第 3 章 ドイツにおける会計基準と EC 第 4 号指令との関係 1. はじめに
6. GoB の取得方法
前述の通り,GoBが何を意味するのか,ということに関しては,一切HGBを始めとし て,関連諸法規にも説明がなされていない。それゆえに,GoBが不確定法概念とされる所 以である。この不確定法概念は,立法者によって意図的に法に組み入れられたものであり,
その立法者の意図は,詳細な法規定をもってしても,すべての個別的な事象を包括的に規 定することは不可能であるため,立法者は不確定法概念を法に組み入れることによって,
詳細な規定では対処できないような多様な事態に備えて,解釈の余地を残しているという ところにある。このことは,会計法たる HGB 会計規定についても同様のことがいえ,会 計に関するあらゆる事象を包括的に規定することは不可能であるために,立法者が不確定 法概念たるGoBをHGBに導入することによって,新しい事態,経済の実際に即した事態 に対処することが可能となる(Baetge et al. [2009], S.103)。つまり,不確定法概念としての GoB は,「法の欠缺」であるといえる。換言すれば,このような解釈の余地を法に残して おかなければ,会計は法によって完全に拘束され,経済・技術が発展しても,会計自体が そのような事態に追従することができず,会計は実際の経済状態や技術革新をまったく反 映できないものとなり,時代に取り残された会計規定は,将来も発展できないものとなる。
例えば前述のHGB第243条第1項の年度決算書作成に際してのGoB遵守要求によって,
年度決算書の作成に際しては,柔軟な経済発展や技術革新などに対応することが可能とな るのである。
では,このような不確定法概念たるGoBはいかにして取得(決定)されていくのであろ うか。これに関しては,以下,主としてBaetge et al. [2009] の見解を参考にして検討して いく。
(1) 帰納法
GoBはその文言に関する具体的な説明がなされていない不確定法概念であるために,そ の内容は何らかの方法により,具体的に「取得(Gewinnung)」(決定)しなければならな い。これに関しては,歴史的にみて,「帰納法(inductive Methode)」「演繹法(deductive Methode)」,この両者を踏まえた「法解釈学(Hermeneutische Methode/Hermeneutik )」に分 類・展開され,発展してきている(Baetge et al. [2009], S.105-106)。
まず帰納法は,「正規のかつ尊敬すべき商人の見解(Ansichten der ordentlichen und
ehrenwerten Kaufleute)」からGoBを推論する方法であり,かつては,動態論を以て近代に
おける経営経済学(会計学)を確立したシュマーレンバッハ(Eugen Schmalenbach)によ って提唱されていたが,現在では支持されていないものである(Baetge et al. [2009], S.105)。 確かに,商人は専門的知識を有するため,彼らの見解を,主たるGoBの取得源泉とみなす ことも可能であるが,商人の利害において中立性を欠くGoBが形成される恐れがあるため,
加えて,商人の見解の中でも,「正規のかつ尊敬すべき商人の見解」を特定することは困難
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であるため,この方法は今日では受け入れられていない方法である(Baetge et al. [2009],
S.105)。このような理由から,GoBの取得方法は演繹法に移行することとなる。
(2) 演繹法
演繹法は,年度決算書の目的(会計観)を出発点とし,その目的を設定したうえで,GoB を演繹する方法であり,ベトゲは,この演繹法を以下の2つに分類している(Baetge et al.
[2009], S.105-106)。
① 「経営経済学(会計学―筆者)上の演繹法(betriebswirtschaftliche deductive Methode)」
② 「商法上の演繹法(handelsrechtlich deductive Methode)」
まず①の「経営経済学上の演繹法」は,純粋な経営経済学上の考慮や商人の個々の利害 から決定する方法である(Baetge et al. [2009], S.105)。ただし,この方法は,普遍的かつ経 済的・理論的に明確な目的体系が想定できないため,商法上の演繹法が支持されることと なる(Baetge et al. [2009], S.105-106)。しかし,HGBには年度決算書の受取人(財務諸表の ユーザー)の利害調整を通じた立法者による妥協が存在するために,首尾一貫した,第一 義的・支配的な年度決算書目的を導出することは困難である。それゆえに,この方法にも 限界がある(Baetge et al. [2009], S.106)。それゆえに,ベトゲは次に述べる法解釈学が必要 になるとしている(Baetge et al. [2009], S.106)。
(3) 法解釈学
法 解 釈学 は ,「法 学に お いて 一般 的 に行 われ てい る 解釈 の 規準 の もと で(in der Rechtswissenschaft anerkannte und übliche Methode der Auslegung)」(Baetge et al. [2009], S.107) 実施される,法規範の解釈方法であり,そのためには,以下のような6つのメルクマール を用いて法規定を総合的に解釈し,「間主観的(intersubjective)」に証明し得る規準が導き 出されるというものである(Baetge et al. [2009], S.107)。
図表3-6 法解釈学のためのメルクマール (1) 法規定の文言
(2) 法規定の意味関係 (3) 法規定の発生史
(4) 立法者の法資料および見解
(5) 経営経済上ないしは客観的・目的論的観点ならびに,
(6) 合憲性
出所:Baetge et al. [2009], S.107.
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このようなメルクマールに基づき,以下のようなGoBの取得・開発が図られる。
図表3-7 GoBの取得・開発の類型
(1) 法典化されたGoBの解釈ないし取得 (2) 法典化されていないGoBの開発
出所:Baetge et al. [2009], S.108.
ここで,GoB は,それが「法典化されているGoB(kodifizierte GoB)」と「法典化され
ざるGoB(nicht kodifizierte GoB)」とに分類がなされているが,後者の具体的な事例とし
ては,まず第4号指令の国内法化によって創設された1985年HGB第252条第1項に設定 されている「一般的評価原則(Allgemeine Bewertungsgrundsätzen)」が引き合いに出される
(Baetge et al. [2009], S.32-33,103)。そもそも1985年に会計指令が国内法化される前は,
1897年HGBが極めて少数の会計規定を設定し,そこには会計に関する評価基準などが一 切存在せず,1965年AktGがコンツェルンを含む会計規定を詳細に設定していた。その後,
会計指令の国内法化に基づく1985年HGBの発効により,立法者により,従前の AktGに 代わり,前述の重層的階層構造の構築とともに,HGBが大幅な会計規定を包括するに到っ た。このようにして形成された1985年HGBは,HGBの構造改革のみならず,それととも にドイツの立法者によって,法典化されざるGoBがHGB中に明示的に設定されたという 点で注目された。では,これら GoB の取得ないし開発についての方法論を Baetge et al.
[2009] の見解に従って解明していく。
まず,一定の契約の具現化あるいは新技術の開発といった状況に際し,法典化された GoBを解釈する場合には,その解釈に際しては,複数の解釈基準が要求される。その第1 の出発点となるものは,HGB第238条ないし第263条(HGB第3編「商業帳簿」第1章
「すべての商人についての規定」)の規定,場合によってはHGB第264条ないし第289条 の諸規定(HGB第3編「商業帳簿」第2章以降の「資本会社たる株式会社,株式合資会社,
有限会社ならびに一定の人的商事会社についての補充規定)の規定であり,これらにより 解釈すべき文言および推定された語意を把握することから解釈が開始され,上記6つの解 釈基準によって解釈が行われる(Baetge et al. [2009], S.109, 111;髙木(靖)[1995], 9頁)。 その要素の中でも憲法に反することは許されないため,合憲性が他のすべての解釈基準に 比して最高優位の指針として絶対的に優先する(Baetge et al. [2009], S.109, 111)。
ここで,法典化されていないGoBの取得・開発に際しては,上記解釈要素の中でも個々 の法規定の文言および語義,一般に,法律の発生史,立法者によって設定された当該GoB の目的は解釈の対象とならない(Baetge et al. [2009], S.109)。
さらに,これら6つの解釈基準以外にも,秩序ある商人の見解やその他の年度決算書の 受取人の見解,経営経済学の視点に基づき獲得された簿記・年度決算書の目的が総合的に 考慮され,これらが帰納的に導き出され,経営経済学上の演繹も,法解釈に貢献する(Baetge
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et al. [2009], S.111;髙木(靖)[1995], 9頁)。加えて,商法と関連する最高裁判所の判決が GoBの具体化に対して補完的に作用する(Baetge et al. [2009], S.110, 111)。
Baetge et al. [2009] によると,以下の図表3-8に示された方法で,法解釈学は実行される
(S.111)7。
7 髙木(靖)[1995], 8頁;川口 [2000], 275頁;倉田 [1996], 210頁もあわせて参照。
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図表3-8 GoBの具体化および決定の概略としての法解釈学
インプット
特定のメルクマールによって描写された企業(取引)の状態,例え ば,
- 一定の契約の具現化 - 新たな技術開発
方法論
第238条ないし第263条の規定 から選択された解釈
場合によっては第264条ないし第289 条の規定から選択された解釈 手段 字句内容および語義
意味関係 発生史
立法者による簿記および年度決算書に関する法律上の目的 客観的・目的論的に決定された簿記および年度決算書目的
合憲性
アウトプット
適用可能な,また法形態に 左右されず適用される描 写規則を含めた商法上の GoBシステム
商法上の法形態および業種 に特有の描写規則
出所:Baetge et al. [2009], S.111.
法解釈学
( 秩 序 あ る 尊 敬 す べき)商人の見解
異 な る 年 度 決 算 書 の受け手の見解
商法と関連する最 高裁判所の判例
経 営 経 済 学 の 視 点 に 基 づ き 獲 得 さ れ た 簿 記 お よ び 年 度 決算書の目的
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ここで,Baetge et al. [2009] は,法解釈学に際して参照されるべきHGB規定を,まず第 238条ないし第263条の規定から選択された解釈に求めており,これは,すべて,HGB第 3編「商業帳簿」第1章「すべての商人についての規定」である点は注意すべき点である。
さらに,場合によって解釈される規定としてのHGB第264条ないし第289条の規定は,
HGB第3編「商業帳簿」第2章「資本会社(株式会社,株式合資会社,有限会社)ならび に一定の人的商事会社に関する補充規定」を指している点であり,これらの規定が他の要 素と総合的に法解釈がなされる以上,HGBのこれらの規定と相容れない場合は解釈が困難 になることを示している。このことは,GoBが導入されている第238条第1項第1文以降 の規定と,第243条第1項第1文,第264条第2項以降の意味を考えることで明らかにな る。
第238条第1項第1文は,「すべての商人が簿記を,GoBを遵守したうえで行わなけれ ばならない」旨が明記されている。さらに,第243条第1項は,すべての商人が,「年度決 算書を,GoBを遵守したうえで作成しなければならない」旨を規定している。これらの両 規定から,すべての商人,つまり個人企業や人的商事会社のみならず,HGBの適用範囲の 及ぶ企業たる資本会社から信用機関までに対しても,GoBを参照したうえでの簿記および 年度決算書の作成要求が及ぶことが分かる。「すべての商人がGoBを遵守して簿記および 年度決算書の作成を行わなければならないということは,HGB第3編「商業帳簿」の根底 にある第1章「すべての商人についての規定」を遵守して簿記および年度決算書の作成を 行わなければならない,と読み替えることができるため,HGB第3編「商業帳簿」第1章
「すべての商人についての規定」が,第一義的にGoBであるという解釈が成立する。この ことは,GoBが企業の法形態や規模とは関係がなく遵守されるものであり,すべての企業 に矛盾なく適用されるものであることを意味する(Lang [1986], S.222-223)。このように,
すべての商人が遵守することが要求されている,GoBを遵守したうえでの帳簿記帳,年度 決算書の作成を要求する第238 条第 1 項第 1 文,第 243条第 1 項の規定は,「一般規範
(Generalnorm)」と呼ばれるものであり,それぞれ「簿記に関する一般規範」「年度決算書
に関する一般規範」と称される。ここでいう「一般規範」とは,すべての商人,つまり個 人企業を含むすべてぼ企業の簿記および年度決算書作成に関するフレームワークを示すも のである。このフレームワークたる両一般規範を基礎として,HGB第3編「商業帳簿」第 1 章のその他の規定が具体化される。つまり,立法者は,これらの一般規範によって,会 計に一定の枠を嵌め,一般規範からの逸脱を防止しているのである。ただし,一般規範に よって会計すべてが完全に拘束される訳ではなく,一般規範が会計のフレームワークを示 したうえで,本フレームワークで決定できないGoBがある場合には,それは法典化されて いないGoBによって充填されていくのである。つまり,この両一般規範によるGoB遵守 要求が,GoB規範システムの全体的拘束力を明らかにしている(髙木 [1998], 177-178頁)。
しかし,GoBは,「すべての商人についての規定」の参照を要求しているが,「簿記に関 する一般規範」「年度決算書に関する一般規範」は,HGB第264条以下の法形態別の補充 規定やAktGなどの特別法の参照を要求している訳ではない(Lang [1986], p.223)。それゆ えに,GoBを遵守した簿記および年度決算書の作成に際し,個人商人を含むすべての企業