ロッパにおける心身関係の視点から
著者 新保 淳
雑誌名 静岡大学教育学部研究報告. 人文・社会科学篇
巻 46
ページ 79‑90
発行年 1996‑03‑25
出版者 静岡大学教育学部
URL http://doi.org/10.14945/00001046
静岡大学教育学部研究報告(人文・ 社会科学篇)第46号 (1996.3)79〜90
「 身 体 」 を考 察 す る こ との現 代 的意 義
―中世 ヨー ロ ッパ にお け る心身 関係 の視点 か ら一
The Present Meaning in Considering of "Bё dy"
―The point of view in the relatiOn between mind and bOdy in the Middle Ages of Europe―
新 保 淳 Atsushi SHIMBO
(平成7年10月 2日受理
)
Abstract
The development of machine civilization of present age ignores the body and deepens slope tO intelligence in a mano When l think about the body as the starting point Of life Of man, where did it cause such situation and hOw did it pass thrOugh any process and did it lead tO the present age?
I exanline the lnain subiect sentence about a fo1lowing thingo How was a body handled in the EurOpe world?I cOnsider it fIOm relation with mind and the point of histOrical view. A body investigates the cause that was nOt able to be released. How dOes it give any influence for present age culture?
The relation Of ''dOrrlinate ̲ Obedie五 ce" as ''mind ‐ bOdy" since the PlatOn were not
changed in the Middle Ages of Europe tooo And a period Of dOnlination by mind in
the Christian age was reinforced of the subOrdinate positiOn of the body by the idea of ''the body reflecting the soul". Even if mind Of man was released from Christian in age Of the Renais,ance, the position for body tO nlind did nOt alter.Since then, the idea of ''the body reflecting the sOul'' is continued in the presentage.
I think that it extends to the idea of ''the science and the techno10gy reflecting a inte"
lligence in a man" in the development of machine civilizatiOn of present age. However today, the idea that nlind can cOntrol machine civilization becomes a lilnit. In order to straighten a warp of machine civilization, we will need to seek fOr the individual evenly developed whO has a body growing in the same way as well as a nlind.
1。
緒 言子 ど もの生 活科学 研究 会 (1995)が編集 した、「 子 ど もとマ ス ターす る49の 生 活 技 術 」 にお いて矢 田員 が指摘 す るよ うに、現代社 会 に生 きる我 々 は、機械文明の発達 にともな って、簡単・
便 利
0迅
速 とい ったす ば らしい贈 り物 を洪水 の ごと く送 りこみ、 また、人 間 はそれを追 い求 め て きた。 しか しなが ら、それ を受 け入 れ続 け、その中 にど っぷ りつかれ ばつ か るほど、手 先 の不器用 な子 どもを大量 に作 り出す結果 にな ったの も事実である。さ らに人間 は、手 を充分動 か す ことによ って、今 日の文化・ 文明を築 き上 げて きたに もかかわ らず、その一方で、手抜 き教 育・ 手抜 き しつ けは手抜 き文化 を作 ることにな り、ひいて は人間的 な ものの本質 を失 う状況 に
あ ることも否定 で きないであろ う。
人間 は、自 らの「生」をまっとうす るために、様 々な ことを 自 らの手 (身体)で行 って きた。
火 をお こし、狩 りを し、果実を採取す る等 々、 これ らの ことはまさ しく自 らの手 (身体)を使
用す ることな くして は不可能であ った。 しか しなが ら、先 に も述 べたよ うに、機械文明の発明、
追求 のプ ロセスにおいて、換言す るな らば、身体性 の追放 と精神性への傾斜 の中で、そ の原点 と しての生 の「一方」の存在拠点 をないが しろに していると言 って も過 言 で はな いで あ ろ う。
で は、何故 こうした現在が存在す るのであろ うか。
本論 で は、 こうした現在 に至 るプ ロセスを概観す るなかで、特 に人間復興 が さけばれ た中世 ヨー ロッパ にお ける身体性の取 り扱われ方を探 ることによって、今 日の状況 に注釈 を加え ると ともに、現代 において身体性 の視点 を取 り入 れ ることの必要性 につ いて、その切 り口を探求 し てみたいと考 え る。
伊藤 (1991)は 、最近 の身体論 を「 生物有機体 と しての身体」論、 Dい身 (狭義 の身体論)」
論 、「 社会・ 歴史 と身体」論、「 象徴身体」論 の 5つ にまとめ、 これ らが、「身体 とは何か」、
「 身体 の解放」、「 身体 の歴史的
0社
会的拘束」、「身体 と意味世界」 とい う4つ の観 点 か ら な されて きた と指摘 して いる。本論 において は、「 身体の歴史的
0社
会的拘束」 の あ り方 を、中世 ヨー ロ ッパ にお け る、「精神」 と「 身体」の取 り扱 われ方 と、「 ルネサ ンス」をキーワー ドと し、解放 され た「 精神 」 と解放 されえなか った「 身体」の一因を探 ることを目的 とす る。その上 で「身体 の解放 」へ 向 けて、その「 未解放」なるがゆえに生 じて きた、現代への影響 につ いて も言及す ることにす る。
2.キ リス ト教以前 における「 身体」に関わる論点
思想史上 、 疇い身」につ いての議論 がなされ るなかで、「 身体」がテーマにな る ことが極 め て少 ない原 因 について、市川 (1992)は 、1)超自然的なるものの存在 (神)を価値 の基本的原 理 においた こと、2)人間の本質=非身体的 な精神であること、3)身体的欲望 の否 定 あ るい は 抑圧、社会的
0文
明的 な意 味 での身体 的欲望 の抑圧 、4)肉体 的労働 の蔑 視 、 とい った点 に「 身体 の疎外」の原因を求 め (pp.35‐38)、 「身体 はともか くも現実 ですか ら、理論 のなか に位 置づ けなければな らないが、身体 を もっていることは遺憾 な ことだ、で きればないほうがいい、
とい うのが哲学者 の本音 だ った」 (p.39)と 述べている。
魂 ―身体 の関係が問題 とされ るのは、遠 くプ ラ トンにまで遡 ることにつ いて、それ ほ ど多 く の説明 は不必要 であろ う。 とい うよ りは、近世 における身体論 に関す る議論 は、 この プ ラ トニ ズムの克服 にあ った ことは多 くの哲学者 が指摘す るところである 〔註1〕 。
ここにお ける市川 の指摘 を「 身体 の歴史的
0社
会的拘束」 とい う視点か ら考 え るな らば、 そ の根底 には、絶対者 と しての「 神」の存在があ り、たとえ人間を「神」の似姿 と して捉 えてみ て も、「 欲望」を持 ち、それを顕現化す る「 身体」をいかに否定 あるいは抑圧す るか、 とい う プ ラ トン以来 の「魂 ―身体」における「 支配 ―服従」関係か ら導 き出されて くる「 疎外」以外 の何 もので もないであろ う。まさに、理性を尊重すべ き社会 において、肉体 は魂 の「 牢 獄 」 として捉 え られて いたのである。
「 身体」を考察す ることの現代的意義
しか し一方 で、否、肉体が魂 の「 牢獄」 と して捉 え られて いたか らこそ、その「 身体」 を如 何 に して「 支配」 してい くかにつ いての考察 は、プ ラ トンにおいて飛躍的な展開を示 して い る
と考 え られ る。その論理 の概略を篠崎 (1993)に おいて見てい くことにす る。
プ ラ トンは『 パ イ ドン』において、自然 は、「 身体」 に対 して、隷属 し支配 され る ことを 命 じ、魂 に対 して支配 し主人た ることを命 じていると し、両者 の関係 が<支配 一服従>のそれ
であ ることを明言 して いる。そ して、 この考 え は『 国家』においてさ らに強化 され る ことにな るのであ る (pp.4‑5)。 では、なぜ プ ラ トンは、魂 が「 身体」を支配 すべ きと、考 え たので あ ろ うか。篠崎 は、ア ンナスの研究 を参考 に して以下 のよ うにま とめて いる。
理性は魂全体にとっての利益を客観的に見ることができるが、欲望は本性的に自分の満足のみを盲目的に求 める。その差異が理性の本性的な優位、欲望の劣位を示 している。そして、優れたものは劣ったものを支配す ることによって秩序を創出・ 維持すべきである。つまり、<支配一服従>関係が成立 してはじめて、そうした 部分を抱えたもの全体の統一と秩序が達成できる、という考えである。(p.5)
換言す るな らば、「 身体」 は盲 目的 に欲望 を求 めるものであ るが故 に、それ は理 性 の働 きに よ って支配 され るべ きである、 とい うことで あ る。人 間 の存 在 を「 身体」 とそれ以外 の もの
(それ は例えば心 であ り、魂 であ り、また精神 で もあ るわ けだが)の二つ と して設定す る限 り、
「 身体」 とい うもの は欲望的な もの、情念的 な もの とい う位置づ けがなされて きた。 したが っ て、欲望 的な「 身体」 は、「 身体」よ り優れた理性的な魂 に支配 され るべ きであ る とい う論理 的結論 へ と至 るのである。
こうした考 え方を踏 まえて、救済史 と して登場 し中世 ヨーロッパ社会を支配 して い った キ リ ス ト教 は、「 身体」をいかに捉えていたのであろ うか。
3.支配 されるべ き「 身体」
中世 ヨー ロッパ以前か ら、支配 ―服従関係 におかれた「身体」 は、その後 どのよ うな位 置 に おかれて いたのであろ うか。
この ことを明 らか にす るために、まず中世 ヨー ロッパ における世界観 とはいか な るものか に つ いて考察 し、さ らには、そ こか らかいま見 ることので きる「 身体」に対す る考え方 とはいか な るものか につ いて言及 して い くことにす る。
3‑1.中 世 ヨー ロッパにおける世界観
中世 ヨー ロッパ における世界観 とは、いかなる ものであ ったのであろ うか。 この ことにつ い て阿部 (1987)は 、キ リス ト教 が ヨーロッパ を支配す る以前の中世 ヨー ロッパ の人 々の世界 観 につ いて、 ミクロコスモスとマクロコスモスとい う視点を導入す ることによ って、以下 の よ う に説明 して いる。
スカンジナビア半島の神話にみられる家のあり方はグーレヴィッチがいうようにゲルマン民族全体に共通の 特徴をもっていました。それを私なりに敷衛すると次のようになるでしょう。まず家を中心 として開墾され、
耕作された畑を含む空間があり、それはスカンジナビアではミズガルトMidgard(中 心となる家)と 呼ばれて いました。それを小宇宙
(ミ
クロコスモスMikrokosmos)と とらえることができるでしょう。その小宇宙の外側にはウトガルトUtgardと呼ばれる大宇宙 (マクロコスモスMakrokosumOs)が 広がっており、そこには 人間に敵対的な諸霊や巨人などがすんでいると考えられていました。この大宇宙という観念は後に拡大されて ゆき、そこにはあらゆる種類の病気や災害の根源があり、死者がすみ、人間の運命を司るすべての源泉がそこ にあると考えられていったのです。災難や戦争もみな大宇宙から人間の住む空間である小宇宙に襲いかかって
くるものと考えられていたのです。(p.39)
ここにお ける説明を簡略化 して提示す るな らば、す なわち<人間が 自 らの手>で、ど うす る ことも「 で きる」世界が「 ミクロコスモス」であ り、<人間が 自 らの手>ではど うす る こと も
「 で きない」世界が「 マクロコスモス」であ ったと言 え るであろ う。
こうした「 二つの宇宙」 という世界観か ら、中世 の人々の空間 と時間を捉 え る意識 も二元 的 な捉 え方 がなされてお り、 この ことを典型 的 に示 す概念 が ア ジール 〔註
2〕
で あ る。 それ は、異質 な時空間の存在 を前提 として、<人間が 自らの手>ではど うす ることも「 で きない」世界 に対す る畏怖 の念が、非常 に重要 な位置を占めて いた ことを物語 っている。そ して、人 間 がか ろ うじて支配 しうる小宇宙 (ミ クロコスモス)と、畏怖 の時空間である大宇宙 (マ ク ロコス モ ス)との関係 を取 り結んで くれ る存在 に関 しては、多大 なる関心 が注がれていた。このことは、
中世 の人 々にお ける二 つの宇宙が、観念的ではあるものの、非常 に厳格 に区別 された ものであっ た、ことを示す もの と言 えよ う。
一方、キ リス ト教 が中世 ヨーロッパ に浸透す るに従 って、二つの宇宙が論理的に否定 され る ことにな る。 とい うの も、キ リス ト教 の教義 において は、「 天地創造か らイエスの君 臨 、死 と 復活 を経て最後 の審判 に至 るまでの歴史 は直線的に進んでい く」 (阿部 、1987:p.76)の で あ り、人間 の生活空間である「 小宇宙」 と、霊や未知 の諸力、また神 々のすむ混沌 と した「 大宇 宙」 とい った二つの宇宙 の存在 は、キ リス トを頂点 とし、世界 には未知 の不可解 な領域 を認 め ないとい うキ リス ト教 の教義がひろが るに したが って、一つの宇宙 に統一 されて いったので あ る。
このよ うに二つの宇宙 とい う、中世 の人 々が 自 らの生 きる世界を把握す る上で必要不可欠 で あ った世界観 は、キ リス ト教 の教義 によって、キ リス トを頂点 とす る一つの宇宙へ と統 合 され て い くことにな るわ けであるが、 しか しなが らこうした論理的な変化が、即、中世 の人 々の感 性 的 レベルまで も変 えたわけではなか った。そのため教会 にお ける教育活動 を始 め と して、 そ こに集 まる人 々の視覚的 レベルでの感化、例 えば、教会 の玄関上部の壁や入 り口に、中世の人々 が<人間が 自 らの手>ではどうす ることも「 で きない」世界=大宇宙 に住 む と恐 れ られ た怪 物 や モ ンスターを配置 し、それ らがキ リス ト教会のなかに組 み込 まれていることを示 した り、 キ リス ト教 の教 えがかつての異教的世界 の神 々を足 もとに踏み じめ、福音 を守 る者 に変貌 させ た ことを示す絵 を書物 の見開 きや扉 に使 った りす ることによって、キ リス ト教 の教義 を浸透 させ るための手助 け としたと考え られ る (阿部、1987:pp.78‐ 86)。
3‑2。 キ リス ト教 による中世 における身体観の変化
小宇宙 (ミ クロコスモス)と大宇宙 (マ クロコスモス)という二つの世界観を もった中世 ヨー ロッパ の人 々であったが、それは、キ リス ト教 によって一つの宇宙へ と世界観が変化 して い っ た流 れを前節 で は述 べたが、で は、身体観 に関 して はどのよ うな変化 があ ったのであろ うか。
池上 (1992)に よれば、「 身体全体を ミクロコスモスとして大 きな組織体=マ ク ロコスモス
「 身体」を考察す ることの現代的意義
と対応 させ、身体の部位 はその対応物をマクロコスモスにもち、また部分間の相互関係 もアナ ロジーをな しているとされた」 (p.62)と 述べている。このことは、中世の人々の世界観を裏 付 けるものであり、またキ リス ト教 と関わる中での変化 も、微妙なかたちで取 り込 まれていっ たと想像 される。
まず、中世の人々の「身体」への捉えはいかなるものであったのだろうか。この ことを「 死 生観」か ら見てい くことにする。キ リス ト教が布教 される以前の死生観は、阿部が指摘す るよ うに、「彼 ら(ゲルマ ン人=筆者注)にとって死 は、今 日の私たちが考えているよ うに消滅 で はな く、ひとつの移行に他ならない」 (p.5)も のであった。このことは「生ける死体」 〔註
3〕
という言葉であ らわされてお り、たとえ死によって人間が埋葬 されようとも、それは現世か ら 彼岸への「移行」であって、死が特別な意味を持つ ものでなかったことを示唆す るものであろ う。またこうしたことか ら、霊 と「身体」か らなる「人間」そのものをまさに「全体=小宇宙」
として扱 っていたと考えることも可能であろう。
一方、キ リス ト教が普及 して くると、死に対する公的なイメージは変化をもたらす。キ リス ト教の教義 においては、霊魂 は原則 とし具体的な形を もたず、日にみえないものとされ、霊 は 肉体 と何 ら関係を もたず、む しろ肉体 と厳 しく対立するものと考え られていたわけであり、そ の根底 には「物質ではない霊 と物質で しかない肉体」 (阿部、1984:p.16)と い う考 えがあ っ た。それ故、当時の「生ける死体」という中世の人々の死体に対する霊 と肉体の不分離の考え 方を変革す るには、当然の事なが ら長 い年月を必要 としたのである。しか しなが らキ リス ト教 における終末論、すなわち、「物質ではない霊 は彼岸において、いつか天国か地獄 に行 くさだ めになっている」 (阿部、
1984:p.17)と
いった教義が普及するに従 って、霊 と現世 の特異 な 関係が成立 し、死後の肉体への関心が徐々に薄れていったと考え られる。このことは「 キ リス ト教 における肉と霊の分離は、肉体の死ののちも霊魂が不滅であることを説 き、この考え方 は 古代的な現世 と来世の連続性をモノとの関係において拒否する姿勢を生」 (阿部、1984:p.49) んだと考え られる。しか しなが ら、「 か らだ」そのものに対 してまった くキ リス ト教が視野に入れなか ったわけ ではない。というの もキ リス ト教思想の中枢をな していると考え られたのが、「聖なるか らだ の究極の模範」 (池上、
1992:p.67)で
あるところのキ リス トの「 か らだ」だか らである。で は「聖なるか らだの究極の模範」とされるキ リス トのか らだと、中世の人々の「か らだ」の関 係 はいかなるものであったのであろうか。次にキ リス ト教 における「身体=か らだ」について、検討 してみることにす る。
キ リス ト教には、プラ トン以来の二元論、すなわち魂=善、肉体=悪という、いわゆ る禁欲 主義的二元論が伏在 していたことをまず押 さえてお く必要があろう。すなわち、「魂 は、肉体 という牢獄 に閉 じこめ られ、その解放を待 っている。肉体は欲望・ 動物性の塊で、悪魔の誘惑 につねに晒 され、だか ら罪の源でもあった」 (池上、
1992:p.67)と
考え られていたのである。しか しなが ら、‐
「 肉体 は、た しかに魂を閉 じ込める牢であるが、それが魂 に従属 しているその か ぎりにおいて、魂の状態、心ばえならぬ魂ばえを忠実 に映 しだす鏡」 (池上、
1992:p.67)
であるとも考え られていた。すなわち、人類の魂が救われるのはキ リス トの肉体をつ うじてで あ り、人間の復活 は、か らだを含めた復活であると考え られていたのである。このことは、中 世 におけるキ リス ト像の変化 とともに、人々のか らだに大 きな影響を もたらす ことになる。池上 によれば、初期中世か ら13世紀 ころまでのキ リス ト像 は、王 としての「栄光のキリス ト」
83
の勝 ち誇 った堂 々た るか らだであ ったわけであるが、当初 は、普通 の人 間 のか らだ を具備 し たキ リス ト像 であった ものの、中世末期 になると、そのか らだにおいて、生 き、苦 しみ、死 ん だキ リス トに対す る敬心 がにわか に高 ま り、12世紀以降の教会 には、キ リス トの礫刑 (は りつ けの刑)像が普及す ることにな る。そ して修道院の神秘主義者 を先頭 に、俗界 にまで キ リス ト の苦悩 に共感 し、ひいて は肉体的な苦痛 を自 ら追体験せん とす る者 がお びただ し く登場 す る。
例 えば、隠者 、禁欲者、殉教者 といった聖者 たちは、祈 り、断食、徹夜 といった苦行 を行 うこ とによ って骨 と皮 にやせ こけ干か らび傷だ らけにな るといったよ うに、肉体 を痛 めつ ける。 し か しなが らこの苦行 によ って痛 めつ け られ、醜 くなった肉体 こそ、美 し く輝 くと考 え られ た。
それ はあたか もその苦行 こそが聖 なる肉体、すなわちキ リス トの似姿 と しての存在 となれ る こ とを象徴 して いたのである (池上、1992:pp.68‐ 71)。
一方、 こうした聖者 や修道士 でない中世 のキ リス ト教徒 の人 々は、生前 はが っ しりした体躯 であることを否定 され るものではなか ったが、死 において、まず苦痛 を味わ ってか ら死 ぬ こと によ って彼 らの肉体 は聖 なる肉体へ と変化す ると考 え られて いた (池上、1992:pp.72‐ 73)。
以上 の ことか ら推測 され るのは、肉体 が、魂 を閉 じ込 める牢獄 であ り、従 ってその肉体 は克 服 し抹殺 され る存在 であるとい う考 えか ら、「魂を反映す る肉体」 (池上 、1992:p.75)と い う観念 が加 わ って きていることを示す ものであ る。「抑制 された秩序 だ った身振 りはその魂 の 美 、しさや、積 まれた美徳 の数 々を表現す るが、反対 に、混乱 した無秩序 で、過度 で あ った り、
ひ きつ った り、だ らしなか った りす る身振 りは、秘 め られた虚栄 や罪
0悪
徳を開示す る とされ る。 このよ うに魂 と身体 は、作用 と反作用 の記号 の網 の 日で連絡 しあ ってお り、魂 の運 動 は身 体 の運動 と して外部 に示 され る」 (池上、1992:pp。10‐ 11)と池上 が述 べ るよ うに、 キ リス ト 教 を信 ず る ものにとって、その信心深 さの度合 いを示 す のが、外面 に表 れ た肉体 、す なわ ち
「 身体」その ものであ り、 しか も存在その ものだけでな く、内面 の動 きを表 現 す る「 身体」 と い う位置づ け もキ リス ト教 によって支配 されて いったと考え られよ う。
3‑3.教 会 による教育支配
中世 の人 々における二つの世界観が、キ リス トを中心 と した一つの世界観へ と変化 してい く。
この流 れを担 ったの は、 もちろん布教活動であ り、 これを称 してキ リス ト教 の「 浸透 」 、「 拡 大」、「 伝播」等 々、様 々な表現がなされるが、それは一方では、前 に述べ たよ うにキ リス ト 教 にお ける「支配」であ り、キ リス ト教 の教義が中世 の人 々を「教化」及 び「 感 化 」 して い っ た ことを示す ものであろ う。そのための手段 として大 きな力を持 ったのが教会 による教化 の た めの教育 である。
中世社会 にお けるキ リス ト教 の主 た る教育機関 は、司教座聖堂付属学校、小教区学校 、修道 院学校 があげ られ るが、そ こで は主 に教会の典礼 に役立つ もの とか、お祈 りとか、詩編 を唱 え るための ラテ ン語 の読 みを身 につ けるとい った ことがなされ、「異教 (例えば古代 ギ リシ ャや ローマ=筆者注)の文学、芸術、科学、哲学、体育 は無視 されてい った」 (D.B.ヴ ァ ンダー レ ン、
1976:p.101)の
である。まさに こうした教育活動 を通 して、一般民衆 を含 めて、キ リス ト 教 の教化活動 が行われたのである。 この根底 には、人間を「 神 の似姿」へ と導 くた めの キ リスト教的方法論 があ り、その主 た るものが堕落 した魂 の救済 にあ った と言 えよ う。
しか しなが ら、前節 で述 べたよ うな「 魂 を反映す る肉体」であるところの「 肉体 」 そ の もの に関 して は、教育対象 として見 出す ことはで きず、肉体 が「 魂 を反映す る」が故 に こそ、魂 の
「 身体」を考察することの現代的意義
教育 のみが重要 とされて いた と考 え られ る。
一方、中世社会 において、「身体」 と最 も近距離 に存在 したと考え られ る騎士 とキ リス ト教 とはいかな る関係 にあ ったのであろ うか。
騎士教育 の最大の 目的 につ いて、DoB.ヴ ァンダー レンとBoL.ベネ ッ トは以 下 の点 を あ げて い る (p.107)。 第一 に、神聖 な儀式 において、大望 を抱 く若者 たちは主君 や神 や淑女 に仕 え、服 従 を誓 い、武勇 と誇 りと名誉 の徳 を もって主君 のために闘 い、忠誠 をちぎること。第二 に、若 者 たちは宗教的献身 を誓 い、教会や弱者 や しいたげ られた者 を保護 し、悪 を こらし、邪悪 を除 去 し、キ リス ト教 の理想 を高揚 し、宗教儀式 を執行す る。 これ故 に、騎士 の戒律 は、社交上 の 優雅、礼儀作法、宗教的儀式 を身 につ けるための訓練 も含んで いた。 このよ うに、騎 士 とキ リ
ス ト教 の関係 は、「 教会 の擁護のために闘 いうる体力 と技術を完成す る」 (D.B。ヴ ァ ンダー レ ン、
1976:p.107)こ
とにあ ったのであ り、一人 の騎士個人が 自分 のための「 身体」を鍛錬 す る とい うよ りも、キ リス ト教 の支配 の もと自らの「身体」をキ リス トに献上 したのであ り、民衆 教育 と同様 、キ リス ト教、す なわち教会 において、心身 ともに教育 が支配 されて いた ことを窺うことがで きよ う。
4。
解放 された個人の精神前節 で は、中世 の人 々の世界観 がキ リス ト教 によ って支配 され、「魂 を反映す る肉体」 とい う魂 中心主義 における、「 魂 ―身体」の「 支配 ―服従」関係の強化 について見て きたわ けで あ るが、次 に、そ うしたキ リス ト教 による支配か らの脱皮 と して捉 え られる中世後期以後 の ル ネ サ ンスにつ いて検討 して い くことにす る。まず検討 されるべ き視点 は、ルネサ ンスにお いて ど のよ うに「 精神」が解放 されていたったのか、とい うことであ り、次 にその「精神」 の解放 が
「 身体」にどのよ うな影響 を与えたのか、とい う2点につ いて考察す ることにす る。
4‑1:ル ネサ ンスにおける人間の精神 の解放
ルネサ ンスを特徴づけるキーワー ドとしてあげ られるものに、「復活」、「 再生」、「 模倣」、
「創造」等 々、様 々な ものがある。
まず検討すべ きであると考 え られ るのが、古代世界の「再生」、「 復活」 とい う視点である。
なかで もマル シ リョ・ フィチーノ (1433‐1499)に 代表 され る、プラ トン思想 における「 (人間 の)魂」の復活 がそれである。パ ノフスキー (1973)に よれば、 フィチー ノは「 プ ラ トン主義 もしくは擬 プ ラ トン主義哲学 の信条 とキ リス ト教 の ドグマ との単 なる調和 にとどまることな く、
両者 を融合 させ よ うと したばか りか (中略)、 あ らゆ る啓示 は基本的には一つであ る ことを証 明 しよ うと した」 (p.214)。 さ らには「 人間の生命 と同様 に宇宙 の生命 も、神か ら地上 へ、地 上 か ら神へ とつ なが る連続 した『 精神的回路』 (中略)によ って支配 され統御 されて い る とい
うことを証 明 しよ うとし」 (p.214)た 。 これ らの ことは、人間の「理性」における機能に再度、
光 を当て る考 え方であ った と言え る し、 この ことはまた、中世 キ リス ト教社会 にお けるキ リス トの上方的 な支配か ら、人間の「 精神」 (=「理性」)の解放 を意味す るもので あ った と考 え られ る。
一方、下村 は、前述 のキー ヮー ドの中で も「 創造」を重視 し、中世 キ リス ト教世界 か らの脱 皮が、芸術家 において始 まると して いる。 それ は、中世 キ リス ト教社 会 にお け る芸 術作 品 が
「 絵画 も彫刻 も教会 に於 ける公共的教化的使命」を もった もので あ り、「 専 ら無学 な大衆 の教
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化 を 目的」 (p.277)と していた。つ ま り「 その制作 には、厳重 な伝統 的規範 の制 約 が あ って 、 決 して芸術家 の 自由な創作 に任せ られた もの」
(p.277)で
はなか ったので あ る。 こ う した教 化 のための芸術作品 の注文者 は、当然 の ごとく教会であ り、ルネサ ンスにおける芸術家 の 目的 は、「 伝統的な教会的解釈か らの解放、教会の監督、指導か らの独立」 (p.278)に あ ったので あ る。 この意味 においてルネサ ンス期 における芸術家の役割 は重要 であ り、個人の復活 に多大 な る影響力 を持 った と考 え られ る。さらには、神 の視点 とい うキ リス ト教 中心社会 において は必要不可欠 であ った「前提 」 か ら の解放 は、「 遠近法」の確立 によって、芸術家 の眼、すなわち「 個人」の視点 が中心 とな って い ったよ うに、ルネサ ンス期 は、いたるところにキ リス ト教中心社会か らの「 精神」 の解放 を 示す ものがある 〔註
4〕
。またこの「遠近法」は自然を「 科学 」 の眼 で捉 え よ うす る もので あ り、 この 自然観察 にお ける科学的方法の導入 は、キ リス ト教 に於 ける未知 なる自然 に対 す る独 占か らも解放す る契機 を含んでいた と考え られ る。また、田中 (1981)は 、 レオナル ド・ ダ
0ヴ
ィンチ もまた、古代 プ ラ トンの理想 の人 間 の姿 の「 復活」をベースとし、人間が神の「似姿」である以上、「 人間の姿 の中 に神 的 な状態 を も あ らわ され るはずである」 (p.241)と して、彼 の絵 画 にお いて キ リス ト教 とプ ラ トニ ズ ムの 融合 をな しとげた。さ らには、プ ラ トンの時代 においは、創造的思考 が個人 の働 きによ るので はな く、「 神」か ら与え られた ものであるとされていたに もかかわ らず、 レオナル ドは、「 自 らが創造者 と して『 神』に近 い位置 にいる」 (p.242)と いう制作時における自負を持つにいたっ た ことは特筆 で きよ う。 こうした考 え方 は、プ ラ トンの時代 に もな く、「 このキ リス ト教 の時 代 で は不遜 な態度」 (p.242)で あ り、それ故 に こそ、中世 キ リス ト教 の支配 か らの脱皮 を印象 づ けるとともに、ルネサ ンス期 を象徴す る考 え方であったと言えよ う。いずれに して も、中世 キ リス ト教社会 において東縛 されつづ けた人間の「 精神」 は、 ここに 絶大 な る自由を獲得す るのである。それ は、自 らの「精神」を使用 しうることの素 晴 ら しさで あ り、また、その自 らの「 精神」に確信を持つ ことの始 まりであ ったとも言えよ う。
4‑2.解 放 された精神 による身体支配 の継続
このよ うに、キ リス ト教支配か らの脱皮をな しとげよ うと したルネサ ンス精神 は、「 身体」
に とって どのよ うな影響 を与 えたのであろ うか。端的 に述 べ るな らば、新 プ ラ トン主義 にお け る古代 プ ラ トンの理想 の人間の姿 の「 復活」があったことか らも想像 され るよ うに、や は リプ ラ トンの「 肉体」に対す る否定的見解を受 け継 ぐものであった。フィチーノにおいて も「 魂 や 知性 が肉体 によ って制約 を受 け、その正 しい活動 が妨 げ られ るとい う認識 は、た しかに プ ラ ト
ンか ら来 た もの」 (田中、
1981:p.231)で
あ った し、ルネサ ンスの絵画が、「感覚的 に見 る こ との出来 る表情 を通 してく見 ることの出来 ない内面的本質的な『 精神』を表現す ること、身体 にお いて、身体を通 して、精神を表現す る」 (下村、1989:p.241)と
いったよ うに、そ こにお ける「 身体」 は、「 魂を反映す る肉体」 という隷属的な位置以外の何 もので もなか った と考 え られ る。一方体育史家 は、 このルネサ ンス期 を体育 における中世 キ リス ト教 の「 暗黒時代」 と対比 す る形 で いわゆ る「 体育」を取 り上 げている。すなわちそ こに展開 され るのは、「 中世期 の学校 には体育 の入 るべ き余地 は決 して見 出 されなか った。それ は、教育 がその 目的・ 方法及 び内容 共すべて禁欲主義 に支配 されていた」 (ラ イス、
1975:p.71)か
らで あ るが、 ル ネサ ンス期 に「 身体」を考察す ることの現代的意義
おいては、「個人主義を促 し現世の価値を認める社会では、当然、身体の保護及び発達が重要 視 される」のであ り「人文主義者が古代ギ リシャ・ ローマの文化を発見 したとき、それ らの社 会で体育人が非常に尊敬 されたという感を深 くし(中略)、 その結果、人文主義者 たちは、大 抵、皆、体育の必要性 に就いて筆を取 った」 (ラ イス、
1975:p.81)と
い う論理である。 しか しなが ら、このルネサ ンス期において取 り上げられる「体育の必要性」は、「精神の解放」 と 同等の位置関係 に「身体」の存在があったのかという点においては、疑間が残る。確かに中世 キ リス ト教社会における禁欲主義によって禁 じられていた身体活動は、個人の手に戻 され、今 日において も楽 しまれているテニス等、娯楽的なものが楽 しまれていた資料 は見出されるので あるが、それ らが学校教育 という範疇において取 り上げられることはなかった 〔註5〕 。このことは、キ リス ト教布教以来の、すなわち「身体」はあくまでそれ独自に教育 される対 象 と考え られるものではな く、「精神」との関係において、「精神」の教育に隷属す る形で存 在す るという関係か ら抜 け出たものでな く、ルネサ ンス以後における宗教改革によって、 さら にこうした考え方が強化 されていったと考えられる。
5。
「身体」の独立と不在の継続ここまでにおいて、中世 ヨーロッパにおける、「精神」と「身体」の取 り扱われ方 と、「 ル ネサ ンス」をキーヮー ドとし、解放 された「精神」と解放されえなかった「身体」の一因につ いて、概略なが らたどってきたわけであるが、そこに見 られたことは、「魂=精神」 に関 して は、古代、中世及びルネサ ンス期を通 じて自由―東縛―解放 というプロセスを経ているに もか かわ らず、「 肉体=身体」に関 しては、「魂を反映する肉体」という考えのもと、何 ら変化を 見せていないということである。
ここで「魂を反映する肉体」から逃れ、「身体」が独立して捉えられるという事象を教育に 求めるならば、その後多くの年月を要することになる。佐藤
(1993)は
それをスペンサーの「三育思想」に求めている。
この三育思想における教育学上の特徴を簡単にいうなら、人間存在の分節的な理解、すなわち、人間を知性、
感性、身体性 という三つの能力的契機からなるものとして把握する仕方がまずあって、こうした存在者である 人間の全的な完成をはかるためには、おのおのの能力的契機を対象とする「知育」「徳育」「体育」が、それ ぞれ独自の方法をもって組織的に展開されねばならない、とするところに求められよう。体育史的、あるいは、
体育哲学的にみて重要な点は、中世以来の西欧にあって消極的評価に終始 してきた「身体」が、「 三育思想」
を経 ることで、とにかく、教育の対象として再発見された、ということであろう。 (佐藤、1"3:p.181)
すなわち人間の「身体」は、自ずか らに身体的能力が顕現化 されるものではな く、また「 精 神」の教育 によってなされるもので もな く、「身体」に対す る独 自の教育方法があ って こそ、
「人間の全的完成」の一要素 として重要な意味を持つ ことを示唆す るものであ り、 ここに「 支 配 ―服従」関係か らの「身体」の解放を看取することもできよう。
しか しなが ら佐藤 も続 けて述べているように、「 こうした身体に関する評価の転換が何によっ て もた らされたかといえば、身体その ものについての認識があったか らというわけ」 (p.182) ではな く、その社会における必然的要請、スペ ンサーの時代においては「最大多数の最大幸福」
という「功利主義」における「労働力の商品化」を遂行するための「身体」として、教育対象
87
にな ったに過 ぎないとも言え るであろ う。
産業革命以降、飛躍的な科学技術 の進歩 の結果 として もた らされた現代社会を見 るとき、我 々 は「 精神」が支配 しよ うとす る対象の変化を、それまで とは違 った形で見て取 ることが出来 る。
す なわち、「 精神」の支配対象 が、我 々の「 身体」その ものか ら、「 機械化 」 とい う「 拡 大 さ れた身体」 〔註6〕 に向 け られているとい うことである。 しか も、「 精神 」 によ る支配 の限界 を無限 とす る考 え方 は、「 身体」を超 え、「機械」 さらには「 自然界」にまで及 ん で来 て い る と考 え られ るのであ る。プ ラ トン以来、ルネサ ンス期や産業革命 において加速 された F魂 を反 映す る肉体」を こうした状況 に敷衛す るな らば、それは「精神 を反映す る機械文明」 とで も言 え るものであろ う。 (下図参照)
■ ‐
嶺1:1身体
生 産 疎 外 関 係
l:
機 械
支 配
「 機械」その ものは、人間の「精神=知性」が作 りだ した ものであるが、一方 で、逆 にそ の
「 機械」に支配 され る関係、す なわち疎外関係が生 じ、「 機械 」 な しで は身動 きの とれ な い現 状 を うみだ して いる。換言す るな らば、「 機械」が「疎外態」 と して人間の前 に立 ち はだか っ て いるのである。そ して、自 らの「精神」において 自由にコ ン トロールで きるとい う過 信 は、
環境汚染、自然破壊 や健康問題等 々の現象 と して噴出 し、現代社会 において様 々な「 歪 み」 を 生 じさせて いると言 えよ う。 このよ うな状況 において、今一度「身体」に焦点をあて、「支配 ― 服従」 とい う関係以外 の「 身体」の存在 を考 え ることは不可能 であろ うか。
ルネサ ンス
図 1.「 支配―服従」関係の歴史的変遷
「 身体」を考察することの現代的意義
6.「身体」の再発見
現状に至 るプロセスにおいて、その主たる要因を我々は「精神」の過信においた。すなわち
「精神」の支配できる対象を無限 とす る考え方 こそが、今 日における「歪み」を もた らしてい ると仮定 したわけであるが、とするならば、その過信に対 し警告を与える存在としての「身体」、
すなわち、心身関係における調和を取 り戻す という役割を「身体」・に求めることも可能であろ う。なぜならば、過信 は「精神」自身にその行 き過 ぎを警告する力の無さの現れであ り、一方 で「無限の自己治癒力」を秘めていると言われる「身体」が、心身の不調和 において反応 し、
「身体の声」 として「精神」を呼び起 こす ことが可能 と考え られ るか らであ る。 また このよ う な「身体」は、当然のことなが ら生まれなが らにしてあるのではな く、常に鋭敏な感受性 をみ が くことによってこそ心身関係における調和 としての「身体に秘められた力」が機能す るとも 言えよう。ここに「身体」を再考察する現代的意義があると思われる。
こうした「魂を反映する肉体」と連続 した「精神を反映する機械文明」=「人間の知性 が反 映す る科学技術」という考え方における限界を示すためには、「 自己治癒力」 (「身体」 に潜 在的に備わ っているとされる)によって発せ られた「身体の声」を「精神」にフィー ドバ ック す ることが必要であると考え られる (この点においては、今後の研究においてより吟味 してい く必要があると思われる)。 またそれによって、現代社会 において もた らされた機械文明の
「歪み」を正 していく必要があると思われる。
註及び引用
0参
考文献〔1〕 イギ リスの哲学者、B.ラ ッセルは、古代、中世、近世 を通 じる哲学者 の うちで もっとも 影響力が大 きく、大 きな感化を与えた哲学者 としてプラ トンの名をあげ、特に、13世 紀 までの キ リス ト教神学 とその哲学 は、プラ トン的であったことを指摘 している (ラ ッセル、1959:pp.
200‐206) 。
〔
2〕
ア ジールとは、「 聖 なる場所、避難所」 と訳 され る もので あ り、中世 にお いて創造 され た もので はな く、古代 か ら継続 されて きた概念である。古代 においては、「神聖 な空間や モノ と接触 した者 が神聖 な性格をおび、誰 もその人 に手出 しができない状態 にな る こと」 (阿部 、 1987:p。88)の ことである。〔
3〕
阿部 によれば、 こうした事例 は、死者が原告 と して裁判 に出席 して いな けれ ば な らな い とす る法典 や、夫 が死 ぬ と妻 が夫の負債の責任を負 ったが、夫の死後離婚 し、夫 の財産 の うち 自分 の持分 を放棄すれば、負債 の責任を免れ ることがで きる、 といったよ うな私的 な 日常生活 において も一般的 にみ られた ことを指摘 している。 (阿部、1984:pp.5‐10)〔
4〕
レオ ナル ド・ ダ0ヴ
ィ ンチの「 最 後 の晩 餐 」 に お け る「 遠 近 法 」 の持 つ意 味 につ いて 、 田中 (1981)は以 下 の よ うに解説 して い る。「神」の眼と画家の眼が重なることを可能にした遠近法とは、客観的・ 科学的な再現方法ではなく、あくま で個人的な世界であり、そのような世界として見る者 も受け取るのである。人の数その眼の数だけ遠近法が存 在するわけであり、絵画を見る場合は、画家の遠近法にそれを見る者が合わせるということに他ならない。キ リス トの表情を直視 したレオナル ドの視線をわがものとしたとき、この『最後の晩餐』の真意が了解されるの である。
それは裏切者を告げるキ リス トの姿に見た人間の孤独の世界であり、その孤独な世界こそが現実の世界であ
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る。近代西欧人が個人主義によって見つめた世界が視覚化されているといってよい。遠近法はまさにそれにふ さわしい表現であったのである。(pp.247‐248)
〔
5〕
D.B.ヴ ァンダー レン OB.L.ベ ネ ッ トによれば、 ルネ̲サ
ンス初期 のイ タ リアにお いて は、富裕商人、銀行家、学者 の息子 たちに対 して私的に設立 された非公式 の人文主義学校 や騎士 宮 廷学校等 で体育 が学校教育 において取 り上 げ られたが、それ らも後に崩壊 し、その後北 ヨーロッ パ で展開 された中等学校 において は、体育が学校計画に採用 されることはなか ったと述べて い
る。 (pp.129‐141)
〔
6〕
自 らの身体 を道具 として出発 した人間が、今 日、自分達 の 日常 の行為 の能率拡 大 を求 め、よ り強化、拡大 し、 もはや人間の身体的能力 とはか け離 れた力を発揮す る「 機械」を作 り出 し て きた。 この意味 にお いて「機械」 は「 拡大 された身体」 と捉 えることも可能であ ると考 え ら れ る。
1)阿部謹也,1984:死者 の社会史一中世 ヨー ロッパ にお け る死生観 の転換―, 日本 エ デ ィ タースクール出版部
2)一一一―,1987:甦え る中世 ヨーロッパ,日本 エデ ィタースクール出版部
3)市川 浩,1992:精神 としての身体,講談社
4)池上俊―,1992:歴史 としての身体一 ヨーロッパ中世 の深層を読む一,新創社
5)伊藤公雄,1991:身体論 の系譜,ソ シオ ロジ,第36巻 1号,pp.6‐16
6)子ど もの生活科学研究会編 (1995):子ど もとマスターす る49の生活技術,合同出版 7)パノフスキー (PanOfsky,E。)(中森義宗,清水忠訳),1973:ルネサ ンスの春,思索社 8)ライス (今村嘉雄,石井 トミ訳),1975:世界体育史,第 6版,不味堂 出版
9)ラ ッャ ッル (ョ
ussell,B)(市
井三郎訳),1959:西洋哲学 史 1,バー トラ ン ド・ ラッセ ル著作集11,みすず書房10)佐藤臣彦,1993:身体教育 を哲学す る一体育哲学叙説一,北樹出版
11)下村寅太郎,1982:ル ネ ッサ ンスの人間観―「 芸術家」 の成立 を中心 と して一,古田光 編,ヨ ー ロッパ における人間観 の研究,未来社
12) ,1989:ル ネサ ンス研究 ―ルネサ ンスの芸術家,下村寅太郎 著作集4,みす ず 書房
13)篠崎 榮,1993:「新 しい倫理学 のために (3)」 ,熊本大学教養部紀要人文
0社
会科学 編,第28号,pp■‐1814)田中英道,1981:ル ネサ ンス像 の転換,講談社
15)ヴ ァンダァ レン,ベネ ッ ト共著 (加藤橘夫訳),1976:新版体育の世界史,ベースボール・
マガ ジン社