第 7 章 EC 第 4 号指令における年度決算書評価原則の生成とドイツの影響力 1. はじめに
2. 年度決算書評価原則と比較対象との相応性・類似性
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第 7 章 EC 第 4 号指令における年度決算書評価原則の生成とドイツの影響力
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・第35条第1項b):経済的な期間が限定されている固定資産の項目は,その取得原価ま
たは製作原価は,その資産項目の原価について,経済的な期間において,計画的な償 却によって算定された価値修正を控除しなければならない。
・第35条第1項c), bb):固定資産の項目に際して,その利用が期間的に限定されている
か否かを問わず,減価が継続されるものと予想される場合,貸借対照表日において計 上されるべき,より低い価値によって評価するために,価値修正を計上しなければな らない。
・第35条第1項c), cc):aa)(aa) は選択権のために対象から除外―筆者)およびbb) に 言及されている価値修正は損益計算書に計上し,損益計算書において別個に表示され ない場合には附属説明書において別個に表示しなければならない。
・第35条第1項c), dd):aa)(aa) は選択権のために分析対象から除外―筆者)およびbb)
のもとでのより低い価値計上は,価値修正の根拠がもはや存在しない場合には維持し てはならない。
・第35条第2項:取得原価には,購入代価とともに付随費用が加えられる。
・第35 条第3項a) :製作原価には,原材料,補助材料および経営材料の取得原価とと もに,個々の製品に直接参入し得る原価が加えられる。
・第39条第1項a) :流動資産の項目は,b) およびc) を妨げることなく,取得原価ある いは製作原価で評価しなければならない。
・第39 条第 1項b) :流動資産の項目に際しての価値修正は,貸借対照表日において示 される,より低い市場価格によって,あるいは特別な事情の場合においては,その他 のより低い価値によって計上するために,これを行わなければならない。
・第39条第1項d):b) およびc) 2による,より低い価値計上は,価値修正の根拠がもは や存在しない場合には,維持してはならない。
・第39条第1項e):流動資産の項目に際し,税法規定の適用のために,計画的な価値修 正を行う場合には,その金額を附属説明書において述べなければならず,また,十分 に根拠づけなければならない。
・第39 条第 2項第 1文:(流動資産の―筆者)取得原価あるいは製作原価の確定に関し ては,第35条第2項(取得原価の決定規準―筆者)および第3項(製作原価の決定規 準―筆者)を適用する。
・第42条第1文:引当金は,必要とされる金額の高さにおいてのみ計上しなければなら ない。
・第42条第2文:貸借対照表において「その他の引当金」の項目のもとで表示されてい る引当金は,それらが巨額である限りにおいて,附属説明書において説明しなければ ならない。
2 c) は選択権規定であるため,ここで分析対象となるものはb) である。
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本章では,これらの年度決算書評価原則の各種草案ならびに本文と旧ドイツ法との相応 性・類似性を分析する。分析手法は,第5章および第6章で採用したものを援用し, Schruff (Hrsg.) [1986];山口編 [1984] に基づき,第4号指令の「予備草案」「提案」「修正提案」「本 文」の順に指令策定過程の変遷をとらえるとともに,それらに対しての旧ドイツとの相応 性・類似性を分析する。
分析に際しては,第5章で用いた図表5-2の相応性・類似性についてのメルクマールを利 用したうえで,相応性・類似性の程度を分類している。分類に際しては,図表 5-3 におけ る類似性・相応性のメルクマールの適用規準をここでも援用する。
分析の対象となった第4号指令規定のドイツの立法者の国内法化のスタンスについては,
第5章の図表5-5における,Busse von Colbe und Chmielewicz [1986](S.291)ならびにシュ ミーレヴィチ [1987b](26-27頁)による「第4号指令選択権の国内法化の取り扱いに関す るドイツの立法者のスタンス」(図表5-4)を義務規定に援用した,図表5-5の規準に従う。
年度決算書評価原則は,会計利益計算に影響を及ぼすものであり,かつ本章で抽出した 分析対象はすべて義務規定である。ドイツの立法者ないしは会計基準設定者が仮に第 4 号 指令の策定段階から影響力を行使したのであれば,ドイツの立法者の国内法化のスタンス は「慣行維持」となる可能性が高い。
さて,本章で分析の対象となる規定のメルクマールを構成する諸要素を旧ドイツ法と第4 号指令の生成過程との中で示した場合,以下の図表7-1の通りとなる。
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図表 7-1 相応性・類似性のメルクマールを構成する諸要素
条文番号 項目
旧ドイツ法 承継 要素
相応性・類似性の程度 1897
年 HGB
1965 年 AktG
予備草案 提案 修正提案 第4号指令
第4号指令第 32条
年度決 算書の 評価基 準
× 〇
α ― ― ― ・取得原価
・製作原価
β
不明瞭 不明瞭 不明瞭 不明瞭
取得原価・製作 原価評価
取得原価・製作原 価評価
取得原価・製作 原価評価
取得原価・製作 原価評価
第4号指令第
35条第 1 項
a)
固定資 産の評 価基準
× 〇 α
・固定資産の 項目
・取得原価
・製作原価
・固定資産の項 目
・取得原価
・製作原価
・固定資産の 項目
・取得原価
・製作原価
・固定資産の 項目
・取得原価
・製作原価 β
有 有 有 有
取得原価・製作 原価評価
取得原価・製作原 価評価
取得原価・製作 原価評価
取得原価・製作 原価評価
第4号指令第
35条第 1 項
b)
固定資 産から の価値 修正の 控除
× 〇 α
・.取得原価
・製作原価
・計画的な償却
・価値修正
・取得原価
・製作原価
・価値訂正
・取得原価
・製作原価
・価値訂正
・取得原価
・製作原価
・計画的な償却
・価値修正
β 有 有 有 有
修正額控除 修正額控除 修正額控除 修正額控除
第4号指令第
35条第 1 項
c), bb)
固定資 産の価 値修正
× 〇 α
・固定資産の 項目
・利用が期間 的に限定さ れているか 否かを問わ ず
・決算日
・継続的な価 値低価が予 想される場 合
・付すべきよ り低い価値
・固定資産の項 目
・利用が期間的 に限定されて いるか否かを 問わず
・貸借対照表日
・継続的な価値 訂正が予想さ れる場合
・付すべきより 低い価値
・固定資産の 項目
・利用が期間 的に限定され ているか否か を問わず
・決算日
・継続的な価 値低価が予想 される場合
・付すべき最 低の価値
・.固定資産の
項目
・利用が期間 的に限定さ れているか 否かを問わ ず
・決算日
・継続的な価 値低価が予 想される場 合
・付すべき最 低の価値
β 有 有 有 有
低価計上 低価計上 低価計上 低価計上
第4号指令第
35条第 1 項
c), cc)
固定資 産の価 値修正 の表示 場所
× ×
α ― ― ― ―
β 無 無 無 無
第4号指令第
35条第 1 項
c), dd)
固定資 産の低 価評価 の中止
× 〇
α ―
・最低の価値計 上
・根拠がもはや 存在しなくな った場合
・最低の価値 計上
・根拠がもは や存在しなく なった場合
・より低い価 値計上
・根拠がもは や存在しな くなった場 合
β 無 変化 変化 変化
低価維持禁止 低価維持禁止 低価維持禁止 第4号指令第
35条第2項
取得原 価の構 成要素
× 〇
α ― ― ― ―
β 無 無 無 無
第4号指令第
35条第 3 項
a)
製作原 価の構 成要素
× 〇
α ・製作原価 ・製作原価 ・製作原価 ・製作原価
β
無 無 無 無
直接製造原 価の加算
直接製造原価 の加算
直接製造原価 の加算
直接製造原 価の加算
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第4号指令第
39条第 1 項
a)
流動資 産の評 価基準
× 〇 α
・流動資産の 項目
・取得原価
・製作原価
・流動資産の項 目
・取得原価
・製作原価
・流動資産の 項目
・取得原価
・製作原価
・流動資産の 項目
・取得原価
・製作原価
β 有 有 有 有
計上義務 計上義務 計上義務 計上義務
第4号指令第
39条第 1 項
b)
流動資 産の価 値修正
× 〇 α
・取引所価格
・市場価格
・決算日
・定まらない 場合
・付すべき価 値 を 超 え る 場合
・取得原価
・製作原価
・貸借対照表日 ・貸借対照表 日
・貸借対照表 日
β 有 有 有 有
価値修正義務 価値修正義務 価値修正義務 価値修正義務
第4号指令第
39条第 1 項
d)
流動資 産の価 値修正 の中止
× 〇
α ―
・(価値訂正の–
筆者)根拠がも は や 存 在 し な い場合
・(価値訂正の –筆者)根拠が もはや存在し ない場合
・より低い価 値計上
・根拠がもは や 存 在 し な い場合
β
無 変化 変化 変化
低価の維持禁 止
低価の維持禁 止
低価の維持 禁止
第4号指令第
39条第 1 項
e)
流動資産 における 税法上の 計画外価 値修正
× 〇
α ― ・流動資産の項 目
・流動資産の 項目
・流動資産の 項目
β
無 無 無 無
附属説明書で の記載義務
附属説明書で の記載義務
附属説明書で の記載・根拠付 け義務
第4号指令第
39条第2項第
1文
流動資産 の取得原 価と製作 原価の確 定方法
× 〇
α ・製作原価 ・製作原価 ・製作原価 ・製作原価
β
無 無 無 無
付随費用加 算等規定の 援用
付随費用加算 等規定の援用
付随費用加算 等規定の援用
付随費用加 算等規定の 援用
第4号指令第 42条第1文
引当金 の金額 計上要 件
× 〇 α
・引当金
・理性的な商 人の判断に 基づき
・金額の高さ
・引当金
・理性的な商人 の判断に基づ き
・金額の高さ
・引当金
・理性的な商 人の判断に基 づき
・金額の高さ
・引当金*1
β 有 有 有 有
計上義務 計上義務 計上義務 計上義務
第4号指令第 42条第2文
巨額な その他 の引当 金の説 明
× 〇
α ・その他の引 当金
・その他の引当 金
・その他の引 当金
・その他の引 当金
β 無 無 無 無
*1:「金額の高さ」についての用語は,「必要とされる金額の高さ(Höhe des notwendigen Betrags)」
という表現であり,ここではこの会計用語の承継はないものとして扱っている。
出所:筆者作成。
次に,本章で検討対象となる年度決算書評価原則の生成過程と,1985年HGBへの変換に 関するドイツの立法者のスタンスを図示すると以下の図表7-2のようになる。