第 3 章 運動論的方程式の線形摂動 61
3.4 Israel-Stewart 理論から得られた分散関係との比較
い時間で減衰する運動論的なモードが存在することが分かる。一方短波長領域に関して
は、付録Bからmomentの展開を有限の個数で止めてしまうと減衰率に上限が生まれて
しまうことが知られている。長波長領域の振る舞いは物理的にも理解できるため正しいと 考えられるが、安定性のために取り入れた二次の精度の量の効果がどの程度の波長領域ま で影響があるかは実験が極めて難しいことからも分かっていない。
ではIsrael-Stewart理論の分散関係を実際にみてみよう。自由度を増やしたことにより
分散関係を求めるには14行14列の行列式を解く必要があるが、非相対論的な極限と超相 対論的な極限でのLongitudinal-modeについては簡単になり [11]、熱伝導と運動論的な モードについて求めると次のようになる。
0.001 0.01 0.1 1 10
0.1 1 10
damping rate n τ
wave number k τ Cs
図3.42 ζ = 100のIsrael-Stewart理論の熱伝導と運動論的なモードの減衰率
0.001 0.01 0.1 1
0.1 1 10
damping rate n τ
wave number k τ Cs
図3.43 ζ = 0.01のIsrael-Stewart理論の熱伝導と運動論的なモードの減衰率
図3.42、3.43より実際に減衰率に上限が存在して、運動論的なモードは波数が大きく なるにつれて減衰率が減少していることが分かる。
この論文ではボルツマン方程式の衝突項を BGKモデルの衝突項に近似した運動論的 方程式の分散関係を求めた。この近似は物理的直観に反せず、必要な物理法則を満たす 形の衝突項を用いているため、十分短波長領域までボルツマン方程式の分散関係を再 現すると期待できる。さらにボルツマン方程式の線形化された衝突項が満たすべき分散 関係の性質は分かっているため、この性質を守る波長まではボルツマン方程式の分散関 係を再現していると考えられる。ではこの得られた結果を用いて Israel-Stewart理論の 検証を行なうと、まずどの ζ でも流体力学的なモードはcτ k = 1 という波長程度まで Chapman-Enskogの一次近似を守ることがわかる。また光速cから音速Csに規格化の パラメータを変えたとしても簡単な計算の後同じくCsτ k = 1という波長程度までk2 則 が守られていることが確認できる。また音波の場合は位相速度が光速になる波長を、熱伝 導は数値計算の精度が悪くなる直前の波長領域までは正しいと考えたとしても、moment 展開から予言されるような減衰率の上限は現れないことが確認できる。一方運動論的な モードは全ては求めなかったが、同様にして減衰率の上限が現れないことからmoment 展開での運動論的なモードは現実を再現しない。このことは非相対論の場合ではmoment 展開の運動論的なモードはボルツマン方程式の結果を全く再現しないことからも予想でき る [36]。
以上結論としては、相対論的な流体において散逸を扱うためには適切なパラメータ領域 を指定したIsrael-Stewart理論を用いれば、安定で因果律を守るように解くことが出来 る。さらに流体近似の成り立つ長波長領域では、Israel-Stewart理論が記述するモードの
うちChapman-Enskogの一次近似が予言する勾配の一次に比例する項はボルツマン方程
式の分散関係の結果を良い精度で再現する。一方で運動論的なモードはボルツマン方程式 の結果を全く再現しない。よってIsrael-Stewart理論を用いて散逸を記述する場合は、運 動論的なモードはあまり精度を要求せずに方程式系の安定化のためだけに考慮すれば十分 である。
第 4 章
まとめと今後の展望
私はこの論文でまず非相対論において衝突項をBGK近似した運動論的方程式の線形摂 動問題の解を求め、緩和や波の伝播を表すCauchy問題の一般解を求めた。さらにこの解 を用いることでBGKモデルの範囲内で短波長領域でも厳密に正しい流体力学方程式系の 分散関係を求めた。さらに同様にして相対論的なBGK近似である、Marle のBGKモデ ルとAnderson-WittingのBGKモデルにおいて線形化された運動論的方程式のCauchy 問題の解を求め、その解を用いて分散関係を求めた。この分散関係は衝突項の物理的な性 質を保った近似になっているため定性的にはボルツマン方程式の性質を再現すると考えら れ、実験の難しい相対論的な希薄気体の研究において流体モデルの検証方法として用いる ことが出来る。
また私は得られた分散関係とIsrael-Stewart理論を比較することで、Israel-Stewart理 論が流体近似の成り立つ長波長領域でどの程度ボルツマン方程式を再現する理論なのかを 検証した。この結果Isreal-Stewart理論は長波長側で流体力学的なモードである熱伝導と 減衰音波のモードはボルツマン方程式を十分良く再現しているが、運動論的な急速に緩和 するモードに関してはほとんどボルツマン方程式を再現しないことがわかった。
今後はこの結果を踏まえて相対論的散逸の実用的な解法の研究に取り組み、それを用い て宇宙の高エネルギー現象を解析していきたい。また今回考慮しなかったオーム散逸につ いては既に実用的な取り扱い方が分かっているので [15]、磁気流体近似においてオーム散 逸と熱伝導、粘性の全てを考慮して相対論的な流体を解く手法を確立していきたい。
謝辞
この修士論文を作成するにあたり大変多くの方にお世話になりました。この場を借りて お礼を申し上げたいと思います。特に指導教員の犬塚准教授にはこの修士論文の研究テー マのきっかけを与えて頂き、度々議論に付き合って頂きました。それらを通して研究に対 する姿勢や研究者としての姿など、物理だけではなく様々な大切なことを学ぶことが出来 ました。また天体核研究室の博士二年の武藤恭之さんと博士一年の村主崇行さんを初めと する皆様には、研究に詰まった際に議論に付き合って頂き、また直前の時期に修士論文を チェックして頂くなど大変お世話になりました。本当にどうもありがとうございました。
付録 A
線形化された衝突項
この章ではまずP. R´esiboisの教科書 [16]に沿って線形化されたボルツマン方程式を説 明する。次のように平衡状態f0 に小さな摂動が入った状態を考えよう。
f =f0+δf, δf
f0 ¿1 (A.1)
すると線形化されたボルツマン方程式は次のようになる。
µ ∂
∂t +v· ∇
¶
δf =nCδf (A.2)
ここでC は次のように定義されたcollision operatorである。
Cδf ≡ Z
d3v1
Z
dΩσ(χ;vrel)vrel[δf0ϕ0eq1 +ϕ0eqδf10 −δf ϕeq1 −ϕeqδf1] (A.3) ϕeq = f0
N (A.4)
この式をϕ0eqϕ0eq1 =ϕeqϕeq1 を用いて変形すると次のようになる。
Cδf = Z
d3v1
Z
dΩσ(χ;vrel)vrelϕeqϕeq1
"µ δf ϕeq
¶0 +
µδf ϕeq
¶0
1
− µ δf
ϕeq
¶
− µ δf
ϕeq
¶
1
#
(A.5)
得られたcollision operator はこれから説明するように非常によい性質を持っている。
セクション2.1.4と同様の変形により任意の関数k、hに対して次の式が成り立つ。
Z
d3vϕeq(v)−1k(v)∗Ch(v) =−1 4
Z
d3vd3v1 Z
dΩσ(χ;vrel)vrelϕeqϕeq1 (A.6)
×
"µ k ϕeq
¶0 +
µ k ϕeq
¶0
1
− µ k
ϕeq
¶
− µ k
ϕeq
¶
1
#∗
×
"µ h ϕeq
¶0 +
µ h ϕeq
¶0
1
− µ h
ϕeq
¶
− µ h
ϕeq
¶
1
#
collision operatorの性質から次のようにHilbert空間を導入できる。まず内積を次の ように定義する。
hk|hi= Z
d3vϕeq(v)−1k(v)∗h(v) (A.7) またcollision operator C は式(A.6)からエルミート演算子であることが分かる。
hk|C|hi=hh|C|ki∗ (A.8) この性質から次のような固有値方程式を考えたとき、固有値λ0j は実数になる。
nC|φ0ji=λ0j|φ0ji (A.9)
さらに式(A.6)から次のことが分かる。
hh|C|hi ≤0 (A.10)
この性質から固有値は次のように必ず負になることが分かる。
λ0j = hφ0j|nC|φ0ji
hφ0j|φ0ji ≤0 (A.11)
式(A.6)から等号はφ0j/ϕeq が二体衝突の保存量のときにのみ成り立つ。つまりcollision operator Cはただ五個のみ0の固有値を持つのである。
具体的な固有値問題は相互作用を決めない限り定まらないので、ここではまず固有値は 離散的であり固有関数φ0j はHilbert空間の完全系の基底になっていると仮定しよう。
X
j
φ0j(v)∗φ0j(v0) =δ(v−v0)ϕeq(v) (A.12)
この式は次のようにも表す。
X
j
|φ0jihφ0j|= 1 (A.13)
これらの結果からまず一様状態の場合に次のことが分かる。一様状態の線形化されたボ ルツマン方程式は次のようになる。
∂tδf =nCδf (A.14)
このδf を次のように固有関数で展開する。
δf(t,v) =X
j
c0jφ0j(v)eλ0jt (A.15)
c0j =hφ0j|δf(t = 0)i= Z
d3vϕeq(v)−1φ0j(v)∗δf(0,v) (A.16)
この固有値方程式を解くと、t → ∞ではλ0j 6= 0の固有値の固有関数は全て減衰して0に なる。
t→∞lim δf(t,v) = X5
α=1
c0αφ0α(v) (A.17)
残った固有値は流体力学的な五個の摂動δρ、δu、δT を表すものであり、この結果は十分 長いタイムスケールでは一様な気体に入れた摂動のうち巨視的な物理量以外は指数関数的 に減衰していくことを示している。
固有値問題の考察に戻ろう。先に述べた通りこの固有値問題を相互作用を定めずに一般 的に解くことは非常に難しく、また相互作用を定めたとしても依然として困難であるが、
collision operator C が速度空間で等方的であることから固有関数を次のように書ける。
φ0j(v)≡φ0rlm(v) =φrl(v)Ylm(θv,Φv) (A.18) ここでYlm は球面調和関数である。
ここからはポテンシャルがU ∝r−4 のMaxwell粒子について説明しよう。唯一この場 合は固有値と固有関数が厳密に求まっているのである。このポテンシャルの場合散乱断面 積は相対速度の逆数に比例するため次の式が成り立つ。
σ(χ, vrel)vrel ≡F(χ) (A.19) この関係式からcollision operator C は次のようになる。
Cδf = Z
d3v1 Z
dΩF(χ)ϕeqϕeq1
"µ δf ϕeq
¶0 +
µ δf ϕeq
¶0
1
− µ δf
ϕeq
¶
− µ δf
ϕeq
¶
1
#
(A.20) すると積分演算子の中にvrel が現れなくなったことから{v0,v10}と{v,v1}の関係は線 形になり、
δf =ϕeqhn(v) (A.21)
の形の関数を同じ形の関数に写像する。このことを用いて固有関数が Wang とChang
Uhlenbeck [39]により発見されており次のような形になっている。
φ0rlm =Arlϕeq(v)Sl+1/2(r) µ v2
2RT
¶ µ v
√2RT
¶l
Ylm(θv,Φv) (A.22)
Slr はLaguerre多項式である。この固有関数は完全系を張る直交基底になる。この固有
関数の固有値は次のようにして得られる。
λ0rl= 2πn Z π
0
dχsinχF(χ) h
cos2r+1
³χ 2
´
Pl0(cosχ
2) (A.23)
+ sin2r+l
³χ 2
´ Pl0
³χ 2
´
−1−δr,0δl,0
i