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亡 ) 表書

第二節  動詞型カリキュラムの活動過程の記号論的分析

6‑2‑1活動における記号化の役割

本章第一節では,動詞型カリキュラムの原理に基づき、具体的なカリキュラム構成を図 った。これは民族数学を数学教育の中に導入することで,従来のカリキュラムを再構成し たものである*2。しかし学習指導要領に規定される内容は最小限で、再構成の結果得られ た動詞の配列も、活動の骨格を与えるのみであるo例えば、 Primary activi軌Identifying、

Expanding、 Estimatingなど,測定活動の中に現れる動詞は,活動のつながりや深まりを 十分に表しているとはいえない。そこで本節では、すでに論じた記号の連鎖(Presmeg,

1998)という考えを応用し、動詞の表す活動レベルで,一つの動詞から次の動詞‑移行す ることの意味を考えること,それを通して、より大きくは初期活動の場を提供する民族数 学と、普遍性を持った数学とを関係付けていくことという二つの目的を持って考察を行っ ていく。

図6・7 文化的活動

まず言語と数学的活動の関係についてみたいo コミュニケーションや、思考の手段とし ての言語は数学的な活動の動力源であり,数学的な活動はその過程並びにプロダクトを通 して更なる影響を言語の中に及ぼすことになる。これら相互の影響は個人の中で起こるこ ともあるが、個人間でまたは世代間で生起し、長年に渡り文化の中にその軌跡を彫り刻ん できた。言語に加えて、文化環境の内には,例えば数を記録するのに用いる粘土板やパピ ルスなどのように物理的なものを含めて,対象に働きかける手段があり、それらを文化的 道具と呼ぶ。

この文化的手段によって働きかける対象には,具体物も抽象物もある。それに向かって

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働きかけるというのが、活動であり、具体、抽象を問わず、対象に向けて試行錯誤の活動 を繰り返しす。活動にある規則性が見られるようになってくると、その成果が何らかの形 で表象されるようになり、文化の中に組み込まれていく。この両者,表象されるもの(記号 内容)と表象するもの(記号表fR)をあわせて,記号というoこのような活動の成果である記 号は、次段階の活動において、対象となって働きかけられる場合もあるし、道具として他 の対象に働きかける手段となる場合もある(図6‑7X

数学は記号の体系と呼ばれるように、 6つの普遍的活動‑数える,測る,位置づける, デザインする、遊ぶ、説明する‑の成果が,年月をかけて徐々に現在の姿に形成されてき

たのだろう。その過程で形成された記号は,そうすることで文化内に形を留めてきたであ ろう。この形を留めるのが、記号化の第一の役割である。もちろん歴史の中ですでに消え 去ってしまった記号も多く存在するに違いないが,粘土板(図6‑8)のように、何千年も前の 記号が、文書や遣物の形で見ることができ、当時の活動の様子を推し量ることができる。

図6‑8 バビロニア粘土板

次に、形を留める役割の記号において、一度記号化されると、その記号に対してさらな る働きかけ、そして記号化が試みられる。その意味では,この記号化の過程は終わること なく継続して連なっていくものである。たとえば,数える活動を通して生み出された数概 念は、 「1」や「3」などと表されるが、そのことによって1+3‑4や1<3などと、数概念 の関係を表すことができるようになるoすなわち記号化の第二の役割は対象として、働き かけることを可能にすることができるということである。

このように見てくると,働きかけられる対象であったり,他‑働きかける道具であった りするとしても、記号それ自身は一度できてしまえば固定するものと思えるかもしれない。

ところが現在の私たちが馴染んでいる数字でさえ,その歴史を遡れば現在の形にたどり着 く前に様々な形を経てきた(図6・9)0

このように形成的視点から捉えるならば、インド、バビロニア,エジプト、アラブ諸国 を始めとする非西洋地域における数学史は、もっと躍動的で多様な様相を見せるだろう。

もちろん西洋近代に急速に展開してきた「西洋数学」において、多くの人がその形成‑参 加してきたし、またそのことによって西洋数学には文化差を越えたある種の普遍性が見出 される。しかしこの数学が普遍的であることの例証としてよく挙げられる「1+1=2」でさ えも,読みや語順を問題にすれば、分数や小数の選好性を取り上げるならば、普遍性の中 身を問わなければならない。後者では、単位分数を基盤としてきた文化圏と十進小数を基 盤としてきた文化圏のように、文化によるものの見方に違いが見られる。

したがって、民族数学に基づく数学教育を構想する際に,文化的活動の中から出てくる 記号の多様性を意識する必要がある。そうすることが数学教育における西洋数学の独占状 態を批判的に見て、また数学を文化的、形成的観点から見直す契機を与えてくれる。もち

ろん普遍性を有する西洋数学も、文脈性を特徴とする民族数学も、両極端の特徴を有して いるように見えて、一方で先ほどのべた6つの普遍的活動(Bishop,1991)でつながっているo

したがって数学教育の中に民族数学を持ち込むことは、文脈性を基点としながらもそれを 固定的に捉えるのではなく、むしろ活動の中で西洋数学八達結していく数学性を浮かび上 がらせ,記号を積極的に創造していくことが求められているo このような数学観は、第一 章に述べた形成的な見方に基づくものである。

6‑2‑2 記号の連鎖

記号論的な立場から見れば、活動の成果が記号化されることは、その文化内に留まるこ とと同時に、活動の対象として働きかけられることを、意味していた。そうすることで次 段階の記号化の可能性が開け、その繰り返しによって、この過程を限りなく続けることが 可能となる。数学活動を記号論的に捉えることで、活動の展開が記号の連なりによってあ

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らわされる。見方を変えれば、この連なりは活動の変容を記号の視点から表現しており、

それが本節の冒頭で出した問題「動詞の表す活動レベルで、一つの動詞から次の動詞‑移 行することの意味を考える」に,答えてくれるo

さらに歴史を紐解けば、様々な文化の中で多くの記号が生み出されてきたが、現実の 教育では,その部分が非常に限定的になってしまっている。その現状を,人間は本来記号 主導的にもかかわらず,現在の数学教育が記号反射的レベルに陥っている,と Wilder(1980)は批判的に表現している。このことは、すでにある便利な記号を天下り的に

与え,その反復練習に重点がある教育を批判しているが、本研究においてはその処方とし て、初期的活動からはじめて活動の展開に注目すること,その過程で生み出される多様な 記号を重視することが求められている。

Presmegによる記号の連鎖

活動の中で生み出された記号を、記号論では,記号表現、記号内容という用語を用いて根 底から問い直した。人間の活動は無意識の内に両者を結びつけており,これまで行ってき た活動を振り返り反省的に見ることは,混然としていた両者を一旦は区別した上で、再び 結びつけることを示している。

既述のように記号論の先駆者の一人であるSaussureは記号を、記号内容/記号表現と表し、

Lacanはそれを転倒させるということによって、元より存在していた記号内容よりも、活動 の結果それに対応させた記号表現のほうに、より重きをおくことを提起した (whitson, 1998) この考えはWilderの記号創造性とも呼応し、活動の中で記号を作り出 していくことの重要性を指摘している。

ギア比 と段 階 の グラ フ : 双 曲線

■ギア比 、 ス ピー ド、 段 階

3 段 ギア と 6 段 ギ アのモデ ル (計 18 段 階) G T 跳 ね返 りモ デル 自転 車

記号表現1 記号表現2  記号表現3 記号内容1  記号内容2  記号内容3

図6‑10マウンテンバイクにおける記号表現の連鎖(Presmeg,1997)

presmeg(1998)は,この記号論を民族数学の授業に応用している。地面に張り付いた民族 数学は、学校数学‑応用されることでその潜在する数学性を、反省的に見ることが求めら

れるo この事例は,単に民族数学を導入課題に終わらせることなく、民族数学と記号論的 分析によって授業の実質を形作っている。そのめざすところは、

《子どもたちの所有者意識(ownership)を保持しつつ,数学の構成を可能にする構造的 同型を通じて学問的議論の可能性を開くため》 (Presmeg, 1998)

である。そして具体例として、子どもにとって身近な題材であるマウンテンバイクを取り 上げて,記号の連鎖によってその中に見られる数学性を浮かび上がらせた(図6‑10)

6‑2‑3 動詞型カリキュラムにおける普遍的活動Measuringの記号論的分析 さてこの記号の連鎖を第一節で開発した動詞型カリキュラムに適用する Presmegの事 例では、民族数学の中にある、数学的な構造が同定されている。ここでは活動の展開を記 号の連鎖であらわすことが目的である。まず、測定領域の動詞を題材として考察する。

表6・7 測定活動の展開 ケニア (1) 測定前活動 C om parison ,U se

(2) 基本的測定活動 M easurin g,D evelop in g,E stablish in g

(3) 概測活動 E stim ating,O p eratin g

(4) 関係付 ける C onv ertin g、 R elatin g

(5) 統合的活動 Solvin g

表6・7で測定活動は5段階に分けられている。さてこの活動の展開を具体例に当てはめて考 えたい。ここでは、ケニアの市場で見かける空き缶を使った豆を「測定する」活動を取り 上げる(図6‑ll)c現在この空き缶は,測定の標準単位として用している。現在に至るまでに、

手や任意の容器という段階を経てきた。それは環境からの要請で、より簡便なものを求め てきた結果といえる。手や任意の容器では豆をすくう機能が強かったであろうが、手で何 杯、容器で何杯ということを考えるにあたり、単位で測定するという活動‑の萌芽が見ら れたのであろうoそれが後に,より精密で簡便な空き缶の利用に繋がったと考えられるo

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