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本章では、政治的・経済的な側面を含む国際教育協力の動向と数学教育を結ぶ思想とし て, Mathematics for Allを取り上げるo この用語は, 1984年ICME第5回大会での課題部 会の名称に由来する。ここで論じられたのは、ジェンダー,開発途上国,先進国の少数民 族などこれまでの数学教育の死角部分である。この精神を引き継ぎっっ,民族数学研究も 含めてその範囲を拡張し、 Mathematics for Allと呼ぶoなぜなら,前章で取り扱ったEFA の思想を数学教育的に展開する際に、その思想は同じ方向性をもちながら,特化した形で 論じているゆえに,両者のつながりは必然と考えるからである。

第一節ICMEにおける議論の系譜

Mathematics for Allは、 1984年数学教育国際会議(International Congress on Mathematical E血cation:以下ICME)の第5回大会で開催された課題部会の名称で、同名の報告書が UNESCOより出版されている。奇しくも同年にUNESCOの中期計画にてEFAという表現

がはじめて使われるが,これは単なる偶然ではないだろうo つまりこの当時における国際 的な数学教育を取り囲む時代の空気が、このような形で結実していったと見るほうが、自 然である。

ここではまずICMEについて歴史的経緯、課題部会Mathematics for Allでの議論、その 発展形Mathematics, Education and Societyを概観することで,数学教育研究コミュニティに

おけるMathematicsforAllの必然性と目指すところを見ていきたいo

2‑1‑1 ICMEの組織

ICMEは、数学教育国際委員会(International Comission on Mathematics Instruction:以下 ICMI)によって主催される数学教育を議論する、世界最大の国際的な研究集会であるo こ の委員会は,親組織である国際数学者協会(International Mathematical Union:以下IMU)の第 四回大会(1908)にて組織された。初代会長は世界的な数学者Kleinで,その創設は欧米で起 こっていた数学教育改造運動と密接に関わっているICMIの会員は、個人や団体ではなく 国であり, IMUの会員である国は、自動的にICMIの会員となる。それ以外の国において 必要と判断された場合は団体もしくは大学が代表して会員となる場合もある。現時点で72 カ国の会員が存在している他tto://elib.zib.de/IMU/ICM!)o

かつてICMEは,IMUの分科会として位置づけられていたが,数学教育の専門化が進み,

参加者の増加に伴い(第九回大会の参加者は2074名)、 1969年より独立して開催されてい る.総会はIMUで選出される実行委員会(Executive Committee)と各国の代表とで構成され、

4年に一度のICMEに合わせて開催される1969年以降、単独で開催されたICMEの開催 地と開催年を下表に示す。

表2‑1 ICMEの開催年と開催地

開催年 開催地

第一回 1969 リヨン (フランス)

第二回 1972 エ グゼター (英国)

第三回 1976 カールスルーエ ( ドイツ)

第四回 1980 バー クレー (米国)

第五回 1984 アデ レー ド (オース トラ リア) 第六回 1988 ブタペ ス ト (ハンガ リー)

第七回 1992 ケベ ック (カナダ)

第八回 1996 セ ビリア (スペイ ン)

第九回 2000 幕張 (日本)

また1970年代以降、研究グループが永久的に形成されており,同じ課題意識を持つ研究 者がより頻繁に集まり、特定の関心、研究分野において専門的な意見交換を可能にしてい る。なおこれらの研究グループは、 2003年5月時点で次の4つである。第一括弧内は英文 名称と略記,第二括弧内は設立年を表す。

数学の歴史と教授学(HPM: History and Pedagogy of Mathematics) (1976)

数学教育国際心理学会(PME: The International Group for the Psychology of Mathematics

Education ) (1976)

女性と数学教育の国際組織(IOWME: The International Organization of Women and

Mathematics Education ) (1987)

国家数学競技会国際連盟(WFNMC: The World Federation of National Mathematics

Comp¢山ions ) (1994)

これらの研究グループは、ICMIによって経済面や運営面を管理されることなく独立して 働いているが, ICMIの総会で報告する義務を負っている。このようなっながりを保ってい

ることで、さらに多くの研究者‑情報を広く発信することに寄与している。

また一方, 1980年代半ばよりICMIは, ICMI Studiesと呼ばれる研究シリーズの刊行を 通して、現行の数学教育理論と実践における課題の掘り起こしに寄与してきたo これらの 刊行物は、分析的または行動志向的な特徴を有している。各巻は,特定の課題について国 際研究集会を行い、国際的、国家,地域、機関レベルでの議論を促進することを目的とし ている。すでに11巻が出版されて,近々2巻の出版が予定されている。

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1.数学とその教授におけるコンピューターと情報学の影響

1985年3月フランスのStrasbourgにて研究集会が開催され, 1986年Cambridge University Pressより出版された R.F. Churchhouseetalによる編であるo第二版はUNESCOによっ て出版された。

2. 1990年代の数学教育

1986年、クエトトで開催された非公開の国際セミナーにて編者が集まり、準備されたo 3.補助教科としての数学

1987年4月にイタリアのUdineにて研究集会が開かれ、 1988年Cambridge University Press より出版された Geo丘rey Howson, Jean‑Pierre Kahane, Elisabeth Turckheimが編者であ る。

4.数学と認知

特に研究集会は開催されなかったo数学教育国際心理学会(The International Group for the Psychology of Mathematics Education)の責任で、 Cambiridge University Pressにより1990年

出版された。編者はPearlaNesherとJeremy Kilpatrickであるo

5.数学の大衆化

研究集会は英国Leedsにて1989年9月に開催され, 1990年Cambridge University Press より出版された。編者はGeo血ey HowsonとJean‑Pierre Kahaneであるo

6.数学教育における評価 7.ジェンダーと数学教育

8.数学教育における研究とは何を指し、その研究成果とは何か 9. 21世紀に向けての幾何教授に関する視座

10.数学の教授・学習における数学史の役割 ll.大学レベルにおける数学の教授・学習 現時点でさらに次の二巻が予定されている。

12.代数の教授学習の未来

13.異なる伝統における数学教育:アジアと西洋諸国における比較研究

このシリーズの課題には,幾何、‑代数、コンピューターという数学教育の教授内容に関 連するものもあるが,成人教育やジェンダーのように社会問題を扱うものも含まれているo また現在予定されているうちの1つは, 1990年代未以来,注目を浴びているアジア諸国 (Ma,1999; Stevenson&Stigler,1992; Stigler&Hiebert,1999)の教育との比較において,西洋諸国

の教育を論じる予定である。

2‑1‑2 ICMEでのMathematics for Allの議論の展開 第一回大会から第四回大会までの開発途上国の扱い

第一回大会(1969)

36カ国614名が参加した。当時国際協力ということで話されていたようであるが、実際 のところ日本が国際的な社会に入るために必死に努力しようとしていた様子が何える(柴 垣,1970,pp.22‑28)0

第三回大会(1976)

「開発途上国における数学教育:平均的生徒の要請」という名称にて、開発途上国をタ ーゲットとした研究部会が開かれたo その議長は英国のB.J.Wilsonであった。

《中等教育は元来学力によって厳しく選抜された少数の子どもたちのためにデザイン されたものである0日・一定のペースで教えられる統一的な内容は、全ての人にとっ ての共通試験八達なる。それはもはやそのような学生の大半の事情には適していな い。》 (p.311)

当時の認識によれば,中学‑の進学者が増えその修了試験の成旗が落ちているo その責 任はニューマスマテイクスに求められることが多く,教師教育がその解決策として注目さ れ,教師をカリキュラム開発に巻き込む重要性が指摘されたoつまり,カリキュラム開発

と教師数育とを組み合わせて考える、この統合的アプローチは、教師の側からみても力量 形成に役立っことが分かったo また試験が相変わらず学校教育に大きな影響を与えること も指摘されたo以上これらの問題や解決法を共有することが,ワーキング・グループの目 的であった。

第四回大会(1980)

ICME第四回大会は、普遍的な基礎教育、数学とその応用の関係、数学と言語の関係、

女性と数学の関係、伝統的な数学教育の枠組みに適さないニーズや状況を持つ特別な生徒 集団‑の数学教授の問題などに関して,研究の成果を提示した。それが第5回における課 題部会「万人のための数学」を開催するきっかけとなった。

ICME第五回大会: Mathematics forAllの議論とその思想

第五回大会では,はじめて欧米以外の国でICMEが開催され,オーストラリア、アデレ ードに69カ国から2000名以上が集まった。課題部会は7つ設定されて,それらは次のよ

うな課題について論じた。

1. 「万人のための数学」

2. 「教師の職業生活」

3. 「テクノロジーの役割」

4. 「数学教育における理論,研究と実践」

5. 「カリキュラム開発」

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6. 「応用とモデル化」

7. 「問題解決」

万人のための数学(Mathematics for All :以下MFA)という課題部会では22の発表がなさ れたoその成果は、 UNESCOによる科学と技術教育報告書シリーズの一環としてとして出 版された(Damerowet al., 1985)cこの部会は、副題を「文化的選択性の問題と数学教育の不 平等な分布と大多数の人のための数学教育に関する将来の視座」 *1としている。文化的選 択性は、多くの開発途上国の人々、先進国の少数民族,両者における女性たちが,現在の カリキュラムでは不当に扱われていることを示している*2。数学教育の不平等な分布は、

先進国と開発途上国の間の不平等、また国内における少数民族とその他の人々の間の不平 等などを問題としてあげている。その報告書は, 「般的視座,先進国における問題と開発, 開発途上国における問題と開発の三部に分かれている。

1960年代から1970年代にかけてカリキュラム開発が世界的に盛んに実施されたにもか かわらず,数学教育の現代化に関しては様々な問題点が指摘され,一般的に失敗というこ とでくくられた。その原因は、余りにも科学的な論理性、厳密性を求めたがために、教育 の実態とかけ離れたこと,と言われる。そのような状況から脱出して新たな一歩を踏み出 そうとしていたのが、 1980年ICME第四回大会で、そこで得られた成果を元に第五回では 次のような疑問からはじめられた。

《数学から得られるものは、学校制度や学習者の個人的な性向、置かれている社会的 状況によらず、すべての文化で同様に得ることができるという、暗黙の仮定は、無効 であることが判明した。新しく、緊要な問題が提起された。おそらくそれらのうちで, 最も重要なのは次のものである:

一大多数の要請に応えるのは、どのような数学教育カリキュラムであろうか。

一特定の学習者集団にとって,どのような修正がなされたカリキュラム、または代替 カリキュラムが求められるだろうか。

‑これらのカリキュラムは、どのように構造化されるだろうか。

‑これらのカリキュラムはどのように実施されるだろうか。》 (Dam¢row et al.,

1985,p.3)

ここであえて「大多数の要請にこたえるのは」と表現を用いているのは,数学教育カリ キュラムがそのようになっていないという,当時の状況認識の表出でもある。したがって カリキュラムの幅やレベルを再点検し、副題さらに第二の質問にも見られるように、文化 的な問題や数学教育における不平等を考察することが,ここでの重要なテーマである。

第一部の一般的視座として取り上げられているものの内幾つかを見たいoまずCockcro氏 報告書(Ahmed,pp.3 1‑35)や第二回国際数学教育到達度調査(SIMS) (Russel, pp.26‑30)に見ら