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第 5 章 考察

5.4 L2 能力と計画及び評価方略

研究上の問い3について、L2能力により、計画方略及び評価方略の使用には違いが確認 された。先に詳細に述べたが、高いL2能力は、包括的な視点を持ってこれらの方略を用い ることを可能にするが、L2能力が低いと、局所的レベルの使用にとどまる傾向があった。

以下で、L2能力と計画方略、評価方略の関係について、それぞれ考察する。

136 5.4.1 L2能力と計画方略

ここでは、書き出し前の計画時間とライティング方略の使用、「計画」における局所的 / 包 括的視点、計画方略の転移、発話されなかった計画方略、エピソードのはじめに現れた計 画方略を通して、L2能力と計画方略の関係を考察する。

まず、書き出し前の計画時間については、Hirose (2005) では、L1、L2ライティング共に、

高グループの方が低グループよりも書き出し前に時間をかけて計画を立てているが、本研 究では、書き出し前の計画時間にグループ間の大きな差はない。本研究の参加者の場合、

L2能力と書き出し前の計画時間の間に明らかな関係はなく、時間をかけた書き出し前の計 画が、プロダクトの質に必ずしも反映されなかった。

グループ毎の書き出し前の「計画」を見ていくと、L2能力の高い学生グループでは、全 員が言語間で非常に類似した「計画」を行った。L1、L2共に、L2能力の高い学生グループ のAは、時間をかけて詳細に計画し、概要だけの簡潔なメモを作成した。Bは書き出し前 には立場を決めたのみで、書き出してから構成などの計画を立てた。Cは、詳細な計画メモ を作成した。一方、L2能力の低い学生グループでは、ほとんど計画なしで書き始めたDを 除いて、書き出し前の計画における言語間での一貫性は見られない。EとGは、L2ライテ ィングよりもL1ライティングで詳細な論展開の計画メモを作成した。Fは、L1ライティン グでは計画しなかったのに対して、L2ライティングでは、先にL1で文を作成しておいたほ うがL2に直し易いという理由から、概要メモを作成している。以上のように、L2能力の異 なる学生グループ間の比較からは、L2能力が高いと、書き出し前の計画におけるふるまい は、言語間で一貫している傾向があった。しかしながら、最もL2能力の高い教職経験者グ ループの書き出し前の計画には、言語間であまり似ていない。HはL1ライティング、Jは L2ライティングにおいて、より詳細に図式化した計画メモを作成した。Iは、L1ライティ ングでは立場を決めて計画メモを作成し、構成にも言及したが、L2ライティングではメモ を使用せず、立場のみ決めてすぐに書き出した。L2能力の高い教職経験者グループにおけ る書き出し前の活動の言語間での相違は、L2能力で説明することができない。別の節で考 察するように、L2能力以外の要因も、書き出し前の計画に影響していると考えられる。

次に、計画における局所的 / 包括的視点について考察する。

本研究の、L2能力が低いとL2ライティングにおいて「局所的計画」を多く必要とする傾 向は、L2能力の高い大学生と低い大学生の、L1及びL2ライティング・プロセスを調査し

たHirose(2005)の研究の結果とほぼ一致する。ただし、本研究のL2能力の低い学生グル

ープは、Hirose(2005)の低グループと異なり、L1ライティングでは、「局所的計画」の多 用は見られなかった。L1 ライティングでは、他のグループと同程度の「局所的計画」を行 っているにもかかわらず、L2ライティングにおいて、L2に直すための「局所的計画」が顕 著に増加している。よって、本研究の事例は、L2能力が課すL2ライティングへの制約を、

より明らかに示していると言える。実際、L2能力が低いほど、語をL2にするために度々「局

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所的計画」を行わねばならず、L2 語彙の不足を補ったり、より適切な表現を選択したりす ることが困難になった。また、L2能力の低い学生グループのL2ライティングでは、より包 括的な「テーマの計画」の使用割合が、3 つのグループの中で、最も低かった。L2 能力の 不足が、包括的方略を使用するのを妨げていると思われる。

計画方略の転移については、Hirose (2005) がL1からL2ライティングへと転移し易いこ とを示唆している(p.139)。しかし、転移の方向は、L1からL2へと生じているとは限らず、

本研究の「構成計画」に見られたように、L2からL1へと起こる場合もあることが確認でき た。L2からL1への構成法の転移が見られたのは、L2能力の高い学生のAとC、L2能力の 高い教職経験者Jの3名であり、いずれもL2能力が高い。Aは、小学校からずっときちん としたL1ライティングの指導を受けた経験が無く、L1ライティングに対する苦手意識が強 い。逆に、L2 ライティングは、高校、大学で指導を受けてきており、特に大学ではライテ ィング方略について体系的な指導を受け、構成法を知っているので楽に書くことができ、

自信を持ち、楽しいと感じている。C は、大学で L1 ライティングの指導を受けているが、

難しい表現などを好まず、うまく書けないと思っている。一方で、L2 ライティングは、高 校、大学で指導を受け、特に大学ではライティングの授業で毎週A4版1枚程度のエッセイ を書いており、書くのも好きで、自信がある。J は、L1、L2 ライティング共に、きちんと した指導を受けた経験が無いが、L2 ライティングは、就職後に英語検定試験受験のために 独学した。そして、L1、L2 ライティング共に自信は無いが、L2 ライティングに対しては L1ライティングにはない楽しさを感じている。

この3名に共通していることは、L2能力が高いこと、L2ライティングについての知識と 練習経験があること、L2ライティングに楽しさを感じていること、L1ライティングに対す る自信がないことである。L2ライティングに対する自信は、学生A とCのみに見られ、J は自信がないとしているものの、3名とも感じているL2ライティングの楽しさは、L2ライ ティングの知識と経験に基づくものであろう。これとは対照的なL1ライティングに対する 自信の欠如は、充分な指導を受けておらず、そのため知識がないと感じていることに根ざ していると考えられる。Aはインタビューで、指導を受けてこなかったことが、L1ライテ ィングの苦手意識につながったと強調しており、J も、L1、L2 の論理展開や構成法の違い を知らないので、L1ライティングでもL2のように書いて良いのかどうか分からず、構成が 難しいと述べている。Cは、少なくとも大学では、L1 ライティングの授業で新聞記事の感 想などを書いたが、構成法は起承転結しか知らない。ライティング直後のインタビューで、

L1ライティングではいつも起承転結で書こうとして混乱するので、今回はL2の構成法を適 用したと述べている。L1 ライティングでも、論証文に使いやすい構成法についての知識が あれば、もっと自信をもって書くことができるのではないだろうか。L2 能力は、L2 から L1ライティングへの「構成計画」の転移に影響していると考えられるが、L2能力以外にも、

L2ライティングについての知識と練習経験、L1、L2ライティングに対する情意的要因が、

138 転移に関係していると思われる。

発話されなかったライティング方略の分析より、L2能力の高い学生グループでは、L1ラ イティングよりもL2ライティングで認知負荷の高まりを伴う計画方略の割合がずっと低く なっており、L2ライティングにおけるその割合は3グループ中最も低かった。L2能力の高 い学生グループが、L2 ライティングにおいては最も円滑に計画方略を使用したと考えられ る。しかしながら、3グループ中でL2能力が最も高い教職経験者グループのL2ライティン グでは、計画方略使用時に認知負荷が高まった割合は最も大きいため、L2能力だけが認知 負荷の軽減を担っているわけではないと考えられる。

エピソードのはじめに現れるライティング方略の分析結果として、「テーマの計画」の割 合が大きいグループほど、L2プロダクトの質が高くなる傾向にあることを見た。このよう な傾向は L1 ライティングにおいては認められなかったことから、エピソードのはじめの、

「テーマの計画」のような、より包括的な計画方略の使用は、L2ライティングにおいてよ り重要であると考えられた。これは、良い書き手の方が、L1、L2ライティング共に、エピ ソード境界で計画したVan Weijen (2009) の研究結果(p.130)と部分的に一致する。Van Weijen

(2009) が扱った「計画」は、目標設定、構成、自己指示から成る。本研究の結果からは、「テ

ーマの計画」のような、より包括的な計画は、エピソードのはじめでL2プロダクトの質に 影響する傾向にあるが、「局所的計画」では、肯定的影響は確認できなかった。本研究は、

より包括的な計画がエピソードのはじめに現れて一連のプロセスを導くとき、L2 プロダク トの質に肯定的に影響する可能性を示唆する。

2つの異なるL2能力の学生グループ間で比較すれば、L2能力の高い学生グループにおい て、「テーマの計画」がライティング・プロセスを導く傾向がより強いと考えられる。しか しながら、L2能力の更に高い教職経験者グループにおいては、L2能力の高い学生グループ ほど、エピソードのはじめに「テーマの計画」が見られない。よって、L2能力だけではこ の違いを説明できない。L2能力は、「テーマの計画」がライティング・プロセスを効果的に 導くかどうかに関係していると思われるが、L2能力だけがその要因ではない。L2能力の高 い学生グループがL2能力の高い教職経験者グループよりも効果的にL2ライティングにお いて「テーマの計画」を行うことができた要因については、後に考察する。

ここまで見てきた L2 能力による計画方略の使用の違いをまとめる。L1、L2 ライティン グ共に、今回の実験では、書き出し前の計画時間とL2能力との明らかな関係はなく、時間 をかけた書き出し前の計画がプロダクトの質に結び付いてもいない。L2能力が低いと、L2 ライティングにおいてL2に直すための「局所的計画」を多く必要とし、より包括的な「テ ーマの計画」の使用割合が若干少なくなった。局所的レベルに認知資源が費やされ、包括 的レベルでの計画方略の使用が難しくなると考えられる。また、L2能力は、「構成計画」の L2からL1への転移や、「テーマの計画」の効果的な使用の要因の一つであると考えられた。