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IMO コードに見る船舶事故調査の基本的考え方

第1章 国際標準としての IMO 船舶事故調査コード

第4節 IMO コードに見る船舶事故調査の基本的考え方

1. 船舶事故調査の基本的考え方

IMO コードは先進各国のベストプラクティスに基づいて策定されており、同コードの関 係文書(同コード採択の決議[MSC.255(84) ])や IMO コードの序文、本文中の目的、定義 をはじめとする各規定には、1990 年代以降に各国で深化された、船舶事故調査制度の規範 となる基本的な考え方が明瞭に示されている。IMO コードは、表 1-1 に示すような目次で 構成されている。IMO コードは、以後の章において、海難審判制度などの業績を評価するに 当たって基準とすべきものであると考えられるので、ここでその要点を明確にしておきた い。

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表 1-1 IMO コード目次

出所: 高等海難審判庁 (2008)『IMO 海難調査官マニュアル』海文堂、4~7 頁より作成。「船舶事故調査」

は、原文では「海上安全調査(marine safety investigation)」である。

2.改正の主要な目的

IMO コード採択の決議には、同コード策定の考え方が述べられており、その多くは、1997 年 IMO コードと同様のものである。しかし、船舶事故調査の目的については、1997 年 IMO コードが、「船舶事故等の原因や潜在的原因を正確に明らかにする」としていたのに対し、

IMO コードでは、「船舶事故及びインシデント調査(marine casualty and incident investigation)」は、「将来の船舶事故等を防止する目的で行う」ことと規定され、船舶事 故等の目的が再発防止....

であることが明瞭に示されている。

同決議の内容を要約すれば、コード改正の主要な目的は以下の 3 点にまとめることがで きよう(19)

序文

第Ⅰ部 一般規定 第1章 目的 第2章 定義

第3章 第Ⅱ部及び第Ⅲ部各章の適用 第Ⅱ部 強制基準

第4章 海上安全調査当局 第5章 通知

第6章 非常に重大な海上事故を調査する義務

第7章 海上安全調査の実施における旗国と他の実質的な利害関係国との合意 第8章 調査の権限

第9章 並行調査 第10章 協力

第11章 外部の指示からの調査の独立 第12章 船員からの証拠の入手 第13章 海上安全調査報告書案 第14章 海上安全調査報告書 第Ⅲ部 勧告される方式 第15章 行政の責任 第16章 調査の原則

第17章 海上事故(非常に重大な事故以外)及び海上インシデントの調査 第18章 第Ⅱ部第7章に基づき合意を求める際に考慮されるべき要素 第19章 不法妨害行為

第20章 関係者への調査の通知と調査の開始 第21章 調査の調整

第22章 証拠の収集 第23章 情報の守秘

第24章 証人及び関係者の保護 第25章 報告書案及び最終報告書 第26章 調査の再開

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(ア)事故の再発防止を目的とした調査が、少なくとも全ての「非常に重大な船舶事故」に 関して実施されることを確保すること。

(イ)海運の国際性を認識し、標準化された手法を各国で採用し、実質的利害を有する関 係国政府間の協力により、事故の事実と原因について十分な知見を得て、調査結果が機関 に適切に報告されること。

(ウ)調査と分析の結果としての改善措置を導き、海上における人命の安全及び環境の保 護を促進すること。

3. 国際協力の必要性

(1) 船舶事故調査の国際条約上の根拠

船舶事故調査に関連する規定を有する国際条約には、国連海洋法条約、1974 年 SOLAS 条 約、1966 年 LL 条約(満載喫水線条約)、1973 年 MARPOL 条約(船舶による汚染の防止のた めの国際条約 )(20)などがある。これらに加え、国際慣習法の要件も参照する必要がある。

ここでは、伝統的な国際法の領域論による、国家領域と国際領域についてふれておきたい。

国家領域は、特定国に法的に帰属しその領域主権の行使に服する場であり、国際領域にお いては、全ての国に対して自由な出入と無差別の利用のために開放される空間として、各 国ごとの属人的管轄権を並行して行使することによって、その管轄・支配が各国に配分さ れてきた(21)

国連海洋法条約は、第 2 条において、沿岸国の主権(領域主権)が領海に及ぶことを規 定している。沿岸国は領域主権による管轄権に基づき、その領域に関連した海上事故等 (marine casualties and marine incidents)を調査する権利を有し、各国政府は船舶の船 籍に関係なく、その内水及び領海内で発生した船舶事故(shipping incident)の調査を行う 法規定を有している(序文第 5 項)

また、国連海洋法条約第 94 条は、公海上での船舶事故に関して、旗国の調査義務を規定 しているほか、旗国以外の他の国が行う調査に関して、旗国と当該他の国とが調査の実施 において協力することを規定している(22)。上記の SOLAS 条約をはじめとする技術的な 3 条 約は、それぞれの条約の必要な改正のために、旗国に事故調査の義務を課している(23)(序 文第 4 項)。IMO コードには、これに加え、最初の SOLAS 条約採択以降、国際海事産業界は 構造的に大きく変貌し、また、国際法においても変化が見られ、こうした変化により、海上

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事故等が発生した際の海上安全調査及び結果に関心を持つ国が増えていると考えられると 述べている(序文第 7 項)

ここに指摘されている状況とは、伝統的な国家の管轄権である、属地主義と属人主義に よる沿岸国と旗国との国家管轄権が従来から競合していたことに加え、新たな事象が発生 したことである。それは、海事産業界の変化によりこれらの国以外にも、例えば「被害国」

のように調査に関心を有し、参画する意思を持った国が増加するという今日的な状況であ る。そのため、事故調査をめぐる国際関係は、より複雑になってきた。新たな船舶事故調査 コードは、これらを背景に、強制要件を明確にするとともに、拡大する関係国家間の法的 及び手続上の潜在的な相違点を認識しつつ、調査の容易化を意図したものであった(序文 第 7 項)

(2) 国際化の進展の状況

1997 年 IMO コードでも言及されている「海運の国際性」に起因する船舶事故の国際性に ついても指摘しておきたい。もともと、海運は航空と同様に国際輸送の機能を持ち、輸送 システムは国際的な性格を有している。これに加え、前述のとおり「最初の SOLAS 条約採 択以降、国際海事産業界は構造的に大きく変貌し」と述べられている変化があった。これ は、戦後、急速に進展した「オープンレジスター(open register)」、つまり「便宜置籍」

をめぐる状況である(24)

従来、海運業は、当該国で登記されている他の産業と同様に扱われていた。これを「ナシ ョナルレジスター(national register)」という。総じて、海運業は当該国の財務、会社 及び雇用の規則をはじめとする包括的な法制に服していた。船籍国の船主が所有し、船籍 国の免状を取得した船員を配乗するのが本来の姿であった。これに対し、オープンレジス ターを採る国は、船主に自国の国旗の下で登録するという商業的選択肢を与え、そのサー ビスに対しての対価を要求する。一般的に、初期登録費用とトン数に応じた年間登録税の 支払いが必要だが、その代わりに、国際トレードを行う船主の必要に応じ、税金、船員の配 乗、会社法上の便宜が与えられる。例えば、税金については、一般的には利益に対し課税さ れず、船員の配乗も自由に国際的な採用をすることができ、会社法に関しても、法的責任 は 1 隻所有の会社に限定することが可能で、監査済みの決算書を提出する義務はない。

便宜置籍は、1960 年代及び 1970 年代前半から増加するようになった。伝統的海運国の船 主は、かつてはフェアな船舶運航活動でないと強く反対していたが、やがて 1960 年代末期 以降の運航諸経費とくに人件費の高騰による国際競争力の後退に直面して、便宜置籍船制

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度を積極的に活用するようになった。この結果、1979 年及び 1980 年には、世界の便宜置籍 船船隊が世界総船腹の 27%余(1 億 1,400 万総トン余)を占めるに至った(25)。わが国では、

2 回の石油危機を通じて斯業において厳しいコスト削減努力を強いられる一方で、1985 年 以降の急激かつ大幅な円高の進行によって、日本籍船の競争力が徹底的に削がれたことが、

便宜置籍船増加の要因に挙げられている(26)。これらの相当量が「仕組船」及び「チャータ ーバック船」の名のもとに、わが国の実質的所有支配船主によって用船されていた(27)。便 宜置籍船国としては、パナマ、リベリア、バハマ、マルタ、キプロスなどのほか、カンボジ ア、グルジア、モンゴル国なども知られている。

1980 年代には、船舶登録が準拠する海事法規に関し、安全基準の監督にほとんど関心を 払わない便宜置籍国があった。しかし、便宜置籍船の事故が多発したことで IMO の各条約 の改正が実施され、船舶に対する寄港国のポートステートコントロール(PSC)が PARIS MOU

(パリ MOU)や TOKYO MOU(東京 MOU)によって組織的に行われるようになった(28)。検査の 結果、各国の船舶が、ブラックリスト、グレーリスト、ホワイトリストに分類されることに なり、便宜置籍船国の中にも“quality shipping”をうたい、安全面に配慮するところが増 加した。このような流れの中で、パナマ、リベリア、マルタ、キプロスは、前述の MAIIF へ の熱心な参加国となった。一方で、伝統的な海運国の中にも、ノルウェー、デンマーク、オ ランダ(アンティル諸島)、イギリス(マン島)、フランス(南極地域)、アメリカ(マー シャル諸島)などオープンジスターの長所を取り入れた、「インターナショナルレジスタ ー(international register、国際船舶登録制度)」を採用するところも増えてきた。マン 島とマーシャル諸島は、MAIIF にも参加している。

以上の諸変化を背景に、国家間の関係は複雑になってきている。わが国の船社が運航す る商船隊の船舶であっても、外国船籍で、船長以下多数の外国人が配乗された船舶の数は 多く、これらがわが国の港湾に入出港している。これに関連してわが国における船舶事故 調査に関して、国際協力が必要となった事例を紹介しておく。

2006 年 10 月 6 日、発達した低気圧の下、茨城県鹿島港沖で「ジャイアント・ステップ

(Giant Step)」(98,587 総トン)が座州する事故が発生した。同事故によって、8 人の乗 組員が死亡し 2 人が行方不明となった(29)。同船は商船三井が運航する船籍がパナマの鉱石 専用船で、船長を含む 25 人の船員はほぼ全員がインド人で、一人の船員のみスリランカ人 だった。同船は全損となり乗組員に多くの死傷者が出たため、旗国であり事故調査の義務 を有するパナマと、船員の国籍国であり、利害関係国として調査に関心を寄せるインドが、