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第 3 章 ドイツにおける会計基準と EC 第 4 号指令との関係 1. はじめに

4. GoB の歴史的展開

GoB概念が初めてHGBに導入されたのは,1897年HGBからである。1897年HGB第 38条第1項は,次のように規定していた4

「すべての商人は,帳簿を記帳し,かつその帳簿上に,自己の商取引および財産状態を,

正規の簿記の諸原則に従って明瞭に記載する義務を負う」。

この1897年HGBで初めて導入されたGoB概念は,1925年EStG第13条,1934年EStG 第5条第1項第1文において導入され,課税所得計算における,GoBの遵守が要求される

3 これに関しての詳細は,髙木 [2002] を参照されたい。

4 1897年HGB第38条第1項については,中川 [1985], 12頁も参照。

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こととなる(浦野 [1994], 16-17頁)。これにより,「商法上のGoB(handelsrechtliche GoB)」

に基づいて課税所得を,企業利益を基準にして算定されるという,基準性の原則,あるい は,税務上の恩恵を享受するためには,企業会計上の決算の段階で費用処理することが求 められる「逆基準性(umgekehrte Maßgeblichkeit)」が確立された。その後,逆基準性は,

2009年の「会計法現代化法」(BilMoG)により解消されたが,基準性原則は維持されてお り,GoBが課税のベースとなっている点は現在においても変化がみられない。

1937年AktGにおいては,その第129条第1項において,GoB概念が導入される(松本 [1991], 22-23頁)5。1955年EStG第1項第1文では,GoBという文言に「商法上の」とい う形容詞が加わり,「商法上の GoB」に準拠して課税所得が計算されることが要求される こととなる(浦野 [1994], 17頁)。その後,AktGは1965年に再び改正され,1965年AktG として発効した。その第149条第1項にGoB概念が導入されることとなる。1965年AktG 第149条第1項は次のように規定していた。

「年度決算書は,正規の簿記の諸原則に合致しなければならない」。

さらに,会計指令の作成プロセスにおいて,年度決算書が参照すべきものとして,HGB におけるGoB概念が,1968年における第4号指令についての「予備草案(Vorentwurf)」「総 則」第2条第1項において,「正規の信頼できる会計の諸原則(Grundsätzen ordnungsmäßiger und zuverlässiger Rechnungslegung)」というGoBの類似的表現で承継された(Schruff (Hrsg.) [1986], S.28/29)。その後,第4号指令「提案(Vorschlag)」「総則」第2条第2項では,「年 度決算書は正規の簿記の諸原則に合致しなければならない」(Schruff (Hrsg.) [1986], S.28/29) とされ,GoB 概念が導入される。しかし,1974 年の第 4 号指令についての「修正提案

(geaäderter Vorschlag)」「総則」第2条においては,GoB自体が削除され(Schruff (Hrsg.) [1986], S.28/29;山口編 [1984], 200頁),最終的に1978年公表の第4号指令「総則」第2 条では,年度決算書のGoB指示が削除されたままとなる(Schruff (Hrsg.) [1986], S.28/29;

山口編 [1984], 200頁)。しかし,ドイツの立法者は,第4号指令の国内法化に際して,第

4号指令「総則」第 2条には要求されていなかったGoB概念を,ドイツの立法者はHGB へ再導入している。このGoBの再導入により,EStGに関しての「商法上のGoB」に基づ いて課税所得を算定するという財政学的な課税所得算定の法的根拠も同時に守られている ことに注意が必要である。つまり,GoBが削除された第4号指令のドイツ国内法化の後も,

配当に係るGoBに基づく年度決算書の利益計算と,それに基づく課税所得計算が,同時に 保持されている結果となっているのである。

このように,HGB,AktGおよびEStGにおいて,GoB概念はドイツ法に導入され続けて おり,120年以上の長きにわたり,ドイツ法の中で,「内生的基準」の一つとして,普遍的

5 ただし,現在とは若干表現が異なり,1937 年 AktG では,“Grundsätze ordnungsgemäßer Buchführung”と表記されていた(松本 [1991], 22頁)。「正規の(ordentlich, ordnungsmäßigある いは ordnungsgemäß)」または「諸原則(Grundsätze)」といったような,HGB および関連諸法 規における概念を歴史的に辿ると,古くは1794年プロイセン一般国法,1861年一般ドイツHGB,

1874年ザクセンEStGなどにみられるという(髙木(靖)[1995], 21頁)。

61 な役割を担っているのである。

5. ドイツにおける会計基準の中での GoB の制度的ポジション

(1) ドイツ会計制度におけるGoBの導入状況

GoBのドイツにおける制度的なポジションに関して,その意義を理解するためには,GoB が導入され続けている法規の中でも現在の会計を一般法として包括する1985年HGB規定 の構成を概観することが必要となる。この点について,現行HGBにおけるGoBの導入状 況,すなわち導入規定および当該規定の要約を,適用法形態別に示すと以下の図表3-2の ようになる。

62 図表3-2 1985年HGBにおけるGoBの導入状況

HGB第3編「商業帳簿」第1章「すべての商人についての規定」

GoB導入規定 意味内容

第238条第1項第1文 すべての商人に対する帳簿記帳義務に際してのGoB遵守要 求(簿記に関する一般規範)

第239条第4項第1文 商業帳簿のファイル・データ媒体での作成に際しての形 式・手続きのGoBとの合致要求

第241条第1項から第3項 棚卸簡便法を採用した場合のその採用方法とGoBとの合致 要求

第243条第1項 年度決算書に対するGoB遵守要求(年度決算書に関する一 般規範)

第256条第1文 評価簡便法を採用した際の,その手続きのGoBとの合致要 求

第257条第3項 画像媒体・データ媒体の写しによって証拠書類を保存する 場合のそれぞれのGoBとの合致要求

HGB第3編「商業帳簿」第2章「資本会社(株式会社,株式合資会社,有限会社)ならび に一定の人的商事会社についての補充規定」

GoB導入規定 意味内容

第264条第2項第1文 資本会社の年度決算書における財産状態,財務状態,収益 状態のGoBを遵守したうえでの「実質的諸関係に合致する 写像」(TFV)の伝達要求(資本会社の年度決算書に関する 一般規範)

第297条第2項 コンツェルン決算書における財産状態,財務状態,収益状 態のGoBを遵守したうえでのTFV伝達要求(コンツェルン 決算書に関する連結一般規範)

第321条第2項 (監査報告書に際して)年度決算書の,GoB その他の関連 する会計原則を遵守したうえでのTFV伝達の有無の判断 HGB第3編「商業帳簿」第5章「私的会計委員会,会計審議会」

GoB導入規定 意味内容

第342条第2項 DRSがGoBを遵守しているとみなし得る規定(GoB遵守み なし規定)

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HGB第3編「商業帳簿」第6章「会計に関する検査部門」

GoB導入規定 意味内容

第342b条第2項 ドイツ会計検査機関(DPR)による諸決算書等のGoBとの 一致の検査

出所:筆者作成。

このようなHGBにおいてGoB概念が導入されている規定は,ドイツ語表現的に以下の 6つのパターンに分類できる。

① 簿記・年度決算書作成に際しての「GoB遵守要求」

(第238条第第1項第1文および第243条第1項)

② 商業帳簿の形式や各種会計処理の「GoBとの一致要求」

(第239条第4項第1文,第241条第1項から第3項および第256条第1文)

③「GoBを遵守したうえでのTFV伝達要求」

(第264条第2項第1文および第297条第2項)

④「GoBその他の重要な会計原則を遵守したうえでのTFV伝達の有無の判断」

(第321条第2項)

⑤「GoB遵守みなし規定」

(第342条第2項)

⑥「ドイツ会計検査機関による諸決算書等のGoBとの一致の検査」

(第342b条第2項)

上記①における「GoB遵守要求」は,HGBにおいて,“nach den Grundsätzen ordnungsmäßiger

Buchführung”,すなわち「GoBに従って」といったように表記されるものであり,①に該

当する規定の1つたるHGB第238条第1項第1文では,「自己の商取引および財産状態を GoBに従って帳簿記帳を行うこと」が要求され,第243条第1項では,「年度決算書がGoB に従って作成すべきこと」が要求されている。

②における「GoBとの合致要求」は,HGBにおいて,“den Grundsätzen ordnungsmäßiger Buchführung entsprechen”(第239条第4項第1文および第241条第2文),“den Grundsätzen ordnungsmäßiger Buchführung entsprechenden”(第241条第2項および第3項第2号)あるい は,“den Grundsätzen ordnungsmäßiger Buchführung entspricht”(第256条第1文)といった ように表記されるものであり,各種会計処理の適用が容認される場合,適用される方法と GoBとの合致が求められる場合がこれに該当する。表現の相違こそあるが,「GoBとの合 致要求」も本質的に①と同様,GoBを遵守することを要求しているものには変わりがない。

しかしながら①のように,簿記および年度決算書を作成する際のGoB遵守要求といったよ うな,企業にとっての基幹的な規定は,②には見当たらず,GoBとの合致を要求する対象 は,細かな帳簿記帳や各種会計処理である。

③における「GoBを遵守したうえでのTFV伝達要求」は,HGBにおいて,“unter Beachtung

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der Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung entsprechen (ein den tatsächlichen Verhältnissen entsprechendes Bild der Vermögens-, Finanz- und Ertragslage der Kapitalgesellschaft zu vermitteln)”といったように表記されているものであり,資本会社の年度決算書(コンツェ ルンの場合はコンツェルン決算書)はGoBを遵守したうえで,資本会社(コンツェルンの 場合はコンツェルン)の財産状態,財務状態および収益状態のTFVを伝達しなければなら ないというものである。ここでは①とは異なり,単にGoBを遵守するべきことのみが要求 されている訳ではなく,TFVをも伝達しなければならない。

④における「GoBその他の重要な会計原則を遵守したうえでのTFV伝達の有無の判断」

は ,HGB に お い て ,“ob der Abschluss insgesamt unter Beachtung der Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung oder sonstiger maßgeblicher Rechnungslegungsgrundsätze ein den tatsächlichen Verhältnissen entsprechendes Bild der Vermögens-, Finanz- und Ertragslage der Kapitalgesellschaft oder des Konzerns vermittelt”といったように表記されているものであり,

③と類似しているが,監査報告書に関して,決算書が全体として,GoBその他の重要な会 計原則を遵守のうえ,資本会社あるいはコンツェルンの財産状態,財務状態および収益状 態のTFVを伝達するかどうかを判断することが求められている点が異なる。

⑤における「GoB遵守みなし規定」は,HGB において,“Die Beachtung……Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung entsprechen (wird vermutet)”と表記されているものであり,「連 邦法務省によって公示された,私的な会計基準設定機関(すなわちDRSC)の勧告が遵守 されている場合には,コンツェルン会計に関する GoB が遵守されているとみなす」6とい うものである。ここでは,「『コンツェルン会計に関する GoB』」が遵守されているとみな す」という点が③とは異なる。

⑥における「ドイツ会計検査機関による年度決算書等のGoBとの一致の検査」は,HGB に お い て ,“Grundsätze ordnungsmäßiger Buchführung oder den sonstigen durch Gesetz zugelassenen Rechnungslegungsstandards entspricht”といったように表記さてているものであ る。これは, DPRの諸決算書等の検査において,諸決算書等が,GoBや法によって認め られた会計基準に準拠しているかどうかが考慮されるものである。

以上で述べてきたことは,HGBにおけるGoBの導入状況を説明したものであるが,GoB 概念は,HGBだけに導入されている訳ではなく,EStG第5条第1項などに導入されてい る。ここで,EStGにおけるGoB概念についてみてみると,その第5条第1項は,法律の 規定に基づいて記帳および定期的に決算を行う義務を負う商工業者が,事業年度の末日に おいて,GoBに従って,計上すべき事業財産を表示しなければならない旨を規定している。

ここではGoBという文言に,「商法上の(handelsrechtliche)」という形容詞が付されている ことに注意が必要であり,単にGoBに従うことが要求されている訳ではない。すなわち,

商工業者は決算において,計上すべき事業財産を表示する場合には,商法上のGoB,つま り,HGBにおけるGoBに従うことが要求されている。しかしながら,ここでもGoBが何 を意味するかということについては,EStG 上においても何ら説明がない。それゆえに,

HGBやEStGなどの関連諸法規におけるGoBの意味についても明らかにする必要があるが,

6 この点については,郡司 [2000], 108-109頁を参照されたい。