くは個 々の単一教会や小教団などに宛てて書かれて いる。各地の教会がそれぞれ異 なった使徒の手紙や福音書 などによって成 っていた。各教会が初 めはそれぞれ 自分達 に伝 え られた独 自な文書を もち,それ らを権威あるもの として信仰の基準 に し,言葉の出来事を体験すべ く,事 あ る毎 に朗読 していたのである。その限 り,言葉 による宣教 と文書 によ るそれ との問に何 ら本質 的な相違 はない。 (もし相違があるな らば, もはや使徒の肉 声を聞 くことがで きず専 ら文書 による外 はない我 々の信仰が,使徒時代の人 々の信仰 と本質的に 異なるとい う矛盾 に陥 ることになろう)0

事実,新約文書 は どれ も正典 と して書かれてはいない。記者の誰 もが 自分は聖書 となるべ き文 書を書 いているなどとは思 っていなか ったろう。パ ウロも新約聖書の一部を書いているなどとは 思 っていない。 それは,彼の手紙が歴史的個人的な事情の濃 い内容を もっ ことか らも明 らかであ

る。

福音書 もまた正典 になることを要求 してはいない。 それ らが書かれたのは 「 神の子 イエス ・キ リス トの福音」が始 まった ことを伝 え合 うためであった ( マコ

1:

1) 。

以上の ことか ら考 え ると,各地の教会が所有 していたカノ ンは,末だ正典 というよ りもむ しろ 目録であ った といえよう。

しか し

,

①使徒達の死後長 い時が経過 し,㊥終末論的情熱が次第 に後退 し,③教会の伝承 に様 々 な解釈が生 まれ,④帝国側か らの迫害が強化 され るようになると,終末を未来 に待望す るので は な くて,今 ある教会を神の国 と して一個 の統一 ある普遍的世界 に変えよ うとす る動 きが生 まれて くる。そこか ら神の言葉をある程度永続的に効力を もつ文書 と して確定 したいとい う要求 も高まっ て きた。 これは教会が この世の教会 にな る方向を選んだ ことを意味す る。教会は外か らの迫害を 切 り抜 け,内か らの分裂を抑え るため に

, 1

つにま とまった全休的教会 として地上 に存続す る方 向を取 らざるを得 なか ったのである。

こうして,各教会を統一す る規範 と して信仰の基準が求め られて くる。 それは,多 くの文書群 の中か ら信仰基準 にふ さわ しい内容を もつ文書を選出 し,それ らを統一的にまとめ上げるとい う 試みか ら始 まった

。Marcion

Tatianos

などによる試みがそ うである。

マルキオ ンは

,140

年頃 ローマで,極端 にパ ウロ主義的な考えか ら,旧約の神 と新約の神を厳

格 に区別 し,パ ウロの手紙や福音書 な どを 自由に訂正 ・削除 して,初めて新約聖書的な正典の編

集を行 っている。

(5)

タテ ィア ノ スは ,1 6 0 年 頃 ローマで, 四福音書間の記事の相違や重複 を克服す るために, これ らを材料 に して一貫 した福音書 を作 り上 げた。 「デ ィアテ ッサ ロー ン

」 (4つ による もの) と呼 ば

れた この作品 は,多分,四福音書記事 を 1 つの福音 書 にま とめ上 げよ うと した最初 の試 みで あ っ た。

タテ ィアノスの弁証家 と しての評価 は決 して低 くはないが,マルキオ ンな どの思想 は今で は異 端 とされて い る。 しか し,正統か異端 かを判別す る客観的根拠 ( 新約正典) は当時未 だ確 立 して いなか った。 これを異端 とす るのは正典基準 を定めた後 の教会 の判 断 による。 当時 は末 だ彼等 の それぞれの試み は,信仰の統一基準 を作 ろ うと した多 くの動 きの中の 1つの試み にす ぎなか った ろ う。歴史 の評価 は常 に後か ら遡 って い く。 さなが ら当時 もそ うであ ったかの よ うに。

しか し,彼等 を異端 と して退 けることがで きるよ うな動 きが,やがて現行新約文書 を正典 と定 めて, カ トリック教 会 を形成 して い く。現行新約各書が カノ ンと して ほぼ出そろ うの は 20 0 年頃 ( またはその直前 ) ローマで作 られた と推定 され るム ラ トリ断片 においてで あ る。 これは イタ リ アの古 典 学 者

LA.Murator

l によ って

18

世紀初め に ミラノのア ンプロシウス図書館で

, 8

世紀の 写本の中か ら発見 された。現存す る新約書 の最古 の 目録表であ り, これ には,へ ブル書, ヤ コブ 書 , Ⅰ

,

Ⅱペテ ロ書

,

Ⅲ ヨハ ネ書以外 のすべてが記載 されてい る( 1 5 ) 。従 って

, 2

世紀後半 には現 行新約の ほ とん どの文書が 1 つのま とま りを もって用 い られて いた ことが推定 され る。

こうした様 々な試 みの中で初 めて カノ ンとい う観念が現れた。 クルマ ンによると, この重要 な 時期 は 1 40 年か ら 1 50 年 あた りとされ る ( 1 6 ) 。 しか し, ム ラ トリ断片の場合です らむ しろ 「目録表」

に近 い。正典 とい う観念が大 きな作用 を もって くるのは もっと遅 く,公的権威 による新約文書の 決定か らで あろ う。

公 的権 威 に よる正典の決定 は

4

世紀 に入 る。東方教会で は

,Athanasius

による

367

年の第

39

復 活祭書簡が,現行新約 2 7 書 のみを正典 と した最初で ある( 1 7 ) 。西方教会で は,北 アフ リカの町 ヒッ ポで

393

年 に開 か れ た宗教会議で,すで に確立 して いた正典 (ア タナ シウスが挙 げたの と同 じも の)を法令 によ って確認 した 。 4 年後 の カル タゴ宗教会議で も同 じ正典 を法令 を もって追認 して いる。

これまでの経過 とその後 の歴史か ら明 らか なよ うに( 1 8 ) ,新約 2 7 書 は もはや何 の問題 もな く一致 した確か な不変の規範 と して正典で あ るわけで はない。 それは今 も生成の過程 にあ る。 しか し, 実際問題 と して今 日正典の改変 を考 え る者 は誰 もいない。正典 は信仰 と生活の基準 と して閉鎖す べ きもので あ り, これへの付加や削除 は許 されない と考 え られて いる(

1

9 ) 0

教会 は 4 世紀 に正典 の原理を導入 して,使徒 の時代 と教会の時代す なわち土 台の時 と建築の時

との間 に明確 な境界線 を引いた。以後,教会 の伝承 は この基準 によ って監視 され,正典 と して確

立 した使徒の伝承 を通 してのみ ( 聖霊 に助 け られて)教会 の伝承 とな る。使徒 による他 の本来 の

伝承 も存続 し得 よ うが, この文章 に記載 された伝承 だけが使徒の規範 とされ たのであ る伽) 。 こう

して,教会 は,聖書正典をあ らゆ る未来 にとって拘束力のある基準 と定 め、 この収集文書 に規範

的批判的機能 を与 え る ことにな った。 まず何 よ りも個 々の文書や文書集 に行 きわた って いた最古

の使徒的伝承 の規範性が,今で は聖書 とい う正典 によ って与 え られ ることにな ったのであ る仇) 0

正典原理の導入 は,かつて働 いて いた原理 とは異 な った原理が採用 された ことを意味す る。最

初個 々の教会 は 自 らの信仰 の基準書 に対 して選択 の 自由を もって いた。 しか し , 4 世紀 に一地方

の全教会 またはすべての教会 に適用すべ き正典 を定め ることによ って,教会 は この選択 の 自由 と

い う原理 を 自 らの手で放棄 して い くので あ る。以後, キ リス トの救 いの出来事 は客観 的に存在す

る正典 の中に閉 じ込 め られ,過去の出来事 と して歴史の記録 にな る。教会 の信仰 にとって この変

化 は決定的で あ った。 ここに至 って カ トリック主義が確立 したので ある。

(6)

原始 キ リス ト教 時代 と初期 カ トリック主義時代 との境界線 を

100

年頃 にお く考 え方が あ る。 こ の頃 に ア ンテ ィオキアの司教であ ったI

gnatios

が教会概念 を司教,長老,助祭 とい う三段階の ヒ エ ラルキーに結 びつ け, それ以後,人間の救済の基礎づ けが イエスの事実 を離れて,教職 とか人 間の倫郵 子為 とか に移行 したか らで あ るとい うのであるC 2 ) 0

しか し, このカ トリック主義 は,公的権威 に基づ いて制定 され た正典が実際 に信仰 と生活 の絶 対的基準 と して全教会 に効力を もつ よ うにな った 4世紀後半 に初 めて確固不動の もの にな った と 言 うべ きで あろ う。

神の言葉 はただ出来事で あるときにのみ,生起す るもの と して現実 に働 く。 も しそれが過去の うちに存在 した認識で きる事実で しか ないな らば, もはや それ は出来事で はあ り得 ない。聖書 の 中にあ って歴史家が知覚で きる神 の啓示 な どとい うものは,決 して真の啓示で はないだ ろ うC 3 ) o 現代 の正典論 は,現行正典 を最初か ら正典 と して前提す るよ うな正典論で あ って はな らない。

すで に見 たよ うに,新約各書 は本来異 な る時 と所で異 な る目的のため に,異 なる人 々によ って書 かれた もので あ る。多分,各書 が宛て られ たそれぞれの教会 に とって は, それだ けが正典 的意味 を もち, それだけで充分で あ ったろ う。従 って,一部分で も正典で あ ることに変 わ りはな く, ま して聖書 と しての価値 を失 うもので は決 してない伽。聖書正典化 の過程 は,閉鎖 や完結 な どの観 念 とはおよそ無縁 な道 を歩 んで いる。

使徒的伝承 とい うこと

正典結集 は各書 が徐 々に付加 されて成 ったので はな くて,む しろ多 くの文書 の中か ら他 を除去 して成 った。付加で な く除去が大切で あ った。教会活動 の拡大 は絶 えず多 くの新 しい文書 を生 ん だが, それ らの中 には後 に異端 とされた活動か ら生 まれた ものな どもあ り,常 に排除 し縮少す る 努力が な されて い る。すで に見 たよ うな諸福音書 を 1 つ にま とめよ うとす る努力やパ ウロの手紙 を制限 しようとす る努力などl ̲ もその現れの 1つ と見 ることがで きる。次第 に増 して い くキ リス ト・

イエスに関す る様 々な解釈の中か ら,どの よ うな解釈 を残すかが常 に問われて いた問題で あ った。

そ して, この選別の判定基準 は当該文書 の使徒性 とい う点 にあ った。 これは当該文書が, イエ スの

12

使徒 の作で あ るか, あるいは,使徒 の弟子 ない し同伴者 の作で あることを意味す るe 5 ) 。

一般 には, この使徒性 の重視 は彼等 が イエスの言行 の直接の 目撃者であ ったか らとされ る餌。

しか し,もし目撃者である点が信仰 の決 め手で あ るな らば,イエスの言行 を直接見 聞で きない人 々 の信仰 と使徒 のそれ とは全 く別 の信仰 にな るだ ろ う。 それで は多 くの異 な った信仰があ る ことに なる。 しか も,パ ウロです ら直接の 目撃者で はなか った。従 って,使徒性 の重視 は彼等 が 目撃者 であ ったか らで はな く,む しろ彼等が最初 の証言者であ った こと,つ ま りキ リス トをイエス とす る解釈を最初に行 った人 々で あ った ことによる。彼等 の証言 によ って初めて 「キ リス ト・イエス 」 とい う解釈 が この世 に もた らされたので あ る。

しか し , 「 最 初 」 とい うの は直接 にそ こか ら歴史が始 ま った とい うことであ る。事実,使徒の 証言 によ って地上 に初 めて キ リス ト教 の歴史が開始 されて い る。

使徒 はキ リス ト・イエスの最初 の解釈者であ る。 それ は彼等が キ リス トの復活 の証人で あ るこ

とを意 味す る ( 行伝

1:22,

Ⅰコリ

15:1

以下) 。復活 は,使徒 には神 の ロゴスが この世 に打 ち勝 った

勝利の事実であ り,我 々にはキ リス ト・イエスとい うロゴスが実現す る新生の事実で もあ る。従 っ

て ,使徒 は 「キ リス トの言葉 とわ ざ」で はな くて , 「キ リス トとい う言葉 によるわ ざ」の証人,

つま り 「 言葉 の出来事」の証人で あ った。 しか し,言葉 の出来事 とはキ リス ト・イエスの ことで

あ り,その証言 とはキ リス トを イエスとす る解釈 の ことであ る。 この解釈が歴史 の中に初 めて開

(7)

始 された。従 って,教会を基礎づ ける使徒の伝承 は,それ以前やそれ以後のすべての伝承 と根本 的に異 なっている。 イエス自らの言葉 と彼の選んだ最初の人々の証言 によって次 々と伝 え られて い く言葉の出来事が問題だか らである。

この ことは使徒の証言が文書 にされた場合で も同 じであ る。すで に見たように,新約文書記者 のすべてがキ リス トの言葉の出来事を証言す るためだけで書 いて いる。我 々は使徒的文書であ り なが らほとん どの著者名が不明である事実 に注意すべ きであろう即。実際に著者名な ど明示す る 必要はなか った。誰 もが著者 は神であ り聖霊であって, 自分は単 に神か ら霊感 を受 けて書 いてい

るにす ぎないと考 えていたか らである

(Ⅱテモ3‥16)

C 8

)

.

彼等が書 いたのは使徒の証言を伝 えて言葉の出来事をひき起 こす ためであ った。決 して道徳の 基準を与 えよ うとして いたわけではない。 それ故,その後の人々はただ使徒だけに許 された解釈 の 「 言葉 を聞 いて信 じる」ので あ る (ヨ

ハ17:20)

。 しか し,言葉 による信仰 と文字 による信仰 と の問には何の相違 もない。 それは,記者連が名作を残 した人 々のよ うな英雄崇拝 の対象 にな らな か った ことや,信仰 をにな った人 々の生涯が ほとん ど伝承 されなか った ことなどか らも明 らかで あろうe 9 ) .

ただ使徒だけが人間を通 してで はな く,キ リス トを通 して直接 に神のE gの福音の啓示を受 け, キ リス トは イエス と解 釈す る ことがで きた ( ガラ1:

12)

。 この証言が決定的であるのは,それが ユダヤ教 ・キ リス ト教 の伝承 とい う連鎖の外 にあるか らである。歴史を超 えているのである伽) 0 従 って, この証言 には もはや添加 も削除 も許 されない。 これ以外の解釈 は許 されない。教会です

らこれに添削を許す権能を もった法廷 にはな り得 ないので ある( 3 V 。

使徒 は単 に古代の著作家ではな く,む しろ神 に選ばれて,まず 口頭 によ り次 には文書 によ って 神 の救済計画を証言 し実現す るものであ る

(32)

。 この使徒的証言の超歴史的性格 に こそキ リス ト教 の絶対性 が あ る。 (も しそ うでなければ預言者やプラ トンの著作で も信仰生活の規範 にな り得た はずである) 0

いつの世 も人 はただ使徒の証言を通 してのみ神の救済計画 に入 ることがで きる。2

0

世紀の人間 もまたその例外で はない。使徒 と我 々との問の二千年の歴史 もこの救 いには全 く関与で きない。

あ らゆる歴史的伝達 は 「 知識」の伝達で あるが,キ リス トはパ ラ ドックスであって, ただ信仰 に とってのみ実在す るか らで ある。従 って,人 は歴史か ら彼 について は何 事 も知 り得 な いのであ る( 3 3 ) 0

同様 に , 「キ リス トの肉」 としての教会 もまた決 して歴史を もたない。 それは,教会が終末論 的現象であることによる。従 って,教会の内にあることと歴史的社会の内にあることとは別の こ とである( 3 4 ) 。

このよ うに,歴史 はキ リス ト教信仰 にとって何 もので もない。 ここに歴史か ら解放 されてある キ リス ト者 の生 の 自由が あ る。「あな たがたが召 されたのは自由を得 るため」なのである ( ガラ

5:13,Ⅰコ リ7:22)

0

しか し,特定の文書を全教会のカノンと して公式 に定めた とき,使徒的伝承 と我々 との間 には 歴史が介入 し,単純 に規範 に従 う倫理が危険な落 し穴をあけた。 これは次の ことを意味す る。

① 正典が全教会員 に等 しく服従を求 めるとき,使徒の証言 は言葉の出来事の誘因ではな く,

絶対的義務の命令 と して普遍的客観的な規範 となる。特 にイエスの言行が律法化 され,それへの

服従は宗教的 レベルの回心か ら遺徳的 レベルの善行へ と落ち込んでい く。使徒の証言 は今や律法

的なイエスの言行の証言 として,ユダヤ教以来の長い律法の伝承系列の中に,つま り歴史の中に

閉 じ込め られたのである。無時間的に妥 当すべ き倫理規範 となることによって,かえ って歴史的

系列の中に組み込 まれて しまった。 そ して,回心の誘因であるべ き使徒的伝承が,世界史 に対 し

(8)

て普遍的規範で あることを要求す ることで暴力的に他の倫理規範を圧倒 しつつ,やがて世界史に 勝利 した発展を遂げてい く。 キ リス ト教 は 「 歴史の地獄

に落 ちたのである。

㊤ 一度公的 に規範が定め られ ると,次 には, どこまでそれに近づ けたか, どこまでそれを修 得で きたか とい う到達度,習熟度 によ って信仰の濃度が評価 され るよ うになる。 それ と共 に公的 機関が評価の権能 を持つよ うになった。教会勢力の拡大 につれて,正統 と異端の選別及びそれに よる破門 とい う半 ば暴力的な行為が増大 している事実 に注 目すべ きであろう。キ リス トによる新 坐‑ の回心 で はな くて, イエスの生 の諸結 果 に従 う信徒のその服従の度合を問 うとい う神への

「冒漬」が始 ま ったのである。 イエスを 「その生の結果 によって判断す るのは神を漬す こと」だ か らである( 3 5 ) 。 しか し, ここでは現在 において生起す るキ リス トの出来事で はな くて,過去 にお いて生起 したイエスの言葉 とわざとい う歴史の出来事が常 に問題である。道徳的 レベルに落 ち込 んだイエスの言行 は,人間が時の中で努力 して近づ いてい くべ き倫理規範 とな り, もはや終末論 的出来事であることを止め, これに代わ って公的機関による信仰濃度の評価 とい う業績 中心主義 の規範倫理が成立 した。

( 釘 人為的意図的に定め られた規範 に完全 とい うことはな く,常 に他 の規範 との比較を許す こ とにな り,絶えず新 しい規範 も要求 されて くる。古代教父の教説,宗教会議の決定,法王の教令 などが聖書 と同様のカノンになって くるのは これによる。各時代が解決を要求す る問題 に対処す るために教会 のカノ ンは絶えず増 え続 けて い く。すでに見たように,公認規範原理の導入によっ て, カ トリック主義が確立 し,同時にそれは歴史 という地獄 に落 ちたのである。一 この伝承の 規範主義 について言 えば現代のプロテスタンテ ィズムの場合 も同様である。彼等 は,1

6

世紀の神 学者達の著作や初期の宗教会議の決議 などに重要 な地位を認めてお り,自らの 「 聖書主義」(

sola scriptura)の原則 を裏切 っている(

誠。

従 って,教会が聖書の正典性を強調す るほど,かえ って使徒的伝承を伝 える各署が教会の意図 を裏切 って倫理規範 とな り,道徳的 レベルにまで落ち込んでい く。 そ して, この業績中心の正典 的規範倫理 は,やがて正典内部での優劣比較を行 うまでになる( 3 ㌔ 事実

,

「山上の垂 訓 」が最 も 大切 な倫理 規範 とされ,特 に黄金律 ( マタ

7:12

,ルカ

6:3

1 )が重視 されたの もこの理由による。

固 よ りキ リス ト教的 にいえば,大切 なのはキ リス トを信 じることであ って,黄金律を守 ることで あるわけではない。

ところで,客観的規範‑の絶対的服従 は, 自らの意志 によって 自己の本能や衝動を禁 じた生活 を 自らに強要す ることである。 これはやがて禁欲主義であろう。固 より本来の 「 禁欲」は人間の 自然的欲望を克服す ることで精神の浄化 を図 り,神的な ものの認識を 目指す ことを意味す る。従 っ て, そこに一切の現世的 目的は含 まれない。禁欲 それ 自体が 目的である。 もし何かの現世的 目的 を もつ と,それに到達 したいとい う欲望をひき起 こして, 自らの禁欲を裏切 ることになろう。現 世的 目的のために行われ る禁欲 などとい うものは自己矛盾である。禁欲 は現世的には何 ものを も

目指 さない行為で あ り,完全な自己否定 による人間の新 しい生 まれ変わ りである。

しか し,業績主義の正典的規範倫理 は実現すべ き現世的 目的 (イエスの生の諸結果の模倣) に

向か う手段 として禁欲を考 える。それは到達度,習熟度 による評価を求め る禁欲主義である。 自

己否定の禁欲で はな く, 自己の努力の結果を誇 る禁欲主義である。 自己の表層上 に何かの努力を

積み重ねて,その層の厚 さによって人間の価値を測 る禁欲主義である。従 って,本来の禁欲 とは

お のずか らその性格 を異 にす る。本来 の禁欲 は,禁欲 を 「 主義 」 と しない。そ こで は個 人 の

nature

が変わ ることで,その生 も新生へ と転ず ることが何 よ りも決定的な ことである。 しか し,

正典的禁欲主義はその禁欲者のnat

ure

を何 ら変えることな く,む しろ禁欲で きることを何 よ りも

誇 りにす る。 キ リス ト教的生を現世的生 にまで落 として道徳的 レベルで理解 した規範倫理の実践

(9)

を図 るか らである。

禁欲者宗教 と してのキ リス ト教

固 よ り正典確立後 に使徒的伝承 に触れて生 まれ変わ りキ リス ト者 と して独 自な生 を示 した人 々 がいなか ったわけではない。歴史 にはむ しろそ うした人 々の実例が豊かである。彼等は正典的禁 欲主義者

(Asketiker)で はな く,使 徒 的禁欲者 (Asket)で あ った。禁欲で きることを誇 った

人々ではな く,禁欲 自体をキ リス トか ら得 る新生のあ り方 とみてそれを生 きた人 々であ った。た とえその生の結果が最 も倫理的であ った と して も,彼等 は宗教的生を生 きよ うと した人 々であ っ て,決 して道徳的生の模範であろうと した人 々で はない。

従 って,その業績主義の故 にます ます規範的,建徳的になってい くカ トリック主義の歴史か ら み ると,彼等 はその本流か ら外れて周辺の流れの中に生 きた人 々である。 しか し,そ う生 きたか らこそかえ って真 に使徒的な信仰を実現 し, これを伝承 し得た ともいえよう。彼等の真実を知 る には,周辺であることをむ しろ本質的 とみなす思考の自由さが必要である。次 に少 しこうした人 々 を歴史の中に探 ってみよ う。彼等の新生 もまた使徒的伝承の言葉 との出会 いか ら始 まる。例えば

I

「 聖 ア ン トニ ウスの誘 惑」 と題 され る多 くの絵画で有名なAnt

honius

250

年頃エ ジプ トの富 裕 な家庭 に生 まれたが,両親を失 った

20

才の頃,教会でマ タイ福音書

19

21

節の言葉を聞いて感 銘 し鮒,家 に戻 って全財産 を棄て,故郷 の近 くで禁欲生活 に入 った とい う。 その後,隠修士 にな

るために独居生活を始め,やがてキ リス ト教修道制の創始者 になった(

39)

12

世紀末 には リヨンの豪商で あったPe

terWaldo

もア ン トニウスと同 じ聖句 に感動 し, これを 文字 どお りに実行 した という。財産を貧民 に分 け与 え使徒的生活を送 った彼の許 に多 くの弟子達 が集 い , 「リヨンの貧者」 と呼ばれたワル ド一派を創始 している( 4 0 ) .

ワル ドーか らはぼ

40

年遅れてア ッシシの富裕 な商家 に生 まれたFr

ancesco

,1208

年 に ミサの 中で マ タイ福音 書 の一節

(10:9‑10)の朗読 を聴 いて卒 然 と して生 きるべ き道を決定 したとい

う( 4 1 ) 。 それは 「 貧困無所有の生活 によって キ リス トを模倣す ること」であった。以後, フランシ スの生活 と行動 はすべて これによって規定 されて いる

(42)

o

従来, こう した言 葉 との出会 いは,偉人伝記 中の

1

つの小 さなe

pisode

として扱われて きた。

しか し,彼等 にとって この出会 いは決定的であ る( 4 3 ) 。決 して単 に挿話 としてのみ考え られて よい 出来事ではない。 これにおいて初めて彼等のキ リス ト者 と して生 きる道 とその後の生涯のあ り方 とが決定 されているか らである。 これは彼等の 「 聖人」 としての誕生であった。従 って,挿話が む しろ彼等の真実を明 らかにす る。周辺 的挿話がかえ って彼等の生の中核をよ く説明す る。我 々 は,常 に 1 つの小 さな挿話 として偉人伝記中のいわば周辺 に置かれて きた この言葉 との出会 いと いう出来事を, もっと彼等の聖人 としての真実を理解す る最 も重要な手掛か りとしてその伝記中の 中心 に据えた考察を行 う必要があろう。 しか し, これを理解す るためには 「 周辺的であ るが故 に かえ って本質的であ る」 と考えるよ うな,逆理性 に眼を向ける自由な思考がなければな らない。

無論,彼等の聖句への服従は正典的規範主義 とは本質的に異 なっている。規範主義は善行や功 徳 などを積み重ね るが, しか し,どれ ほど多 く積 んでみて も,それを積む本人の本性 は変化 しな い。そ こで は人 間 は登 った階段

(hierarchy)の高 さによって評価 され るが, しか し,登 る本人

は地上 にあ って も高所 にあ って も同 じ人間であ る。到達度や習熟度 による客観的評価が個人の本 性を根本か ら変え ることはないのである。

一見,聖句‑の徹底的服従 は正典的規範主義の現れであるかのよ うに見え る。 しか し,彼等の

(10)

生 は倫理規範への服従ではな く,キ リス トへの献身であ り,復活 による新生である。 それはキ リ ス ト・イエスが律法的な規範でな く,彼等 の新生の原理 にな っていることによる。彼等 にとって キ リス ト・イエスは,絶えずそ こ‑ と近づ いて行 くところの者で はな く,そこか ら一切の信仰 と 生活が開始 され るところの者である。 このキ リス トを正典的規範主義 は知 らない。だか らこそ彼 等 は教会 にとって 「 異端」であった。 または 「 異端的」 となった。例 えば‑

無論,ア ン トニウスは異端ではない。彼 の時代 には未だ正続 と異端を峻別す る基準 も公権力 も 確立されていない。 しか し,彼の本分はど こまで もエ ジプ ト砂漠の隠修士である。教会の外 にあっ て世の主流か らは外れていた( 叫。

ワル ドーは ローマ教会 に結社の許可を願 い出て許 されず,ついに彼 とその弟子団 とは異端 とし て破門 されている。 ワル ド一派の歴史 は1

9

世紀 まで迫害の歴史であった。

アッシシの フランシスです ら教会への絶対的な忠順服従 を誓 うことで,法王か ら制限付 きの暫 定的な認可を得 ることがで きた。

要す るに,彼等 は中央の教会の周辺で活躍 した人々であ り、 その異端性 はむ しろ彼等の この周 辺性 にあった。 しか し,周辺 にいた故 にかえ って使徒的信仰を正当に伝承 し得 たともいえよ う

0

事実,こうした人 々の周辺的精神 によって使徒のキ リス ト教信仰 は今 日まで存続で きたのである。

いっの時代 も精神 の高い理想が世の主流 になることはない。 しか し, それはいつの世 も周辺 にあ りなが ら,む しろそ うあることによって歴史の玉座で眠 り込 もうとす る時代の精神を揺 り起 こす 役割をにな って きた。 それ故 にいつの時代か らも異端的であ った。 しか し,かつての殉教者宗教 であったキ リス ト教 は,いま歴史の周辺 に禁欲者宗教のそれ と してその命脈を保 って いる舶) 0

ア ッシシの フランシスはキ リス トの貧困 と受苦の模倣 を実践 し,全生涯を これによって貫 くこ とを念願 して,その生涯の最後 にはキ リス トの模倣を完成す るために自ら両手 と両足 と脇腹 にキ リス トと同 じ傷 を負 い,自分を十字架 にかけた とい う。 この傷 はフランシスのステ ィグマ ( 聖痕) の奇蹟 として有名で あるが,む しろそれ は彼 自身 におけるキ リス トの模倣の究極 に外 な らなか っ

た ( 4 6 )

0

この模倣 は正典的規範倫理のそれ とは根本的に異 なっている。彼のキ リス トの模倣 は乞食 に与 えることにで はな く, 自ら乞食 になることにある。彼の乞食教 団 は説教 の ため に書物 の知識 や 聖書の類す ら必要 と しなか った とい う( 4 7 ㌧ 彼 は常 に教会の中心か ら距離を置いて生 きた。 その距 離 は乞食の卑 しさで な く,精神の高 さを意味す る。孤高 というべ きか。彼の徹底 した模倣 はむ し

ろ神聖です らある。

周辺 的禁欲者 に とって は使徒 の証言が そ こにあること (

Dass)だけが常 に重要で あって,そ

の言葉が何を意味す るか

(Was)は問題で はなか った。言葉の解釈が必要であ ったわけではない。

解釈 はすで にキ リス トはイエスとい う使徒のそれだけで充分であ った。従 って,彼等 にとってキ リス トの招 きは一 切 の解 釈 や反省を許 さない端的な命令である ( マコ

1:17)

。 それは哲学的反省 や倫理学的解釈によって理解 されるような道徳的義務の命法ではな く,直ちにキ リス トの十字架 に 従 う宗教 的命令 で あ る ( マタ

10:38)

。従 って, もし彼等が 「 空の鳥を見 よ」( マタ

6二26)

と聴 くな らば, この言葉の意味 は何か,何を我 々に教 えているかなどとは決 して考えない ことだろう。か えって これに触れ るや否や直ちに戸外 に出て空の烏を見 るにちがいない。神学的解釈や哲学的反 省でな く, どこまで も宗教的生の実践‑ これが彼等の新生のあ りよ うであ った。

使徒 的伝承 の本質 がWas にで な く

Dass

にあるというのは, これに対 して人間 に要求 され るL

とが立 ち止 まる反省 にではな くて直ちに行 う実践 にあることを意味す る。 しか もこの実践 は評価

を拒否す る。結果を見込む ことも予想す ることもしないか らで ある。結果はすべて神 に委ね られ

る。救 いは神 にあ るか らである。人 はただ神の言葉であ るキ リス ト・イエスに従 って新生を歩む

(11)

ばか りであ る。 その生のあ りよ うは決 して正典的規範主義のそれで はない。結果の業績評価を問 題 にす る欲求 を もつ限 り,それは真の禁欲ではあ り得ない。少な くとも徹底 した禁欲ではないだ

ろう

従 って,禁欲者宗教であるキ リス ト教 の本質 を 日常倫理 との関係で考 えるな らば次の ことが決 定的である。すなわち,禁欲的キ リス ト者の行 う倫理が 「山上の垂訓」や黄金律の倫理 に適 うの であ って,決 して それ らを実践 した者が キ リス ト者 になれ るわ けではない とい うことであ る。 こ の先後関係 を見誤 ると,キ リス ト教信仰 は普遍的道徳律の倫理 に変質 して律法主義 に陥 ることに なる。

こうして,周辺的禁欲のその周辺性 とは,まさに周辺 にあるが故 にかえ って中心部で は失われ てい く本質的な ものを伝承 し実現 し得 るとい う点 にある。 これは同時に中心 に対す る周辺 の厳 し い批判をも意味す る( 4 8 ) 。事実,すべての周辺的禁欲者が 自ら意図 していたわけではないと して も, 彼等の生のあ りよ うは,正典規範を定めて置 きなが ら自らそれを破 って道徳的退廃を深 めてい く 中央の教会 に対 して,いっの時代 に も厳 しい批判 になっていた( 4 9 ) 。禁欲者宗教 と してのキ リス ト 教 は,常 に教会 の歴史の周辺 にあって使徒的信仰を伝承 し実現 しつつ,同時に中央の教会 に対 し ては絶えず厳 しい批判的機能を保持 しなが ら,神の救済の出来事 として働 き続 けて きたのである。

「キ リス ト」 と 「イエス」

使徒的宣教の中心的使信 はキ リス ト・イエスである。待望 して いたメシアが イエスと して出現 し,救 いのわ ざを成就 して くれた とい う。すなわち,時が満 ちて神 は独 り子を律法の下 に生 まれ させ,遣わ して くれたが,それは律法の下 にある者を購 い出 して子 としての身分を授 けるためで あ った ( ガラ

4:4‑ 5)

。だか ら律法 と預言者 とは ヨハ ネの時 までの ものであ り,神 と人 との律法 によ る契約 の時代 は終わ って,以来神 の国が宣べ伝 え られ,人 々は皆 これに突入 している

(ル カ 16:16)

。 この天 国で は ブ ドウ園の労働者のよ うに,業績を挙げなか った者 も業績を挙げた者 と同 様 に受 け入れ られ る ( マタ

20:1‑16)

とい うのである。 この厳 しい業績主義批判 は次の律 法観 に よ る。安息 日は人のためにあるもので,人が安息 日のためにあ るので はない ( マコ

2:27)

‑ 明 らか にここで はキ リス トに従 う宗教倫理が律法 に従 う規範倫理以上の ものになっている。

新約記者 はイエスに律法に従 う倫理を批判す る言葉を語 らせ, その行動を もとらせて いる。新 約文書 は律法主義の規範倫理 に対す る批判精神 に満 ちているのである。 この批判精神は無論キ リ ス ト・イエスとい う信仰 に由来す る。 この信仰 に生 きる者のみが この批判を行 うことがで きる。

「 人 の子 は安 息 日に もまた主 」だか らである ( マコ

2:28)

。 このよ うに原初の信徒 にとってキ リ ス トとイエスと自分 とはいわば同一体であ った。 それは,イエスがキ リス トになったので はな く, 神の子がイエスとして現れて救いのわ ざを成就 して くれたか ら,これを信 じる者はその信仰 によ っ て古 い罪 の体 に死 に新 しい生を得 ることがで きるという確信 による。従 って , 「キ リス ト・イエ ス」 とい う告 白定式は神の救 いと恵みを意味す る,分離 し得 ない一個の概念であ ったO

新約書はキ リス ト・イエスによる復活を証言す る。 そ して そのよ うな もの と して絶 えず今 の人 々 に信仰 による新 しいよみがえ りを呼びか けて いる。 もし新約

27

書 のすべてに共通 した統一性を求 めるな らば, これが その統一性であ り, これをおいて外 にないだろう。

しか し,新約書を正典 と して公認 した とき,信徒の生が この正典中のイエスの個 々の教 えやそ の生の諸結果 にどこまで一致す るか とい うことが,彼の信仰生活の真否 を判別す る基準 になった。

キ リス トを 自己の新生原理 として生 き抜 く使徒的信仰が,客観的規範への到達度や習熟度 によっ

て生 の価値 を測 る業績中心の規範倫理 に変わ ったのである。「キ リス ト・イエス」でな くて,端

(12)

的に歴史の中の 「イエス」が問題 にな った。従 って, この規範倫理 は何 よ りもまず 「キ リス ト・

イエス」を二分 して,一方,新生原理で あるキ リス トを高 く祭 り上げ,他方, イエスの言行を禁 欲的に模倣す る方 向を 目指 してい く。 いまイエスは律法 にな った6 0 ) 。 しか し, イエスの規範化 は 同時に 「キ リス ト・イエス」か らキ リス トを消 し去 ることを意味す る。 キ リス トとい う神 による 救 いと恵みの事実が忘れ去 られて, イエスは人間 ( た とえ最 も理想的な人間 とされようとも)に 変わ り,道徳の模範 として 「 人生の教 師」 になる。キ リス ト・イエスとの出会いによって出会 っ た人間が生まれ変わ るので はな く,キ リス ト・イエスの方が理想的な人間に変え られ るのである。

人間の方 はせ いぜ い謙譲や清貧などとい った禁欲的衣装をその身 にまとうにす ぎず,本人 は自己 自身を変えは しない。 そ して, どれ ほど厚 くこの衣装を身 に付 けたかによってその信徒の信仰的 生の価値が測 られてい く

新約書が全教会の信仰 と生活の規範 にされた とき,この業績中心の規範倫理 という,信仰 にとっ てはま ことに危険な落 し穴が 口を開けた。無論 その後のすべてのキ リス ト者が これに陥 り, キ リ ス トとい う神 の救 い と恵みを見失 ったわけではない。 しか し , 「キ リス ト・イエス」か ら引き出 されたイエスが,地上の人間 として,キ リス トとい う救済論的性格を稀薄化 され,た とえ最 も理 想的な人間 としてであれ、道徳上の教師 にまで人間化 されて,倫理的生活規範 にまで変え られて

きたのは,否定 し難 い歴史の事実であろ う。

キ リス トか らイエスを分離 して これを人間化 し規範化す るとい う点 に関す る限 り,プロテスタ ン ト自由主義神学 の場合 も事情 は同 じで ある。 この神学の聖書批判の歴史的批評的方法 も、結局 は 「 人生の教師」 とい うイエス像 を打 ち破 ることな く,かえ って これを一層鮮 明に している。事 莱,例 えば、宗教史学派などは,聖書を も一個の古代の書物 とみな して他の古代の諸文献 と同等 に取 り扱い、聖書か ら 「 神言性」を剥奪 して, これに 「 人言性」を与えたが, しか し, こうして 聖書の正典性を否定 して正典的規範倫理 の成立根拠を無化 しておきなが ら,なおイエスを最高の 道徳的模範 とす る方 向を棄て ることはなか った。 そ して,それ故 に自由主義神学 はそれ以来,宿 ぜ ソクラテスや旧約の預言者 よ りもイエスの方が偉大であるのか とい う問題,つま り異文化の宗 教や思想 に対 して キ リス ト教の独 自性 ・絶対性を語 るとい う解決不能な問題に苦 しみ続 けなけれ ばな らなか ったので ある。

歴史的批評 的研究か ら出た様式史研究 もキ リス トとイエスを分離す る。 この研究 は終末時 に先 立 って我 々の実存 に自己理解を呼びか けるケ リュグマのキ リス トを史的 イエスか ら峻別 し, この キ リス トとの実存的な対話を個人の決断の問題 とみなすか らである。確か に客観的規範 に従 う倫 理的行為の方向決定 には個人の選択的決 断が重要であろう。 しか し,キ リス ト教信仰が問題 にす るの は倫理 的行 為で はな くて信 仰 によ る随従である ( マタ8:

22)

。無論 この随従 はキ リス ト・イ エスの選 出 によ る。個 人 の選択 で はない ( マタ

4:19)

。召命が倫理的行為でな く宗教的出来事で あるのはこの理 由による。 キ リス ト教信仰の中心をケ リュグマのキ リス トか らの呼びかけに対す る個人の決断にみ る様式史研究の実存論的神学 は この理解を欠 いているといえよ う。

様式史研究 によると,史学的資料の不足のために史的 イエスの生涯を再構成す るのは不可能 に 近いという。 そ こか ら彼等の措 くイエス像 は もはやキ リス トで な く人生の教師です らない。僅か に乏 しい史料 か ら帰納 され るイエス像,すなわち弟子達か らキ リス トとみなされたイエス , 「 宣 教 され る者」 とみなされた 「 宣教す る者」であるにすぎない。 イエスは正真正銘の 「ただの人」

になった。無論 こう した結論 は決 して多 くの神学者達を満足 させ なか った。 その後 も 「 史的 イエ スの新探究」が続 け られ,研究者それぞれの思想や信仰 に応 じた様 々なイエス像が描かれている0

最近の文学社会学的研究 もまた 「キ リス ト・イエス」か らキ リス トを追放す る。 そ して,専 ら

千数百年前 に地上 に生存 したあのイエスとその弟子団 とは誰であったか という問題 にその関心を

(13)

集 中す る。 その 1つの研究 によると, イエスは シ リア ・パ レスチナのユ ダヤ教 内部 に革 新運動 を ひき起 こした人物 で あ り, ガ リラヤ地方 の村 々を巡回 した霊能者集団がその イエス運動 の担 い手 であ った とい う6 1 ) .

そ して ,今,イエスは,ある者 には 「治癒神」の衣装を着せ られ た 「 病気 の治癒者」で あ り6 2 ) , ある者 には 「 歴史 の先駆者」 にな った 「 逆説的反抗者」で あ り

(5

3

)

, またあ る者 には 「 脱 呪術化」

した 「ことばの霊能者」で あ り6 4 ) , その他様 々で あるo彼等の イエス像 には百年 も前 の宗教史学 派 の研 究 が装 い新 た に再 び研究 の舞台 に登場 して きたかの感す らあ る0「キ リス ト・イエス」か ら再 びキ リス トが消えて, キ リス トの いないキ リス ト教研究が盛 んで あ る。事実, これ らの研究 には 「キ リス ト」 とい う用語す らほとん ど現れて いない。

近代の プ ロテスタ ン ト神学 は聖書 を一個 の古代の史学 的文献 とみなす ことで聖書 にま といっ い て いた神聖性 を奪 い去 った。 それ は聖書 か ら正典性が消えた ことを意味す る。今,正典 的規範倫 理 はその成立根拠 を失 って いる。 イエス もまた倫理的行為の規範 です らな く,治癒者,反逆者, 霊能者, その他 にな った。 もはや こう したイエス像 に我 々の倫理的行為を誘発す る力 はない。 そ の生の諸結果です らすで に模倣 の対象で はな くな って い る。正典 的規範倫理 はかつての宗教 的意 味 を失 い,勤労 ・営利を事 とす る経済的禁欲倫理 を生み出 してか らはす っか り死滅 して,今で は 亡霊 にな った。 プ ロテスタ ン ト神学 の展 開 は 「 聖書主義」 とい う自 らの存立根拠を裏切 ったので ある。聖書 の 「キ リス ト・イエス」 は長 い歴史 の中で不断 に人 々の心 を動か して きた。 しか し, 学 問研究 の描 くイエス像が人間を生 まれ変 わ らせ た ことはない。 多分 これか らもないだ ろ う。

プ ロテス タ ン ト神学 の展 開はかえ って 自らの うちにあ った最 も大切 な もの,す なわち使徒的宣 教 の中心的使信で あ ったキ 7 )ス ト・イエスを見失 って きたo それ は この神学 の史学 的思惟が専 ら 福音書の記述批判 に頼 りなが ら,宣教 す る者 ( 史的 イエス)が宣教 され る者 ( 信仰 のキ リス ト) に された とい う前提 に基づ いて,史的 イエスの像 を描 こうと して きた ことによる6 5 ) 。 そ こにはイ エスか らキ リス トへ とい う思考 の方 向性がすべての研究 に共通 して全 く無反省 に前提 されていた といえよ う

しか し,人間の イエスが キ リス トとみ な された とい う彼等の臆断的前提 を正 当化で きる何 の証 拠 も存在 して いない。反対 に我 々が持 って い るのは宣教 され るべ き者を宣教す るために宣教者 と して措 いて い る資 料 だけで あ る。従 って , 「 宣教す る者」 は,原始教 団が宣教す るため に措 いた

「 宣教 され る者」 につ いての‑箇 の像 で あ るにす ぎない。 当時,ユ ダヤ教 内部で待望 されて いた のは終末時の メ シアで あ って人間の イエスで はなか った。待望の キ リス トが地上 にイエ スと して 現れ,救 いのわ ざを成就 して くれた とい うのが原初 の宣教 の中心的使信 だ ったのであ る。 この両 者の先後関係 を見誤 ると,我 々の思考 はあの 「 歴史 の地獄」に落 ち込 む ことになろ う。

従 って, キ リス ト教 的 にいえば,探 し求 め られ るべ き者 は 「 福音書 に措かれたイエス」で はな くて 「 福音書 を描かせ たキ リス ト」で あ る ( マコ

1:37)

。原初の宣教 の原動力 とな ったキ リス ト・

ィェス,西欧二千年間のキ リス ト教信仰 を不断 に生起せ しめて きたキ リス ト・イエス( 盟) ,‑ た だ このキ リス ト・イエスだ けが キ リス ト教倫理 の成立根拠で なければな らない。 キ リス トとイエ スを二分 して扱 う思惟 は, キ リス ト教倫理 の理解 を正 しい方向 に導 くことがで きないだ ろ う。

自 由 と 服 従

新約書 中に規範倫理的訓戒が見 出せ ると して も, それ は決 して新約書 を公式 にカノ ンと定めて

全教会 に強要 して よい理 由にはな らないだ ろ う。問題 はむ しろそれ らの訓戒 を どのよ うに解釈す

るか にあ る。例 え ば , 「山上の垂訓」 と呼 ばれ る部分の倫理的訓戒 はその実行の可能性 について

参照

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