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第 4 章 分析結果

4.4 L2 能力の高い教職経験者グループ…

4.4.3 L2 能力の高い教職経験者 I

ここでは、L2能力の高い教職経験者グループに属するIのライティング方略使用を見る。

L2能力テストの結果は、文法96点、語彙76点、合計172点であった。アメリカで1年間、

小学生に日本語を教えた経験がある。

L1ライティングについては、高校では、夏休みの日常についての作文課題があり、評価 はされたが、指導は無かった。大学ではL1ライティングの授業は無かった。L2ライティ ングについては、高校では文単位の英訳指導があり、自由英作文は無かった。大学では、

L2ライティングの授業で、5、6行の英訳を行い、その場で添削を受けた。

L1は手紙などを書くことは楽しいが、レポート等のライティングは好まない。L2ライテ ィングについては、生徒のスピーチ原稿などを多く書いてきたので、特に不安は無い。自 由なライティングは楽しいが、和文英訳は逃げ場が無いので嫌だと感じる。英語学習に対

104 する動機づけは87点で、非常に高い。

L1 プロダクトの評価は130点で、グループ内の平均(M=149.33)には届かないが、学 生グループの平均よりは高かった。L2プロダクトは152点で、教職経験者グループの平均 点(159.0点)に近く、内容(60)44点、構成(40)32点、 語彙(40)29点、言語使用(50)

38点、句読点や綴りなどの機械的技能(10)9点と、ほとんどの項目において、「良いから 普通」に相当する評価を受けた(表5、表28参照)。

ライティングの流暢さは、L1ライティングで415字、14.75字/分、L2で103語、9.44語

/分で、プロダクトの長さがL1、L2共にどのグループの平均にも届かない。特に、L2プロ

ダクトは、全参加者の中で2番目に短かった。1分間あたりに産出した字数・語数を見ると、

L2では流暢に書いたが、L1ライティングは流暢ではなかった(表6、表29参照)。これは、

L1ライティングで、実際には書かれなかったアイディア創出が多かったことや、L1ライテ ィング中、思考発話に困難を感じていたことが原因であるかもしれない。しかしながら、

思考内容は極めて明瞭に発話された。ライティング総時間は、L1ライティングで、32分53 秒と2つの学生グループ平均よりも長く、L2ライティング総時間は12分15秒で、全参加 者中、最も短かった(表7、表30参照)。

次に実際のライティング方略の使用について見ていく。

L1 ライティングでは4分45 秒かけて書き出し前に計画した。この段階でのライティン グ方略の使用は、「課題の確認」3回、「ポーズ」10回、「メタコメント」7回、「アイディア 創出」4回、「質問」1回、「テーマの計画」2回、「その他」2回、「自問」2回、「構成計画」

1回と、多様であった。課題を読んで賛成の立場を決め、その理由をメモに箇条書きにしよ うとしてもう一度課題の確認を行い、「教育の成功の要因っていうのはつまり、いい大学に 入るとか、そういうことが、成功の要因と捉えていいんでしょうか、まず。」と質問した。

実験者が「I さんの解釈でお願いします。」と答えると、「うわー。」と困った様子を一瞬見 せたが、即座に教育の成功の定義づけを行い、「テーマの計画」や「アイディア創出」を行 った。「構成計画」は、日本語で書く時には理由を最初に書いて結論を書くことが多いが、

論証文なので、最初に賛成の立場を述べてから理由を書こうと決めている。メモには、箇 条書きの理由と結論を簡潔に書いた。「その他」の内容は、緊張感や思考発話に対して感じ るプレッシャーについてのものだった。

L2ライティングでは、書き出し前に1分20秒かけたが、その間、「メタコメント」5回、

「課題の確認」3回、「ポーズ」2回、「自問」1回が見られた。課題を2回確認して、L1、

L2どちらで考えるか迷い、賛成の立場を決めて、更に課題の確認を行い、「考えはideaで いいのかな。」と自問して書き始めた。立場を決めたのみで、内容や構成の計画は一切行わ れず、L1ライティングと異なり、メモも使用しなかった。

ライティング直後のインタビューでは、L1ライティングでも普段から書き出し前にメモ を使用した計画を立てることはせず、頭の中でアイディア創出して書き始めるが、今回は

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プレッシャーで内容を忘れそうだったので、計画をメモしたと述べている。前半は計画ど おりに書いたが、後半は、計画どおりではなく、「課題の確認」を行った際に、家庭の役割 に意識が向かい、事例を思いついて発想を膨らませたと述べている。L2ライティングは、

賛成で通すこと、それを支持する生徒側のことを書こうと考えたのみで、「いきあたりばっ たり」で書いたとしている。普段はアイディアが多いときにはメモをする。生徒のスピー チコンテストの原稿を書くときには、hook(心をつかむこと)、経験、まとめ、の流れで書 いている。

表33 は、I のライティング方略の使用平均回数とライティング・プロセス全体に占める 割合を示している。セグメント数はL1ライティングで294、L2では119だった。

表33 Iのライティング方略の使用回数と割合

方略 L1ライティングn(%) L2ライティングn(%)

課題の確認 8(2.7) 5(4.2)

計画全体 14(4.8) 5(4.2)

包括的計画 0(0) 0(0)

テーマの計画 4(1.4) 1(0.8)

局所的計画 6(2.0) 3(2.5)

構成計画 2(0.7) 0(0)

結論計画 2(0.7) 1(0.8)

アイディア創出 14(4.8) 1(0.8)

メタコメント 36(12.2) 11(9.2)

ポーズ 45(15.3) 14(11.8)

文章化 40(13.6) 29(24.4)

読み返し 31(10.5) 11(9.2)

評価全体 30(10.2) 16(13.4)

L2能力評価 0(0) 0(0)

局所的評価 27(9.2) 16(13.4)

包括的評価 3(1.0) 0(0)

修正 7(2.4) 7(5.9)

自問 29(9.9) 9(7.6)

質問 2(0.7) 0(0)

リハーサル 28(9.5) 11(9.2)

身体活動 1(0.3) 0(0)

その他 9(3.1) 0(0)

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以下は、L1及びL2ライティングでよく使用された方略である。

L1ライティング L2ライティング

1. ポーズ 15.3% 1. 文章化 24.4 % 2. 文章化 13.6% 2. 局所的評価 13.4%

3. メタコメント 12.2% 3. ポーズ 11.8%

4. 読み返し 10.5% 4. メタコメント 9.2%

5. 自問 9.9% 5. 読み返し 9.2%

リハーサル 9.2%

L1、L2ライティングで共通して多く見られたのは、どの参加者についても見られる「文 章化」の他に、「メタコメント」と「読み返し」がある。

「メタコメント」が多かったのは、「もういっぺん見直します。」など、自らのライティ ング・プロセスをモニターし、活動の移行について明確に発話したからである。「メタコメ ント」の内容を見てみると、L1ライティングでは、賛成・反対の立場についてのコメント1 回(2.8%)、「教育の成功の要因って意味がいまいち」など、課題についてのコメントが3回

(8.3%)、「最初からもいっぺん読み返そう」などのライティング・プロセス自体に関する ものが17回(47.2%)、「いいこと思いついた、と。」、「もう、なんか煮詰まってきちゃった。」

など、ライティング・プロセスの進行をモニターしてその時点での状態について判断した ものが15回(41.7%)であった。これに対して、L2ライティングでは、賛成・反対の立場の コメント1回(9.1%)、課題についてのコメント1回(9.1%)、ライティング・プロセス自体 に関するもの4回(36.4%)、「まず、英語で考えようか日本語で考えようか、ちょっと頭ぐ るぐるしています。」と、その時点の状況についてのコメント1回(9.1%)に加えて、L1ラ イティングと異なり、「because、あまり文頭に持ってきちゃいけないと、文法の時間に確か 習ったような気が。」など、自分のライティングをそれまでに獲得した知識によって振り返 っているもの4回(36.4%)が含まれていた。尚、L2ライティングにおけるライティング・

プロセス自体についてのメタコメント、“Right. Ok. I’ll read again.”は、ほとんどL2で発話 されたHのL2ライティングを除いて、参加者全員のプロセス中、訳以外での数少ないL2の使 用であった。

「読み返し」は、L1ライティングでは、評価のための「読み返し」が17回(54.8%)、次 の内容を考えるための「読み返し」が14回(45.2%)、L2ライティングでは、評価のための

「読み返し」が10回(90.9%)、次に書く内容を考えるための「読み返し」が1回(9.1%)で、

L2ライティングでは評価のための「読み返し」が圧倒的に多かった。

言語間でのライティング方略使用の違いは、「ポーズ」が、L1ライティングで最も多く生 じたことである(45回、15.3%)。「メタコメント」の後で生起したものが13回と最も多く、

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他に「自問」(8回)、「局所的評価」(6回)など、13種類に及ぶ方略使用の後に生じて いる。一方、L2ライティングでは、最も多く使用されたのは「文章化」(29回、24.4%)で あったが、「ポーズ」もライティング・プロセス全体の1割以上を占め(14回、11.8%)、

「文章化」(4回)や「メタコメント」(3回)をはじめとする9種類の方略使用後に生じて いる。L1、L2共に、ライティング・プロセス全般において「ポーズ」が見られるが、L1ラ イティングでは、「理由をちょっとピックアップ、箇条書きで考えます。」などの、ライテ ィング・プロセスに関する「メタコメント」の後に多く「ポーズ」が生じた。L1ライティ ングの方が、ライティング・プロセスのモニターに、より注意を向け、認知資源を使用し た可能性がある。

また、L2ライティングの方が「局所的評価」の割合が多いのも、言語間でのライティン グ方略使用の主な相違の 1 つである。「局所的評価」の内訳は、L1 ライティングでは、27 回のうち、表現に関するもの21回(77.8%)、内容に関するもの4回」(14.8%)、つながり などの一貫性に関するもの2回(7.4%)であるが、一方、L2ライティングでは、16回のう ち、「I agree て書いたら、またさっき書いたので、違う表現がいいでしょ。」など、表現に 関するもの 8 回(50.0%)で、内容や一貫性に関する評価は見られず、代わりに、「ここに はshouldがあった方がいいのかな。万が一 should」などの文法評価7回(43.8%)、単語の 誤りについての評価1回(6.3%)があり、表層的言語事項についての評価も含まれていた。

書いた後、全体を読み返し、表層的な修正を行ったことは、言語間で共通していた。L1 ラ イティングではこの「読み返し」の際に、「なんかもう後の方とずれてる気がするんだけど。」

など、主題からずれているという「包括的評価」を 2 回行っているが、表現以外の修正は しなかった。「包括的評価」は、L1ライティングにおいてプロセス全体で3回行われたが、

L2ライティングでは全くなかった。インタビューで、L1ライティングでは、全体の「読み 返し」の際に、内容の一貫性に最も注意し、ズレがないか、「課題の確認」も何度も行った と述べている。一方、L2 ライティングでは、文法や流れに気をつけて全体を読み返したと しているが、この「読み返し」において、反対の立場を示すべき1文目が、“I agree with this idea, because students are adults.”となっていることには気づかなかった。L2ライティングで は、ほとんどが語句の確認を目的として課題を確認しているが、L1 ライティングのように 課題と書いた内容とのズレに注意して「課題の確認」を行っていれば、1文目の誤りに気づ くことができた可能性がある。

「アイディア創出」についても言語間で違いが見られ、L1ライティングにおいて、より 多かった。ただし、L2ライティングの唯一の「アイディア創出」であった、アメリカ人の 熱心な指導者の例はテクストとして書かれたが、L1ライティングでは書かれなかったアイ ディアがいくつかあった。サリバン先生に指導を受けたヘレン・ケラー、躾のできないヤン ママ、母親により才能を発見され伸ばされたピアニストなどについて想起されたものの、

それらは具体例としては書かれなかった。ヘレン・ケラーの事例は「教育の成功」の定義