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先行研究のレビュー

ドキュメント内 容のメカニズムに関する計量分析 (ページ 54-58)

3.1.1 日本における先行研究

教育機会の不平等に関係する従来の研究では、教育機会の拡大が出身背景による教育機 会の制約を解消したかどうかが、重要な争点の1つとされてきた。この争点にかんする評 価は、論者によってさまざまである。過去のすべての研究をつぶさに検討する余裕はない ので、ここでは次の2つの観点から、先行研究の知見を整理する。第1に比較の準拠が出 生コーホートか調査時点か、第2に目的変数が最終学歴か特定学校段階への進学局面か。

長期的傾向の観察手法

教育機会の不平等を出生コーホート間で比較する研究には、機会の平等化を報告するも のが多い。第3回までのSSM調査を用いた研究では安田(1971)と今田(1979)が、進学 率の高い若年のコーホートほど、教育達成に対する出身背景の制約が弱い*1ことを指摘し ている。このような平等化の傾向は第4回以降のSSM調査でもある程度、確認すること ができる(鹿又1990;尾嶋1990)。

他方、同じデータを使用した研究でも時点比較をすると、平等化の傾向は取りだしにく くなる(直井1987, 1990;今田1989;盛山ほか1990)。これは、とくに調査間隔が短いとき は時点間で出生コーホートの重なりが大きく、コーホート間の変化に対する感度がにぶく なるためだと考えられる。

ただし、コーホート間の比較にもとづき機会の平等化を否定している研究はあるので

(藤田1979)、コーホート比較/時点比較の分類で、先行研究の知見の多様性を例外なく説

明できるわけではない。どういう変数や統計モデルを用いるかによっても、研究の結論が 左右されるといえる。

教育不平等の操作的定義

次に、これまでの研究が目的変数として、教育機会のどのような側面に着目してきたか を検討する。最終学歴の不平等を検討した研究では、平等化の兆しが認められることが多

い(尾嶋1990;鹿又 2001)*2。これに対して特定学校段階への進学局面に焦点を当てた分

析では、平等化が結論されることは基本的にない。そうした研究は中等教育への進学段階 で平等化がすすむことを認めつつも、高等教育への進学機会には出身背景による不平等が 持続的であることを指摘している(尾嶋1990;近藤1997b;原・盛山1999;荒牧2007)。

教育達成については上級ノンマニュアルなどの達成に有利な層が先行して進学率を伸ば

*1教育機会の平等化が見られるのは安田(1971)では1926年より若いコーホート、今田(1979)では1936 以降の出生コーホート。いずれも使用されたデータ・セットにおいて学制改革の影響を受けたものを多く 含む世代である。

*2尾嶋(1990)は回答者の教育年数を父職業と父学歴に回帰させ、男性にかんしては父職業と父学歴の効果

が旧制教育世代から新制教育世代にかけて明瞭に減少したとしている。鹿又(2001)は調査時点別、出生 コーホート別の重回帰分析の結果から、父学歴の効果は1920年代のコーホートまで、父職業の効果は 1930年代のコーホートまでゆるやかに上昇するが、1940年代以降はどちらの効果も縮小段階に入り、教 育達成に対する帰属的要因の影響力が徐々に減退していったと述べている。

3.1 先行研究のレビュー 45 し、その他の層がそれを追いかけるという序列性が存在する (近藤1988)。この序列性は きわめて安定的であり、まだ社会にじゅうぶん普及していない高等教育は、依然として優 位層が先行的に利用している段階にあるといえる(荒牧2000)。

教育機会の全体的な不平等は出身背景のあいだにある序列性と教育の内部格差の状況*3 に左右されながら、拡大したり縮小したりする (近藤1988)。機会の不平等の根底に潜む 序列性のメカニズムが安定している限り、出身背景による教育達成の制約は容易にはなく ならないだろう。学校段階ごとの進学率に着目したアプローチが機会の平等化に懐疑的な のは、こうした理由によると考えることができる。

3.1.2 海外の研究と最新の動向

持続的な不平等?

海外の研究でも機会の不平等を見る視角や分析方法のちがいに応じて、多様な知見が えられている。それらのなかでは、Persistent Inequalityのように、どちらかというと機 会の平等化を疑問視するものが優勢であった(Shavit & Blossfeld eds. 1993)。教育機会 の不平等が生じるパターンを合理的行為の理論枠組から説明するBreen & Goldthorpe

(1997)のモデルは、機会の不平等が長期的に維持されている仕組みを解き明かすことを

目指すものだ。かれらのモデルが注目を集めたことも、機会の不平等の安定的な性質に 対する、各国の研究者の高い興味をあらわしている (Need & de Jong 2001; Mastekaasa 2006; Stock´e 2007; van de Werfhorst & Hofstede 2007; Becker & Hecken 2009)。

しかしながら2000年代に入ると、海外では機会の平等化が見られたとする報告が次々 とあらわれるようになる(Breen & Jonsson 2005)。Ballarino et al. (2009)やBreen et al.

(2009, 2010)は最終学歴に対して累積ロジット・モデルを適用し、機会の長期平等化傾向

を確認している。

同様の報告は日本国内にもあり高等教育達成や最終学歴において、機会の平等化がすす んだとされている (鹿又2006; 近藤・古田2009, 2011)。高等教育への進学は依然として 出身背景の強い制約を受けている*4 が、中等教育にかんしては機会の不平等が一貫して

*3優位層が中等教育への進学機会において他の層をリードしている段階と、そのような先行投資が高等教育 に移行した段階を想像してみるとわかりやすいだろう。

*4Ishida (2007)と藤原(2011)の分析は高校への進学を前提として、条件付き確率の観点から高等教育への

進学傾向を分析している。このため、サンプル全体で高等教育の達成機会を分析した鹿又(2006)とは、扱

縮小したことが、学校段階ごとの進学傾向を検討するアプローチからも指摘されている (Ishida 2007;藤原2011)。

多様なメカニズムの探究

このように日本と同様、海外でも機会の不平等についてさまざまな動向が報告されてい る。とりわけ、日本と海外の両方で、機会の平等化を指摘する研究があらわれたことは注 目に値する。実際はそこで示されている分析の結果には平等化とは矛盾する動きを見せる ものもあるし、日本社会のどの時点でも(程度の差こそあれ)家族の特徴が個人の教育達 成を規定していることは紛れもない事実である(近藤・古田2009, 2011)。大切なのは、機 会の平等化を慎重に否定する結論が大勢を占めていた1990年代までの社会階層研究の流 れに対して、最近の研究は多様な可能性に目を向けて、教育機会の動静を正しくとらえる ことの意義を強調している点だ。

たとえば、戦後の日本社会の教育機会の趨勢を分析した近藤・古田(2009)は、到達学歴 に及ぼす財産変数の効果が長期的に低下するなか、親学歴について若年層で局所的な不平 等の拡大が見られることを、地位の非一貫性の概念を用いて解釈している。家庭の経済環 境と親学歴との結びつきが弱くなると、親学歴の効果が強まる動きに合わせて (財所有の 分布の)下位層からの進学者が相対的に増え、それにより経済階層の効果が間接的に減少 するというのである。

誤解のないように付け加えておくと、上記の解釈の経験的な妥当性を主張することが近

藤・古田(2009)の意図ではない。「こうした社会的メカニズムを繰り入れながら現実の格

差パターンを動的過程として解読していくこと」(近藤・古田2009: 689)が肝要だと、か れらは確認しているのだ。本論文は、この指摘に基本的に同意するものである。

3.1.3 暫定的な結論と汲み残された課題

先行研究の議論から、以下の仮説的な諸命題を取りだすことができる。第1に中等教育 の機会は平等化している。第2に中等教育の動きを部分的に反映し、最終学歴(教育達成) に対する出身背景の効果が低下している可能性がある。第3に高等教育については、平等 化がすすんだとはいえない。

われている機会の意味が異なる。

ドキュメント内 容のメカニズムに関する計量分析 (ページ 54-58)