第1節 第2部の結果の整理
第2部の課題は、第1部の理論的考察において導き出された仮説にっいて、アメ リカにおけるその現実妥当性を検証することであった。すなわち、第1部では、
ターゲット企業の買収後価値にっいて、買付者とターゲット企業の株主の評価に差
(割引率の差)が生じることによってTOBは成立することが確認されたと同時 に、実際には買付者が何らの方法を用いなくても、両者の評価の差が生じて株式が 提供されTOBは成功しうるという仮説が提起された。しかし、この仮説が支持さ
れるためには、3っの条件、とりわけ、「ターゲット企業の株主は、TOB後の
ターゲット企業株式の流動性の低下に対するリスク評価を買付者のそれより十分に 大きく、そして時間的視野を十分に短くもっている」との条件が現実妥当性を備え ていることが確認される必要が生じた。そこで、第2部においては、この論点を検 証することが課題となった。この課題に対してぐ本論では、アメリカの証券市場において大きな位置を占め、
TOBの成否に影響を与えうる投資主体である機関投資家に焦点をあて、より詳細 な検討を行った。すなわち、第5章においては、まず、アメリカの株式市場におけ る機関化現象が、単に投資の主体が個人投資家から機関投資家へ交代しっっあると いうだけでなく、投資の実質的な意思決定が機関投資家の運用者へ加速度的に集中 していることを意味することを指摘した。次に、同業者からの頻繁な情報入手に よって、機関投資家全体を一っの投資主体としてみなしうることを示した。これ は、機関投資家には様々なタイプがあることを前提としながらも、個人投資家より もその投資決定の類似性が大きいことを意味する。さらに、機関投資家にみれらる この投資決定の類似性、いわゆる群集化行動は、実際に投資を行うファンド・マ ネージャーの自己保身的な姿勢に基づいてより強固になっていることを確認した。
このように、第5章での考察は、検証すぺき課題の内容にっいての考察の前提と して、考察対象としての機関投資家への注目とその妥当性を示すものであった。し たがって、検証すべき課題の中心である株主の短期的視野と流動性の重視について は、6章以降において議論される。
第6章においては、機関投資家の短期主義志向にっいて考察した。まず、しばし ば主張される機関投資家の短期主義的な取引姿勢による悪影響は、実証的には批判 者が論じているほどの強い証拠をともなうものではないことが確認された。しか し、機関投資家による取引それ自体は、その高い売買回転率が示すように、短期主
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義的な姿勢をもっていることが明らかとなった。ただし、この考察において、機関 投資家のグループ別の取引姿勢は短期主義的なものとそれほどではないものに2っ
に分かれていることも確認されたeしかし、実際に運用を行う規模から考えれば、
やはり全体としては機関投資家の取引姿勢は短期主義的であるといえる。むしろ、
この分化は、株式資産の保有者およびその代理者と、実際の運用者との分離構造の 存在を浮かび上がらせることとなった。そして、この分離構造は、単に運用の委託 という側面だけでなく、下位にある実際の運用者の雇用に影響を与えるという側面 をもっことから、実際に市場で投資を行う機関投資家の短期主義志向を揺ぎないも のとしていることが提起された。さらに、このように確認された機関投資家の短期 主義志向は、本論の対象であるTOBでの持株売却に近い状況においても表れてい
ることが明らかにされた。すなわち、5%以上の取得が行われた際に、多くの機関投 資家が短期のキャピタル・ゲインを獲得しようとその企業の株式を短期に売却して いることが確認されたのである。したがって、機関投資家は、短期的な利益獲得の ために、その持株を売却しようという強い姿勢を持っていることが明らかとなっ た。 .
第7章においては、機関投資家の流動性への重視にくわえて、ポートフォリオ構 成への配慮について考察した。これはまず、これまでのTOBにおける株主の持株 売却のための唯一の要因であるプレミアムの獲得にっいての検討からはじまった。
そこでは、必ずしもプレミアムの獲得のみが持株売却の意思決定に影響を与える要 因とはいえないことが提起された。次に、機関投資家に特有の考慮要因について考 察した。すなわち、機関投資家はその流動性への要求から、証券の取得の際により 流動性の高さを重視すること、そして、リスク低減の必要性から、ポートフオリオ 全体の構成を配慮することが指摘された。さらに、このような機関投資家の傾向
は、TOBでの持株提供の判断の際に、その支払形態の選好として表れることが提 起された。具体的には、支払いの手段として機関投資家は現金を好むであろうこと が提示された。この実証分析の結果、多くの機関投資家が、株式支払いTOBにお いて対価として受け取った買付会社株式をTOB後に市場で流動化すること、ま た、提供する時点で受け取りの形態を現金か株式かで選択できる場合においては現 金を選択していることが明らかとなった。これは、保有する証券の流動性を重視す る、あるいはポートフォリオ全体の分散の最適化を目指すという機関投資家の姿勢 が、TOBでの持株売却の判断においても表れていることを示唆している。以上よ り、TOBへの売却判断において、機関投資家は単にプレミアムの獲得だけでな く、流動性やポートフォリオ構成の側面をも考慮に入れていることが確認された。
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第8章においては、機関投資家の投資先企業との関係への配慮にっいて考察し た。すなわち、TOBにおける持株の売却は、それが成功した場合には結果的に現 職経営陣の交代をもたらす。したがって、TOBに応じて買付者に持株を提供する ことは、現職の経営陣の方針に対する反対あるいは不信任の意思表明を行うことと 同じ効果をもっ。機関投資家が投資先企業の経営陣との関係を良好に保とうとして いれば、TOBでの持株提供を控えることとなる。とくに、投資先企業と事業上の 関係をもっ機関投資家の場合、この可能性は強い。このように、第8章の考察は、
TOBでの売却における、利益相反のある機関投資家に特有な抑制要因の影響の有 無を確認するものであった。この考察には、経営者に対する意思表明の点で共通す
る株主総会における経営陣への反対を意味する投票行動(プロクシー・コンテスト での反対株主へ同調した賛成投票と、経営陣の提案に対する反対投票)の結果との 比較が用いられた。その結果、株主総会での反対の意思表明においては、経営者の 選任に関わらない議案では機関投資家は積極的に反対を表明していたが、選任に関 わる議案では反対の意思表明を抑制していた。したがって、株主総会においては、
機関投資家は投資先企業の現職経営陣との関係を重視し、弱腰の姿勢を示している ことが確認された。これに対し、TOBにおける持株売却は、利益相反のある機関 投資家もやや程度を落としながらも積極的に行っていた。したがって、TOBでの 持株売却においては、機関投資家は現職経営陣との関係を重視せず、強気の姿勢を 示していることが明らかとなった。この差は、機関投資家がTOBにおける持株提 供という行為を、現職経営陣への反対の意思表明ではなく、あくまでプレミアム獲 得による短期利益追求の手段としてみなしていることを示唆している。すなわち、
投資先企業との関係の重視を検証した第8章の考察は、結果的に機関投資家の短期 利益志向の強さを確認することとなった。
第2節 第2部の結果の示唆
以上から明らかなように、機関投資家は短期的な視野をもち、さらに、流動性を 重視する傾向を持っている。これは、第1部において導き出された仮説を支持する ための条件が現実妥当性をもっことを意味する。すなわち、まず短期的な視野にっ いては、第3章で指摘したように、買付者はTOBが成功してから経営が改善しそ の成果が表れるまでに一定期間が必要であることを想定している。しかし、機関投 資家は通常TOBのターゲットとなることを想定してその企業に投資してはいな い。しかも、実際に企業の株式を保有している多くの機関投資家は、株式資産の保 有者と実際の運用者との分離構造のもとで、四半期という短期の運用成績をチェッ