2.1 非相対論的運動論
2.1.10 moment 展開
ボルツマン方程式の解を求める方法として、前の章ではChapman-Enskogの方法を説 明した。この方法は分布関数f を平均自由行程l と系の特徴的長さスケールLの比 l/L で展開するという手法で、流体近似のような長波長領域では良い近似になっていたが、比 が小さくなくなるような短波長領域ではl/Lによる展開の収束が悪くなり近似が悪くな る。この問題はl/Lで展開する限り避けられない問題である。
この章ではl/Lをあらわには用いない別のf の展開を説明する。これは分布関数f を Hermite polynomialsを用いて展開するもので、Grad [8] [9]らにより導入された。
まず局所平衡分布(2.52)を考えよう。
f0(t,x,v) = ρ(t,x)
m(2πRT(t,x))3/2 exp
·
− c2 2RT(t,x)
¸
(2.105)
c≡v−u (2.106)
この関数は matching condition により、分布関数f の五個の局所的な量で定義されて いる。
では分布関数f(t,x,v)をこの局所平衡分布関数f0(t,x,v)を重み関数として、ρ(t,x)、 u(t,x)、T(t,x)、a(n)(t,x)の無限この組に展開することを考えよう。この展開によりボ ルツマン方程式は ρ、u、T、a(n) の無限個のmoment の連立準線形微分方程式になる。
全ての微分方程式で時間微分は一階の線形微分となっている。また保存則に対応するρ、
u、T の時間微分方程式以外は衝突項からa(n)の二次形式が現れる。一般にこれらの方程 式は単一のmoment では記述されず、厳密な解を得るには全ての方程式を解かなければ ならない。そこで実用的な解法としては適当なa(m)までを考え、残りはa(n)= 0として 解く。一般にこの解法が良い近似になっている保証はなく、またこのmoment展開の収 束性に関してはわからないが、実験値との比較によれば長波長では比較的少ないmoment 数で良い近似になることがわかっている。
展開を考える前に物理量を無次元化しておこう。
ξ= c
√RT (2.107)
g= (RT)3/2
n f (2.108)
N、u、T の定義より、gには次のような条件が課される。
Z
gdξ = 1 (2.109)
Z
ξgdξ = 0 (2.110)
Z
ξ2gdξ = 3 (2.111)
また無次元化された局所平衡関数は次のようになる。
g0 = 1
(2π)3/2 exp
·
−ξ2 2
¸
(2.112) gをHermite polynomialsを用いて次のように展開しよう。
g(ξ,x, t) =g0(ξ) X∞
n=0
1
n!a(n)i (x, t)H(n)i (ξ) (2.113)
=g0(ξ) µ
a(0)i H(0)+a(1)i H(1)i + 1
2!a(2)ij H(2)ij +· · ·
¶
f に直した場合は次のようになる。
f(ξ,x, t) =f0(ξ) X∞
n=0
1
n!a(n)i (x, t)H(n)i (ξ) (2.114) Hermite polynomialsにおいてHi(n)はξ空間のn次のテンソルであり、a(n)i もn次の テンソルになっている。i = (i1· · ·in)は成分添え字で、今後は簡単のためCartesian座 標で考える。またHermite polynomialsは直交多項式で、次のような直交関係を満たす。
a(n)i = Z
gH(n)i d3ξ = 1 n
Z
fH(n)i d3v (2.115)
最初のいくつかのH(n)i は次のようになっている。
H(0) = 1 (2.116)
H(1)i =ξi
H(2)ij =ξiξj−δij
Hijk(3) =ξiξjξk−(ξiδjk+ξjδik+ξkδij)
H(4)ijkl =ξiξjξkξl−(ξiξjδkl +ξiξkδjl+ξiξlδjk +ξjξkδil+ξjξlδik+ξkξlδij) +(δijδkl +δikδjl+δilδjk)
H(n)i の特徴としては、H(m)j とはn=mでかつ添え字j が添え字iを入れ替えものであ る場合を除けば互いに独立で直交する。またξi の係数としては±1以外は現れない。
a(n)i については最初のいくつかは次のように定義される。
a(0) = 1 (2.117)
a(1)i = 0 a(2)ij = pij
p a(3)ijk = Sijk
p√ RT a(4)ijkl = Qijkl
pRT − 1
p(pijδkl +pikδjl+pilδjk +pjkδil+pjlδik+pklδij) +(δijδkl +δikδjl+δilδjk)
これらは定義によりa(0)を除けばf =f0の場合に全て0になる。
a(3) の添え字を縮約することで次のように熱伝導を得る。
a(3)i =a(3)irr = 2qi
p√
RT (2.118)
このようにして Hermite 展開の係数で最初の意味のある momentとして粘性テンソル pij と熱流ベクトルqi が得られた。注意するべきことは、これらを特に取り上げたのは流 体近似で我々が特に慣れ親しんでいるからであり、これら以外の a(n)i も物理的に同等の 価値を持っているのである。
式(2.113)を用いてボルツマン方程式を展開するとa(n)i についての無限階の連立微分
方程式になる。例えばa(2)ij については次のようになる。
∂a(2)ij
∂t +ur
∂a(2)ij
∂xr +a(2)ir ∂uj
∂xr +a(2)rj ∂ui
∂xr + (a(2)ij +δij) 1 RT
DRT
Dt (2.119) +√
RT∂a(3)ijr
∂xr +
√RT
n a(3)ijr∂N
∂xr + 3
2RTa(3)ijr∂RT
∂xr
+ ∂ui
∂xj + ∂uj
∂xi =Jij(2)
D/Dtはラグランジュ微分である。またJij(n)は衝突項からの寄与であり、次のようにし て定義される。
Ji(n)= N 2
X∞
r,s=0
βijk(nrs)a(r)j a(s)k (2.120)
i= (i1· · ·in), j = (j1· · ·jr), k = (k1· · ·ks) βijk(nrs)= 1
r!s!
Z 1 mB
µ
θ,|ξ1−ξ|
√RT
¶
g0(ξ)g0(ξ1)H(r)j (ξ)H(s)k (ξ1)[H(n)i (ξ)]dθ d² dξ dξ1 (2.121) 上の式で次の定義を用いた。
[φ] =φ0+φ01−φ−φ1 (2.122) Bは相互作用に関係する関数である。
式(2.120)により J(n) は一般にa(n)i の二次形式の無限和になっていることがわかる。
そして式(2.119)よりa(2)i の時間微分方程式は全てのa(n)i が含まれており、a(2)i の時間 発展を解くには全ての連立微分方程式を解く必要があることが分かる。このことは一般の a(n)i の時間微分方程式にも成り立つ。なお相互作用がポテンシャルU ∝r−4 に従う場合 は特別で、この場合は式(2.120)は有限個の和で閉じることが知られている。(このよう な相互作用に従う粒子はMaxwell粒子と呼ばれる)
このように一般の相互作用の粒子の場合、これらの方程式を解くためには分布関数f はある有限個のa(n)i までに依存しないと近似し、無限階連立微分方程式を有限階にする 必要がある。単原子気体の流体近似を考える場合に良く用いられるのは、moment とし て熱流、粘性までの13個のmoment を残す13 moment expansionである。なお単原子 でない場合や相対論的な粒子の場合はbulk viscosityが残るため、これを加えた14個の
momentが考慮される。このように近似するとf は次のようになる。
f =f0
½
1 + pij
2pRTvivj − qi pRTvi
µ
1− v2 5RT
¶¾
(2.123)
これにより粘性テンソルpij と熱流ベクトルqiの方程式として次の式が得られる。
∂pij
∂t + ∂
∂xr
(urpij) + 2 5
µ∂qi
∂xj
+ ∂qj
∂xi
− 2
3δij∂qr
∂xr
¶
(2.124) +pir
∂uj
∂xr +pjr
∂ui
∂xr − 2 3δijprs
∂ur
∂xs
+p µ∂ui
∂xj + ∂uj
∂xi − 2
3δij∂ur
∂xr
¶
+βnpij = 0
∂qi
∂t + ∂
∂xr(urqi) + 7 5qr∂ur
∂xj + 2 5qr∂ur
∂xi + 2 5qi∂ur
∂xr (2.125)
+RT∂pir
∂xr + 7
2pir∂RT
∂xr − pir
N
∂Prs
∂xs + 5
2p∂RT
∂xi + 2
3βnqi = 0
ここで Pij は応力テンソルである。この式は衝突のパラメータは次で与えられるβ しか 入っていないことが分かる。
β(RT) = 2 5
√2π Z ∞
0
x6e−x2/2
½Z 1
mB(θ, x√
2RT) sin2θcos2θ dθ
¾
dx (2.126) この β の解釈について考えてみよう。式(2.124)、(2.125)において全ての量の位置の 依存性を無視すると次のような式になる。
∂pij
∂t +βnpij = 0 (2.127)
∂qi
∂t + 2
3βnqi = 0 (2.128)
これらの式より、もし温度や平均速度の勾配がなかった場合は粘性 pij や熱流 qi は 1/βN 程度の時間で指数関数的に減衰することが分かる。ここでβ は定義式(2.120)から β ∼vrelσ であることが分かる。このことから1/βnは自由走行時間程度であることが分 かる。
また式(2.124)、(2.125)をChapman-Enskog展開しよう。セクション2.1.7のf1 に対 応する項まで残すことにすると次のようになる。
p µ∂ui
∂xj + ∂uj
∂xi − 2
3δij∂ur
∂xr
¶
+βN p(1)ij = 0 (2.129) 5
2p∂RT
∂xi + 2
3βN qi(1) = 0 (2.130)
f1 までの精度という意味でp(1)ij 、q(1)i とした。これは一次のChapman-Enskog展開から 得られる粘性と熱伝導と同等であることがわかる。この式から散逸係数を計算すると次の
ようになる。
λ= p βn = T
β ∼nl¯v (2.131)
κ= 15 4
pR βn = 15
4 RT
β ∼cnl¯v (2.132)
この式より確かにβの解釈は散逸係数の正しい物理量の依存性を導くことが分かる。λは ηに対応する量だが粘性の定義の違いから係数にmのずれが現れている。
では式(2.124)、(2.125)の特徴を詳しく見てみよう。物理系の特徴的な時間が1/βN より十分長い場合を考えよう。式(2.124)、(2.125)を次のように書き直す。
∂pij
∂t +Aij+βN pij = 0 (2.133)
∂qi
∂t +Bi+ 2
3βN qi = 0 (2.134)
Aij、Biは1/βnではほとんど定数だと仮定しよう。すると上の式はAij、Biをsource termとした非斉次常微分方程式とみなせる。すると一般解は式(2.127)、(2.128)から得 られる粘性と熱伝導の初期条件の減衰を表す項と、次の定常状態を表す項の和になる。
pij =−Aij
βn (2.135)
qi =−3 2
Bi
βn (2.136)
このことより、粘性pij と熱伝導qi の初期条件が何であれ、極めて短い時間1/βnで定 常状態である上の式に向かうことが分かる。また多くの場合Aij とBi の中で支配的に なる項はそれぞれ速度勾配、温度勾配であり、これはChapman-Enskog の一次の展開 よりも良い精度であることを示している。また系の特徴的な時間が1/βN に近くなると
Chapman-Enskogの展開よりも良い精度になると期待できる。
(2.124)の特徴として、静止状態の気体の場合熱伝導qi が平均速度ui と全く同じ形で 式の中に現れることを述べておこう。これは相対論的な運動論の場合に述べる Landau-Lifshitz四元速度を強く示唆している。
moment 展 開 か ら 得 ら れ る 方 程 式 系 の 特 徴 を 見 て み よ う 。セ ク シ ョ ン 2.1.7 よ り Chapman-Enskog の方法から Navier-Stokes 方程式が得られることを示したが、この 微分方程式は放物型になっており情報の伝播は無限の速さで行なわれる。このことは同 じ近似の精度の熱伝導方程式で、初期にデルタ関数的な熱の分布を与えると瞬時に正規 分布の形になり、無限遠さえも必ず有限の温度を持つようになることからも理解できる。
このことは速さに上限のない非相対論では問題にはならないが、光速という上限を持つ 相対論では深刻な問題を引き起こす。一方この章で説明したmoment展開は式(2.119)、
(2.124)、(2.125)から、方程式系は双曲型になることがわかる(これは全てのmomentに いて成立する。詳細は付録Bを参照)。双曲型の方程式は波動解を持ち情報の伝播は有限 の速度になり、因果律を守る理論が作れる。以上のことより相対論的な散逸の理論を考え る場合にはmoment展開を用いることが有効であることがわかる。
最 後 に moment 展 開 の 精 度 に つ い て 述 べ よ う 。moment 展 開 は そ の 展 開 法 か ら
Chapman-Enskog の方法のように l/L の比の大きさに依存しないように思える。こ
のことは展開した moment を全て残した場合には厳密に正しい。しかし事実上無限個
のmoment を解くことは現実的に不可能であり、実用的には上記の13-moment展開の
ように有限個のmomentまでしか考慮できず、この有限個で打ち切るという操作により
moment展開の精度に波数依存性が入るのである。具体的に述べると、Hermite展開は式
(2.113)から分かるようにあくまで局所平衡分布の周りで展開を行なっている。このこと
はmomentの次数が大きくなればなるほど局所平衡からのずれが大きい現象を表すこと
を示唆する。つまり次数の大きい momentは気体分子の衝突ではなくfree streamingの 効果を反映しているのである。すると長波長領域では衝突が盛んであるため衝突の効果 を表す初めの少数のmomentにより現象は良く表されるが、短波長領域では粒子のfree
streamingの効果が優勢になり高次のmoment を考慮する必要が出てくるのである。ま
た一般に短波長になればなるほど展開の収束が悪くなり高次の momentを多数考慮必要 が出てくる。
有限個のmomentを残した場合分散関係がどのような振る舞いをし、それが実際の分
散関係とどのように異なるのかを述べてこの章を締めよう。まず簡単のため温度と熱伝導 にのみ摂動が入った場合を考えよう。その場合エネルギー方程式と熱伝導の方程式は次の ようになる。
3
2ρR∂δT
∂t +∇ ·δq= 0 (2.137)
τ∂δ∇q
∂t +δq=−κ∇δT (2.138) τ は自由走行時間でκは熱伝導率である。これらは定数であると仮定しよう。
摂動量がexp[−nt+ikx]に比例するような解を考えよう。δT、δqが解を持つ条件とし て次の分散関係が得られる。
n2− 1
τn+Kk2 = 0 (2.139)
K =κ/τ cv とおいた。
この分散関係をnについて解くと次の解が得られる。
n= 1 2τ
h 1±p
1−4τ Kk2 i
(2.140)