‖川1 1{川
一b
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口小繍 ゜」ロー_一゜m
図74 中世後半遺構全体図(縮尺1/300)
写真23 中世後半遺構全景(北から)
関係が確認されるものがある点や、間隔が不規則 で方向も少しつつずれている点などから、上層の の耕作痕(鋤痕?)ではないかと推測している。
出±遺物(図75)の中で、3は吉備系土師器椀 の高台部分で、14世紀代のものである。また、5 は備前焼の鉢で15世紀代に入ると考えられる。こ
うした状態から、本遺構の所属時期は室町時代、
14〜15世紀代が想定される。
1
2 3
5
0 10cm
法 量(㎝)
番号 器種 口径 底径 器高 形態・手法の特徴ほか 色調 胎 土
1 土師質皿 79 6.4 1.6 底部:箆キリ・板目痕、1/2残存 淡黄褐 微砂、赤色粒子少
2 〃 〃 7.6 6.1 1.3 底部:箆キリ・板目痕、1/7残存 黄燈 精良、 多
3 〃 椀 一 3.5 一 高台部:楼小・中心からずれる、全体:摩滅、1/2残存 赤燈 精良
4 〃 杯? 一 7.5 一 底部二糸キリ、全体:摩滅、須恵器の生焼けの可能性も残る 黄褐 微砂多、均質
5 揺り鉢 一 一 一 「備前焼V期 暗赤銅、(断面)赤銅 堅緻
図75 7層出土遺物(縮尺1/4)
b.溝
SD15(図74・76・77、写真23)
7層の畦畔に伴って、調査区中央付近(cO〜d6区)を東西に走る溝である。検出レベル は標高3.0〜3.5m前後で、幅3.1〜4.Om前後、深さは55〜65cm、底面の高さは2.6〜2.7mを測 る。埋土は、淡灰褐色〜淡黄褐色砂質土で小礫を含む上層(1・2層)と、淡黄褐色砂質土の 中層(3・4層)、黄灰褐色砂質土〜灰褐色微細砂の下層に分けられる。特に、上・中層と下層
との間には、比較的明瞭な差があり、溝が重複している可能性がある。
本溝は、10層以降、東西の坪境の溝が継続して存在する位置にあることから、同一性格の溝
3旦m
A A
3三Lm
B B
1.淡灰褐色砂質土(小礫多)
2.淡黄灰褐色砂質土(小礫)
3.淡黄褐色砂質土
4.淡黄褐色砂質土(細砂) 6.灰褐色微細砂(小礫多)
5.黄灰褐色砂質土(灰色砂) 7.灰褐色微細砂 図76 SD15断面図(縮尺1/30)
《 灘難
〔
1m
にあたると考えられる。遺物は室町時 代のものを中心に出土しているが、埴 輪片や古式の須恵器が少量含まれ、7 層段階における開発の大規模さを窺わ
せる。
時期は、出土遺物と7層との関係か ら14〜15世紀代と考えられる。
霧璽嚢 馨
1
2
3 繍㍉
一姦烈宴幹瀬
灘
4 0 10cm
法 量(c皿)
形態・手法の特徴ほか 色調 胎 土
番号 器種 口径 底径 器高
1 壼 13.8 一 一 横ナデ、外面:灰被る、1/8残存、「備前焼W期」 (内・断)紫灰褐(外)淡灰 微砂僅少
2 播り鉢 一 一 一 〃 、卸目、口縁部:変色(重ね焼き痕)、「備前焼W期」 赤銅 堅緻
3 須恵器腿, 一 一 } 沈線間に波状文、上部沈線上に小さな突帯、TK47以前 淡〜暗灰、(断面)暗紫灰 微砂少 4 円筒埴輪 一 一 一 円形透かし孔、全体に摩滅進む、外面:横ハケ残存、TK23〜47 明黄燈 微砂
図77 SD15出土遺物(縮尺1/4)
SD16〜19(図74、写真23)
7層の畦畔に伴って、南北に走る溝である。そのうちSD16は畦畔の東に沿って走っている。
検出レベルは3.3〜3.5m前後で、幅80〜100cm前後、深さは約5〜10cm、底面の高さは標高2.9 m前後を測る。埋土は、小溝群とほとんど同じで、黄灰褐色砂質土である。時期については、
出土遺物はないものの、土層関係から14世紀後半〜15世紀代と考えられる。
6.近世・近代の遺構・遺物
(1)近 世
5層上面および3層上面の2面において遺構面が確認された。
下層にあたる5層上面で検出された遺構は、溝1条(SD20)と土坑5基(SKO1〜05)、野壼 1基である。dラインのやや南側を東西に走るSD20を挟んで、土坑・野壼が配される状況が認 められる。
一方、上層にあたる3層上面では溝2条(SD21・22)が検出された(図78一トーン部分)。
SD21は東西方向に走り、 SD20の上部を破壊しながら、踏襲する形を示す。石列が3ヶ所で確 認された。水利調整に伴うと考えられる。SD22は南北方向の小規模な溝である。
SD20・21は、従来通り坪境溝の位置にあたる。
N 6 5 4 3 2 1
1 口上層遺構
1
/一 \
、 ノ石列
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O 10m
一b
一C
一d
一e
図78 近世遺構全体図(縮尺1/300)
a.溝
SD20(図78・79)
調査区中央部南寄りにおいて、ほぼdラインに沿って東西に走る。上層溝(SD21)によっ て、南側は大半が破壊されている。調査区の断面観察から、推定幅1.8〜2.5m(残存幅1.4〜
2.Orn)、深さ30cm前後の規模を有すると想定される。底面は約3.15〜3.25mの高さに位置する。
埋土は灰褐色微砂の単一層であり、軟らかく均質である。洪水等によって、一度に埋没した と推測される。3ラインおよび6ラインの付近は僅かに北にふくらんでいるが、引水口の性格 を有する可能性が考えられる。
構は、1。層の段階以降、坪境A一 旦mA・
の溝が継続的に構築されてきた位 置にあたることから、やはり坪境
溝として機能していたことが考え 0 1m
− 1.灰褐色微砂(軟質)
図79 SD20断面図(縮尺1/30)られる。
所属時期は、出⊥遺物中に、中 世後半の遺物も混じるが、土師質 の皿・伊万里系の染め付け等の小
B一 旦7mB 破片が多く出土していることから
〈SD23>
ら 近世属すると考えられる゜
SD21(図78・80・81)
調査区南半において、dライン の約1m南において東西に走る。
南肩部の一部を上層溝のSD23 によって破壊されている。幅
1.7〜2.4m、深さ50cm前後、底面 の高さは約3.05〜3.15mである。
埋土は上層が暗灰褐色砂質土 で、下層が黄灰褐色±である。3 ラインおよび5ラインの付近の溝 北側および6ライン付近の溝南側 に石列状に石が集中する部分が認 められる(図78・81)が、引水口
1.暗灰褐色砂質土
゜_1m 2.瓢褐色土
図80 SD21断面図(縮尺1/30)
「一…−r「一 一「+
△
図81SD21石列1
◎ dラインから十 南2m八 5
0 1m
(縮尺1/40)
に伴う施設の残存の可能性がある。
本溝は、10層以降、坪境の溝が継続的に構築されてきた位置にあることから、やはり同様の 機能を想定させる。所属時期は、土師質の皿・伊万里系の染め付け等の小破片がかなり多く出 土していることから、近世(18〜19世紀中心)に属すると考えられる。
SD22(図78)
調査区中央、ほぼ3ラインに沿って南北に走る溝である。坪境溝SD21と直交するように走る が、同溝に近づくにつれ、次第に浅くなり、途切れてしまう。
規模は、幅が60〜80cm、深さ10cm程度で、埋土は3層に近似するが、やや締まりがない。本 溝とSD21の交差点付近に石列状遺構が存在する(図78)ことから、引水口と関連する溝と思わ
れる。
所属時期は、遺物を伴わないが、土層関係から、近世に属すると考えられる。
b.土 坑
土坑は、隅丸方形の長方形でやや深いもの(SKO1〜04)と浅いもの(SKO5)がある。前者は さらに、大形(SKO1)と小形(SKO2〜04)に分けられる。
SKO1(図82、写真24)
調査区の北西部、cラインとdラインの中間、5ライン上で検出された。検出レベルは標高 3.35〜3.45mだが、調査作業中掘りすぎ
て、上部が10cm程度削られている。平面形 は、南北に軸を有す隅丸長方形を呈す。長 軸方向では約195cm、短軸方向は約145cmを 測る。深さは45〜50cmである。底面は長軸 約170cm・短軸約120cm、標高2.90〜2.95m に位置し、ほぼ平坦だがやや南に下がる。
埋土は、灰褐色砂質土(〈5層〉)で、暗 灰褐色粘質土ブロック(〈7層〉)を多く含 んでいる。中世層まで掘り込んだ後、一気 に埋めもどしたと考えられる。おそらくプ
ロヅクは、そのとき5層に混入したもので あろう。遺物は出土していないが、土層関 係から近世に属する遺構と判断される。
;㌔証べ三.ばc噛 .、 ∴.
写真24 SKO1完掘状況(南から)
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、 3.5m
日 蠕1
ネ
1.灰褐色砂質土
(暗灰褐色粘質土ブロック)
0 1m
図82 SKO1(縮尺1/30)
SKO2(図83)
調査区の北西部、c4区の中心で検 出された土坑である。検出高は3.4m 前後だが、調査作業中掘りすぎて、上 部10cm程度削られている。平面形は、
南北に軸を有す隅丸長方形を呈す。長 軸方向では約120cm、短軸方向は約70 cmを測り、深さは25〜30cmである。底 面は長軸約60cm、短軸約45cmで、標高 3.1m前後に位置し、やや北に低くな
る。
埋土は、灰褐色砂質土で、暗灰褐色 粘質土ブロック(〈7層〉)を多く含ん
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