認知症とは、何らかの原因により脳に器質性の異常が起こり、一度発達した知能が後天 的に障害された状態が慢性に持続し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状 態のことである(日本神経学会
2010)
。現在、認知症はその原因疾患により神経変性認知症(アルツハイマー病、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症)と脳血管性認知症(多発 梗塞性認知症、皮質下血管性認知症、局在病変型梗塞認知症)のふたつに大きく分類され ている。
認知症の根本治療薬は、現在に至っても存在しないが、神経変性認知症の中でも最も罹 患者が多いアルツハイマー病に対しては、進行抑制薬が開発されている。日本では、1999 年に塩酸ドネペジル(アリセプト錠)が認可され、2011年にメマンチン塩酸塩(メマリー 錠)、ガランタミン臭化水素酸塩(レミニール錠)およびリバスチグミン(イクセロンパッ チ、リバスタッチパッチ)の処方が認可された。
アルツハイマー型認知症の主な症状に、記憶障害が挙げられるが、これは、神経原線維 変化によって神経細胞が機能しなくなり、神経細胞間の神経伝達物質アセチルコリンが減 少することで起こる障害である。アルツハイマー病進行抑制薬のうち、塩酸ドネペジル、
ガランタミン臭化水素酸塩およびリバスチグミンは、このアセチルコリンを分解する酵素
(アセチルコリンエステラーゼ)を阻害することにより、アセチルコリンの量を増加させ て、シナプス間隙のアセチルコリン濃度を高め、記憶力低下の進行を抑制させる薬である
(岩田
2012)
。ドネペジル塩酸塩は、海馬の委縮進行を抑制する効果も得られ、軽度および中程度のアルツハイマー型認知症に有用であるとされる。また、ガランタミン臭化水素酸 塩は、覚醒レベルや注意力を高め、実行機能の遂行や情報獲得などの認知機能が改善する 効果を得られ(本間
2011、池口 2011)
、リバスチグミンは、軽度および中程度のアルツハ イマー型認知症に有用であり(池口2011、藤井 2012)
、経皮吸収型製剤という特徴ももつ。一方で、メマンチン塩酸塩は、他の
3
種と違い、脳内の主たる興奮性神経伝達物質であ るグルタミン酸の受容体の一種であるNMDA
受容体の拮抗薬であり、神経細胞の障害も抑 制すると考えられている。[図表2-4]日本で認可されているアルツハイマー病進行抑制薬
名 称 塩酸ドネペジル ガランタミン
臭化水素酸塩 リバスチグミン メマンチン塩酸塩 商品名 アリセプト錠 レミニール錠 イクセロンパッチ、
リバスタッチパッチ メマリー錠 認可年 1999年 2011年 2011年 2011年
作 用
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬 NMDA受容体拮抗薬
軽度および中程度のアルツハイマー型認知症に有用
中程度から高度のア ルツハイマー型認知 症に有用
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また、認知症には原因疾患に起因する記憶障害や理解・判断力の低下、実行機能の低下 をはじめとする中核症状の他に、原因疾患を問わず、認知症のある人に起こる行動・心理 的反応・精神医学的症状等を総称する
BPSD
がある。1996年、国際老年精神医学会のシン ポジウムにてFinkel
らが中心となってBPSSD(Behavioral and psychological signs and
symptoms of dementia)が提唱され、
「認知症患者にしばしば伴う症候および症状で、知覚、思考内容、気分および行動の障害」と定義された。その後、1999年に国際老年精神医学会 の コ ン セ ン サ ス 会 議 が 開 か れ 、BPSD(
Behavioral and psychological symptoms of dementia)が定義された。
BPSD
については、症状発現のメカニズムが十分に解明されているわけではないが、心 理社会的要因によって発現したり、内容に影響を与えたりするといわれ、近年では、疾患 特有の神経学的基盤を有すると考えられている(中村2010)
。BPSD を代表する症状およ び行動には、不安、不穏、徘徊、衝動的攻撃的行動、抑うつ、幻覚、妄想、睡眠障害など が挙げられる。BPSD
の悪化の関連要因には、薬剤による影響と身体合併症による影響が挙げられる。中野らが
2007
年に行った調査では、両者による悪化が全体の半数弱に認められ、薬剤がBPSD
の悪化関連要因となる事例は36.6%に上った(中野 2011)
。また、BPSDの症状評価尺度としては、1980年代後半から
BEHAVE-AD
やNPI
が開発 されている。BEHAVE-ADは、1987年にReisberg
らが発表し、日本では1999
年に朝田 らが日本語版を作成した(朝日ら1999)
。7
カテゴリー25項目について、直近2週間の行動 観察に基づき評価するものである。BPSD
の行動症状(行動障害・攻撃性・日内リズム障害)と心理症状(パラノイドと妄想観念・幻覚・感情障害・不安および恐怖)の
2
つに分けて 評価できる点に特徴がある(中村2010)
。NPIは、Cummingsらが1994
年に発表した評 価尺度で、1997年に、その日本語版が作成されている。介護者との面接で、直近の生活状 況を介護者との面接によって聞き取り、患者の行動領域10
項目(妄想、幻覚、激越と攻撃 性、抑うつ、不安、気分高揚と多幸、アパシーと無関心、脱抑制、易刺激性と不安定性、異常な運動行動)と自律神経系領域
2
項目(睡眠、食欲障害と摂食障害)について、重症 度を3
段階(「1:軽度」、「2:中等度」、「3:重度」)、頻度を4
段階(「1:時々(週1
度以 下)」、「2:しばしば(週1
回)」、「3:頻繁」、「4:非常に頻繁(毎日)」)で頻度を評価する(岩本
2010、中村 2010)
。f)
非薬物療法とエビデンスレベルアルツハイマー病に対しては、進行抑制薬があるが、認知症の根本治療薬はない現在、
その補完として、リハビリテーションをはじめ、数多くの非薬物療法がおこなわれている。
アメリカ精神医学会では、治療ガイドラインにて、認知、刺激、行動、感情に対する療法 を挙げている。しかし、その効果については、有用な評価研究は少なく、医療として確立 しているとは言い難い(山口
2011)。「認知症疾患治療ガイドライン 2010」では、非薬物
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療法についてエビデンスレベルiiiと推奨レベルを掲載しているが、掲載している非薬物療法 全てが、推奨レベルはグレード
C1(科学的根拠がないが、行うよう勧められる)となって
いる。例えば、認知に焦点を当てた療法には、リアリティオリエンテーション(RO)や認知刺 激療法があるがその両者とも推奨レベルは、グレード
C1
である。また、刺激に焦点を当て た療法には、広く芸術療法(音楽療法、絵画療法等)やアロマセラピー、ペットセラピー、マッサージ、タクティールケア等が挙げられるが、そのうち音楽療法も推奨レベルは、グ レード
C1
である。さらに、感情に焦点を当てた回想法やバリデーション、その他運動療法 や光療法も同様に推奨レベルは、グレードC1
である。また、長田(2012)が行った検証でも、上記以上の評価であったものは、RO(勧告
A;
行うよう強く勧められる)と音楽療法(勧告
B;行うよう勧められる)だけであった。
g) 早期発見・早期診断
2007
年4
月、内閣府官房長官主宰の新健康フロンティア戦略賢人会議において取りまと められた「新健康フロンティア戦略」では、認知症ケアにおける医療体制の役割として、①鑑別診断、②周辺症状への対応、③身体合併症への対応、に関する体制整備が求められ ていることから、診療報酬上必要な評価を行うことが示された(首相官邸
HP)
。また、2008
年には、厚生労働省に設置された認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクトによ る報告書が出され、今後の認知症対策の具体的内容として「研究・開発の促進」や「早期 診断の推進と適切な医療の提供」等が示された(厚生労働省HP)
。「研究・開発の促進」で は、5
年以内に、アルツハイマー病について早期に、確実に、身体に負担をかけない診断が 可能となるよう、アミロイドイメージングによる画像診断、血液中のバイオマーカー等の 早期診断技術の実用化を目標とした研究を推進すること、「早期診断の推進と適切な医療 の提供」では、認知症診療ガイドラインの開発・普及、早期診断の促進、認知症疾患医療 センターの整備(全国150
ヶ所の設置、地域包括支援センターとの連携担当者の配置)等 が示された。また、2013
年12
月には、イギリスロンドンでG8
認知症サミットが開催され、2025
年までに治療法を確立することを目指し、各国が研究費を大幅に増額することなどを 盛り込んだ共同声明がまとめられている。さらに
2012
年に厚生労働省が今後のオレンジプランでは、かかりつけ医認知症対応力向 上研修や認知症サポート医養成研修の受講者の増加、認知症初期集中支援チーム(地域包 括支援センター等に配置し、家庭訪問を行い、アセスメント、家族支援等を行うもの)の モデル事業実施と制度化の検討、認知症の早期診断等を行う医療機関の増設(認知症疾患 医療センターを含めて二次医療圏に1
ヶ所以上)が掲げられている(厚生労働省HP)。し
かし、早期発見・早期治療を促す政策は、倫理的観点から問題が多く、イギリス、フランiii 「認知症疾患治療ガイドライン2010」では、治療に関してはMinds分類を用いているが、それ以外は Oxford Center for Evidence-based Medicine Levels of Evidence分類を用いている。