20〜40人
6 アクター分析:エージェンシー
本章では会議通訳業界におけるエージェンシーの役割と機能を分析する。
昨今では日本人のプロ野球選手が、アメリカのメジャーリーグに移籍を希望するケース が増えている。その際、球団側との窓口となり、選手に代わって交渉を行う代理人の存在が 注目を浴びている。会議通訳の世界においても、代理人(エージェント)や仲介業者(エージェ ンシー)が存在する。本章においては会議通訳業界におけるエージェンシーの機能と付加価 値を検証する。
6.1 エージェンシーとは 6.1.1 語彙
エージェンシー(Agency)という言葉を辞書で引くと、「代理権、本人と代理人との関 係、代理行為、代理職、代理業・・・」と続き、ふたつ目の意味として「仲介的手段、媒体、
媒介者」と出ている(リーダーズ英和辞典、研究社)。別の辞書を引くと「斡旋、世話」と いう意味合いも載っている(研究社新英和辞典)。次に、エージェント(Agent)という言 葉を辞書で引くと、「代行者、代理人、仲介者、周旋人」と出ている(研究社新英和中辞典、
リーダーズ英和辞典)。 6.1.2 ビジネス構造
会議通訳業界におけるエージェンシーとは、通訳者の名簿を資産とし、その運用と管理 により、通訳者を求めるクライアントを相手に利益を上げる会社である。通訳者名簿という 資産の活用を通し、クライアントの要望に適合する通訳者の紹介と手配を行う。通訳者を必 要とするクライアントと、仕事をしたいと思っている通訳者のマッチングし、その橋渡しを する。すなわち、仲介の労をとり、その仲介料(マージン)を売上とするビジネス構造であ る。マージンの中身は、エージェンシーの付加価値の価格であり、エージェンシーが果たす 機能に対する料金である。
会議通訳業界におけるエージェンシービジネスとは、クライアントと通訳者双方にメリ ットを提供し、両者からそのサービスに対する料金を徴収し、そこから事業利益をあげるこ とである。エージェンシーがさらに良質な通訳者を確保していき、資産である通訳者名簿を 拡充していくためには、通訳者に対しても、そのエージェントに登録するだけの魅力を提供 する必要 がある。 優秀な 通訳者 を獲得していくための エージェンシー の資産(てこ=
leverage)は、クライアントに対する営業力や過去の受注実績となる。対クライアントでは通 訳者名簿がウリ(資産)となり、対通訳者では営業力(過去の受注実績)や、通訳者個人で はクライアントに提供できない組織としての信用力がウリ(資産)となる。
6.1.3 エージェンシービジネスの発生
ビジネスの発生点は、通訳者を必要とするクライアントが、通訳者を求めて、エージェ ンシーに問い合わせをしてくる場合と、エージェンシーのほうからビジネスチャンスの存在 しそうな見込み顧客に売り込みをする場合の両方がある。接触が成立すると、エージェンシ
ーが自社の強みや料金、システムなどを説明する。クライアントは自分たちの求める通訳サ ービスの詳細を説明する。双方が納得すれば、そこからサービス提供が始まる。クライアン トの要望する場面で通訳がきちんとできる通訳者を手配することが、エージェンシーの約束 するサービス(Deliverable)である。
官庁や民間の大型案件だと、まず老舗エージェンシーと新興エージェンシーを合わせた 5〜10 社ほどが呼び出され、事業の概要が知らされる。その後、企画書の提出が求められ、
その企画書と見積もりを元に、エージェンシーが選定される。
6.1.4 仲介の手順
仲介の具体的手順としては、まずクライアントの要望を聞き、通訳する内容やスケジュ ール等に合致する適切な通訳者を選定することから始まる。次にクライアントに代わり、エ ージェンシーのコーディネーターが通訳者に連絡を取り、その通訳者に仕事の案内と打診を する。クライアント名、仕事の中身、スケジュールなど、業務の説明がなされ、選定された 通訳者が引き受ける旨の返事をすると、その通訳者とエージェンシー間で、業務請負の契約 が交わされる。クライアントには通訳者が見つかった旨の連絡をし、通訳者名と、場合によ っては過去の実績表などを提示する。マッチングが成立したあとは、エージェンシーは、双 方の間に立ち、通訳者が業務を全うし、クライアントが満足するのに必要となる環境を整え る。具体的には仕事がやりやすくなるための資料を準備したり、現場の地図を通訳者に送っ たり、クライアントや通訳者の双方の疑問や要望に応えることである。当日、無事通訳者が 通訳をし終えると、「きちんと通訳のできる通訳者を手配する」というクライアントへの約 束した提供財が納入されたとこととなり、仲介料を回収することができる。
6.1.5 エージェンシーの社員構成
エージェンシーには、対通訳者の仕事をするコーディネーターと、対クライアントの仕 事をする営業社員がいる。加えて経理、人事、総務等の一般の企業活動に必要な業務を行う 部署もある。社長以下、役職、管理職もあり、一般社員と派遣社員が働いている。主に書類 をコピーして届ける役割のアルバイト社員も多い。通訳者は、エージェンシーの社員ではな い。
大きな会議であればあるほど、通訳者個人の能力に加えて、エージェンシーが担当者と してあてがうコーディネーターの質も問われることとなる。コーディネーターとは、通訳者 とクライアントをつなぐ役割を果たす。クライアントの要求を詳しく聞きに行って、それを 通訳者に伝えたり、通訳者のために必要な資料を集めたり、現場では通訳者のためにのどを 潤すための水を用意したりと、いわば、芸能人とそのマネージャーの関係にも通ずるものが ある。コーディネーターがクライアントと通訳者の間できちんと橋渡し役を果たさないと、
クライアントと通訳者の間で期待値にずれが生じ、双方に不満が生じる。またコーディネー ターの気が利かないと、通訳者が機嫌を損ねたり、クライアントの反感を買ったりする。本 来クライアントが支払っている通訳サービス料の約 30〜40%をエージェンシーがマージン として徴収し、斡旋寮およびコーディネート料として双方に事実上請求する価格構造になっ
ているため、コーディネーターに対する要求基準は高いと言える。
6.1.6 エージェンシービジネスの要素
通訳産業におけるエージェンシービジネスの要素は、1.供給物の準備(商品開発)の部 2.需要喚起(顧客開発)の部、3.斡旋(需要と供給のマッチング)の部 と分けることがで きる。
まず、1の供給物の準備は、メーカーにたとえると、商品企画、商品開発、商品製造等 に例えられる。通訳産業におけるエージェンシーの供給物準備を考えると、通訳者の養成や、
すでに市場で活躍している通訳者の発掘と採用などをあげることができる。2の需要喚起に ついては、例えばメーカーの場合には市場調査や、マーケティング、売り込み(営業)など に相当する活動である。老舗エージェンシーであれば、クライアントから電話がかかってく るのを待っているだけでも需要が十分にあった時代もあったが、近年では新興エージェンシ ーの攻勢が激しく、積極的に売り込む必要性が出てきている。ただし、老舗の場合は、実績 の積み立てがあるため、信用力という顧客がもっとも重視する側面で立場が強く、競合他社 にも差をつけやすい。一方、新興エージェンシーの場合は、価格面で譲歩することでとっか かりを作り、徐々に実績ベースを広げようとする戦略になりやすい。
去年も受注した案件で、今年の開催も決まっている場合など、クライアントにあてがあ る場合は、早くから挨拶に行き、提案書を提出することができる。他社の顧客であるクライ アントに向かうときは、自社で今まで手がけてきた案件の中で比較的内容の近いものの実績 を示し、見積もり額をなるべく抑えて提案をする。一番仕事がしやすいのが、他クライアン トからの紹介が入った場合である。既に自社のサービスを利用していて、満足している顧客 から、別の顧客を紹介してもらえた際は、信用を既に得ているわけであり、受注はほぼ確実 である。
最近ではインターネットなどを見て、クライアントから直接問い合わせをしてきたとい うこともある。この場合は、おそらくインターネット上、他社との比較を積極的に行ってい るであろうから、実績内容と価格が折り合うかどうかでエージェンシーが選定される。また、
通訳者から名刺をもらったから、という理由でクライアントが連絡を取ってくることもある。
その場合、通訳者は既にその顧客の信用を得ているため、同じ通訳者を手配すれば顧客は満 足するであろうから、この場合も受注活動は比較的容易である。
3の斡旋の部は、仲介業独特の、マッチングサービスと言える。クライアントの要望に かなった人材とサービスを提供する能力にかかっている。この能力は、クライアントの要望 をどのくらい正確に把握できるかという把握能力と、なるべく適した人材を提供するために できるだけ多く、高品質の人材ベースをかかえ、それを維持する保有力に連動する。
6.1.7 エージェンシーと通訳者との関係
エージェンシーと通訳者との間に労使関係および雇用関係はない。通訳者はそれぞれ個 人事業主であり、エージェンシー会社の会社員ではない。エージェンシーは、クライアント から通訳者の手配要請を受けたら、通訳者に連絡を取り、仕事の紹介をする。通訳者は、そ