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「海員懲戒法」改正に至る経緯

第4章 海難審判制度の分析

第3節 「海員懲戒法」改正に至る経緯

1. 海員懲戒法改正委員会

「海員懲戒法」の改正案を審議しこれを運輸大臣に建議するため、前述のとおり、1946 年 9 月に大臣によって省内に海員懲戒法改正委員会(以下、改正委員会という)が設置された。

改正委員会は設置規定を有する正式なもので、前海運総局長官の福原敬次を委員長とし、海 商法の東京大学教授石井照久、中央大学教授森清ほか学識経験者、商船会社、労働組合、運 輸省関係局から選任された計 17 名の委員より構成された。改正委員会の下部には起草委員 会が設けられ、前高等海難審判所長の齋藤浄元、前述の森清、弁護士の橋本平男、東京海上 火災保険会社の高木郁哉の 4 名が委員に就いた。また、それぞれの下に作業部隊....

として課長 及び審判官クラスの幹事が置かれた(34)

改正委員会は 10 月から 12 月まで 11 回開催され、第 12 回委員会で「海難審判法編成案」

と「海難審判法制定案要綱」を議決し、小委員会に起草を命じた。更に小委員会から提出を 受けた草案を4回にわたって審議し、翌 1947 年 1 月の第 16 回委員会において附帯決議を 付して原案どおり議決した。改正委員会の審議の中で判明した点について、以下に述べてお く。

まず、第1回改正委員会で「新法作成に当たっての根本理念」が確認されたことである(35)。 その内容は、以下の 2 点であった。

①行政裁判を終審とせず、司法裁判所で更に検討するからといって、現在の海員審判所を弱..........

体にする....

ような改廃は行うべきでないこと。

②審判所が行う行政処分は、特殊な技術者によってはじめて有効適切に行うことができる のであるから、事実審理は現行の二審制で行うこと。

これらの根本理念を、ひとことで言えば、司法裁判所との関係の調整に当たっても、審判

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所の二審制の事実審理を維持し、海員審判所の勢力を保つことであり、これが最も重要な事 柄と考えられていた。この点については、結果的には、根本理念はいわばその半分程度が維 持された形で「海難審判法」の制定が実現した。すなわち、審判所の二審制は維持されたも のの、手続全体としては四審制となり、また、高等裁判所の事実審理をも許すことになった ものである。

また、第 1 回委員会に提出された「海員懲戒法改正要綱案」の中に、「運輸省内に部内及 各界の権威者を以て組織する強力なる海難調査委員会.......

を設置し沈没滅失又は行方不明等の 重大事件を審理せしめ高等海難審判所はその決定に基づき免状受有者の処分又は勧告をな すこと」(第 8 項、傍点は筆者)という項目があった。委員会には裁判所的性格を付与し重 大事件について学識経験者と審判官及び理事官を各一人入れた 7 人程度の構成で審理し、

その結果は運輸大臣に報告するという構想であった(36)

この海難調査委員会を設置するという案は、イギリスの正式調査の制度をモデルに構想 されたものと考えられる。仮にこれが実現していれば、わが国の海難調査の実態は根本的に 変わったはずであるが、事態はそのようには展開しなかった。「討議を重ねていくうちに、

海難調査委員会の報告と審判所の裁決の不一致の場合は双方の権威を失墜することになり、

また、同委員会に関与した審判官、理事官は審判所の審理には関与できなくなり、多数の審 判官、理事官を必要とすることになるので、国家財政上二重経費を要することとなる。この ようなことは海難審判について、国家機関が重複する形となり、これを設置する意義はきわ めて稀薄となる」(37)といった結論になり、これに代えて学識経験者を必要に応じ海難審判 所の構成に加えることが理想的であるとされ、これが参審員制度に発展したとされている。

この議論の中で奇妙に思われるのは、以下のことである。すなわち、要綱案の言うように、

委員会は重大事件を審理し、審判所はその決定に基づき免状受有者の処分又は勧告をする ということであれば、重大事件の審理については委員会に専管的に....

担当させ、審判所は重複 した審理を行わず、委員会の結論に基づいて処分のみを行えばよい.................

ことになる。したがって、

結論の不一致も生じなければ、多数の審判官・理事官を必要とすることにもならない。また、

国家財政上の二重経費..........

というような問題は一見大義名分であるかのように見えるが、本来、

財政当局が判断するべき事柄であって、実施官庁である海難審判当局は本当に必要である と考えるのであれば、まずは案を運輸省の外に出して財政当局との折衝の中でその必要性 を説くべき役割を担うべきであり、一義的に海難審判当局が配慮する事項ではない。それに もかかわらず、このような対応になったのは、次のような事情があったためと考えられる。

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すなわち、委員会の設置によって、海難審判について国家機関が二つ存在するようになると、

現在の海員審判所を弱体にする..............

事態になり、上述の根本理念の①に抵触することになる。そ のため、一見合理的に見える理由をつけて、省内の検討の中で早期にこれを棄却しようとす る審判所側の配慮が働いたものと考えられる。

2. 内閣法制局等による審査

「海難審判法」案は、3 回にわたる内閣法制局の審査を経て一部修正がなされた。一般的 に、法令審査時における内閣法制局による修正及びコメントは、法令の所管官庁が立法時の 考え方として記録し、後においても参照されるものとなる。そのため、『海難審判制度百年 史』においても記載がある(38)。内閣法制局による「海難審判法案」の逐条審査の際に加えら れた修正や意見が、海難審判所設立後の業務の方針に大きな影響を与えたことも十分に考 えられる(39)。それらのうち重要と考えられる論点について『海難審判制度百年史』を基に 以下に考察する。

(1) 「法律批判」という論点

内閣法制局の審査の対象となった「海難審判法」原案の第 3 条第 6 号は、海難の原因を探 求するに当たっての観点の最後の項目として「航法又は船舶関係法規に関係があったかど うか」という項目を掲げていた。この部分は、内閣法制局による法案の逐条審査の際に、本 法が海難の原因を探求するとはいえ、法律の批判までするのは行き過ぎ...............

であるとの理由で 削除された(40)

前述のとおり、改正案においては、海技従事者または水先人以外の者の行為であっても海 難の原因に関係があると認められるときは、将来の海難防止のため、その者に対し原因をな した障害の除去について勧告することができることとした。事故原因を探求した結果、航法 又は船舶関係法規の改正が必要であるというような内容を含む勧告を、当該法規を所管す る官庁に発出することは、現代の感覚からすれば極めて当然のことである。それどころか、

必要不可欠なことであり、これが否定されるようではそもそも事故調査を行う意味がなく なる。

戦前においても、既述のとおり、イギリスでは「タイタニック号」の海難報告書が、多く の法令の改正を勧告し、事故調査の結果が新しい条約の制定にさえ結実しているところで ある。第 3 章でみたとおり、戦前から、松波仁一郎は「最近ニ於ケル英国ノ海事制度ノ法規 ハ概ネ海難調査ノ結果ノ表示ナリト言フモ過言ニ非ス」(41)と認識していた。また、第 1 章

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で述べたとおり、現代の IMO の SOLAS や MARPOL などの技術的各条約は、条約の規則にいか なる変更を加えることが望ましいかを決定するに当たって役立つと判断する場合に、海難 の調査を主管庁に義務付けている。このことを想起すれば、規則の改善のために事故調査を 行うのは欠くべからざる事柄である。内閣法制局がこの点について理解を示さずに上記の 箇所を削除したのは、まことに残念であるというしかない。本来ならば、内閣法制局による 法令審査の際に、説明者から更に十分な説明がなされるべきであった。

このことの背景には、内閣法制局が、この規定の存在によって、法令を所管する官庁が受 審人と同等の審判当事者として扱われ、海難の責任を負うことになるものと考え、懸念を抱 いたことがあるのではないかとも考えられる。また、内閣法制局の法令審査を経て、瑕疵の ないものとして一旦成立した権威のある法令が、海難調査機関に過ぎない審判所によって 事後に評価されるという制度自体が、そもそも受け入れがたいものであったとも考えられ る。いずれにしても、この論点は、船舶事故調査を刑事裁判類似の方式により、当事者の責 任の認定に基づいて行おうとすることから派生しているものと筆者は考える。

また、第 3 条で海難の原因を探求するに当たっての観点を列挙したのは、海難の事故原因 を探求する者にとっての指針を与えるものではあったが、当初の意図とは逆に、ここに列挙 されているもの以外は、探求の観点に含まれないという限定的な解釈を許すこととなった。

また、法制局での審査の結果として指摘された事項は、以後、一般に法令の所管官庁の業務 に大きな影響を与えるため、海難審判は、関係法規の改正に関する勧告をしてはならないと いう解釈が定着した可能性さえ否定できない。第 3 条に規定された調査の観点は、これらが 全てを網羅し尽しているものかは、必ずしも明らかではないが、これらを法律に列挙するこ とによって、かえって列挙されなかった事項の探求がなされなくなったことも考えられる。

(2) 「審判当事者は被告人」という論点

第 4 条第 1 項は、法制局で審査された原案では「海難審判所は、必要と認めるときは、裁 決をもってその『審判当事者』に勧告をしなければならない」となっていた。しかし、内閣 法制局は、船主その他の者は、海技免状、水先免状受有者と違い、法的に何ら処分を受ける べき者でないから被告人扱い.....

するのは行き過ぎであり、証人的の者.....

として取り調べて勧告 をすべきであるとの判断が下された。そのため、これを「審判当事者」と名付けるのは不当 であるということになり、審判を受ける者は免状受有者のみで、これを「受審人」と呼ぶこ ととした(42)

上記のように、『海難審判制度百年史』によれば、内閣法制局においても「海技免状受有