20〜40人
7 アクター分析:通訳者
日本の通訳者の就業スタイルとライフスタイルの特徴を紹介する。また、個人事業主と して働く会議通訳者と人材派遣業者を通じて仕事をする派遣通訳者の違いを検証する。
7.1 個人事業者である会議通訳者
通訳者の多くは、どこの会社にも属せず個人で営業している。すなわち、それぞれが個 人事業主である。個人事業主であるということは、自分で通訳サービスを生産し、営業販 売し、そのサービス提供について報酬を得、自分で税金申告することである。基本的に自 己責任で全てを行う。同じ個人事業主の場合でも、エージェンシーにある部分を任せて仕 事をする場合と、完全に一人で全てを行う場合と、両方ある。
エージェンシーに所属し仕事の紹介を受ける場合、事務作業、資料調達、資金回収など を代行してもらうことになる。実際に通訳する以外は、あまり他の仕事をしなくて済む。
ただし、エージェンシーを通して仕事をする場合も、各自で一度エージェンシーと条件交 渉をしておく必要がある。その条件に基づいて、エージェンシーがクライアント(依頼人・
依頼機関)との交渉を代行してくれる。エージェンシーの紹介を通して仕事をする場合、
エージェンシーは、案件ごとに仲介料としてクライアントが支払う報酬から平均で 30%〜
40%相当分を徴集する。税金申告は各自が行う。
完全に一人で行う場合というのは、クライアントから直接連絡を受けて条件交渉し、必 要な資料や必要であればパートナーを自分でそろえ、通訳サービスを提供し、その後報酬 金回収まで一人で行うということである。このやり方は、「直(ちょく)でやる」やり方と 呼ばれている。その場合はエージェンシーの仲介マージン分をクライアントと通訳者の両 者で分け合うことができる。経済的には効率がよいが、両者がそれだけお互いに信頼を置 き、作業がやや増えることもいとわないことが必要である。
個人事業主であると、自由に料金設定ができて、好ましい環境だと言われることもある が、自由主義原則が強力に働く市場であるため、自分のレートを上げたら、同等の実力で より安いレートの通訳者がいた場合、そちらに仕事が流れてしまう可能性もある。自分の 力とそれに対するクライアントの満足度、また同業者の力と彼らに対する市場の評価など を自分でしっかりと認識し、自分を市場に対しマーケティングし、売っていくことが必要 である。
一方、エージェンシーにとっては、通訳者が社員ではなく、個人事業主である事にメリ ットがある。仕事が発生しない限り、通訳者に何も支払う義務がない。通訳者に対する人 件費が一切発生しない。
会議通訳者の社会保険については、通訳者各自が個人で加入する国民保険や国民年金、
国民年金基金等の部類しかない。税金は個人で申告するため、通訳者が税理士や会計士を 雇うことも多い。会議通訳者は、何か物を作ったり、工場や店を所有し経営しているわけ ではなく、身一つで仕事をしているだけであるが、社会保険の点では、自営業者の立場と
なる。
フリーランス通訳者であるということは、自分の身が資本であり、事業拡大のために自 分に投資する必要があるということでもある。日本の通訳者の多くが高学歴である理由は ここにあると考えられる。機械に対する設備投資がない代わりに、自分に投資するといっ た際に、まず考えられるのが自分の情報処理能力を高めるための投資である。通訳とは言 葉を別言語で言いなおすことだけではない。聞いた情報を、情報処理し、別言語で表す作 業である。そこで情報処理能力が重要なのである。情報処理を速やかに行うためには、様々 な分野の知識をつけたり、言語運用力を高めたりするだけでなく、思考力をつけるのが最 重要である。そこでさらに勉強をしようという動機が働く。またフリーランスの身の不安 定さと社会的身分の欠如から、学歴という目に見える形や、学生という社会的身分を求め るという側面もある。
一方、そもそも高学歴の女性が多く通訳になったのであって、通訳者になってから高学 歴になったのではないと言う見方もできる。女性で高学歴の人は自分の能力を生かす場が 少ないから通訳になった、という面があるのは確かである。特に1960年代と70年代に通 訳者になった人々の間ではそのようなことが言える。いずれにせよ、個人事業主として身 一つで仕事をしていく通訳者に高学歴者が多いのは事実である。
7.2 会議通訳者の就業体系
会議通訳者の就業体系を紹介する。報酬と就業時間については、二つの基本的な考え方 がある。第一に労働対価が半日か全日の単位で支払われること、第二に報酬とは専門職者 を一定の時間拘束したことに対する対価である、という二点である。
第一の「半日」と「全日」については、「半日の仕事は3時間以内までの実働および拘 束(4時間とするエージェンシーや通訳者もある)、全日の仕事は実働7時間・拘束8時間 まで」と定義されているのが一般的である。ほとんどのエージェンシーや個人通訳者が、
この規定を会議通訳業務の就業時間と報酬規定として採用している。第二の「拘束時間」
とは、会議通訳者が現場にいる時間すべてを指す。通訳をしている時間も、単なる待機の 時間も、その現場に、クライアントの要請ゆえに拘束されている全時間を指している。会 議通訳者の機会費用を考慮した料金体系だといえる。通訳者には「現場性」が求められて いるため、同じ時間に対しては一件の仕事しか請け負うことが出来ない。翻訳などの場合 は、「現場性」が求められないため、締め切りの期限さえ遵守できれば、自分で時間のやり くりをして、仕事を何件か請け負うことができる。すなわち、会議通訳者の場合は、ある 一定の時間帯において一件の仕事(クライアント)に拘束されることによって、他の仕事 の機会を失う。よって、「プロ」の時間を拘束した、他の仕事を請け負う機会を奪った、と いう意味で拘束料金が支払われるのである。
この同じ原則から移動拘束に対する補償費という考え方も発生する。仕事に向かう際の 移動時間と帰宅する際の移動時間を拘束することに対する料金である。同都道府県内の移
動の場合は、移動時間を別途拘束費として請求することは少ないが、出張時には、通訳料 金のほぼ半額相当分が請求されることが慣例である。1
7.3 会議通訳者の対クライアント料金体系
現在、会議通訳者の中でもトップ通訳者は150〜250人位と言われている。またトップ よりやや劣るランクの通訳者も加えて、裾野広く会議通訳者と言う部類を捉えると、全体 で600人くらいと言われている(エージェンシー社長)。ある老舗エージェンシーの登録人数 からみても、日英通訳者が約600〜700人と言われている。しかしそのうち日常的に(月数 回以上)仕事が依頼されている通訳者は、200〜400人くらいと著者は推定する。
それぞれが個人事業主である会議通訳者は、エージェンシーと個別に契約する。通訳者 とエージェンシー間で個人ごとに料金交渉を行い、合意がなされたら、契約が成立する。
よって、通訳者がエージェンシーから受け取る料金の額は人それぞれである。一方、エー ジェンシーがクライアントに請求する料金については、通常三種類の料金設定しかない。
エージェンシーは独自の審査を行い、登録通訳者を適当と判断するクラスに分類して、そ のクラスに相当するレートでクライアントに請求している。そのレベル分類の呼び名はエ ージェンシーごとに異なるが、本論文では便宜上Aクラス、Bクラス、そしてCクラスと 呼ぶことにする。
このクラス分けは、あくまでもエージェンシーによる私的なクラス分けであり、業界全 体で統一され一貫しているクラス分けではない。しかし、一般的にA クラスといえば料金 が幾らくらいで通訳の技能レベルはどれくらい、任せられる仕事はどのようなものか、な どといったジェネラルな理解は存在する。Bクラス、Cクラスも同様である。
7.3.1 Cクラス
Cクラスは会議通訳者の導入レベルであるが、Cクラスの通訳者が通訳の初心者と言う わけではない。何年間も社内通訳を務めた後、初めてフリーランスの会議通訳者として出 発をする際に、通常はC クラスから始める。すなわち、C クラスでも一般社会における通 訳技能レベルとしてはきわめて高く、通常の社内通訳や企業内通訳より、Cクラスの会議通 訳者の方が、技術レベルは上である。人材派遣で通訳者として派遣されていたときには時
給 3,000 円から 4,000 円ほど稼げていた人たちが、スキルレベルの向上によりキャリアア
ップして会議通訳者になるとき、そのスタート地点が、Cクラスとなる。基本的には、一般 的なビジネストピックや通常の範囲の通訳は難なくこなせるのが C クラスの通訳者レベル
1 これは会議通訳者特有の報酬形態ではなく、他の専門職種でも採用されている。例えばプ ロのカメラマンの場合など、撮影した写真の枚数ではなく、カメラマンが現場に拘束され た拘束時間で料金を請求している場合がある。拘束時間とはシャッターを押している撮影 時間、待機時間、カメラやフィルムなど機材の設営・設定時間などがすべて含められる。特 に腕がいいと評判のカメラマンであればあるほど、アウトプット(写真の枚数)ではなく 拘束時間で請求がなされる傾向がある。売れっ子カメラマンの場合は移動手当てやその他