7.2.1 収斂命題への批判と趨勢なき流動
産業主義の理論は、官僚制の発達と普遍主義の進行が、地位達成過程における帰属主義 を後退させると主張する(Treiman 1970)。経済発展とともに機会の不平等が単調に減少 するというのが、この理論を作業仮説に読み替えたときに期待される、もっともシンプル なデータ分析の結果である。
これに対して DiPrete & Grusky (1990)は階層社会の実態が開放ないし閉鎖へと線型 的に変化するという見方に批判的な立場をとり、趨勢なき流動を説明しうるマクロな条件
7.2 社会的コンテクストと教育機会 123 の特定を試みている。そこでDiPrete & Gruskyが着目したのは職業機会に対する政策的 介入の効果である。
アメリカ人(男女)のSES (職業達成)に対する線型回帰分析では、雇用機会均等政策へ の政府支出に、SESの男女差を縮小させる効果が認められる(DiPrete & Grusky 1990)。 政府の同様の努力は、人種的マイノリティの地位の向上にも寄与したとされている。
DiPrete & Grusky (1990)の分析ではSESの男女差や人種差に対する調査年の有意な 効果はなく、マクロ変数を用いたかれらの説明モデルが有効であることがわかる。特筆す べきは、そこでは産業化の過程に関係する指標も、マクロ・レベルの方程式に投入されて いる点である。このような方法は単純な時点比較やコーホート比較とは一線を画するもの で、社会構造の変化についての議論を教育の分析に導入する際に、応用的な価値の高い戦 略だといえる。そのことを意識しつつ、次に教育を対象とした既存の業績を見ていくこと にしよう。
7.2.2 教育不平等の非線型的な時系列変容
Kikkawa (2004)は社会の産業化が教育機会の不平等を縮小させるプロセスを、日米の
データで検討している。産業化の要素としてKikkawaが重視したのが、回答者世代にお ける教育拡大の進展である。
先進的な産業社会では高学歴化は直線的な現象ではなく、回答者の出生年が教育の拡大 を内包するのは20年ないし50年の時間幅に過ぎない(Kikkawa 2004)。それ以降、高学 歴化は高原状態に至り、出生年と教育達成との相関関係は失われる。教育拡大がこうした 中折れ型の進行経過にしたがう場合、教育不平等の時系列変容に対する出生年のマクロ (コーホート)効果は、限られた時期にしか観察されない。出生年というマクロ変数の有効 性は、教育の線型的な拡大という前提に従属しているのである。
Kikkawa (2004)によると教育達成に対する父親の職業と学歴の効果は中等学歴進学率
の上昇とともに低下する。さらに、マクロな共変動に対する高学歴化の効果は出生年それ 自体の効果よりも説明力が高いこと、アメリカでは日本よりもマクロ変数の有効性が低 く、教育拡大の非線型の推移と軌を一にして教育機会の不平等構造に対するマクロ効果も 変質する*1ことが示されている。
*1アメリカではミクロ・レベルの父職業の係数に対するマクロ変数の効果には有意なものが少ない。また、
7.2.3 同一時間単位における空間的断面
他方、社会比較にかんしては各地域の特徴に着目することもできる。これには2つの文 脈が関係している。1つは社会や経済の変化は一定のトレンドをもつので、趨勢分析を地 域比較で代替するというものである。もう1つは出生年や調査年が同じでも地域間には傾 向差があるので、そうした空間的な異なりを分析に繰り入れるというものである。
第1の点にかかわる研究では、Treiman & Yip (1989)が21ヶ国の比較分析をとおして 産業化*2 がすすんだ国で、教育達成に対する父親の地位の規定力が弱いことを明らかにし ている。また、Hout (2006)はISSP (国際比較調査)の結果から、教育達成に対する家庭 背景の効果と中等後教育の普及率(各国)とのあいだに負の相関関係があるとしている。
第2の点にかかわる研究には、Treiman らのグループによる一連の成果がある。かれ
らはISMF (国際階層・移動ファイル)のデータ・セットにもとづき、5年刻みのコーホー
トと調査国とをかけ合わせ、約300のコンテクストを作成した(Ganzeboom & Treiman 1993; Rijken & Ganzeboom 2000; Treiman et al. 2003)。そして、このコンテクストをマ クロ単位とした多時点・多社会の同時分析をおこない、教育機会が拡大したコンテクスト において、教育達成に対する家族の影響力が小さいことを示している。
以上の研究は教育不平等の構造を変容させるマクロな要因の特定に主眼を置く点で共通 している。これらの先行的な試みを受けてなされるべき課題には、次の方向性がある。
1つの方向性はコンテクストの効果を調べるTreimanらの手法を、単独の社会の分析 に適用することである。国内にはアグリゲート・レベルでの各地域の進学率を検討した例
分析全体をとおして(日本と異なり)高等学歴進学率が有力な説明変数となっている。これらのことは教 育拡大の進展に応じて高学歴化にかかわるマクロ変数の分散が、下位の教育段階から縮小していくこと を考えれば、驚くべきものではない(事実、中等学歴進学率の分散は日本に比べてアメリカではかなり小 さい)。高学歴化の発展段階によりマクロ変数の働きが変化する様子を根拠として、Kikkawa (2004)は
Treiman (1970)が予測する産業化と機会の平等化との関係は、データが典型的な産業化の局面をカバー
している限りにおいて支持される(逆にいえば高学歴化の進展が高原状態で停止したポスト産業化の局面
では、Treiman命題のような簡明な理論によっては不平等構造の変化をうまくとらえられなくなる)と結
論している。
*2Treiman & Yip (1989)は1960年における各国のエネルギー消費量と非農業労働力率から、産業背景の要 因を指標化している。かれらによれば、石油産出量に左右されやすく、さらに社会主義国について入手し にくいGNPは、社会構造の変化と階層システムとの関係を問う分析には適さないとされている。なお、
エネルギー消費量と非農業労働力率との相関係数はr=0.75である。