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第三章  Mathematics for Allの思想に

第二節  動詞型カリキュラムの構成原理

4‑2‑1活動と動詞の関係 動詞の持つ特徴

さて前節では、文化的アプローチに対する批判の考察から始まって,民族数学に構造 的な強さをもたらすことを目指して、動詞型カリキュラムを提案した。このアプローチも、

他の文化的アプローチと同様、子どもの文化環境にある数学的な活動に注目する。そして、

反省を通して,活動が深まっていく様子を動詞によって記述することを目的としている。

従来のカリキュラムを動詞に注目して再構成するという意味で、調節的アプローチに属す ると言える。

本節ではこの動詞型カリキュラムの原理となるものを考えていきたいo ここではまず動

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詞の一般的な性質を振り返り,その上で原理に対する考察に取り掛かる。

表 4 ‑ 2 基 本 語 嚢 と名 詞 、 動 詞 の 割 合 出 典 ‥国 立 国 語 研 究 所 (1 9 8 4 )

語 乗 数 名 詞 ■ 動 詞

1 0 0 4 4 . 5 2 7

2 0 0 4 9 . 8 2 3 . 5

3 0 0 4 8 . 5 2 0 . 5

4 0 0 5 1 . 4 . 4

5 0 0 5 2 1 8 . 5

6 0 0 5 2 . 9 1 8 . 4

7 0 0 5 2 . 4 1 8 . 8

8 0 0 5 3 . 8 . 4

9 0 0 5 4 . 2 1 8 . 3

1 0 0 0 5 4 . 5 1 8 . 2

1 1 0 0 5 5 . 3 1 8 . 2

1 2 0 0 5 5 . 5 . 7

まず「基本語嚢における名詞と動詞の割合」研究に注目する。第一に表4‑2より分かる のは、日本語の品詞区分においては語乗数が増えるごとに、名詞の割合が増加していく。

このことは言い換えると, 1つの動詞は多くの名詞を対象,手段,場所等として取ること ができることを示唆している。もちろん名詞の側から見ても、一定数の動詞に対応するで あろうが、対象の幅を考慮すれば、動詞の汎用性は明らかであろう。例えば「数える」と いう算数・数学教育において代表的な動詞を取ってきても、対象としての牛や紙等いろい ろなものを取り上げることができる。牛を数えるときの動作は紙を数えるときの動作とか なり様相を異にしているが、そこでは両者の間に同じ性質を見出すことで、活動「数える」

を抽象している。

o   o   o   o   o

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O

 

I

O

*

C

O

 

C

M

K 7

義盛 ■■川.川̀■■…'''=▲ 一山̀▲▲ 」 」 …" 川 】 ….  ==■】

KS:モastsモ モぢSliS?

ぜ♂ぜ♂♂♂ぜ♂♂ぜぜぜ

語真数

図4‑5 基本語嚢と名詞、動詞の割合

一名詞

♯動詞

第二番目に動詞の数が名詞に比較して少ないのは、その表現内容である活動が,状態を 表す幾つかのものを除き、瞬時的なものでその痕跡をとどめないという性質にあると考え られる。例えば「たたく」という活動は目を通して,音を媒介に耳を通して、知覚するこ とができる。ところがその動作は、ごく暫くの間軌跡が残像するかもしれないが、次の瞬 間には存在を確かめることができなくなっている。

第三番目の特性を考察する。ドアをたたく場合と、肩をたたく場合ではそのたたき方が 著しく異なり、これらの活動に用いられる手の部位も異なるだろう。またその活動の意図 に関しても、活動「たたく」においてドアの場合は部屋の中にいる人の注意を引こうとす るのに対し、肩の場合は疲れをとるため,もしくは特殊な状況下では左遷を意味している。

両者の隔たりは顕著である。

ところがこの2つの活動は対象とする名詞によって区別されていて、ドアをたたくよう に肩をたたく心配はないし,その逆も通常あり得ない。このように対象によって峻別され る活動はその対象において柔軟性を持っがゆえに、新しい対象が出現したとしても従来の 活動との関連の中で,言語的なレベルでの表現が可能である。例えばコンピューター関連 の機器が近年急速に生活に普及し、キーボード、マウス、イメージスキャナー等新しい名 詞が次々に誕生したo一方それらに対応する活動は、対象が異なるという意味で従来と完 全に同じ動作をしているわけではない。ところがある種の類似性を見ているからこそ、一 部の外来語を除き,既存の動詞を割り振ることができるのである。

以上取り上げた動詞の特性「動詞の数は相対的に少ない」、 「動詞の表現内容である活動 の瞬時性」、 「動詞の目的語に対する柔軟性」に関して考察する。一番目の特性は最後の特 性によって支えられており,活動が瞬時であるために細部に拘泥するのではなく、大きく 捉える必要があるという意味で,二番目の特性も三番目のものと関連していると思われる。

そこで最後の特性を特に意識しながら、それら三つの特性を総合的に動詞の「柔軟性」、と 名付けると,この柔軟性の概念は動詞が他の語との結びつく度合い、多様性を表現してい る、と言える。因みに、ここで述べた多様な見かけをもつ活動が1つの動詞で表されると いうことは、民族数学の特徴である多様性と普遍性と対応している。

活動と動詞の関係

さてこの動詞の柔軟性を数学教育の場合について見ていきたい Bishop(1991)のいう普 遍的活動の一つ「数える」を例にとると、数え方が異なったり、表記法が異なったりする 文化があるかもしれないが、その活動を持たない文化は存在しない。 「数える」活動と言え ば、非常に明白であると思えるかもしれない。しかし例えば、心の中で数えている場合、

外見上は分からないし、またチーム分けの時に、単純に番号を割振っているときには、似 たような動作が行われるのだが,人数を数えているのではないだろう。また木,家畜、家

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具、食器、作物など、対象によって数える動作が少し変わってくるだろう。しかしそれで もこれらの量を把握するという意味では,余り変わりはない。もちろん個体数が増えて, 海辺に集った人々、神社‑参拝する人々など多数の対象、また細胞や分子などの非常に小

さなものの個数などは、数え方の基本的変更が必要となり,統計的に数えるという手法を 用いずにいられない。その意味では単純に表面的な動作が類似しているというよりも、む

しろその活動の意図するところが重要なことが分かる。ここでいう「数える」活動の場合 では, 「測定する」活動と対になって,環境における対象物の量を把握しようという目的を 持っている。

ここでは次の2つのことに注意する必要があるだろうo一つは対象がどのように増えて いくのかである。簡単に具体例をあげて説明すれば、次のようになる0

動詞の対象の増えかたに関しては,次のような事例を挙げることができる。つまり対象 を修飾する形容詞もしくは形容詞句をつけて,活動の対象が増えていく。

その多様性 形容詞を付けていくことで対象が増える

Circumscribed circle lnscribed circle Escribed circle

形容詞句を付けていくことで対象が増える

Property of angle

Prope吋of circle

次に、 「数える」活動が変化もしくは深化して行った場合、それをどのようにとらえ動 詞として表現するのか。大きく「測定する」とくくられる活動も、少し細かく見ていくと, 若干異なる点が見えてくる。各文化内の対象物に対して活動「数える」が存在し、その中で 種々の活動が分節されていく。他方分節化の過程においては、活動を反省的に見るような、

活動を制御している活動も存在しているだろう。そこでは種々の活動間の構造を考察する 可能性が示唆されている。例えば, 「測定する」活動を取り上げるとき, 「比べる」、 「測定 する」、 「比較する」、 「概測する」などの関連する動詞が考えられる。したがって同じ活動

であってもその深化の度合いによって、動詞によって呼び分けることが可能となる。

4‑2‑2 動詞型カリキュラム構成原理1 :活動の持っ文脈性 民族数学における環境‑の働きかけ

動詞型カリキュラムでは、活動に力点が置かれているので、活動が単に導入のみに使わ れるのではなく、教育の内実を形成しなければならない。そのために活動が実際に生起す る状況も子供たちの学習活動にとって重要な役割を果たす。その意味で活動は、子どもた ちの身近に見られるものでなければならない。

ところが子どものおかれている環境は国や地域によって随分と様相が異なる。農業が主 体の地域、商業や工業が主体の地域、または放牧を生業としている地域もあるだろう。そ れぞれの地域は時間をかけて世代を超えて営まれてきた生活上の知恵や習慣が蓄積されて おり、これらの総体を文化と呼べば、ここで取り上げる民族数学は文化の中に展開する数 学と言える。民族数学はこのような文化内に見られる普遍的活動を通して環境に働きかけ ている。

6つの普遍的な活動

こののように文化環境と密接なっながりのある民族数学は、それぞれが置かれている環 境に合わせて営まれてきた結果、現在のようにn様々な形態の活動を展開してきた。とこ ろがその表面上の違いにもかかわらず、それらに通底する特徴があることが指摘された (Bishop,1991)cそれらは、六つの普遍的活動(counting, Measuring, Locating, Designing, Explaining, Playing)と呼ばれている。ここでの普遍性は文化的豊かさを否定するもの ではなく、豊かさを認めた上で背後にある共通部分を指している。

Coleによる文脈の考察

本研究ではこのような普遍性に貫かれた豊かさを特徴とする民族数学に注目している。

この豊かさを学習の営みの中で用いるために、ここでは文脈という概念に注目する。文 化心理学者Coleは従来の文脈観では、その中に位置する主体は環境から影響を受けるの みで,一方向的であったことを指摘しているoこの従来の見方に立てば,人は単に一方向 的に環境から影響受ける受動的な存在でしかなくなるため、その教育的な意味は非常に限 定的となってしまう。このような一方向的な文脈観に対して、デューイのシチュエーショ ンにも言及した上で、 Coleはこの限定を乗り越えていく文脈解釈を求めている。シチュエ ーションと、ここで言う文脈は、次の二点でほぼ同じものを指している。まず一連の流れ 中で切り離された場面としてではなく主体と環境がまとまりをもっていること,また双方 向的に影響しあうことという意味である。

《非常に多くの文化人類学者、社会学者、文化研究者たちが、現在、人間の思考につ いて論じるのに実践の考えを持ち出す。それらに違いがあるにせよ、全ての説明で中 心となっているのは,取り囲むものとしての文脈の概念と、共に織り込むものとして の文脈の概念を組み合わせたものに近いものをつくりだそうという試みである。》

(p.191)

ここで、取り囲むものとしての文脈の概念は従来の考え方で、それに加えて共に織り込 むものとしての文脈観が求められている。このような文脈観は、元をただせばVygotsky とその後継者の考えに大きな示唆を得ている。彼らロシアの文化心理学者たちは、個人と 人工物による議論とそれに並んで生じる環境との構造的な関係を,基礎的媒介三角形を用

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