第1章 国際標準としての IMO 船舶事故調査コード
第5節 リーズン・モデルからみた IMO コードの意義
1.リーズンの四つのモデル
前述したように、ヒューマンファクター指針は、ジェームス・リーズンのモデルを基礎に 援用したものであった。ジェームス・リーズンは、2008 年の著作である“The Human Contribution ”(邦訳『組織事故とレジリエンス』)において、エラーと違反を「不安全 行動」としてまとめて扱い、これらが「重要な他者」によってどのように認知されるかとい う観点から、四つのモデルを提示している(50)。それらは、①疾病モデル ②パーソンモデル
③法律モデル ④システムモデルである。なお、スイスチーズモデルは、システムモデルに 含まれている。これらの分類について以下で概観し(51)、リーズンの分類に基づいて、IMO コ ードの意義を考察する。
(1) 疾病モデル
疾病モデルでは、エラーを疾病と同じカテゴリーで取扱い、疾病と同様に現場からエラ ーを取り除こうと懸命に努力する。エラーは、人間の認知機能に組み込まれた欠陥の産物 である。システムの設計者たちは、誤りやすい人間を制御ループから可能な限り締め出す ため、自動化とコンピューター化のレベルを更に高い水準へと発展させる努力をする(52)。 (2) パーソンモデル
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パーソンモデルでは、人間を安全と不安全との間で、行動を選択できる自由なエージェ ントとして捉える。不安全行動は主に、失念、不注意、注意散逸、没頭、軽率さ、低い動機 づけ、不適切な知識・技術・経験、時には職務怠慢や無鉄砲さなど、気まぐれなメンタルプ ロセスによって、生起すると考えられている。パーソンモデルは、組織事故に対して、頻繁 かつ不適切に適用される。パーソンモデルにもとづいて発案される主な対策は、不安全行 動の主要原因と考えられる個人の態度や認知過程に影響を及ぼすことを目的とし、「不安 を煽る」ポスターを使ったキャンペーン、報酬と懲罰(主に懲罰)、不安全行動の監査、最 近起きた有害事象との関連が示唆された不安全行動を禁止するための手順書の見直し、再 訓練、中傷、非難、侮辱などである(53)。パーソンモデルは、非難する文化......
と表裏一体であ り、これには「非難」、「否定」、「間違った目標の一途で偏狭な追求」という病状(「脆 弱システム症候群」)がある。これらは、互いに影響し合い、他の二つの影響を増幅し、安 全管理プログラムの邪魔をし続ける自律的サイクルができあがる。このうち、「非難」は事 故調査に当てはまる部分がとくに大きいので、次にその中心的な論点を要約しておく。非 難は、以下の、強力な心理的な過程と組織的な過程によって促進される。
① リーズンが、「基本的帰属エラー(fundamental attribution error)」とよぶものが、
「ヒューマンエラーは何かの結果として考えるよりも、ヒューマンエラーが何かの原因と して考えてしまう理由」の一つになっている。「他人もまた自由なエージェントであり、正 しいことと間違ったことのいずれか、あるいは、正しい行為と誤った行為のいずれかを選 ぶことが可能だと見なす」、「人間の行為は、状況や作業上の原因よりも、はるかに制約の 程度が低いと見なされている」。しかし、「愚かな行為や不注意な行為は、必ずしもその人 物が愚かである、あるいは不注意であることを意味するわけではない」し、「わたしたちの 行為は、常に現場の環境に影響され、制約を受けていることから、絶対的な自由意思は幻 想にすぎない」
② 後知恵バイアス(know it all along)と呼ばれる「知ったかぶり」効果が、決定的な 要因となる。これは、「起こってしまった事象について、その発生が予測可能であった、ま た回避可能であったと、実際以上に考えてしまう一般的な傾向」である。あとから見る人 にとっては、一連の全ての原因が良くない事象に向かっているように見えるが、現場で前 を見るしかない人には、原因が収束していく様子は見えない。
③ 現場第一線の作業者を、事故等の原因であり、問題改善の主たる対象であると見る傾 向がある。この傾向を強める業務上のプロセスとして、「最少努力の原理(principle of
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least effort)と「監理的利便性 (administrative convenience)」と呼ばれるものが存 在する。前者は、現場第一線で人の直接的なエラーを発見することが容易であること、後 者は、問題の探査をシステムに直接的に接する人の不安全行動に限定して行うことによっ て、過失の範囲が問われるときに組織の責任を最小化することができることによるもので ある。(54)。特に手順書の違反などの行為があった場合には、不遵守行為を犯罪と同じよう にみなす。また、パーソンモデルとその当然の結果である非難する文化に基づいて、多く の罰が設けられている。
④ 不安全行動の原因を個人のせいにして、情況に目を向けないため、局所的な誘発要因
(たとえば、不十分な訓練、監督不行届き、不適切な道具と設備、人員不足、時間圧)を見 逃す。不安全行動をとった人と情況を分離するために、エラーを再発させる罠と繰り返さ れる事故のパターンの発見が難しくなり、エラーを起こしやすい情況を発見するという安 全管理の最も重要な点が実現できなくなる。
⑤ 効果的な安全管理を行うためには、報告する文化が必須条件である。非難や制裁を受 けそうだと感じると、自分の行為を報告する人はいなくなる。報告する文化と非難する文 化は、同時には存在できない。
⑥ パーソンモデルで事故の原因とされる個人の行動は、不安全行動が発生するまでの連 鎖の最後の部分であり、ほとんど管理できない。むしろ、事象が起こる前でも明白な潜在 的状況要因を変えることによって、不安全行動を減少させたり、それが生起した場合に発 見して修正したりすることが容易になる。
(3) 法律モデル
法律モデルは、パーソンモデルから必然的に導かれるモデルであり、その根源には、責任 を付与され高度な訓練を受けたプロがエラーを起こすはずがないという信念がある。彼等 には注意義務があり、良くない結果をもたらしたエラーは、怠慢あるいは無謀でさえあり、
刑罰を与えられるべきだと判断される。プロの間でさえも、エラーをおかすのは普通であ り、訓練と経験は、誤りやすさを緩和することはあるが、根絶することはない。刑事裁判制 度では、悪意のないエラーでも公共の安全が危ぶまれている現在では犯罪とみなされる(55)。 (4) システムモデル
システムモデルの視点は、局所的な出来事にとどまらず、作業場所、組織、そしてシステ ム全体の中にある寄与要因を発見しようとする、事故についての説明方法である。この視 点の本質は、現場第一線の作業員が、良くない事象を引き起こした張本人ではなく、むし
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ろ彼らはそれ以前に長い時間をかけて蓄積されてきたであろう潜在的状況要因を押しつけ られた者である、ということである(56)。リーズンは、システムモデルの中に含まれるもの と し て 、 連 続 事 故 モ デ ル (sequential accident model) 、 疫 学 的 事 故 モ デ ル (epidemiological accident model)、システム事故モデル(systemic accident model)の三 つを挙げている(57)。
① 連続事故モデル
連続事故モデルは、ハインリッヒのドミノ理論、スヴェンソンの事故進展・バリアモデ ル、グリーンの事故構造フレームワークが含まれるが、ホルナゲルからは、最初に何らか の根本原因が存在するという誤った考え方に基づいていると指摘されている。スイスチー ズモデルは、連続事故モデルの特性も有している。
② 疫学的事故モデル
スイスチーズモデルが属するとされるカテゴリーで、潜在的に明らかなものや、隠れた ものなど、いくつかの要因が相互に影響して起きる疾患の広まりを仮定している点がこの カテゴリーに含まれるモデルに共通である。スイスチーズモデルは、もともと不安全行動 と潜在的状況要因がどのように組み合わさり、バリアや安全措置を破るのかを示すモデル であるとリーズンは述べている。なお、リーズン自身は、スイスチーズモデルは、システム 事故モデルと考えている。
③ システム事故モデル
第 3 のシステム事故モデルは、ホルナゲルによれば典型的な理論モデルである。彼は、
事故をシステムの構成要素から予測できない、複雑で動的なネットワークから発現する突 発現象としてとらえている。
(5) モデルが充たすべき基準
リーズンは、事故に関する唯一の正しい捉え方は存在せず、モデルは実際的な要求に応 えるために特定の基準を満たすべきだとしている。その基準とは、モデルがユーザーに適 合するものであり、意味をなし、理解することに役立つほか、伝えやすく共有することが 可能であることがまず必要である。次に、事故の潜在的状況要因に関する洞察を提供し、
それが、結果(事故)の事後評価やプロセスの事前評価のよりよい解釈を可能にし、モデル の適用が、システムの防護を強化し、レジリエンスを向上させるためのより効果的な対策 につながることである。