2.4.1 合理的行為モデルの発展
Can Education Be Equalized?はPersistent Inequalityの問題関心を引き継ぎつつ、幅広 い文脈で教育の不平等を検討した重要な文献である(Erikson & Jonsson eds. 1996)。そ
2.4 Erikson & Jonssonによる研究伝統の批判的継承:教育不平等の変化の検討 31 こにおいてErikson & Jonsson (1996a)は、教育の不平等にかんする一般理論をつくり、
スウェーデンをテスト・ケースに見立て、不平等の変容過程について広範な議論を展開し ている。スウェーデン(Jonsson 1993)はオランダ (de Graaf & Ganzeboom 1993)とと もに、Persistent Inequalityで実質的な教育の平等化が確認された社会である (Blossfeld
& Shavit 1993)。
Erikson & Jonsson (1996a)は教育不平等を説明する枠組のなかに、合理的行為論を取 り入れている。合理的行為論を用いて教育の不平等を説明する場合、集合的な行為 (例:
支配集団の閉鎖戦略)はモデル設計の素材から除外される(Hout 2006)。合理的行為論は、
個々の家族のミクロな選択がどのようにして階級間の教育達成の不平等というマクロな社 会現象に結びつくのかを描こうとする理論だといえる。
さらに、教育の不平等にかかわる既存の理解をアップデートするのに、合理的行為論は 多大な貢献をした。家族間の (経済的、文化的)資源の格差が原因となり、教育機会の不 平等が生まれるというのが一般的な理解の仕方である。しかし、多くの場合、家族間には 教育達成へと向けられるアスピレーションの差異があることも知られている。従来の理論 はアスピレーションの差異を無視していたのではなく、むしろそれを所与のものとして扱 い、差異の存在自体に具体的な説明を与えることを避けてきた。
アスピレーションの差異を説明するためには、資源の効果ではとらえ切れない出身階級 の直接効果に目を向けなければならない。そのために、Boudon (1973=1983)が導入した のが、社会的位置の概念である。社会的位置の効果に着目することで、Boudonは出身階 級とアスピレーション、さらには教育達成との直接的な関係を首尾一貫したシステム論の 立場から分析した。Boudonのこの着想は、合理的行為論にもとづき教育の不平等を説明 する理論仮説の源流に位置付くものである。
そこで、この節ではまず、Boudon (1973=1983)の議論を参照し、教育不平等のシス テム理論の意義を確認する。次に、Boudonのアイデアを踏襲したErikson & Jonsson
(1996a)の一般理論を取り上げ、それをもとに教育機会の動向について、どのようなイン
プリケーションを導くことが可能かを見ていく。
単一要因論の陥穽と社会的位置の効果
一般的に、教育機会の不平等の発生原因を、単一の要因に帰着させて説明することはで きない。Boudon (1973=1983: 78)はKahl (1961)の研究を引用し、そのことを例示して
いる。Kahlのデータは学業遂行能力(知能指数)と学業継続意志(大学まで)との関係を父 親の職業別に見た3重クロス表である。Kahl自身は教育における成功のチャンスが父親 の職業ごとに異なる理由を、階級に特有の価値体系(下位文化)に求めていた。
ところが、実際のデータは下位文化のテーゼ(Kahl 1961)とは両立しがたい構造をも つ。この理論が説明できるのはクロス表の行周辺度数 (父職業別のアスピレーション)だ けである。表内の他の箇所に目をやると、父職業が同じでも大学へのアスピレーションは 生徒の学力に応じて変化する。他方、学力が同程度の生徒同士を比較すれば、父親の職業 的地位が高い生徒のほうが、アスピレーション・レベルは高い。そして、学力に対するア スピレーションの感度は父親の地位が高いときは鈍く、父親の地位が低くなるにつれて鋭 くなる——という相互作用現象があらわれている(Boudon 1973=1983)。
下位文化の理論では、最後に指摘した変数間の相互作用効果に満足のいく説明を与える ことはむずかしい。その一方で、父親の地位と生徒のアスピレーションとの関係を家族間 の学力差により説明する試みも、データとの矛盾は小さくない。結局、上述のデータがあ らわす「比較的複雑な構造」(Boudon 1973=1983: 77)を単一的要因(下位文化や学力差) で説明する考え方にこだわると、「表の構造を説明するために、他の《要因》を付加せざ るをえなくなる」(Boudon 1973=1983: 79)のである。
アスピレーションの規定構造を理解するためには、「社会成層体系の中で個人が現に 占めている位置を考慮すること」(Boudon 1973=1983: 81–2) がきわめて肝要である。
Boudon (1973=1983) はKeller & Zavalloni (1964)が提起した社会的位置の概念を援用 し、「成功や移動などは、個人が占めている社会的位置に、即座に、結びつけられて初め て、個人にとって意味をもってくる」(Boudon 1973=1983: 72)と指摘している。
この考え方の根幹は、社会的位置の絶対的な高低(上下)とは別に、相対的な上昇/下降 の重要性を認めるということである。それにより、移動(非移動)と、それに附帯する成功 の意味を相対化してとらえることができる。
教育段階の各位置をa >b >c >d >eであらわし(この順番で序列化されていると仮 定)、社会的ヒエラルキーの各位置をa0 > b0 > c0 > d0 > e0 であらわす。単純化のため に、教育水準のヒエラルキーは社会的位置のヒエラルキーと結びつくと仮定する(Boudon 1973=1983)。個人が成層体系のc0に到達することは、彼/彼女が(現在)いる位置次第で あるときは上昇を意味し、別のときは下降を意味する。e0、a0 のいずれかに位置している 父親の子どもがc0に到達すれば、地位の世代間移動が生じたことをあらわす。
2.4 Erikson & Jonssonによる研究伝統の批判的継承:教育不平等の変化の検討 33 成層体系のなかで異なる位置d0、e0 を占める2人の個人が、子どもにbの水準の教育を えさせようとしていると仮定する。このとき、2人のうちの前者は小さな「利益」を先取 りしているといえる (Boudon 1973=1983)。d0 の個人は最低でも子どもに dの教育を与 えなければ、世代間移動の結果、その「利益」(序列の最下位よりわずかに高い位置)を失 う可能性がでてくる。e0の個人にはそうした「利益」の先取りはない。だから、仮に子ど もがeの段階で教育を終えたとしても、次世代における「利益」の損失は生じない。
先取された「利益」が非常に大きい——個人が成層体系のa0に位置している——とき、
その個人を満足させる教育水準は事実上、a以外にない。bからeはすべて「利益」の損 失につながる。このように、絶対的な教育水準に対応する先取された「利益」は、個人 の社会的位置がヒエラルキーの最高水準に近づくほど大きくなることがわかる (Boudon 1973=1983)。
それと同時に、子どもに同じ水準の教育を受けさせようとする2人の個人は、異なる
「費用」をかけている(Boudon 1973=1983)。2人の個人がc の教育水準を考えていると き、成層体系におけるd0とe0 の位置では、費用負担の大きさがちがうことは明かである。
前述の例と同じ語法を用いれば、2人の個人d0とe0 について、後者は教育水準cに対応 する高い「費用」を先取りしているということができる。
最後に、「危険」の概念について検討しておこう。次の例では、成層体系の同じ位置、た とえばc0 にいる2人の個人が、子どもにb の教育まで受けさせることを予定している。
先取された「利益」と「費用」は2人とも同じである。ところが、2人の子どもの学業成 績が異なれば、「危険」の大きさは変わってくる(Boudon 1973=1983)。子どもの成績が 低いとき、学業に失敗する「危険」はそれだけ高いといえるだろう。
システム理論による教育決定過程の記述
成功の概念や願望、そのために利用可能な手段についての概念を共有している複数の家 族(Keller & Zavalloni 1964)のあいだに、教育達成の規則的な差異が生じる理由は、こ れらのパラメータにより無理なく説明することができる(Boudon 1973=1983)。
教育水準のヒエラルキーにおける1つの位置、たとえば高校に行くことでえられる社会 的な「利益」は、それをめざす個人が成層体系のヒエラルキーのなかでどの場所を占めて いるかに応じて変化する。高校修了は、上層階級の個人から見れば、下降移動を防ぐため に必ず通過しなければならない中間点である。これに対して、下層階級の出身者は高校修
了の免状により「利益」を失うおそれがないことはいうまでもなく、地位の上昇さえ保証 されるだろう。
もっとも、こうした「利益」も「費用」と「危険」を差し引いて評価してやる必要があ る。一般的に、家族の地位が高いとき、子どもの学業成績は平均的に高い。ゆえに上層の 家族では学業失敗の「危険」は小さい。さらに、そうした家族は経済的にも豊かなので、
「費用」の負担が少なくて済む。逆に、下層の家族の場合、高校を修了することでえられ る「利益」以上に、それに必要な「費用」の負担が進学を躊躇させる一因になることがあ る。加えて、学業成績も低いとしたら、高校進学はかなり「危険」の大きな賭けと見なさ れても不思議ではない。
結局、上層階級に所属する個人にとっては、高校への非進学から発生する「利益」の損 失は受け入れがたく、進学にともなう「費用」と「危険」も小さい。高校に行かないとい う選択肢を、かれらが意識することはないだろう。一方で、家族の地位が低いと、進学に 必要な「費用」と中退などの「危険」が現実味を増し、高校進学は無条件に利用可能な選 択肢ではなくなる。実際の進路選択の場面では個々の家族に固有の事情が介入してくる が、こうしたプロセスの集合的帰結として、社会全体では階級間の教育達成の不平等が確 実に生みだされる。
Boudon (1973=1983)は自身の作成した理論的図式をシステム分析と称し、単一要因論
と差別化している。この理論の中枢は「個人は社会的位置の関数をパラメーターとする合 理的決定過程にしたがう、と仮定する」(Boudon 1973=1983: 87–8)ことである。それに より、要因論的な陳述が陥りがちな矛盾は、この理論では回避されている。さらに、この 理論は経済学上のモデルの質的適用と見なすことができる。つまり、教育制度や成層体系 の諸点(段階)、そして「利益」、「費用」、「危険」は順序を定めてその程度を評価すること は可能だが、これらのパラメータは数量的な測定には馴染まないものなのである。
2重の生成メカニズム
以上の理論的図式にもとづき、Boudon (1973=1983)は教育機会の不平等の発生過程に おける出身家庭の働きを、2つの段階に要約した。1つは、家族の社会的位置により生徒の 学力が異なることである。もう1つは、家族の社会的位置が決定過程のパラメータを左右 することである。個人の選択の結果を合理的なメカニズムを仮定して読み解いたBoudon の仕事は、その後の計量研究に大きなインパクトを与えた。現在では、不平等の通時的な
2.4 Erikson & Jonssonによる研究伝統の批判的継承:教育不平等の変化の検討 35 発生過程についてBoudonが指摘した最初の段階は出身家庭の第 1次効果として、それ に続く段階は第2次効果として知られている(Jackson et al. 2007; Holm & Jæger 2008;
Erikson & Rudolphi 2010)。
Erikson & Jonsson (1996a)はBoudon (1973=1983)のアイデアを下敷きにして、教育 の不平等を説明するための簡単な数学的モデルを考案した。教育達成がもたらす「便益」
をB、教育にかかる「費用」をC、教育達成に成功する見込みをPと書く。学校を卒業し そこねたときの「便益」は0で、その場合、教育にかけた「費用」は返ってこないと仮定 する。「便益」、「費用」、「成功確率」をこのように定義すると、教育達成からえられる最終 的な「効用」(記号はU)を次式であらわすことができる(Erikson & Jonsson 1996a: 14)。
U = (B−C)P−C(1−P) = PB−C (2.1) Erikson & Jonsson (1996a)のモデルでは、個人は現実的な教育選択の場面で、式(2.1) にもとづく費用/便益比の計算をおこない、「効用」が最大となる結果を選ぶと仮定され ている。1つの学校段階への進学/非進学、さらに進学先の複数のオプションのあいだで
「効用」を比較し、それが最大の進路を採用するということである。このモデルにおける
「効用」の測定は質的なもので、Boudon (1973=1983)の理論と同様に、行為者が「便益」
や「費用」について正確な推定値を計算できるとは想定していない。ただし、個人は学校 を卒業した後の仕事の条件や勉強のむずかしさについて大雑把な順序を決めることはでき る。差し当たり、ここではそうしたラフな計算でじゅうぶんなのである。
2.4.2 スウェーデンの事例:教育機会の長期的平等化
スウェーデンで20世紀をとおして教育の不平等が縮小したことは、現在では確立され た知見といってよい(Erikson & Jonsson 1996a)。機会の平等化がすすんだのは1930年 から1970年にかけてだとされている(Erikson & Jonsson 1996b)。1970年代以降は、機 会の平等化という点については停滞期だといえる。
Erikson & Jonsson (1996a)は、スウェーデンにおいて教育の平等化を促した決定的な 原因を突き止めるのは困難だという。スウェーデンでは階級間の生活水準の格差が、他の 社会に比べて小さいといわれている。社会的資源の分配における平等化の度合いが強けれ ば、教育達成に及ぼす帰属的要因の影響力は低下するはずだ。そうだとすれば、スウェー デンは若者の将来の生活が出自によって規定されにくい、開放的な社会だと予測すること