GH説が実際のTOBにおいて一般的である現金支払いTOBを想定していること
による。現金支払いTOBにおいては、買収後価値を得るためには、持株を提供し ないで持ち続けることが必要となる。したがって、現金支払いTOBでは、ター ゲット企業の株主はオファ価格と買収後価値を二者択一しなければならず、両者を 得ることはできない。それゆえ、いくら買収者がターゲット企業の現在の価値より も大きい価格を提示したとしても、それが株主の見積もる買収後価値より小さけれ ば、株主は持株を売却しようとしなくなる。このように、現金支払いTOBに注目 し、オファ価格を成立条件に盛り込み、買収後価値と区別することによって、GH 説はターゲット企業の株主に売却しないという選択肢をもっことをはじめて買収成 立モデルに盛り込み、これによってオファ価格が現在の株価を超えていてもTOB が失敗しうるという事実を説明することに成功した。くわえて、GH説では、新たな株主像を提起したeすなわち、第1に、ターゲッ ト企業の株主は売却の意思決定の際に、単に利益を得ようとしているのではなく、
「より」多くの利益を得ようとする利益獲得への積極姿勢である。第2は、株主 が、全体としてではなく一人一人が他の株主とは異なる行動をとりうる存在として
とらえられていることである。
GH説は、このような株主像から、いわゆるただ乗り問題を明確に認識すること に成功した。すなわち、他の株主による持株の提供をあてにして、自らは提供しよ うとしない株主の「ただ乗り」行動によって、現在よりもターゲット企業の価値を 引き上げる買収が失敗に終わることを説明した。さらに、GH説では、これが買収 者の買収意思決定にも関係していることを示した。このように、GH説は、第1 に、株主のただ乗りによって、価値を上昇させる買収が結果的に失敗しうること、
第2に、株主のただ乗りが、買収者に価値を上昇させる買収の実施を思いとどまら せうることを指摘した点において、大きな意義をもっこととなった。
GH説において提起されたこのただ乗り問題は、その後の多くの研究者の関心を 集めることとなった。そこでの関心は、実際にはただ乗り問題が顕在化しないこと への説明であった。すなわち、GH説のモデルによれば、ターゲット企業の株主に よるただ乗り行動は、TOBの成功とその実施さえも阻止しうる。にもかかわら ず、現実には多くのTOBが実施されそして成功しており、ただ乗り問題はあまり 顕在化していない。では実際にはどのようにしてただ乗り問題は解消されているの かという点へと関心が集申したのである。
これに対して、希薄化説では、GH説の提起する「自発的」希薄化と2段階オ ファによる説明が行われた。そこでは、買収後の価値の希薄化を行う方法が提起さ れた。さらに、初期所有説では買収前による株式の取得という方法が提起された。
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これらはいずれも、買収者に利益を確保する方法でもある。しかし、これらの方法 はいずれも、実際にはそれほど利用されておらず、利用されていても効果は見出せ ない。したがって、これらは実際のただ乗り問題の偏鞘を説明するのに十分ではな
い。
さらに、中枢株主説(株主数限定説と株数分割説)では、GH説における分散株 主の前提を崩し、ターゲット企業の株主がTOBの成否に影響力を行使することを 前提とするモデルを提起した。ただし、このモデルの主張が現実化するためには、
ターゲット企業の株主間の協調が不可欠である。しかし、これは現実的には困難で ある。したがって、中枢株主説の実際上の説明力には大きな疑問がもたれる。
また、無条件TOB説においては、無条件TOBを用いたときに、失敗を想定し
た株主の売却を誘引する可能性があることが指摘されている。しかし、無条件丁O Bを実施することは買付者にとって大きな負担を強いるため、実際にあまり利用さ れていない。したがって、この説による説明も不十分である。以上のように、GH説がただ乗り問題を明確に指摘して以降、さまざまに提起さ れてきたただ乗り問題に対する鯖鞘方法は、いずれも実際上の説明力をもっている とはいいがたい。そこで、考えられることは、以上のように何らかの方法を買付者 が用いることによる説明は現実に適応しないということである。本来、ターゲット 企業の株主によるただ乗り行動を排除するための根本的な方法は、少数株主の地位 を排除することである。しかし、買付者はこの方法を意識的に用いていない。した がって、買付者は、何らの方法を用いなくてもターゲット企業の株主は売却すると 考えているはずである。
では、どのような理由で株主は売却するのであろうか。それは、買収後価値につ いての買付者とターゲット企業の株主の評価に差が生じることによる。これによっ て、ターゲット企業の株主は、買付者が提示したオファ価格より低いTOB後の価 値を見込む可能性が生じるのである。この評価の差は、買付者と株主の間の、ター ゲツト企業株式のTOB後の流動性の低下に対するリスク評価の差と、時間的視野 の差によって生じる。つまり、たとえ買付者とターゲット企業の株主とが買収後の 改善された利益流列を同じように期待したとしても、これらの差により、その割引 率が大きく異なりうる。したがって、同じ利益期待をしたとしても、評価において 大きな差が生じ、それゆえオファ価格よりもTOB後の株価が低くなる可能性が生
じうるのである。これによって、何らの方法も用いることなく、ターゲット企業の 株主はTOBに応じて持株を売却しうることが説明されうる23。
tS@ なお、以上の説明は、 GH説モデルと同様に、件数において圧倒的に多い
現金支払いTOBを想定したものである。株式交換(株式支払い)・TOBの場合
は、基本的な仕組みは現金支払いの場合と同じであるが、その性質上やや複雑にな 75
ただし、このような割引率の差による説明によってオファ価格よりもTOB後の 株価が低くなり、株主が売却するためには、次の3っの条件を満たすことが求めら
れる。
第1に、ターゲット企業の株主は、TOB後のターゲット企業株式の流動性の低 下に対するリスク評価を買付者のそれより十分に大きく、そして時聞的視野を十分 に短くもっていること。第2に、ターゲット企業の株主は、買収後の期待利益流列 について、ターゲット企業の株主は、買収者の期待と少なくとも同じか、あるいは 金額において小さく、時期にっいて遅く見込んでいること。第3に、ターゲット企 業の株主は、そのTOBが成功すると見込んでいることである。
このうち、第2と第3の条件は、いずれも、ターゲット企業の株主による期待に っいての内容であり、、直接には検証できないが、現実的な妥当性があると考えられ
る。すなわち、第2の条件に関しては、買付者はしばしば自分の経営能力にっいて 過大評価しやすく、第3の条件に関しては、株主はTOB期間中のターゲット企業
の株価からその成否を見分けることができるのである。しかし、第1の条件にっい ては、株主がもっ期待ではなく、そのリスクに対する姿勢および時間的視野であ
る。これにっいては、より詳細な検証が必要であり、またそれを比較的行いやす
い。
第2節 株主の流動性に対するリスク評価と短期的視野の現実妥当性
以上のように、TOBにおいてただ乗り問題が現実には顕在化しないことを説明 しうる仮説が提起され、その現実妥当性を支持する3つの論点のうち、直接的に検 証しうるものは ターゲット企業の株主が買付者よりも流動性の低下に対するリス
ク評価を大きくもち、さらに時間的視野を短くもっているかどうか であることが
る。すなわち、まずオファ価格は提示された交換比率に基づいた買収会社株式の価 値である。したがって、株式交換TOBの場合のオファ価格は、現金支払いの場合 のように客観的な金額ではなく、ターゲット企業の株主による主観的な評価値とな る。さらに買収後価値はターゲット企業と買収会社の統合された企業について見積 もる評価値(正確には、統合された企業の全企業価値のうちターゲット企業の株主 の持分価値)である。したがって、株式交換TOBの場合は、オファ価格と買収後 価値の両方ともターゲット企業の株主が評価した値となる(この点について詳細 は、第1章第2節4のSteiner説のモデルを参照)。
そのうえで、買収後価値の評 価において、ターゲット企業の株主は流動性の点も勘案する。ただし、現金支払い TOBの場合のように、必ずしも常に流動性が低下する場合ばかりではなく、反対 に、統合企業の株式の方が流動性が高くなる場合も生じうる。そうであっても、流 動性を考慮に入れる点は共通すると考えられる。流動性への考慮にくわえて、株式 交換TOBでの持株の売却判断に特殊的に盛り込まれることは、買収会社株式の ポートフォリオ構成上の適切性である。これについては、第7章で論じられる。
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