本章の課題は、TOBにおける持株売却の意思決定において機関投資家が流動性 およびそのポートフォリオの構成を配慮することを明らかにすることである。まず はじめに、これまでTOBでの持株提供の動機と考えられてきた唯一の要因である プレミアムの獲得をとりあげ、実際には必ずしもこれのみが売却の要因とはいえな いことを示す。次に、機関投資家は投資する証券の選択の際にその流動性の高さを 重視する姿勢を、そして、ポートフォリオ全体の構成の最適化を図ろうとする姿勢 を持っていることを指摘する。最後に、このような姿勢は、TOBの売却判断の際 にも表れることを示す。すなわち、機関投資家はTOBの売却判断において、対価 の受取り形態として現金を選好することを提起し、これにっいて若干の実証分析を おこなう。
第1節 プレミアム以外の持株売却要因の存在
ターゲット企業の株主がTOBに際して売却を望む動機・判断材料としてまずあ げられるのは、買付者が提示したオファ価格に含まれるプレミアムの高さである。
たしかに、ほとんどのTOBにおいて、 TOB発表前の株価よりも高い価格が提示 される。したがって、株主はTOBに応じて持株を売却すれば、 TOBがなかった 場合に市場で売却するよりも高い対価を得ることができ、より多くのキャピタル・
ゲインを得られる。
しかし、必ずしもプレミアム額のみが株主の売却動機であるとはいいきることは 困難である。なぜなら、かならずしも高いプレミアムを提示したTOBが成功する
とはいえないからである。従来、M&Aの研究ではプレミアム額はしばしば注目さ れてきたが、どの時点の価格を基準にするかによってプレミアム額も変動するた
め、統一的な分析結果が得られてこなかった。たとえば、Hoffmeister and Dyle
〔1981〕では、SECへの提出日から2週間前の株価を基準としてプレミアムを算 定し、プレミアムの規模はTOBの成功確率に影響を与えないとの結果が報告され ている。一方、Walkli㎎〔1985〕では、 TOBの新聞発表から2週間前の株価を基 準にして、買収プレミアムはTOBの成功と正の関係があるとの結果が提示されて
いる星。
1 ただし、Walkli㎎〔1985〕ではSEC提出日基準での測定も行われている。
また、Zissu and Stone〔1989〕では、友好的と敵対的に分けた場合、プレミアム は友好的ではTOBの成功と正の相関があり、敵対的では負の相関があることが示 されている。なお、この研究でのプレミアムはSEC提出日の一ケ.月前の株価に基
づいている。
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図表1 マイナスのプレミアム額のついたTOB(1996−1998年)
年 買付者 ターゲット会社 プレミアム
GreenGrass Holdings Swi㎎一N−Slide〔ゐrp. 一36.6%
Genzyme Corp. Neozyme II Corp. 一34.1%
1996
Cie. de Saint−Gobain SA. Bird Corp. 一21.1%
Pfizer Inc. Corvita Corp. 一2.4%
Spacetec IMC Corp. Spatial Systems Ltd. 一32.6%
廻icron Electronics Inc. NetFrame Systems Inc. 一20.0%
1997
Tyco International Ltd. Homes Protection Group hnc.
一13.9%
Family Golf Centers Inc. MetrQGolf Inc. 一11.1%
Compass Group PLC DAKA International Inc. 一7.7%
GRR Holdi㎎s UC Ground Round Restaurants 一5.7%
Manor Care Inc. Vitalink Pharmacy rervices Inc.
一4.2%
IG Holdings Corp. Universal American einancial
一60.0%
IG Holdi㎎s Corp. TJT Inc. 一59.4%
Network AssQciates Inc. Dr. Solomon s GrQup Plc 一32.5%
1998 IG Holdi㎎s Corp. American Residential hnvestment Trust Inc.
一28.2%
IG Holdi㎎s Corp. Station Casinos Inc. 一25.2%
Stone Rivet Inc. EnvirQtest Systems Corp. 一16.9%
Ames Department Stores Inc. Hills Stores Co. 一11.1%
1.ucent Technologies Inc. SDX Business Systems plc 一4.8%
0皿nicom Group Inc. GGT Gr◎up plc 一〇.5%
EM Industires Inc. CN Biosciences Inc, 一〇.5%
(注)プレミアムは発表の4週間前の株価を基準として算出。
(出所)Tender Offer Update, Mergers&Auisitions,各年より作成。
(原資料)SIX Mergers&())rporate Transactions[塩tabase.
このように相反する結果が生じる最大の原因と思われるものは、プレミアム額の 算定には大きな困難がともなうことにある。概念的には、買付者が提示するオファ 価格とTOBがかけられる前のターゲットの企業価値(株価)との差額がプレミア ム(bid premium)であり、したがって、 T O B前の企業価値を反映する株価を確 定する必要がある。ただし、買収の情報はしばしば事前に漏洩し、それにともなっ てTOBが公表される以前からターゲットの株価は上昇し始める。このため、直前
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図表2
TOBが失敗した理由(1996年)理由 件数
協議、協定の終了 366 より高値を付けた買付者の登場 14
敵対的TOBの撤回
5株式市場の変化 4
友好的TOBの撤回
3TOBの拒否
3株主の反対 2
株主の拒否 1
反トラスト法の抵触 1
資金調達問題 1
裁判所の停止命令 1
戦略の変更 1
合計 402
(出所)Mergers&Acquisitions, March/April 1997, p.22.
ではなく、ある程度の期間を遡ってTOB前の株価を確定する必要があるが、どの 時点の価格を用いるのが妥当かにっいては明確ではない2。
この問題の解決を試みたのがFlanagan, D Mello and Sha㎎hnessy〔1998〕であ る。彼らは、プレミアム額算定の基準日の相違による影響を明確にするため、TO B発表前の1日、1週間、4週間という3時点での株価に基づいて分析した。結果 は、いずれの株価を基準としても、プレミアム額はTOBの成否を決定する要因で はないというものであった。したがって、これによればターゲット企業の株主はプ レミアム額の規模によって売却判断を行っているとはいえないことになる。
実際にプレミアムの規模をみると、ターゲット企業の株主が必ずしもプレミアム の獲得のみが売却の要因ではない側面があることが伺われる。すなわち、第6章の 図表12をみると、いずれの年においても、プレミアムの比率が眺〜1α似下に該 当するものが数件みられる。さらに、1992年を除けば、プレミアムが0%以下、す なわちオファ価格がTOB前のターゲット企業の株価を下回る事例さえも存在する ことが分かる(1996、1997、1998年におけるマイナス・プレミアムの事例にっいて は図表1)。これらのマイナス・プレミアム事例の存在は、必ずしも全てのTOB において株主がプレミアム獲得のみを売却の動機としているわけではないことを示 唆している。さらに、図表2は1996年におけるTOBの失敗理由を示したものであ 2 プレミアム測定の困難さにっいては、村松〔1987、30〜31頁〕、Nielsen and Melicher〔1973, p139〕,Penn〔1981〕を参照。
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る。これによると、TOB価格の低さ(プレミアム額の小ささ)を直接示すもの は、「より高値をつけた買付者の登場」であるが、これはわずかに14件(3.5%)に
すぎない3。
以上より、TOBにおける売却判断の要因として、必ずしもターゲット企業の株 主がプレミアムの獲得のみを考慮しているわけではないことが分かる4。したがっ て、ここでプレミアム獲得以外の要因を探る必要がある。
第2節 機関投資家の流動性およびポートフォリオの構成に対する配慮
1.機関投資家の流動性への重視
機関投資家は、単に運用成績の最大化のみを求められているわけではない。収益 性の追求とは別に、機関投資家は、その保有証券の流動性を維持する必要がある。
とくに、ミューチュアル・ファンドにっいては、ファンドの証券保有者は自由に解 約をすることが認められている。したがって、ミューチュアル・ファンドでは常に
この解約に備えて資産の流動性を保持する必要がある。実際に、ミューチュアル・
ファンドはその資産の15%を超えて流動性のない証券へ投資することを禁止されて いる。この場合の流動性のある証券とは、7日以内に現金化できるものと定義され ている5。また、保険会社も、その保険加入者への支払い準備を求められる。伝統 的には、保険会社の資産は保険数理上予測可能であり、それほど流動性は重視され なかった。しかし、近年では、加入者の解約の殺到に対応できるように支払能力を 確保するため、その資産の流動性を高める姿勢が強まってきているとされる6。ま た、年金基金も1974年のERISA(Employee Retirement Income Security Act of 1974;従業員退職所得保障法。以下、ERISA法)の制定によって、保有証券の流動 性への配慮を求められている7。実際に、ERISA法の制定の前後で企業年金基金は保 有する証券の流動性への配慮を変化させている。図表3は、企業年金基金の責任者 3 ただし、「協議、協定の終了」の中に、オファ価格の小さいことが原因の
ものも含まれていることは否定できない。この点は、2000年6月24日の証券経済学 会における筆者の報告の際に、コメンテーターである神奈川大学の小林康宏教授よ
りご指摘いただいた。
4 本論ではとりあげないが、「有利な売却機会の獲得」要因が動機の一っと してあげられうる。すなわち、TOBでは一般的に、売却にかかわる取引コストは 買付者側が負担するので、株主は、通常の市場での売却よりも有利になる。さら に、大量の株式を市場で売却した場合、マイナスのマーケット・インパクトが生じ る可能性があるが、TOBではその可能性を想定する必要はない。後者は特に、大 口取引を行う機関投資家にとって重要と思われる。
5 ミューチュアル・ファンドの流動性に関しては、Securities and IiXchange Commission〔1992, pp.463−466〕を参照。
6 Coffee〔1993, p.60, note 176〕を参照。
7 Lo㎎streth〔1986, p.34〕を参照。
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図表3 ERISA法の制定にともなう企業年金基金の対応(投資ガイドライン作 成にっいて)
質問 プロフィット・
Vェアリング型
確定拠出