博 士 ( 獣 医 学 ) 水 野 文 子
学位論文題名
Studies on population ecology of the spotted seal
,
Phoca largha,
in the coastal waters of Hokkaido,
Japan(北海道近海におけるゴマフアザラシの個体群生態学的研究)
学位論文内容の要旨
ア ザ ラシ 類 は 海洋の食 物連鎖に おける高次 捕食者で あり、重 要な生態 的地位を 占 めて い る。 し かし、 日本近海 においては アザラシ 類の生物 学的情報 が不足し て い るた め に、 適 正な保 護管理の 実行に支障 を来して いる。本 研究では 、北海道 近 海のゴ マフアザラ シPhoca largあaに焦 点をあて 、保護管 理上不可 欠な分布や生息 数、個 体群の識別 に関する 基礎的知 見を得るための個体群生態学的研究を行った。
北 海道 沿 岸に お ける分 布:本種 の季節的・ 地域的な 分布の特 徴を明ら かにする た め に、3つ の 情報 源 ( 沿岸 市 町村 で の 聞き 取 り調査 、近年の 上陸場の 記録、北 海 道 大学 ・ 水族 館 ・ 動物 園 にお け る 収蔵 記 録605例 ) に基 づ い て、 北 海道 沿 岸を8 地 域に 区 分し て 比較し た。聞き 取り調査で は全地域 で目視情 報が得ら れたが、 収 蔵 記録 は 聞き 取 り調査 で混獲や 駆除がある とされた 地域で多 かった。 ストラン デ イ ング は 春の 離 乳期に 、有害駆 除は海氷期 に、混獲 は秋期の サケ定置 に多いこ と が認め られた。北 海道南部 では上陸 場と収蔵記録が全く得られなかったことから、
暖 流に よ る高 水 温が本 種の分布 を阻んでい る可能性 が示唆さ れた。さ らに、す べ て の沿 岸 海域 で 夏の来 遊数が激 減すること 、海氷が 流入しな い日本海 や太平洋 側 では若齢個体が多いことが明らかになった。
オ ホー ツ ク海 南 部にお けるアザ ラシ類の分 布と生息 数:航空 機を用い て、海氷 期 の オホ ー ツク 海 におけ るゴマフ アザラシと クラカケ アザラシPI自scぬぬの 分布の 確 認と 生 息数 推 定 を行 っ た。2000年3月 お よび4月 セ ンサ ス に おい て 、の べ 飛行 距 離 は2,944km、 総 発 見 数 は ゴ マ フ ア ザ ラ シ295群517頭 、 ク ラカ ケ アザ ラ シ 100群107頭 で あ っ た 。 ラ イ ン 卜 ラン セ ク ト法 に 基づ き 、3月 の生 息 数を ゴ マ フ アザラ シでは13,653頭 (95%信頼 区間:6,167〜30,252)、クラカケアザラシで は2,260頭 (95%信 頼区間:783〜6,607)、4月の生息数 をゴマフ アザラシ では 6,545頭(95%信頼区間:3,284〜815,644)、クラカケアザラシでは3,134頭(95% 信頼区 間:1,247〜17,802,512)と推 定した。サハリン東部沖での報告と比較す ると、 北海道沖で のゴマフ アザラシ の密度(3月0.54頭/km2、4月0.58頭/km‖)
は 高く 、多 数の ゴマフアザラシ親子が観察されたことから、北海道沖が重要な繁 殖海域であることが示された。一方、クラカケアザラシの密度(3月0.09頭/klT12、 4月0.28頭/klTI2)は 低か った 。こ れは 、調 査期 間が クラカ ケア ザラ シの 出産時 期 に先 行し たこ とと、主要な繁殖海域である国後島と知床半島間の海域を調査で きなかったことによるものと考察された。
根 室海 峡に おけ る頭蓋形態の特徴:頭蓋形態は個体群の識別に有用であることが 報 告さ れて いる が、本種においては比較の基礎となる成長様式をふまえた研究が な い。 そこ で、 本種の頭蓋形態の成長様式を明らかにするために、根室海峡で採 集 さ れ た152例 の 標 本 を 用 いて 、 計 測 形 質23箇 所 お よ び非 計測 形質2箇所 (頭 蓋 骨の 縫合 の程 度および矢状稜の有無)を解析した。全計測形質で成長が認めら れ な く な っ た 標 本 の 最 低 年齢 は、オ スで7.9歳、 ヌス で11.9歳で あり 、こ れら の 年齢 では 頭蓋 成長 は停 止す ると 考え られ た。 しか し、雌 雄共 に10歳を 過ぎて も 頭 骨 の 縫 合 は 完 了 し て いな かった 。矢 状稜 の形 成は オス で5歳 から 認め られ た 。個 体変 異は 摂餌、呼吸および吻端の表情筋群に関する形質で大きい傾向にあ り 、脳 頭蓋 およ び頭頸部の運動に関する形質での変異は少なかった。これらの知 見 は 、 将 来 の 形 態 変 化 や 個 体 群 識 別 の 基 準 と し て 有 用で あると 考え られ た。
北 海 道 沿 岸 に お け る 遺 伝 的特 徴:mtDNAは個 体群 の識 別の ために 様々 な生 物で 用 いら れて いる が、本種ではその配列もまだ報告されておらず、遺伝的な種内変 異 の存 在も 確認 されていない。そこで、北海道のオホーツク海沿岸と日本海沿岸 か ら 採 取 し た66例 を 用 い て 本 種 のmtDNA解 析 を 行 っ た 。DNA抽 出 後 、PCR 法 でmtDNAの 制 限 領 域 中571塩 基 を 増 幅 し 、 塩 基 配 列を 決 定 し た 。 塩 基 配 列 の 変 異 様 式 に よ っ て 、57種 類 の ハ プ 口 夕 イ プ に 分 類 した 。MEGAによ る系 統樹 解 析で は、 各海 域に特異的なクラスターは得られなかった。この結果から、本種 のmtDNAに お い て は 、 北 海 道 の オ ホ ー ツ ク 海 側 と 日 本海 側 で は 差 異 が な い と 判 断さ れた 。一 方、北海道太平洋沿岸に生息し、沿岸定着性であるゼニガタアザ ラ シP. vitulinaと 比較 する ,と 、本 種のmtDNAは多型性に富んでいることが明 ら かに なっ た。 これは、ゼニガタアザラシと比較して、本種が長距離移動能カを 持 ち 、 広 い 海 域 を 利 用 す る 生 態 学 的 特 徴 を も っ た め と 考 え ら れ た 。 本研 究で は、 北海道沿岸における本種の分布の概要を提示し、北海道近海が本 種 の重 要な 繁殖 海域であることを明らかにした。また、形態学的・遺伝学的検索 に よっ て、 本種 の頭蓋形態の成長様式、および遺伝的種内変異を示した。本種に と って の生 息環 境は必ずしも良好ではないことから、日本においては、国内法の 整備と保護管理に取り組むことが緊急の課題である。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査
副 査 副 査 副 査 副 査
教授 教授 教授 助教授 助教授
大泰司紀之 藤田正一 神谷正男 齋藤 隆
(北方生物圏フイールド科学センター)
鈴木正嗣
学位論文題名
Studies on population ecology of the spotted seal
,
Phoca largた ロ ,
intheCOaStalWaterSOfHOkkaidO,
Japan(北海道近海におけるゴマフアザラシの個体群生態学的研究)
北海道近海のゴマフアザラシPhoca larghaに焦点をあて、保護管理上不可欠な分布や 生息数、個体群の識別に関する基礎的知見を得るための個体群生態学的研究が行われた。
具体的に実施された研究項目は、1)北海道沿岸の分布の概観、2)オホーツク海南部に おける生息数推定、3)頭蓋形態の特徴の提示、4)遺伝的特徴の解明、である。それら の結果、以下のことが示された。
I)北海道沿岸における季節的・地域的な分布様式を把握することができた。さらに、
齢段階による分布海域の違いが示唆された。
II)海氷期のオホーツク海において、航空機を用いて生息数を推定した。北海道沖での ゴマフアザラシの密度は高く、多数のゴマフアザラシ親子が観察されたことから、
北海道沖が重要な繁殖海域であることを示した。
III)成長様式をふまえて頭蓋形態の特徴を明らかにした。計測形質で成長が認められな くなった後でも、頭蓋骨の縫合は完了していなかった。個体変異は他の海産哺乳類 における報告と同様の傾向を示した。
IV)ゴマフアザラシのmtDNAにおいては、北海道オホーツク海側と日本海側の来遊集 団の聞では差異がないと判断された。一方、北海道太平洋沿岸に定着しているゼこ ガタアザラシP. vitulinaと比較すると、本種のmtDNAは多型性に富んでいるこ とが明らかになった。
以上の内容は、北海道近海におけるゴマフアザラシの個体群識別や個体群動態の把握に 必要な基礎的知見を明らかにしたものである。これらの知見は、今後ゴマフアザラシの保 護管理に有益である。よって、審査委員一同は、上記博士論文提出者、水野文子の博士論 文は、北海道大学大学院獣医学研究科規程第6条の規定による本研究科の行う博士論文の 審査等に合格と認めた。