第 8 章 EC 第 4 号指令における選択権規定の生成とドイツの影響力 1. はじめに
3. 第 4 号指令選択権と比較対象との相応性・類似性
これ以降において行われている第4号指令の生成過程の分析により,1897年HGB,1965 年AktGと第4号指令各種草案ならびに本文における選択権との相応性・類似性を扱うが,
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ここで相応性・類似性のメルクマールは図表5-2と同様である。
さらに,第4号指令本文において規定された選択権のうち,ドイツは一部を国内法化し,
一部は国内法化しなかった。そこで,1897年HGB ・1965年AktGにもともと存在してい た(あるいは存在していなかった)選択権規定を最終的にドイツがどのように国内法化し たのか(あるいはしなかったのか)については,Busse von Colbe und Chmielewicz [1986]
(S.291)ならびにシュミーレヴィチ [1987b](26-27頁)に基づく図表5-4の分類に従う。
同時に,類似性・相応性のメルクマールは図表5-2の規準に従う。
では,まず本章で分析の対象となる選択権について,相応性・類似性のメルクマールを 構成する諸要素を図示すると,図表8-4のようになる。
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図表 8-4 相応性・類似性のメルクマールを構成する諸要素 条文番
号 項目
旧ドイツ法 メル クマ ール
相応性・類似性の程度 1897
年 HGB
1965 年 AktG
予備草案 提案 修正提案 第4号指令
第37条第
1項項
研 究 費 お よ び 開 発 費 の 例 外 的 会 計 処理
× ×
α ― ― ― ―
β 無 無 無 無
第37条第 第2項
の れ ん の 例 外 的 会 計 処
理 × × α ・買入のれん*1 ―*2 ―*3 ・営業権もし くはのれん
β 無 無 無 無
第39条第 1項c)
流 動 資 産 の 臨 時 的 な 価 値修正
× ○
α ―*4
・近い将来の価 値変動により,
こ れ ら の 項 目 の 価 値 が 修 正 さ れ ね ば な ら な い こ と を 防 止するため
・臨時的な価値 訂正
6.理 性 的 商 人 の判断
・近い将来の 価 値 変 動 に より,これら の 項 目 の 価 値 が 修 正 さ れ ね ば な ら な い こ と を 防 止 す る た め
・臨時的な価 値訂正 6.理性的商人 の判断
・近い将来の 価値変動の結 果,これらの 項目の価値が 修正されねば ならないこと を防止するた め
・臨時的な価 値訂正 6.理 性 的 商 人 の判断
β
変化 有 有 有
低価計上義務 加盟国は許可 が可能
加盟国は許 可が可能
加盟国は許可 が可能 第40条第
1項
棚 卸 資 産 の 評 価 方 法 の
特例 ○
α ・加重平均価値*5 ・加重平均価値 ・加重平均価値 ・加重平均価値
β
変化 有 有 有
算定義務 算定容認 算定容認 加盟国は算定 の許可が可能
○ α
・棚卸資産*6
・先入先出法*7
・後入先出法*8
・棚卸資産
・加重平均価値
・先入先出法
・後入先出法
・棚卸資産
・加重平均価値
・先入先出法
・後入先出法
・棚卸資産
・加重平均価値
・先入先出法
・後入先出法
β
変化 有 有 有
算定義務 算定容認 算定容認 加盟国は算定 の許可が可能 第 9 条消
極側C, 3
勘 定 式 の 貸 借 対 照 表 に お け る 前 受 金 の 消 極 計 上
× × α
・受け取った手付 金
・(注文に基づく –筆者)受け取っ た手付金
・(注文に基づ く–筆者)受け 取った手付金
・(注文に基づく –筆者)受け取 った手付金
β
無 無 無 無
項目掲記 項目掲記 項目掲記
棚卸資産項目か ら控除されなけ れば表示可能 第10条消
極側 F3・
Ⅰ3
報 告 式 の 貸 借 対 照 表 に お け る 前 受 金 の 消 極 計 上
× ×
α ―
・(注文に基づく –筆者)受け取っ た手付金
・(注文に基づ く–筆者)受け 取った手付金
・(注文に基づく –筆者)受け取 った手付金
β
無 無 無 無
項目掲記 項目掲記
棚卸資産項目か ら控除されなけ れば表示可能 第35条第
1項c), aa)
財 務 固 定 資 産 の 価 値 修
正 × ×
α ―*9 ―*10 ―*11 ―*12 β 不明瞭 不明瞭 不明瞭 不明瞭
計画外の償却有 価値訂正有 価値訂正有 価値修正有 第35条第
3項b)
製 作 価 額 へ
の 間 接 的 原 × ○ α ・製作期間に割り 当てられる
・製作期間に割 り当てられる
・製作期間に 割 り 当 て ら
・製作期間に 割り当てられ
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価の加算 ・製造原価 ・製造原価 れる
・製造原価 る
・製作原価
β 有 有 変化 有
参入可能 参入可能 参入義務 参入可能 第35条第
4項
製 作 価 額 へ の 他 人 資 本 利息の加算
× ○*13
α ・製作期間に割り 当てられる
・製作期間に割 り当てられる
・製作期間に 割り当てら れる
・製作期間に 割り当てられ る
β
不明瞭 不明瞭 不明瞭 不明瞭 計上可能 加盟国は参入
許可が可能 参入可能 参入可能 第38条 固定数量・固
定 価 額 に よ る簡易評価
○ × α
・有形固定資産の 項目*14
・補助材料,経営 材料
・その数量,その 価値,その構成
・僅かな変動であ る場合
・.固定数量・固 定価値
・有形固定資産 の項目
・原材料,補助 材料,経営材料
・その数量,そ の価値,その構 成
・僅かな変動で ある場合
・固定数量・固 定価値
・有形固定資 産の項目
・原材料,補 助材料,経営 材料
・その数量,
その価値,そ の構成
・僅かな変動 である場合
・固定数量・
固定価値
・有形固定資 産の項目
・原材料,補 助材料,経営 材料
・その数量,
その価値,そ の構成
・僅かな変動 である場合
・固定数量・
固定価値
β 有 有 有 有
計上可能 計上可能 計上可能 計上可能 第41条第
1項第1文
債 務 の 発 行 価 額 と 償 還 金 額 と の 差 額 の 積 極 計
上 ○ ×
α
・債務あるいは社 債
・償還金額
・発行価額よりも 高い場合
・相違額*15
・債務あるいは 社債
・償還金額
・発行価額より も高い場合
・相違額
・債務あるい は社債
・償還金額
・発行価額よ り も 高 い 場 合
・相違額
・債務の償還 金額
・受領額より も高い場合
・相違額
β 有 有 有 有
収容可能*16 積極計上可能 積極計上可能 積極計上可能
*1:1965年AktGは,実施された企業の承継に対する反対給付が,承継時点での企業の個々 の資産項目を超える場合の差額という表現であり(Gross und Schruff [1986], S.83;慶應義 塾大学商法研究会訳 [1976], 284頁),これは要するに買入のれんのことである。
*2・3:明文規定はないが,買入のれんの項目の指示が規定中に存在する。
*4:より低い価値での計上義務は存在するが,臨時的な価値修正選択権は存在しない。
*5:1897年HGBの平均価値を用いた方法と同義である。
*6:1965年AktGでの表現は,在庫品資産項目であるが,要するに棚卸資産と同義である。
*7:1965年AktGでの表現は,最初または最後に取得・製作されたものが,最初またはその他 の一定の順序で費消・販売されたものと仮定して算定する方法が許可されている。つまり,
AktGにおけるこの方法には先入先出法,後入先出法が該当する。
*8:1965年AktGでの表現は,前述と同様,最初または最後に取得・製作されたものが,最初 またはその他の一定の順序で費消・販売されたものと仮定して算定する方法が許可されてい る。つまり,ここでもAktGにおけるこの方法には,先入先出法,後入先出法が該当する。
*9・10・11・12:固定資産に関する計画外の償却・価値修正に関する規定が相当程度存在する が(第7章第3節 (4) 「固定資産の価値修正」の項を参照),あくまでも固定資産全体に対 する規定の承継であり,財務固定資産に関する規定の明らかな承継はみられない。
*13:ただし,1965年AktG上,他人資本利息という用語は明示的ではない。
*14:1897年HGBでは,「有形」という言葉はつかず,固定資産という表現である。
*15:1965年AktG上の表現は「相違」である。
*16:1965年AktG上の表現は,「積極側の計算限定項目の下に収容されても良い」である。
出所:筆者作成。
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このメルクマールを構成する諸要素に基づいて,第4号指令において本章で検討対象と なる選択権の生成過程と,1985年HGBへの第4号指令選択権に対するドイツのスタンス を図示すると図表8-5のようになる。
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図表 8-5 選択権規定と旧ドイツ法との相応性・類似性
条文番号 項目
旧ドイツ法 相応性・類似性の程度
第 4号指 令 選 択権 に 対 する ド イ ツの スタンス 1897
年 HGB
1965 年 AktG
予備草案 提案 修正提案 第4号指令 1985年 HGB
第37条第1 項・第2項
研 究 お よ び 開 発 費 の 例 外 的 会計処理
× × N N N N 導入拒否 の れ ん の 例 外
的会計処理 × × N N N N 新導入
第39条第1 項c)
流 動 資 産 の 臨 時 的 な 価 値 修 正
× 〇 N A A A 慣行維持 第40条第1
項
棚 卸 資 産 の 評
価方法の特例 〇 C C C C
慣行維持
〇 C A A A
第 9 条消極 側C, 3
勘 定 式 の 貸 借 対 照 表 に お け る 前 受 金 の 消 極計上
× × N N N N 新導入
第10条消極
側F3・Ⅰ3
報 告 式 の 貸 借 対 照 表 に お け る 前 受 金 の 消 極計上
× × N N N N 導入拒否 第35条第1
項c), aa)
財 務 固 定 資 産
の価値修正 × ×*1 N N N N 新導入 第35条第3
項b)
製 作 価 額 へ の 間 接 的 原 価 の 加算
〇 × B B C B 慣行維持 第35条第4
項
製 作 価 額 へ の 他 人 資 本 利 息 の加算
× 〇 C C C C 慣行維持 第38条 固定数量・固定
価 額 に よ る 簡
易評価 〇 × A A A A 慣行維持
第41条第1 項第1文
債 務 の 発 行 価 額 と 償 還 金 額 と の 差 額 の 積 極計上
× 〇 A A A A 慣行維持
*1:ただし,固定資産の価値修正規定が存在する。
出所:筆者作成。
図表8-5 は,先行研究や HGBの規定をもとに暫定的に記入したものであり,後の節に おいてその分類の妥当性が検証される。
図表8-5のように,1897年HGB,1965年AktGと第4号指令の各種草案における選択権
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を比較した場合,旧ドイツ法に選択権規定が存在していた場合,それが第4号指令生成過 程において引き継がれている。それゆえに,第4号指令選択権の中でも本章において分析 対象となっているもの(前述の奥山 [2001a] の選択権分類 b)は相当程度,旧ドイツ法が 参照されていると考えられる。ここで,会計上の利益に影響を及ぼす選択権については,
ドイツ会計の慣行が維持された状況が多く,「新導入」はごく僅かであると予想される。同 時に,そもそも1897年HGB あるいは1965年 AktG のいずれかに規定が存在しない選択 権はその導入が拒否されたと考えられる。
では,次節以降において,これらの分類および予想が妥当か否かを,第4号指令の生成 過程を追うことで,より具体的に検証したい。