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第3章 近代日本における海員審判の意義と限界

第5節 海員審判制度の評価

ここでは、 筆者が第 1 章第 4 節において整理した IMO コードに基づき、三つに大きく分 類した事故調査制度の各要件(調査の目的、調査の手続、調査の内容)に従って、その視点 から海員審判を評価する。海員審判制度は、これら三つの要件に関し、第 2 に分類した要件 のうちの、当事者からの機能的独立と、個人又は組織からの指示または干渉を受けないこと という点のみを充たしているが、その他の項目については充たしていない。海員審判制度は

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19 世紀の制度であり、その時代の制約から、現代の IMO コードの基準を満たさないのは当 然であるという見方も一見成立する。しかし、わが国が範とした、イギリスの 19 世紀の正 式調査は、現代の IMO コードに則して見ても、例えば、「船舶事故等を防止することを目的 とした調査であること」、「広い範囲の調査を行い原因と安全上のリスクを明らかにするも のであること」、「国際海運界での安全上の問題への取り組みに資すること」、「責任の連鎖の 中に存在し得る欠陥をも特定すること」、「必要な場合、将来の船舶事故等を防止するための 勧告を含むこと」などの多くの要件を満たしており、海員審判制度と対照的である。以上の ことから、わが国の海員審判制度は事故調査制度としては、甚だ不十分なものであった。

戦後の海難審判制度は準司法制度であると位置づけられているが、戦前の海員審判制度 はどのように位置付けられるのかについて、高等海難審判庁の『海難審判制度百年史』には 明確に記述されていない。森は、海員審判制度は理事官と被審人を当事者とする行政裁判の 一種であるとしている。行政裁判所は、戦後の日本国憲法の下で廃止されたものであるが、

海員審判も高等海員審判所を終審としたため、森のように、行政裁判の一種であったと規定 するのが妥当であると筆者は考える。海員審判制度には、刑事訴訟法上の諸原則がほとんど 適用されていた。

高等海難審判庁は、海員審判制度の目的について、「究極の目的を海難防止においていた」

と述べている(53)。一方で、森は、「海難防止は海員審判制度の目的の一部に過ぎない」と述 べており、筆者も、「海員審判法」制定当時の公式文書からは、海難の防止を法目的とする 記述を確認することはできなかった。要するに、海員審判制度は高等海難審判庁が提示する 通説とは異なり、わが国の近代化の中で欧米諸国に劣後しない海事の制度を形式的に整備 する必要性と、諸外国を巻き込んだ民事上の問題をできる限り円滑に処理したいという配 慮を、当時の政府が海難の防止に先行させて成立させた制度であったと考えられる。したが って、海難の防止という目的意識は当初より希薄な制度であったといえよう。

海員審判が取り扱う事件の範囲は、松波や森が戦前に指摘したとおり極めて狭く、懲戒の 対象となるわが国の海技免状の保有者が起こした事故に限られた。換言すれば、海難の原因 となる過失が船員の側にあると想定され、なおかつ、その船員が、海難に遭遇したにもかか わらず生存している場合に限定されていた。このため、重大海難のうち海員審判で取り扱わ れる事件の数は少なかった。筆者の概算によれば、最も取り扱い件数の多かった前期におい てもその捕捉率は 3 割程度であったことが明らかになった。また、調査の内容についても過 失懈怠や不当の所為といった船員の行為に限定されており、船舶の構造や設備の欠陥を含

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むハードな面については何ら究明を行うものではなかった。すなわち、海難の原因について

「広く調査することができない」(松波)、「海員審判はいかなる寄与をしただろうか」(森)

などの批判は当を得たものであった。特に、松波の見識の高さは、今日的視点からも再評価 されるべきであろう。

懲戒制度と 原因調査制度の望ましい関係については、前述のとおり、松波と森とで見解 が若干異なっていた。松波は、海員審判と海難審判は、別個の制度でその目的が異なるとし、

海難審判所の外に独立の海員審判所を設けるのがよいとした(54)。他方、戦後の「海難審判 法」の策定にも関わった森は、海難審判制度がはるかに優れているが、審判の結果、海難が 人の行為によって発生し、少なくとも行為者の過失に原因することが明らかであるときは、

その人に対し特別にこれを防止する方法を講ずることは賢明である旨述べ(55)、両者の併用 を認めている。このような状況の中で、当時、海員審判制度に代わる新制度として期待され たのは、原因調査を主眼とし、その視点から海技免状に関する処分を行う、「大正 5 年改正 案」や、明らかにするべき海難の原因について具体的に列挙しその充実を企図した、「昭和 13 年改正案」であった。これらが実現しなかったことは前述のとおりである。

ところで、第 4 章で述べるように、戦前に実現しなかった法律改正は、戦後の新憲法の下 で実現する。これが「海難審判法」であり、海難の防止を法目的にうたい、幅広い調査の実 現を約束したものであった。海難の防止を法目的とし、原因の調査を行うことによって、調 査の対象となる事故の範囲や分析の観点を幅広くとることが期待された。これにより、海員 審判制度の限界は克服されたものと関係者の間では考えられてきた。高等海難審判庁は、

「海難の防止を目的とする審判制度には、大きく分けると海員審判制度と海難審判制度の 2 種がある。前者は、海難を引き起こした船員又は水先人に過失があったかどうかについて審 理をし、過失があれば懲戒を加え、もって海難を防止しようとする制度である。また、後者 は、海難それ自体を審判の対象としてとらえ、その発生原因を探究して同種の原因による海 難の再発を防止しようとする制度である。したがって、両者の目的は同一であるが、その手 段が異なっていると言える」(56)としており、両者の抜本的な相違を強調するのが通例とな っている。しかし、筆者は、戦後に成立した海難審判制度は、一つの制度の中に、海難原因 の調査と船員の懲戒とを同時に内包したために、刑事訴訟に類似した制度の体系を「海員審 判法」から踏襲し、これが制度の限界となった、という点をあらかじめ指摘しておきたい。

さて、 懲戒制度と事故調査の関係についてここで検討しておきたい。懲戒制度が、事故 の再発防止に有益か否かについては今日でも議論のあるところである。第 1 章において述

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べたとおり、 ジェームス・リーズンは、その著書である “The Human Contribution”(邦 訳『組織事故とレジリエンス』)において、さまざまなエラーとルールに関する行動やその 発生を促進・形成する要因に関する四つのモデル(疾病モデル、パーソンモデル、法律モデ ル、システムモデル)を提示している(57)。このうち、「法律モデル」は、プロがエラーを起 こすはずがないという信念に基づき、彼等には注意義務があるので、エラーは怠慢あるいは 無謀で、刑罰を与えられるべきだと判断される。リーズンは、プロの間でさえ、エラーは普 通のことであり、訓練と経験によっても、その根絶はないと考える。誰もがおかす悪意のな いエラーは、現在でも犯罪とみなされており、このことをリーズンは問題視している(58)。 懲戒制度は、「法律モデル」に従って人間の行動を制御しようとしているものと言え、その 実効性については疑問が提起されている。一方、現代の事故調査が属するモデルは、「シス テムモデル」である。その視点は、局所的な出来事にとどまらず、作業場所、組織、そして システム全体の中にある事故の寄与要因を発見しようとする、事故についての説明方法で ある。

また、シドニー・デッカーは、“Just Culture”(邦訳『ヒューマンエラーは裁けるか』)

の中で、「刑事にせよ民事にせよ、司法手続が適用されたヒューマンエラーの事例は、イン シデントやアクシデントの後で行われる司法手続が安全に対して悪い影響しか与えないこ とや、公正な文化を構築する助けにならないことを示唆する」と述べており(59)、責任追及 の制度が安全の向上を阻害する点を強調している。

以上のように事故防止論の泰斗たちは、司法手続は事故調査に有益ではないと主張して いるが、IMO が各国の事故調査の規範として 2008 年に作成した IMO コードでは、前述のと おり、懲戒制度の是非についての判断は差し控えられている。IMO コードにおいては、「海 上安全調査(船舶事故調査)は、その他のいかなる形態の調査からも分離独立したものであ るべきである」と規定されているが、「民事、刑事、行政手続における措置のための調査を 含むいかなる形態の調査を排除することも」同コードの目的ではないと記述され、他の形態 の調査そのものの評価については留保されているからである(60)。これらが、懲戒制度と事 故調査に関する現在における代表的な見解である。

海員審判制度は、船員に対する規制が全くなかった状況の下で、新たな免許制度の導入と 一体となった形で創設されたことを考えれば、重大な過失や意図的な違反を防止するため に一定の役割を担ったことは否定できない。しかし、現代の事故調査に関する標準を基に評 価すれば、全く不十分なものであり、その目的、対象や分析の観点が極めて限定的であった