第 5 章 EC 第 4 号指令における「総則」第 2 条の生成とドイツの影響力 1. はじめに
8. 分析の結果
本章では,第4号指令「総則」第2条における義務規定とそれに付随する例外規定なら びに選択権規定が,旧ドイツ法と第4号指令生成過程における一連の草案等といかなる相 応性・類似性を有するのか,旧ドイツ法規定が第4号指令生成過程に対してどのような影 響を及ぼしたのか,さらには最終的に第4号指令がドイツにおいて国内法化されたのか,
あるいはされなかったのかを検討してきた。この分析の結果は以下の通りである。
(1) 旧ドイツ法と各種草案ならびに本文との相応性・類似性
まず,旧ドイツ法と第4号指令生成過程における一連の草案等との相応性・類似性の分 析の結果,「総則」第2条の義務規定については,年度決算書の一体性を除けば,その生成 過程において,1965年AktGの影響が及んでいることが分かった。ただし,TFV伝達要求 が含まれている規定については,もともとが1965年AktG の影響(「できるだけ確実な概 観の伝達要求」)のもと策定されたが,第4号指令本文の策定段階の中でも「修正提案」で は伝達すべきものが,「忠実な概観」へと変化し,「本文」にはTFV伝達要求が導入された ため,英国等のEC加盟により,当該規定が生成されたことを再確認することができた。
次に,「総則」第2条の義務規定に付随する例外規定については,旧ドイツ法が参照され たとはいえないことが明らかになった。これらの例外規定はすべて,TFVからの離脱規定 に関わるものであり,英国等のEC への新規加盟により英国会社法上の概念が指令規定に
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導入されたことと,ドイツの立法者ないしは会計基準設定者がTFVからの離脱を認めてこ なかったことを裏付けるものである。
最後に,「総則」第2条の選択権についても,旧ドイツ法が参照されていないことが確認 できた。この規定の1つは,TFVを伝達しえないような例外的な場合の設定に関わるもの であり,「予備草案」以降,旧ドイツ法との相応性・類似性はまったくみられなかった。こ のことは,TFV伝達要求が英国等の影響で策定されたため,当然の結果であろう。もう1 つの第4号指令での開示要求以外の年度決算書での開示選択権についても,「予備草案」以 降,旧ドイツ法との相応性・類似性はまったくみられなかった。
(2) 分析対象となった規定に対するドイツの立法者のスタンス
続いて,分析対象となった規定のドイツの立法者のスタンスについての分析の結果,ま ず,義務規定については,図表5-7のように,「新導入」「導入拒否」「慣行維持」の暫定的 な分類が正しかったことが確認できた。さらに,義務規定については,ドイツという国家 の立場からすれば4つの規定について,「慣行維持」となったものが2つ,「新導入」とな ったものが2つという結果となった。ここで「慣行維持」となった規定のうちの1つ,第 4号指令第2条第2項における年度決算書の明瞭かつ要覧的な作成については,策定過程 において明らかにもともとは旧ドイツ法が参照された可能性が高い。ただし,英国会社法 上にみられるTFV伝達要求の生成過程に関しては,旧ドイツ法の諸概念が策定過程中途ま で影響力を有していたものの,その影響力は TFV に取って代わる。つまり,TFV 伝達要 求の策定に関しては,ドイツと英国の利害対立がみられた結果,英国の影響を受けている 結果となっている。とはいえ,もともとはドイツの影響力のもと当該規定は策定されよう としていたのである。
次に,第4号指令「総則」第2条の義務規定に付随する例外規定であるが,図表5-9の ように,2つの規定はいずれも「導入拒否」という結果となり,「導入拒否」の暫定的な分 類が正しかったことが確認された。
そもそもドイツの立法者はTFV離脱規定を国内法化していない。このTFV離脱規定に ついてドイツの立法者は「導入拒否」とした,と本章では位置付けている。それゆえに,
離脱の場合の附属説明書での記載義務についてもドイツの立法者は「導入拒否」として取 り扱ったと考えることは自然なことであろう。
さらに,第4号指令「総則」第2条に設定されている選択権については,図表5-11のよ うに,2つの規定はいずれも「導入拒否」という結果となり,「導入拒否」の暫定的な分類 が正しかったことが確認された。すなわち,これらのいずれの選択権も1897年HGBなら びに1965年AktGが参照されたとはいえず,これらの規定についてドイツは影響力を行使 しなかったと考えられる。ただし,この2つの選択権の国内法化に際してドイツの立法者 は,それらの強制的なドイツへの導入を求めず,これらの規定については,ドイツの立法 者ないしは会計基準設定者は選択権として取り入れるか否かの検討の余地を残した可能性
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がある。選択権を行使しなければドイツの立法者は自国の会計慣行を可能な限り変更する ことを避けることができるためである。
つまり,本章では分析の対象となった8つの規定のうち6つは「事実上の慣行維持」を 図っているといえるのである。
9. おわりに
本章では,1897年HGBならびに1965年AktGの第4号指令「総則」第2条の草案なら びに本文との相応性・類似性を明らかにしてきた。その結果,第4号指令「総則」第2条 に大きな影響を及ぼした TFV 規定をドイツの立法者は国内法化するものの,離脱規定の 1985年HGBへの非明文化や,「総則」第2条の義務規定に付随する選択権を行使しないこ とで,可能な限りドイツの会計慣行を維持しようとしていたことが明らかとなった。この ことは,会計指令を通じた調和化が開始された当時において,「総則」第2条の義務規定に ついては,国内の既存の会計慣行を維持することがドイツの立法者ないしは会計基準設定 者の会計戦略であったことを示唆しており,GoB が「提案」において導入されたことは,
それを象徴するものである。とくに,「総則」第2条は,第4号指令の根幹にかかわる規定 であり,旧ドイツ法がその規定に影響を及ぼそうとした点は,ドイツの会計慣行の維持を 図るというドイツの立法者ないしは会計基準設定者の動機となったと考えられる。そこで,
この点をさらに確認するために,次章では第4号指令第31条の「一般的評価原則」を取り 上げて検討する。
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