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5~6万

ドキュメント内 日本通訳産業研究 (ページ 167-170)

(著者作成)

グローバル化が進展し、越境取引が増大し、需要も連動して増大する(D高↑)。しか し会話程度の英語を使える人が多くなり、通訳の質と技能レベルに対する要求が、いっそう 高水準になる。一方、第一世代の通訳者らが徐々に引退し、高レベル通訳サービスを提供で きる人数が減っていく(S高↓)。すると供給が減り、希少性が高まり、料金があがる。よ って最高ランク通訳者と認められる(最高ランク通訳者として生計を立てていける)数が減 る一方、最高ランクの通訳者に対する需要は高いレベルで推移すると思われる。

低レベル通訳については、供給量が増える(S低↑)。育成校の普及・汎用化により、門 戸が広く開かれるようになり、帰国子女でない人も、通訳という職業をもっと気楽に目指す ようになる。低レベル通訳サービスの供給が増える一方、需要はそれほど増えない(D低→)。 外資の日本市場参入等、需要を押し上げる要因は、既に出尽くしていると考える。現状維持 程度かやや下がるくらいと考えられる。ただ、価格が現状より大幅に下がれば、もっと気楽 に通訳サービスを消費したいという購買意欲も刺激されるであろう。現状では企業は一時間 当たり4500円弱をエージェンシーに支払っている(2003年8月31日日経朝刊)が、3000円 台以下にまで下がれば、現在通訳サービス未使用の団体の需要を喚起できる可能性もあると 考える。結果として、供給も需要も増え、現状より安いレートで均衡すると考えられる。

一方、越境コミュニケーションが幅広い分野で増大し、越境取引が政府や大企業だけで なく、NGOや中小企業にも広がる。大企業や政府機関のように、社内通訳者を一定期間常 駐させるような、低レベル通訳サービスの大量消費を行うまでにはいたらないが、特別な場 面では、会議通訳サービス(高レベル通訳サービス)を利用するようになると考える。NGO による海外視察や日本での外国人を招いてのセミナー、また中小企業の外資との合併や合弁 事業契約締結などの場面では、高レベル通訳サービス(会議通訳)が必要である。ただし従 来のトップランク通訳者を雇うほどの資金力がないため、より手ごろな価格で、会議通訳サ ービスを利用したいという需要が広がると考えられる(D中レベル↑)。ミドルランクの通 訳需要が増えることによって、まず短期的にはミドルランクがパワーアップし、技術面でも レベルアップする。稼働率が上がって、人材の経験が増え、要領よくまた効率よく仕事でき るようになるからだ(S中レベル↑)。

10.9.2  中期的将来  2008-2011

通訳者の性質の変化が顕著になってくると考える。数年前から続いている、通訳者を目 指す人たち(人的資源)の性質の変化の影響が見られるようになる。

戦前は、日本社会で特権的階級ゆえに外国との特別な関係を持っていた人たちが通訳を 務めた。外交官や政治家とも肩を並べるいわば国家エリート的な人材が通訳を務めることも 珍しくなかった。終戦後には、日本が戦後復興にむけて突き進んでいた頃、発展途上国の一 国であった日本で活躍した通訳者は、インテリ層とも呼べる、大学教授らや国費留学生の帰 国組などであった。1955〜69 年頃、通訳産業草創期に活躍した通訳者は、海外との接点が あった特権階級の文化人の関係者や、特別な環境に育った大使の子弟などが多かった。日本 社会の中で教育の機会に恵まれた、いわゆるエリートが多かった。

それが、日本経済の発展と共に、より平等な社会になり、ICU(国際基督教大学)で斉 藤美津子氏の指導の下、通訳者養成訓練が始められ、70 年代にサイマルなどの民間学校が 通訳者養成を始めたことなどにより、「恵まれた環境で育ったけれども、特段、特権階級で はない、普通の、やる気のある、語学堪能な女性」が能力を活用して働くことのできる職業 を目指して通訳者になっていった。その頃女性が男性と同じように働ける職場は少なく、高 等教育を受けた女性が仕事を選ぶ際に、選択肢は多くはなかったからである。社会参加意欲 が強く、職業意識の高い、やる気に満ちている女性たちが多かった。この傾向は 80 年代も 続いた。より一般的な家庭出身の帰国子女で、自分の抜群の英語力を一番生かせる職業を望 む人々が、通訳職につくようになった。また 80 年代後半以降、帰国子女で英語力を持ち合 わせながら、優良・一流企業の商社や銀行に一般職で入社したものの、思ったように自分の 技能を生かせずに、転職してくる例も見られるようになった。いったんは他の仕事についた 女性たちが、通訳職に転職することが増えた。90 年代以降は、ますます女性にとって職業 の選択肢が増えていった。結果として通訳職の魅力も相対的に色あせた。いったんは通訳者

になった帰国子女も、またいずれ別の仕事に移っていく例も見られた。2

2000年以降、日本経済が低迷する中、人材の流動化が進んだ。男女問わず、能力主義と 成果主義が進み、英語力に富み、自己主張に慣れている帰国子女は、比較的評価が高くなっ ていった。さらに2008−2011 年頃には、ヘッドハンティングや人材バンクなどの機関を通 じて、様々な職業選択肢がより一般的に社会で提示されるようになり、現在の若手通訳者人 口の大部分を構成する帰国子女の一部が、より望ましい職を求め、転職するようになると考 えられる。特に、自信とやる気、また時間のある人は他職業に移ることが予想される。特に、

現在の通訳者人口の中で半数ほどを占めると思われる未婚女性であれば、身軽に新しい道に つける。

一方、帰国子女の絶対数も減る。次世代の通訳者志望の人材は非帰国子女となる。する と言語運用力や発音の自然さなど、幾つかの項目で通訳アウトプットの質がダウンする可能 性が高い。ネイティブ並みの発音や自然さ(Spontaneity)は、学習のみで身につけるのは 難しく、海外で暮らし、生の語学生活に浸かることが必須ともいえる。徐々に、特別な語学 才能を持った人材が通訳者になるのではなく、普通の語学力からスタートし、努力を積み、

通訳トレーニングを受けた人がなっていく方向に向かうと考えられる。特に低レベルと中レ ベル通訳サービスにおいては、人的資源の質の変化の影響が現れていくであろう。志望者は 広範囲の社会層から集うようになり、その意味で人数的には増加すると考えられるが、特に 導入レベルでは、平均での通訳サービスの質が落ちることは避けられないと思われる。

他方、職人気質で完ぺき主義者の多い、現在のトップランク通訳者が高齢化し、トップ ランクの通訳者人口は徐々に先細る過程にある。現在のトップランク通訳者は1970年代か ら活躍をしているベテラン通訳者が多い。1975年時点で、仮に35歳だったとすると、2010 年には70歳となる。自由業に定年はないものの、2008−2011 年にかけて70歳前後となる 彼らは、引退済みか、そうでなくてもそろそろ引退を考える頃であろう。通訳業界の成長を 支えた第一線のベテラン通訳者が引退していくと、必然的にトップ層のトップランク通訳者 グループの平均値としての通訳レベルの質は落ちていくと考えられる。すると、社会におけ る通訳職の位置づけも下がっていくことが考えられる。専門職業の社会における評価は、そ の技能レベルの難易度に依存しているからである。普通の人には到底無理なことをやるから こそ特殊技能職の存在意義があるにも関わらず、トップレベルのこなせる仕事の難易度が落 ち、希少性が薄れたら、職業としての重要性もダウンする。供給面でのこの傾向が続けば、

長期的には産業が停滞期に入っていく。フリーランス通訳者の組織化がなく、産業構成単位 がばらばらのまま、職業としての社会的地位が落ちていくこともが考えられる。

2 70 年代から 80 年代にかけてのスチュワーデス職(フライトアテンダント)と似ている。

女性が国際舞台で活躍できる場が少なかった頃は、非常に優秀な女性がスチュワーデスとなった。

一方、現在では就業条件も相対的に悪化し、社会環境も異なり、目指す人材の性質も変わったと いわれる。 

この期以前までの通訳産業の人的資源の特徴は、彼らが日本社会において英語力につい てはトップレベルの実力を誇る人たちであったということであり、通訳職も、優秀な人、英 語力に卓越した人がつく職業だという認識があったといえることである。それが、徐々にこ の期以降は変わってくる可能性がある。

(図10-2)

2003/09/10

Stage2 中期的将来 Midterm Future

• 2008-2011

D 高

S 高

ドキュメント内 日本通訳産業研究 (ページ 167-170)