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第 4 章 分析結果

4.2 L2 能力の高い学生グループ…

4.2.4 L2 能力の高い学生 C

ここでは、L2 能力の高い学生グループの中では、最もL2能力が低かったCの事例を見 ていく。CELT得点は、文法部門71点、語彙部門49点の合計120点であった。L1ライテ ィングについては、高校 1 年生の総合的な学習の時間に、新聞を読んで要約し、意見を書 く指導を受けた。受験では小論文が必要なかったので、個人指導などは受けていない。大 学では文章表現の授業を受け、新聞記事の感想を書いた。L2 ライティングについては、高 校ではセンター試験対策として、3~5 文の英訳に取り組んだ。大学のライティングの授業 では、接続詞や表現方法について学び、毎週A4用紙1枚程度のエッセイを書き添削指導を 受けた。大学2年生の時に半年間アメリカに留学した経験がある。

L1プロダクトの評価は123点で、2つの学生グループの平均点程度であった(表5参照)。

L2プロダクトは165点で、内容(60)51点、構成(40)35点、 語彙(41)30点、言語使 用(50)41点、句読点や綴りなどの機械的技能(10)8点と、全ての項目において、「良い から普通」に相当する評価を受け、L2能力の高い教職経験者グループの平均点を上回った。

Cのライティングの特徴は流暢さで、L1で653字、43.05字/分、L2では261語、16.14 語/分と、特に L2 ライティングにおいて顕著であった。ライティングにかけた時間は、L1 では20分37秒、L2では21分40秒と、どのグループの平均時間よりも短かった(表7、

表11参照)。

次に、実際のライティング方略の使用について見る。

まず、書き出し前には、L1ライティングでは5分27秒、L2ライティングでは5分30 秒と、同程度の時間をかけて、共にメモを使用し、全体的な計画をしっかりと立てた。こ の段階でのライティング方略の使用は、「課題の確認」は共に 1 回ずつ、「メタコメント」

がL1で3回、L2で2回、「テーマの計画」がL1で3回、L2で4回、「アイディア創出」

がL1で2回、L2で1回、実験者への「質問」が共に3回ずつ、「ポーズ」がL1で2回、

L2で5回、「身体活動」がL1で2回、L2で1回と、非常に良く似ていた。異なっていた のは、L1ではL2では見られなかった「構成計画」が2回見られ、起承転結で書くべきか、

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英語の構成法で書くべきかを考えたことである。また、L1では、日本語が書けないという 否定的なL1能力評価が1回見られ、L2では、落第は教師の側の問題ではないという立場 で計画を立て始め、最後の方で教師の側にも問題がある可能性もあると述べることに対し て、その流れを評価する「自問」が 1 回見られた。書き出し前の計画段階で、豊富なバリ エーションのライティング方略の使用が見られ、全体的に類似したプロセスを示した。特 徴的だったのは、実験者への「質問」が3回ずつ行われたことで、L1では課題の意味、起 承転結の構成で書くべきかどうか、どのくらいの量を書くべきかを尋ね、L2でも同様に、

課題の意味や、英語で書くのか、書く間も発話するのかという実験方法についての問いを 発した。

ライティング直後のインタビューでは、書き出し前の「計画」について、L2ライティン グでは、いつも行っているように、結論・支持・結論という構成でガイドラインを作り、

書きながら内容を加えたり削除したりしたと述べている。一方、L1ライティングでは、い つもは起承転結の構成で書こうとして混乱するが、今回はL2ライティング同様、結論・支 持・結論の構成で書いたので書きやすかったとしている。普段からメモを使用したブレイ ン・ストーミングで計画を立てて書く。

表16は、Cのライティング・プロセス全体におけるライティング方略の使用回数と割合 を示している。L1ライティングの発話プロトコルのセグメント数は93、L2ライティングで は166であった。

表16 Cのライティング方略の使用回数と割合

方略 L1ライティング n(%) L2ライティング n(%)

課題の確認 4(4.3) 1(0.6)

計画全体 8(8.6) 12(7.2)

包括的計画 0(0) 0(0)

テーマの計画 3(3.2) 5(3.0)

局所的計画 1(1.1) 7(4.2)

構成計画 2(2.2) 0(0)

結論計画 2(2.2) 0(0)

アイディア創出 4(4.3) 3(1.8)

メタコメント 4(4.3) 4(2.4)

ポーズ 9(9.7) 31(18.7)

文章化 29(31.2) 44(26.5)

読み返し 1(1.1) 5(3.0)

評価全体 7(7.5) 21(12.7)

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L1/L2能力評価 2(2.2) 0(0)

局所的評価 5(5.4) 20(12.0)

包括的評価 0(0) 1(0.6)

修正 18(19.4) 29(17.5)

自問 3(3.2) 8(4.8)

質問 4(4.3) 4(2.4)

リハーサル 0(0) 2(1.2)

身体活動 2(2.2) 2(1.2)

その他 0(0) 0(0)

以下は、L1及びL2ライティングでよく使用された方略である。

L1ライティング L2ライティング

1. 文章化 31.2% 1. 文章化 26.5%

2. 修正 19.4% 2. ポーズ 18.7%

3. ポーズ 9.7% 3. 修正 17.5%

4. 局所的評価 5.4% 4. 局所的評価 12.0%

5. アイディア創出 4.3% 5. 自問 4.8%

メタコメント 4.3%

質問 4.3%

L1、L2ライティング共に、使用されたライティング方略は「文章化」が最も多く、L1で はこれに「修正」が続き、L2では「ポーズ」が続く。よく用いられた5つの方略の中で、L1 とL2ライティングに見られる主な違いは、L2ライティングの「ポーズ」の割合はL1ライテ ィングの2倍近くあり、L2ライティングでは「局所的評価」がL1ライティングより2倍以上 見られることである。「ポーズ」については、L1ライティングにおける「ポーズ」は2つの 間投詞を除いて全て沈黙であり、逆にL2では全ての「ポーズ」が間投詞である。よって、

L2ライティングでより認知負荷が高まったための「ポーズ」とは言えない。観察した様子 から、L2ライティングの方が更に流暢に書いている。

書き出し前に、メモを使用して全体的な「計画」がしっかりと行われたことを述べたが、

その後、ライティング・プロセスの途中で行われた「計画」を見てみると、L2ライティン グには、L1ではライティングの最終段階で2回行われた「結論計画」がない。書き出し前の

「構成計画」も無かったことは先に見たとおりであるが、ライティング直後のインタビュ ーでは、結論・支持・結論の構成で書くように計画したと述べており、実際に、「構成計画」

を行ったL1ライティング同様、L2ライティングでも図式化されたメモを作成している。明

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確な構成に関する発話は無かったが、実質的には「構成計画」が行われたと考えてよい。「局 所的計画」は、L1ライティングでは接続詞を考えた1回(1.1%)のみで、L2ライティングに おいては、単語2回、表現1回、英文の書き方2回、内容2回の計7回(4.2%)が見られ、L2能 力にはL1能力に比べて制限がある事から、「局所的計画」がより必要とされていることがう かがえる。

「評価」は、L2ライティングで、それまでに書いたものを、まあよいだろうとした「包 括的評価」が1回(0.6%)、「局所的評価」が20回(12.0%)見られた。一方、L1ライティ ングには「局所的評価」が5回(5.4%)、漢字や日本語が書けないという「L1能力評価」が 2回(2.2%)あった。「局所的評価」の中身は、L1ライティングでは、長期記憶から検索し たアイディアを課題と結び付けられるかを判断するといった、内容に関するものが 3 回、

表現に関するものが2回で、L2ライティングでは、問題点はもっとあるとして問題点の列 挙を増やす、といった内容に関するものは1回のみで、綴りの評価が1回、「動名詞の繰り 返しでかっこよくない」と、studying and livingの後半をhow to liveに修正するなど、表現に 関する評価が5回、最も多かったのは文法の正確さの評価13回であった。L1よりL2で表 層的誤りについての「局所的評価」をより必要としたのは、「局所的計画」がより多く使用 されたのと同じ理由、即ち、言語能力の限界であると考えられる。L1でもL2でも、「局所 的評価」の後、漢字や綴り、文法的誤りの修正が行われた。L1は書きかけてすぐに消した 修正も多いが、L2では「局所的評価」が発話されて修正に至る場合が多かった。

一方、L1ライティングでのみ否定的なL1能力評価が見られたのは、L1ライティング不 安の表れであろう。インタビューでも、L1は表現や助詞、漢字が難しいが、L2では、スラ ングなどは避けるものの、会話するように書けるので楽しく、書き終わると満足すると答 えている。英語学習に対する動機づけも強い。

アンケートとインタビューより、普段から書きながら自分が書いたものを評価すると答 えており、「評価」では、読み手のことを考え、言いたいことが理解し易いか、客観的かを 考慮していると述べているが、今回のライティングにおいて具体的に読み手の考慮が発話 されることは無かった。

「自問」は、L1ライティングで3回(3.2%)、L2ライティングでは8回(4.8%)見られ た。L1 ライティングではテクストチェック、評価、テクスト産出の「自問」がそれぞれ 1 回ずつであったが、L2ライティングでは、テクスト産出の「自問」が1回のみで、後7回 は全て評価に関する「自問」であった。内田 (1986) の言う、「あれ、変だぞ」というズレ の感覚 (p.173) を示す「自問」が多く見られた。内田 (1986) は、「自己内対話」は、「モ ニタリング」と「読み返しによる修正」の過程で生じてくる(p.172)としている。Cは「読 み返し」をあまり行っていないため、「読み返し」の時ではなく「文章化」の直後に「自問」

を発することが多かった。書きながら同時に「自問」によりモニタリングしていることが、

流暢さにもつながっているのであろう。

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以上見てきたように、Cのライティング・プロセスの特徴は、L1、L2に共通する流暢さ であり、「課題の確認」も書かれたテクストの「読み返し」も少ない。L1では「リハーサル」

が全く行われず、「局所的計画」も1回のみであった。これらの方略の使用は、L2ライティ ングでは若干増えるものの、流暢さには変わりが無かった。L1及びL2ライティングの流暢 さを支えているのは、書き出し前の丹念な「計画」であり、このような計画的なライティ ングを可能としたのは、高校、大学を通じてL1、L2ライティング指導を受けてきた経験で あると思われる。ライティング指導はL1、L2共に受けているが、ライティングへの自信は L2の方が大きく、構成法の転移はL2からL1へと生じていた。また、社会的/情意的方略の 1つである実験者への「質問」は、L1、L2で4回ずつ行われ、どの参加者よりも多かった。

課題についての「質問」や書く量についての「質問」は他の参加者にも見られたが、「文句

ってcomplimentでしたっけ?」と、単語を尋ねたのはCのみであった。L2ライティング

に不安を感じておらず、L1 ライティングに比べてL2ライティングのプロダクトの質が高 かったことには、留学経験が影響している可能性もある。