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第 4 章 分析結果

4.4 L2 能力の高い教職経験者グループ…

4.4.4 L2 能力の高い教職経験者 J

ここでは、L2能力の高い教職経験者グループの中で、最もL2プロダクトの評価が高かっ たJの事例を見ていく。JのCELT得点は、文法部門72点、語彙部門76点の合計148点で、

グループ内ではL2能力は最も低かった。

L1 ライティングについては、小学校で学習した程度で、それ以降、指導を受けたことは ほとんど無いと認識している。きちんと勉強したことが無いので構成が難しいと感じる。

L1でもL2ライティングのように論理展開してよいのかも教えられていない。大学院のレポ ートは、アカデミックに書くことを求められているが、決まった型は無いのだろうかと思 いながら書いている。苦手意識がある。

L2 ライティングは、高校では文単位の英訳指導を受け、エッセイ・ライティングなどは 無かった。就職後、英語検定を受検していく中で、L2ライティングには定型パターンがあ

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ることを、書籍などにより自分で勉強して知った。即ち、主張・支持・支持・結論の段落 構成や、First, Second, といったよく用いられる表現について独学した。L2ライティングの 機会は、年数回のメールのやり取りくらいだが、近いうちに大学院でレポートを書く予定 である。L2ライティングには自信が無く、不安感もある。言語に関わり無く、ライティン グは、フィードバックがあれば楽しいが、フィードバックが得られないと、動機を下げる 一因となってしまうと感じている。英語学習についての動機づけアンケートの点数は79点 で、平均的であった。

L1プロダクトの評価は154点で、どのグループの平均点よりも高く、全参加者の中でも 2番目に高い評価を受けた。L2 プロダクトは165点で、グループ内で最も高かった。内容

(60)50点、構成(40)33点、 語彙(40)34点、言語使用(50)39点、句読点や綴りな どの機械的技能(10)9 点であり、機械的技能は「とても良いから優れている」、残りの全 ての項目は、「良いから普通」の評価を受けた(表5、表28参照)。

ライティングの流暢さは、L1で872字、19.81字/分、L2では282語、5.87語/分であり、

長いプロダクトを産出したが、1 分間当たりの産出字数・語数が少なかったことが、L1 及 びL2ライティングに共通していた(表6、表29参照)。観察した様子でも、よく考えなが ら書いていた印象がある。L1の観察メモには、「内容にかなり力を入れて考えている印象。」、

L2観察メモには、「L1よりはポーズが少なく短い。よく考えながら文を産出し、修正も多 い。内容をとても重視している印象。」とある。ライティングにかけた総時間は、L1 では 45分21秒、L2では51分7秒と、全参加者の中で最も長かった(表7、表30参照)。

次に、実際のライティング方略の使用について見ていく。

書き出し前のライティング・プロセスを見ると、L1では「課題の確認」2回、「テーマの 計画」、「ポーズ」、「メタコメント」、「アイディア創出」、「リハーサル」が各1回見られた。

課題を読んでメモを使って「テーマの計画」を行い、記憶に留めるべく課題を再確認し、

教育にはどういうことが含まれるかを考えようと試み、書き出しの句を「リハーサル」し て、1分20秒で書き始めた。ライティング・プロセスの途中でも何度かメモを使用して「ア イディア創出」した。ライティング直後のインタビューで、計画はいつも立てず、今回初 めて計画を立てて書いたのであるが、結論も考えずに書き出したと述べている。一方、L2 ライティングでは、書き出し前に、メモを使用して、「課題の確認」2回、「メタコメント」

1回、「ポーズ」4回、「テーマの計画」2回、「アイディア創出」2回、「身体活動」1回と、

L1と類似した方略が用いられた。課題を読んで「テーマの計画」と「アイディア創出」を 行い、課題を再確認して、用紙を整え、メモを自分の前に置いて、3分6秒で書き始めた。

書き出し前のメモにはL1のみが使用されたが、途中のメモにはL2も使用された。ライテ ィング直後のインタビューでは、賛成という結論だけ決めて書き出し、途中で理由づけを メモしたと述べている。賛成という具体的な発話は無かったのであるが、書き出し前に、

教職経験から動機づけに成功すれば落第はなくなるというアイディアを創出しているので、

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この時点で賛成の立場を決めたものと思われる。普段からL2ライティングでは、書き始め る前に、途中までであってもイメージスケッチをする。L2ライティングにおいて行ってい る図式化したメモによる計画を、今回のL1ライティングでも使用したことになる。L2 ラ イティングの「計画」の方が、L1ライティングより詳細であった。

表 35 は、J のライティング・プロセス全体におけるライティング方略の使用回数と割合 を示している。L1ライティングの発話プロトコルのセグメント数は263、L2ライティング では203であった。

表35 Jのライティング方略の使用回数と割合

方略 L1ライティング n(%) L2ライティング n(%)

課題の確認 7(2.7) 8(3.9)

計画全体 10(3.8) 16(7.9)

包括的計画 0(0) 0(0)

テーマの計画 1(0.4) 4(2.0)

局所的計画 7(2.7) 10(4.9)

構成計画 2(0.8) 1(0.5)

結論計画 0(0) 1(0.5)

アイディア創出 10(3.8) 9(4.4)

メタコメント 6(2.3) 9(4.4)

ポーズ 29(11.0) 20(9.9)

文章化 76(28.9) 48(23.6)

読み返し 15(5.7) 21(10.3)

評価全体 36(13.7) 26(12.8)

L1/L2能力評価 0(0) 0(0)

局所的評価 36(13.7) 23(11.3)

包括的評価 0(0) 3(1.5)

修正 41(15.6) 33(16.3)

自問 4(1.5) 3(1.5)

質問 0(0) 1(0.5)

リハーサル 27(10.3) 3(1.5)

身体活動 2(0.8) 6(3.0)

その他 0(0) 0(0)

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以下は、L1及びL2ライティングでよく使用された方略である。

L1ライティング L2ライティング 1. 文章化 28.9% 1. 文章化 23.6%

2. 修正 15.6% 2. 修正 16.3%

3. 局所的評価 13.7% 3. 局所的評価 11.3%

4. ポーズ 11.0% 4. 読み返し 10.3%

5. リハーサル 10.3% 5. ポーズ 9.9%

L1、L2ライティング共に、使用されたライティング方略は「文章化」、「修正」、「局所的

評価」が最も多い。「修正」は、L1ライティングでは、構成の変更に伴う語句の修正が1回

(2.4%)、内容に関する修正が11回(26.8%)、表現に関する置き換えや挿入による修正が29 回(70.7%)だったのに対して、L2ライティングでは、内容に関する修正5回(15.2%)、表 現の修正20回(60.6%)に加えて、綴りの訂正4回(12.1%)、文法の訂正4回(12.1%)が行 われた。表層的誤りの訂正がL2ライティングにより多く見られる傾向は、他の参加者と同 様である。「修正」の前には「局所的評価」が行われている場合が多く、L1の「局所的評価」

は、内容に関するもの9回(25.0%)、表現に関するもの27回(75.0%)であり、L2では、内 容に関するもの6回(26.1%)、表現に関するもの13回(56.5%)、綴りに関するもの1回(4.3%)、

文法に関するもの3回(13.0%)と、概して「修正」の割合に呼応している。

L1、L2ライティングにおける違いは、L1ライティングでは「リハーサル」が多いが、L2 ライティングでは「読み返し」が多いことである。インタビューで、L1ライティングでは 語彙がL2よりもあるので、重複使用を避けたり、つながりを考えたりして表現に気を配る と答えているとおり、より効果的な表現を選択するため、語句の使用に慎重になっている。

「読み返し」は、L1ライティングでは、評価目的の読み返し6回(40.0%)、次の内容を考え るための読み返し7回(46.7%)、テクストの確認のための読み返し3回(13.3%)であるが、

L2ライティングでは、評価目的の読み返しが17回(81.0%)と大半を占め、次の内容を考え るためのものが3回(14.3%)、テクストの確認は1回(4.8%)であった。

ライティング・プロセスの途中で行われた「計画」について見てみると、L2 ライティン グの方がL1ライティングよりも計画方略をよく使用している。L1ライティングでは見られ なかった「結論計画」が L2 ライティングでは行われ、「テーマの計画」も書き出しのみで はなく、プロセスの中盤においても、図式化したメモを作成しながら行われている。Jの計 画方略は、独学して身に付けたL2の方略がL1においても使用され、L1ライティングの中 盤で、構成をL2ライティングの場合に即して、1段落目で賛成・反対を述べ、2段落目か ら理由づけを行おうと決めている。また、「局所的計画」は、L2ライティングでより多く使 用されているが、内容に関する計画が1回のみで、残りの9回は、L2の表現やどのように

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書くかについての計画を立てた。L2の語彙が少なく、頭の中の画像に合うL2表現を選べな かったという。一方、L1 ライティングの「局所的計画」は、全てより効果的な表現を使用 することを目的としていた。

「評価」は、「包括的評価」がL2ライティングのみに3回(1.5%)、段落などのまとまりを 書き終える度に見られた。即ち、2段落目を書き終えて読み返した時には、つながりがない と評価し、3段落目を書き終えて読み返した時には、似たような理由づけで無理に2つの段 落を作っているとし、そして最後まで書き終えて読み返した時、「めちゃくちゃ」になった と評価した。しかしながら、これらの否定的な「包括的評価」により「修正」が行われる ことは無かった。「局所的評価」は、L1ライティングの方が36回(13.7 %)で、L2ライティ ングの23回(11.3%)より若干多い。L1の「局所的評価」は表現に関するものが多く、L2 の「局所的評価」には、表現や内容に関するものに加えて、L1では見られなかった綴りや 文法に関する評価が2割近く存在したことは、先に述べたとおりである。アンケートで、「私 はよく、書きながら自分の書いたものを評価する」に対して、「5.強く賛成する」を選択 しており、このことについて、インタビューでは、L1では言葉の重複使用や文末表現など に注意して評価し、L2では、構成や課題に沿っているかどうかを見ると述べている。L2ラ イティングの評価において、より包括的視点が感じられる。

「自問」は、L1ライティングで4回(1.5%)、L2ライティングでは3回(1.5%)で、全 体的に少なかった。L1では、テクスト産出に関するものが3回、評価に関するものが1回 であり、L2ライティングの場合もこれと類似して、テクスト産出に関するものが2回、評 価に関するものが1回であった。

以上、見てきたように、Jのライティングは、言語間で基本的には類似しているが、独学 により学んだL2ライティングの計画や構成法を、指導を受けてこなかったと感じているL1 ライティングにも使用しており、L2 の方が、より詳細な計画を立てている。また、ライテ ィング方略のバリエーションについても、L2ライティングの方が豊かで、L1ライティング では見られなかった、「結論計画」や「包括的評価」、「質問」が行われた。L2 ライティ ングでは評価目的の「読み返し」が多く、「修正」もよく行われた。L2では、L1で見られ なかった、綴りや文法の正確さについての表層的修正が見られた。L1ライティングでは「リ ハーサル」が多く、表現の選択に注意が向けられていた。J のライティング・プロセスは

L1、L2共に再帰的で、「計画」、「文章化」、「推敲」のプロセスを繰り返した。特にL2

ライティングでは何度も計画に戻って確認した。