D・ボンヘッファーにおけるキリストとこの世 : 「『服従』と『倫理』の間」をめぐって
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(2) ≪ 目次 ≫ 4 序章 『服従』と『倫理』の間をめぐる問題 一本論文の課題と方法一 ……… ………… ……… .…. 第. 第 1節. 『服従』と『倫理』の間. 第 2節. ゛ この世理解 と一貫性をめくる問題. 第 3節. 本研究 の課題 と視座 と方法. 1章. 一方法と視座の設定に向けて一. ―資料問題への留意と共に一. こ の 世 理 解 の 変 遷 と展 開. ― 明艮従』と『倫理』の間の問題 を念頭に。そ の概要 一.… … …… 17. 第 1節. 初期 におけるこの世理解. 第 2節. 中期 におけるこの世理解. 第 3節. 『服従 』と『倫理』 (期 )の この世理解 ゛ 『服従 』のこの世理解 をめくる位置付けの問題. 第 4節. 第 2章. ゛ 一意味と評価をめくつて。E。 ファイルの場合一. 『服従 』と『倫理』の間をめぐる解題 の諸相 。 …… ……… …… …… …… …… ……… 036 1933年 以降の ドイツ時代史 と『服従』のこの世思想. 第 1節 第 2節. 『服従 』の政治性 ゛ 教会をめくる理解 と一貫性 ゛ キ リス トをめ くる理解 と一貫性. 第 3節 第 4節. 第 3章. 『服従 』にお けるキ リス トとこの世 .… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …66 ゛. -こ の世理解 とキ リス ト論をめくる議論を意識 しつつ 一. 第. 第 I節. 『服従 』におけるキ リス トとこの世概念. 第 2節. 『服従』におけるキ リス トとこの世概念 の関係理解. 第 3節. 『服従 』の徹底的なキ リス ト (論 的)集 中とこの世の問題. 第 4節. 『服従 』におけるキ リス ト (論 的)集 中 と職務の理解. 4章. 『 倫 理 』 に お け る キ リス トと こ の 世. 一第 3章 明晨従 』研究 の成果を念頭 に一.… … … …093. 第 1節. 『倫理』におけるキ リス トとこの世概念. 第 2節. 『倫理』におけるキ リス トとこの世概念の関係理解. 第 3節. キ リス トのかたちを生きる『倫理』 ―第 I期 から中間期 ―. 第 4節. キ リス トのかた ちを生きる 『倫理』 ―第Ⅲ期から第V期 一. 第 5章. 明長従 』と『倫理』の間 をめぐるボンヘ ッファー神学 の射程.… … …… …… ……0125 ― 「保守」的徹底 と奉仕のラデイカリズムー. 第 1節. ボンヘ ッファー と保守性の問題. 第 2節. ボンヘ ッファーにおけるキ リス ト論 の特質 と意味 ―青野太潮 と森野善右衛門の理解 とや りとりを手掛かりにして一. 第 3節. 終章. 現代エキ ュメニズムにお けるボンヘ ッファーの貢献 と意味 ゛ 一ボンヘ ッファーをめくる一つの影響史的考察 一. 186 一本研究 の要約的総括。成果 と意義 ―。 …… …… … … … … … … … … … … … … ……… …… … … … 。. 参考文献表 付表 『倫理』諸草稿 の執筆時期、内容、時代状況 の対応表.
(3) ≪ 凡. 例 ≫. eologe‐ Christ‐ Zettgenosse, DB=Eo Bethge,Diemch Bonhoeffer Ehe Biographie■ ■. Minchen:Chr.Kttiser Verlag,1967.. DBW=Dielrich Bonhoel■ )r Werke.17Bdo und Erganzungsbando Mi甘 lchen:Ch.Kaiser Verlag.1986‐ 2001。. E=Ethiko Zusammengest.und hgev E.Bethge,Whnchen:Ch.K五 ser Verlag,1949. EN=Ethik.neu geordnet sett der 6.Au且. .,Minchen:ChoKaiser Verlag,1963。. GS=Hg.,E.Bethge]mit der Zusa]mmenarbett von O.Dutzus,Gesa]mmelte Schriften.Bd.I… ヽr.Minchen:Chr.Kaiser Verlag,1958‐. 1974.. MW=I)ie〕 √undige Welt I‐ ヽ万.Munchen:ChDKaiser Verlag.1956‐. 1968。. 原貝J的 に、 本文中において イタ グックで表されて いる ものがボ ンヘ ッフ ァーか らの引用であ り、 筆者や他 の引用 の言葉 については、これは決 して適用されな い。また引用 においては、(. )内 の. 補足 が 引用された者の言葉 であ り、〔 〕内の文言 は引用す る者、筆者 自身 による補足 である。筆 者 による本文中の表現 に付 される傍点 については言 うべ きことはな いが、引用文中における傍点 につき、その文意 の強調が引用された文章 に最初 か ら付 されて いた ものであるか、あるいは筆者 によって後 か ら付された ものであるかは、後者 の場合 に限 つてその意 を本文中な いし脚注 におい て指示す ることによって明 らかにする。前者 について言えば、外国語文献 の イタ グックが本論文 の引用文中にお ける傍点箇所 として表 されて いる。また、外国語文献 の中の “. "は 、< >と. して表記 しよう。引用の際 の省略は 「・…… (省 略)… …・」な どと細かな表記はせず、「00…・」 によ って表す。原著 か らの翻訳表現 については可能な限 り邦訳 も参照され、原著 の文意、読み易 さを 損なわない限 りにお いて これを用 いた いが、そ うでな い場合 にはもちろんこの範疇 としな い。特 に重要 と思われる原著 の表現な いし概念 に関 しては、引用 の後 に ・ す こととす る。. ( )に よってそれを原語 で表. 尚、ボ ンヘ ッフ ァーの著作か ら引用される際には、原典 の箇所 と共に、参照可能な邦訳文献 と そ の該当す る頁 も脚注に指定され得る。そ の際、邦訳 については略記され、それは著作 の表題 と 出版年 によって表示され る。例えば、『ボンヘ ッフ ァー選集. I. 聖徒の交わ り』(大 宮博訳)、 新教. 出版社、 1963年 では、邦訳 『聖徒の交わ り』1963年 、と略記 し、『ボンヘ ッフ ァー説教全集 3 1935‐. 1944年 』(浅 見一羊・大崎節郎・佐藤司郎 0生 原優・畑祐喜訳)新 教出版社、2004年 では、. 邦訳『説教全集 3』 2004年 、となる。略記全般 の詳細 は、本論文末 の参考文献表 を参照された い。 本文中の聖書の言葉 については、基本的 に日本聖書協会の新共同訳 『聖書』に拠 るものとし、 それが例えばボ ンヘ ッフ ァーの引用 にお ける聖句 で、新共同訳の翻訳では原文の意味を汲み尽 く し難 いような場合には引用される原文か ら訳出する。.
(4) 『服従』と『倫理』の間をめぐる 第 1節. 一本論. の課題 と方法 ―. 第 2節. 『服従』と『倫理 』の間 この世理解 と二貫性 をめ ぐる問題 一方法と枷 の設定に向けて一. 第 3節. 本研究 の課題 と視座 と方法 一資料問題への留意と共に―. 序章では本論 に入るに先立ち、予備的な考察をもって本研究 の問題 を設定 し、研究 の方法 と視 座 を定めていく。戦後 のボ ンヘ ッファー研究 においては、そ の当初よ り『lll従 』 (期 )と 『倫理』 ゛ (期 )の 関係 をめくって議論がな され、研究が重ね られてお り、かつそれはボ ンヘ ッフ ァーの全 体的展開を統一 的 に理解す る上での課題点としてなお確認されている。果た して 『服従』の時期 のボ ンヘ ッフ ァーの歩み と思想 と、そ してそれに続 く『倫 理』の時期 の彼の歩み と思想 とは どの ような関係にあ りそ もそ も果た して結びつ いているのか、それが問われ諸 々の観点か ら答 え られ 『服従 』と『倫理』の間」に 「断絶」まで見 てきた経緯があるのである。極端な見方 にあっては 「 出され、『服従』の歩みか ら『倫理』の歩み にかけて のボンヘ ッファーの 「転向」までをも示唆す る解釈 も存在 した。そ して、それは研究史 にお いては極端な理解 であつた として も、以降の批判 的研究 を豊かに喚起 した という意味で決 して無価値ではな いし、またボンヘ ッフ ァー読者層 にお けるある読みの傾向 を思い起 こす時、今なお先 のような極端な解釈が依然 として課題である こと が理解 される。例えば『月 及従』に代表 され る中期ボンヘ ッフ ァーに信仰 の 「個人的敬虔の内面性」 を読み取 り、彼 のそ のような 「内向きの」側面のみを愛好 し、以降の、 この世のただ 中で現 実の 課題 に責任的 に向き合 う後期 『倫理』の 「外向きの」ボ ンヘ ッファー を否定する人 々がある。そ して、他方にはそ の逆がある。すなわち世のために歩む、社会的あるいは政治的 に強調 されるボ ンヘ ッフ ァーのみを偏向 して後期 に読み出し、それを好み、尊び、翻 つて 中期 のボンヘ ッフ ァー 「ボンヘ ッフ ァー受容 の仕方 には分裂 を信仰 の個人主義的内面化 をただ示す ものとして顧みな い。 ゛ がある」1と い う言葉は、今なお妥当する、ボ ンヘ ッフ ァーをめくる読み の状況 の課題なのである。 ゛ 「 『服従 』と『倫理』の間」 をめくる読み 0理 解 は、ボンヘ ッファー研究 (理解)の ひとつの要点 と言えよう。 この序章 の研究 は次 のように進め られる。まず. (1)ボ ンヘ ッファー研究史 において課題 とな. 『服従』と『倫理』の間」の問題 を取 り上 ってきた、そ して本研究 の取 り組む主たる課題 となる 「 げ、そ の何た るかの概要 を明 らかにしよう。それは既 にいま触れ られた通 り、現実のキ リス ト教 会 の実践 的な いし宣教論的次元にかかわる問題で もある ことは考察 の背景 として覚え られてよい。 研究史的背景が取 り組みのモチーフとなることはもちろん、教会的現実の要請 は認められるので ある。次 いでは (2)「『服従』 と『倫理』の間」 という研究史 における大きな問題の枠組み の中 で主要な論点 となってきたボ ンヘ ッフ ァーの 「この世理解」 と彼 の一貫性 (連 続性・非連続性) l Hartmut Ki」 〕 hng,Zur Einihrung,in:Evangelische Theologle 32 oH.oo M[inchen:C]h.Kaiser Verlag,1972, S。. 509..
(5) の問題 について取 り上げ、研究史的に批判的に考察す る。 これによって、本研究 の主たる課題で 『月 ある 「 艮従』と『倫理』の間」の問題が、研究史 における個別 の重要な二つの論点 を内包す るこ とが確認され、本研究 の課題 と意味の広が りが把握 される。そ の論述 を通 して、本稿の研究 の主 題 と方法が明 らかにされるのである。結び として (3)本 研究 の課題 と方法 についてまとめよう。 ここにおいてボ ンヘ ッフ ァー研究 の特殊性、留意点 と、本研究の視座 をめぐる確認も併せてなさ れる。ボンヘ ッファー研究をめぐっては、例え ば E。 ファイル (Ernst Fdl)に よって 「解釈学的問 題状況」 とまで指摘され る理解 と研究 の難 しさが確かにあ り、ボンヘ ッフ ァー研究の特殊性 と留 意点 の確認は、そ のまま妥当な研究方法へ と我 々 を導 くのである。. 第 1節. 『服従 』と『倫理 』の間. 『服従』 と『倫 理』の間」 とい 戦後、ボンヘ ッフ ァー研究が開始されてか ら今 日に至るまで、「 う課題は、ボ ンヘ ッフ ァー研究史 において一定 の関心 を集め、取 り組みの積み重ね られてきた事 柄 であると言 っていいだろう。ボンヘ ッフ ァーの死後、戦後 において最初に出版された彼の著作 は『倫理』(1949)2で あ り、次 いで世 に送 り出されたのがボンヘ ッファーの盟友 E.ベ ー トゲを主 なる宛先 とす る獄 中か らの書簡集 『抵抗 と信従』 (1951)で あつた。 ここで本稿の主題 に重なる 『服従』について言えば、既 によく知 られて いる通 り、ボ ンヘ ッフ ァーの在世中に出版されて い る. (1937)。. ボ ンヘ ッフ ァーは、例えば教会闘争における M.ニ ー メラーや 『ローマ書講解 』によ. って鮮烈な印象 を与えた神学者 K。 バル トとも異な り、必ず しも教界にお いて広範 に知 られた存在 ではなかった。戦後 のキ リス ト教界が 「ボンヘ ッファー」を発見 したのは、まず何よ り先 の『抵 抗 と信従』によってであ り、 ここか らボンヘ ッフ ァーの他 の著作へ の関心 も広がって いつたので ある. 3。. この世か ら逃避 し隠遁することな くこの世のただ 中に留 ま り、教会内的な 自己 目的 にではな く 世のために生きることをキ リス ト服従 にあって貫 き、 この世のただ 中にあってヒ トラー暗殺 まで をも含 む抵抗運動 を 自らの責務 として負 い、 これ に身 を賭 し、最期 にはこの世での生命を獄 中で 閉 じた、そのキ リス トllR従 の抵抗者 の歩み と便 り、そ こにおける思索 の断片は出版直後 か ら大き な衝撃をもって迎え られる。 とりわ け戦中のこの世か らの逃亡、 この世へ の妥協 と同調 を悔 いる 戦後 ドイツ 0プ ロテスタ ン ト教会 の徒 にあってボ ンヘ ッフ ァー を見つめるまなざしは特別な もの であったに違 いな い. 4。. 2E.ベ ー トゲは『倫理』の出版をボンヘ ッファーか ら託 された 自らの責務 と考えた。断片的原稿の判読、整理 とい う困難な作業の末にそれが世に出されたのは 1949年 である。その内容は執筆年代順ではな く、1940年 秋 に記 さ れたボンヘ ッファーの構想メモによっている。『倫理』第六版 (1962)の 刊行 に際 しては新たに時間的順序に従っ た配列が試み られて いる。そ の試みは 80年 代か らいよいよ本格化 し、著述年代 の厳密な考証 を経て新版ボンヘ ッ ファー選集 (Dietrich Bonhoettr Werke)の 新 しい 『倫理』 (1992)に 結実す る。 3そ の歴史的経緯 については E.ベ ー トゲが以下 にまとめてお り、参考 になる。『ボンヘ ッファー伝Ⅳ』(森 野善右衛 門訳)新 教出版社、1974年 、426¨ 432頁 。 4ボ ンヘ ッファーがひろく愛読 され、生涯 と思想をめぐって も教界 に、またエキュメニカル運動に大きな影響 を与 えた他方で、ボンヘ ッファーに対する戦後 ドイツにおけるしば らくの評価 は厳 しい側面を持 って いた ことは理解 さ.
(6) しか し、そのような眼差 しがそのままボンヘ ッフ ァーの他 の著作へ と向かう時、果た して何 を 『抵抗 と信従』の二年前 に出版 された、執筆時期 としてはボンヘ ッフ ァーが 見出す のであろうか。 「獄 中」 に入る前に位置する、国防軍諜報部 に属 し政治的抵抗運動 に参与す る中で記 された 『倫 理』を手にするな ら、読者は一―特 に世のための思惟 と歩み に感銘 を受けていた読者は一―期待 『倫理』には『抵抗と信従』へ の歩みを展望 できるような、 を裏切 られることはそ うな いであろう。 キ リス トにあって 「世 に留まる」「世のために歩む」キ リス ト者 の倫理 の問題が豊かに語 られる。 に の世界ヤ ま、 芋 グズ ハ盈 物 こ好され、カ イ )春日 解 ν χ 陛界 であ &喝 磁 る。 のかな るス備ア ι、 も、この障界 澄飛 繊 嫉 て1こ の障界 を譲 笏 た する〃彦iタフ うた こは いな い。″ 〕 燃. 」 の置界 をみ 鍵 鈴 のな アがま 紫. α tt ζ ただ自分 自身の徳をのみ救お うとする 教虔. まな い。 4/bι ろス淋 ヽ ごの障界 を〕神 ま フa多 力 )愛 され、多か なるノ タβ 澄功成 するの で■ 口 れ〕千 た 多 財 ιて認言 解 を受 ′ 哉ι〕ご勿 堺 な タ フで限定 された賃〃 の場 権 勁 妨. 'こ. ル 〕て行動 方る、呉″ 嫁 〕 その議訪 &ぎ 三. ま、 のであ る。タ フζ ごのく世界>な か υ 力 機 つ て■. イIズ ・ 芋 グズ ハだお いζ イエス ・ 芋 グズ ハを通 ι響 戒 夕 た 、具体的な責任 の店夕であノ る. 5。. ま、ただ掌だ ひき倒 され あるいは比較的直接的な、後期 の このよ うな表現 もある。わ ま ク絵 ヽ 〃 霧 げ を看護 ケるだし すでま いのか、それ とも、そのよ うな 数 り う″ ″ ″v6、. り 螢 潤 夏 わ か ら〕その ほ 秒 ら、神がキ グズ ハ後. %べ &Z″. どj. こ斌 夕る責任 愛された この注ヽ. "こ ■ま、 1夕 分を手 グズ ハの教 と の声〃 を真貪Jキこ考えな いとごろで 多 彩 群れ として存在 する。多螢″ヽ. れている。1974年 7月 20日 の「7月 20日 事件」(ヒ トラー暗殺未遂)の 三十周年記念礼拝が西ベルリンにおいて 守 られた際、そこでの説教者 E.ベ ー トゲはボンヘ ッファー含めこの事件に関わ り処刑された人物たちを 「殉教者」 と称したが、これは参加者たちにとり必ずしも納得のいく表現ではなく、せいぜい言っても「犠牲者」だろうと言 うのであった。イギリスではボンヘ ッファーの死を知らされてすくヽこ (1945年 7月 27日 !)、 彼の死は深い敬意 と哀悼の中でボンヘ ッファー記念礼拝として覚えられ、それは BBC放 送によって中継され共有されているが、他 方ボンヘ ッファーの母教会であるベルリンのブランデンブルク教会でさえ、7月 20日 事件の一周年に際 して冷淡 な反応があるのみであった。ボンヘ ッファーの名前は一言も触れられず、政治的行動を為 さなかったパウル・ シュ ナイダー牧師を 「言葉の十分な意味における証人」として讃えている。E.ベ ー トゲ、前掲書、508-510頁 を参照。 卦寸上伸は、前述のような ドイツの教会か らの反応について、ドイツの特有の (国 家)秩 序感覚にその理由を 例えヤ 見出している。村上伸 『ボンヘ ッファー』清水書院、1991年 、19‐ 20頁 。 5 DBW6,S.266。 邦訳『倫理』2003年 、263‐ 264頁 。引用 した箇所の他にも豊かな表現が示される。「キリス ト においてわれわれは、神の現実とこの世界の現実 とに同時にあずかることができる機会を与えられる。一なしに他 はありえない。神の現実は、わたしをいよいよこの世界の現実の中に引き入れること以外の仕方によっては示され ない。しかしこの世界の現実に出会う時、私は、既にそれが神の現実によって担われ、受けいれられ、和 らがしめ られているのを見出す。・……キリス ト教倫理は、キリス トにおいて与えられている神の現実とこの世界の現実が、 われわれの世界の中において現実化することを問題とする」 (40)。 「信仰においてイエス・キリス トの体を見る者 は、もはやこの世を、失われ・キリス トと分離されたものとして語ることはできず、教権的高慢さをもって自らを この世か ら分離することはできない。・……キリス トはこの世のために死に給うた」 (53)。 「宗教改革の危険は・…… ただ言葉の宣教という委任にのみ注目することであり、そしてそのことによって、教会はこの世のために存在 して いるという事実によって成 り立つ教会の自己日的性を、ほとんど見落としているという点にある」 (410‐ 411)。 6 DBW16,S.551.邦 訳『倫理』2003年 、366頁 。新版『倫理』には所収 されなかったが、後期に重なる重要な、 主題としては相通ずる、1942年 の執筆と推定されているテキス トである。既にボンヘ ッファーは 1933年 4月 の 講演 「ユダヤ人問題に直面する教会」の中で、国家がそのあるべき姿から逸脱 し人々の生きる権利を奪い暴虐を行 った時、教会のなすべき最後の可能性として 「車の犠牲になった人々を介抱するだけでなく、その車そのものを阻 止する」行動をすることがあり得ると考えていた。.
(7) 癸 τあるごとをやめるノ. 7。. √どの″の焼序″力ける 手 グズ ハ. ` 静推フす るのである8。. ここに 「獄中」 に至る道程 を展望する ことは難 しくな いで あろう。 しか し、 ここか らさらに時 を過去 にさかのば り、政治的抵抗運動以前 の彼の著作、例 えば我 々の課題 の一方である牧師研修 所での働 きの一つの結実 として 出版されたあの『服従』(1937)に 手を伸 ばすな ら、そ の一読 し た ところの印象はどうだろうか。『倫理』 (期 )に は豊かに、読者 の眼 を新 しくひ らか しめるよう な 「世のために生きる」キ リス ト者 の倫理力澪吾られていた。敢えて極端に言えば、かつて 「この 世」 という罪 と悪の性質 をえて して代表 しキ リス ト者 の離れ るべ き対象であつた ものは新 しい内 『服従』は語 る 容を込めて語 られ、そ して身 を賭 して歩 まれてさえいた。だが翻って見るな らば、 のである。. D所与 の現実 ′ こ対 %酵. こιて主 α 移 れる手 グズ ハカミ キ 間 tこ入 フて来 うえ ……ごとな こ属 ざデ μだ″ る。 た ゆえだ、務か ら奪 ″斉 られる。夕花 を受けた者な もなやユヽ 竹. な い。・……″と物. ま、眸艦 牲′. うの 物 るノ90. ま最後 の夕 のを″ 枚 うえることの 知 〕 力 切だよ フζ 〃か ら〃き離 され ζ 聖徒た ちの絵 ′ 多望む。見知 らた 勧 ″ ″ ぐ力η列軍 の凌 く 、多分を″こ涯フτ″ ぐ。ノ/の 働. ミ′ ダ次の. うな′ 〃フて救われ るた めに 修 の府とグ をノズ ノ/ル ハ拗 ノカはな らな″つ たま う ・ だ 倒“δ ″ 、試印 さわ 彰 徐 D進み ψ罐 微 淋 勿 %ψ ぐ約 彩 蒻 察 徴 ぐ燃 ひ 駒 10。 ゛ 『倫理』に示される世をめ くる思惟 と歩みへ の積極的な感嘆 を含 んだ興味か ら『服従』を手に 申蒻. する者が、 どこか異質な、 もしや疑義 にも通ず るような印象を受け取るのを想像す ることは必ず ゛ しも難 しいことではないようにも思われる。 Fll風 従』の表現 は、『倫理』のこの世 をめくる思惟、 姿勢 とそのまま比べ るな らやは り閉鎖的であ り、世に対する対抗的な、特 に隔絶的な理解 と姿勢 ゛ を強調 している。本論 の研究 によって明 らかにされて いく通 り、それは当時の時代 と教会をめく る歴史的状況 において豊かで先鋭な意味を含んだ評価 されるべ き理解 、姿勢であ り、安易 に否定 してよいものでは決 してない。しか し先に見 出された『倫理』における世 をめぐる理解 とこの『服 従』の思想的表現 を比べ るな らば、それが明 らかに異なるものを持 っていることはやは り確 かな ので ある。 ヒ トラー暗殺計画をも含む国防軍部内の抵抗運動 に参与 し、激 しく 「この世の課題」 に参与 し ていくボンヘ ッファーの『倫理』(期 )の 歩みが一方 にある。この世への神の肯定 を謳 い、それゆ えにこそ真に肯定された この世の姿 の回復を見据え取 り組 む、キ リス トにあっては世 において世 のた めに歩むばか りであると語 り生きるところの思惟が一方 にあるのである。だが他方、時を少 し湖れ ば、 もちろん例えばユ ダヤ人問題へ の重ね られる取 り組みな どがあるのは もちろんとして も、ナチス・ドイツの均制化政策 の中で教会 の領域が刻 々 と侵 され、狭められ、内実を失われて い くばか りの状況下で11、 告 白教会を通 じた教会的抵抗 に力 を尽 くし、非合法 の牧師研修所 の所長 7 DBW16,S.553。. 邦訳 『倫理』2003年 、368頁 。. 8 DBW16,S.554.邦 訳 『倫理』2003年 、369頁 。. 9 DBW4,S.221‐ 222.邦 訳 『服従 』1966年 、254頁 。 10 DBW4.S。 276.傍 点は引用者による。邦訳 昭腱従』1966年 、319頁 。 11当 時、ルター派諸領邦教会 において、疑似ルター的な二王国論が支配的とな り、「教会は、 自己抑制を利かせ、.
(8) として瞑想や内的集中、共同生活、罪 の告解 といつた特殊な、ある種 「修道院的な」姿勢 を取 り なが ら歩む平和 主義者ボ ンヘ ッファーが いる。 この世 を 「罪悪 の世」 として拒絶 し、そ のような 世か らの 「隔絶」を強調 し、教会が この世か ら離れて こそキ リス トの教会であ り続ける ことを説 いた『服従』の思想、時期 が ここに確 かにある。今 日では いよいよ偏向を含むとして退けられる 理解 だが、戦後 に始 まるボ ンヘ ッフ ァー研究史 の最初期 に属す る H。 ミュラー (Htthed Miller) の研究が、 この世を肯定 しこの世に積極的な姿勢を示す 『倫理』以降の後期思想 を評価 し、 この 世 を拒絶 しこれ に隔絶す ることまでを謳 う Fll風 従』の時期 の思惟 と歩みを「誤 った道」(Holzweg) 12と 断 じた ことは、決 して 同意するものでな いとして も想像できな いことではない。 『倫理』の思. 『服従』と『倫理』の間」 の確か にあること 惟 と歩みか ら『服従』の思想を素朴に望むな らば、「 が、そ こにボ ンヘ ッフ ァーに対す る読みの課題 のあることは理解 されるのである。. 第 2節. この世理解 と二貫性 をめ ぐる問題. 一方法とネ の設定に向けて一 馴蜃. 『月 上述 の 「 風従』と『倫理』の間」の問題が、ボ ンヘ ッフ ァーの生涯 と思想展 開の一貫性 (連 続 ゛ 性・非連続性)の 問題、そ して彼の この世理解 をめ くる論点 に深 く関わることは、記された とこ 『服従』と『倫理』の間」 の真実を追求 しようと ろか ら示唆的 に既 に理解 されているであろう。「 願 うな らば、それ らの課題 に触れずにはおれないし、逆にボンヘ ッフ ァーのこの世理解やそ の一 『服従』と『倫理』の間」の範疇 に踏み 貫性 の意味を探求 しようとするな らば、必然的 にそれは 「 ゛ 込まずには済まな い。本節ではボンヘ ッフ ァーの一貫性 の問題 とこの世理解 をめ くる問題 につい て明確な言葉を与え、本論文の課題 の枠組み を明確 にしたい。そ して、併せて研究史 の取 り組み を取 り上げつつ批判的考察 を加え、本研究 の課題 を研 究史的 にも浮 き彫 りにし、方法 と視座 を定 めて行 く。. ……そのうえ教会 の領域す らもナチ の均制化・……政策によって、ますます矮 自らを非政治的な私的な領域 に留めて 。 』新 小化 していかざるを得な くなって」 いた (山 崎和明 『ボンヘ ッファーの政治思想 抵抗 と再建の論理 と倫理』 教出版社、2003年 、110頁 )。 あるいは雨宮栄一 『ユダヤ人虐殺と ドイツの教会』教文館 、1987年 、 182頁 も参 ゛ 照された い。ボ ンヘ ッファーが牧師研修所 に入 り、明艮従 』を書き上げるまでのおおよそ 2年 間の ドイツをめくる 状況に限って見て も、ナチ政府は確固たる支配体制の下、そ の残虐 さを内外 にますます露わにすると共 に、 ドイツ 福音主義教会 に対する有効な法的措置を敷き、そ の強制力を強めて いる。 1935年 9月 にはそれまでは官公吏他要 職 に限 られたものであったユ ダヤ人追放を社会における徹底的な権利剥奪へ と拡大するニュル ンベルク法 (生 物学 的一人種主義的反ユ ダヤ主義 の形式的合法化、ブラッハー)が 公布されて いる。続 いて同月、教会への支配、干渉 を直接に可能 にする 「ドイツ福音主義教会 の保全に関する法律」が公布され、翌 10月 にはヒ トラーの最初 の軍事 行動であ り、そ の後 の領土拡張政策 の発端 とも言えるラインラン ト進駐がある。緊迫 した状況 を理解するために更 に言えば、当該の二年間 に ドイツ福音主義教会 の抵抗組織であった告 白教会 のメンバーか らは逮捕者が続出 してい ゛ る し、ナチ政府 の揺 さぶ りによって政府 の政策に対する批判姿勢をめ くり決定的な分裂が告 白教会内に生 じて しま って いた。一方ではナチ政府 の教会政策に対 して明白な対決姿勢を堅持する立場があり、他方 には政府 と鋭 く対立 する ことを回避 しつつ告 白教会 としての在 り方を確保 しようとする立場があった。当時 の ドイッ福音主義教会 は ド イツ的キ リス ト者に代表される帝国教会 とバルメンーダー レム会議 の線 に立つ告 白教会 に実質的 に三分 していた が、ボンヘ ッファーの属する告 白教会内にお いて もこの時点で 「世をめぐって」致命的な分裂が生 じ出していたの であ り、その分裂は告 白教会 の姿勢を妥協的なものとする ことをも帰結 していたのである。 12H.MilleL Von der Kirche zur Welt:Ein Beitrag zu der Beziehung des Wortes Gottes aufdie s∝ Diet五ch BOnhoeJ丑 〕 rs theologlscher Entwicklung.I£ ipzlg:Koehler《 &Amelang Verlag,1961。. ietas in. S.20,38,197..
(9) この世理解 について13 ゛ 『服従』と『倫理』のテキス ト表現が著 しい変化 を明 らかに呈 して いるこ この世理解をめく り、 とは見 出された。我 々 自身のここまでの論述 に重なるように、特に『服従』において展開されて いる 「消極的否定的な この世理解」は、研究史 において大 きな論点 となってきた。既に言及 され たように、H.ミ ュラーは『服従』について、そ こに展開され る世 に対す る消極的理解 と姿勢 を否 み、これ に否定的評価 を下 し、 ボンヘ ッフ ァーの生をまるで分断 しそ の一貫性 を否認 したのだが、 それ以降の研究は基本的 にはミュラーに批判的 に対峙す る仕方で議論を積み重ね ているので ある。 ボンヘ ッフ ァーのこの世理解 は思想研究 の次元で生涯 の全体 にわたって整理され 14、. 『服従』思想 のゲ ッ トー的な側面、ネガティヴな この世理解 の、当時の歴史状況. る積極的意味と価値 について伝記的 にあるいは時代史的 に確認 され. (E.フ. ァイル). (世 )に おけ. (E.ベ ー トゲ、R.シ ュ トゥルン. ク)15、 さらには前者 の方法 と基本的 には重な りつつ、また ファイルの 「ネガティヴな世理解 で ある」 との 『服従』の世理解 に対す る総括. (第. 1章 を参照)に 根差 しつつ、独 自の視座か ら、す. なわち政治学的観点か らそ の意味と価値は加えて補充 された. (山 崎和明、宮田光雄)16。. ドィッの. 神学者 B.ク ラッパー トが、日本ボンヘ ッフ ァー研究会の年次研修会 (2006年 9月 )で の筆者 の発 『服従』のこの世はナチズムである」 との言葉 も思 い起 こさ 題 に対 して的確 に指摘 して くれた、「 れる。これは『月 艮従』を理解す る上で不可欠の視点であ り、『服従』という著作 の基本的な、特殊 な性格を示唆 し、フ ァイルの研究方法 については除 くとしても、それはまた これ までの研究史 に おける 『服従』のこの世理解 に関す る研究 の基本的姿勢、読み方 に一致する17。 しか し、そ の不 可欠 の意味 を受け止めつつ、敢えて批判的 に言え ば、ナチズムと教会闘争の背景 を理解せず して 『服従』のこの世理解 の意味 と価値 について決 して見出され得な いとしても、そのような特別の 意味を込め られた 『服従』のこの世概念が、 いった い神学思想的な意味でどのよ うに表現 されて 『服従』のこの世 に、普遍・客観 の意味解明 を託す いるのか、このキ 巴握 も待たれるのではないか。 のでは必ず しもな く、ナチの世 という現実の意味 をつぶさに重ねて いたボンヘ ッファーは、いつ たいそのような意味での 「この世」 をどのように神学思想的に理解 、表現 したのか。 これはボン ヘ ッファーの思想 と歩みの意味を見出すためにいよいよ求め られる必須 の事項 と言えな いだろ う. 13新 約聖書 において、「この世」を表す のは主としてコスモスとアイオー ンである。ヘ レニズム的に異郷付け られ る 「宇宙」論的 コスモスに留まらず、「時旬 、「歴史」 の性質をも包摂す るアイオー ンが用 い られるのはヘブライ 的 と言えよう。特 にアイオー ンの概念では、神が天地を創 られた時に良 しとされた世界の次元 と、人間の堕罪及び 楽園追放 の後 の堕落 した世界 の次元 の両者が包摂 される。この意味 にお いて、この世は二義的であり、そ の評価 も 同様 である。創造 された世界 と堕落 した世界 の分裂状態 のゆえにイエス・キ リス トはこの世にお いて十字架 につか れたのだ と説明される。RGG,ungekurzte studienausgabe,6Ad。 ,¶hbingen:J.C.B.MoL 1986.山 崎和明、前 掲書、156頁 の注 35も 参照。 14E.フ ァイル 『ボンヘ ッファーの神学 解釈学・ キ リス ト論・ この世理解 』 (日 本ボ ンヘ ッファー研究会訳)新 教 出版社、2001年 、186‐ 287頁 。 15E.ベ ー トゲ 『ボンヘ ッファー伝Ⅲ』(雨 宮栄一訳)新 教出版社、1974年 、68‐ 75頁 。R.シ ュ トゥル ンク『キ リス トヘ の信従 ひとつの福音的挑発』 (大 島かお り訳)新 教出版社、 1984年 、248‐ 314頁 。 16山 崎和明、前掲書、103-163頁 。宮田光雄 『ボンヘ ッファー とそ の時代 神学的・政治学的考察』新教出版社、 2007年 、115… 144頁。 17例 えば宮田光雄 も R.シ ュ トゥル ンクの研究を引きつつ、同様 に述べて いる。「≪この世≫とは、具体的には、ナ チ・ ドイツの現実以外 のものではなかったのです」 (宮 田、前掲書、141頁 )。.
(10) 『服従』の世がナチの世であることの意味も十分な意味ではきっと見出 か。これを理解せず して、 され得な い。伝記や時代史 との対照の重要性 は決 して否定され得な いとして も、神学思想的な問 題意識 の下 にな されるテキス トヘ の丁寧な接近 はやは り念頭 に置かれねばな らな い。 ボ ンヘ ッフ ァーに対す る 「脱構築」 (dekonstrucion)18の 視野 さえひ らかれて久 しいが、ボ ン ヘ ッファー研究 の領野な い し読者層 において、なお彼 について英雄視 される側面 のあることは否 み難 い。「カール 0バ ル トは研究されてお り、ある世代 の牧師たち全体 にとって精神的父である。 ボ ンヘ ッフ ァー は愛 され、模範として尊敬されて いる・…・. 0」. 19。. これまで繰 り返 し確認され、 ま. た取 り組 まれてきたように、ボンヘ ッフ ァーを探求す るに際 して、彼 の生涯 の歩み、時代、思想 との相互 的な把握 の必要性 については筆者 によっても明確 に理解 される。批判 もされるように、 ボ ンヘ ッフ ァー研究 を試みる際、状況的性格を顧みな い神学思想研究 の狭 い次元 に浅薄な意味で 留まる ことは戒め られなければな らない20。 しか しそ うだ としても、彼を英雄視するあま り伝記 的側面や歴史的側面にあま りに過剰に寄 り、ボンヘ ッファーの神学的思惟 の意味 と構造、そ の論 理の ダイナミズムをつかみ損な い、詳細な考証を持たず して彼につ いて語 ることも同時に戒め ら 「神学的側面か らさらに れなければな らないだろう。状況を決 して捨象することな く把握 しつつ、 ボ ンヘ ッフ ァー研究を積む ことが どれほど重要であるか」21、 これは今 日なお課題であるし、本 稿 もこれ を念頭 にするのである。加えて言えば、ボンヘ ッフ ァーの全体的解明は既 に多岐 に渡 り 取 り組まれて いる し、 この世理解 について も、連続性 の問題 について も、そ の大要 を示す研究 は もう試み られ表 されている。今 日の課題 の一つは、与えられた成果の下 にさらに詳細な地図 を描 き、よ り充実 した意味 を示す こととも言えるだろう。本研究 は 「 『服従』と『倫理』の間」の限定 された範疇 で、そ こに示される この世理解 と、次いで以下 に記され る一貫性 の一つの要点である ボ ンヘ ッフ ァーのキ リス ト. (論 的)集 中 という、二つの限定的な主題を主 として追究することに. よって この課題を新たに果たそ うとするのである。 一貫性. (連 続・非連続)の 問題 について. 上記 の 「この世理解」をめぐる問題 とこれに対す る研究 は、ボンヘ ッフ ァーの一貫性. (連 続. 0. ゛ 非連続)の 問題解明というモチーフを内的 に含 む もので あ り、 これ までのこの世理解をめ くる探 18破 壊 (destrucuOn)と 構築 (construction)を 合わせた造語。フランスの哲学者ジャック 0デ リダが生み出した 理論を指 し、また この思想を受けて 1970年 台か ら 1980年 台 にかけて主としてアメリカで流行 した文学な いし哲 学理論を意味する。概念にして も論理にして もえて してそれ らは二項対立的な発想で成立 しているが、そのような 発想にある内的矛盾を暴 くことによ りそ の論理 自体 を内側か ら破壊す ることが可能であることに注 目する。例えば 文学作品 の解釈 について言えば、確定的な唯一の意味は存在 しないことが示される結果 となる。ここでボンヘ ッフ ァーの脱構築と言われる時、それはいわゆる 「英雄ボンヘ ッファー」像を超えて、内的矛盾 をまで追究 し、その像 を破壊 して新たな理解 の創造 を日指す ことが意味 されている。 19日 本におけるバル トとボンヘ ッフ ァーの受容について、 ドイツ人宣教師 A.シ ュミッ トが残 した言葉。寺園喜基 『途上のキ リス ト論 「バル ト=ボ ンヘ ッファー」 の今 日的意味』新教出版社、1999年 、121頁 よ り引用。 20例 えば E。 ファイル についてそのような批判が向け られる。彼の果た した思想 レベルでの解明と功績に疑 いの余 地はな い と思われるが、そのような批判は、ファイル の精緻な思想表現 レベルでの研究 をどのように状況に照 らし てさらに理解 していくか、その課題を示 していると言える。 21E。 ファイル、 前掲書、381頁 よ り引用。ちなみにフ ァイルはボ ンヘ ッファー思想の状況性を焦点 には合せな い。 本論文は、 このフ ァイル の言葉 を批判的に受容 し、論述を展開するのである。. 10.
(11) 求 は、この問題 に答える取 り組みであった という言い方 もできる。先 に名前 をあげた H.ミ ュラー は 自 らの思想 的前提か ら、 この世 を否定的 に見な しこの世 との関係 を対抗的、隔絶的 に理解す る 『服従 』の思想 と時期. )に ついて、 これを 「誤った道」22と 断 じ、否定的に評価 を下 し、. (中 期. 対 して この世 について積極的な い し肯定的な理解 を多分 に示す 『倫理』 とその執筆期. (後 期)の. 歩みを積極的に評価する。ボンヘ ッフ ァーの『倫理』の思想 と歩みをボンヘ ッフ ァーのほんとう 『服従』の思想 と歩みを不必要な誤 った もの とする。ボ ンヘ ッファーの生涯 をまるで だ と見な し、 分断する、ボ ンヘ ッフ ァーの生涯 の展開 に 「切れ 目」 (質 的飛躍)、 「断絶」、「全面的な転向」を見 出す立場があるのである23。 この論点か ら言えば、大きな研究史上 の議論 となっていた獄 中書簡 集 『抵抗 と信従 』に見出される 1944年 4月 30日 以降のテキス トの問題 について も言及できる。 その 日付け以降、獄 中のボ ンヘ ッフ ァーは集中して 「非宗教的キ リス ト教」、「聖書の非宗教的解 釈」な どの神学的考察 に集 中的に取 り組み、 これが彼の没後、獄中書簡集 の出版 によって 日の 目 を見、世界の教界 に大きな衝撃 と影響 を与えるのだが、その 日をもってボ ンヘ ッファーの思想展 開│こ 「質的飛躍」、切れ 日、断絶が見出せるという見解が例えばある。代表す る研究者 は先の H. 『服従』と『倫 ミュラーであ り、あるいは少 し時代を経て R.マ イヤー (Raher Mver)が いる24。 「 理』の間」 の問題 に留まらず、研究史 の端緒 にあってボ ンヘ ッフ ァーの一貫性. (連 続と非連続). をめ ぐる大きな問題が浮上 し、ボンヘ ッフ ァーの全体をいかに解釈すべ きかとの大きな問 いの下 に、以降の研究 は展開されて いくことになるのである。 E.ベ ー トゲによる生涯の時期区分 のキー ワー ドを想起 して も理解 されるように、ボンヘ ッフ ァ. ーの生涯 のそれぞれの時期 においては、各 々そ の特徴を表す固有 の表現が可能 であ り、かつそれ はふ さわ しい。 もちろん個 々の表現 に表されるボ ンヘ ッフ ァーの実存 の側面が、それぞれ別 の時 期 において も程度や強調 の違 いを もって並行 して見 出され ることは言 うまでもな い。 しか し、確 かに、明 らかに変化. (非 連続)は 存在す る。ボンヘ ッフ ァー は天才の認め られる神学者 として、. 知的興味の探求 と深化 の過程 を歩み、やがて 1933年 以降 の ドイツの時代状況 の激 しい推移 の中 で良心的キ リス ト者 として、キ リス ト者 の価 の真実を求め、またそれを担 いつつ教会闘争を生き る。教会的抵抗 の終焉 と限界の中で、やがて告 白教会 の前線 を踏み越え、 この世 のただ 中に、国 防軍部内の諜報部 における政治的抵抗運動に同時代人として歩み出し、ついにそ の生命は獄 中で 果てるのである。確かに変化 は存在す る。我 々の課題である中期代表作 である『服従』とそ の時 期 の歩み と、後期 の思惟を代表する一つである『倫理』 とその歩み との間、関係 を問うな らば、 そ のタト 見的に明 らかな変化 と展開を示す生の道程 において、いったい根本的な連続性 の側面 は本 当に見出されな いのか。新 旧の変化 の著 しいばか りに見える歩みの間 に、彼の神学思想 と生涯 の 22 Ho MulleL a.a.O。. ,S。. 20,38,197。. 23E。. ファイル、前掲書、383‐ 386頁 をも参照されたい。あるいは、日本 の研究者か らも繰 り返 し 明艮従 』と『倫理』 の断絶 の問題が指摘 されている。後者の二つは、村上伸、前掲書、31頁 よ り引用。30‐ 32頁 も参照。. 356.ボ ンヘ ッフ ァー に対す る共通す る分析構造 を持 つ研究 としては以下が指 摘 され る。 Rainer MayeL Christuswirkhchkeitt Grundlagen,Entwicklung und Konsequenzen der Theologie Diet五 ch Bonhoettrs,Stuttgart:Calwer Verlag,1969.JohnA.Phillips,The Forllrl of Christ in the WorldoA 24 Ho MulleL a.a.O.,S。 9,31,354¨. Stuむ OfBOnhoettrt Christologyp LndOn:Collins,1967.E.ベ 新教出版社、1974年 、366頁 以下も参照されたい。. ー トゲ『ボンヘ ッファー伝Ⅳ』(森 野善右衛門訳).
(12) 基軸、ぶれない中心点、一貫する基本主題を見出す ことは叶わないのか。「ボンヘ ッフ ァーの生涯 をどのように解釈 した らよいのだろうか。優れて一様な発展 〔 同質性内部の展開〕と解釈すべ きか、 それ とも優れて深 い断絶 を含 む変化 を伴 った発展 〔 質的飛躍〕 と解釈すべ きだろうか」 (E。 ファイ ル)25と ぃ ぅ言葉は、当時の研究の問題状況 と、その後 の研究者たちの取 り組んだ課題をつぶさ に示 している。ボンヘ ッフ ァー 自身、獄中において 自らの歩みを顧み る次のような言葉を語つて いた。姥 た笏 〕 こ思わ れるか もιれな の力江 一 のフう全 確 鋤 ″ で屈折 のな ぐ僕の生涯 │ま――奇妙 〔 い歩み であ フた という翠舞 ミ あ 夕 2た シ. 6。. 『服従』と『倫理』の間」を見 出 し、 果た してでは「. これ を課題 と掲げるところで、実際我 々はいかにその 「直線的で屈折 のない歩み」 を認め、理解 し、また説明す ることが出来 るのか。 彼の一貫性、あるいは連続性を明 らかにしようとする諸 々の研究 は存在す る。詳細には本論第. 2章 以降での本研究 の批判的考証をもって明 らかにされる事柄だが、先ほども述べたように H. 『月 ミュラーの 「 艮従』 と『倫理』の間」をめ ぐる断定的な評定以降、『服従』の意味 と価値 を改め て 開示 しようとする試みが一―先のこの世理解研究 に関す る論述 とも重なるが一―優れて伝記的 に (E.ベ ー トゲ)27、 またよ り時代史的な いし政治的に あるいは政治学的に繰 り返 しなされている. (R。. シュ トゥルンク、TR.ペ ータース)28、. (山 崎和明、宮田光雄)29。. それ らの研究は『倫理』の. 思惟 と歩み との隔絶の印象 の中で不当 に貶められた 『服従』の再評価 を通 し、その 「隔絶 の感」 を埋めようとす る取 り組み とも見ることが 出来、H.ミ ュラーに代表 される見解 に対峙 してボ ンヘ 『服従』と『倫理』 」とい う限 ッフ ァーの連続的展開を主 として外的 に保障 した試み とも言える。「 定された範囲ではな く、包括的な取 り組みを問題 にして言えば、ボンヘ ッフ ァーの生涯 と思想に ついて、丁寧 にその全体的な内的発展を精緻に伝記的にた どることによ り彼の生の展開と共 にそ の連続性を明 らかにする研究があるし. (E.ベ ー トゲ)、. それ こそテーマや視座を問わなければそ の. ような取 り組みは実に多岐 にわたる30。 例えて挙げるな らば、ボンヘ ッフ ァーの教会理解やキ リ ス ト論 の生涯 にわたる連続的展開を確認す ることによ り、彼の一貫性 な いし神学 の根本的基軸 (基 本主題)を 、思想 レベルか ら、ないし実践神学的視座か らの追究によ り明 らかにしようとする試 みを見出す ことができる. (E.フ. ァイル、HoC.vハ ーゼ、森野善右衛門)31。 そ して、それ らの取 り組. 25E。 フ ァイル、前掲書、 2001年 、 11頁 よ り引用。括弧 の 内 補足 の言葉 もフ ァイル の表現 に拠 って い る。 同著、4. 頁。. 26 DBW8,S。 391.邦 訳 『獄 中書簡集 』1988年 、 313頁 。 27E.ベ ー トゲ、前掲 書、 68‐ 75頁 。. 28例 えば以下 を参照。■emO Rainer Peters,Die Prasenz des PoLischen in der[heologie Diet五 ch Bonhoerer獣 Eine historische Untersuchung in systematischerAbsicht,Munchen:Chr.Kaiser Verlag,1976,S.57. R。 トゥル ンク、 前掲書 、248-314頁 。. シ :■. 29山 崎和 明、前掲書 、 103-163頁 。宮 田光雄、前掲書 、 115‐ 144頁 。 30 James H.Burtness,Shaping the Future.The Ethics of]Diet五 ch BonhoeffeL Phiadelphia:Fortress Press, 1985,pp■ 1… 14.Gerhard Ludwig Munet Bonhoeffers lheologle der Sakramente.Frarurter TheO10gische Studien28,Fra」 山己 am Main:JOsef Knecht,1979,S.22.あ る いは例 えば以下 のよ うな ものを挙 げる ことが 出 来 る。Andr6 Durnas,Diet五 ch BOnhoettw Theo10gian ofReality(■ anslated by Robert McAfee Brown),New York:The〕 嘔acmillan Company9 1971. Gerhard Ludwig〕 正illett Fし r andere da.Christus¨ Kirche‐ Gott in Bonhoettrs Sicht der mundig gewordenen Welt.Konfessionskundliche und kontroverstheologlsche Studien44, PaderbOrn:Verlag Bonifacius‐ Druckerei,1980. 31 HanS Christoph von Hase,Begrf und Wirklichket der Kirche in der Theologie Dietrich Bonhoeffers,in:. 12.
(13) 『服従』 と『倫理』の間」問題 に対す るそれぞれの答 えであつたとも見 られるのである。 みは、「 ここに、ボンヘ ッフ ァーの一貫性、そ の変化や展開を含みつつの基本的連続性 の究明は、諸 々 の角度か ら、あるいは包括的全体的な研究か ら既 になされていると言える。事柄 に即 して相応 し く加えて言えば、研究 の次 の段階へ の移行 も求め られる状況にあるということが言われね ばな ら な いだ ろう。概 要 の既 に描 かれた ところのその詳細 を、 しかも状況を捨象せずかつテキス トヘ の よ り丁寧な接近 によって果た される研究を、そ こにおいて神学思想的な自覚 と宣教論的な問題意 識 の もとに為される取 り組み を、 ここに新た に試みた い。変化 と展 開を実に豊かに、動的に内包 するボンヘ ッフ ァーの生涯 と思想が我 々の眼前 にある。連続面 を強調 して語る ことでその変化 の 豊かに季 まれるダイナミズムを平板に解消す ることなく、む しろ豊かに変化 と展 開を汲みつつ、 そ こにお ける連続的な展開を、 彼 の思惟 と論理の展開か ら内的にボンヘ ッファーに語 らしめた い。 主要課題ではな いが、 これ までの多岐 にわたる研究 の成果 に学びつつ批判的 に、かつそれ らを包 『服従』と『倫理』の間」は多角的 に、いよい 括的 に総合する ことも留意 しよう。それによって 「 よ充実 してそ の意味を見出されるに違 いな いか らである。. 第 3節. 本研究 の課題 と視座 と方法 ―資料問題への留意と共に一. ゛ 「 『服従』と『倫理』の間」 という本研究課題 の範疇 の限定 は、一つにはボンヘ ッフ ァーをめく る読みにお いて 『llR従 』と『倫理』とが時 に厳密 に分断 されて いることか らくる一一それは教会 の宣教論的現実 の中で重ねて見 出され る事態でさえある一一言わば素朴 の要請である。そ して こ こまで記 されたように、何よ りもボンヘ ッファーの生涯 と思想を理解す る上でのある種 の難 しさ と、研究史か らの要請なのである。連続性の問題は既に諸点か ら応え られ、また この世理解 につ いて も一定の研究成果は示されてお り、 ここに至っては地 図の詳細が描かれねばな らな い。一貫 性. 『服従』 (連 続 0非 連続)の 問題 について も、また この世理解 についても併せて当てはまるが、「. と『倫理』の間」 にお ける彼の神学思想 の思惟 と論理を内的 に辿る ことによって本研究主題 の解 明 を果たすような研究はこれまでな く、またそれ を神学思想的な次元、宣教論的視座か ら進める ものはなお得 られていな い。 これに本研 究が取 り組むので ある。課題は ここに示される。本研究 『服従』と『倫理』の間」を課題 とし、こ はボ ンヘ ッフ ァー解釈上の一つの大きなテーマである 「 れまでの研究成果 にも批判的 によ りつつ これを包括 し、そ してそれに留まらず に独 自に狭 く、ま た状況的 に、テキス トとコンテクス トとの関連 に留意 しつつ、主 としては神学思想的あるいは宣 『服従』と『倫理』の間」を埋め 教論的視座 の もとにこれに取 り組む。述べ られたように、既 に 「 るライ ンとしてキ リス ト論 の連続性が確認されて いるのだが、 これに詳細 に注 目しつつ、キ リス ト論. (的 集中)と. この世理解 との関係 と展 開を、その詳細を、『服従』か ら『倫理』へ と内的 に辿. りつつ明 らかにすることを試み るのである。. Die mundige Welt I,Minchen:Ch Kaiser Ve」 ag,1955.E.フ ァイル、前掲書、110‐ 183頁 。森野善右衛門『告 白と抵抗 ボンヘ ッファーの十字架の神学』新教出版社、2005年 、93¨ 139頁。. 13.
(14) 方法 について記すな らば、ボ ンヘ ッフ ァー研究 の宿命である 「解釈学的問題状況」32と まで称 され る研究 の特殊性 について も触れておかねばな らない。ボンヘ ッフ ァーの生と思想 の意味 を探 求す る際の重層的な問題 は確 かに存在 し、 これまでのボンヘ ッファーをめぐる読みはそれによっ て足元 をす くわれてきた一面 のあることも否めな い。 これを明確 にすることはそ のまま確かな方 法へ の 自覚を深めることになろう。第一にそれは彼の思想 の、ないし資料の断片的性格 の問題で あ り、第二 に、テキス トの暗号性、裏返 して言えば特異なまでの状況的性格 と言える。第三 に、 ボ ンヘ ッフ ァー以外 の第二 者 によるテキス ト編集 の問題 もあげられね ばな らないだろう。 いずれ の事柄 も本研究 の課題 に関わるものである。 第一の、思想あるいは資料の断片的性格 の問題である。我 々は、若き日のボンヘ ッファーか ら 牧師研修所時代 のボンヘ ッファーの思想やその資料 についてはまとまった ものを手 にすることが できる。主要な ところをあげれば彼の博士論文である『聖徒の交わ り』(Sanctorum Commu五 o) や教授資格論文 として提出された 『行為 と存在』(Akt und Sem)が あり、『服従』(Nachfolge) や 『共 に生きる生活』 (Gememsames Leben)も ある。そ の他 の論文、講演録、説教や聖書研究 の資料 をも加えて見出す ことが出来 る。まとまった、比較的よく考え られた思想をそ こに手 にす ることは出来る。しか し、特 に戦後 の教界 において注 目を集めた『抵抗 と信従 』(Widersね nd und. Ergebung)や 『倫理』(Ethk)は 、前者 について言えばあくまで手紙や断想、メモの集成 であ り、 後者 についてはもちろん比較的まとまった諸論稿が収集 され編集された ものだとしても、それは あくまでボンヘ ッフ ァーが完成 した著作 ではな くやは り草稿であ り、失われた資料さえある。完 成された ものではな いのである。獄中の極限状況 で記された断想は、豊かな思想的萌芽 とひ らめ きに満ち、何かほ とばしるような断片であるがゆえにこそ広 く深 い刺激 を周囲 に与え得た ことは 否定できな い。 しか しだ としても、それは他 の神学者やボ ンヘ ッファー 自身も言 うように決 して 十分 に考え抜かれた体系の思索 と言 う ことは出来な い。僕 際 ,まな力ゝ フた のどが 3。. ま力 釘 り で 倫理 の〕思想セ 度の 〔. ぃかにこれを研究 における資料 として扱 うか という問題はやは り議論され. ず におれなかった34。 上記 の内容 は既 に第二 の点、資料 の暗号的性格、特殊な状況性 の問題 に関わ っている。断片的 資料 と思想が残 されるばか りであった後期 の政治的抵抗運動 に参与 を深めるボンヘ ッファーの状 況や、あるいは 1933年 以降の私講師時代か らロン ドン時代、また帰国 してか らの牧師研修所時 代 のボンヘ ッフ ァーの歩みが非常 に特殊な時代 を負 つていることは既 に知 られて いる通 りである。 『服従』を例にしても、それが いかに 「普遍 0客 観 の真理」を 本稿 でこれ も取 り上げた ことだが、. 32E.フ ァイル、前掲書、 10頁 よ り引用。 33 DBW8,S.188。 1943年 11月 18日 付 のボ ンヘ ッフ ァー か らベー トゲ ヘ の便 りの言葉。邦訳『獄 中書簡集 』1988 年 、 149頁 。 34例 えば J。 モル トマ ンは彼 の ボ ンヘ ッフ ァー研究 にお いて特 に『倫理 』に依拠 しよ うとす る。K。 バ ル トは、『抵抗 と信従 』を重 ん じるのは正 しいが、これ らの手紙 を解釈す る可育旨性を見 出さなか った。彼は明確 に、初期 の諸著作 に依拠す るべ きだ と述 べ て い る。Jurgen MOltmam,Die Wirklichkett der WeL und Gottes ko山 etes Gebot. nach Dね trich BonhoeffeL in:Die rrlundige weltⅢ ,Munchen:Ch.Kaiser Verlag,1960,S。 42‐ 67.Karl Barth, Aus eineHI Briefe K.Barth an Landessuperrintendent P W Herrenbnck,21.Dezember 1952,in:Die mundige Welt I,Miilnchen:Chr.Kaiser Verlag,1955,S.121‐. 122.. 14.
(15) 平板 に記す ものではな く、状況 の 中で、まるで戦いの只中に記されて いることは理解 されよう。 『倫理』は軍部 の抵抗運動 に参画す る最中に記 され、あるいは『抵抗 と信従』は逮捕され勾留さ れる限界状況 の 中で綴 られている。 中期著作 について言 えば、例えば 『服従』に十分な意味での 直接的な政治的表現を明白に見出す ことは叶わな い し、後期 について言えば、えて してそれは安 易な危機 を招かないためにやは り暗号化 されて いる側面が ある。果た してボンヘ ッファーのテキ ス トは特定 の状況に向けた暗黙の意味を込められ、的確な背景 と他 の資料 とのす りあわせ の 中に お く他に彼の思惟 の意味 を読み取 ることはいよいよ容易ではな い側面があるのである。 第一 と第二 の点で指摘されたボ ンヘ ッフ ァー研究 の特殊な問題状況 のゆえ に、 自由な刺激 と独 自の影響 を戦後神学 に対 し広 く与えた と言 うことが確かに出来る。 しか しかえつてボンヘ ッフ ァ ーは誤読 にさらされ、安易な持ち上 げや恣意的な利用が、読者 の立場や思想、政治的主張をボ ン ヘ ッフ ァーの言葉 をもって誤って語 らせ るような危 うい読みや語 り口があつた ことは否めな い35。 第三の事柄、他者 による編集 を経ている資料 であるという点も本稿は見落 とす ことが許されな 『抵抗 と信従』ももちろん該当し、本研究の課題 の範疇 に含 まれる『倫理』もそ うなのである。 い。 『倫理』はボ ンヘ ッフ ァーが完成させたかった 『倫理』ではない。ボ ンヘ ッフ ァーは一度 の執筆 によって著作 をゼ ロか ら数字 を数えるように順 々 に積み重ねていくとい うタイプの叙述家ではな く、各 々の主題 について書かれた ものを集成 し、並び替え、書き加え、削除 し、直 しを入れ、整 えて、最終 的な形 にまとめていくとい う、そ のような仕方で執筆 を進める人物であつた という。 ボ ンヘ ッフ ァーの ライフワー クであ り、それだけは彼の生涯をもって完成 させたかったと語 られ ていた『倫理』は、そ の諸 々の草稿 を E。 ベー トゲによって収集 0判 読・編集 され、そ の初版 (1949) では必ず しも想定される執筆年代順 とはされず、ボンヘ ッフ ァー 自身の構想メモ (1940年秋の 日 付)に 拠 って配列 された。第 6版 の刊行 (1962)に 際 して時間的順序に拠って配列す る試みがな され、そ の取 り組みは意味あるものと認め られるが、今 日的な観点か ら言えばやは り決 して十分 ではなかった36。 そ して今 日の私 たちが手にする新版ボンヘ ッフ ァー全集 (Dね trth Bonhoeffer Werke=DBW)の 『倫理』(1992)で は、精緻な解読作業一一紙 の質 0字 体 0イ ンクの色・ペ ン先 の幅 0鉛 筆 の使用頻度 0使 用される文献 の出版時期な どの考証一一 による執筆時期 の解析 を経た 上で、新た に時間的順序で配夕1さ れる。しか し、いかに厳密な分析を経て配夕1編 集 された新版『倫 理』とは いえ、それはやは り他者によって編集 された、ボンヘ ッフ ァーにとっては未完 の『倫理』 であることは 自覚されなければな らない。我 々が手にするボンヘ ッフ ァーの『倫理』とは、彼の 『倫理』を目指す思索途上の草稿の集成なのである。それ らの草稿は、十分な推敲 と再考を経な いという意味では、かえって当時の状況 におけるボンヘ ッファーの声 を生々 しく表す もので もあ り、それは我 々が手にするボンヘ ッフ ァーの『倫理』の一つの可能性 とも言えよう。裏面 と言え 35ボ ンヘ ッファー思想、ない し資料の未完結性 の中で、読み手がボンヘ ッファー神学 に 自己の神学を投影す るこ との問題は指摘 され続けて いる。Dねter Schenong,Kirchiiches Schuldbekenntms.Gedanken Bonhoerers und die Wirkhchkeit des deutschen NacHを legsprotestantismus,in:Verspieltes Erbe?Dietrich Bonhoerer lmd der deutsche Nachk五 egsprotestantismus← IBF2),hg.V Ernst Fe■ ,Minchen:Ch.Kaiser Verlag,1979,S.2357, 56ハ ビIn。 5. 36第 6版 にお いて ベー トゲは、それ までⅣ章 とV章 に配置 されていた 「神 の愛 と世界 の堕落」 と 「教会 と世界」 を、内容的 に 『服従 』に近 い と見て、それぞれ I章 とⅡ章 に移動 させて いる。. 15.
(16) る思索・資料の未完 という性格か ら来 る理解 の難 しさは、他 の同時代 の、な いし別 の年代 のテキ ス トと、テキス トが置かれた コンテクス トとの対照の中で、その意味が開示され ることを求める と言える。 以上の解釈学的問題状況 の 自覚 と共に、先の主題 と方法 と視座 をもって本論文 の研究は以降進 め られなければな らないのである。改めて、 ごく狭 い時期 に限ったひとつのテキス ト読解 を超え た、諸 々の時期テキス トの相互連関が求め られて いることは理解 されるし、もとよ リテキス トと してよ り堅固な初期 の、あるいは本稿 の課題か ら言えば中期 の ものか らのす りあわせが、後期 の ものには求め られると言 うことも出来る。かつテキス トとコンテクス トとの関連へ の留意 は全体 としてやは り必須である。研究史をめ ぐる課題分析か ら神学思想な いしその論理への注視 は求め られ るとして も、以上のことは念頭 に据え られる。 このことな くして、 この研究 を進めることは 出来な いのである。. 16.
(17) 一 『服従』と『倫理』の間の問題 を念頭に。そ の概要 ― 第 1節. 初期 をめ ぐるこの世理解. 第 2節. 中期をめ ぐるこの世理解. 第 3節. 『服従 』と『倫理 』 (期 )の この世理解. 第 4節. 『服従』の この世理解 をめ ぐる位置付けの問題 ゛ 一『服従』の意味と評価 をめくって。E.フ ァイル の場合 一. 第 1章 においては、初期か ら後期 に至るまでのボンヘ ッフ ァーのこの世理解 の変遷 を概観的 に 明 らかにする。その際 に我 々が依拠する分析 の用語法は E.フ ァイル のそれである。彼のボ ンヘ ッ フ ァー研究 にお ける分析 のための用語 (negatれ. posit市 )に ついては一部か ら批判的な見解 も提示. されるし37、 本研究の立場か らも越え られなければな らない側面は確かにある。 しか しそれでも そ の研究 はボ ンヘ ッフ ァーのこの世理解 の総覧 のためになお有益であ り、かつ本研究の批判的対 話者 としての役割を一― この世理解 のみな らずキ リス ト論 をめぐる一貫性 の問題 に関 して もだが 一一本稿では託 されるのである。本章 の探求 によって、我 々はボンヘ ッフ ァーの この世理解 につ いての、主 として思想 レベルでの概要を把握す る。その都度の歴史的 コンテクス トが理解 のため に重要であることは言 うまでもな いが、先立って このような探求 はなお求め られるのである。 こ ゛ 『llR従 』と『倫理』の間」 をめくる問題が、この世理解 れによって 同時 に、我 々がテーマ とする 「 の全体的展開にお いて どのような問題状況 にあ り、位置を持って いるかについて も併せて明 らか 『服従』と『倫理』の間」の問題 を思想 レベルで更に深 く、そ して広 にな り、序章で触れ られた 「 くここで認識す ることが 出来 るだろう。『服従』(期 )と 『倫理』(期 )の この世理解 の位置付けに 隈従』と『倫 対す るフ ァイルの見解 について も要約 的 に紹介 し、批判的に考察 を加えた い。特 に『月 理』について ここで語 られねばな らないが、もちろん本章での研究 によって 『服従』 と『倫理』 のこの世理解探求 の課題が十全に果たされるわけではな い。十分な意味での神学思想的探求 でさ えな い、広 い意味での思想 レベルか らの解明 を本稿はここで果たす のである。. (1,2)ボ ンヘ ッファーの 「初期」か ら「中期」 にかけてのこの世理解 の変遷 を 艮従 』と『倫理』 (期 )に 中期 の代表作 である『lll従 』を除 いて見出してみよう。次 いで (3)『 月 以下ではまず. 展開され る彼の この世理解 の変遷 をそれぞれに辿 り、そ の概要 を明 らかにする。初期か ら後期 に. 37例 えば山崎和明がファイルの命題の限界に触れている。「ボンヘ ッファーのこの世概念が、どの時期にお いて も 不変、同一で ある ことを 自明の真理、前提 としてファイルは論を進めてきた嫌 いが ある。ここに、フ ァイル の研究 成果である命題 のもつ限界があるのか もしれない」。そ して、そのように述べた上で、後期 ボンヘ ッフ ァーのこの 世理解 について、ファイルが「弁証法的な この世理解」との表現 も併せていることを挙げ、代わって弁明 している。 山崎和明 『ボンヘ ッファーの政治思想 抵抗 と再建の論理 と倫理』新教出版社、2003年 、115‐ 116頁 、及び 153 頁 の注 28を 参照。 しか し、フ ァイルが繰 り返 し後期 のこの世理解 について 「肯定的な この世理解」 との表現を繰 り返 しているのは事実である。. 17.
(18) 『服従』と『倫理』のこの世理解 の各 々の特異性 至るまでのこの世理解 の全体的変遷に照 らされ、 ゛ は明確 にここに見出されるだろう。結びに (4)ボ ンヘ ッフ ァー この世理解 をめ くる思想 レベル での研究 の先駆者であ り、そ の後 のこの主題 に関す る一定のコンセ ンサスを獲得 した E。 フ ァイル によるボ ンヘ ッファーの各時代 のこの世理解 に対す る位置付け と意味 についての分析を紹介 しつ つ批判的考察 を試みる。. 第 1節. 初期 におけるこの世. 本節 ではボンヘ ッフ ァーの 「初期」 にあたる 1931年 までを取扱 い、次節では 「中期」 のこの 世理解 の変遷 を、資料的 には 『服従』を除 いた形で明 らかにする。本研究の主要課題 に該当する 『服従』についての探求は第 3節 での課題である。. 1931年 までのこの世理解 「初期ボ ンヘ ッフ ァー」 の歩みは大学で学んだ修学 の時代. (1923‐ 1927)、. バルセロナにおける. ベル リンにおける助手時代 (1929-1930)、 ユニオン神学校 に学 んだアメ リ. 牧師補時代. (1928)、. カ留学時代. (1930‐ 1931)、. そ してベル リンでの私講師 と牧師の時代 (1931)を 範囲 として理解 さ. れ、それは主 として神学 の知 に魅了される神学者 としての歩みであつたと見 られ得る。では この 初期 の時代にお いて この世 はどのように理解 され、また語 られ、問題 となって いるのだろうか。 これが我 々のここでの課題である。 ボ ンヘ ッフ ァーの在世中に出版された数少な い著作 の うち、初期 に属す るものとしては次 の二 つが挙げられ る。 1927年 12月 に. 21歳 の若さで提出された博士学位請求論文 『聖徒の交わ り』. (Sanctorum Commio)、 そ してボ ンヘ ッファーがバルセ ロナでの牧師補 として の歩み を経て帰 国 し、ベル リン大学神学部 で Wリ ュ トゲル トの見習 い助手 を経て、 1930年 7月 に提 出 された教 授資格論文『行為 と存在』触h und Seh)で ある。ここにお いてはこの世は特別な主題 として立 て られていないが、 とはいえ初期 において この世 についての関心 と理解 を全 く欠いて いたのかと 言 うと決 してそ うではな い。バルセ ロナ時代の幾 つかの説教 と講演 はなお神学的な不充分さを残 し、内容 的 に整合性 を欠いた ものに留 まっているとしても、キ リス ト者が隔絶を保持 し、距離を 置 くところの この世の 「ネガティヴな」 (negat市 )理 解 と、そ してキ リス ト者が愛 し交わ り関わ りを保持するところのこの世の 「ポジテ ィヴな」 (pOsi歯 )理解 が提示され ている。 「ネガティヴな」理解 ネガティヴな理解 の典型はヨハネの手紙 Iの. 2章 17節 「世も世 にある欲 も、過ぎ去 って行 き. ます。しか し、神 の御心 を行 う人は永遠 に生き続けます」を主題 とする彼の説教 (1928年 8月 26 日)に 見出す ことができる。 地. %の 上 で全 τを力馨%の 言え″ 教 吻 る。辱備牲死な月り もの であ る。 μ ″ %ψ ぐ″α ン まヤ ヤ 肖え失 な ″ 切 叛 解. 。脅. ま輌 ′. 訪. ク)は フきクと. 、まさ│こ死な のであ る。 …. 18.
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