第 4 章 EC 第 4 号指令の生成とドイツへの国内法化過程 1. はじめに
3. EC 第 4 号指令のドイツにおける国内法化過程
(1) 第4号指令の生成過程とドイツにおける国内法化プロセス
さて,会計指令の「提案」からの各種草案策定過程とドイツへの導入過程を示している ものが以下の図表4-2である(Gross und Schruff [1986], S.20)。
87 図表4-2 会計指令の設定とドイツへの変換過程
規制範囲
年度決算書 コンツェルン決算書 監査人の資格
1971年11月16日付 EC第4号指令提案 1974年2月26日付 EC第4号指令修正提案
1975年5月4日 EC第7号指令提案
1978年4月24日 EC第8号指令提案 1978年7月25日付
EC第4号指令
1978年12月14日付 EC第7号指令修正提案
1979年12月5日付 EC第 8号指令修正提 案
1980年2月5日付 会計指令法予備草案 1981年5月18日付 会計指令法草案 1982年2月10日付 会計指令法政府草案
1983年6月13日付 EC第7号指令 1983年8月26日付
会計指令法政府草案
1984年4月10日付 EC第8号指令 1985年3月29日付
EC第4号指令部分変換 草案(小委員会)
1985年6月3日付EC第7・ 8号指令変換政府草案
1985年8月1日付
会計指令草案(小委員会)
1985年11月18日付 会計指令草案(法務委員 会)
1985年12月24日付 会計指令法
出所:Gross und Schruff [1986], S.20から引用。
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図表4-2のように,会計指令は,その国内法化まで多くの草案・法案を経て策定されて いることが分かる。とくに第4号指令については,草案・法案を他の指令よりも数多く経 て策定され,ドイツへ国内法化されている。ただし,既に述べたように,本論文において は第4号指令の策定過程に焦点を当てており,ドイツへの国内法化のプロセスは詳細には 扱わない。
(2) 第4号指令の国内法化の期限と加盟国における変換対象法
第4号指令の規定は,第4号指令を国内法に変換するまでの期限を,2年以内に行うべ きことを予定していた。すなわち立法者は遅くとも1980年7月31日までに第4号指令を 国内法化しなければならなかった(第4号指令第55条第1項)。さらに,原則として新規 定の適用までの期間として,国内法化より18か月間が認められていた(第4号指令第55 条第2項)。したがって,遅くとも1982年2月1日までに新規定の適用を開始しなければ ならなかったこととなる。しかしながら,この新規定の適用開始期限を遵守した国家はデ ンマークだけであり,その他の加盟国のほとんどが適用期限を超過したという事実がある
(Schmitz [1988], S.2;黒田 [1993], 8頁)。一方,第4号指令に反対していた国家はベルギ ーであり,第4号指令は,9 加盟国のうちベルギーのみが反対する中の多数決による是認 によるものであった(黒田 [1979], 80頁)。
ドイツの立法者は,1985年12月19日付をもって第4号指令を貸借対照表指令法(会計 指令法)としてEC第7号指令(第7号指令)およびEC第8号指令(第8号指令)とと もに一括してHGBに変換し,1985年HGBが翌年の1986年12月31日から始まる事業年 度から適用されたたため,ドイツにおいては実に4年近くも新規定適用期限を超過したと いうこととなる。ドイツにおいては,このような遅延の裏側には,当時の政権の変化が存 在する。その当時,議論において焦点となったものは,加盟国選択権の行使,第4号指令 における最低限の規制の設置あるいは非設置,第4号指令を統一会計法として,あるいは 法形態別に変換するかといった点であった(黒田 [1993], 11頁)。ドイツは会計指令の草案 段階で会計指令政府法案が2回(1982年および1983年)提出されているが(図表4-4参 照),2つの政府法案は,当時の政権の影響を受けている(黒田 [1987], 25頁;黒田 [1993], 11頁)。
1982年の政府法案は「社会民主党(Sozialdemokratische Partei Deutschlands:SPD)」政権 下,ヘルムート・シュミット(Helmut Schmidt)が首相であった際に公表されているもの であるのに対し,1983年政府法案は「キリスト教民主同盟(Christlich- Demokratische Union Deutschlands:CDU)」のヘルムート・コール(Helmut Kohl)が首相であった際に公表され たものであり,双方の政府法案は執筆者が異なる(黒田 [1987b], 25頁)。この政権交代に よって,有限合資会社が会計指令法の適用範囲から除外されたという(黒田 [1987b], 25 頁)。しかし,1983年の政府法案の際の政権交代により公表された1985年の第4号指令部
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分変換草案(小委員会)では,基本構想の大きな変化と規制の緩和が実施されている(黒 田 [1987b], 25頁)。つまり,ドイツにおける第4号指令の国内法化過程には,政権の変化 により立法が変化する現象が確認できるのである。
ここで,各加盟国の第4号指令の変換法等ならびに初度適用年度を示したものが以下の 図表4-3である。
図表 4-3 第 4 号指令の変換結果としての加盟国における法規定と初度適用
加盟国 規則の法への組入日および組入法等
の名称 初度適用の年度
ドイツ連邦共和国 1985年12月19日 会計指令法
1986年12月31日 フランス 1982年4月27日
省令に基づくプラン・コンタブル・ジ ェネラル
1983年4月30日
会計法による修正商法典・商事会社法 1983年11月19日
施行令による改正商事会社法
1983年12月31日
オランダ 1983年12月7日の法律
1983年12月12日の資産評価規則 1983年12月23日の年次計算書様式 規則
1983年12月31日
ベルギー 1983年7月1日付法律による1975年 改正企業会計法
1983年9月12日付王令による1976 年改正王令
1983年12月31日
ルクセンブルク 1984年5月10日の法律により1915 年の商事会社法を改正する 1984年6 月29日の大公令
1984年12月31日
英国 1981年会社法
各会社法等を統合した1985年会社法
1982年6月14日 デンマーク 1981年5月27日
会計法
1982年1月31日 アイルランド 1986年7月12日付1986年会社法 1986年8月1日
ギリシャ 1986年11月28日付大統領令 1986年12月31日(一部 規定は1990年12月31日 から)
スペイン 1999年7月25日付法律 1990年1月1日 イタリア 1991年4月9日付政令 1993年4月17日 ポルトガル 1989年11月21日付法律 1989年12月31日
出所:Weber-Braun [1995], S.5;黒田 [1987c], 39-41頁;黒田 [1993], 9頁に基づき筆者作成。
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(3) 第4号指令のドイツへの変換状況と変換に係る諸問題
図表4-3のように,第4号指令の加盟国への国内法化の状況を確認すると,デンマーク を除き,第4号指令の国内法化期限及び初度適用期限から相当なる遅延をもって加盟国は 第4号指令の国内法化および初度適用を行っていることとなる。もちろん,図表4-3にお けるギリシャ,ポルトガル,スペインの3カ国は,第4号指令公表当時はEC加盟国では なかった4ため,遅延は当然のことであるが,先にも述べた通り,第4号指令公表当初から の加盟国の中ではベルギーだけが第4号指令の採択に反対していた(黒田 [1985], 130頁)。 仮に,第4号指令による各加盟国の会計基準の調和化が順調に行なわれていれば理論的に は全加盟国が国内法化および初度適用期限を遵守できた筈である。しかしそれが行われな かったということは,第1に,ドイツ等の大陸法的会計思考を有する国家主導で行われた と言われるエルメンドルフ氏によるスタディ・グループに端を発する草案策定から第4号 指令本文策定までの議論の結果が,各加盟国会計と相容れない部分があったために,会計 指令を用いた調和化がスムーズに進行していなかったこと,第2に,そのように策定され た第4号指令を国内法化する場合に,加盟国会計慣行と相容れない会計基準が第4号指令 に存在していたことを物語るものと考えられる。そのように考えた場合,第4号指令の初 度適用期限を守ったデンマークは,国内会計慣行と第4号指令との乖離の幅が小さかった か,乖離があったとしてもその乖離を容認したと推測できる。一方,第4号指令の採択に 反対の意思表示を示していたベルギーは,国内会計慣行と第4号指令との乖離の幅が大き かったか,乖離の幅が小さくとも,既存のベルギーの会計にはない会計を第4号指令の国 内法化によって,ベルギーの立法者が自国に取り込もうとしていたことが考えられる。
前述の2番目の点について,例えばドイツにおいても,第4号指令の規定がスムーズに 変換されたというわけではない。オルデルハイデ [1993] によれば,第 4 号指令のドイツ への変換には成否が存在し,以下の図表4-4の通り,ドイツは第4号指令に対して多様な 取り扱いを行ったことが分かる(66頁)。これに関して,オルデルハイデ [1993] によると,
第4号指令の変換には「ソフト変換」「ハード変換」の両者が存在し,ソフト変換とは,「新 国内法に従う会計がヨーロッパ共同体理事会の意図に合わないような結果を可能とするよ うに第4号指令の規定が国内法に変換されたもの」「国際協定上加盟国選択権が与えられな い領域においてさえ伝統的国内会計慣行の維持を許すもの」(65 頁)であり,一方,ハー ド変換とは,ソフト変換の反対概念として,「文字通り国内法化されるかまたは,文言は異 なっても国際的ルールの意図を表現する文言を用いて国内法化されることにより原初版よ りもよく,国際的ルールが国内ルールとなる」(65 頁)ものである。オルデルハイデはこ のようなドイツにおける第4号指令の変換方法を,2つの異なる概念によって,旧法と新 法(1985年HGB)との関係を,以下の図表4-4のように説明している。
4 ギリシャは1981年に,ポルトガルおよびスペインは1986年にECに加盟している。
91 図表 4-4 ドイツの立法者による第 4 号指令の取扱い
変化なし 旧法=新法
変化あり 旧法≠新法 ハード変換
第4号指令=新法
問題なし
(nop)
ルール調和化成功
(sh)
ソフト変換 第4号指令≠新法
ルール調和化への抵抗
(rh)
新問題
(nep) 出所:オルデルハイデ [1993], 66頁に基づき筆者が若干表現を修正。
つまり,図表4-4における第4号指令の変換状況についてのオルデルハイデ [1993] の分 類の通り,ある規定では変換に際しては何の問題も生じず,ある規定の変換では調和化に 成功し,ある規定ではルール調和化に抵抗をみせ,ある規定の変換に際しては新たなる問 題を生じせしめた結果となっている(66頁)。さらにオルデルハイデ [1993] は,具体的な 第4号指令変換の成否を以下の図表4-5のように纏めている。
92 図表 4-5 第 4 号指令ルール変換の成否
1965年AktG 第4号指令 1985年HGB 種類
一般原則 1.TFV,
分離テーゼ
― 第2条第3,4項 規定なし
第264条第2項 未解決
rh 2.TFV,
個別ルールからの離 脱
― 第2条第3,5項*1 強制
第264条第2項 明記せず rh 計上項目
3.有償取得の無形資産 第153条第3項
強制/任意:未解決
第9条,第10条 強制
第266条第1項*2 強制 sh 4.退職年金引当金(新規
支 給 債 務 に つ い て の
み) 連邦普通裁判所
(BGH)判決任意
第20条,第43条 第1項第7号 強制/任意:
未解決
第28条[商施]
強制 nep/sh
評価
5.継続性概念 ―
任意
第31条第1項b 強制
第252条第1項6 強制
sh
6.製作原価の最低価額 第153条第2項:
GoB 変動費
第35条第3項a 材料費および変動 費
第255条第2項 未解決 rh 7.販売費の製作原価参
入
第153条第2項 特別直接費
第39条第2項 禁止
第255条第2項 未解決 rh
8.税法減額記入 第154条第2項
第155条第3項,
第2項 任意
第35条第1項d,
第39条第1項e 任意
第254条,第279 条第2項,第281 条 任意
nop/nep
9.価値回復義務
(税法上無影響)
第154条第2項,
第155条第4項 任意
第35条第1項 c/dd&第39号1項 d,e
強制
第280条 強制
sh
税効果会計
10.借方繰延税金 規定なし 第43条第1・2項
総額に含む
第274条第2項 任意
rh 11.貸方繰延税金(未払
税金ではない)
規定なし 第43条第1・2項 不明瞭
第274条第1項 未解決
rh
*1:オルデルハイデ [1993], 67頁では,第2条第2,4項(§2 Ⅱ,Ⅳ)とあるが,TFV規定 と離脱規定は第2条第3,5項である。よって,筆者により修正している。
*2:オルデルハイデ [1993], 67頁では,第264条第1項(§264 Ⅰ)とあるが,貸借対照表積 極側に無形(固定)資産を表示しなければならない旨の規定は第266条第1項である(具体 的な貸借対照表表示様式に関する規定は同条第2項)。よって,筆者により修正している。
出所:オルデルハイデ [1993], 67頁に基づき筆者により若干内容・表現を修正。
図表4-4および図表4-5を見れば,ルール調和化への抵抗を示すrhが第4号指令の国内 法化に際して存在することが分かる。rhは第4号指令の策定に際して1965年AktGが参照